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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【木五倍子】



「じゃあ、お気をつけて」
「あいよ。穂乃香ちゃんも気をつけてね」
 遠逆日無子に見送られて、橘穂乃香は病室をあとにした。
 穂乃香は病院のロビーにある時計を見遣る。実はこの後、友人と待ち合わせなのだ。
(まだ時間はあるみたい……。でも、早めに行くというのもいいかもしれないですね)
 そう思って病院から出る。まだ十分外は明るかった。
 歩いていると……穂乃香はふいに寂しい気持ちになった。
 元気な様子だった日無子。彼女が一ヶ月の眠りから目覚めて今……彼女の見た目はとても元気そうだ。
(何も……何も解決してない……)
 遠逆の家のこと。
 生贄のこと。
 日無子のこと。
(穂乃香は……何も知らない……)
 日無子の、手を振って見送ってくれた病室の光景を、思い返す。
 これで終わったのなら、それでもいい。だが、この胸のざわめきはなんだろう?
 公園の前を通りかかる。
 揺れるブランコ。
「…………」
 夕陽を受けてキィキィと揺れるブランコを穂乃香は眺める。
 ただ眺めていた穂乃香はハッと我に返った。
 自分が悩んでも、しょうがないことなのだ。
(そうですよ。考え過ぎです)
 ぺち、と自分の頬を軽く叩いた。
 空を見上げると、茜色の空があっという間に紫に染まっている。
 きぃ、と音がした。
 穂乃香はブランコに視線を戻す。
 風が吹き、公園内の木々を揺らす。その葉音に穂乃香はぞくっとした。
 ブランコが前後に緩やかに揺れている。誰も乗っていない。公園には誰もいない。
 穂乃香は足が地面に貼り付いたようになり、動けないでいる。
 ブランコの周辺を何か小さなものが飛んでいた。
(あれ……は……?)
 目を凝らすと、ソレは蝶だった。だが普通の蝶ではない。
 輝いている。自身が発光でもしているようだ。
(発光?)
 ちがう。
 蝶の羽は……炎だ。炎の羽を持つ蝶なのだ。
 あれはなんだ? 明らかに、この地上の生物ではない。あれは――――。
(憑……もの……?)
 手が。
 ブランコに誰かが座っているわけはないのに、手だけが空中から生えていた。
 おいで、と、手招きする。
 おいで。
 腕は白く、指は細く。
 ただ穂乃香を手招きする。
 穂乃香は一歩、踏み出した。足は重い。だが、身体が勝手に動いた。
 呼んでいる。アレが呼んでいる。行かなければならない。
 だって蝶が綺麗。手が呼んでる。
(行かなきゃ――)
 よろよろと歩く穂乃香の真上で、リーン、と鈴の音が鳴り響いた。とても澄んだ高い音が。
(す……ず……?)
 ぼんやりする意識で思うと、肩に手を置かれる。
 その手の重みに穂乃香は意識がはっきりした。
「え……あ……?」
 わけがわからなくて困惑する穂乃香は、振り向いた。肩の手の主を見上げ、あ、と思う。
 一瞬、友人かと思ったが――ちがう。
 黒い学生服の少年はにこ、と微笑んだ。
「こんなとこで何してんだ? 迷子か?」
 気軽に声をかけてくる少年は、前髪が長くて顔がよく見えない。
「あ……えっと」
「最近このへんて物騒なんだぜ? 危ないから帰ったほうがいい。お父さんかお母さんはいねーのか?」
 柔らかい口調でハキハキと言う少年に、穂乃香は唖然としていた。
 なんだろう。不思議な人だ。
 口調もきつい感じもしないし、声も優しい。親切な若者そのものである。
「人と待ち合わせで……そこに行く途中なんです」
「そうなのか。でもちっちゃい子の一人歩きって、あんま感心できないな。俺が送っていこうか?」
「え……。あ、いえ、大丈夫です」
 それよりも穂乃香は気になるのだ。ブランコ付近をさ迷っている蝶と、あの白い手のことが。
 ちら、と視線を走らせると、やはりまだ居る。白い手は動きを止めてはいるが、はっきりと存在していた。
「へえ、アレが見えるのか」
「は、はい……。あれは……なんですか?」
「手だな」
 さらっと言われる。いや、そんなことは見ればわかることだ。
 少しじとりとした目で少年を見遣ると、彼は苦笑した。
「物の怪の類いだ。えっと……おばけ、が近いな」
「おばけ、ですか」
「妖怪よりはわかりやすいだろ? オレは憑物って呼んでるけどな」
 ぎくっとしたように穂乃香が目を見開く。
 憑物という単語を使う人物を、穂乃香は二人ほど知っている。
 一人は四十四代目当主だった遠逆和彦。
 一人は先ほどお見舞いに行った相手――いまだに入院生活をしている遠逆日無子。
 どちらも遠逆家の人間だ。
(では……もしかして、この人も……?)
 いやまさか。
 穂乃香は自分の考えに首を振って否定する。
(そんなこと……あるわけないです。そんな偶然、あるわけ……)
 だが、二度あることは三度ある、と言うではないか。
「お兄さんは、あの『おばけ』が見える人なんですね」
「そーだな。オレ、ああいうのを退治する専門家だから」
 にっこり笑って言う少年の言葉に、穂乃香は顔を強張らせた。予感が確信に変わっていく。
 彼は怪訝そうにした。
「あれ……? ちっちゃい子は大抵笑ってくれるか、スゲーって言ってくれるんだけどな……」
 変なの。
 そう呟いた彼に、穂乃香は小さく笑うことしかできない。
「嘘だ、ともよく言われるんだが……珍しい子だなぁ」
「……お兄さんは、嘘はついてません。わたくし、わかります……」
 どこか沈んだ声で言う穂乃香に「ふーん」と呟く。
 彼は手招きする手のほうを見遣った。そして穂乃香に視線を戻す。
「あれはお兄さんがなんとかするから、お嬢ちゃんは早く待ち合わせ場所に行ったほうがいいぜ?」
「え、で、でも」
「いいからいいから。
 あんまり見てると魅入られるから、早く行ったほうがいい」
 穂乃香の背を軽く押す彼を、穂乃香は心配そうに見る。
 その視線に含まれるのは……。
(あなたはもしかして……もしかして遠逆の人ですか?)
 そんな疑問。
 だが彼は別の意味にとったようだ。
「安心しろって。次にこの公園に来ても、もうああいう変なのはいないから」
「……お兄さんが、なんとかするんですか?」
 すると、彼はニッと不敵な笑みを浮かべる。
「なんとかする。そうしないと、ここで遊ぶ子供や母親が困るだろ?」
「お仕事……じゃないんですか?」
 彼はふふっ、と低く笑った。堪えるような笑いだ。
 今までの遠逆の人ならば間違いなく「仕事だ」と即答した。
「コレは仕事じゃねーな。あんなもん、金にならねーよ」
「そ、そうなんですか?」
「アレは、どこにでもあるというか……。なんつーか。大きな怪異じゃないからな。
 避けて通ればそれで話は済むもんだ」
「道端の石とかじゃないんですけど」
「いや、実際な、怪異とかはそういうもんなんだ。巻き込まれるとか、自身が原因とかならわかるが……大抵のものは『避けて通れば』いいんだぜ?」
「そんな……!」
「平穏無事で過ごしてる人間てのは、避け方が上手い連中のことだ」
 触らぬ神に祟りなし。
 そういうことなのだろう。
 だが穂乃香にはできない。困っている人がいるならば手を貸したいと思う。なにか自分で力になるなら、きっと。
 穂乃香の顔を見て彼は喉を鳴らす。
「わかりやすいお嬢ちゃんだな。だからお兄さんがなんとかしてやるって言ってんだぞ?」
「お仕事でもないのに、ですか?」
「石が大きいなら、どければいい。どかせるくらいは、やってやる」
 彼は前髪を軽く払った。はっきりと顔が見える。
 ぎょっとした穂乃香は驚きに目をみはった。
 美しい少年だ。
 和彦の持つ静かな美貌とは違う。日無子のような明るい健康的な美しさとも。
 だが……なによりその両眼が色違いだということに穂乃香は衝撃を受けていた。
 これは、決定的だった。
 遠逆家の者は、穂乃香が知る限りでは全員、『両方とも同じ色の瞳をしていない』のだから。
「お、お兄さん……た、退魔士さん……ですか?」
 恐る恐る尋ねると、彼は「ん?」と首を傾げた。
「よく知ってるなあ。退魔士って、けっこう難しい単語だと思うんだが……」
(憑物退治を……しているんでしょうか? でも、あれは終わったはずです……。生贄はひなちゃん……ですし)
 思案している穂乃香の背中を彼はもう一度軽く押した。
「ほら。もう暗いんだぜ? さっさと行け。友達待たせてんだろ?」
「あ……は、はい……」
 訊くべきか。
 迷う穂乃香はちらちらと彼を見る。
「ん? やっぱり送ろうか? 怖いのか?」
「えっ、いえ、そうではなく……」
 もしも彼が戦うのならば、見れるかもしれない。そう、思った。
 巻物でも出そうものなら、穂乃香の考えは確信になる。完全な、確信に。
(でも……考え過ぎ、ということもありますよね。別に憑物封印に来ているわけでは……ないかもしれないですし)
 そうだ。彼は退魔士。ならばただ化物退治に来ている、という可能性だってある。
 穂乃香は少しだけ安堵して、彼に頭をさげた。
「ご心配ありがとうございます。では、行きます」
「ああ。気をつけて。最近の日本も幼女を狙った犯行が多いんだろ? 知らない人に声をかけられても、ついて行っちゃダメだぞ」
「ふふっ。お兄さんも『知らない人』ですよ?」
「あ、そっか」
 彼は笑って応える。なんという気さくな人だ。
 少年は人差し指を立てた。
「いーの。オレはロリコンじゃねーもん」
「そうですか」
「ほらほら。早く行って友達を安心させてやれ」
「はい」
 穂乃香は笑顔で返事をして歩き出した。
 変わった人だった。
(あ、そういえば……蝶のほうへふらふらと行きそうだったのを助けてもらったのに……そのお礼を言うのを忘れていました)
 今さら戻るのもどうかと思う。
 公園からかなり離れたところで振り向く。
 ここからでは公園の中の様子はあまり見えない。けれども、塀の上に立っている少年の姿が見えた。
(遠逆の……退魔士さん、ですよね?)
 穂乃香は心の中で尋ねた。無論、その問いに返ってくる答えはない。
 色違いの目。退魔士。美形。
(それに)
 少年は手にアーチェリーを持っている。漆黒のそれを構えていた。
(――影の武器)
 間違いない。
 きっとまた会える。いいや、会わなければならない。
 お礼も言わなくては。
(お名前……訊くの忘れてました)
 だがきっとそう。彼の名乗る名前は予想がついている。
 遠逆――――と。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 陽狩との出会い、いかがでしたでしょうか? まだ謎多き彼ですが、子供にはわりと優しい……感じですね。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!