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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


想い深き流れとなりて 〜1、死者からの依頼

 男ばかりの集団は味気ないとは言うが、元気溢れる高校生、それも気のおけないクラスメイト同士となると話は別だ。それも、普段は学校でしか会わない相手と、時間を気にすることなく夜一緒にいるとなるとなおさら。
「おっし、俺、上がり!」
「ちっくしょー、またかよ……」
「てめぇ、次こそは引きずりおろしてやる」
 誰が言い出したか、学生寮に入っている友人の部屋にみんなで泊まろうということになり、気分はすっかり修学旅行。
 酒など入らなくとも、金など賭けなくとも、カードゲームとジュース、スナック菓子で好きなだけ盛り上がれるのも若さの特権というやつだ。部屋の隅に置かれた机の上では、あくまでマイペースな時計の針が、そろそろ日付が変わることを示していたが、誰も気に留める者はいない。
「よし、じゃあ次は俺が繰る」
 弓削森羅が無造作に投げ出されたカードに手を伸ばすと、思い思いの形に伸びていた他の面々も体勢を戻した。誰もが次の勝負を見据えて身構え、軽い緊張感が部屋を支配したその時。
 聞き慣れた音楽が聞こえて、森羅の携帯電話が着信を告げる。
「あ、悪ぃ、頼むわ」
 森羅はカードの束を友人の1人に押し付けると、携帯電話の通話ボタンを押す。
「あ、草間だ。こんな時間に悪いな。ひとつ聞きたいんだが、お前、神聖都学園の生徒だったよな?」
 電話の主は、草間興信所所長、草間武彦だった。本人は意地になって否定しているが、怪奇探偵の二つ名を持ち、なぜか彼のもとには心霊現象や怪奇現象がらみの事件ばかりが舞い込む。霊感を有し、多少の特殊能力を持つ森羅は、彼にとって決して縁の薄い人間ではないらしい。夜中にわざわざ電話をかけてくるあたり、今回も何か手伝いを求めているのだろう。
「そうっすけど……。実は草間さん、俺、今寮の友達のところにいるんですよね」
 好奇心はうずいたが、とっくに門限をすぎた寮を出るのは少しばかりやっかいだし、何よりこの楽しい時間に別れを告げなければならないのも惜しい。
「何っ! お前、今寮にいるのか!?」
 が、電話の向こうの草間は、突然興奮気味に叫んだ。
「寮って、神聖都学園の学生寮だな?」
「え、ええ、そうですよ……」
 思わず電話を耳から離しながらも、森羅は戸惑いがちに頷いた。
「でかしたぞ、弓削! お前は偉い!」
「あ、あの……」
 電話の向こうで独りで盛り上がっている草間に、森羅は内心閉口しつつ、それでも再び電話を耳につけた。
「ああそうだ、本題に入る。緊急事態だからよく聞いてくれ」
 草間の声が急に真剣味を帯びた。思わず森羅も姿勢を正す。
「先に結論から言おう。寮に入っている生徒が、殺し屋に命を狙われている可能性が高い。生徒の名前は大川愛実(まなみ)。高等部の3年生だ」
「な……」
 殺し屋に命を狙われる。普通に高校生活を送っていれば、まず首をつっこむことのないはずの世界の話に、森羅の首筋に冷や汗が流れた。
「さきほど、うちに木下朱美という女が来てな。何でも殺人現場と犯人の顔を目撃したそうなんだが、その時携帯電話で電話をしていて、その相手が妹の大川愛実というわけだ。朱美はその場で殺されたと言ってるんだが、犯人は朱美の携帯電話を拾って行ったらしい。履歴を見れば電話相手はすぐにわかる。おそらく、次は電話相手の愛実を狙うはずだ」
 殺されたはずの人間が草間興信所を訪れて、妹の護衛を頼んだというのだ。だが、その本来ならあり得ないはずの話に、不思議と森羅はさほどの違和感を覚えなかった。それは森羅に霊感があるからというよりもむしろ。
「とばっちりで殺されるなんて冗談じゃない。絶対阻止してやる」
 何の落ち度もないのに殺されて、次は妹を狙われているという朱美の気持ちはどのようなものだろう。何を思うより先にわいて出た憤りがあまりに強かったのだ。
「おいおい、その気持ちは頼もしいがとりあえず落ち着け。相手はほぼ間違いなくプロだ。早まった真似はするなよ」
 草間の声がたしなめるような響きに変わる。
「あ、はい……」
 森羅は素直に頷くと、自分にできることは何か、素早く考えを巡らせ始めた。
「で、その愛実さんを狙うにしても、まだ少し時間があると思っていい?」
「いや、残念ながら時間はなさそうだ。ことは一刻を争うと思った方がいい」
「そうっすか。じゃあ俺は、まずは寮の管理人さんに頼んで警戒を強めてもらいます」
「そうしてくれ。あと、こちらから黒冥月(ヘイミンユェ)とササキビクミノに応援を頼んでいる。2人とも元はその道のプロだ。おそらく、すぐにそちらに向かうと思う。到着したら接触してくるだろうから連携をとってくれ」
「了解っす」
 黒冥月とササキビクミノという名を今一度しっかり胸中で繰り返し、森羅は頷いた。
「あと、こちらには俺とシュライン・エマがいる。あと、菊坂静(きっさかしずか)というのが来てくれることになっている。シュラインと菊坂は動くこともあるかもしれないが、一応俺はここにいるつもりだ。何かあったら俺に連絡してくれ。俺からも何かあったらまた連絡する」
「了解っす」
「一応もう一度念を押しておくが、くれぐれも早まるなよ。無茶はするな。では頼んだぞ」
 忙しなげにそう加えて、草間からの電話は切れた。
 森羅は、素早く携帯を折り畳むと、それをポケットに仕舞う。
「ごめん、俺、ちょっと急用ができた」
 唖然とした顔を向ける友人たちに軽く手を合わせて、森羅は部屋を飛び出した。
 一目散に目指すは管理人室。ここからは演技力が勝負だ。森羅はわざと息を乱し、肩を大きく上下させた。
「管理人さん、管理人さん、大変っすよ」
 ガラスも割れよという勢いで窓を叩く。
「ん? どうした?」
 眠そうな目をした管理人がのっそり顔を出した。
「不審者っす。さっき男子寮の裏の方で変な男を見たんです。なんか周りをちらちら見て、女子寮の方に向かって行ったっす」
「そりゃ、見間違いとか勘違いとか……」
「めちゃくちゃ怪しかったっすよ! ほら、最近この辺り痴漢とか多いし、刃物持ってうろついてるのを見たって友達の友達も言ってたし、何か起こってからじゃ遅いですよ!」
 森羅はたたみかけるように続けた。もっとも、言っている内容自体に嘘はほとんどない。物騒な噂が耐えないのが神聖都学園だ。
「あ、ほら、あそこ! 今ちらっと映った! あー、見えなくなった」
 森羅は迫真の演技で、管理人室に並ぶモニタの1つを指差した。そこには、誰もいない中庭が映っている。
「そりゃまずいな」
 管理人もさすがに眠気が吹き飛んだのか、すぐに電話を手に取った。警備会社に警備員の増員を頼んでいる。
「少なくとも今夜はみんな、3人以上で一緒にいた方がいいっす」
「そうだな……。連絡手伝ってもらえるか?」
「もちろんっす。俺、高等部寮へ行ってきます」
 願ってもない展開だ。言いおくが早いが、森羅はさっさと踵を返した。

 女子寮。男子禁制の女の園。当然、森羅も足を踏み入れたことはない。
 非常事態とはいえ、何がしかの感慨が湧いてくるのを禁じ得ないのは、まあ男の性というやつだろう。一瞬足を止めて、ごくりと固唾をのんだものの、森羅はすぐに各部屋に注意を促して回った。
 時に怪しげな視線を受けながらも、森羅は持ち前の話術で説得し、固まって同室で過ごすように伝えた。そして、「大川愛実」の部屋を探して回る。
 ようやく見つけたその部屋の扉を、森羅は今までと同じように激しく叩いた。
「大川さん、非常事態っす」
 が、返事はない。
「どうやら不在のようだな」
 不意に後ろから硬い女の声が聞こえて、森羅は思わず飛び上がりそうになった。古武道の心得のある森羅に気配さえ感じさせなかったのだ。もしも、相手が森羅に殺意を持っていたとしたら、森羅の命は露と消えていたことだろう。
 ゆっくりと振り向いた森羅は、さらに目を見張った。先ほど声をかけてきたと思われる豊かな黒髪を背中に流した長身の女だけでなく、その隣にいまだ中学生くらいの小柄な少女が立っていたのだ。
「弓削森羅さん?」
 今度は少女が口を開いた。あっけにとられつつ、森羅は頷く。
「ササキビクミノです」
 少女が表情ひとつ変えず、自分の名を名乗った。
「黒冥月……。草間から話は聞いているな?」
 長身の女も目を閉じたまま低い声で名乗る。
 この段になってようやく森羅は草間の言葉を思い出した。否、忘れていたわけではないのだが、この2人の現実離れした雰囲気に、先ほど聞いていた言葉と目の前に現れた人間とが結びつかなかったのだ。
「こちらササキビクミノだ。大川愛実の部屋の前にいる。対象の不在を確認した。そちらで連絡はとれていないのか? そうか……、こちらでも捜索に入る。あと、冥月さん、森羅さんと合流した」
 クミノがインカムに向かって低い声で報告している。電話の相手は草間だろう。クミノの言葉を聞く限り、向こうから良い返事は来なかったようだ。
「これは、犯人に既に呼び出されたと見るべきか……。どこへ向かっているかわからないのは厳しいな」
 冥月が軽く眉を寄せる。
 どうやら、状況は思っていた以上に良くないらしい。それを悟って森羅も唇を噛んだ。
「せめて、愛実先輩の愛用の品に触れられれば、もしかしたら……」
 それは森羅が持って生まれた特殊な能力だった。相手の身体の一部や、愛用の物に触れれば、おおまかな居場所や状態がわかる。
「ふむ、そうか。不法侵入かもしれんがやむを得ないな」
 冥月がおもむろに呟くと、森羅の腕をつかんだ。
「うわっ」
 途端、足下が抜けたように感じて森羅はバランスを崩した。持ち前の運動神経でなんとか体勢を立て直した時には、そこは先ほどまでいた寮の廊下ではなく、こぎれいに片付けられた部屋の中だった。
「ここは……」
「多少気がとがめるが、仕方あるまい。使えそうなものを拝借しろ」
 冥月の言葉を聞くに、どうやらここは大川愛実の部屋の中らしい。
「どうやって……」
「影を伝って中に入っただけだ。時間がない、早くしろ」
 呆然と呟いた森羅に、冥月はこともなげに言い放つ。
「は、はい……」
 その威圧感に気圧されて、森羅は慌てて部屋の中を見回した。とはいえ、やはり女の子の私室、それも顔も知らない先輩の部屋となるとどうしてもいくばくかの罪悪感が伴う。
「愛実先輩、ごめんなさい」
 小声で呟きながら、森羅はベッドの枕元に置いてある写真立てに手を伸ばした。ここに置いてあるということは、毎晩寝る前に手に取ったり声をかけたりしていることだろう。
 映っているのは、神聖都学園の制服を着た少女と、20代半ばくらいと思われる女性だった。仲よさげに並んだ2人は、心底楽しそうに微笑んでいる。これが大川愛実とその姉の木下朱美だろうか。
 森羅は写真に触れた手に精神を集中させた。この写真の持ち主の気配を探る。
「無事っす……。愛実先輩はまだ生きています」
 森羅は安堵の混じった息をついた。写真越しに伝わってくる愛実の気配は、漠然とした不安を帯びてはいるものの、生命の危機にあるような感じはしない。
「位置はわからないのか?」
 冥月が鋭い一言を投げた。
「だいたいこっちの方角っすね。距離はちょっとあるようですが……」
 森羅は感じた方向を指差す。
「ふむ、草間興信所の方角だな。一度戻るべきか……。ともかく部屋は出るぞ」
 呟いたと思えば冥月が再び森羅の腕をつかむ。またあの足下が溶けるような感覚に襲われた後、森羅と冥月は再び愛実の部屋の前にいた。
「ついさっき草間から連絡があった。大川愛実と連絡がついたそうだ」
 待っていたかのようにクミノが口を開く。
「朱美の携帯電話からメールで呼び出されて、新池公園に向かっているところだったらしい」
「新池公園か……」
 クミノの告げた場所は、草間興信所からほど近いところにある小さな公園だった。
「愛実は公園から南西方向250m程にあるコンビニに向かわせていて、朱美が迎えに行くことになっているらしい。シュラインさんと静さんが愛実がいた場所に向かい、そこから愛実の幻を公園に向かって歩かせる手はずになっている」
「ふむ」
 冥月が小さく頷く。
「犯人は公園で待ち伏せしているか、それとも途中で襲うつもりだったのか……」
 クミノが思案顔で付け足した。プロ2人の会話を、森羅はただ神妙な顔をして聞いているだけだった。
「これだけ位置情報があると、愛実を見つけ出すのは難しくなさそうだな」
「では、私は公園に」
 そう言うなり、クミノは姿を消した。まるで魔法か何かのように、少女の姿がきれいさっぱり消え失せたのだ。
「愛実を探すぞ。お前も来い」
 なのに、冥月ときたら全く動じていないふうで、森羅の腕を掴んだ。再び、あの足下が抜けるような感覚に襲われて、森羅は冥月と共に、影の中へと落ち込んでいた。どこが上とも下ともつかぬ、それでいてひとつの部屋のような、そんな奇妙な空間に2人はしばしたゆたった。
「……どうやらこれっぽいな」
 冥月が小さく呟いたかと思えば、再び周りの空間が歪み、気づいたら夜の街角に放り出されていた。手に握ったままの写真は、愛実がすぐ近くにいることを伝えてくる。
 森羅は角からひょこりと首だけ出して、写真の告げる方向を伺った。硬い表情をした高校生くらいの少女が、足早に歩いてくる。
「あ、あの人、愛実先輩っす」
 それは間違いなく写真に映っていた少女だった。写真の気配ともぴたりと合う。
「そうか」
 冥月が軽く頷き返す。2人がそのまま物陰に身を潜めているうちに、愛実はそこを通り過ぎ、コンビニへと入って行った。冥月と森羅は軽く顔を見合わせ、その後を追う。
 人影がまばらなコンビニ店内で、愛実は所在無さげにうろうろしていた。声でもかけるべきか、と迷っていた森羅の腕を、冥月が軽く引く。振り向けば、冥月は雑誌コーナーを指した。とりあえず、森羅も冥月に倣って適当な週刊誌を手にとり、立ち読みする振りをした。
 5分程経った頃だろうか。コンビニの自動ドアが開き、1人の女性が姿を現した。それは、愛実と一緒の写真に映っていた人物だった。
「お姉ちゃん!」
 愛実がすぐに駆け寄る。
「心配かけてごめんね、愛実」
「ううん、お姉ちゃんが無事で良かった……。あたしには、お姉ちゃんしかいないんだから」
「そんなこと言うもんじゃないわ。今回だっていろんな人が助けてくれたのよ」
「でも……」
「だから、ね。そんな顔しないで。愛実はもっと笑っている方が可愛いんだから」
 2人の会話は、きりきりと森羅の胸に突き刺さった。姉を大切に思う愛実の想いも、自らの死を告げることもできず、ただただ言葉を遺そうとしている朱美の想いも。どちらも、触れれば切れそうなほどに痛々しい。
「森羅」
 いつしか2人の会話に引き込まれていた森羅を、冥月の低い声が呼び戻す。と、手の中に数枚の紙切れがねじ込まれた。
「あっちの話が一段落したらタクシーを呼べ。それで愛実を寮に連れて帰れ」
「あ、は、はい」
 唐突な言いつけに戸惑う間もなく返事をすれば、冥月は既に瞑目してその意識は違うところに向いているようだった。
「……これか」
 小さく呟いたかと思うと、冥月の姿は、あっという間に影に呑まれて消えてしまった。
「って、冥月さん……」
 後に取り残された森羅は思わずぽかんと口を開け、さらに手の中に押し込まれたものが紙幣であることに気づいて再びあんぐりと口を開けた。
 が、いつまでもあっけにとられていても仕方がない。店員にタクシー会社の番号を聞き、言われた通りにタクシーを呼ぶ。
「大川愛実先輩ですね?」
 そして森羅は、2人の話が途切れたのを見計らって、声をかけた。愛実の表情がきゅっと険しくなる。
「俺、神聖都学園高等部の一年生で、弓削森羅といいます」
 慌てて森羅は名乗り、学生証まで見せたのだが、愛実の顔つきは険しいままだ。
「あ、あなたが? 草間さんから聞いているわ。今回は本当にありがとう」
 朱美の方はぱっと顔を輝かせて――これが死者のものとはとうてい思えないほどに生き生きと――笑みを浮かべる。
「今回のことで、愛実を探すのを手伝ってもらった人よ」
 朱美の説明で、愛実も不承不承といった顔で会釈を寄越した。
「あの、お話中のとこ悪いんですが、迎えのタクシー呼んでもらってるんで……」
 姉妹の間に水を差す後ろめたさに、どうしても語尾が曖昧になってしまう。
「そう、何から何までありがとう」
 朱美の方はにっこりと悟りきったような笑みを浮かべた。愛実が軽い戸惑いを浮かべて朱美を見上げた時、店の外から軽いクラクションが響いた。
「来たみたいね……。じゃ、愛実。森羅君、本当にありがとう」
 朱美が笑みを浮かべたままで、愛実の肩を軽く叩いて促す。
「お姉ちゃん……。うん、じゃあまたね」
 愛実は姉に手を振って、タクシーへと乗り込んだ。その後を追って森羅も車に乗り込む。
 リアウインドウから振り返れば、朱美はずっとずっと店の前に立って、微笑みながら手を振り続けていた。
 朱美の姿が見えなくなった後、森羅は一言二言愛実に話しかけてみたが、愛実の反応はそっけないものだった。嫌われているとか疎んじられているというよりは、愛実本人がとっつきにくい性格をしている、といった印象だろうか。
 ただでさえ朱美の死を知っている森羅の心は晴れない。その妹の愛実を前にして、どうしてもその口も重くなる。しばし、2人は黙って車に揺られていた。2人の関係をどうとったのか、運転手も話しかけてこない。
 そんな静寂の中、森羅の携帯電話が鳴った。沈黙を持て余していた森羅は、これ幸いと通話ボタンを押す。
「草間だ。犯人は2人とも捕まえて……って、ああ、2人もいたんだよ、やっかいなのが……,IO2……、まあ警察みたいなもんだな、そこに引き渡した。これにて一件落着だ」
「そうっすか。よかったっす。今、愛実先輩とタクシーで学園寮に帰るとこっす。また着いたら連絡します」
 草間の報告に胸をなで下ろしつつ、森羅は今の状況を草間に伝えた。
「そうか。それはご苦労だった。こんな時間だったが機敏に動いてくれて助かったよ。礼を言わせてもらう」
「いえいえ、俺はたいしたことやってないっすよ」
「じゃあな。また何かあったら頼むぜ」
 不自然なくらいに優しげな草間の声を残して、電話は切れた。
 これで愛実はもう狙われることもない。そう思って安堵の息をつけば、身体がシートに沈み込みそうになった。知らず、今まで緊張しきっていたことに気づいて、森羅は苦笑いをした。
「あ、愛実先輩」
 脱力した拍子にふと思い出して、森羅は愛実に向き直った。
「そういえば愛実先輩を探すのにお借りしたんです。忘れないうちにお返しします」
 朱美と共に映った写真を差し出すと、愛実は戸惑ったように瞬きをしながらそれを受け取った。
「……素敵なお姉さんっすね」
 そう続けると、愛実の顔が初めて明るくなった。
「そう、とっても優しいお姉ちゃんなの。小さい頃からよくかわいがってもらったし、寮に入ってからは、親よりよく会ってる。うち……、両親が離婚してお姉ちゃんとは離ればなれになったんだけどさ。お姉ちゃん、とっても絵がうまいんだよ。本当は絵描きになりたかったんだって。だからね、あたし、高校卒業したら働いて、お姉ちゃんが絵の学校に通えるように手助けするのが夢なんだ」
 幼ささえ感じさせるまっすぐさで、愛実は一気にしゃべった。
「……素敵な……夢ですね」
 もう姉の夢も、妹の夢も、決してかなうことはないと知っているから。
 それでも森羅は、そうと悟られぬよう、精一杯の笑みを浮かべた。

<了>
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【6608/弓削・森羅/男性/16歳/高校生】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
皆様のおかげで、無事、犯人捕獲、護衛ともに成功しました。本当にありがとうございます。
今回は、事態がかなり差し迫っておりましたので、割と皆様個人個人で動いて頂いています。お暇な時に他の方の分も読んで頂ければ全体像がわかりやすくなってくるかもしれません。
また、当ノベルはシリーズものの第一作となります。お気が向かれましたら、次話以降にもご参加いただければ幸いです。

弓削森羅さま

初めまして。この度はご参加ありがとうございます。お会いできて非常に嬉しいです。
頂いた設定とプレイングから、健全な高校生活を送っている好青年な方なのだろうという印象を受けました。今回は、ほのぼの(?)担当をお願いしたような形になって、少し他の方とは毛色が違う作品に仕上がったかもしれません。直接犯人との接触はなかったのですが、縁の下の力持ち的な役割で助けて頂きました。ありがとうございます。

ご意見、苦情等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。