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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蒼月亭浴衣night

「ナイトホークさん、浴衣仕立ててきてください」
 そんな言葉が立花香里亜の口から出たのは、七月のある日のことだった。梅雨も明け、東京ではしばらく夏らしい天気が続いている。その日も夏らしい天気だった。
「はい?」
 香里亜の言葉に、ナイトホークはカウンターの中で煙草をくわえながら不審な声を上げた。話が全く見えないというか、香里亜はよく唐突に何かを思いつくことがある。今回も多分その類だと思うのだが…。
「せっかくの夏なんですから、ドレスコード『浴衣』で、みんなで花火したり、スイカ食べたりしましょう」
「…お前それ、自分が夜遊びたいだけだろ」
 香里亜はここに来るまでは、霊媒体質のせいであまり外に出なかったらしい。だが東京の地が合っているのか、最近はそんな話も聞かないし一人で出かけたりもしている。
「夜に花火とかするの憧れだったんですよ。それに皆さんの浴衣姿見てみたいです」
「お前それ、自分が浴衣着たいだけだろ…」
 ナイトホークは溜息をつきながらも、それはそれで楽しそうだなと思っていた。いつもの格好と違う皆の姿をちょっと見てみたい。それに店の駐車スペースを使えば花火ぐらいは出来そうだ。
「分かった、店のイベントとしてやろうぜ。だけど俺の浴衣はあんまり期待するなよ」
 それから数日後、蒼月亭の中にはこんな文句が書かれた紙が貼られていた。

 蒼月亭浴衣night
 夏の夜を浴衣で涼しく過ごしながら、皆で楽しむ企画です。
 参加料1500円(花火・スイカ代込み)
 ※参加する方は全員浴衣(甚平許可)着用のこと
 参加者はナイトホークまで。

「夏はやっぱり浴衣よねぇ」
 夜の蒼月亭で張り紙を見ながらそう呟いたのは釼持 薔(けんもつ・しょう)だった。薔は去年辺りから和服に凝っているのだが、浴衣を着る機会はなかなかない。お気に入りの浴衣をこの機会に着てくるのもいいかもしれない。
 ナイトホークはそんな薔を見ながら、従業員の統堂 元(とうどう・はじめ)にティーポットを差し出した。
「ハジメ、お前は強制参加だからな」
「えっ?」
 ハジメはティーポットにティーコジーを被せながらカウンターの上にそっと置いた。この店に住居つきで雇ってもらってからさほど日は経っていないが、この店は時々このようなイベントがある。それが楽しいと言えば楽しいのだが…。
「あぁ、良いわねこういう企画。最近華やかな浴衣多くて見てて楽しいもの」
 シュライン・エマはカウンターからその張り紙を見て、嬉しそうに手を合わせた。大きな花火大会でもなければ、なかなか人の浴衣を見る機会も着る機会もない。混雑しない場所でこうやって内輪で楽しむのはいいかもしれない。
「シュラインさん参加する?何だったら草間さんも呼んでくるといいよ。うち喫煙可だしさ」
「そうね…参加しちゃおうかしら。武彦さんも誘ってくるわ」
 シュラインはそう微笑みながら、目の前にあるシンガポール・スリングに手を伸ばした。きっとここで良く出会う他の皆も参加するのだろう。そう思うと何だかそれだけで楽しい。
「はい了解。名簿に書いとくよ」
「ナイトホークさん、俺浴衣とか持ってないんですけど…」
 ハジメはグラスを拭きながら困ったようにこう言った。浴衣どころか、ここに来たときは着の身着のままで一銭たりとも持っていなかった。日用品や普段着などはそろえてもらったのだが、浴衣もそろえるのだろうか。そう思うと何だか申し訳ないような気がする。
「店員は強制参加だ。浴衣とか甚平は制服だと思って仕立てろ。他にも仕立てにいく奴いるから一緒に行くぞ」
 仕立てに行く…と聞き、薔の目が自然とナイトホーク達を向く。ハジメはまだ未成年のようだがその初々しさが可愛いし、マスターのナイトホークは長身でカウンターの中にいると絵になる。他にも仕立てに行く人がいるというのなら、それを見立てるのは楽しいだろう。
 薔はダージリンを飲みながらナイトホークとハジメに向かって妖艶に微笑んだ。ナイトホークはシガレットケースを出しながら普通に対応しているが、ハジメはこういう妖艶な客に慣れていないので、思わずその微笑みに戸惑う。
「私も参加していいかしら。浴衣は持ってるんだけど、仕立てに行くなら見立ててあげるわ」
「見立ててくれるのはありがたいな。仕立てに行くの野郎ばっかだから、やっぱ女性の目が合った方がいいし」
「あら、そうなの?」
 嬉しそうに目を細める薔を見て、ハジメは何だか不安になった。別に殺気があるとかそういう訳ではないが、色んな意味で怖い。
「よ、よろしくお願いします…」
 少し赤面しながら頭を下げるハジメを見て、薔とシュラインはその初々しさに微笑んだ。

「ふふ、楽しみ」
 シュラインは以前仕事でお世話になった芸子さんに見立ててもらった浴衣を着て、ドレッサーの前で用意をしていた。綿絽の藍地に白模様のシンプルな浴衣に、帯結びは貝の口だ。髪の毛もアップにして、ちょっと和風な化粧もしている。
「ネイルも凝っちゃうとヤボだから、ごく微量パール系で…テーマは粋だものね」
 そうしていると玄関のチャイムが鳴った。どうやら武彦が迎えに来たらしい。
「はーい」
「迎えに来たぞ」
 武彦はモノトーンの縞柄浴衣に、細い帯をしている。その帯には根付けと組み合わせた懐中時計が下がっており、それがなかなか決まっていた。そんな和服の武彦を見るのも久しぶりで、シュラインは思わず微笑む。
「ちょっと待っててね。お土産を持って行かなくちゃ」
 シュラインは冷蔵庫で冷やしてあった桃のゼリーが乗ったヨーグルトムースタルトを箱に入れ、それを丁寧に風呂敷で包んだ。風呂敷も藍地で浴衣に合わせてある。それを見て武彦が声を上げた。
「何か豪華だな。俺は用意してある酒が楽しみなんだけど」
「ふふ、だって夏のイベントって何か嬉しくて…あ、これも持って行かないと」
 いつもは洋服の皆が浴衣で揃うのが、何だか楽しみだし嬉しい。きっと今日は楽しい夜になるだろう。シュラインはそう思いながら、用意してあったブタの蚊遣器をテーブルにあげた。
「シュライン、それも持って行くのか?」
 思いも寄らない物が出てきたことに、武彦は少し驚く。まさかここでブタ蚊遣が出てくると思っていなかったのだ。シュラインはそんな武彦を見てくすっと微笑む。
「これから煙出てると何だか日本の夏だなぁって思うのよ。蚊取り線香も用意したの」
 確かに蚊遣り自体が日本の物だ。今日はどんな感じにセッティングされているか分からないが、隅に置いてある蚊遣りから煙が出ているのは夏っぽいし、雰囲気的にもいいだろう。
 いそいそとそれも風呂敷に包むシュラインを見て、武彦も嬉しそうに微笑んだ。大きな花火大会などではなくて、こうやって仲間内でやる小さなパーティーというのも楽しいかも知れない。しかもそれが夏限定の浴衣というのであればなおさらだ。
「これは俺が持つか。ゼリーが崩れたら困るからな」
 武彦は横から包みたての蚊遣りを手に取った。荷物を二つとも女性に持たせるほど野暮ではないし、蚊遣りの方が陶器のぶん重たいだろう。それを見たシュラインがくすっと笑う。
「ありがとう、武彦さん」
「さて、準備できたら行くか。皆どんな格好してるんだろうな…マスターはやっぱ黒ずくめなのかね」
「そうね、私は女の子達がどんな格好してるのか楽しみだわ」
 全員浴衣や甚平で花火やスイカというのは、本当に昔ながらの夏の過ごし方かも知れない。華やかなのか、それとも古風なのかそれを想像するだけでも嬉しくなる。
「じゃ行きましょう」
 タルトを手に持ち下駄を履き、シュラインは楽しそうに武彦と家を後にした。

「皆様いらっしゃいませ」
 蒼月亭の横にある駐車スペースは、ちょっとした夕涼み会場になっていた。竹製の椅子や、カウンター調のテーブルなども置かれていて祭り気分を盛り上げている。隅の方には何処かから借りてきたのかビニール製のプールが置かれ、その中に氷水と共にスイカなどが冷やされていた。ナイトホークはそのテーブルの上に鍋を置く。
「今時間だと腹減るだろうから、みそおでん作っといた。ハジメ、グラスは店の使うけど、おでん用の皿は紙皿でいいぞ」
「はい」
 ハジメは甚平姿で店の中から飲み物などをせっせと出していた。真帆(まほ)の持ってきた冷たい緑茶だけでなく、アイスコーヒーなどが未成年のために用意されている。まあ、スイカと一緒に冷やされているのはビールや日本酒の瓶だったりするのだが。
「マスター、灯(あかり)さんと先にビール頂いとく」
 麗虎(れいこ)はそう言うと勝手に冷やされていたビールを開け、灯と自分のグラスに注いだ。日本酒もちょっと飲みたいのだが、ナイトホークより先に飲むと何だか怒られそうな気がしなくもない。灯はそのグラスから一口ビールを飲んで、満足そうに息を吐いた。
「外で飲むビールって美味しいですねー」
「ビールだけじゃなくて、緑茶や水羊羹も良かったら食べてくださいね」
 真帆はそう微笑みながら、香里亜(かりあ)と共に水羊羹を切り分けていた。だが、人数が多いようで全員に行き渡るかちょっと不安だ。そんな時だった。
「こんばんは真帆。お茶会以来ね。今日は私の友人を連れてきたの」
 やってきたのは、魅月姫(みつき)と亜真知(あまち)の二人だ。その姿を見て香里亜とナイトホークが顔を上げて挨拶する。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ。今日は二人対照的だな」
「こんばんは。魅月姫さんのお友達って、亜真知さんだったんですね」
 香里亜がそう言のを聞き、魅月姫は少し唖然としながら亜真知の顔を見た。今までこの店に来たことがないと思っていたのに、この様子だとどうやら亜真知はナイトホークや香里亜と顔見知りらしい。
「亜真知、もしかして結構前からここに来ていたの?」
「ええ、香里亜様ともお友達ですわ」
 そう言って優雅ににっこりと微笑む亜真知を見て、魅月姫はぷいと横を向いてむくれた。いつも無表情気味で優雅な感じの魅月姫が、こんなに感情をあらわにするのは珍しい。それを見て香里亜達が困ったように笑う。
 亜真知はそれを見て、心の中で「良い傾向ですわね」と密かに思っていた。それだけ気に入る場所があるというのは、今までの魅月姫からすると珍しい。その機嫌を直すきっかけを探すかのように、亜真知は挨拶をした。
「今日はお招きいただきありがとうございます。こちらの方、皆さんで召し上がってくださいませ」
 そう言って亜真知が竹の小筒に入れられた水羊羹を差し出すと、ナイトホークはそれを笑って受け取って真帆に手渡す。
「丁度良かった。真帆も水羊羹持ってきてくれたんだけど、これで全員にあたりそうだ」
「うわぁ、こっちも美味しそう。私も水羊羹作ったんで、食べ比べしましょう」
 その横で魅月姫は来る途中で買ってきた風鈴を香里亜に渡していた。香里亜はそれをその場で開け、嬉しそうに微笑む。
「これお土産よ。香里亜は東京の夏が初めてだから、少しでも涼しい気持ちになってくれたらと思って」
「ありがとうございます。うわぁ、可愛い…大事にしますね」
 チリン…と涼しげなガラスの音が辺りに響いた。それを聞き、亜真知も買ってきた風鈴をナイトホークに、鬼灯の鉢植えを香里亜に手渡す。
「こちらもよろしかったら飾ってくださいませ」
「サンキュー。とりあえず俺のは軒先に飾っておくかな。香里亜も鬼灯の鉢入り口に置いとけ」
「はい。亜真知さんも魅月姫さんもありがとうございます。ゆっくり楽しんでいってくださいね」

 ナイトホークに着付けをしてもらったデュナスと静(しずか)は、店の隅の方で花火を手にして喜んでいた。特にデュナスは手で持つ花火が珍しいようで、興味深そうに色々と手に取っている。
「実は花火をするのは、日本に来て初めてなんです」
「そうなんですか?」
「フランスにはこう言うのはありませんでしたから…いいですね、何だか」
 そこに冥月(みんゆぇ)がビールのグラスを持ちながらやってきた。デュナスはどうやら酒よりも花火の方に興味津々らしい。
「デュナス、そっちの子は?」
 冥月にそう言われ、デュナスは静を冥月に紹介した。着付けの時に初めて会ったばかりだが、イベントという一体感のせいか何となく親しみを感じる。
「菊坂 静(きっさか・しずか)です。よろしくお願いします」
 ぺこりとお辞儀をする静に、冥月が右手を差し出した。多分この中で一番の年下なのだろう。その仕草が初々しくて何だか可愛い。
「黒 冥月(へい・みんゆぇ)だ。ここでは初めて会うが、よろしくな」
 そうやって握手をしていると、シュラインと武彦(たけひこ)が仲良く歩いてくるのが見えた。二人とも風呂敷包みを持ち、三人の元にやってくる。
「こんばんは、今日は冥月も浴衣なのね」
「まあな。香里亜に選んでもらったんだ」
 黒地に紫陽花の柄の浴衣を見て、武彦が感心したように頷く。
「おお、結構似合うな」
「そ、そうか?」
 確かにその凛とした印象の浴衣は冥月によく似合っていた。面と向かって武彦に褒められたことに、冥月は頬に手を当てて少し照れる。デュナスや静もそれに頷いているが、シュラインは心の中でちょっと心配していた。このパターンはいつもの……。
「でも男なら甚平だろ」
 やっぱり。
 どうも武彦は冥月の服を見ると、余計な一言を言いたくなるらしい。武彦が持っていた包みを横から取り、シュラインはその側からささっと離れた。その後に、冥月の鉄拳と、裾を大胆に捲っての飛び回し蹴りが炸裂する。
「み、冥月さん?」
 足が出るのを見て静は赤面しながら顔をそらした。さっきまで楚々とした美人だと思っていたのに、浴衣の裾から大胆に出る足を直視できない。
「私、こう言うときに使う言葉知ってますよ『口は災いの元』って言うんですよね」
「全く、武彦さんってば…」
 デュナスの言葉と顔を押さえる武彦にクスクスと笑いながら、シュラインは荷物を持ちナイトホークの元まで挨拶に行った。

「あら、偶然ね」
 蒼月亭に向かう道の途中で、薔(しょう)と篤火(あつか)は偶然出会い一緒に歩いていた。薔の浴衣は絽織りの黒地に白い蜘蛛の巣柄で、髪は緩くアップにしてある。黒と言っても透けるような墨色で、それが白い肌によく合っている。
「薔サンの浴衣、お似合いですよ」
「ふふ、ありがと」
 篤火は仕立てに行ったときに選んだ、秋空のような青色散る紅葉の柄の浴衣にサングラスだ。髪の一部に一部に長い赤銅色のエクステンションが付けられていて、それが浴衣の柄と合っていた。
 二人でとりとめのない話をしながら歩いていると、少し先にに自転車を押している浴衣の青年が見えた。今日はこの辺りで花火大会があるわけではないので、きっと蒼月亭に向かう誰かなのだろう。二人は少し顔を見合わせてから、その青年に声を掛けた。
「そこの素敵な浴衣のあなた、蒼月亭に行くならご一緒しない?」
 その声に月璃(ゆえりー)が振り返った。女性の方は初めて見る顔だが、篤火とはこのイベントの話をしたときに同じ店にいた。篤火はそれに気づき、挨拶代わりに手を挙げる。
「月璃サンじゃないですか。その荷物はどうしたんです?」
 自転車の荷台には何かが積まれていた。それを覗くと中にはかき氷器とシロップが入っている。月璃は立ち止まって微笑んだ。
「かき氷でも作ろうかと思って、家から持ってきたんです。こんばんは、劉 月璃(らう・ゆえりー)です」
「釼持 薔(けんもつ・しょう)よ。よろしくね」
 薔は挨拶をしながら心の中でくすっと微笑んだ。今日は何だかいい男がたくさん集まりそうな気がする。「今年も誰かひっかかるといいんだけど」と思って選んだ浴衣が、ぴったりだ。篤火は月璃が押していた自転車を「変わりますよ」と言って押し始める。
「今日は楽しみですね。来店時間の違う人たちが集まる事はなかなかないので、こういう機会があるのは嬉しいです」
「そうですね。薔サンや月璃サンの浴衣姿もよく似合ってますし、初めて会う方も多そうなのでワクワクですよ」
 蒼月亭の灯りが見え始め、三人は手を振る皆に少し足を速めた。

「おや、皆さんお早いですね」
 ジェームズと律花(りつか)が蒼月亭に着いた頃には、気の早い皆が花火を始めていたりしていた。ナイトホークも手に日本酒のグラスを持っている。二人が来たのに気付き香里亜もパタパタと側に駆け寄ってきた。
「よう、クロ。まだ花火も酒もあるから大丈夫だよ。いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
「こんばんは、ジェームズさん」
 それを見てジェームズは律花にナイトホークと香里亜を紹介した。
「こちらがこの店の店主のナイトホークと、従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)さんですよ」
「秋月 律花(あきづき・りつか)です。よろしくお願いします」
 それを聞き、ナイトホークがふっと笑う。ジェームズが「素敵な女性」と言っただけあって、凛とした感じの芯の強そうな美人だ。
「よろしくお願いしますね。律花さん…って呼んでもいいですか?私のことも香里亜でいいですから」
「いいですよ。仲良くしてくださいね、香里亜さん」
 律花はそう言いながら、二人のことをそっと観察していた。香里亜は自分と年が近いので、何となく親しみやすそうだ。きっと話も合うかも知れない。
 だがナイトホークは、ジェームズと同じようにただ者ではない感じがする。二人はかなり親しいのか和気藹々と話しているが、その後ろには何か見えない繋がりがあるようだ。もしかしたら蛍狩りに行ったときに聞いた「明治から大正に変わる少し前…」という言葉は本当なのかも知れない。
「クロ、手に提げてるの何?もしかしてお土産?」
 持っているのが日本酒の瓶だと言うことに気付き、ナイトホークはその包みをじっと見た。ジェームズはそれに苦笑しながら包みを渡す。
「律花が選んでくれたお土産ですよ。超辛口の『雪の松島』だそうです」
 その名前を聞きナイトホークは包みを受け取りながら、嬉しそうに笑って律花を見る。
「二人ともサンキュー。『雪の松島』好きだから嬉しい…ハジメ!これ包み開けといて」
 そう呼ぶと甚平姿のハジメが走ってやってきて、ナイトホークとジェームズの姿を見て一瞬止まった。二人ともいつも黒い服だが、まさか浴衣まで黒で揃えてくると思わなかったのだ。
「どうした、ハジメ」
「もしかして、浴衣お揃いですか?」
 その言葉にジェームズがくすっと笑う。
「ええ、ナイトホークと一緒に仕立ててもらったんです。私達は背が高いので、既製品だと腕や裾が合わないんですよ」
 何というか、長身の二人が黒い浴衣というのは結構な迫力だ。知らない人が見たら結構吃驚するのではないだろうか…そんな事を思いながらハジメが包みを受け取ると、香里亜が笑いながらこう言った。
「何か二人が並んでると、刀とか似合いそうですよね。ナイトホークさんが『行くぞ、クロ』とか言って」
「………!」
 香里亜がやったナイトホークの物真似に、ジェームズとハジメが吹き出す。
「香里亜、お前なぁ…」
「あははっ、お二人ともこちらにどうぞ。お酒もいっぱいありますから、ゆっくりしていって下さいね」

 大地(だいち)は皆が花火などをしている所に、そーっとやってきた。そしてのんきにビールなどを飲んでいる灯を見つけ、思わず頭をぺしっと叩く。
「何する…って、大地。どうしたんですか?」
「どうしたじゃなくて、一つ聞いていいか?灯、手みやげとか持ってきたか」
 その言葉に灯はぶんぶんと首を横に振った。やはり自分が思っていたとおり手ぶらで来ていたらしい。大地が溜息をついていると、それに気付いたナイトホークが側にやってくる。
「あれ?烏有(うゆう)さんの知り合い?」
 長身に黒ずくめの姿…きっとこの人が灯がよく言っている店主のナイトホークなのだろう。大地は持ってきた焼き鳥の包みを差し出しながら、頭を下げる。
「はじめまして、灯の甥の大地と言います。いつも叔父がお世話になっています」
「へぇ、烏有さんの甥ってこんなに大きかったんだ。いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ。花火とかあるからゆっくりしてって」
 そう言って笑う姿に大地はホッとした。急な参加だったのだが、どうやら歓迎されているらしい。ナイトホークは香里亜とハジメを呼びつける。
「二人とも、こちら烏有さんの甥の大地。未成年だろうから、同じ歳ぐらいの皆で仲良くやってよ。こっちの二人はうちの従業員の香里亜とハジメ」
「よろしくお願いしますね」
 香里亜が笑いながら頭を下げ、ハジメはちょっと戸惑ったように頷く。同じ歳ぐらいの客というのが珍しいので、どんな顔をしたらいいのか分からない。大地はそんな二人を見ながらにっこりと笑った。無表情だとキツイ印象だが、笑うと途端に雰囲気が柔らかくなる。
「もう花火とかやってるの?」
「手持ち花火をちょっとやってます。大地君もどうぞどうぞ、これからドラゴン花火とか、十六連発とかやろうと思ってたんですよ」
 香里亜が手を差し出した所ではデュナスと静、真帆が花火を楽しんでいた。その近くに座りながら亜真知や魅月姫がそれを微笑ましく見つめている。
「よし、俺火付け役やりたい。ハジメはどうだ?」
「えっ?俺?」
 急にハジメと言われて戸惑ったが、大地はニコニコと笑っている。それを見て、ハジメも同じように微笑んだ。
「俺、花火とかって初めてだから付け方教えてもらえれば…」
「じゃ、行きますよ。花火花火ー」
 跳ねるように歩く香里亜の後を、ハジメと大地は仲良くついていった。

 ナイトホークが用意していたのは『千歳鶴 氷を浮かべてのむお酒』という、変わった日本酒とビール、そして『瑞穂』という泡盛だった。ジェームズ達が持ってきた『雪の松島』も開け、それをお互いでお酌しながら大人組がまったりと花火をしている皆を見る。
「律花ちゃん、結構いける口なのね」
 シュラインが皆の杯にお酌をしながらそう言った。律花は見た目の割に酒豪のようで、グラスに注いだ日本酒をぐいぐいと飲んでいる。
「私、日本酒が好きなんです。ナイトホークさんが用意したお酒、氷を入れると味わいが変わっていいですね」
 それを聞きながらジェームズや冥月も頷きながら酒を飲んでいる。そこに翠(みどり)がやってきた。
「おや、私が一番最後のようですね」
「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ。良かったな、あと少し遅かったら酒なくなってたよ」
 ナイトホークがそう言って翠のために場所を開けた。翠はシュラインからグラスを受け取り、持ってきた紙袋を渡す。
「お土産です。鮎の『にがうるか』と甘露煮です。良かったら後で食べてください」
「サンキュー、翠。ジェームズと律花さんの持ってきた『雪の松島』すっげー旨いから飲むといいよ」
 どうやら「酒飲み組」と「花火組」に別れているらしい。ただ、成人してるのはずのデュナスが何故か「花火組」に入っているのだが。
 武彦は花火を見ながらビールを飲んでいる。
「なんか『日本の夏』だなぁ…」
 店の入り口に置いてある鬼灯や、吊してある風鈴などが風情を出している。シュラインが持ってきたブタの蚊遣りもいい味だ。それを聞き、シュラインがそっと酌をする。
「本当、何かいい雰囲気ね」
 何となくしみじみとしてしまうのは雰囲気のせいだろうか。だが、それも何だか楽しい。
 薔は日本酒のグラスを持ちながら、麗虎や篤火、灯と話をしていた。男性三人に囲まれるのはなかなか悪くない。
「今日は格好いい人が多くて嬉しいわ。持ち帰っちゃおうかしら」
「私はお持ち帰り厳禁なんですよ。松サンなんか如何です?」
 篤火がそう言うと麗虎がそれに驚いてむせ、その背中を灯が叩く。
「麗虎さん、大丈夫ですか?」
「ゴホ…す、すげぇ吃驚した。いきなり話振らないで」
 ちょっとからかってその反応を見るのもまた楽しい。薔は麗虎にもたれかかって妖艶に微笑む。
「貴方の血、いただいてもいいかしら…?」
「…貧血にならない程度でお願いします」
「松サン、私にも分けてください!」
「待て、俺は献血車か」
 その会話を聞き、灯がクスクスと笑う。こうやって大勢で飲んだりするのはほとんど初めての経験なのだが、その会話だけでも充分楽しい。
 そこから少し離れた場所で、冥月は楽しそうに花火をしている香里亜を見ながらナイトホークに酌をしていた。今回のイベントも香里亜が企画した物らしい。
「色々と思いつく子だ。店の雰囲気がまるで別物だな」
 そう言って苦笑する冥月に、ナイトホークも同じように笑う。
「全くね。でもなかなか楽しいよ」
「そうですね。冥月、貴女の浴衣姿も素敵ですよ」
「そうか?」
 ジェームズの言葉に戸惑っていると、香里亜が近くにやってきた。そして、冥月や律花の手を引っ張る。
「律花さん、冥月さん。一緒に花火しませんか?たくさんあるんで一緒に遊びましょう」
「そうね、このままだとずっと飲んでる人になりそう」
 律花が立ち上がり、それに冥月が続く。
「じゃあ行ってくるかな…」

「花火って楽しいですね」
「そうですね。俺もこうやって花火をするのは初めてのような気がします」
 デュナスと月璃は火のついた花火を手に持ちそれを上に上げたりして楽しんでいた。魅月姫や亜真知、静はその様子を緑茶を飲んだり、大地の差し入れを食べたりしながら見ている。
「自分で出来る花火ってのも素敵ね」
 魅月姫は今まで大掛かりな打ち上げ花火しか知らなかったので、自分で出来る花火に妙に感動していた。空に咲く花ほど大きくはないが、こうやって手で持ってやる花火の美しさもまた絶妙だ。
「線香花火はやっぱり最後の楽しみですよね」
「そうですわね。最後は皆さんで線香花火をいたしましょう」
 静は亜真知と話しながら、椅子に座って皆が花火をしているのを見ていた。少し離れた所で大地が設置型の花火に火を付ける。
「たーまやー!」
「うわー、綺麗ー」
 真帆は皆のグラスに冷たい緑茶を入れながら、花火が上がるのを楽しんでいる。大地が次から次へとロケット花火などを打ち上げるので、飽きる暇がない。そこに、香里亜がシュラインや律花、冥月を連れてくる。
「綺麗なお姉さんを連れてきましたーって、ハジメ君。それ面白いですか?」
 ハジメは少し離れた場所にしゃがんで、へび花火をじっと眺めていた。大地が「線香で二カ所ぐらいに火を付けると、両方から蛇が出る」と言ったのでやってみたのだが、それが妙に不思議で面白い。
「いや、こういうの初めてで…うわー」
「えっ、それ花火なんですか?私も見たいです」
「何かこれってしゃがんで眺めたくなりますよね…」
 へび花火を中心に、ハジメ、デュナス、月璃がしゃがんだまま俯いている。何だか妙な儀式のようだと思いながら律花は花火を手に取り冥月に渡した。
「花火なんて高校の時にやったぐらいで、何か久しぶりです」
「私は花火というと爆竹のイメージがあるな。まあここで鳴らしたら大変だろうが」
 冥月はそう言いながら持ち手が針金で出来ている花火に火を付けた。パシパシと音を立てながら、それは火花を散らす。
 火がついている間の美しさだが、儚いからこそ美しいのかも知れない…そう思っていると、見たことのない少女が律花の横に立っていた。それが誰だか分からないが、律花はその子にも花火を渡す。
「はい、どうぞ」
 それは翠が連れてきた式の紅爛だった。花火が見たいと翠にねだって連れてきてもらい、浴衣の中から抜け出して花火に参加しているのだ。こんな夜は一人二人客が紛れても、皆気にしないだろう。それに、こんなに楽しげであれば誰だって参加したくなる。
「ありがとう」
 紅爛は律花に向かって微笑んだ。

「スイカ切ったわよー」
 シュラインがそう言うと、花火をしていた皆が代わる代わるやってきた。酒を飲んでいた武彦もそっと一切れ持って行く。
「なんかシュラインさんにばっか手伝いさせて、従業員が遊んでるな」
 ナイトホークがその横で月璃のかき氷器に氷を入れていた。器もしっかり冷やしてあって、並べられている色とりどりのシロップが美しい。シュラインはその言葉に手を振る。
「いいのよ。私は皆を見てるだけで楽しいし、少しはお手伝いしないと」
 皆が楽しそうなのが、なんだかしみじみと幸せだった。ただこの場にいて、雰囲気を味わっているだけでも楽しいし、そこに自分が参加していると思うとまた幸せだ。
 月璃も同じように思っていた。いつも顔を合わせない時間の客とも仲良くできたし、知ってる人たちの浴衣姿を見るのも何だか嬉しい。些細なイベントなのかも知れないが、ほんの短い時間でも皆と仲良くなれたような気がする。
「そうですよ。俺も楽しませてもらっているんで、そのお礼です。家庭用のかき氷機で作るかき氷ですから、店で売っているようなサラサラの氷ではないかも知れませんが」
 そこに真帆と魅月姫がやってくる。
「私、メロンにしようかな。魅月姫さんは?」
「私はイチゴにするわ。かき氷ってあまり食べたことがないの」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
 そこから少し離れた場所では灯が瞬間芸のようにスイカを食べていた。瞬きする間に口元や服を汚さず食べるその姿を見て、武彦が感心する。
「すごい才能だな」
「スイカを食べるのには自信があるんです」
 その近くでは大地が同じようにスイカを豪快に食べている。その様子を薔は微笑みながら見ていた。
「スイカ、良かったら私のぶんも如何かしら?」
「あ、頂きます」
 大地は薔からスイカを受け取り、また同じように食べ始める。薔は自分のハンカチを手渡して、にっこりと微笑んだ。こうやって少年が何かを食べている姿は健康的でいい。
「ところで、かき氷の『ブルーハワイ』って、何がブルーハワイなんでしょうね?」
「あ、それは私も思ってました。別にハワイじゃなくても沖縄とかでもいいですよね」
 ジェームズと篤火はかき氷のシロップを手に取りながらそんな話をしていて、横で聞いていた翠は思わず絶句する。一体二人で何を話しているのかと思えば、そんな事を真剣に考えているとは。
「ジェームズはそんな事を気にしていたんですか…」
 ブルー沖縄は語呂が悪いような気がする。そんな事を翠が思っていると、麗虎が煙草に火を付け大きく煙を吐き出す。
「ハワイっぽい味なんじゃないっすか?行ったことないから分からないけど」

「これ美味しいですね。亜真知さんが作ったんですか?」
「ええ、そう言っていただけると嬉しいですわ」
 デュナスは竹の筒に入った水羊羹を食べながら、亜真知に向かって感心していた。日本に来てからあんパンにはまっているのだが、この水羊羹も餡の味がして美味しい。日本には四季とりどりの美味しい物があるので、デュナスはいつも感心してしまう。
「こっちのタルトも美味しいです。美味しい物食べると幸せですよねー」
 香里亜はシュラインが持ってきたヨーグルトムースタルトを食べている。静は真帆が作ってきた水羊羹を、デュナスと半分交換した。同じ水羊羹なのに作った人が違うと味も変わる。
「デュナスさん、こっちも美味しいですよ。どうぞ」
「ありがとうございます。あんこ大好きなんですよ…うん、こっちも美味しいです」

「ハジメ君…でしたっけ、かき氷どうです?」
 律花はイチゴとオレンジのシロップがかかったかき氷を、一生懸命ゴミを片づけていたハジメに持ってきていた。ハジメはオレンジの方を受け取り口に入れ、その冷たさにこめかみに手を当てた。
「冷たい。何かこういうの初めてなんで、どうしたらいいか分からなくて…」
 そんな事を呟くハジメに、律花は隣でかき氷を食べながら微笑む。少し飲んでほてった舌に、氷の冷たさが心地よい。
「無理に楽しもうって思わなくても、楽しかったら自然に笑っちゃうと思うんです。私も今日このお店に来たの初めてなんですけど、何かずっと笑いっぱなしで…」
 そこに大地がブルーハワイのかかったかき氷を持ってやってきた。ハジメと大地は同じ歳なので、何だか親しみがある。自分は学生で、ハジメはこの店で働いているが、それは全く変わらない。
「ハジメ、つまらないか?」
「いや、そんな事ないです。すごく楽しくて…でも、こういうときどんな顔したらいいか分からなくて」
 律花と大地は顔を見合わせる。ハジメは自分が笑顔だと言うことに気付いていないらしい。大地はかき氷で冷たくなった手のひらをハジメの首に当てた。
「うわっ!冷たっ」
「今の顔でいいんだよ。だって笑ってるじゃん」
「そうそう、ハジメ君笑ってますよ」
 二人にそう言われ、頬に手を当てる。そんな事も忘れていたことが何だか妙に可笑しかった。そういえば、ここに来てからずっと笑っていることが多いような気がする。ただそれに気付いてなかっただけで、ここにいることはとても楽しい。
「冷たい…」
 ハジメはまたかき氷を口にして、その冷たさに顔をしかめた。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。
 ほとんどなくなった花火を前に、皆は線香花火を楽しんでいた。
「線香花火はやっぱ誰よりも長く火を付けられなきゃ面白くないよな。これも結構コツがいるんだ」
 大地はそう言いながら慎重に火を付ける。それを見ながらデュナスは同じようにやってみるのだが、なかなか上手く行かない。
「あれ?何か落ちます…」
「もっと下を持つといいですわ。揺らさないようにそーっと」
 亜真知がそっと火を付けると、火の玉からささやかに火花が散る。それを手本に月璃や冥月もそっと挑戦してみる。
「あ、俺のは上手く行きそうです」
「私もだ。何か上手く行くと嬉しいものだな」
 上手に火を付けている月璃や冥月を見て、デュナスはまた花火を手に取った。
「私ももう一回挑戦します!」
「デュナス様、頑張ってください」
 デュナスが真剣な顔で線香花火をやっている側では、真帆と魅月姫、静、ハジメが線香花火を誰が最後までつけられるかを競争していた。ハジメは線香花火をやるのが初めてだが、皆がやっているのを見て真ん中ぐらいを持ち、真剣に火を付けた。
「あー、もうちょっと。最後のちり菊になるまで頑張って」
 真帆がそう言いながら花火をやっているのを見て、静が顔を上げる。
「火花に名前が付いてるんですか?」
「私も知らなかったわ」
 それを聞いた律花が魅月姫の横にしゃがみ、線香花火に火を付けた。
「最初の激しい火花が『牡丹』で、だんだん落ち着いてくると『松葉』、最後に少しずつ散っていく火花を『ちり菊』って言うんです」
 その火花が変わっていく様子を説明する律花を見て、魅月姫と静はそれをじっと見ている。
「火花に名前を付けるなんて、日本は風情があるわね…私も最後まで自分でやってみたくなったわ」
「僕もです。儚いけど、線香花火っていいですよね」
「最後までやると、達成感がありますよ。ハジメ君も頑張ってください」
 真帆の励ましに、ハジメは手を動かさずに頷いた。

「薔さん、ちょっといいですか?動かないでくださいね」
 皆が花火をやっているのを見つめながら、灯は自分の髪についていた簪を、薔の髪に挿していた。元々読者にもらった物だが、男の自分が付けているよりも薔のような女性が付けているのがいいだろう。
「あら、もらってもよろしいの?」
「自分が付けているより、似合う方に付けていただいた方がいいでしょうから」
「ありがとう。でも、私よりこの子の方がいいかもしれないわ」
 妖艶に微笑みながら薔は灯に投げキスをし、灯はそれを見て俯きながら赤面する。妖艶なのだがエロティックではないので何とか正視できるが、それでもやはり恥ずかしい。
 薔は近くでグラスを片づけていた香里亜を呼び、その髪に青い玉簪を付けた。自分の墨色の浴衣よりは、白っぽい地を着ている香里亜の方がよく似合う。
「あれ?簪…薔さん、ありがとうございます」
 そう言ってにっこり笑う香里亜に薔は思わず抱きついた。格好いい男性を眺めているのもいいが、それと同じぐらい可愛い女の子を愛でるのも好きなのだ。
「可愛いわー。頭撫でたくなっちゃう」
「はわっ!薔さんどうしたんですか?」
 流石に抱きつかれたら赤面どころではすまないかも知れない。そんな事を思いながら、灯は薔に抱きつかれている香里亜を苦笑しながら眺めていた。

 シュラインはそんな皆の様子を見ながらスイカの皮や、花火の燃えかすを片づけていた。その横で篤火も同じように手伝っている。
「シュラインサンの作ったタルト、美味しかったです。今日はお疲れ様でした」
 それを聞き、シュラインはくすっと笑う。
「ありがとう。でも、こういうのっていいわよね…篤火さんとは初めて顔を合わせるけど、何か他人って気がしないわ」
「そうですね。またこういう機会があれば参加したいです」
 シュラインが持っているゴミ袋を、篤火はそっと横から受け取った。さっきからずっとシュラインは後ろでナイトホーク達と一緒に片づけなどをしていた。少しは花火などを楽しんでもらいたい。
「もしよろしければ、私と一緒に花火をしてくれませんか?変な意味じゃありませんよ」
 そう言いながら線香花火をしている皆の方を篤火は指さす。シュラインはその意味を理解したようにちょっと溜息をついた。
「そうね。最後の線香花火ぐらいやろうかしら」
「じゃあ行きましょう。まだ残ってるみたいですよ」
 篤火があらたまってお辞儀をし、そっと右手を差し出す。シュラインは武彦の方をチラって見て苦笑してから、そっとその手を取った。

 ジェームズとナイトホークは椅子に座って二人で酒を飲んでいた。片づけは後で皆でやればいいし、いつもの営業よりはかなり楽だ。あまり焦る必要もない。
 『雪の松島』を飲みながら、ジェームズがぼそっと呟く。
「そう言えば、昔は夜鷹もたまに袴とかはいていたな…」
 周りに人がいないせいで、ジェームズは二人で話すときの口調になっている。ナイトホークは苦笑しながら酒をクイッと飲み干した。
「そんな大昔のこと忘れたよ」
「…丈が短すぎて、あまり似合ってなかったが」
「忘れて」
 そう言いながら頭を抱えるナイトホークの杯に、ジェームズは酌をした。今日は何だか楽しい酒なので、つい昔のことを思い出してしまう。そういえば、二人で初めてこうやって酒を交わしたのはいつのことだっただろう…その頃から姿だけはお互い変わっていない。
「クロはあの時から変わってないよな。昔からずっと黒スーツだ」
「今日は浴衣だが」
 ナイトホークがくすっと笑う。
「クロ、これ片づけたら暇?」
「そうだな…律花を送り届けた後なら」
「それからでいいからもうちょっと飲まない?何か今日は昔のことを思い出す」
 どうやらナイトホークも同じだったらしい。ジェームズはそれに笑って頷いた。

「もうそろそろ終わりそうですね」
 翠は武彦や麗虎と一緒に符をあちこちに仕込んでいた。皆それぞれ楽しんだりしているようで、二人がちょっと離れても気付いていないらしい。武彦は煙草を吸いながら溜息をつく。
「どうして俺がこんな事…」
「貴方達が一番暇そうだったからですよ」
 式の紅爛も存分に楽しんだようだ。だったら最後にお礼の意味も込めて粋なことをしようと思い、打ち上げ花火を仕込んだ符をあちこちに置いていたのだ。それを聞いた麗虎が武彦と同じように煙草を吸いながらそっと翠に囁く。
「まさかと思うけど、近所迷惑になったりしないよな」
「音は普通の花火よりも小さいぐらいです。さて、行きますよ」
 そう言って翠は呪を唱える。そして手を振り上げた瞬間だった。
 風を切るような音がして、空に色とりどりの花が咲く。それを皆が見上げながら小さく拍手をしたり、喜んだりしている。
「流石翠さん、粋っすね」
 麗虎と武彦が煙草を吸いながら満足げに頷く。
「全くだ。ちょっとした花火大会だ」
「こんなのも乙でしょう?さて、戻って酒でも飲みましょう。一仕事した後ですから美味しいですよ」
 今日のことは皆の心にずっと残るだろう。きっと何年経っても、楽しい思い出として鮮やかに蘇る…。
 見上げた空には細く青い月が上り、青く薄い影を作っていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6577/紅葉屋・篤火(もみじや・あつか)/男性/22歳/占い師
4748/劉・月璃(らう・ゆえりー)/男性/351歳/占い師
2024/釼持・薔(けんもつ・しょう)/女性/226歳/ネイルアーティスト
5597/烏有・灯(うゆう・あかり)/男性/28歳/童話作家
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
6157/秋月・律花(あきづき・りつか)/女性/21歳/大学生
2778/黒・冥月(へい・みんゆぇ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6118/陸玖・翠(りく・みどり)/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

6191/統堂・元(とうどう・はじめ)/男性/17歳/逃亡者/武人
6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生/見習い魔女
4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女
1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
5598/烏有・大地(うゆう・だいち)/男性/17歳/高校生

◆ライター通信◆
こんにちは、水月小織です。
個人的夏のイベント『蒼月亭浴衣night』にご参加いただきありがとうございます。
PL様総勢16人+NPCという無茶な人数でやってしまいましたが、如何でしたでしょうか。
リテイクなどはご遠慮なくお願いします。
今回は「大勢でお祭り」という感じで、最初の部分が所々個別になってます。店に集まる所からは集合にしました。それにしても人物一覧だけですごい長さです。
今までの納入物で一番の長さですが、読んでいただけると嬉しいです。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。

今回はお祭りですので個別メッセージを省かせていただきます。
参加してくださった皆様に精一杯の感謝を。