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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【木五倍子】



 黒崎狼はふらふらとした足取りで、病院をあとにする。
 彼は非常に疲れていた。
(いや……まぁわかってたけどよ……)
 この病院に入院しているのは遠逆欠月。狼は彼の見舞いに来ていたのだ。
 狼は先ほどのやり取りを思い出す。
「おまえ……身体は大丈夫なのか?」
 尋ねた狼に欠月は「ん?」と呟いてから意地悪な笑みを浮かべる。
「まあ元気と言えば元気だね」
「……なんだよそれ。どっちなんだ?」
「退魔士としては働けないけど、普通の人としてなら暮らせる程度だよ」
 それを聞いて狼がちょっと顔を輝かせた。
 欠月が……普通の人間?
(マジで……?)
 にた、と笑みを浮かべていたのに気づいて狼は慌てて首を横に振る。
(な、なに嬉しそうな顔してんだ俺は……。でも……今の欠月は俺が攻撃しても避けられないってことだよな……?)
 試しにやってみよう。
 ちら、と欠月を見る。彼は不思議そうな顔をした。
 手近にあった文庫本を掴んで欠月目掛けて投げてみた。欠月は一瞬目を見開くと、避けようともせずに本を素早く受け止める。
「何するんだよ? 本が傷むだろ?」
「なんだ今の素早い反応!」
 悔しそうに言う狼に欠月は「はあ?」と声をあげる。
「どこが普通なんだよ!」
「……あのね、これくらいは誰だってできるでしょ?」
「できるかっ!」
 ――そんなやり取りもあった。
 しかし、欠月と話していると本当に疲れる。何を言っても欠月は正論で言い返してくるからだ。
(……俺のせいだよ。わかってんだよ。疲れるってわかってて欠月の見舞いに来た俺の落ち度だ……)
 自分のせいなのだから、欠月のせいにはできない。
(放って置けない俺が悪いのさ……へへへ……)
 よたよたと歩く狼はふと、考える。
 欠月は元気そうだった。だが……。
 今こうしている間も欠月は生きるか死ぬか、不安定な状態のままなのだ。
(問題は何も解決してねぇもんな……)
 欠月の命の時間はどうにもできないとしても……遠逆家のことや、忌むべき四代目の儀式の事。
(月乃や欠月とこれまで関わってきたけど……俺、やっぱりいまだに何も知らないんだよな……)
 全てが終わる時など、来るのだろうか?
(欠月で……この不運な運命は終わるのか……?)
 終わらないとしたら、これほど頭の痛いことはない。
(あー、やだやだ。欠月のせいで余計に頭いてぇよ)
 と、その時だ。
 狼の耳にリーン、と鈴の音が聞こえた。
「へ?」
 狼は顔をあげて見回す。
 澄んだ高い鈴の音は、全く聞き覚えのないものだ。だがなんとなく……反射的に感じてしまった。
 これは「出現」の合図だと。
 塀の上に立っている、長い髪をなびかせている人物……。
(月乃?)
 怪訝そうにうかがう狼は、身を軽く引く。
 違う。月乃ではない。
(一瞬、そう思ったが…………似てないのに、なんでだ?)
 ツインテールが風になびく。少し冷えた眼差し。だが、遠逆月乃に負けず劣らずの美少女だ。
 丸眼鏡の向こうには青と黄土の瞳。
 唖然とする狼はハッとする。
 いつの間にか見惚れていた。いや、美人だからしょうがないのだが。
(なに見惚れてんだ、俺は!)
 塀の上に立つ少女は目を細めて狼を見てくる。
「……あんた、こんなところで何してるの?」
 いきなり冷たい声で問われて狼は「うっ」とうめく。
(なんだろうこの感じ……。懐かしいっつーかなんつーか)
 狼は気を取り直し、少女を見上げる。
「それはこっちのセリフだ。おまえこそ、そんなとこで何やってんだ? 覗きか?」
 ぴく、と少女が眉を吊り上げる。
「……ノゾキ……? このわたしが、ノゾキですって!?」
 低い声に狼は「しまった」と思うがもう遅い。
 少女は「ふふ」と引きつった笑いを洩らした。
「面白いこと言うのね、最近の若い子は」
「若いって……おまえもだろ?」
 どう見ても狼と一つか二つくらいしか違わない。
 少女は塀を蹴って狼の前に軽やかに着地した。
 すぐ近くで見れば見るほど、彼女は場違いな美貌の持ち主だ。だが思う。
(に、似てる……。顔は全然違うけど……)
 狼の困惑した表情に少女は怪訝そうにした。
「なによ……? 人の顔をじろじろ見て……」
「あ、いや、すまん。知り合いに……なんか似てる気がしてよ」
「…………………………ナンパ?」
 眉をひそめて言われて狼は反射的に「ちがーう!」と大声をあげた。
「なんで俺がナンパなんてしないといけねーんだ!」
「あら。でもわたし、よくナンパされるし、口説かれるけど。あなたみたいに声をかけてくるわよ?」
「そ、そうだとしても俺は違うの!」
「ふぅん」
 少女はどうでもいいように呟き、狼に向けて「しっしっ」と追い払う手つきをした。
「まあそんなことはどうでもいいわ。さっさとウチへ帰るのね」
「? なんでだ?」
「……そんなのあんたに関係ないでしょ」
 すごく嫌そうに言う少女はいつの間にか手に黒いチョークを持っている。
「痛い目に遭いたくなかったら、早く行ったほうがいいわ」
「…………あのさ」
 狼は気になっていたことを尋ねることにした。
 色違いの瞳といい……もしかして。
「おまえ……と」
「あんた!」
 ビシッ! と少女が狼の鼻先に指を突きつけた。
「なにが『おまえ』よ! 失礼なヤツね!」
「え?」
「え? じゃないわよ! 初対面の相手にいきなり『おまえ』だなんて……! 礼儀がなってない!」
「いや、だって俺……おまえの名前知らないし……」
「また『おまえ』って言った!」
 ぎろっと少女が怒気を含めて睨んでくる。
 彼女は腕組みする。
「知らないなら知らないなりにも礼儀はあるでしょ!?」
「う……」
 物凄い迫力だ。美人だからということもあるが、この異様なほどの説得力……。
「失礼なこと言った罰よ! 謝りなさい!」
「な、なんで俺が……」
「謝りなさいっ!」
 狼は口を開閉させた。雷にでも打たれたようなショックが身体に走る。
 普段、狼は自分が悪くても言葉を濁したりして、素直に謝らないことが多い。だが目の前の彼女はそれを許さないようだ。
「う……あ……」
「謝れッ!」
 青い瞳に睨まれて狼は「ごめんなさい」と、小さな子供のようにぺこっと頭をさげていた。
 ハッとした彼は「うわああああ〜!」と心の中で悲鳴をあげる。
(な、なにやってんだよ俺は〜!)
 じーっと少女に見られて狼は冷汗を流した。
 彼女はツンとした表情で言う。
「素直に謝る癖くらいはつけといたほうがいいわよ。意地張って、後で取り返しがつかなくなることだって多いから」
「なんなんだよ、お……えっと、」
 どう言えばいいんだ?
 困惑する狼は色々と思案した。
 お姉さん? いや、それは変だ。
 お嬢さん? なんだそれ……俺のガラじゃないだろ。
 うんうんと悩んでいた狼の前で、彼女は小さく反応して目を細めた。
「来たか……」
 そんな少女の呟きなど、狼の耳には入っていない。
 彼女は自身の影を浮き上がらせて掴む。三叉の武器、サイだ。それを両手に持つと構えた。
 地面すれすれに疾走してくるモノに狼は気づかない。彼はああでもないこうでもないと考え込んでいたため、少女に突き飛ばされてドテ、と転倒した。
「なっ、なにす……!」
「邪魔よ!」
 一喝されてしまい、狼は口を噤む。
 狼は少女が握っている漆黒の武器を見てぎょっとした。
(真っ黒な武器……)
 光沢も何もない、あののっぺりとした色合いは……。
 まさか。
 狼は少女に視線を向ける。
(遠逆の……退魔士、か……?)
 影の武器は遠逆の退魔士が使うものだ。だとすれば……。
 少女は疾走してくるモノを一撃で切り裂いた。迎え撃ったのだ。
 少女に切り裂かれたソレは二つに分かれたがそのまま走り去る。
「チッ……! 傷が浅かったか」
 舌打ちした彼女は手の中の武器を握り直した。
「お、追いかけなくていいのか!? ていうか、アレはなんだ?」
「あれは憑物。それに……追いかけなくてもまた来るわ」
 真っ直ぐに後ろを見遣り、少女は再度構える。
「……今度こそ――――斬る」
 すぅ、と目を細めた少女が腰を低く落とした。意識を集中させ、呼吸を整える。
 カッと目を見開いた彼女が両腕を素早く振り下ろした!
 真下から飛び出してきた二つの黒いモノを少女の武器は更に真っ二つにしてしまう。
 地面から空中に飛び出してきたソレは、カエルにとてもよく似ている。だがカエルではない。カエルはあんなに黒くもないし、蜘蛛のような脚もしていない。
 憑物は空中で破裂してしまった。飛び散った肉片は溶けるように消えてしまう。
「ま、こんなもんか。雑魚だからもう出てこないとは思うけど」
 少女は武器から手を離し、落とす。武器は地面に溶け込むようにするりと一体化し、そのまま彼女の影になった。
 呆然とする狼は少女を凝視していた。
 どうしてここに遠逆の退魔士がいる?
(……やっぱり、まだ終わっていないって事なのか?)
 ではまさか。
 この少女が次の生贄……? いや、だって欠月は?
 少女は倒れたままの狼のほうへ視線を遣り、目を細める。
「なにしてんの? さっさと立てば?」
(……なぜだろう。遠逆の人間は初対面の対応がツレナイ……。俺の対応が悪いのか……?)
 なんてことを思いながら狼は立ち上がった。少女は狼に興味はないようで、黒いチョークで塀に何か描き込んでいる。
 描き終えたようで少女は振り向いた。
「うわっ。あんたまだいたの?」
「居ちゃ悪いのか!?」
「別に悪くないけど……。あんたよっぽど暇なのね。もう暗いんだから家に帰れば?」
 そう言われてみれば空はすっかり薄暗い。
 狼は視線を少女に戻した。しかし「うえっ!?」と驚く。
 目の前に居たはずの彼女の姿は、完全にない。慌てて周辺を見回すが、それらしい影はどこにもなかった。
(き、消えた……?)
 確かに彼女は遠逆の退魔士で。
 そして、東京に来ていて。
(……次に会う事があれば……訊いてみるべき、か?)
 そんなことを思っていた狼はハッと気づいて青ざめた。
 空は暗い。そう……もうかなり時間は遅いということだ。
(し、しまった……)
 人と待ち合わせをしていたというのに!
(や、やべぇ!)
 狼は慌ててそこから走り出した――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/『逸品堂』の居候(死神の獣)】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 深陰との出会い、いかがでしたでしょうか? やっぱりつれない対応……ですね。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!