 |
記憶の迷宮 ４
ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
その脳裏に、不可解な声が木霊する。
失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
その結果得られたのは、この島の地図と、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在だということと、キングの住まう館の位置だった。
それは、島の中央に二つ並んだ小高い丘の、西側の頂上に建っているという。
麓の関所を突破した零たちだったが、草間は敵に捕らわれたのか、応答がない。おそらく、キングを倒せば彼もまた解放されるに違いないと信じ、零たちはそのままキングの館を目指すことを決意した。
やがて彼女たちがたどり着いたのは、キングが支配する街タルナ。街を見下ろす小高い丘の上には、キングの館がはっきりと見えていた。
「あそこに、キングがいるんですね。……そして、それを倒すことができれば、私たちの記憶も戻り、タケヒコさん……いえ、お兄さんもきっと解放される……」
零は、低く呟いて、その館を見据える。
関所で手に入れたパスを使って、兵士のふりをしてキングの館に潜り込む――そう決めた零と仲間たちは、いよいよそれを実行に移すのだった。
【１】
シオン・レ・ハイは、ロビーの窓から丘の上に聳えるキングの館を見やって、小さく溜息をついた。
（ようやく、キングの館のすぐ近くにまで来たんですねぇ……）
実際にはそれほど長い期間ではないとはいえ、記憶を失っているせいか、それとも度重なる戦いのせいか、なんとなく感無量といった気分になって来る。関所でタケヒコが捕らわれてしまったことは、かなりのダメージだったが、その分、少しでも自分ががんばらなければ、とシオンは思ったりしていた。今となっては仲間内でただ一人の男なのだし、一番年長でもあるのだから。
ちなみに、今現在彼らがいるのは、丘の麓に広がるタルナの街の繁華街の一画にある宿だった。昼前にこの街の入り口にたどりついた彼らは、街の近くに奪ったジープを隠し、軍服から元の衣服に着替え、荷物だけを手にして街に足を踏み入れた。
タルナは、東京を何分の一かに縮めたような街で、それほど大きくはないが、さまざまな施設が整っており、これまで彼らが旅して来た所に較べると、格段に都会という雰囲気があった。ただし、本物の東京のように、高い建物はない。また、車もそれほど通ってはおらず、そのせいか道幅も狭かった。それでも、行きかう人々の服装や持ち物は彼らのよく知る現代風のもので、イチの村などと較べるとまるで別世界のようだった。
街に入る際にも手形の提示を求められるようなこともなく、宿に泊まることも簡単だった。宿は基本的にツインの部屋しかないとのことで、彼らは三つ取った部屋に、女たちは二組に分かれ、シオンだけが一人で一部屋を使うこととした。
そうして一旦部屋におちついた後、彼らはこのロビーに再び集まったというわけである。
ロビーには、他に客らしい者の姿はなかったが、彼らはロビーにいくつか作られているテーブル席の、一番奥まった場所を選んで、思い思いに腰を下ろした。
「思ったよりあっけなく、街に入れたわね。……ただ、関所がどうなってるかは気になるし、少し情報収集して回った方が、いいんじゃないかしら」
最初に口を開いたのは、法条風槻（のりなが ふつき）だった。
「そうね。どっちにしろ、あれだけの騒ぎを起こしたんだから、この街やキングの館にも、なんらかの知らせは行っていて、警戒されていないとも限らないものね」
シュライン・エマがうなずく。
「……あの、ところで皆さん、もう一度関所で得た情報を確認させていただきたいんですけれど……」
それへシオンは、おずおずと言った。
「ええっと……まず、館へのパスは人数分手に入ったわけですよね。それと、何が書き込まれているのかよくわからない、ＣＤ−ＲＯＭが一枚と。あと、私が手榴弾四個とプラスチック爆弾四個、ピストル一丁、防弾チョッキ一つを所持、と」
周囲に聞かれないように、彼は小声でぼそぼそと言う。ちなみに、手榴弾とプラスチック爆弾は、人数分六個ずつ手に入れてあったのだが、関所の中で兵士らの注意を引きつけるのに、二個ずつ使ってしまったのだ。
「それで間違いないと思います。……あと、関所から館への一度の交替人数は三十人だそうです」
草間零がうなずいて、補足する。
「どうにも、武器が足りない気がするわね。それと、情報。……館の見取り図が手に入ればいいんだけどね」
幾分顔をしかめて、風槻が言った。
「武器はともかく、館の情報は、あのＲＯＭの中に入っている可能性もあるわ。部屋にパソコンがあったから、あれで調べてみようと思うんだけど」
シュラインが言うのへ、風槻が考え込む。
「中身を調べるのは賛成だけど……ここでやって、大丈夫かしら」
「履歴や何かを消すのは、なんとかなりそうよ」
「そう？ それなら中身を調べるのはきっと、今後の役に立つと思うわね」
シュラインと風槻のやりとりに、小さく肩をすくめて口を挟んだのは、クミノだ。
「そう心配する必要はないだろう。私たちに必要な情報だと思えば、邪魔されることなく見ることができるはずだ」
「どういうこと？」
軽く眉をひそめてそちらをふり返ったシュラインに、クミノがそっけなく言った。
「感じないか？ 私たちは、最初から何者かの手の上で踊らされている。その何者かは、私たちに必要だと思えば、情報を与え、武器を与え、食糧を与えてくれる」
「それは……」
シュラインが、言葉に詰まる。
それへ、思い詰めたような顔で、零が言った。
「それでは、私たちの記憶のことも、固有の特殊能力が危機に際して使えたりすることも、その人物の采配なのでしょうか」
そして彼女は、タケヒコが自分の兄、草間武彦であったことと、自分に霊能力があるらしいこと、その能力で怨霊を刀などの物質に変えて使うことができることを話す。
シオンは、それを聞いて軽く目を見張った。もしかしたら、地図を見つけた無人の館の中で、零が驚いたようにタケヒコを見詰めていたのは、彼が兄だと思い出したせいだったのだろうか。
（記憶を断片的に思い出すのも、個人差があるってことでしょうか）
ここまで何も思い出せないままの彼は、そんなふうにも考える。
「それはどうかしらね」
懐疑的に言ったのは、風槻だった。
「あたしも透視能力があることがわかったりしたけど、それに関して何か記憶が戻ったってことはないし……むしろ、状況的なものなんじゃないかしらね。どっちにしろ、ここであれこれ言っていても、それは推測の域を出ないわ。あたしはとにかく、一度街に出て、関所がどう出て来るかとか、館のこととか情報を仕入れたいって思うんだけど」
「それなら、ついでに何か食糧も買って来ていただけると、うれしいですが……」
シオンは考えるのをやめ、ちょっと顔を赤らめて言った。
「私、お腹が空いてしまいました。さっきフロントで聞いたら、宿の食堂は夕方からでないと開かないそうですし……」
「そう言われればそうね」
シュラインも空腹に気づいたのか、言って笑う。
「じゃあ、私が行って、食べ物を買って来ます」
軽く挙手して零が言った。
「あたしの分はいいわ。外で勝手に食べるから」
慌てて言ったのは、風槻だ。
「わかりました」
うなずいて、零は他の者たちに、どんなものがいいかを尋ねる。この宿に来る道筋で見かけた店には、ごく当たり前の食べ物が並んでいた。だからおそらく、弁当だとかパン類のようなものならば、普通に売っているだろう。
零はフロントからメモ用紙とペンを借りて来て、それへ他の者たちの注文を書き付ける。シオンはしっかり腹にたまるものが食べたかったので、幕の内弁当と緑茶を頼んだ。
やがて、零と風槻はそれぞれの目的を果たすため、ロビーから宿の外へと出て行く。
それを見送り、シオンたちも件のＣＤ−ＲＯＭを調べるため、立ち上がった。
【２】
シオンたちは、シュラインが零と共に使っている部屋へと向かった。
そこも部屋の作りは、シオンが一人で使っているのと変わらない。ベッドが二つ並べられ、奥にはテラスがある。ベッドの足元の側には丸テーブルと椅子が並べられ、二つのベッドの間に置かれたサイドテーブルの上に、ノートパソコンが置かれている。
シュラインがそれを、丸テーブルの方へ持って来ると、電源を入れた。電源はバッテリーで賄われ、ネットへの接続も無線ＬＡＮを使った常時接続が可能らしい。
（イチの村あたりとは、すごい差がありますけど……やはりこれも、ここが首都のようなものだからでしょうか）
椅子に腰を下ろしたシュラインが、内臓のＣＤドライブに例のＲＯＭを入れるのを見下ろしながら、シオンは感心して胸に呟く。
ＲＯＭは、簡単なパスワードがかかっているだけで、さほど苦労することなく中を見ることができた。そこに記録されていたのは、キングの館の見取り図である。しかも、どこに常時何人の見張りがいるだとか、どんな警備体制が敷かれているだとかも、全てわかるようになっている。
そのあまりの不自然さに、シオンはシュラインやクミノと顔を見合わせた。
「これってまるで……私たちに館に侵入して下さいと言わんばかりじゃない？」
シュラインが、モニターを睨みつけながら、呟く。
「このＲＯＭ自体が何かの罠だってことはないでしょうか」
少し考え込んだ後、シオンは言った。
「でも、私たちが関所に侵入したことは、これを見つけた時点では知られていなかったのよ？」
「それはそうですけれど……」
シュラインに問い返され、シオンは眉をひそめて言いよどむ。そんな彼を見やってシュラインが、意見を求めるように、クミノをふり返った。
「ロビーでも言ったとおり、私たちに必要な情報だと思ったから、提示されたのだろう。どれほど不自然であれ、この見取り図が本物なら、役立てる以外、ないだろう。もし心配ならば、風槻さんに透視してもらって、これが正しいかどうか確認すればいい」
クミノが、むっつりと言う。
「そうね……」
シュラインは、しばらく考えているようだったが、やがてうなずいた。
「とりあえず、これをプリントアウトしておいて、風槻さんが帰って来たら、透視で確認してもらいましょ」
言って彼女は立ち上がる。プリンターも部屋の隅に用意されていて、至れりつくせりだ。
シュラインが見取り図のプリントアウトを始めたところへ、零が戻って来た。手には、コンビニやスーパーでくれるようなビニール袋を提げている。
「先に食べてて。これが終わったら行くわ」
シュラインの言葉に、シオンたちはテラスの方へと出て行った。
こちらにも、丸テーブルが据えられ、それを囲む形でいくつか椅子が据えられている。シオンたちは、思い思いにそこに座を占めると、零が買って来てくれた食べ物を広げた。
シオンは、幕の内弁当の蓋をいそいそと開け、ポケットから自分の箸を取り出す。もちろん、その弁当には割り箸が付いていたが、美味しいものを食べる時には、やはりマイお箸を使う方が、より美味しく食べられる気がするのだ。
「ＲＯＭの中身はなんだったんですか？」
零に問われて、シオンはクミノと共に、食べながら中身について話した。
そうこうするうちに、プリントアウトを終えたのか、シュラインがやって来た。空いている席に腰を下ろし、自分の頼んだものを広げながら、言った。
「食べたら私、もう少しあのＲＯＭの中身を調べてみるわ」
「じゃあ、私はこの宿の中を、探検してみます。宿の人たちとか、他のお客さんたちから、何か情報が得られるかもしれませんし」
食べながら、シオンは思いついて告げる。
「じゃあ、私もご一緒します」
零がそれへ、名乗りを上げた。そして、尋ねるようにクミノを見やる。
「私は、部屋で休む」
肩をすくめて、クミノが言った。シオンはそれを聞いて、どこか悪いのだろうかと、ふと心配になった。だが彼女には、そうした質問を拒絶するような、頑なさがある。
尋ねようかどうしようか、彼が悩んでいるうちに、彼女は食べ終わったようだ。残っていたコーラを飲み干すと、立ち上がった。
「では、私は失礼する」
そっけなく言って、彼女は立ち去って行った。
それを見送り、シオンはなんとなく零やシュラインと顔を見合わせる。だが、どう言っていいかわからず彼は、フライにした魚の切り身を口に入れた。
【３】
食事を終えた後、シオンは他の者にも言ったとおり、零と共に宿の中を探索して回った。
関所の件は、どうやらニュースで流れたらしく、宿の従業員たちも他の宿泊客も何があったか知っているようだった。ただ、彼らは至ってのんびりしている。
「ご心配には及びませんよ、お客様。たまに、こういうことがあるんです。ですが、キング軍は優秀ですから、すぐにその犯人たちは捕まりますよ」
「軍の演習なんじゃないのかね？ まあ、心配しなくとも、すぐに犯人は捕まるさ」
「きっと、勢いを持て余した若い連中のしたことだろうさ。我々の生活には、直接問題はないよ」
宿の従業員たちも、宿泊客も、皆こんなふうだ。
シオンはさすがに、呆れて零と顔を見合わせてしまった。その犯人がこの宿に宿泊していて、目の前の自分たちだとは、思ってもいないらしい。
「キングとその軍って……よほど信頼されているんですね」
宿の中を一通り歩き回った後、ロビーの一画に腰を下ろして、零が言った。
「そうですね」
うなずいてからシオンは、少し考え、告げる。
「あの、すみません。私、ちょっとどうしても試してみたいことがあるので、部屋へ戻りますね」
「え……はい……」
零は驚いたようだったが、彼を見上げてうなずいた。
それへ笑いかけ、シオンはそそくさと立ち上がる。フロントへ行って、スプーンを貸してもらえないかと頼んでみた。フロントの係の者は、そんなものを何に使うんだと言いたげな顔をしたが、しばらく待たされた後、どこからか持って来て、貸してくれた。
シオンはそれを手に、自分の部屋へと戻る。そして、椅子に腰を下ろすと、スプーンを握りしめて、一心に曲がることを念じ始めた。
宿の従業員や宿泊客らの安心しきった態度から、かえって自分たちの目的の困難さを感じた彼は、以前挑戦して失敗したスプーン曲げに、もう一度挑戦しようと考えたのだ。
（スプーン曲げができれば、他の超能力も開花するような気がします。たとえば、氷の壁を作って、銃弾を防ぐとか、空中から炎を湧き出させて兵士らを戦闘不能に追い込むとか）
シオンは、そう思って一心に念じた。
と。手の中で握りしめたスプーンの根元の部分が、なんだか熱いように感じられる。
（もしかして……）
ふと予感がして、彼はスプーンのすくう部分に軽く指を当てた。途端、その根元がまるで溶けた飴のように、ぐにゃりと曲がる。
「やった！ できた！ できましたよ！ スプーンが曲がりました！」
彼は思わず声を上げ、立ち上がって飛び跳ねる。その手の中から、スプーンの先端がぽろりと取れて、床にころがった。
「あ……」
思わず動きを止めて、彼はそれを見やる。スプーン曲げができたのはうれしいが、これでは、借り物なのに返すことができないではないか。
「……どっかで、同じようなスプーンを買って、返さないといけませんね」
ちょっとしょんぼりして呟くが、すぐにスプーンが曲がったのだという事実を思い出し、彼はまた小躍りした。これできっと、戦闘の際には自分も、他の者たちの力になることができるだろう。
（ええ、大丈夫です。キングの軍隊、どんとこいです）
気が大きくなって彼は、仁王立ちして一人、そんなことを胸に呟くのだった。
スプーン曲げに夢中になっていたら、すっかり日が落ちてしまっていた。そろそろ空腹を覚え、彼は食堂が開いているかどうか見に行こうと部屋を出た。途中で、シュラインに出会う。零はクミノを夕食へ誘いに行ったようだ。
ロビーまで来たところで、風槻が戻って来たのに出くわした。彼女は一人ではなく、十二、三歳ぐらいの少年を連れていた。少年は小柄で背が低く、黒髪だが後ろに一房、長く伸ばした髪だけが金色だった。小麦色に焼けた肌と黒い目をして、半袖のＴシャツとジーンズ、スニーカーというなりだ。
風槻は彼を、御崎月斗（みさき つきと）と紹介した。彼もシオンたちと同じく、名前以外の記憶を失って森の中で目覚め、その後一人でここまで来たのだそうだ。むろん、目覚めた時に「キングを倒せ」の声も聞いていたし、チケットの半券も持っていた。
（ごく普通の男の子に見えますけど……一人でここまで来たということは、何かすごい力を持っているんでしょうか）
シオンはそれを聞いて、ふとそんなことを思った。
互いに紹介を終えて、彼らは一緒に宿の食堂へと向かう。
そこは清潔で雰囲気も悪くはなかったが、人はあまりいなかった。他の客たちは、夕食にはまだ早いと思っているのかもしれない。
彼らが席に着いたところへ、クミノと零が姿を現した。再び風槻が、月斗を二人に紹介する。
その後彼らは、食事をしながら互いに得た情報を交換し、キングの館に乗り込む日時や手順を話し合った。
シオンたちは、風槻と月斗にＲＯＭの中身のことを話し、風槻に透視能力で見取り図が本物かどうか確認してほしいと要請する。
それを承知した後、風槻は自分が得た情報を話した。シオンが宿の探索で知ったとおり、街中でも関所が襲われた事件は、ニュースになっているようだった。ただやはり、街の人々はそれについて、何も危機感を抱いていないらしいという。
「みんな、キングのお膝元のこの街で、恐いことなんて起きるはずがないって思っているみたいね。あたしたちのことも、軍の演習か何かだと捉えているみたいだったわ」
風槻が言うのへ、シオンはうなずく。
「私が話した人たちも、そんな感じでした。宿の人たちは、何年かに一度、こういう騒ぎがあって、でもすぐに捕らわれて平和になるんだって言って、笑っていました。その……お祭か何かみたいに思ってる感じです」
「実際に、祭みたいなもんなのかもな」
それへ口を開いたのは、月斗だ。
「キングについての伝説みたいな文面の中に、外から来てキングに記憶を奪われた者が、この地の人間になるってのがあっただろ？ あれって文字どおりでさ、何年かに一度、今の俺たちみたいなのが出て、でもキングを倒せなくて捕らわれて、それで残りの記憶とかキングを倒そうとした記憶も全部消されて、適当に島の中の土地へ放されてるんじゃないかな。偽の記憶かなんか植え付けられてさ」
「でも、なんのために？」
思わずというように尋ねるシュラインに、彼は肩をすくめた。
「だから、祭なのさ。なんていうか、毎日同じことの繰り返しじゃ、人間って飽きるだろ。それをリフレッシュするために、非日常的なことをやるわけだ。キングを倒そうとして、バカな奴らが暴れる。それで、しばらくは周りの者は、結果がわかっていてもどうなるのか、面白おかしく成り行きを見守るわけさ。で、最後にはキングを倒そうとした連中は失敗して捕らわれ、対外的には処刑されたってことになる。それで人々は、平和な日常はいい、これも全てキングのおかげだってなる。……これは、そういうイベントだと、俺は思うよ」
「なるほどね。そう考えると、あたしたちの写真とかが出回ってないのも、納得がいくわね」
風槻がうなずきながら、呟いた。そして彼女は、街のどこにも自分たちの顔のわかるものは提示されておらず、街頭で流れていたニュースも、写真などはなかったと告げた。
「写真が、手に入らなかったからじゃない？ 私たち、関所では監視カメラにも映らないように気をつけてたんだし」
シュラインが、それへ言う。
「それはそうだけど、兵士には顔を見られてるわよ、あたしたち。関所を通ってこの街に来たのはわかってるわけだし、モンタージュ写真とか口頭での人相風体ぐらいニュースで流しそうなものじゃない。でも、何もそれについての言及がなかったの」
風槻が返す。
「どちらにせよ、私たちの次の行動は予測され、館では待ち伏せされている可能性もあるということだ」
ふいに、さっきからずっと黙っていたクミノが、まるで彼らの会話に終止符を打つように言って、空になった水のグラスをテーブルに置いた。
その不穏な発言に、シオンたちは思わず鼻白んで顔を見合わせる。それを無視するように、クミノは立ち上がった。
「部屋に戻る」
一言だけ残し、シオンたちに背を向けると、クミノは立ち去って行った。
それを幾分、あっけに取られたように見送って、風槻がシオンたちをふり返った。
「何かあったの？」
「さあ……」
尋ねる彼女にシオンは、何も思い当たることがなく、首をかしげる。
「何か、気になることがあるのかもしれません」
零が、幾分心配げに言って、クミノの立ち去った方を見やる。どうやら、誰もなぜクミノが不機嫌なのか、理由を知らないようだ。
「何か思い出したのかもしれないわね。……だとしたら、彼女自身の問題だわ」
言って肩をすくめると、風槻が話題を戻した。
「さてと。じゃあ、館へはいつ行くの？」
問われてシオンたちも、顔を見合わせる。が、とりあえず今は、クミノ抜きで話を進めるしかないだろう。彼らは再び顔をつき合わせるようにして、キングの館へ向かう計画を練り始めるのだった。
【４】
シオンたちがキングの館へ向かったのは、その日の真夜中のことだった。
ツインの部屋に一人で泊まる予定だったシオンは、月斗が加わったことで、彼と一緒の部屋になった。ちなみに月斗は三日前にこの街に着いた後は、宿には泊まらず、ファミリーレストランやネットカフェで夜を過ごしていたのだという。
出発の三十分前には二人して起き出し、キング軍の軍服に着替える。月斗は夕方会った時には何も持っていなかったはずなのに、起きるといつの間にか彼と同じ軍服を手に入れていた。首をかしげつつ、シオンは上着の中に防弾チョッキを着込み、リュックを背負った。
防弾チョッキは、自分自身の身を守るためではない。もしも仲間たちに何かあった時、楯になるつもりで、着て行こうと決めたものだ。
用意が整うと、宿の玄関へと向かう。
玄関先には、関所で奪ったジープが横付けされていた。風槻が取りに行って来たらしい。他の者たちも皆、軍服をまとっている。
全員が収まると、風槻がジープをスタートさせた。
暗い夜の道を、他に走る車もない中、ジープは通りを丘を目指してひた走る。頭上の空は暗く、月も星も見えなかった。
やがてジープは街中を抜け、丘への登りにかかった。ほどなく、キングの館が見えて来る。それは、小さな城といってもいいような造りの建物だった。入り口には巨大な門があり、そこを抜けると広い庭が続き、その先に劇場の入り口のような大きな玄関が見えて来る。
門前には人の姿は見えず、全てが機械仕掛けだった。関所で手に入れたパスは、手配されてもいないのか、なんの問題もなく彼らを通してくれた。それは、いかにも怪しいといえば怪しかったが、もはやこの後に及んでいろいろ考えてみても、しかたのないことだ。
ＲＯＭに入っていた見取り図は、本物らしかった。夕食後、透視を行ったらしい風槻が、そう保証したのだ。それで結局彼らは、それを元に立てた計画どおりに行動することにした。
庭にもやはり、人の姿はなかった。彼らは玄関前でジープから降り、それぞれ武器を手にして、玄関へとひそやかに走り寄る。
ちなみに、彼らが携帯している武器は、以下のとおりだ。
風槻が関所で手に入れた警棒と、手榴弾、プラスチック爆弾を二つずつ。月斗は出て来る時、シオンが手榴弾やピストルを渡そうとしたものの受け取らず、一見すると何も持っていないように見える。シュラインはイチの村でもらったというナイフと、シオンが月斗が受け取らないのでかわりに渡したピストルと、手榴弾、プラスチック爆弾を二つずつ。零は怨霊から作り出したという剣を一本。クミノは自分で招喚したピストル一丁。そしてシオン自身は、イチの村でもらった槍を手にしていた。
彼らが玄関に走り寄った時、どこかでかすかに、鳥の羽ばたくような音が聞こえ、鈍く光る何かが月斗の傍へと舞い降りた。月斗はそれを見やって、小さく口元をゆがめる。
「あんたの言うとおりだ。俺たちは、待ち伏せされてるみたいだぜ」
クミノを見やって、彼は言った。
「わかるの？」
幾分驚いたように尋ねるシュラインに、彼は肩をすくめる。
「ああ。偵察にやっていた式神が、そう言ってる。敵は俺たちの十倍近くいるぞ。皆、武装している」
式神というのがなんのことなのか、シオンは問いたかったが、口を挟む暇もなく、顔をしかめてクミノが言った。
「やはりな。あまりにも情報がすんなり手に入りすぎると思ったんだ」
それへ風槻が言う。
「でも、ここまで来た以上、引き返すわけにも行かないでしょう？」
「ええ。何者かに踊らされているのだとしても、いっそ最後まで踊り続ければ、何かわかるかもしれないわ。タケヒコさんのことも、このままにはしておけないんだし」
シュラインもうなずく。
クミノがそれへ、小さく肩をすくめた。
「別に私は、この先へ進むことを、反対しているわけではない。……ただ、一つ言っておく。もし私が何か不審な行動を取っても、私に対して攻撃するな。今までの旅の過程でも想像がつくと思うが、私の半径二十メートルには、不可視の障壁が張り巡らされていて、私を攻撃する者全てを、約一日で即死させる力を持つ。だから、私が不審な行動を取り始めたら、私を見捨てて皆は先へ進め。それが一番賢い方法だ」
「どういうこと？ なんだか、今の言葉は自分がキングに操られる可能性があると思っているように聞こえるけど」
シュラインが、眉をしかめて問い返す。だが、クミノはそれへ答えなかった。
「行こう」
扉の方を見据えて、そう言っただけだ。
シオンは風槻、シュライン、零の三人と共に、思わず顔を見合わせた。彼女はいったい、どうしたというのだろうか。その彼らを、月斗が促す。
「いいから、行こうぜ。時間が惜しい」
「ええ」
シュラインがうなずき、手にしたピストルを握り直した。シオンたちもうなずく。
こうして彼らは、ようやく玄関の扉を開けた。
月斗の言葉どおり、その先の広いエントランスホールには、かなりの数の兵士らが手に手に自動小銃を構えて待ち伏せていた。
それへ月斗が、攻撃の暇を与えず、ポケットから取り出した長方形の紙束を投げつけ、叫ぶ。
「ノウマク バサラ ダン カン！」
いったいなんの呪文だろうかとシオンが考えた時、空中に舞う紙束がいきなり燃え出し、大きな炎となって兵士らを包み込んだ。
「うわあっ！」
いきなり服や髪などに炎が燃え移り、兵士らはパニックに陥る。まさか、こんな攻撃をされようとは、考えてもいなかっただろう。
もちろん、驚いたのはシオンたちも同じだった。だが。
「ぼうっとすんな！ 走れ！」
月斗の鋭い怒声に、彼らは慌てて、走り出した。
炎に巻かれていない兵士らが、その彼らめがけて撃って来る。シオンは、今こそ特訓の成果を示す時だと思った。彼は兵士らの前に立ち止まり、両手でスプーンを握りしめて目を閉じ、一心に念じた。スプーンは、夕食の後、外に出て買い求めて来たものだった。もちろん、フロントにも新しいものを返して来た。
念じる彼に呼応して、眼前に兎の形をした氷の壁が現れ、立ちはだかる。兵士らの放った銃弾は全て、それに遮られて、彼らの元へは届かなかった。
「い、今のうちに……早く、先へ進んで下さい……！」
シオンは、額から脂汗を流しながら、苦しげな声で仲間たちに言う。
「わかった。おい、行くぞ！」
うなずいて、他の者たちを促したのは、月斗だ。彼に促されるまま、仲間たちは奥へ向けて走り去った。
それを靴音で察してシオンは、自分もじりじりと後ろへ下がり始めた。いくら防弾チョッキを着ているとはいっても、これだけの人数に銃撃されて平気かどうかは自信がない。それに、氷の壁をずっと持続できるかどうかも、怪しかった。
そのまま下がり続けて彼は、どうにかエントランスホールから続く細長い廊下に飛び込むことに成功した。ここなら、壁に張り付いていれば、そう簡単には銃弾も当たらないだろう。
館の中は、見取り図を頭に叩き込んでいても、どこか迷路のようだ。この廊下の先にはもう一つ広いホールがある。そこには三基のエレベーターと階段があったが、それぞれに行き先が違っており、一つ間違えば、館の中を堂々巡りするか、まったく関係のない場所へ出てしまうだけだ。
仲間たちはそのホールへ向かったはずだった。計画では、そこから風槻と月斗が直通のエレベーターを使って中央管制室へ行き、館の防犯システムを支配下に置くことになっていた。
だからこうして仲間たちと別々になってしまっても、それが成功するまでがんばれば、どうにかなる。シオンは、そう考えていた。
細長い廊下に飛び込み、小さく吐息をついて、集中を解く。途端に兵士らの撃つ銃弾が、こちらへ届き始めた。が、やはり思ったとおり、壁に張り付いていれば、なんとかかわせそうだ。もっとも、これでは彼自身も身動きが取れない。
（どうにかならないでしょうか……）
少し考え、彼は再びスプーンを握りしめて、念じた。
彼の念が塊となり、エントランスホールの天井を叩きながら走る。それはさながら、見えない巨大なハンマーが、天井を叩いて直進しているかのようだった。
さすがに建物は頑丈で、崩れるほどではなかったが、コンクリートが剥がれ落ち、天井からは何かのコードらしいものが何本も垂れ下がる。もちろん、剥がれたコンクリートは兵士らの上に落下して、何人かを下敷きにした。しかし、全滅したわけではない。
シオンはスプーンをズボンのポケットに収めると、槍を片手に天井から垂れ下がったコードの一本に飛びつき、ぶら下がった。反動をつけ、奇声を上げながら兵士らのいる方へと突進する。反動を利用して次々とコードからコードに飛び移りながら、兵士らをなぎ倒した。
ちょうど、ターザンがジャングルで植物の蔓を使って木から木へ飛び移る、あの要領だ。
兵士らは、まさかこんな方法で攻撃して来るとは思わなかったのか、あっけに取られて固まってしまい、その間に次々とシオンに倒されて行く。
シオンはしばらくそうやって、自分の体と槍の穂先を使って兵士らを蹴散らしていたが、次第に疲れて来た。兵士らも、その攻撃に慣れて来て、コードの根元を狙って撃って来たりする。
とうとう彼は、限界を感じて床に降りると、再び細長い廊下に飛び込もうとした。ところが、目の前で防火シャッターが閉まってしまう。
（ど、どうしましょう）
一瞬彼は焦った。これでは、前に進めない。背後から兵士らの放つ銃弾が飛んで来て、彼はとっさに床に身を伏せた。超能力でシャッターを壊せるかもしれないが、この状況では精神を集中する暇がない。
その時だった。いきなり、防火シャッターが向こう側から切り裂かれたのだ。兵士らが一瞬どよめく中、姿を現したのは、零だった。手には、一見なんの変哲もないが彼女には不似合いな剣を握りしめている。
「零さん……！」
シオンは、思わず声を上げた。
その彼を見やって、零の顔に安堵の笑顔が浮ぶ。
「シオンさん。迎えに来ました。他の人たちは、キングのいる最上階へ向かっています」
「じゃあ……」
「はい。全て計画どおり、順調です」
思わず笑顔になって問いかけるシオンに、零はうなずいた。そして、改めて自分とシオンに向けて銃口を向けている兵士らを睨み据える。
シオンもそれに気づいて、後ろをふり返った。
「シオンさん、こちらへ」
低く叫んだ零のもう一方の手には、機動隊が持っているような巨大な楯が現れる。シオンは匍匐前進で半ばころがるように、その楯の影へと飛び込んだ。それとほぼ同時に、兵士らの銃撃が再び始まる。が、零の楯はびくともしない。二人はそのまま後ずさるようにして、廊下に飛び込んだ。楯は切り裂かれたシャッターの残骸の前に残されている。零がそれを、シャッターの残った部分にぴったりと溶接した。
「すごいですね」
シオンは、思わず感心して呟く。
「もともとは、この丘や館にいる怨霊ですから、その性質の範囲内でしたら自在に姿を変えられるんです」
零はそれへ言った。
「楯になって下さっているのは、元機動隊員の方の怨霊です」
「そ、そうなんですか」
怨霊、と言われてシオンは、おっかなびっくり、すっかりシャッターと化した楯を見やる。それへ零が促した。
「それよりも、急ぎましょう。他の方たちは、先へ行きましたから、私たちも追いつかなくては」
「そ、そうですね」
シオンもうなずく。そうして二人は、そのまま廊下を走り出した。
【５】
一階のホールから、最上階のキングのいるフロアにたどり着くのは、驚くほどあっけなかった。全てがコンピューター制御であるがゆえの、脆さであったのかもしれない。
ともあれ、シオンと零は、最上階のフロアの一番奥の部屋の前に立つ、仲間たちにようやく追いついた。
「零ちゃん、シオンさん。無事だったのね」
シュラインが、二人の姿にホッとしたような顔を見せる。
「はい。ご心配かけて、すみません」
シオンが言うと、零もうなずいた。
「私たちは、大丈夫です」
「では、行くぞ」
それへ声をかけたのは、クミノだ。彼女は先頭に立って扉を開いた。その向こうは、何もない広々とした部屋になっており、奥に一段高くなった場所がある。そこは、周囲に重そうなベルベットのカーテンを掛けまわされており、まるで王の玉座のようだ。
と、そのカーテンの一部が揺れて、ゆっくりと人影がそこに現れた。
「よくここまでたどり着いたものだな、諸君。私がキングだ」
尊大に名乗るその人の姿に、シオンは思わず目を見張った。
そこに立っていたのは、関所で捕らわれたはずの、タケヒコだったのだ。もっとも、服装は彼らと行動していた時とは違い、足にぴったりとしたズボンにブーツ、丈の長いチュニックという、まるで中世の王様のような恰好で、マントまでまとっている。
シオンは呆然としつつも、仲間たちをふり返った。シュラインと零、それにクミノは同じように驚いているようだったが、風槻は「予想どおり」と言いたげに小さく肩をすくめている。また、タケヒコと面識のない月斗は、純粋に相手をキングと見止めてか、そちらを睨み据えていた。
だがとにかく、自分の見ているものは、夢や幻ではないらしいとシオンは確信する。改めてタケヒコをふり返った。しかしこの状況をどう考えればいいのかは、よくわからない。
「あんたが、キングか。俺たちの記憶、返してもらうぜ！」
月斗がわめいて、ポケットから取り出した紙を構えた。
「さて。できると思うなら、やってみるがいい」
キングを名乗るタケヒコは、余裕しゃくしゃくで、それへ返す。
「月斗くん、やめて！」
その二人の間に割って入るように叫んだのは、シュラインだ。
「タケヒコさんが、キングだなんて、そんなはずないわ。彼はきっと、本物のキングに操られて、代理を演じさせられているのよ」
「おいおい。ここまで来て、何言ってんだよ」
月斗は紙を構えて正面を向いたまま、苛立ったようにちらりとシュラインを見て言った。
「こいつが偽物か本物かなんてことは、倒してみればわかることだろうが」
「いや。私もシュラインさんに同感だ」
言ったのは、シオンのすぐ傍にいたクミノだった。彼女は、シオンに囁く。
「シオンさん、タケヒコさんを氷付けにして、動きをしばらく止めることはできるか」
「やってみます」
彼女が何を考えているのかはわからなかったが、シオンはうなずいた。再びスプーンを握りしめ、目を閉じて念じる。
と、面白そうに彼らの方を見やっていたタケヒコの足元に、みるみる氷が張り詰め、その足が氷付けになって行く。
「な、なんだ……？」
さすがにタケヒコも、こんな現象が起きるとは思っていなかったのか、驚いて足を動かそうとするが、もう遅かった。もっとも、さすがに全身を氷付けにするのは無理だ。
しかし、クミノにとってはこれで充分だったらしい。彼女はずかずかと壇上に上がり込むと、タケヒコの背後にかかっているカーテンを無造作に剥ぎ取り、招喚した巨大なハンマーでそこの壁を打ち壊した。
その音に、シオンは目を開け、そちらを見やる。意識の集中を解いても、タケヒコの足を拘束した氷はすぐに溶ける様子もなかったので、彼は肩の力を抜いた。そして、壇上へ駆け寄って行く仲間たちの後を、慌てて追う。
壊された壁の後ろにはごく狭い、人一人が立って両手を横に広げればそれで一杯になりそうな部屋が姿を現す。部屋の中央には、天井から床までを繋ぐ形で細いガラスの円柱が立っており、その中央に、きらきらと輝くミラーボールのようなものが収められていた。
仲間たちと共に、シオンもその部屋を覗き込む。
「何これ……」
呟いたのは、風槻のようだ。
「おそらく、これがキングの正体だ」
クミノが言って、手にしていたピストルをそちらに向け、撃った。一発目で円柱に亀裂が入り、二発目で球体の一部が剥がれた。三発目で球体に亀裂が入り、四発目で球体が吹き飛ぶ。同時に、あたりに白い光が炸裂した。
「わっ……！」
シオンは、思わず腕で顔をかばって目を閉じる。あまりの眩しさに、目を開けてなどいられなかったのだ。だが、それはますます強くなり、あたりを白熱した光の洪水の中へと、飲み込んで行った。
【エピローグ】
目覚めた時、シオンは病院を思わせる白い部屋に据えられたベッドの中にいた。
（私は……どうしたんでしょう……）
思わず半身を起こし、彼は胸に呟く。ベッドの中にいるということは、今までのは夢だったのだろうか。
（私は、シオン・レ・ハイ。四十二歳。普段は公園で生活していて、アルバイトで日々生活しています。チラシ配りが得意です。お箸使いが上手で、あとは……ええっと編物が出来て……）
念のため、自分の名前や年齢などについて思い浮かべてみるが、なんの支障もなく、すらすらと全て思い浮んだ。それこそ、記憶を失う前に食べたものの名前や味まで思い出せる。
（記憶がちゃんと戻ったんですね。よかったです）
彼は心底ホッとしたものの、それではあのクミノが撃った球体が、本当にキングだったのだろうかとあの最後の瞬間を思い出して、首をかしげる。
その時、部屋の外から軽いノックの音が響いて、人が入って来た。一人は、月刊アトラス編集長の碇麗香だ。もう一人は、白王社の社長、白王要である。以前に一度会ったことがある相手で、二十代の青年に見えるが、実は彼と変わらない年だというとんでもない外見を持つ男である。
「お久しぶりです、シオンさん。せっかくお会いできたのに、こんな状況で、というのは悲しいですが……まずは、お詫び申し上げます。わざわざ参加いただいた前夜祭イベントで、まさかこんな手違いが起きてしまうとは、思いもしませんでした。まことに申し訳ありませんでした」
彼はやわらかな笑顔でシオンに微笑みかけた後、言った。
「手違いって、なんのことですか？」
少しきょとんとして問い返すシオンに、要が説明したところによると。本来彼らが参加したイベントは、島全体を使って謎解きをしながら、最後にはキングと称するボスを倒すという内容は同じでも、もっと娯楽性の高い、そして危険のないアドベンチャーゲーム風のものだったそうだ。ところが、どうしたことか島を統括するコンピューターが暴走し、島を特殊な磁気で包み込んでしまった。彼らの記憶が失われたのは、その磁気の影響と、コンピューターが島全体に流していた誘導性の強い電波のせいだったのだという。ただ、暴走してもコンピューターのプログラムの中核にあるのは、本来のアドベンチャーゲーム風のイベントだったため、彼らは「キングを倒すため」に動かされることになったのだそうだ。
「シオンさんたちは、いわば半ば夢を見ているような状態で、あの島で行動していたというわけです。先程、その夢の内容については、草間さんから伺いましたが……全ては夢に近いものだと思っていただく方が、たしかだと思います」
言って、話を締めくくる要に、シオンは自分たちが記憶を失う前、何をしていたのかを改めて思い出した。草間に誘われて、東京湾の沖に人工島を造って建設されているテーマパークの、前夜祭だというイベントに参加したのだ。チケットの半券にあった「キングアイランド」はそのテーマパークの名称だった。
（記憶のない私たちが、タケヒコさんと呼んでいたのは、草間さんだったんですね……）
改めて胸に呟き、シオンははたと要を見やる。
「あの、草間さんは無事なんですか？ 他の人たちも？」
「ええ、もちろんですよ」
彼の問いに笑顔で答え、要は言った。
「シオンさんは、あの島で何日も過ごしたように思っておられるかもしれませんが、実際には、十二時間程度のことです。コンピューターのネットワークに侵入し、その暴走を止めるのに、かなり時間がかかってしまいましたが、それ以上は過ぎていません。もちろん、あの島は単なる娯楽のための施設ですから、本物の銃を持った兵士がいたり、手榴弾やプラスチック爆弾なんかが格納されているということも、ありません。全ては、コンピューターが見せた幻です。……ですから、あなたも他の方たちも、どこかを怪我しているとか、そういうことはありません。ただ私たちが救出した時、意識を失って倒れていましたので、この病院に運びました。念のため、検査を受けてはいただきますが、外傷はありませんよ」
そして要は、この件については後日、説明会を開き、きっちり彼らの精神的苦痛に対する補償をしたいと告げ、深々と頭を下げて、麗香と共に立ち去って行った。
ちなみに、ここは東京湾近くにある病院の一室らしかった。
シオンは、彼らが立ち去った後も、しばし呆然としていた。
（あれが全部夢だったなんて……。なんだか、気が抜けてしまいました。それじゃあ、私がスプーン曲げができたり、超能力で氷の壁を築いたりしたのも、夢だったんでしょうか）
そう考えると、ちょっとショックだ。せっかく、面白い能力が開発できたと思ったのに。
（いえ、氷の壁はともかく、スプーン曲げぐらいはがんばったら、本当にできるようになるかもしれません）
ふいに彼は思い直す。何事もあきらめてはいけない。あの島でだって、あきらめなかったからこそ、超能力が使えるようになったのだ。
翌日、彼は退院した。いくつかの検査の結果、どこにも異常はないと、医師が判断したためだ。
病院の外に出て、彼は妙に懐かしい気持ちで、あたりの空気を吸い込んだ。頭上の空は青く晴れ渡っているが、空気には排気ガスやエアコンの室外機の吐き出す濁った風の匂いが混じり込み、なるほど東京に戻って来たのだという感じがする。
「さてと……とりあえずじゃあ、食器を売っているお店に行って、スプーンを買って来ないといけませんよね。一本じゃなく、二本……いえ、三本ぐらい？」
ぶつぶつと一人ごちて彼は、スプーン曲げが上手くできるようになったら、草間たちにも披露しよう、などと考えつつ、歩き出した。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1166 ／ササキビ・クミノ ／女性 ／１３歳 ／殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【6235 ／法条風槻（のりなが・ふつき） ／女性 ／２５歳 ／情報請負人】
【0778 ／御崎月斗（みさき・つきと） ／男性 ／１２歳 ／陰陽師】
【3356 ／シオン・レ・ハイ ／男性 ／４２歳 ／紳士きどりの内職人＋高校生？+α】
【0086 ／シュライン・エマ ／女性 ／２６歳 ／翻訳家＆幽霊作家+草間興信所事務員】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ライターの織人文です。
「記憶の迷宮」に最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
さて、内容のほどはいかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけていれば、幸いです。
●ササキビ・クミノ様
続けての参加、ありがとうございます。
最後は結局、このような形に締めさせていただきましたが、
いかがだったでしょうか。
●法条風槻さま
続けての参加、ありがとうございます。
草間の件については、まさにズバリ、そのとおりでした。
ともあれ、楽しんでいただけていればうれしいのですが。
●御崎月斗さま
お久しぶりの参加、ありがとうございます。
４回目のみの参加ということで、これまでは他ＰＣ様たちとは、
別行動だったという形にさせていただきました。
なお、草間からの仕事の依頼ではありませんでしたので、
金銭的なものは白王要から……という形にさせていただきました。
ご了承下さいませ。
●シオン・レ・ハイ様
続けての参加、ありがとうございます。
スプーン曲げに再挑戦ということで、今回は成功でした。
得意技？ もせっかく書いていただいたので、使ってみました。
●シュライン・エマ様
いつも参加いただき、ありがとうございます。
キングを人間の姿にするか、それ以外にするか決めかねておりましたので、
シュライン様のプレイングを参考にさせていただきました。
それでは、またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
|
|
 |
