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<東京怪談・PCゲームノベル>


no name sweets 〜イートイン編

 物凄く微妙な時間帯。
 昼は回り、おやつの時間にしては微妙に早い。
 そんな時間は大抵暇だ。
 しかも今日は学校が終わってからやってくるバイトは学校行事とかで休みを取り、アシスタントの青年は暇だからちょっと込み入った買出しを頼んだところだった。
 店内に残るのは、ここのオーナーパティシエ一人。
 その彼はいつもと変わらず、厨房で店頭に並べる焼き菓子を作っていた。
 時間はいつもと変わらず過ぎて行っていた。


 七緒はいつもと同じように何気なく散歩をしてるだけだった。
 白地にピンクの薔薇の柄の着物を今時風に着こなしている。
 10歳にいくかいかないかぐらいの外見。
 綺麗に着物を着こなしているせいか、背筋はぴしゃんとしっかり伸びているが、少し小柄なせいかまだどこか幼い印象を受ける。
「あら、ここは初めて通る道だわ」
 着物姿の七緒は初めて通るという、この細い路地が楽しいのか怖がる様子もなく歩いて行く。
 どんどんどんどん、奥へと進んで行く。
 何も出てこない、何の変哲もないただの路地に突然扉が出現。
 それはなんの前触れもなく。
 七緒は扉の前でぴたりと立ち止まり、扉の方に向きなおる。
 すると小さな建物だということがわかる、ちょっと古めかしい扉。そうして小さな建物についた窓から中の様子を覗き込む。
 七緒の目に飛び込んできたのは、ショーケースに綺麗に陳列された色とりどりのケーキだった。
「ケーキのお店をはっけんしました」
 目を大きく瞬かせて、両手をパチンと合わせながら発した独り言はそれはそれはとても楽しそうで。
 すると古めかしい扉を開けた。
――――――――カラン、カラン。
 ドアベルの音が店内に響き渡った。
 店内に入ったもののその店の中に人の気配はなく、がらんとしている。七緒はのんびりと首をかしげた。
「誰もいないのかしら…………」
 そんな独り言を呟いたとき、厨房の扉が開きひとりの男性が出てきた。
「いらっしゃいませ」
 静かな言葉で、ゆっくりと店内へと現れた男性。
 ケーキ職人なのがよくわかる格好で、着物姿の七緒を見つける。
「お持ち帰りですか?」
「うーん。どうしようかなぁ、あそこで食べることはできますか?」
「えぇ、できますよ」
「わぁい。それじゃ、ここで食べて行きます」
 パティシエは相手が少女でも、きっちり客に対する対応をとり、七緒は七緒でここで食べられるという事実にこのケーキ屋を見つけたときと同じように両手をパチンと合わせて、喜んだ。
 すると七緒はパティシエの案内を待たずに、喫茶スペースで自分の好きな場所を選べばちょこんと座る。手に抱えていたテディベアのぬいぐるみをテーブルの端っこにおいて、そのぬいぐるみ向かった笑いかける。少し遅れてから、パティシエがメニューを2冊持ち七緒の座った席へとやってくる。
「ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」
「はぁーい」
 メニューを手渡され笑顔で受け答えする七緒。   
 ぺらり、と、あけたメニューは白紙だった。
 これは何かの間違いかしら。と、のんびりまた首をかしげる。
 ふっと上げた視線の先はパティシエなのだけれども、彼はメニューを渡してまた厨房へともどろうとしていた。
「あのー。すみません」
「……………?」
「このメニュー真っ白、なんですけど」
「店内にお好きなものがなければ、好みのものをお作りします」
「えー?本当に?そうなのぅ?」
「はい」
「じゃぁね、じゃぁねぇー。暑いから、涼しくなれるようなものが食べたいなぁ。あ、あと綺麗でかわいいとうれしいー」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「アッキーさん。ただいまもどりましたぁー」
 白紙のメニューの意味を知った七緒の顔はまた笑顔ではちきれんばかりになる。
 それじゃぁ、それじゃぁ。と、楽しそうに、今食べたいものをオーダー。そのオーダーを聞き入れればパティシエは軽く頭を下げて、厨房へと戻ろうとしたときだった。
 店の扉が開き、ひとりの青年が入ってきた。
 どうやら店のものらしい言葉。そうして何よりパティシエを愛称で呼ぶ軽さ。パティシエは苦虫を噛み潰したみたいな顔でぼそりと呟く。
「チーフと呼べ。それから、裏口を使え」
「えー。いいじゃないっすか。今日はこっちの方が近かったんですし」
「仕事だ、手伝え」
「はいはーい」
 パティシエの小言にも軽く何も反省することはなく青年はきりかえし、『ぁ、これ伝票です』と、パティシエに紙切れを手渡す。
 七緒はそんな二人のやりとりをのんびり眺めていた。
 それに気がついたのか、パティシエは青年に軽く目配せしてから厨房へと消えていった。その目配せに青年も七緒の存在に気がついたのか、厨房に向かいながらひらひら手を振った。
 七緒もにこにこしたまま、手を振った。
「あっきーさんって、言うんだって。どんなお菓子がでてくるか楽しみだねぇ?」
 にこにこはそのまま継続されて、テーブルの上にちょこんと座らせたテディベアに話しかける。


 しばらくそのまま大人しく待っていれば、厨房の扉が再び開いた。
 出てきたのは先ほど店に帰ってきた青年だった。ちょっとだけ残念そうな表情の七緒。
 トレーに出来立てのスイーツを持った青年は七緒の傍らに立ち持って来たスイーツをテーブルの上に置いた。
 硝子のプレートにのった水色のぷるるんとしたもの。2層になっていた。下の段は紫色のムースでできており、上の段は水色のゼリーになっている。水色の中に赤い魚の形をしたものが閉じ込められて、まるで赤い魚が一匹泳いでいるかのよう。
「わぁー。かわいいぃ」
 七緒は声を上げて大喜びして、出来上がったスイーツを食い入るように見ていた。そうして何かに気がついたのか、はっと顔を上げて青年の方を見る。
「ねぇ、これはおにいさんが作ったの?それとも、さっきのあっきーさん?」
「あっきー…………。あぁ、作ったのはあっきーさん、俺はもっぱら手伝い」
 七緒の言葉に、笑い出しそうなのを必至で堪える青年。それでも七緒の質問にしかりと答え、ちらりと厨房を見る。
 七緒といえば、スプーンを片手に握り締め端っこをすこし掬いとって口元へと運ぶ。
 爽やかな味が口の中に広がった。
「凄いのー。これ、しゅわーんって甘いの」
 そのスイーツの美味しさにうっとりとしているものの、スプーンはまた青いスイーツを掬い取っては口に運ぶという作業を繰り返す。
「ふぅん。あの、あのね。お願いがあるんだけれども……」
「なぁに?」
「お土産って作ってもらえるのかなぁ?」
「あ、あぁ。きっと大丈夫だよ」
「そう、それならね、お友達に持って帰ってあげたいの」
「同じヤツ?」
「ううん、また違うのを作って欲しいんだけれども………だめ?」
「いや、大丈夫だよ。作ってもらえるんじゃないかなぁ」
 食べている手を止めて青年のほうを見上げながら尋ねる。
 応える青年は普通にそこらの少女と話するように対応をする。七緒はそれに不満がることもなく、ゆっくりとなにか考えているようで。続いていた会話はすこしゆったりと終わりを告げる。
 少しだけできた空白の時間。
 にこりと満面の笑みを作り出せば、七緒は青年にこういった。
「ねぇ、あっきーさんを呼んでお話がしたいの」


 七緒の言葉の後、青年が厨房に戻り入れ替わるようにパティシエが出てきた。
「………何か?」
「あのね、お願いがあるんだけれども」
 やってきたパティシエににんまり笑顔で出迎える七緒。
 持っていたスプーンを皿の上に一端置き、両手はお行儀良く膝の上。
 視線は真っ直ぐに背の高いパティシエへと向けられて、ゆるりと首を傾げて尋ねる仕草はとてもお上品。
「あっきーさんに、お友達へプレゼントするケーキをつくって欲しいの」
 のんびりとした口調でお願いをする、それはまさに確信犯ばりにかわいらしい。
 が、パティシエのことを堂々とあっきーさんなんて呼ぶから、厨房から出てきてコチラを見た青年が肩を揺らして笑いを堪えている。
 当のパティシエは何食わぬ顔して立っていた。七緒はにこにこと笑顔で問いかけたまま。
「だめかしら?」
 なかなか返答が返ってこないことに、ゆるりと今度は反対側に首を傾げる。
「いや。大丈夫ですよ。どんなものがよろしいですか?」
「七緒ね、とびきり可愛くて、とびきり甘くて、とびきり美味しいものがいいの」
「贈られる方がどんなものが好きか、分かりますか?」
「うーん。どうかなぁ。よくわからないけれども、いつも一緒に遊んでるお友達だから七緒が好きなものは好きだと思うの」
「えぇ、一緒に遊んでいるお友達ですね」
「うん。ハート型かとかかわいいと思わない?それにね果物が沢山だったり、甘いととてもいいと思うんだけれども、どうかしら?」
 七緒は自分の好きなものを考えては一人楽しそうに、パティシエに相談していく。パティシエも七緒の言葉に頷いたりしながら、どんなものにするのか時折考える素振りをしながらも七緒の話を真剣に聞いている。
 パティシエは綺麗な浴衣を着たこの少女がお友達にプレゼントする前提で作るケーキを考える。お友達というのだから、同い年ぐらいの少女を想像して。
「わかりました、お友達にプレゼントするケーキをひとつ承りました」
 どうやら頭の中でどんなものを作るのか大体出来上がったのか、七緒に頭を下げると厨房に戻って行く。
その姿を見送りながら、七緒はもう少し残ってるスイーツを食べようとスプーンを握る。
「ねぇねぇ、おにいさん」
 スプーンを片手に店内に残る青年を七緒が何気なく呼ぶ。その声につられて、青年は七緒の方を向く。その顔にはまだ笑いが残っていた。
「何?」
「あのね、この青いのどこかで食べたような味がするんだけれども、なにかなぁ?」
「あぁ、これね。青いところはソーダで作ったゼリーになってるんだ。下の紫色の部分はカシスでつくったムース」
「じゃぁじゃぁ、赤い魚さんは?」
「ぁー。あれなんだっけかなぁ。寒天を硬めに作ったものだったハズ」
 自分の食べているのものが何なのか、非常に気になってたらしく七緒は立て続けに質問を繰り出す。青年は七緒の近くまで歩きながら、ひとつひとつ丁寧に答えて行く。時折、聞くの断片から情報を引っ張り出すように考え込むこともあったけれども。
 返って来る答えひとつひとつに、七緒は目を瞬かせ。相槌を打ったり、へぇ。とかまぁ。声を上げたり。青年の言葉に聞き入っていた。
「あっきーさんってスゴイのですねぇ」
「あぁ、まぁ。そうだな………」
 ほう。とちょっと女らしい吐息を吐き出しながら、もう何もない硝子の皿を眺める。
 青年は少女から閉じたままの厨房の扉を眺める。
「ぁ、そう言えば。頼んでいたケーキ。土産用で持って帰るようにしたらいいのかな?」
「あぁ、ケーキ。ケーキ……ッ。どうしよう。今日はもうお金がない」
 ふっと、何かを思い出したかのように、青年は口を開き視線を少女へと戻す。その言葉に、うん。と頷きそうになったのを寸前で堪える。ぎゅっと見上げた先は青年。大きく目を見開いて。
 今日は軽い散歩のつもりだったから、持っている手提げの中に入ってる財布にはそんなにお金が入ってないことを思い出したのだった。
 ちょっと今にも泣き出しそうな表情で訴える。
「じゃぁ……どうしよっか」
 涙目で訴えられてちょっとびびる青年。困った状況下であることは変わりない、ぼそりと言葉と言葉の空白を埋めるように、場繋ぎの言葉を発しながらちらりと視線を外す。外した視線は閉じたままの厨房の扉。
「あ」
 青年は何か思いついたのか、扉から視線をまた七緒へと向ける。
「なら、予約って形にしておけばいいんじゃね?」
「…………よやく」
「そうそう、今日はダメだけれどもまた受け取りに来るって言うの」
 青年の言葉を不思議そうに反芻する七緒。
 その言葉の意味が分かれば、今にも泣き出しそうだった表情は笑顔へと変わっていく。
「うん、そうする。じゃあ、今日はごちそうさまでした」
 青年の提案に大きく頷けば、ほっとしたのか両手を合わせてご挨拶。
 それから、テーブルの上にあったテディベアを抱きかかえて椅子から立ち上がる。
「アッキーさん、お嬢さん帰るってー」
 七緒が帰り支度をするのを見れば、青年は厨房に向かって声を上げる。
 と、扉が開きパティシエが出てくる。
「ぁ、ほんで。さっき言ってた、お友達に上げたいってケーキだけど。今日は金がないからまた今度採りに来るってさ。予約だ、そーです」
 店内の中へと出てきたパティシエは青年の言葉を聞けば無言で頷く。わかったというように。
 七緒は帰り支度を終え、ケーキが沢山並ぶ扉の近くのショーケースの前に立っていた。
 手提げから財布を取り出しながら。
「あっきーさん。今日はありがとうございました」
 七緒はやっぱりすこしおっとりした口調で、お礼の言葉を告げてから頭を下げる。頭を上げたときすこし申し訳なさそうな表情で、立っているパティシエを見た。
「あのぉ、それに、なんだかワガママまできいてもらって。ごめんなさい。あのぉ、また今度ケーキ取りに来ます」
「取りにこられるのを楽しみに待ってますよ」
 もじもじとしながら七緒は最後の最後でやってしまった、お友達へのケーキがお土産ではなく、予約になってしまったことに謝る。
 それはなんとも思ってなかったのかパティシエは口元に小さな笑みを浮かべて答える。
 その表情を見た七緒の表情は一瞬でにこやかなものになる。
「えとー。えとー。ごちそうさまでした。取りに来るケーキ、パパも喜んでくれるといいなぁ。それじゃぁねー?ありがと、バイバイ」
 七緒は自分の思い通りになったことと、甘いお菓子を堪能できたことが満足だったのか、きたときよりもはちきれんばかりの笑顔の余韻を残して。
 店の扉が閉まるまで小さな手を振って。
 そうして彼女は、来た時と同じ道を行く。
 七緒の小さな胸は、今日の出来事でイッパイになり、浮き足立つのを堪えきれずに浴衣姿でスキップなんてしたり、抱えているテディベアを空へと放り投げてはまた両手で受け止めて抱きしめたり。今日の出来事の余韻を楽しみながら歩いて行く。
 浮かれる七緒と正反対だったのが、ケーキ屋。
 最後の七緒の一言で、二人の男性は黙り込んだ。
 青年がパティシエをチラリと盗み見る。
 そう、とんでもない勘違いをしていたのだ。
『七緒がいつも一緒に遊んでいるお友達』
 ケーキを頼まれそのプレゼントしたい相手。
 七緒の話を聞いていればてっきり、同い年の少女かと想像していたのだった。
 それが七緒の最後の一言で覆ってしまった。
『パパも喜んでくれるといいなぁ』
 …………パパ。
 お友達でパパ。
 男二人がゆっくりと考え込む。
 しばらくの恐ろしいほどの静寂の後………。
「オヤジかよッ」
 店内に響いたのは青年の突っ込む言葉だけ。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5689/音羽・七緒 (おとわ・ななお)/女性/7歳/あまえる

NPC
パティシエ→宮里 秋人/男性/28歳/Le Diable Amoureuxのオーナーパティシエ
青年   →蒼井 尚乃/男性/20歳/Le Diable Amoureuxのアシスタントパティシエ


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■         ライター通信          ■
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音羽 七緒 様
この度は【no name sweets 〜イートイン編】にご参加下さりありがとうございました。
初めて、ご参加いただきうれしい限りでございます。

はじめまして。櫻正宗と申します。
かわいらしい七緒さんに大の男二人が良い様に振り回されました。
プレイングにあった、最後の大オチが書きたくて書きたくてしょうがなく、こんな感じに仕上がりました。
七緒さんのかわいらしい仕草を想像して書いているとなんだかこっちまで、ほっこりとさせられてとても楽しんで書かせていただきました。
それから愛想のないパティシエのご指名ありがとうございました。
あまり面白味のないキャラクターで申し訳なく。
そうしてこちらとしましては子供向けにパティシエが考えた。予約されたケーキの行方も気になるところです。

それでは最後に
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会うようなことがあればよろしくお願いいたします。

櫻正宗 拝