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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


想い深き流れとなりて 〜1、死者からの依頼

「草間だ。お前を男と見込んで頼みがある」
 夜中に突然かかってきた電話に、黒冥月はぎり、と奥歯を噛んだ。誰が男だ、と喉まででかけたのをぐっと呑み込む。草間の口調にはいつもの冗談のような響きではなく、切迫した雰囲気があった。それに気づかぬ冥月ではない。
「護衛を頼みたいんだ、対象は神聖都学園の3年生、依頼人がその姉で、話によるとどうやら殺し屋に狙われているらしいんだが……」
「まあいい、とりあえずそちらに行く」
 草間が言いかけたのを冥月は遮った。電話の向こうの雰囲気からして、どうやら依頼人が来ているようだ。なら、直接話を聞いた方が早い。影を支配する冥月にとって、空間的な距離など、何の意味もなさないのだから。
 冥月は素早く手頃な影に身を潜ませた。次の瞬間には、興信所前に投げられたビルの影から姿を現す。
 そのまま冥月は事務所のドアを音もなく――これは冥月の名人芸といってもいいだろう――開けた。
「来たぞ、草間、話を聞かせてもらおう」
 言うと同時に素早く事務所内に目を配る。応接セットにはシュライン・エマと、その向かいに依頼人らしき女性が座っており、草間は机のところで黒電話の受話器を握っていた。
「ああ、そいつは俺が呼んだんだ。黒冥月、元暗殺者だから――あ、元だぞ、元――、こういう件では頼りになる男だ」
 急な冥月の登場に驚いたのか、ぽかんとしている依頼人に、草間が「元」を強調しつつ冥月を紹介した。またも冥月を「男」呼ばわりしているが、草間の顔を見る限り、どうやらふざけているわけではないらしい。いつもの癖というやつだろう。
 非常時にまでこのような物言いが出るとは能天気な奴だと冥月は草間を睨みすえたが、やはり今はそれどころではないと思い直す。
「で、そちらが依頼人か。話を聞かせてくれ」
 さっさと割り切って依頼人に向き直ると、草間の方もさっさと再び電話を手にしていた。まだ応援を呼ぶつもりなのだろう。
「あ、はい。私、木下朱美といいます」
 知らず、冥月の雰囲気が相手に威圧感を与えてしまうのか、女はかしこまったように、わずかに身を縮めた。
「私、妹と電話しながら歩いてて……、殺人現場に遭遇してしまったんです。犯人の顔も見てしまって……。私はその場で殺されて……しまったんですけれど、なぜかこうして動けるみたいで……」
 話しているうちにその内容の奇妙さに自分で気づいたらしい。朱美は口ごもるように呟きながらも、嘘ではないと言いたげに自分の長い髪を持ち上げて首筋を見せた。
 そこにはぱっくりと大きな傷が口を開けていた。おそらくはナイフか何かの鋭利な刃物で一撃。きっと朱美はいつ切られたかわからないうちに倒れていたに違いない。
「それで?」
 冥月は傷口に鋭い視線を向けながらも次を促した。
「その時、犯人は私の携帯を拾っていったんです。多分……、電話相手だった妹まで殺すためじゃないかと……。妹の名前は大川愛実(まなみ)と言います。神聖都学園高等部の3年生で、寮に入っています。携帯電話の電話帳の妹の欄に寮の住所と電話番号が入っているので、居場所もわかってしまう……」
 朱美は俯いた。
 冥月はふむ、と軽く頷く。先ほどの朱美の傷口、あれは決して素人のものではありえない。
「確かに殺し屋のようだが、顔を見られるようではナイフの腕はともかく、たいしたことはないな。……容姿を詳しく教えてくれ。相手の見当がつくかもしれない」
 既に一線は退いたとはいえ、冥月は元々名の通った暗殺者だ。顔の特徴や獲物を聞けば、相手の目星はつくかもしれない。
「は、はい。顔はよく覚えています。こんな感じ……」
 朱美は再び紙と鉛筆を手に取ると、素早く似顔絵を描き始めた。数分とかからず、写真のように緻密な似顔絵ができあがる。
「上手ねぇ……」
 シュラインが溜息をもらし。
「ふむ、たいしたものだ」
 冥月も唸らずにはおられなかった。
「これだけが特技で……」
 朱美もこの時ばかりは軽い笑みを漏らした。
 冥月は改めて似顔絵を見た。しかしそれに該当する人物は思い当たらない。朱美のように似顔絵の上手な人間は、人の特徴をとらえるのが上手いはずだ。その絵を見ても思い当たらないということは、犯人はさほど名の通っていない人間なのかもしれない。
「しかし、見覚えのない顔だな……。獲物はナイフか……。やはり心当たりがないな。ということは新参者か……。とりあえず、これは借りておこうか」
 冥月自身は既に顔を覚えたが、もしかしたら使うことがあるかもしれない。冥月が似顔絵をとろうとすると、シュラインが慌てて止めた。
「待って、コピーするわ」
 素早く数枚コピーしてその1部を冥月に手渡してくれる。それを素早く収め、冥月はシュラインに向き直った。
「ともあれ、朱美の言う通りだな。私なら躊躇いなく電話相手を殺す。それもすぐにだ。もう向かっていると思った方が良い。私は先に行っているぞ」
 冥月はちらりとまだ電話を構えている草間に目を遣った。ここで悠長に残りを待っている時間はないかもしれない。少なくとも自分が犯人なら、すぐに行動に移る。
「妹の方には……」
「ええ、警戒するように、こちらから連絡しておくわ」
 さらに続けようとした冥月の言葉を遮るように、シュラインが頷いた。さすがはシュライン、こちらの言わんとすることを素早く察してくれたようだ。彼女に任せて間違いはあるまい。
「頼む」
「待て冥月」
 後を任せて影に潜ろうとした時、草間が冥月を呼び止めた。
「ササキビクミノに連絡をとった。先に寮に向かっているそうだ。あと、神聖都学園生徒の弓削森羅(ゆげしんら)にも連絡がついた。高等部1年生の男子生徒だ。都合の良いことに、今学生寮にいるらしい。寮の警備を強化させるようにはたらきかけてくれるはずだ。向こうではこの2人と連携をとってくれ」
 どうやら応援要請は順調だったらしい。ササキビクミノといえば、少し以前に名を馳せた企業傭兵。そして初めて聞く名だが、学園内部の協力者。この短時間では最善の手配と言って良いだろう。
「ああ、わかった。……草間、お前にしては上出来だ」
 冥月はほんのわずか、唇の端を緩めた。だが。
「お前もな。相手は女子高校生だ。可愛くても口説くんじゃないぞ」
 仏の顔も3度。まして、冥月は仏ではない。
 冥月は無言のままに草間に歩み寄ると、鞭のようにしなやかな動作で、右手を素早く左右に振った。強烈な往復ビンタに、草間の頬が甲高い音を響かせる。
「なんで私が女を口説くんだ? あ?」
 ぎろりと草間を睨んでから、冥月は影の中に身を沈めた。

 それから数秒もしないうちに、冥月は神聖都学園学生寮の屋上に姿を現していた。屋上なら視界もきくし、先手をとることも容易い。冥月は、影に身を潜めたままで、注意深く周囲の状況を探った。人の形をしている、あるいはわずかでも動く影という影を確かめていく。
 それでも今のところ、それらしき不審な影は見られない。犯人はまだ来ていないのかと思ったその時。
「冥月さん? いますか?」
 誰の影もない闇の中から、聞いたことのある少女の声が響いてきた。
「……クミノか」
 冥月は低い声で返事をしながら、影から姿を現した。次いで、闇の中からじわりとクミノも姿を現す。
「私は先ほどたどり着いたが、怪しい人間が身を潜めている様子はないな」
 事情が事情だけに、お互いの間に挨拶など交わさない。冥月はすぐに本題を口にした。
「確かに……、私の方もこれといって怪しい人間の気配を感じない」
 注意深い口調ながら、クミノもそれに頷く。
「そうだ、犯人の似顔絵を預かってきている。この男に心当たりはあるか?」
 クミノならまた自分と違った情報を持っているからもしれない。冥月は朱美に描いてもらった似顔絵を取り出すと、クミノに渡した。
「ありがとう」
 クミノは、それを受け取って街灯にすかす。
「いえ……、知らない顔ですね」
「そうか」
 それに頷き返したところで、冥月は寮内の変化に気づいて軽く眉を寄せた。いくつもの人影が騒がしく動き始めている。廊下を行ったり来たりし、そして部屋の移動をしているようだった。
「避難を始めたようですね」
 クミノもその変化を捉えたのだろう、低い声で呟いた。どうやら草間が手配してくれた通報が功を奏してきているらしい。
「これで独りでいるよりは危険が少ないが……」
 クミノに頷き返しながらも、冥月は注意深く寮内の影を追っていた。動きのない部屋が1つある。もしも、それが大川愛実の部屋だとしたら。
「無人の部屋があるな。よもやと思うが……、確認の必要があるな」
 半ば独り言のように呟くと、冥月はクミノの手を取った。そのまま影の中に潜り、無人の部屋の前に姿を現す。果たして、そこの扉には「大川愛実」とあった。
「大川さん、非常事態っす」
 そして、その扉を茶髪で長身の少年が激しく叩いている。彼が草間の言っていた弓削森羅だろうか。
「どうやら不在のようだな」
 背後から声をかけると、少年はよっぽど驚いたのだろう、肩をびくりと震わせて、ゆっくりと振り向いた。
「弓削森羅さん?」
 同じことを考えていたらしい、クミノがすぐに確認をとった。少年はあっけにとられた顔をしたままで頷く。
「黒冥月……。草間から話は聞いているな?」
 冥月も手短かに名乗った。
「こちらササキビクミノだ。大川愛実の部屋の前にいる。対象の不在を確認した。そちらで連絡はとれていないのか? そうか……、こちらでも捜索に入る。あと、冥月さん、森羅さんと合流した」
 クミノはクミノで、さっさと草間に連絡を入れている。が、クミノの言葉を聞く限り、どうやら向こうの返事も色よいものではなかったようだ。
「これは、犯人に既に呼び出されたと見るべきか……。どこへ向かっているかわからないのは厳しいな」
 冥月は眉を寄せた。いくら影を探知できるからといっても、会ったこともない、そしてどこにいるのかわからない相手を探し出すのは至難の業だ。
「せめて、愛実先輩の愛用の品に触れられれば、もしかしたら……」
 傍らの森羅も難しい顔をして呟く。
「ふむ、そうか。不法侵入かもしれんがやむを得ないな」
 この際手段を問うている暇はない。冥月は森羅の腕をつかむと、影の中に潜り込み、愛実の部屋の中へと入り込んだ。
「ここは……」
 森羅はあっけにとられた顔をしてきょろきょろと周りを見回している。
「多少気がとがめるが、仕方あるまい。使えそうなものを拝借しろ」
「どうやって……」
 いまだ状況が呑み込めないらしい森羅が戸惑いがちに呟いた。まあ無理もないといえば無理もないのだが、今は詳しく説明している時間もないし、元々冥月にはその気もない。
「影を伝って中に入っただけだ。時間がない、早くしろ」
「は、はい……」
 それで納得したとはとうてい思えなかったが、ようやく森羅は動き始めた。部屋の中をきょろきょろと見やる。
「愛実先輩、ごめんなさい」
 誰にともなくそう断って、森羅はベッドの枕元にある写真立てを手に取り、それに精神を集中させているようだった。
「無事っす……。愛実先輩はまだ生きています」
 安堵の混じった声で森羅はそう告げた。しかし、状況的には、今現在無事だからといって安心していられる場合でもない。
「位置はわからないのか?」
 冥月が聞くと、森羅が窓の方を指差した。
「だいたいこっちの方角っすね。距離はちょっとあるようですが……」
「ふむ、草間興信所の方角だな。一度戻るべきか……。ともかく部屋は出るぞ」
 冥月は呟き、再び森羅の腕をとると、廊下へと戻る。
「ついさっき草間から連絡があった。大川愛実と連絡がついたそうだ」
 待っていたかのようにクミノが口を開く。
「朱美の携帯電話からメールで呼び出されて、新池公園に向かっているところだったらしい」
「新池公園か……」
 クミノの告げた場所は、草間興信所からほど近いところにある小さな公園だった。幸いなことに、冥月はその正確な位置を知っている。
「愛実は公園から南西方向250m程にあるコンビニに向かわせていて、朱美が迎えに行くことになっているらしい。シュラインさんと静さんが愛実がいた場所に向かい、そこから愛実の幻を公園に向かって歩かせる手はずになっている」
 クミノの話によると、向こう組には菊坂静(きっさかしずか)が加わったらしい。幻術の使い手の彼が加わったことで、愛実を守る手段は1つ増えたことになる。
「ふむ」
「犯人は公園で待ち伏せしているか、それとも途中で襲うつもりだったのか……」
 冥月が頷くと、クミノが思案顔で付け足した。それはちょうど冥月も考えていたことだった。
 もしも後者なら、まず愛実の安全を確保しなければならない。いくら行き先を変えたところで、犯人と鉢合わせする可能性は消えないのだ。クミノが危惧しているのもそれだろう。
「これだけ位置情報があると、愛実を見つけ出すのは難しくなさそうだな」
 冥月が伝えると、クミノはこくりと頷く。
「では、私は公園に」
 そう言うなり、クミノは姿を消した。
「愛実を探すぞ。お前も来い」
 冥月は、あぜんとした顔をしたままの森羅の腕をつかみ、影の中へと潜り込んだ。コンビニの周囲を中心に、女子高生とおぼしき影を探り出す。コンビニの前にたむろっている集団は黙殺して、独りでコンビニに向かう影を探した。
「……どうやらこれっぽいな」
 見当をつけ、適当な建物の影から外へと出る。見つけた人影の斜め前の位置で、向こうからはちょうど死角になっている。
「あ、あの人、愛実先輩っす」
 ひょっこり首を出して後方を覗いた森羅が、半ば興奮気味に囁いた。
「そうか」
 冥月は頷き返しながら軽く思案を巡らせた。このまま愛実を寮に連れて帰ってしまえば、彼女の身の安全はまあ保証できるだろう。しかし、クミノの話では朱美が迎えにくることになっていた。この姉妹にとって、顔を合わせる最後の機会になるはずだ。それがわからぬほど、冥月も人情に疎くない。
 とりあえず、冥月はシュラインに電話をかけた。
「シュラインか。大川愛実を発見した。周囲に不審者の影はない。護衛を兼ねて追跡する」
「ありがとう、わかったわ。こっちも幻の愛実さんを追いかけるわ」
 電話の向こうのシュラインの声は張りつめていたが、少しばかりの安堵の色がにじんだ。
「ああ、公園にはクミノが先回りしている」
「それは心強いわ」
 少し笑みの混じったシュラインの声を残して、電話は切れた。
 その間に愛実は、足早に2人が隠れている角を通り過ぎると、コンビニへと入って行った。 
 人影がまばらなコンビニ店内で、愛実は所在無さげにうろうろしていた。冥月は森羅を促し、何食わぬ顔で週刊誌コーナーで立ち読みを始める。
 もちろん、立ち読みは振りだけで、冥月は公園周辺の影の探索を始めた。
 周囲を植え込みに囲われた小さな公園には、人影がない。ただ1つ、遊具の影に隠れているのを除いて。
 その影の口元が動き、身体全体も強ばったようだ。誰かと会話しているのだろう。相手の姿がなく、電話をかけている様子もないことから、光学迷彩に身を包んだクミノが相手だと思われた。
 しばしの後に、その影がナイフを取り出して振るう。しかし、それが相手に当たることはなかった。勝負は一方的な展開になっているのが手に取るように分かる。これは加勢に行く必要はあるまい。
 冥月は軽く息をつくと、コンビニ内の方へ意識を戻した。既に朱美が到着していて、愛実と向かい合っている。
「心配かけてごめんね、愛実」
「ううん、お姉ちゃんが無事で良かった……。あたしには、お姉ちゃんしかいないんだから」
「そんなこと言うもんじゃないわ。今回だっていろんな人が助けてくれたのよ」
「でも……」
「だから、ね。そんな顔しないで。愛実はもっと笑っている方が可愛いんだから」
 それは、遺言だった。姉から妹への、もっとも大切に想う相手への。
 一番大切な人間を亡くした冥月としては、どことなく居心地の悪さを感じながら、小さく小さく溜息をつく。
 と、冥月の携帯が着信を告げた。素早くそれを手に取り、耳に押し当てる。
「冥月さん?」
 それはクミノの声だった。
「犯人と交戦、拘束したが、相手はもう1人いるらしい。ちなみに相手は鵙(モズ)だ。似顔絵は参考にならない」
 鵙といえば裏の世界でそこそこ名の知れた殺し屋だ。変装の名人とかで、誰も素顔を知らないとされている。他の鳥の鳴きまねが得意な鳥にちなんでこう呼ばれているが、評判は悪い。必ずといって良い程、ターゲット以外の人間も殺すのだ。むしろ、鵙の名はこの「早贄」にちなむとさえ言われているくらいだ。
「わかった。それはこちらで何とかする」
 短く返事をして冥月は電話を切った。
「森羅」
 低い声で呼ぶと、冥月は懐から――厳密には影から――紙幣を数枚取り出すと、それを森羅に握らせた。
「あっちの話が一段落したらタクシーを呼べ。それで愛実を寮に連れて帰れ」
「あ、は、はい」
 森羅の返事を聞き流し、冥月はコンビニから公園の方へと広い範囲で影を検索する。犯人は2人組、1人は公園で待ち伏せしていたとなると、もう1人は途中で張っていた可能性が高い。こちらにいないということは、静の幻に引っかかっているのかもしれない。
「……これか」
 ナイフの閃きを感知し、すぐさま冥月は影の中に潜り込んだ。
「……!」
 突然腕を縛められて、女は息を呑んだ。その手からナイフが滑り落ちる。
「貴様が鵙か」
 冥月は女の影からゆっくりと身体を起こした。自らの影に羽交い締めにされた女は、忌々しげに冥月を睨んだ。その顔は、木下朱美のものだった。
「変装の名人ということで通っているが……、どうやら殺した相手の容姿を奪い取る能力を持っているようだな」
 と、朱美の姿が崩れ始めた。姿を変えて逃げようというのだろう。
 すかさず冥月は相手に当て身を入れた。鈍い音がして朱美が昏倒する。と、それは見る間に30代くらいの男へと姿を変えた。
「冥月さん、助かったわ」
 姿を隠していたのだろう、物陰からシュラインと静が姿を現した。
「遅くなった。済まなかったな」
 2人に軽いねぎらいを投げて、冥月は電話を取り出した。草間興信所へと連絡を入れる。
「冥月だ。犯人を拘束した」
「そうか、ご苦労だったな。もう1人はクミノが新池公園で拘束してくれている。IO2に引き取りを頼んだから、すぐに来てくれるはずだ」
「そうか。ならついでにこいつも公園に連れて行く。向こうもその方が手間が省けるだろう」
 冥月はなかば一方的に言うと、男の襟首をつかんだ。
「そういうわけだ。ではまたな」
 シュラインと静に短く別れを告げると、冥月は影の中へと潜り込んだ。そのまま、公園の木蔭へと移動する。外へと出てみれば、上着と護符で拘束された男が転がされ、その傍らにクミノが佇んでいた。
「片付いたぞ、クミノ」
 声をかけながら、冥月は自分が連れてきた男を、クミノが倒した男の隣に転がした。
「双子の能力者か……」
 並べてみると、2人の顔立ちは瓜二つだ。
「持っている能力も同じなのだろうな。……おそらくは、自分が殺した相手の容姿と能力を奪い取る……。こいつは、朱美の姿をして愛実を襲おうとしていた」
 前方から足音がして、草間から連絡を受けたのだろう、黒服に身を固めたIO2のエージェントたちが公園に入ってくるのが見えた。
 エージェントたちはクミノと冥月に手短かに礼を述べると、さっさと男たちを連れ去った。
「終わったな」
「そうですね」
 夏の夜は短い。東の空は、早くもうっすらと白んできていた。
「では、私は帰ります。草間によろしく」
「ああ、またな」
 言いおいて、クミノは姿を消した。冥月は溜息ひとつついて、携帯電話を取り出す。
「冥月だ。今IO2の連中が、犯人を引き取っていった。……ああ、そうだな。これで終わりだ……。って貴様、何度も言わすな! 私は女だ!」
 全く、と吐き捨てながら、冥月は電話を切った。夏の暑い日が、また明けようとしていた。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【6608/弓削・森羅/男性/16歳/高校生】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
皆様のおかげで、無事、犯人捕獲、護衛ともに成功しました。本当にありがとうございます。
今回は、事態がかなり差し迫っておりましたので、割と皆様個人個人で動いて頂いています。お暇な時に他の方の分も読んで頂ければ全体像がわかりやすくなってくるかもしれません。
また、当ノベルはシリーズものの第一作となります。お気が向かれましたら、次話以降にもご参加いただければ幸いです。

黒冥月さま

はじめまして。この度はご参加ありがとうございました。お会いできて非常に嬉しいです。
冥月さんにはクールな印象と、草間氏とのかけあいのようなちょっと柔らかい印象とが混在して素敵な方だと思いました。
夜はほぼ無敵ということで、犯人との戦闘があっさり終わってしまいましたので、捜索部分に少し重点を移動させて頂きましたが、冥月さんがおられるということでかなり安心して犯人捕縛の展開にもっていくことができました。ありがとうございます。

ご意見、苦情等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。