コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【木五倍子】



 リーン、と……どこかで鈴の音が聞こえた。
 守永里堵は不思議そうな顔で周辺を見回す。
(風流な音が聞こえるものだな……)
 だがこんな道端で鈴なんて……。
 ふと気づけば、人の気配がする。人数は一人。
 いつの間に、と里堵は警戒した。
 周辺全ては暗闇に支配されている。一切の明かりがない。
 闇に慣れているとはいえ、光が一切ない状態では見えはしない。
(敵……というわけではなさそうだ。敵意がない)
 では一体誰だ? この空間に閉じ込められたのは自分だけのはず。
「お嬢さん」
 突然目の前から声が聞こえて里堵はぎょっとした。気配が移動したのに気づかなかったのだ。
 声からして相手は若い……少年のようだ。穏やかな声だが、元気な感じを受ける。
「こんなところで何してんだ?」
「何って……私はここに閉じ込められてしまったんだ」
「閉じ込められた?」
「ああ。…………」
 この少年の身のこなしからして……只者ではないだろう。もしや、同業者か?
「君は……もしかして、私と同業者か?」
「どうだろーな。オレ、損得勘定でしか動かないから」
 笑いを含んだ声。
 彼は仕事、というわけではないのだろうか?
「君はここがどこか、わかるか? もしや君も閉じ込められたのだろうか?」
「…………」
「君?」
「ああ、わりぃ。ちょっと考え事だ。
 とにかく、ここから出たいわけか?」
「それはそうだろう?」
 少年が「そう」と小さく呟く。
 里堵はかなり奇妙な気持ちになった。
 目の前のこの少年、なんだか妙な感じがする。存在や気配は確かにあるのに、不安定な印象なのだ。
「わかった。まぁ、ここで寝転がってたら、通行の迷惑だし」
「?」
「じゃ、起きなよ」



 ぱち、と里堵は瞼を開けた。
 星が見える。空が見える。
「……?」
 怪訝そうにしていると、自分の顔を覗き込んでくる人物がいた。
 長い前髪の、少年。感嘆するほどの美少年だ。印象的なのは、緑と黒の目だろう。
「大丈夫か?」
「……ここは?」
「憶えてねーの?」
 そう問われて、里堵は上半身を起こした。
 細い路地だ。両隣はビル。
「私は……ここで何を?」
「何をしてたか知らねーけど、オレが来た時にはすでにここで寝てたぜ?」
「…………」
 里堵は立ち上がり、スーツについた汚れを手で払う。
 よく思い出せ。どうしてこんな状況なのか。
(私は……確か近道をしようと歩いていて……)
 ここはよく通る道ではないが、帰るにはわりと近道になるところだ。
 そこを通っていて、幽霊の――。
「! そうだ、幽霊の女の子に会ったんだ。
 君、その子を知らないか?」
「ああ、それなら祓った」
「はら……った?」
「そ。あの子供の霊は最近イタズラがひどいんだ。力もつけてたし……もうイタズラのレベルじゃねーから」
「……君は……私を助けてくれたのか」
「助けたって……そんな大層なもんじゃねーよ。寝てるの起こしただけだから」
 だが……寝ている者に簡単に干渉してくるなんて、おかしい。
 この少年は一体何者だ?
「君は……君も闇を狩る者か?」
 里堵の問いに彼はきょとんとする。そして小さく笑った。
「そんなスゲーもんじゃねーよ。オレは退魔士。魔を退ける仕事人、ってとこだな」
「たいまし……。専門家、だな」
 里堵とは違い、様々な術を行使する化物退治の専門家ということだ。
 少年は肩をすくめた。
「まあ専門家だが、ようは化物退治しかできねーってことだ」
「…………」
 不思議だ。
 目の前の少年は屈託の無い、明るい表情で話している。
 闇に潜む者と対峙する者は、闇の匂いを強くさせるものだ。だがこの少年は、確かに闇の属性を感じはするが……何か違っていた。
 それは――闇を狩る里堵とも、別の……。
(なぜ……こんなに明るく笑っているんだろう?)
 ぼんやりとそう思っていると、眼前で少年がひらひらと手を振っているのに気づく。
「ボーっとしてたけど、大丈夫かよ?」
「あ、ああ……。少し、考え事をしていて」
「そっか。後遺症はないみてーだし、五体も満足だし、……あ、気分はどうだ?」
「気分? そうだな……」
 少しクラっとすることはあるが、それほど支障はない。
「大丈夫だ。世話をかけた」
「いーっていーって。ほんと、オレ、単に起こしただけだから」
 にこーっと笑う少年の学生服姿を見て、里堵はどこか懐かしいような表情をした。
 見た感じ、彼は高校生くらいだ。
(そうか……学生か)
 じ、と見られて少年は眉をひそめる。
「あ、あの……なんでそんなにじっと見てんだ?」
「……悪い。制服姿だなと思って。この近くの高校生か?」
「え?」
 彼はちょっと驚いたような表情をするがすぐに苦笑した。
「この近くじゃ、ないなぁ」
「……もしかして、私は何かまずいことを訊いてしまったか?」
 今さらながら、他人の内情に関わることを訊いてしまったのかと里堵は気づいたのである。
 これだ。自分の悪いところは、なんというか……うまく、対応できないことにある。特に人間相手で。
 少年はひらひらと手を振った。
「別に気にするほどじゃねーよ」
「それならいいが……」
 相手が自分に気を遣ってくれたのがわかる。自分のほうが年上なのに……少し情けない。
 どうして自分はこうも不甲斐ないんだろうか……。人とのコミュニケーションが下手なのは、わかってはいるが。
 よく見れば少年は片手に黒い網袋を持っている。その中に蛍がいた。
「蛍……? こんな都会で珍しいな」
「あ? これ?」
 少年は網を見遣り、「ははは」と軽く笑った。里堵は疑問符を浮かべる。自分は可笑しなことなど、言ったつもりはないのだが。
「蛍なんてイイモンじゃねーよ。虫だから」
 網の中で点滅している数はかなり多い。
「……蛍も虫だが」
 真面目に答えると、彼は目を点にしてから大爆笑した。
 里堵は少し困ったように眉根を寄せる。
(こ、こんなに笑うとは……。おかしいな……私は何か変なことを言ったか?)
 蛍が虫なのは誰でも知っていることだが……。
「ぶは……ははは! わ、悪ぃ……笑うつもりはなかったんだけどよー……くくっ」
「……いや、いいんだ。私が何か変なことを言ったんだろう」
「いや? しごくマトモなこと言ったと思うぜ?」
 ならなぜ笑う?
 そう思うが、里堵は何も言わなかった。
「これ、蛍じゃねーんだ。憑物」
「……ツキモノ?」
 知らない単語だ。里堵は小さく考え込んだ。
「……なんだろうか、それは」
「あ、そうか。普通のヤツはそう呼ばないんだよな。
 えーっと、妖魔とか、妖怪とか……西洋では悪魔とか、そういう感じか」
「つまり……闇に潜むモノ、ということか?」
「いや、夜だけが出現時間じゃねーし」
「……時間帯ではなく、一般人が知ることのない、邪悪なもの、ということかと訊いたつもりだったんだが……」
 うまく伝わっていなかったらしいことに里堵は少し汗を流す。やはり他人とのコミュニケーションは難しい。
 少年はまたもきょとんとしてから吹き出した。
(なんだろう……さっきから笑われてばかりのような気がするが……)
 彼はひとしきり笑うと「悪ぃ」と謝った。
「わかってるって! でも実際、昼間の明るいところに出る連中もいるんだ」
「そ、そうなのか……」
 里堵はもっぱら夜が仕事時間だ。昼間は自分の領分ではないので、知らなかったのである。
 少年は網袋をがさがさと揺らす。
「最近、若い子供の頭の中に巣食ってるんだ、こいつ」
「これが、か?」
「昔は老人に多かったんだけどな……。それにこいつが一番多いのは日本なんだよなぁ」
 嘆息混じりに言う彼に、里堵は首を傾げてみせる。
「誰かに頼まれてやっているのか? 大変な……作業じゃないのか?」
 数の多さからみて、かなり集めるのに苦労したのでは。そう思ったのだ。
 少年はにっこりと笑った。
「まさか。これは趣味だな!」
「……シュミ?」
「冗談だって。単に気まぐれ。ちょっと気になっただけ」
「気になっただけで……できる量とは思えないが」
「コツがあるんだ」
 コツ?
 里堵はじっと網袋を見るが……。まあ、この少年は自分が知らないような術を使ってこいつらを集めたとも考えられる。
 少年は「お」と呟く。
「そろそろ行かねーと。
 じゃあな。気をつけろよ。このへんもまだまだ物騒みてーだし」
 片手を挙げて去ろうとする少年を眺めていたが、里堵は気づいて声をかける。
「このへんでは見かけないが……退魔士というからにはまた会うこともあるだろう」
「……そりゃそうだろ。オレ、東京来たの最近だからな。ま、しばらく居ると思うし、縁があればまた会うだろーな」
「……私は守永里堵だ」
 自分でもよくわからないが、名乗っていた。
 次にまたどこかでこの少年に会うこともあるだろう。その時……名前を知らないのでは呼びにくい。単に……それだけだ。
 少年は少し苦笑する。
「名乗られたら名乗らないとな。
 オレは遠逆陽狩」
「とおさかひかる……。どんな漢字を書くんだ? 『日光』の光か?」
 確かにこの少年は昼の日中のほうが合っているような気がする。そうか……自分と違うと先ほどから感じていたのはそれだったのかもしれない。
 彼は太陽の匂いがするのだ。
「発音でよくそう思われるんだが……違うな。遠距離の『遠』に、逆方向の『逆』。太陽の『陽』に狩人の『狩』だ」
「太陽を狩る、でヒカルか?」
 意外だった。
 少年は薄笑いを浮かべる。
「そ。なかなか凝ってる名前だろ?」
「……そうだな。なかなか使わない漢字だと思う」
 自分が思ったことを口にしたのだが、陽狩は「ぷっ」とまた吹き出した。
「わ、わりぃ。って、オレ、謝ってばっかだなー」
「いや、気にしていない」
「そっか。じゃ」
 片手を挙げて今度こそ陽狩は里堵に背を向けた。
 彼は軽やかに走っていく。こうして見れば、どこにでもいる高校生のようにしか見えない。
「遠逆陽狩か……」
 変わった少年なのは間違いない。
 また、どこかで会うこともあるだろうか……?



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【6605/守永・里堵(もりなが・りと)/女/20/闇狩人】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 陽狩との出会い、いかがでしたでしょうか? まだまだ陽狩は謎が多い状態です……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!