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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 愛しき人 >



◇★◇


 樋口 真帆は、麗夜の前に立つとキっとその瞳を睨んだ。
 元来それほど荒々しい性格の持ち主ではないため、その睨みはあまりにもか弱いものだったけれども・・・。
 右手を振り上げる。
 それは、半ば真帆の意志とは関係ない部分での出来事だった。
 反射と言うにはそれなりの感情を伴っており、それでも感情のために動いたわけではなかった。
 ピシャリと、乾いた音が響く。
 軽いその音はそれでも、真帆の手を僅かに赤く染め上げた。
 麗夜の左頬が赤くなる。色が白い分、浮き上がるかのような手跡は鮮明だった。
「・・・そんなの・・・」
 肩が震え、声も幾分震える。
 膨れ上がる感情を何とか押し殺すように、真帆はキュっと唇を噛んだ。
「そんなの、分かるわけないじゃないですか」
 声を抑える。
 荒げる事だけはしたくなかった。
 それはあまりにも身勝手な怒りだと、真帆自身も分かっていた。
 感情に任せて怒鳴り散らしても、伝わるものは何一つない。
「私は、もなちゃんに笑っていて欲しいだけ。ただのわがままだよ・・・」
 確かに、麗夜の言う手段が一番良いのかもしれない。
 苦しむものを救う手立てとして、ソレは間違ってはいないのかもしれない。
 それでも、真帆には納得が出来なかった。
 もなが本当にソレを望んでいたとして、ソレしか本当に道がなかったとしても・・・
「でもね、自分の心に嘘はついていない」
 麗夜の瞳がかすかに揺れる。
 能面のような無表情か、はたまた張り付いたような笑顔か。
 うそ臭い表情しか浮かべる事のない麗夜に浮かんだ、人間らしい感情に、心のどこかで微かな戸惑いを感じる。
 こんな表情も出来る人なんだと・・・心のない、ただの機械のような人間ではなかったのだと・・・
 だからこそ、真帆は麗夜の本心が知りたいと思った。
「あなたはどう?ほんとにそれがもなちゃんのためだって思ってるんですか?」
 真正面から聞き返す、声はあまりにも真っ直ぐだった。
 麗夜の瞳がさらに揺れ、戸惑ったような色が宿る。
 けれど、麗夜は決して真帆から瞳をそらす事がなかった。
 ・・・それは長い―――――長い、沈黙の時だった。
 静まり返った館は肌寒かった。
 勿論、夢幻館の中は空調が調節されている。春夏秋冬、いつでも温度は一定だった。
 寒くもなく暑くもなく、外に咲く花はいつだって季節外れで・・・四季から取り残されたこの館の中で、寒いと感じるのは・・・この状況の異様さを引き立たせていた。
「・・・って・・・」
 沈黙を最初に破ったのは麗夜だった。
 視線を初めて真帆から下げ、足元を見詰める。
 小さな声は言葉になっておらず、微かに空気をゆるがせただけに過ぎなかった。
 麗夜の視線を追う。
 真っ赤な絨毯が目に飛び込んできて・・・血のような、目もくらむような色彩に目を伏せる。
「だって、仕方ないだろ?俺はなにもしてやれない・・・せいぜい、幻を見せるくらいしか・・・出来ない」
「でも・・・」
「もなの痛みを分かっているつもりだった!俺はもなの司だ!現の絆はそれほど弱いものじゃないと、どこかで安心していた!もなの痛みも、自分の痛みも、同じものだと思っていた!!」
 ガンと、力任せに扉を叩く音が響いた。
 扉から現の靄が消え、そこには・・・ただの扉が1枚、不自然な位置に浮かんでいた。
「救ってやることは出来ないと、感じた・・・。全て笑顔で誤魔化してしまうもなを、助けてやれるほど・・・出来た人間じゃない。自分の無力さを感じる以外、なにも・・・なに1つ、俺はもなのためにしてやれる事はなかった」
 真帆が麗夜ともなに会う前・・・きっと、ずっと昔から・・・
 麗夜は1人で悩んでいたのかも知れない。
 なんとかもなを救おうと、あの華奢な体に絡み付いている過去の見えない糸を解こうと、孤独な戦いを繰り広げていたのかもしれない。それはどれほど大変で、困難で、そして・・・辛い作業だったろうかと思う。
 麗夜は確かにもなを思っており、それは不器用ながらも彼の精一杯の愛情だったのかも知れない。
 それでも・・・それでも、ソレが一番良い方法だとは真帆には思えなかった。
 麗夜だって、真帆と同じ気持ちだと・・・そう思っていた。
 もながいなくなって、麗夜が嬉しいとは思えない。
 きっと―――――
「それでも、麗夜さんはもなちゃんに生きて欲しいんじゃないんですか?一緒に、いたんじゃないですか?」
 浮かんだ感情はあまりにも純粋なもので、まるで子供が始めて物事を知った時のような、驚きにも似た表情で固まる麗夜。
「・・・私じゃもなちゃんを救うことなんて出来ない。だから・・・一緒に来て」
「俺にも無理だ・・・救うなんて、できない・・・」
 真帆が伸ばした手を、麗夜がそっと払った。
「過去を変える事が出来ない限り、俺は――――――」
「違う・・・そんなに大それた事をしなくても、救えるよ」
 それは本当の意味での“救う”ではないのかも知れないけれども、それでも・・・
「もなちゃんの、笑顔を取り戻すために・・・行こう?」
 誤魔化しでない、本当の笑顔を見たい。
 無邪気に笑う、そこには悪意なんて何もなく・・・染められていない子供のような、純粋な笑顔が・・・見たい。
 麗夜の腕に手を伸ばす。
 男の人にしては華奢な腕をそっと掴み、不自然に浮かぶ扉のノブを掴むと、右に回した―――――


◆☆◆


 扉の向こうはどこにでもありそうな質素な一戸建ての家だった。
 小さな庭には赤い煉瓦で仕切られた花壇があり、物干し竿が1本立っているのが見える。
 木の扉は薄く、銀色のドアノブを回せば簡単に開いた。
 ガチャリと微かな音を立てて扉を開け・・・
 玄関にはもなの靴が脱がれていた。
 正面には短い廊下があり、突き当りと左手には部屋があるらしく、扉が閉まっている。
 右手には階上へと続く階段があり、静は耳を澄ませた。
 テレビの音に混じって、嬉しそうな少女の声が聞こえて来る。
「でね、もなね、今度お料理してみよっかなぁ〜って言ったのに、お母さんったら酷いんだよ〜!もなにお台所は使わせません!だって!」
 どうやら声は奥の扉から聞こえてくるらしい。
 真帆は少し迷った後で靴を脱ぐと廊下を歩いた。
 その後に麗夜が続く。
 ギシリと床が軋み、その音が不自然に大きく響く。
「ねぇ、お兄ちゃん!今度どこか行こ〜??もなね、パフェとか食べたいんだぁ〜」
 ドアノブに手をかける。
 嬉しそうな声に胸を痛める。
 きっと真帆が入って行ったならば、もなは残酷な現実を目の当たりにするのだろう。
 夢のようなこの一時を、壊してしまう・・・それでも・・・
 ドアノブを右に回し、扉を開ける。
 刹那、真帆の目には確かに・・・この家が一番幸せだった日の光景が見えた。
 ソファーの上に乗って、楽しそうに会話をするもなとその兄。
 台所では母親が忙しく食事を作っており――――――
 けれどその幻も直ぐに掻き消えた。
 ソファーの上に座っているのは、もなと夢幻の魔物・・・
 今回の夢幻の魔物は、普通の人間となんら変わりのないものだった。
 女性めいた顔は美しく、もなを思わせるような瞳は無邪気な色を宿している。
 真帆と麗夜の登場に、もなと彼の視線がこちらに集まった。
 もなが酷く驚いたような顔で真帆を見詰め・・・・・・・・
「誰・・・?」
 その声は怯えているかのようだった。
 瞳は限りなく澄んだ色をしているにも拘らず、どこか濁って見えた。
 もう、その瞳に、心に、真帆は・・・真帆や麗夜だけではなく、夢幻館の住人達も・・・映りこんではいなかった。
「もなちゃん・・・」
 もなの細い肩に触れようと手を伸ばすが、ビクリと怯えた体に触れることは出来なかった。
「・・・麗夜さん、力を・・・貸してください」
「俺には大した力はない」
「もなちゃんに、3人と会わせてあげたいの」
「3人?」
「夢幻の魔物じゃない、もなちゃんの記憶の中で・・・笑う、3人に会わせてあげたいの」
「随分と難しい事を言うんだな」
「私が夢幻の魔法で3人を・・・だから、麗夜さんは・・・」
「ソレは、堪えるだろう?」
 麗夜の言葉に、真帆はすっと視線を下げた。
 きっと、体に堪えるのだろうと言う事を聞いているのだろう。
 ・・・そうかも知れない・・・。
 ソレは簡単な魔法ではない。
 きっと、夢幻の魔物となってしまった3人は現世にとても悔いがあったに違いない。
 そうしてまで、もなに会いに行った・・・その想いを伝えたいと―――――
 けれどソレは、例え麗夜の力を借りても難しいことだった。
 麗夜の力がどれほどだか、真帆には分からなかったが・・・それでも・・・
「でも、伝えないと。3人がもなちゃんに伝えたかった事を、伝えないと・・・」
「・・・自分の持つ力以上の事をやって、寿命を縮める気か?」
「そんなこと・・・!!」
 反論しようとした真帆を見詰める麗夜の瞳は、力強いものだった。
「良いか?“そんな程度のコト”なら、俺がいくらだってやってやる。現の司は俺だ!夢幻の魔物となってこっちにやってきたコイツラは、現の中のただの住人に過ぎない。俺が少し力を使えばその程度の事ならなんの問題もなく出来る」
 それならば、何故やらないのか。
 何故全て、もなに押し付けているのか。
 そもそも、現の司ならば夢幻の魔物を現に送り返すことくらい容易だろう。
 もなのように、出血することも、心を痛めることもないはずだ。
 ・・・それなのに、何故・・・?
 喉まででかかった質問を飲み込む。
 ソレには理由があり、ソレには麗夜やもなでは購えない強いナニカが働いており、ソレには確かに誰かの意志が働いているのだ。
 麗夜でも購えない力・・・命令通りに、従うしかなかったもな・・・。
 “組織”の力なのだろうかと、真帆はどこか遠くで思った。
「ソレをやらなかったのは、出来なかったのは・・・ソレが・・・」
「もう良いよ麗夜さん!」
 核心に触れようとする麗夜を押し留める。
 きっとソレは口に出してもいけないことで、言葉に出そうとする・・・麗夜の表情に浮かんだ影を素早く読み取る。
「ただ、俺の力では3人を出すだけだ。場は・・・お前に任せるよ」
「場・・・?」
「真っ白な空間で、感動のご対面なんて出来ないだろ?」
 麗夜が微かに笑う。それを見ながら、真帆は心底・・・良い人なのだと悟った。
 麗夜の細い手がもなに伸び、何かを念じるかのように瞳を閉じる。
 真帆がそれをサポートするように魔法を展開させ、明るい空間を作り出す。
 風船が飛び、シャボン玉が舞う。花が咲き乱れ、空は高く澄んでいて・・・
 もながクテンと力を失ってその場に崩れ落ちる。
 けれどその顔はとても穏やかで、嬉しそうで・・・きっと、夢の中で会っているのだろう。
 大好きで大切だった3人と―――――
「さて・・・俺は夢幻の魔物を現に還すか・・・」
 もなの隣に座る夢幻の魔物に手を伸ばし、ふっと気がついたように真帆を振り返ると、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
 それは麗夜が浮かべるにしては穏やかで甘すぎる笑顔で、ほんの少し・・・本当に、少しだけ・・・胸の奥が高鳴った。
「ここから先は、あんたが見るべきモノじゃない」
「麗夜さん・・・?」
「もなよりは上手く送り返す事が出来るけれど、それでもやっぱり・・・あんたが見るべきものじゃない。だから・・・お休み、真帆」
 麗夜の手が目の前に伸びてきて・・・それっきり、真帆の視界は真っ黒に染まった。


◇★◇


 パラリと、本のページを捲る微かな音で真帆は目を覚ました。
 真っ白なベッドに真っ白な壁、真っ白なカーテンが揺れている。
 カーテンの向こう、窓が薄く開いているようだ。
 全てが白に統一された部屋の中、隅に取り付けられたテーブルの上に見慣れた背中があった。
「麗夜さん・・・」
「起きた?」
 読んでいた本を閉じ、麗夜が振り返る。
 元々顔色の良くない少年だったが、今は蒼白と言っても良いほどの顔色だった。
「どうして・・・?」
「久しぶりの力だったから、少し疲れただけだよ」
 思わず視線が左手首に伸び、それを察した麗夜が苦笑交じりに手首を見せる。
 そこには何もなく、ただ麗夜の細い手首が捲くった袖の中まで続いているだけだった。
「言ったろ?もなよりも上手く出来るって」
「もなちゃんは・・・?」
「別の部屋に寝かせてる。よく眠ってるよ」
「そう・・・良かった・・・」
 ほっと安堵する。
 麗夜が立ち上がり、真帆の直ぐ隣に腰掛けると目を伏せた。
「・・・夢はいつか覚める。だけど、夢が覚めても思い出は心に残るから・・・」
「そうだな」
「それがある限り、笑顔は消えないでしょう?」
「・・・あぁ」
「幸せは、笑顔のあるところにやってくるから・・・」
「幸せに育ったんだな、あんた」
「え?」
 優しい瞳は諭すようで、それは・・・高い位置からモノを見ている視線だった。
 大人びている顔は真帆と同じ年頃なのに、瞳に宿る色は大人以上の悟りがあった。
「幸せに育ったものにとっては、この館は異様なものに見えるんだろうな・・・」
 遠い瞳はどこを見ているのか分からなく、寂しそうにも見えるその顔は、諦めの色を宿していた。
「真帆、もうこの館に来るな」
「どうして?」
「これ以上、ここに関わってはいけない」
「どうしてそんなこと・・・」
「もなには、兄が2人いたんだ」
「2人・・・?」
「もう1人、今もまだ、生きている兄が・・・」
「どこにいるの!?」
「直ぐ近くに、今も・・・この、直ぐ近くに」
 それならどうして会いに来てくれないのだろうか?
 きっと、もなはその事実を知らないのだろう。もなは、夢幻の魔物になってしまった兄の事しか言っていないのだから・・・
「その人は・・・もなちゃんが妹だって知ってるの?」
「知ってるさ」
「それならどうして・・・」
「どうしてだと思う?」
 間髪をいれずに聞き返され、真帆は口を閉ざした。
 どうして・・・その明白な理由が見つからなかったからだ。
 何故・・・どうして・・・いったい、何が2人の間に横たわっているのだろうか・・・?
「それと、もう1人。もなの母親と兄を殺したヤツも近くにいる」
 窓からの風にあおられて、カーテンが大きくはためく。
 真帆の中で、1本の線が繋がろうとしていた。
 会いに来ない兄と、もなの大切な人を亡き者にした人――――――
「そんな・・・うそ・・・嘘だよ・・・」
「2人が同一人物で、そして・・・この館に一緒に住んでいるんだとしたら?」
「でも、そんなのって・・・」
「言い出せるわけない。アイツは、今でも恐れているんだ。もなが、自分が兄だと気付くことを。そして、自分が・・・実の母親と兄を殺した張本人だと言う事を」
 それが誰なのか、真帆は聞くに聞けなかった。
 聞いてしまえば、後に戻れない気がした。
 季節を感じさせないこの館の中で、穏やかに流れる時の中、明るい住人達の心の奥に沈む・・・過去・・・
「そいつの名前は・・・」

「神崎 魅琴―――――」

 冷たい言葉は真帆の心に張り付いて、晴れることのない闇を引き連れていた。
「もう、この館に来るな・・・」



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女


  NPC / 片桐 もな
  NPC / 夢宮 麗夜


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 愛しき人 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 衝撃的な事実が幾つか出てきましたが、如何でしたでしょうか?
 麗夜は優しいのかそうでないのかよく分からない人ですね(苦笑
 今回でもなの章は終わりになります。
 全てにご参加いただきまして、まことに有難う御座いました!
 

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。