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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


想い深き流れとなりて 〜1、死者からの依頼

 東京の夜は蒸し暑い。シュライン・エマは片手で自らをぱたぱたとあおぎながら、草間興信所への道を歩いていた。
「武彦さん、まだ頑張ってるかしら」
 独り呟いたそれは大いに疑問形で。
 というのも、ほんの数十分前までシュラインは、興信所のたまりにたまった書類整理の手伝いをしていたのだ。片付かぬままに時間ばかりが過ぎ、シュラインは一足先に興信所を出たのだが、先ほど忘れ物に気づいて取りに戻っているという次第だ。
 仕事はまだ片付いていないはずだが、独りになった草間がその続きに精を出している、というのは少し想像しづらい。
「お願い、助けて!」
 見慣れた雑居ビルの前に立つと、シュラインの耳に切羽詰まった女の声が飛び込んできた。しかもそれはどうやら、今シュラインが戻ろうとしている草間興信所の中から聞こえてくる。
「お願い、妹が殺し屋に狙われてるの。助けて!」
「とりあえず落ち着け。話を聞かせてくれ」
 足を急がしながらも、聴覚に神経を集中させると、草間の低い声も耳に飛び込んでくる。
「時間がないのよ!」
 女はさらに悲痛な声をあげた。
「どうしたの?」
 シュラインが興信所のドアを開けると。入り口を入ったところで立ち尽くして息を乱している女と、それを必死になだめようとしている草間とが、同時に振り向いた。
「あ、シュライン、その、これは、違うんだ」
 何を心配したのだか、草間がうろたえて言い訳をするのに、一瞥だけを投げてシュラインは女に向き直った。
「ごめんなさい、さっき外で聞いちゃったのよ。あ、私はシュライン・エマ。ここの事務員よ。話、聞かせてもらえる?」
 女を落ち着かせるように、と穏やかな声で言葉を紡ぐ。女はこくこくと頷くとソファに腰をおろした。次いで草間も安堵の表情を浮かべながら腰を落ち着ける。
「私は木下朱美。少し前に、殺人現場を見てしまったの。犯人の顔もね、それでその時……」
「ちょっと待て、それじゃ狙われるのはあんたじゃないか」
 草間が思わず、といった風情で横から口を挟む。
「ええ、でも私はもう殺されちゃったから。それでね、その時私、妹と電話してたのよ」
 朱美があまりにさらりと言ったので危うく聞き逃すところだった。草間とシュラインは思わず顔を見合わせる。
「おい、もう殺されたって……」
「ええと、どうしてこうしていられるかなんて私にもわからないのよ。ほら、見て」
 呆然と口を開けた草間に、朱美は苛立たしげに長い黒髪を持ち上げて見せた。露わになった首筋には、ぱっくりと大きな傷が開いている。それは、とうてい生きている者についているべきものではなかった。そして、どんなにシュラインが耳を澄ましてみても、確かに朱美の心音は聞こえてこない。
「で、犯人は私の携帯電話、拾っていったわ。通信履歴を見ればすぐに妹と話していたのがわかっちゃう!」
 呆然と絶句する草間に構うことなく、朱美は痛切な訴えを続けた。
「妹の名前は大川愛実(まなみ)。神聖都学園高等部の3年生。寮に入っているわ……お願い! 両親が離婚してからずっとあの子だけは……。警察に行っても信じてもらえっこないし……。だからお願い! あの子を助けて! お願いよ……」
「安心して、妹さんは必ず守るわ」
 えてしてこういう場面では女の方が強いものだ。シュラインは朱美の手を握ってそう言い聞かせると、草間に一瞥を投げた。ようやく我に返った草間は小さく頷いて、あちこちに応援要請の電話をかけ始める。
「ええと、まず妹さんの電話番号とメールアドレスを教えてもらえる? あと、朱美さんが持っていた荷物の中に妹さんの所在がわかるものってあったかしら?」
 シュラインが訪ねると、朱美は慌てたように頷き、軽く周囲を見渡した。素早くシュラインが紙と鉛筆とを渡すと、そこに朱美が番号とメールアドレスとを書き付けていく。
「携帯の電話帳の妹の欄に、寮の電話番号と住所も入れているんです。多分、すぐ見つかってしまう……」
 しきりと手を動かしながら、朱美は呟いた。それを聞いたシュラインは思わず溜息をつく。最近の携帯電話に入るデータの量は凄まじい。そして、朱美はかなりマメなたぐいに入るのだろう、電話帳のデータ欄をことごとく埋めるタイプのようだった。
 とそこに、音もなく玄関の扉が開いた。
「来たぞ草間、話を聞かせてもらおう」
 入ってきたのはシュラインもよく知る人物、黒冥月(ヘイミンユェ)だった。なるほど、今回の事件に彼女ほどの適任はいないだろう。
「ああ、そいつは俺が呼んだんだ。黒冥月、元暗殺者だから――あ、元だぞ、元――、こういう件では頼りになる男だ」
 ぽかんとしている朱美に草間が説明する。「男」のくだりでいつものように冥月が刃のように鋭い視線を草間に向けたが、今はそれどころではないということだろう、その唇が開くことはなかった。
「で、そちらが依頼人か。話を聞かせてくれ」
 さっさと朱美に向き直ると、本題に入る。冥月のただ者ならぬ雰囲気に気圧された様子ながらも朱美が先ほどまでの説明を繰り返すと、冥月はふむ、と軽く頷いた。
「確かに殺し屋のようだが、顔を見られるようではナイフの腕はともかく、たいしたことはないな。……容姿を詳しく教えてくれ。相手の見当がつくかもしれない」
「は、はい。顔はよく覚えています。こんな感じ……」
 朱美は再び紙と鉛筆を手に取ると、素早く似顔絵を描き始めた。数分とかからず、写真のように緻密な似顔絵ができあがる。
「上手ねぇ……」
 シュラインが思わず溜息を漏らすと。
「ふむ、たいしたものだ」
 冥月も唸る。
「これだけが特技で……」
 朱美もこの時ばかりは軽い笑みを漏らした。
「しかし、見覚えのない顔だな……。獲物はナイフか……。やはり心当たりがないな。ということは新参者か……。とりあえず、これは借りておこうか」
 冥月が紙をとろうとしたのを、シュラインは慌てて止めた。
「待って、コピーするわ」
 素早く数枚コピーしてその1部を冥月に手渡す。
「ともあれ、朱美の言う通りだな。私なら躊躇いなく電話相手を殺す。それもすぐにだ。もう向かっていると思った方が良い。私は先に行っているぞ。妹の方には……」
「ええ、警戒するように、こちらから連絡しておくわ」
 冥月の言わんとすることを察してシュラインは頷いた。
「頼む」
「待て冥月」
 影へと姿を消そうとした冥月を慌てて草間が呼び止めた。
「ササキビクミノに連絡をとった。先に寮に向かっているそうだ。あと、神聖都学園生徒の弓削森羅(ゆげしんら)にも連絡がついた。高等部1年生の男子生徒だ。都合の良いことに、今学生寮にいるらしい。寮の警備を強化させるようにはたらきかけてくれるはずだ。向こうではこの2人と連携をとってくれ」
 どうやら、各方面への応援要請は順調らしい。草間も次の悲劇はなんとしても避けたいのだろう、それは実に手厚い手配だった。
「ああ、わかった。……草間、お前にしては上出来だ」
「お前もな。相手は女子高校生だ。可愛くても口説くんじゃないぞ」
 それはもしかしたら、草間なりの場を和ませようというジョークだったのかもしれないが。いつものように禁句を口にした草間の頬は、次の瞬間2度も甲高い音を響かせたのだった。
「なんで私が女を口説くんだ? あ?」
 鋭い一瞥を残し、冥月は影へと姿を消した。
「おお、痛ぇ……。そうだ、シュライン、あと菊坂静(きっさかしずか)にも連絡がとれた。じきにここに来るはずだ」
「わかったわ」
 草間の声に耳だけを向けて、シュラインは自分の携帯電話から先ほど聞いた愛実のメールアドレスを打ち込んだ。
 「朱美です。携帯なくしちゃった」とタイトルに入れ、変な人に会って逃げた時に携帯電話を落としてしまったので、友人の電話からかける旨を本文に書き込んだ。
「そうだ、朱美さん。朱美さんは妹さんのこと何て呼んでいるの?」
 送信ボタンを押し、シュラインは朱美へと向き直る。
「愛実、と……」
「ありがとう。これから愛実さんに電話するわね。出てくれるといいけれど……」
 シュラインは素早く親指で愛実の電話番号を入力した。じきに、受話器から呼び出し音が聞こえる。それは、延々と鳴り続いた。
 気づいていないのか、それとも警戒して出ないのか。留守電にすら切り替わらず、延々鳴り続ける呼び出し音に、シュラインは唇を噛んだ。
 せめて留守電にでも切り替わってくれれば朱美の声でメッセージを吹き込むこともできるのに。
 シュラインは一度電話を切り、そしてまたリダイヤルボタンを押す。再び、呼び出し音が延々と鳴り始めた。
「出ない、か……」
 一通り連絡を終えた草間が溜息をつきながらソファへ腰を下ろした。
「こんばんは」
 そこへ、玄関の扉が開き、菊坂静が姿を現した。
「よう、よく来てくれたな」
 草間が顔を上げて静を迎える。シュラインは目だけで挨拶をして、再び電話の方へ意識を集中させた。
 草間が静に今までの経過を説明し、静が朱美に愛実の似顔絵を求めている間も、シュラインは何度もリダイヤルボタンを押した。が、いっこうにつながる気配はない。静が朱美から似顔絵を受け取った後は興信所内に張りつめた沈黙が訪れた。
 と、不意にけたたましいくらいのベルが鳴る。
 事務所の黒電話がその身を震わせて着信を告げた。草間が素早く立ち上がり、受話器をとる。
「ああ、草間だ。クミノか……。何? 大川愛実は寮の自室にいない?」
 草間の言葉に、一気に室内の緊張が増した。
「いや……、こちらもまだだ。連絡はついていない。ああ、頼む」
 硬い声で草間は受話器を置いた。
「聞いての通りだ。大川愛実は寮の自室にいないらしい……。既に犯人に呼び出されたのかもしれん。向こうのクミノたちも捜索に入ってくれるそうだ」
「……」
 誰もが、言葉が見つからない様子で黙り込む。シュラインの耳の向こうでは、相変わらず呼び出し音が鳴り続けている。
 が、不意にその音が途切れた。ぷつり、と小さな音がして電話が通じた感触があった。
「……あ、愛実?」
 シュラインは上ずった声で――それでも朱美の声色を真似るのは忘れずに――呼びかけた。
「……お姉ちゃん?」
 電話の向こうからは、泣きそうな少女の声が返ってきた。
「ねえ、お姉ちゃん、今メールに気づいたんだけど、変な人に会って携帯落としちゃったって本当なの? ねえ、あたし、どうしたらいい?」
「うん、うん……。まず落ち着いて。私の言うこと、よく聞いて。大丈夫よ」
 シュラインは愛実をなだめながら、静や草間に素早く目で合図する。
「私の携帯からメールか何かあったのね? 何て書いてあったの?」
「すぐに新池公園に来て欲しいって……。急ぎで大事な話があるからって」
「新池公園? 新池公園って書いてあったのね」
 シュラインは愛実の言葉を声に出して繰り返した。不幸中の幸いと言うべきか、その公園は草間興信所からほど近い。
「うん……。あたし、びっくりしてすぐ行くって返事出して寮抜け出しちゃって……」
「じゃあ、今は新池公園に向かってる途中なのね? 今どこにいるの?」
 愛実に尋ねながら、シュラインは草間に目配せを送った。さすがというべきか、すぐさま草間は住宅地図をシュラインに差し出す。
 シュラインは素早くそれを繰った。
「何が見えるかでも構わないわ。言ってくれる?」
 戸惑いの声を漏らす愛実に、シュラインは優しく言い募った。ぽつりぽつりと漏らされる情報から、シュラインは的確に愛実の位置を割り出してゆく。
 犯人は公園で待ち伏せているのだろうか、それとも手前で襲うつもりだったのだろうか。今のところ、愛実はまだ犯人の視界に入っていないようだが、どちらにせよこのまま公園に向かわせるのはまずい。
「そう、それじゃ、そこから西に2本通りを入ったところにコンビニがあるから、そこへ向かって。すぐに迎えに行くわ」
 口早に言ってシュラインは電話を切った。
「危なかったですね……。公園まであと200メートルくらいというところでしょうか」
 静が地図に記された地点を見て漏らす。
「では、ここから幻の愛実さんに公園まで歩いてもらうことにします」
「ええ、すぐに行きましょう」
 シュラインは素早く立ち上がった。
「……気をつけろよ」
 草間が低い声で言う。本当は止めたいと思っていることだろう。けれど、止めたところでシュラインの気が変わるはずもないことも知っているのだろう。それ以上何も言わず、草間は黒電話の受話器に手を伸ばした。
「朱美さん、愛実さんはここのコンビニに向かっているわ。側にいてあげて」
 朱美に地図を渡し、シュラインは静と一緒に興信所を出た。

 愛実の居場所が、興信所からほど近かったのは幸いだった。10分と経たぬうちに、2人は愛実がいた場所へとたどり着いていた。
 シュラインは軽く息を整えると、全神経を耳に集中させた。次第に音が研ぎすまされ、自分と心音、呼吸音、あるかなしかの風がアスファルトの表面を擦る音、そして静の生命が紡ぎ出す音までもが聞こえてくる。
 が、他に人の出す音は聞こえてこなかった。少なくとも犯人がこの近くで2人を伺っていることはないはずだ。
「誰もいないわね」
 静に伝えると、静も神妙な顔で頷いた。
「ここから……ですね」
 静が軽く目を閉じて大きく息をつく。と、闇の中から朱美が描いた似顔絵の愛実にそっくりの高校生くらいの少女が現れた。不安げな面持ちの少女は、まっすぐ公園を指してやや足早に歩いて行く。それと知らなければシュラインでも本物だと思ったことだろう。とても幻とは思えなかった。
「幻術も一度目は確実に効きますが、それが幻だとバレたら効果は激減します……。ですから、一度で、必ず捕まえて下さい、必ず……」
 静が前を見据えたままで、低く呟く。その声は穏やかだったが、どこか悲壮なものさえ感じさせた。
「ええ、捕まえましょう、必ず」
 シュラインも力強く頷き、周りのあらゆるものの動きをとらえるべく、聴覚への集中を高めた。シュライン自身が犯人と取っ組み合うわけではないが、隙を作ったり、時間を稼いだりすることはできる。犯人がナイフを振りかざすような行動をとれば、すぐに冥月がそれと悟って駆けつけてくれるはずだ。
 と、自分のポケットの中で携帯電話がかすかに震える音が聞こえた。着信を告げるバイブレーションが始まるその前に、シュラインはそれを素早く抜き取って耳に当てる。
「シュラインか」
 電話の向こうの冥月の声は、ほとんどささやき声だったが、シュラインには何の苦もなく聞き取れた。 
「大川愛実を発見した。周囲に不審者の影はない。護衛を兼ねて追跡する」
 冥月がもたらしたのは朗報だった。愛実を先にこちらが見つけた上に、どうやらうまく逃がせそうだ。シュラインは覚えず、安堵の息を吐いた。
「ありがとう、わかったわ。こっちも幻の愛実さんを追いかけるわ」
 あとは犯人を捕まえるだけだが、それは同時にシュラインたちが犯人と遭遇する可能性が高くなったということでもある。シュラインは改めて気を引き締めた。
「ああ、公園にはクミノが先回りしている」
「それは心強いわ」
 冥月の言葉に、シュラインはほんのわずか笑みをこぼして答え、電話を切った。
 傍らの静にも愛実の無事を伝えると、静の顔もほんの少し明るくなった。2人は軽く頷き合うと、物陰に身を隠しながら、幻の愛実の後を追う。
 と、前方に1つの人影が現れた。ゆっくりとこっちに歩いてくるその影が、街灯の下にさしかかる。ぼんやりとした光に浮かび上がったその顔は、朱美のものだった。
「朱美さん……?」
 コンビニに行く道を間違えたのだろうか。
 その愛実さんは本物じゃないわ、と伝えるために姿を現そうとして、それでもなぜかシュラインの身体は動かなかった。何か強烈な違和感がシュラインの頭の中で警鐘を鳴らす。
 まるで糸が張り詰めるかのように、シュラインの聴覚が研ぎすまされて行く。
 心音が聞こえる。
 自分のと、静のと、そしてもう1つ。死んでいるはずの朱美から。
 そう気づいた途端、シュランの背筋に冷たい汗が流れた。
「シュラインさん、あれは違います!」
 静が強い声で囁いたのと同時に、朱美が右手を振り上げた。それは、銀色の軌跡を描いて、迷うことなく愛実を切り裂く。
 が、手応えがなかったのだろう、朱美は眉を寄せ、そして脱兎のごとく走り出そうとした。
「待ちなさい!」
 シュラインは声を張り上げた。なぜ、犯人が朱美の姿をしているのかはわからないが、自分の姿を自由に変えることができる相手なら、ここで見失えば取り返しのつかないことになる。
「あんた、誰なの!?」
 物陰から姿を現し、重ねて怒鳴れば、朱美がゆっくりと振り返る。と思った時には、すでにその姿はシュラインの目の前だった。声を出す間もなく、再びナイフがシュラインの首筋を切り裂いた。が、その瞬間、シュラインの姿は掻き消える。
 シュラインが朱美を呼び止めた時に、静がとっさに機転をきかせてシュラインの幻を作ってくれていたのだ。
 舌打ちをした朱美がナイフを構え直そうとして、動きを止めた。否、その意に反して動きを封じられたようだった。朱美の影が、自らの主を羽交い締めにして縛めている。
「貴様が鵙(モズ)か」
 影の中から冥月がゆっくりとその姿を現した。朱美が、否、朱美の姿をした犯人が、忌々しげに冥月を睨みつける。
「変装の名人ということで通っているが……、どうやら殺した相手の容姿を奪い取る能力を持っているようだな」
 冥月が冷ややかな目を向けると、朱美の姿が崩れ始めた。姿を変えて逃げようというのだろう。
 すかさず冥月が当て身を入れる。鈍い音がして朱美が昏倒したと思えば、それは見る間に30代くらいの男へと姿を変えた。
「冥月さん、助かったわ」
「遅くなった。済まなかったな」
 シュラインと静が出て行くと、冥月は軽いねぎらいの言葉を寄越した。そしてそのまま電話を取り出す。草間に報告を入れているのだろう。
 シュラインは地面に転がった男を見下ろした。その顔は、朱美の描いた似顔絵の顔とも違う。素顔でなかったのなら、顔を見られたとて朱美を殺す必要などなかったのだ。あたかも変装のレパートリーでも増やすような感じで、朱美は殺されたのだろうか。
「……ひどすぎる」
 シュラインは思わず吐き捨てた。
「そうか。ならついでにこいつも公園に連れて行く。向こうもその方が手間が省けるだろう」
 草間と話をしていた冥月が断定的な口調で言って電話を切った。
「そういうわけだ。ではまたな」
 短く別れを告げると、冥月は男の襟首を掴んで影へと姿を消してしまう。
「……僕たちも、戻りましょうか」
 静の言葉に頷いて、シュラインは草間興信所へと重たい足を進めた。

「ご苦労だったな、2人とも。犯人は2人いたらしい。それぞれクミノと冥月が拘束して、IO2に引き取ってもらった。引き渡しももう、済んだようだ」
 事務所に戻ると、草間が2人を出迎えた。少し遅れて朱美も戻ってくる。
「さっき森羅から電話があったよ。大川愛実は無事学生寮に着いたそうだ」
「……ありがとうございます」
 朱美の両方の瞳からみるみる涙が溢れ出した。
「ありがとう、本当に……。私たちを助けてくれて、本当にありがとう」
「朱美さん……」
 それでも朱美の死は覆らないのだ。かける言葉が見当たらず、シュラインは黙り込んだ。
「他の皆さんにも、本当にありがとうございましたと伝えておいて下さいね」
 そう言うと、朱美はわずかに微笑んだ。
「それじゃ、私、失礼します」
 3人に一礼を残し、朱美は玄関の外へ去って行った。
 どこへ、とは聞けなかった。
「それでは、僕も……」
 静も立ち上がり、丁寧な挨拶を残して出て行く。
「まあ……、妹は守れたんだ、そんな顔すんな」
 シュラインの方を見ようともせず、草間はぶっきらぼうに言う。
 本当は、草間も悔しいのだ。悔しくてたまらないのだ。長い付き合いだからこそ、シュラインにはわかる。
「そう、ね……」
 シュラインはくすりと微笑んだ。
「ところでさ、お前、朱美が来た時えらいタイミングよく戻ってきたよな。あれって……」
「あー!」
 草間が何気なく呟いた言葉で、シュラインは思い出した。
「そうよ、忘れ物しちゃって取りにきたのよ、また忘れるところだったわ」
「ははは、そりゃ良かったな」
 忙しすぎるんだよ、お前は、とからかうように笑って、草間は煙草をくわえて火をつけた。
 ――お前が無事でよかったよ。
 煙と共に吐き出された声は、小さな小さなものだったけれど、シュラインの耳にはしっかり届いていた。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【6608/弓削・森羅/男性/16歳/高校生】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
皆様のおかげで、無事、犯人捕獲、護衛ともに成功しました。本当にありがとうございます。
今回は、事態がかなり差し迫っておりましたので、割と皆様個人個人で動いて頂いています。お暇な時に他の方の分も読んで頂ければ全体像がわかりやすくなってくるかもしれません。
また、当ノベルはシリーズものの第一作となります。お気が向かれましたら、次話以降にもご参加いただければ幸いです。

シュライン・エマさま

こんにちは。またのご参加、まことにありがとうございます。またお会いできて非常に嬉しいです。
いつもながらの細やかなプレイングありがとうございました。愛実が既に呼び出されている可能性まで考えて下さっていたので、とても助かりました。そのため、一瞬前線に出てしまうような感じになりましたが、それもまたご愛嬌ということで……。
また、朱美と愛実の再開が実現したのも、シュラインさんのおかげです。

ご意見、苦情等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。