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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 雨空 >



◆△◆


 星の輝きも、月の白色の光すらも、全ては厚い雲の向こうに閉ざされてしまっているような夜。
 パタパタと、哀しく響く雨音は傘を叩いて地へと滑り落ちる。
 火宮 翔子は等間隔に並ぶ街灯だけが頼りの暗い路地を歩いていた。
 パシャンと水溜りを蹴り、視線を左右に振る。
 闇が濃い左手の公園と、引かれたカーテン越しに淡い光が漏れる右手の住宅街。
「・・・どこに行っちゃったのかしら・・・」
 一人、暗闇に問いかける。
 まるでそれに応えるかのように、一瞬だけザァっと雨が激しく降り、再びもとのように穏やかな雨足に戻る。


 翔子は先ほどの電話の内容を思い出しながら、そして・・・夢幻館の前に1人で立っていた少年の事を思い出しながら、少女の姿を闇の中から見つけようと必死になって周囲を見渡していた。
『また、夢幻の魔物が現れました。今度は遊園地です。もなさんと一緒に・・・』
『もなちゃんは夢幻館にいるの?』
『どうでしょう。分かりません。けれど、多分夢幻館にいるかと・・・』
 そう言って赴いた夢幻館は闇の中に没しており、両開きの扉の前には1人の少年がまるで翔子を待っていたかのように佇んでいた。
「麗夜さん?」
 驚きにも似た響きの言葉に、夢宮 麗夜はただ詰まらなさそうに翔子に視線を向けただけだった。
「もなちゃんは?」
「さぁね。もぬけの殻だよ」
 横柄な言葉遣いに少々の違和感を感じる。
 けれどそれは、決して予想していなかった違和感ではなかった。
 前回のことで、麗夜のイメージは少しだけ変わっていた。大人しくて礼儀正しい少年ではない・・・。
 きっと、もっと深い何かを内に宿しているはず―――――
 普段の丁寧な言葉遣いは、ただのマナーなのかも知れない。
 他人から一線を置くために、他人からの攻撃を無闇に受けないために、最適な自己防衛は大人しく振舞う事だ。
 敬語を使えば相手はそれだけ距離を感じる。
「どこに行ったの?」
「俺に聞いても分からないよ」
「・・・私、麗夜さんに聞きたいことがあったの」
「それは、絶対に答えなきゃならない質問なわけ?」
「いいえ。麗夜さんが答えたくないなら、それを強要することは出来ないわ」
 麗夜がバカにしたような笑いを浮かべ、話の先を促す。
「夢幻の魔物とは、どう言う存在なの?」
「質問の意味がよく分からないね」
「前回の魔物の時、もなちゃんは“友達だった”と言っていたけど、夢幻の魔物は元々人間だったと言う事?知っている事を教えて」
「夢幻の魔物は勿論、元は人さ。最も、人じゃない生物だってありだけどね」
「どう言う事なの?」
「つまり、夢幻の魔物は夢と現を行き交う事の出来る生物がなり得るもの。人でも犬でも猫でも、夢と現に足を踏み入れる事が出来る生物ならば、夢幻の魔物になることは容易だ」
「夢幻の魔物は、どうして・・・どうしてなってしまうの?何が原因なの!?」
「・・・さぁ、俺にはわからないね」
 にっこりと、嘘を隠す笑顔を向ける。
 ―――本当は全てを知っている。けれど、あんたには教えてやらない。
 そう言われている気がして、翔子は押し黙った。
 このまま押し問答を続けていても仕方がない。
 麗夜は言わないと言ったら言わないのだろう。それどころか、ここで無理矢理話を聞いても今後のコトが心配だ。
 明らかに、麗夜は鍵を握っている。
 そうすれば・・・双子の姉である夢宮 美麗も何かしらの鍵を握っているのだろう。
 穏便に対処しなくては、後々に痛い目を見る。・・・そんな気がする・・・。
「知らないのなら、仕方がないわ。・・・でもね、もなちゃん、凄く苦しそうなの・・・」
 もなの姿が目の前に蘇る。
 辛いことも、悲しいことも、全てを笑顔の裏に押し隠し、元気に笑っている少女。
 その心のうちが、どれほどまでに脆いのか、翔子にはなんとなく分かっていた。
 限界まで追い詰められて、取れる最後の手段・・・自己防衛の最終手段が、笑顔なのだ・・・。
「私はあの子の力になってあげたい。だから、色々知っておきたい・・・」
「知らなければ良いことだって、この世には沢山あるさ」
 翔子の言葉を遮って、麗夜が口を挟む。
 微笑をたたえた顔は穏やかで、それはまるで・・・無知な子供を見詰める親のような、少し高いところからモノを見ている笑顔だった。
「きっと、あんたは後悔する。信じていたものが根底から覆される、その瞬間を目撃し、それでも・・・それでも、助けたいと思えるのか?自分に火の粉がかかろうとしている時に、他人を助けるなんて馬鹿なことが出来るのか?自分の命を捨ててまで、他人を助けるなんてこと、口先では言えても実行には移せない。そうだろ?」
 それは、誰もが目をそむけてきた問題だった。
 口先だけの正義を非難しながら、口先だけでも正義を唱えないといけない。
 実際行動に移すかどうかは置いておいて、口だけは・・・正義の言葉を紡いでいなくてはならない。
 それがこの世界で生きていくための、一番安全な手段だった。
 助ける、絶対・・・見捨てない。
 そう言っておけば誰も自分を非難しない。いざ助ける段階になって足がすくんでも、誰も非難しない。
 それは仕方のなかったことで、助けると言う心を持ち、助けると言っていた・・・それだけで称えられる世界。
 麗夜はソレを暗に非難していた。
「私は・・・」
 絶対に助けられるわと、言う事は出来なかった。
 麗夜の瞳がソレを許してはくれなかった。
「・・・もなの抱えている問題を、俺たちの心の奥に潜む過去の記憶を、あんたがどうこう出来るとは思えない」
 そう言って、麗夜がすっと翔子の脇を通り過ぎる。
「今日、それを知るが良い。もなの心の傷を知って、自分の無力さを・・・感じれば良い」
「そんな・・・!!」
 抗議の声を上げて、ふっと振り返った。
 しかし、そこにはべっとりとした闇があるだけで、麗夜の姿はその中に掻き消えて見えなくなってしまっていた―――――


 闇が立ち込め、遊具を包んでいる公園の中、ポツリと1本立った街灯の下でもなの姿を見つけ、翔子は駆け寄った。
「もなちゃん!!」
 雨の中、傘もささずにしゃがみ込んだもなは酷く濡れ、顔色は真っ青だった。
 慌ててもなの肩を抱き、屋根のある場所まで連れて行く。
 バッグの中から大き目のタオルを取り出し、もなの顔を、長い髪を、順々に拭いていく。
 長い髪は雨に濡れてしっとりと重く、ツインテールでないだけでどこか大人びて見える。
「・・・もなちゃん、何か悩みがあって辛いなら、遠慮なく私に頼ってね?」
「どう・・・したの、急に・・・」
 声のトーンを気をつけているのか、もなの声は普段と同じ高さだった。
「私なんかじゃ力になれないかも知れないけど・・・それでも、もなちゃんのこと放っておけないから」
 麗夜が言っていた、もなが抱えている問題を・・・無理に聞きだそうとすることはなかった。
 言いたくないものは聞いてはいけないもの。無理に強要してはいけない。それはきっと、心の柔らかい部分にあるモノだから・・・。
「・・・あたしね、あたし・・・雨が、嫌いなの」
 蚊の鳴くような声でそう言うと、もながボウっと公園に目を向けた。
 雨が遊具を叩く微かな音が耳にこびりつき、息苦しいほどの圧迫感が胸を締め付ける。
「あたしね、お兄ちゃんがいたの。5つ年上で優しくて・・・お父さんは知らない。ママは、何も言ってくれなかった。でもね、あたし幸せだったんだよ?あたしに与えられた幸せ全てを詰め込んだみたいに、幸せな日々だった」
 甘い甘い生活は、夢でも見ているかのように心地良い日々だった。
「でも、現の守護者であるあたしにはそんな生活は許されなかった。“組織”に“秘密の屋敷”に連れて行かれた。お兄ちゃんも、ママも一緒に。そして、そこであたし達は出会った。夢の司と現の司、夢の守護者とあたし、教育係に“トップ”もあそこにはいた」
 ただ“組織”とのみ呼ばれている場所だと、もなは付け足した。
「あたし達が生きる、その場所は・・・哀しい場所」
 ポツリと呟いたもなの瞳には何が見えているのか、どこか遠い昔を思い出そうとしているかのような目は淡く滲んでいた。
「雨の日だった。組織のやりかたに反抗した数名が、内部で反乱を起した。その騒ぎに乗じて、あたし達も秘密の屋敷を抜け出した。追っ手を撒きながら、3人で走ってたんだけど、体力のないあたしは直ぐにしゃがみ込んだ。お兄ちゃんが囮になるって言って走って行って、ママがあたしを抱き上げた」
 何時の間にか雨は上がっており、湿気を含んだ風が生暖かく頬を撫ぜるだけになっていた。
「走り出そうとした瞬間だった。お兄ちゃんが走っていった方から、銃声が聞こえたの。ママがあたしを下ろして、血相を変えてそっちに走って行った。あたしは止めようと思ったの。でもね、でも・・・声が、出なかった」
 翔子の目の前には、まるで映画でも見ているかのようにその光景が繰り広げられていた。
 実際にはもなの兄にも、もなの母親にも会った事がない。だから、顔の部分は朧気に消えていたけれども・・・それでも、確かに翔子はその時の映像を見た気がした。
「ママの悲鳴が聞こえて直ぐに、銃声が聞こえたの。・・・走って・・・雨の中、倒れる2人を見つけた時、思ったの。あたしのせいだって」
 にっこりと微笑むもな。
 麗夜の言っていた言葉が鼓膜に張り付いて響いている。
「駆け寄って調べたのだけれど、息はなかった」
「・・・もなちゃん・・・」
 声をかけたきり、翔子は押し黙ってしまった。その先に続く言葉は何もなく、形式ばった言葉ばかりが右から左へと抜けていく。
「雨がね、2人の体温を奪って行くの。凄いスピードで・・・だから、ね、あたしは・・・雨が、嫌いなの」
 そっと、もなの体を抱き締める。
 華奢なもなの体はぞっとするほどに冷たく、濡れた髪からはかすかにシャンプーの香りがした・・・


◇▲◇


 夢の詰まった場所と言うものは、いつだって煌いている。
 だからこそ、錆びたメリーゴーランドを前にした時翔子の心の中で、何か大切なものが奪われた、そんな気がした。
 もなにはただの夢が失われた遊園地に見えるだろうが、翔子にはこの場に集まって来た霊が視える分、虚しさは倍増していた。
 炎で一掃し、先へと進む。
 燃え上がる霊は今回ももなの目には美しく輝いて見えるのだろう。
 綺麗とこそ言わないまでも、もなの瞳に映る炎は確かに明るく輝いていた。
「もなちゃん、今回は夢幻の魔物はどこにいるのかしら?」
「んっと・・・」
 少し考え込むような素振りを見せた後で、もながしゅんと肩を落とした。
「ごめんねぇ・・・今回は、わかんない・・・。夢幻の魔物の正確な位置がつかめないの」
「そうなの」
 気にする事はないと付け加えた後で、ふっと翔子の視界の端に妙なものが過ぎり、動きを止めた。
 それは確かに、自分の意志で動けるもの・・・そして、真っ直ぐにその影はミラーハウスへと向かって行った。
「もなちゃん、今の・・・」
「うん、夢幻の魔物だと思う」
 もなの表情がキリリと締まり、見ているこっちの気まで引き締まってくる。
 翔子ともなは顔を見合わせて1つだけ頷くと、朽ちかけたミラーハウスの中へと足を踏み入れた。
 ボロボロに砕けた鏡が床に散乱し、かろうじて残っている鏡も曇って汚れている。
 鏡に映る、もなの姿と翔子の姿。そして・・・見慣れた、姿・・・。
 流石に2回目ともなればそれほどの驚きはなかったものの、しかしやはり心に受ける衝撃は大きかった。
「夢幻の・・・」
「ママ」
 翔子の声にかぶせるように、もなの凛と良く響く声がミラーハウスの中に広がった。
「もな・・・ちゃん・・・?」
 その単語はたった2文字の言葉で、更には同じ音の繰り返しに過ぎない単語ではあったけれども、ソレは悲しい響きを持っていた。
 翔子は刹那、これは現実なのか夢なのか、分からなくなった。
 それほどまでに残酷な言葉は小説のようで、いっそ夢ならばどれほど楽になれるのだろうかと、頭の隅で思う。
「今回の夢幻の魔物はね、ママだったの。あたしは、最初からソレを知っていた。そして・・・迷ってない」
「もなちゃん・・・」
「あたしの仕事は、夢幻の魔物を現に還すことだよ!?夢幻の魔物は・・・ソレが元が誰であろうと、関係ない!!」
 気丈に振舞ってみせるもなだったが、中身はまだ16の子供だ。
 勿論、普通の16歳よりもしっかりしている。
 見た目こそは小学生なみで、言動だって幼くて・・・はちゃめちゃで、目が離せなくて・・・でも、心の奥底に潜んでいる意志は年齢不相応なまでにしっかりとしていた。
 痛みも苦しみも、全て押し隠して、冷徹なまでに平然と・・・振舞う術を持っていた。
 翔子はもなの横顔を見ながら、その頭を撫ぜたい衝動に駆られた。
 しかし、途中まで出した手を引っ込めると、ギュっと胸の前で握り締めた。
「もなちゃんはそこで見ていて」
「でも・・・!!」
「もなちゃんは、夢幻の魔物を現に送り返す事が仕事・・・でしょ?」
 本当は戦いたくなんてない・・・けれど、もなの意志に背く事は出来ない。
 翔子が止めたとしても、もなは夢幻の魔物と戦うだろう。元は自分の母親だったと言う、夢幻の魔物と―――――


◆△◆


 夢幻の魔物はあっけなく地に倒れ、もながその前に立つと左手を高々と上げた。
 刹那の突風が止めば、目の前に倒れるもなの姿。ツンと鼻につく血の臭いは胸の奥深くに鋭く突き刺さる。
「もなちゃん・・・」
「本当はね、最初から・・・全部分かってたの」
「どう言う事なの?」
「どんどん、親しい人が来るんだって・・・分かってたの。だからね、次に誰が来るのかも、分かってるのよ」
 にこっと、儚い笑顔を浮かべるもな。
 次に来る人が分かっているとは・・・どう言う事なのだろうか・・・?
「ママよりも好きな人・・・あたしの、1番大好きな人・・・」
「おにい・・・さん・・・?」
 心に浮かんだ言葉を紡ぐ。間違っていてほしいと言う気持ちを抱えながら・・・。
 もなは何も答えなかった。ただ、小さく笑って目を閉じただけだった。
「どうして・・・?」
「これが、あたしの闇の羽根だから」
 もながそう言って、左襟の部分をグっと下に押し下げる。
 真っ白で華奢な肩、肩甲骨の真ん中辺り・・・それは丁度、心臓の裏側に・・・真っ黒な悪魔の羽根をモチーフにした刺青のようなものが描かれていた。
「これがあたしの、烙印だから・・・」


◇▲◇


「次で終わりだね、もな」
「そうだね・・・全部全部、終わりだね・・・」
「逃げてもいーんだけど?」
「どうして?どうして逃げなくてはならないの?あたしが生きる場所は、他でもない・・・ここだよ?」
「・・・ここ以外でも、もなが生きていける場所はある」
「麗夜ちゃんだって、現を捨てれば生きていける場所なんてたくさんある」
「現はそんなに簡単に捨てられるものじゃない」
「闇の羽根だって、簡単に捨てられるものじゃないの」
「・・・囚われの生は・・・」
「その先は言ってはダメよ。囚われの生でも自由の生でも」


   「生きている事に、意味がある・・・そう、思いたいから・・・」



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  3974 / 火宮 翔子 / 女性 / 23歳 / ハンター


  NPC / 片桐 もな


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 雨空 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 もなの過去と、次に来る夢幻の魔物の正体が分かりました。
 次で最終話ですが・・・如何でしたでしょうか?
 “組織”に“トップ”に“闇の羽根”に・・・“秘密の屋敷”に・・・新情報がてんこ盛りです(苦笑)
 麗夜はいったい何を考えているのでしょうか・・・。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。