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<東京怪談ノベル(シングル)>


もしも……絶対ないだろう対決・嬉璃編
●選手入場
 れっでぃぃぃぃぃぃぃぃぃす、えぇぇん、ぜんとるめんっ!!!
 都内某所に突如現れたプロレスリング、通称白いマットなジャングルに、まもなくこれより対戦する者たちが姿を見せようとしている。リングを取り囲む1億2000万人……の中のごく一部である120人のファンが、その瞬間を今か今かと待っていた。
 自然発生的に観客から手拍手が起こる。それは次第に大きくなり、会場を強く包み始めた頃――リングアナによる選手紹介が行われた。
「あぁぁぁぁぁかこぉぉぉなぁぁぁぁ! 購買のおばちゃん! 鷲見条、つぅぅぅぅぅぅゆぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
 炭酸ガスが噴き出された後の花道から、眼鏡をかけたひっつめ髪の女性が、歓声と拍手の飛び交う中を、緊張と困惑の入り混じったような固い表情で歩いてきた。鷲見条都由である。
 反対側、青コーナー側の花道でも炭酸ガスが噴き出される。リングアナによる選手紹介が会場に響き渡る。
「対します、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁおこぉなぁぁぁぁぁっ! ざぁぁぁしきわらしっ! きぃぃぃぃぃりぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 両手を高らかに上げ、嬉璃がすたすたと歩いてくる。観客からの嬉璃コールに、手を振って応える余裕も見せていた。
 両者ともにリングに上がり顔を合わせる。
「よろしく〜お願い〜いたしますね〜」
 ぺこんと嬉璃に頭を下げる都由。対する嬉璃はふふんと笑ってからこう言った。
「よろしくぢゃ。だがわしは負けぬぞ。必ずや全勝し、この大会を制してみせるのぢゃ!」
 強い意気込みの嬉璃。この大会は1度負けたらそこで終わりのトーナメント方式ではない。参加者全員総当たりな大会だ。なので1回1回の勝敗はもちろん大切だが、長丁場をいかにして乗り切るかということも重要となってくる。最初から全力を出してゆくか、それとも抑え気味にゆくか……それは参加者各人の考え方次第だ。
 両者は挨拶を交わしてから、各コーナーへと一旦下がる。するとリング中央に何かがセッティングされた。――木のりんご箱だ。
 はて、何故にこんな物が用意されるのか? リングの上に居るのだから、何か格闘技がこれから行われるのではないのか?
 けれどもそんな疑問は、リングの頭上にある看板を見ればたちまち氷解する。そこには『メンコ3本勝負王者決定戦!!』とあった。そうなのだ、参加者はリングの上でメンコ対決をしようというのだ!
 ルールは簡単、先攻後攻を決めてから交互に、りんご箱の上に置かれた相手のメンコ目がけて自分のメンコを叩き付けるのだ。それで相手のメンコをひっくり返すか落とすかすれば1本奪取となる。最終的に2本先取した方の勝利だ。
 さあ、果たして都由と嬉璃、どちらに勝負の女神は微笑むのだろうか……。

●引け取らぬ鮮やかな腕前
 1本目が開始される前、レフリーによって両者凶器など隠し持っていないか念入りにチェックされる。何もメンコ勝負ごときで……と思うかもしれないが、勝負の世界は何が起こっても決して不思議ではないのだ。チェックは重要である。
 そして無事チェックも終了し、凶器など隠し持っていないことが証明される。1本目、先攻は嬉璃と決まった。
「ふふふ、1発で決めてやるから、お主はよーく見ておくのぢゃ」
 嬉璃が不敵な笑みを都由へ向けた。
「はい〜、よく〜見ておきますね〜」
 のんびりと答える都由。嬉璃は一瞬テンポを崩されそうになるが、すぐに立て直し、自分のメンコを握った右手をすっ……と振り上げた。
「ゆくのぢゃ!」
 嬉璃が右手首のスナップを効かせながら、右手を勢いよく振り降ろした。嬉璃の手を離れたメンコは、くるくると回転しながらりんご箱を目指す。
 パシィィィィィィィィィィィッ!!
 メンコが叩き付けられ、鋭い音が会場に響き渡った。りんご箱の上にあった都由のメンコは……おおっと、ひっくり返っている!!
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 嬉璃の見事な技に観客が大きく盛り上がった!!
「秘技・スクリューアタック……ぢゃ」
 ニヤリと嬉璃が笑う。
「あら〜、後がありませんね〜」
 もう1本取られればそこで負け。だというのに、都由の口調は崩れない。2本目は負けた都由の先攻だ。
 今度は嬉璃のメンコがりんご箱の上に置かれる。都由が自分のメンコを握って振りかぶるのだが――。
「おぉぉぉぉぉぉ……」
 観客から溜息にも似た声が漏れる。都由はサイドスローの体勢になったのだ。そして観客が静まった瞬間、すかさず都由はメンコをりんご箱目がけて投げ付けた。
 都由のメンコはまっすぐに嬉璃のメンコに向かってゆき……角の微妙な所を直撃! そのまま滑るように箱の下へ落ちていった!!
 気になる都由のメンコだが同じように箱の上を滑ってゆき……これは見事! ぎりぎりで箱の上に留まった!!
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 観客さらにヒートアップ!! 会場から手拍子に合わせて都由コールが沸き起こる!!
「む……なかなかやりおるのぢゃ」
 嬉璃の眉がぴくっと動いた。
「サイドカッティングです〜。さ〜、次に〜いきましょうか〜」
 1本取りタイに持ち込んでも都由のペースは何ら変わらない。勝負においては、こういう相手が意外に厄介なのである。
 かくして勝敗の行方は、3本目に持ち越される。

●決着
 3本目はまた嬉璃の先攻だ。結論から言うと、3本目は1本目2本目と違って息詰まる長期戦となっていた。
「奥義・竜巻ボムぢゃ!」
「スターライトストリームです〜」
「極意・龍の咆哮!!」
「サザンクロスブレード〜」
「……神技・真空撃ちでどうぢゃ!!」
「今のは〜、ハイパージェミニスラッシュと〜、いいます〜」
 ひっくり返るかと思ったら踏み止まったり、相手のメンコを弾き出したものの自分のメンコも落ちてしまったり……などなど、どっちが勝ってもおかしくない勝負がリング上では展開されていた。
 だが――時間はかかったものの、勝利の女神は一方に微笑むことを選んだ。
「真奥義・隕石落下!!」
 嬉璃は自分のメンコを両手でしっかとつかむと、ぶんと激しく振り降ろして、都由のメンコ目がけて叩き付けた。
 バッシィィィィィィィィィィィッ!!!
 強く鈍い音が会場に響き渡る。都由のメンコは……返っている! 見事にひっくり返っていたぁぁぁぁぁっ!!
 この勝負……勝者・嬉璃!!
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
 勝敗の決定に観客の歓声がうねる!
「きーりっ! きーりっ! きーりっ!」
 勝利を称える観客からの嬉璃コール。嬉璃は四方を向いてそれに応えてゆく。
「……惜しかったですね〜」
 ふうと溜息を吐く都由。なかなかよい所までいったが、残念ながら嬉璃に及ばなかった。
「勝ったのぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 嬉璃が高らかに勝者の叫びを行っていた――。

【了】