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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


◆童沼に棲む人魚姫◆

 ことの発端は、どこの探偵事務所に頼んでも門前払いにされたとウチに泣きついてきた、「童原村(わらしばらむら)」という村の村長夫婦の奇妙な話からだった。

「どうぞ…」
 困り果てて、曇った顔を俯けたままソファに座る老夫婦に、零がお茶を出す。村長と思しき男性がつと、ほんわりと湯気をたてる湯飲みを手に取ると左手に乗せて、右手で支えた状態のまま膝の上にその手を置いた。漸く、決心がついたように顔を上げて草間の顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔で話を切り出してきた。
「…死んだんじゃ…わしらの息子も、その息子も…」
 それに、ここ数年で若者が5人も命を落としている。一番最近起こったのが、彼らの息子と孫の事件らしい。そんな事を口にしたまま、次の言葉が出ないでいた時だった。武彦は灰皿にタバコを押し付けながら、不躾にその事件の顛末を聞いた。
「で…警察には…?」
 届けたけれど、ただの「事故」だと言われたらしい。明らかに死体の状態は普通の事故死とは考えられないのに!声を荒げて、悲痛な面持ちで、立ち上がったまま声を失くした男性。そんな男性の様子を見て、今度は連合いの女性まで泣き出してしまう始末で…。
「崇りだ…やっぱり姫様の崇りなんだよぉ…!」
 そういうことか。確かに、その手の事件はなぜかウチに流れ込んでくる事が多いし、最近じゃどこの事務所も「その手のは草間のところへ行け!」だなんて言ってやがる。ったく、今回も断れない依頼ってヤツか?にしても、こりゃ俺一人にゃ荷が重いな…
「…残念だが他あたって…」
「大丈夫ですよ槌田さん!この方が絶対!絶ぇっ対に!!事件を解決して下さいますから!!!」
 済みません。俺でもないのにどうしてそんな事が言えるんでしょうか?
 見れば、零がクライアントの男性と女性の手を握って、泣きながら勝手に依頼を引き受けている。そんな零の言葉で泣いて喜ぶ2人を、呆れたように見やって溜息ひとつ。テーブルに置かれた煙草の箱から最後の一本を取り出して、火を点ける。
「詳しい話を聞こうか。」
(金も無いしな…)
 所詮、商売だしな。選り好んでちゃ食ってけないわけで。気乗りはしないが引き受けることにした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 深い眠りの底にあった“自身”が、ゆっくりと浮上するのを感じる。浮上していくその僅かなひと時に見た“流れ”は、少しでも御方を楽しませて差し上げられる“お土産話”になるかしら…?と、そう思いましたの。
「この“流れ”は…そう、草間様…」
 やんわりと微笑んでから、寝台を降りて早速身支度を整えると、流れの先を手繰る手がかりを持つ「草間武彦」に会いにゆくことを決心した。勿論、御方を楽しませて差し上げる為に…。


 クライアント夫婦が一度ホテルに帰って行くのを、それは丁寧に見送る草間零の後ろ姿。そんな姿から目線を外して、とうとう無くなってしまった煙草を名残惜しむように灰皿に押し付けてから、丁度冷めた頃合の茶に手を伸ばした。
「お兄様、海原みその様がいらっしゃいましたよ。」
 武彦が、来客用にテーブルに置かれていた「お茶請」にまで手を伸ばしかけていた時だった。クライアントの次は「天然不可思議系巫女」のお嬢さんが来たと零に言われて、その手を引っ込めた。事務所に招き入れられた少女が一歩を踏み出しながら、武彦に挨拶をする。
「ごきげんよう…草間さ…まっ!?」
 べちっ…
 相変わらず運動音痴は健在のようで、やっぱり何もない所で盛大に転ぶ。慌てたように駆け寄る零に助けてもらいながら、漸く立ち上がる髪の長い少女はソファにゆっくり腰掛けてから改めて彼に挨拶をする。
「こほん…。改めまして…ごきげんよう、草間様。」
 零の手で、擦り剥いた膝に絆創膏を貼って貰うと、波動でそこにいる事が分かる“相手”に向かってやんわりと微笑む。
「…それで、用件は?」
「ふふ…面白そうな“流れ”が“見え”ましたの…。」
 微笑を絶やさぬまま、その能力故に見えた「流れ」を頼りに来たのだということを武彦に伝える。彼自身、協力者を探す手間が省けたのだから、これ程のことはないわけだ。しかしながら、か弱い少女一人では少々心許ない…。

―― ガチャ。

「ただいまぁー…はぁ、昼は郵便局混むわねぇ…」
 事務仕事がてら郵便局へ行って、帰りに「お茶請」のお遣いを頼まれていた事務員のシュライン・エマが事務所に戻ってくる。お帰りなさい、と微笑みながらお遣いの品物を受け取る零と会話を交わしてから、漸く“来客”に気づいて、あたふたと荷物を置いて「御見苦しいところを…」と取り繕うような挨拶。
 ふとそんなシュラインを見て、名案浮かんだりという顔をする武彦に、みそのが笑顔で進言する。
「そうですわね…わたくしも、殿方と二人きりでは不安ですから…エマ様も一緒にいらっしゃる方が安心ですわ。」
「…何の、話かしら?」
 それまで慌てふためいていたシュラインの態度が一変する。殿方(武彦)と二人きりでどこへ?何か恐ろしい波動を垂れ流しながら近づいてくる彼女に、さすがの武彦も顔が引き攣った。
「い、いや…さっきクライアントが来て、仕事が…ぐはっ」
 説明するより先にシュラインのビンタが飛ぶ。
「ふふふ…お二人とも仲がよろしいのですね…」
 みそのには、この惨状が「仲が良い」というように「見えて」いるようだった。
「二人とも、やめてくださいっ!」
 半泣きで止めに入る零のお陰で、一応“オオゴト”に発展せずに済むと、漸く“本題”へと話が及ぶ事と相成った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 まずはクライアント夫婦から聞いた話を、纏めながら2人に話していく。
「クライアントは、童原村の村長夫妻…名前は槌田健造(つちだけんぞう)・とき子。この事件、実は世代ごとに起こっているという話でな。槌田夫妻が若い頃にも村の若い男たちが何人か死んだそうだ。」
 話しながら、ホワイトボードに名前や関係を書き進めていく武彦。つと、シュラインが手を上げて質問を投げかける。
「でも、変な話ね…。世代ごとに起こる事件って…どうして世代ごとなのかしら?」
「そこだ。夫婦の話だと、人口も少ない村らしくてな。年寄りの方が多くて、若者はかなり少ないという話だ。まるで、わざと若い男を“いくらか残して”おくような死に方をしている…。」
「…間引き…でしょうか?」
 みそのの発言に、シュラインが「あっ」と声を上げる。その線も考えられるわね…そう口篭りながら、現時点での情報をホワイトボードに書いていく武彦の手を見る。
「で、だ。クライアントの次の世代では、彼らの息子を最後に事件は一時的に収束していたようだ。それで、今度はここ数年の話に移って“依頼”の範囲に入るわけだが、6年程前から5人が立て続けに死んでいる、と。」
 顎にしなやかに長い指を宛がって、キュッキュとペンの滑る音が止まないホワイトボードを見詰めながら考えていたシュラインが、口を開いた。
「何か法則が…ありそうね。」
「もしも、本当に何かの思惑で若者たちが“間引かれている”のだとすれば、法則は必ず存在する筈ですわ…。」
「…実際に行ってみる、か…」
 一応、現場を見ないことには始まらない。それに、村人たちの話も聞いておかなければ。現状調査はとても大切であるし、そうして閉鎖された環境で起こる「事件」には、必ず何かしらの「痕跡」が残されているものだ。そう踏んでいたのは何も武彦だけでなない。シュラインも経験から悟っていたし、みそのも自身の能力である「流れを認識する力」によってそれが最善だと感じていた。


 6月後半といえど、ジメジメと蒸し暑いのは東京と大して変らないようだった。
「まあ、東京よりはマシよね…」
 東京のコンクリートジャングルのあの…えも言われぬ熱気よりはずっと楽…。シュラインはそう自分に言い聞かせながらも、流石にピクチュアハットだけではちょっと辛い…と後悔し始めていた。かたや、日傘だけで涼しそうに歩いているみそのは、漆黒というだけで暑そうな丈の短い着物を着ているにも関わらず、優美な歩みで微笑んでいる。途中何度も転んだり、転びそうになったりしているのだけれど…。
 バスを降りてどのくらい山道を歩いたか…何やら朽ちかけた木の看板に「童原村コチラ」と書かれているのを見つけて、妙に安堵してしまう。
「やはり、草間様について来て頂いた方がよかったですわね…。」
「仕方ないでしょう…もしも“連続殺人”だったりしたら、クライアントも危険かもしれないんだし…。」
 そう、一緒に来るものだと思っていた武彦は、クライアントにもしもの事があっては不味い(主に報酬が貰えない事が…)からと、ボディーガード兼観光案内役をやると言い出した。後者はどうでもいいオプションとして、その可能性も完全否定できないだけに、結局のところこの提案を飲む事になった2人は、こうして地道に「情報収集」することと相成った。
「草間様なら、きっとあのご夫婦を守って下さいますわ…」
 などと、のほほんと言っている間にもまた転ぶ彼女を助け起しながら、やたら不気味な山道を進んでいく。そのうち、左手側に不気味な沼…らしきものと、小さな鳥居…それに祠が目に入った。沼の周りには注連縄(しめなわ)がぐるりと一周張られており、まるで何かを「封じ込めている」ような印象を受けた。
「何かしら…ここ。」
 こういう場所には、大概何かが「いる」場合が多い。それを知っていながら、幽霊作家としての血が騒ぐのか、注連縄や鳥居を触ったりしていた。丁度、気になるものを見つけて彼女がしゃがみ込んだ瞬間だった。
「エマ様…誰か、来ますわ…」
 一瞬、2人の間に緊張が走る。やたらせわしく鳴いていた蜩(ひぐらし)の声がぱったりと止む。

―― きゃはは…あはははっ…

(子供の声…!?)
 そう、年の頃は丁度4〜7歳ぐらいの小さな子供たちが無邪気に笑うような、楽しそうな声が聴こえてくる。それが、複数にも一人にも聴こえて不気味な事この上ない。
 じっと身を硬くしたまま、2人は背中合わせに周囲を見回す。ザワザワと葉擦れの音に混じる笑い声…。
「見えましたわ…エマ様。この声は“本物”ですわね…」
 それは一体どちらの本物なのか…。甚だ疑問だったシュラインだが、みそのの落ち着き払った様子から察するに「本物の人間の子供」というところだろうか。
「あ!…おねえちゃんたち、だぁれ?」
 ガサガサ。祠の向こう側の茂みから勢い良く出てきたのは、現代日本に生きるシュラインにとっては「変」としか言いようのない恰好をした、可愛らしい男の子だった。しかし、その子に向かっていぶかしむ様な目を向けていた彼女とは、相反する反応を取ったみその。
「…わたくしは、深淵の巫女…ですわ。あなたたちの“神様”に、ご挨拶しにきましたの…。」
「ひめさまにぃ?…じゃあ、おきゃくさんだね!」
 それはもう可愛らしい笑顔で「こっちこっち!」と、みそのの手を引いて急ぎ足の男の子に着いて行く。あの子が転ばなかったのは奇跡だわ…などと思いながら、所詮幼い子供の歩幅…歩いてついていく事くらい容易いと踏む。
(エマ様、確かにここには…いらっしゃいますわ…)
(いるってまさか…)
 その間、小声で話しながら進むこと2〜3分前後だろうか。本当にあっという間に「童原村」らしき場所に着いたのだった。
(その、まさか…ですわ…。取り合えず、聞き込みを開始致しましょう…?)
(え、ええ…)
 みそのは早速、同じような恰好をした子供たちを集めて「姫様」について聞き込みを始めていた。
「エマ様。わたくしは、こちらを聞きますから…後で集めた情報から“方向性”を纏めてみましょう?」
「ええ…独りで大丈夫?」
「心配無用ですわ、エマ様。それでは、後程…」
 そうして2人は別々に村人たちから「情報収集」をすることに決めて動き出した。集合場所は、槌田夫妻に話を通してもらい、槌田の娘夫婦の家に泊めて頂くことになっていたので、そこ…ということにしておいた。


 情報もある程度集まった頃に、ばったりと約束の場所でランデブーを果たす。
…ぴーんぽーん……
「こんばんは…。」
 開いたドアの向こうから、槌田夫妻の娘さんが笑顔で出迎えてくれた。
「あら、やっといらっしゃいましたね!迷われたのかと思いました。」
 閉鎖された村…とはいえ、家屋は現代風のキチンとしたものだった。私は何を想像してたんだろう…とお互いに心の中で思ったのは、きっとこの先もずっと、お互い内緒である。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ…。わたくし、草間興信所の所長様のお手伝いで参りました、海原みその…と申します。」
 ぺこりと頭を下げて、今日泊めてくれるという若夫婦に向かって簡単な自己紹介をする。シュラインも、横長のラタン製バッグから名刺ケースを取り出すと、上の一枚を取って出迎えてくれた若夫婦に渡した。
「海原みそのさんに…シュライン・エマさん…ね。狭いですけど、ゆっくりしていってくださいね。」
 2階の来客用の部屋へと通されて、やっと寛いでから…お互いが集めてきた「情報」を開示して、今後の「方針」を話し合う事にした。
 ぽふん。
 二つ並んだ良く手入れされたベッド。お互いそのベッドに腰掛けて、走り書きのメモなんかを体の横に置いて…まず、シュラインが話し始める。
「私はここの大人…特に、伝承に詳しいお爺ちゃんとか、お婆ちゃんに話を聞いてきたわ。」
 丁寧に書き込まれた手帳のページを捲って、今日聞いた内容を走り書いたメモを頭の中で纏めながら、伝承について話していく。
「まず、亡くなった人たちは全員“男性”で、年齢は20代半ば〜30代前半までの“若者”だったそうよ。まあ、お爺ちゃん達から見たら“若者”よねぇ…。」
 ですわねぇ…。
 相槌を打つみそのを見据えながら、続ける。
「それから世代ごとに〜の件だけど、どうも4歳〜10歳の頃に“巫童”(みこ)という職業に就いていた6人がそれぞれ20代を過ぎた頃、一年ごとに亡くなってるみたいだわ。間引く…というよりは、キチンと“選んでる”のかしら…。」
 それも考えられますけど…。それまで黙っていたみそのが、小さく呟いた。
「一年毎…というのは“決まった日”に…という事なのでしょうか?気になりますわね…。」
 それに、選んでいる…と言うよりは…「探している」という気がしてなりませんわ…。
 つい、と立てた人差し指。艶然と微笑んだまま、みそのは続けた。
「ほら…よく、探し物をされる時は…ここかしら?あそこかしら?と、色々物色してしまいませんか?」
「…そう、ねぇ…手当たり次第探すわね…。」
 これは、わたくしの予想なのですけれど…と、更に続ける。
「子供たちから聞いた話では、巫童になれるのは“決まった血筋の子”らしいですわ…。それから予想すると、その“決まった血筋”に何か隠されてそうですわね…。」
 漸く…本当に朧気ではあるが、方向性や調べるべき事象が見えてきた。
 そうと決まれば早速、明日には事務所へ帰って「都市伝説」なんかを漁ってみるわとシュライン。みそのは「氏神」などの資料を探すということで、今後の予定が決まる。
「それでは、先にお風呂頂きますわね。」
「どうぞ。私は武彦さんに連絡を入れておくわ。」
 大きめのトートバッグから「入浴セット」を取り出すと、みそのは長く艶やかな黒髪を翻して宛がわれた部屋を後にする。
 一方のシュラインは、小さめでアンティーク調のトランクとは別の夏らしい籠バッグから携帯電話を取り出して、かけ慣れた番号をコールする。
《ピピッ…ピピッ………ツー…ツー…》
「え…あら?」
 電池切れかしら…?
 二つ折りの携帯電話の画面を確認すると、電池はある。まさかと画面端を見た途端、落胆してしまう。沈黙する携帯を鞄の方に投げてから、自身もベッドに身を投げた。
「圏外ですって!?使えないわね!」
 と、携帯に文句を言うが、悪いのは携帯ではない。電波である。
 溜息を一つ吐いて、メモの清書でもするか…と、走り書きの部分を千切って、まっさらなページに綺麗な文字で書き始めたのだった。


「こちらは、東京のお土産ですわ。」
 本当にそれは東京に売っているモノなのか?と疑いたくなるようなパッケージには「珍種!お魚まんじゅう100選」という謎の文字。みその曰く、厳選された(マニアックな)お魚さん100種類がランダムで24個「おまんじゅう」として入っているらしい。勿論、味の保障はない。
「まあ…わざわざありがとうございます…。」
 泊めて頂いたお礼ですわ。
 そう言いながら、笑顔でその箱を渡すと「もういいんですか?」と、槌田の娘が不思議そうに聞いてくる。
「ええ、大体の方向性が決まりましたし。残りは別の角度から資料を集める事にします。」
 泊めて頂いてありがとうございました。
 シュラインも、デキル女といった感じのシャキっとした笑顔で一礼してから、一日に5本しかないバスの時間に遅れないように、2人で歩き始める。
 村の出口に近づいた頃、また“あの沼”の横を通りがかる。
 相変わらず、不気味で、少し空気の淀んだ…嫌な場所である。そういえば、村人たちはココを「神聖な場所」と言っていたが…。
 その時だった。シュラインが咄嗟に「戻るわよ!」と踵を返して走り出したのだ。
「エマ様!!何があったのですか?!」
「アナタは先に事務所に帰ってなさい!用事が終わったらすぐに帰るわ!」
 そう言って走り去っていった彼女に追いつく事も出来ず、みそのは言われた通りにバス停への道を歩き始める。

―― シャン………シャン……シャン…ッ

「!!!」
 決して空耳ではない音。鈴の音のような…澄んだ音…段々、近づいてくる…!!
 淀みきった「流れ」が、彼女の“感覚”に重く圧し掛かる。
《…めてっ…やあっ…!》
 ノイズ…?違うわ…これは、残留思念…!
「――――……‥っ!!」
 ぱたっ…
 乾いた土の上、倒れこむ漆黒の髪の巫女。彼女が“見た”ものは…一体何だったのだろうか…。

 慌しく村を走る、美しい客人の女性。彼女が行き着いた先は、昨日話を聞いた「お爺ちゃん」の家だった。
「お爺ちゃんっ!」
 納屋にいるからと言われて、敷地内を横切って納屋の前に立つ。勢いよく開け放った納屋の戸の向こう…かの“お爺ちゃん”は、のんびり農具の手入れをしている最中だった。
「昨日のお嬢さんかい?」
どうしたんじゃ?
手入れする手を止めて、そう言おうとした彼の言葉を遮って、シュラインが続け様に言葉を紡ぐ。
「最後の巫童は誰っ?まだ生きてるんでしょうっ?」
「あぁ…牧村のとこの坊(ぼん)じゃなぁ。もう何年前じゃったかのぉ…家族で村から出ていっちまったから…儂らもよぅわからんのじゃ…」
 残ったあと一人が…何か知ってるかもしれない…守らないと…!
 例え、それがほんの小さな…役に立たないような、本当に小さな手がかりだとしても…。
「それからっ!決まった日っていつかわかるっ!?」
「7月7日…祭りの夜じゃ…」
 七夕…?
 祭りの夜…これも、調査しないと…!!
(迂闊だった…!死んでいく巫童は6人…!七夕ってことは、もう時間が無いわっ)
「お爺ちゃん、ありがとう!」
 そのまま踵を返す彼女に、老人は口篭った様な声で“何か”言った様に聴こえたが…。その時のシュラインにそれを聞いている余裕など、ほんの少しもなかったのだった。その時はただ「早く巫童を探さないと!」という考えで頭が一杯だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 村を出た後、沼の前で倒れていたみそのを見つけてから、彼女と荷物を背負って停留所まで辿り着いた時には、丁度バスが走り去った後で…。一縷の望みをかけて携帯を見ると、電波が何とか通じる状態…。こうなったら、武彦に迎えに来てもらうしかない…と電話をかけて…今に至る。
「残留思念を見た?それは一体…どんな?」
 事務所に戻ってからさほど時間も経っていないうちに、みそのが目を覚ますと、沼の横で“姫”の“残留思念”を見たのだと言う。
「え、ええ…。それが…」
 どう申し上げて良いのか…。
 口篭ったまま、俯いて苦しそうな表情のみその。
「もしかして、巫童の成立ちや、この事件には関係のない事?」
「…絶対的に“Yes”とは言えませんわ。」
 少なからず、どこかで繋がっているかもしれない…という事ね。
 無言のまま、事務机に置かれたパソコンに向かって何かを調べ始めたシュライン。
「わたくし…御方にお聞きしてみますわ…。あの、残留思念で見えた“儀式”が何の儀式なのか…。」
 儀式?
 事務所の中、視線が一気にみそのに集中した。それはどんな儀式なのか、その“姫”は何をされていたのか…。
 みそのは、ふらつく体を漸く立ち上がらせて、ホワイトボードに向かって何やら描き始める。
「きっとこれは“姫”の目線だったのでしょうから…わたくし自身には何をされているのかがよく分からなかったのですが…。台座の様な場所に寝かされていて、両手足は固定されたまま“何か”をされる…そんな感じでしたの…。」
 あとは不確かな夢で、何かを見た記憶が朧気にありますの…。
 沼の主に強く影響されて見た「白昼夢」だったのかもしれない…。弱気に呟くみその。そんな空気を察してか、零がやんわり「頑張りましょう!」と微笑む。きっと、ここは笑う処ではないのだけれど、そんな零の笑顔にふっと事務所の空気が緩んだのだった。
「もしも、その儀式が事件に関係あるものだとしたら、やっぱり呪いや怨念の可能性が強いかもしれない、と言うことね。」
「ええ…。」
 そうと決まれば時間は限られている。七夕の夜、必ず何かが起こるはずだから…!


 大きなしこりと、強い違和感を残したまま、今回の調査は終了する。一応の中間報告と、今後の調査内容をクライアントにFAXで送信してから、次の段階へと調査を進める武彦。残された時間は二週間と少し…。依頼の範囲からは少し広がってしまったかも知れないが、村に起こる「不可解な死の連鎖」を解明するためとあらば仕方がないのだろう。

―― ジッ……キンッ

 鉄製のライターが、なけなしの金を叩いて買った煙草の命を削る。そうして吐き出される紫煙をくゆらせて、事務所を出て行く武彦は、眠らない街の雑踏へと消えていった。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】

【 1388 / 海原・みその / 女性 / 13歳 / 深淵の巫女 】


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■         ライター通信          ■
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どうも初めまして。新人ライターのalice*(ありす)と申します。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
今回はこのお話にご参加下さいまして、誠にありがとう御座いました。こちらでは「童沼に棲む人魚姫」が処女作となりますが、如何でしたでしょうか?

今回は調査パートが主になりましたが、お二人に楽しんで頂けたのでしたら、それは本望で御座います。
それでは、これにて失礼させて頂きます。海原様、シュライン様、誠にありがとうございました!


alice*