コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


想い深き流れとなりて 〜1、死者からの依頼

 ふと何かの予兆のように空気が張りつめることがある。それは例えば雨の降り出す瞬間だったり、街を歩いていて次の角から見知った人間が姿を現す直前だったり、電話が鳴りだす寸前だったり。
 闇の中、その些細な緊張感を捉えたクミノが目を開けると、それを待ってきたかのようなタイミングで電話が着信を告げた。1コールと鳴らさず、クミノは通話ボタンを押す。
「草間だ。こんな時間に済まないが、緊急事態なんだ」
 電話の向こうから聞こえる声に、ちらと時計に目をやれば、ちょうど日付が変わろうかという時刻を指しているのが見えた。
「護衛を頼みたい。対象の名前は大川愛実(まなみ)、神聖都学園高等部3年生、学生寮に入っている」
 草間がそこまで言った時にはもう、クミノは電話を肩にはさみ、呪符に護符、兵装搭載可能半自動式移動監視装置やらの装備を整え始めていた。護衛という話なら、初動の遅れが命取りになるケースだってある。依頼内容を聞いている時間さえ惜しい。
「依頼人は対象者の姉で、今こっちに来てるんだが、何でも殺人現場を目撃したらしい。そしてその時、妹と電話中だったそうだ。依頼人はその場で殺されたそうなんだが……。どういうわけだか、うちに来てな、まあ、そこは、何だ……」
 草間はもごもごと言葉を濁した。どうやらこの男、いまだに往生際悪く「怪奇探偵」の名から逃れようとしているらしい。
「そんなことはどうでもいいから、事件の詳細を」
 そんなことを聞くために時間を無駄遣いする気はない。クミノは草間に言い放ちながら、さらにパトライトに、サイレン音を収録した音響装置を荷物に加えた。そして携帯電話をインカムにつなげ、それを装着する。
「あ、ああ、済まない」
 草間がそう言った時には、クミノは既にネットカフェの上階にあたる自宅の窓を開け放っていた。不夜城東京の無数の灯を受けて、鈍い闇色をしている夜空からは、生温い風が申し訳程度に吹き込んでくる。
「依頼人の名前は木下朱美。殺人犯の顔は目撃している。殺害方法は、ナイフで頸動脈を一撃。おそらくはプロの仕業だろう。犯人は朱美の携帯電話を持ち去っている。履歴を見れば現場目撃時の電話相手の割り出しはごく簡単。電話帳に寮の住所と電話番号も登録しているため、居場所の割り出しも容易だと思われる」
 今もっとも優先すべきは、大川愛実のいる学生寮に行くことだ。草間の話を聞きながら、クミノは窓枠に足をかけ、夜空に身を躍らせていた。障気が小柄なクミノの身体を持ち上げ、目的地へと向かって押し出す。街中なら、乗り物を使うよりもこちらの方がずっと早い。神聖都学園学生寮までは、せいぜい数十分というところだろうか。
 依頼人が死者ということで、実際の事件は実は10年も前のことだった、ということもあり得る状況ではあるが、今回に限ってはそのようなことはなさそうだ。万一、そうであったとしても、遅れをとるよりはよっぽど良い。
「犯人の容貌は?」
 その瞳は一点に据えたままで、闇色の空に舞いながら、クミノは頭の中で情報を的確に整理していく。
「それはまだ聞けてないんだが……。詳しい話を聞き次第、追って連絡する」
「ああ、わかった。とりあえず今、寮へと向かっている。あとは、大川愛実と寮に警告を入れた方がいいな」
「大川愛実へはシュラインが連絡をとってくれている。寮の方にもこちらから心当たりに当たるつもりだ」
「相手がもしも人外ならば、防護を固めたことで却って悟られる恐れがあるが……」
「朱美も能力者ではないからな、断言はできないが……、今のところそれらしき兆候は聞いていないな」
「そうか、なら続報を待つ」
 シュラインが連絡をとってくれているなら、間違いはないだろう。そちらは任せることにして、クミノは短く返事をすると、電話を切った。
 ふと眼下を見やれば、ビルの窓、信号の光、企業のネオンサインなど様々な光が呼吸をするかのように明滅している。夜中だというのに車が行き交い、大通りには人の姿さえ見える。足下のおぼつかないサラリーマン、虚飾とも思える華やかな衣装に身を包んだ女たち、どこへ向かおうというのか、妙に生き生きした顔の若者。
 けれど、誰もが自分のことに精一杯なのか、頭上を見上げてみようという者はいない。もっとも、見上げたところで、光学迷彩を施し、霊波さえ隠蔽しているクミノの姿を捉えられる者などいようはずもないのだが。
 クミノは先を急ぐべく高度を上げた。
 たちまち視界は広がって、光の灯らない闇の領域が目に入る。いくら眠らない街といっても、大通りを少し中に入れば、そこは文字通りの死角になる。そこで人知れず失われる命も、決して少ないわけではない。
 顔を上げれば、遠くに黒々とした闇の塊が目に入る。この時間にほぼ完全に眠る場所、学校だ。その片隅に、わずかに光がぽつりぽつりと灯っている。あれが学生寮だろう。
「草間だ。続報を伝えるぞ」
 バイブレーションだけで着信を告げた電話を通話モードにすると、聞き慣れた声が耳から飛び込んできた。
「黒冥月(ヘイミンユェ)は知っているな? 先ほど寮へ向かった。あいつの能力からして、すぐに到着するはずだ。冥月が、犯人の似顔絵を持っている。朱美が描いたものだが、かなり緻密なものだ。十分に有用だと思う。それと、弓削森羅(ゆげしんら)という神聖都学園高等部1年生の男子生徒と連絡がとれた。都合の良いことに、今、学生寮にいるらしい。寮の警備強化の手配を頼んでおいた。そちらではこの2人と連携をとってくれ」
 黒冥月といえば、裏の世界で名を馳せた元凄腕の暗殺者で、今は時折用心棒やら草間の手伝いやらをしているはずだ。なるほど、今回の任務には適任と言える。
「こちらではシュラインが引き続き愛実と連絡をとってくれている。それと菊坂静(きっさかしずか)が待機してくれる手はずになっている。奴は幻術の使い手だからな、今後の展開によっては力を借りることになると思う。あ、もちろんお前たちを信頼していないわけではないぞ」
「わかっている」
 半ば苦笑まじりにクミノは返事をした。今回は、どれほど犯人に時間的なアドバンテージがあるかわからないのだ。手厚い手配をするのはごく自然な成り行きだろう。
「では、私は犯人捕捉に専念する」
 護衛といっても、愛実に長時間密着して守るのは実際不可能だ。となると、犯人を捕まえるのが最良の策ということになる。草間がこれだけ周りを固めてくれたのなら、気兼ねなく犯人捕縛のために動けそうだ。
「ああ、頼む。気をつけてな」
 草間が短く言って、通信が切れた。クミノは再び、だいぶ大きくなってきた学園寮を見据える。あとは、犯人より自分たちの到着が早いことを祈るのみだ。

「冥月さん? いますか?」
 寮の屋上に降り立ったクミノは、低い声で呼びかけた。
 時間的に冥月の方が先に到着していると思われたし、この状況で待機するなら、自分なら屋上に身を隠すとふんだのだ。
 光学迷彩に霊波隠蔽までしているクミノはもちろん他者から見えないし、冥月も他者からすぐに見えるような格好をしているとは思えない。このまま互いに出会えなかったらそれはそれで笑えない。もっとも単純で原始的だが、声をかけるのが結局は一番だ。
「……クミノか」
 果たして、手すりの影から、冥月が音もなく姿を現した。クミノも光学迷彩を解く。
「私は先ほどたどり着いたが、怪しい人間が身を潜めている様子はないな」
 瞳を閉じたままながら、隙を感じさせない雰囲気で、冥月は言う。
「確かに……、私の方もこれといって怪しい人間の気配を感じません」
 注意深く周囲に気を配りながら、クミノも答えた。
「そうだ、犯人の似顔絵を預かってきている。この男に心当たりはあるか?」
 冥月が素早く紙を取り出した。
「ありがとう」
 クミノはそれを受け取り、街灯の光にすかして見た。そこには巧みな似顔絵が描かれていたが、クミノの知らない顔だった。
「いえ……、知らない顔ですね」
「そうか」
 頷いた冥月が、ふと何かに気づいたように軽く眉を動かした。
 ほぼ時を同じくしてそれに気づいたクミノも、足下に注意を向ける。女子寮が騒がしい。どうやら何人もの人間が廊下を行ったり来たりし、部屋の移動をしているようだった。
「避難を始めたようですね」
 どうやら草間が手配してくれた通報が功を奏してきているらしい。
「これで独りでいるよりは危険が少ないが……、無人の部屋があるな。よもやと思うが……」
 冥月が厳しい表情のままで呟いた。
「確認の必要があるな」
 そう続けて呟くなり、冥月はクミノの手をとった。途端にクミノの足下は溶けて、クミノの身体は冥月共々沈み行く。次に感覚が戻った時、クミノと冥月は寮の廊下とおぼしき場所にいた。すぐ目の前にある部屋の扉には「大川愛実」とあった。
「大川さん、非常事態っす」
 そして、その扉を茶髪で長身の少年が激しく叩いている。彼が草間の言っていた弓削森羅だろうか。
「どうやら不在のようだな」
 既に部屋の中を気配を探ったらしい冥月が声をかけた。少年はよっぽど驚いたのだろう、肩をびくりと震わせて、ゆっくりと振り向いた。
「弓削森羅さん?」
 確認のためクミノが聞くと、少年はあっけにとられた顔をしたままで頷いた。
「ササキビクミノです」
 森羅も草間から自分たちのことは聞いているはずだ、説明は不要だろう。クミノは必要最低限、自分の名前だけを名乗った。
「黒冥月……。草間から話は聞いているな?」
 続いて冥月も名乗りを上げた。まだ驚きから醒めない様子ながら、森羅も事情を把握したようだ。そう見たクミノは手早く草間興信所に電話をかける。
「こちらササキビクミノだ。大川愛実の部屋の前にいる。対象の不在を確認した」
「何? 大川愛実は寮の自室にいない?」
 電話の向こうの草間の声には焦りの色があった。
「そちらで連絡はとれていないのか?」
 じわりと嫌な予感が湧いてきて、クミノは尋ねた。
「いや……、こちらもまだだ。連絡はついていない」
「そうか……、こちらでも捜索に入る」
「ああ、頼む」
「あと、冥月さん、森羅さんと合流した」
 一応報告をしておいて、クミノは通話を切った。
「これは、犯人に既に呼び出されたと見るべきか……。どこへ向かっているかわからないのは厳しいな」
 話の内容を察したのだろう、冥月が軽く眉を寄せる。
「せめて、愛実先輩の愛用の品に触れられれば、もしかしたら……」
 森羅が唇を噛んだ。
「ふむ、そうか。不法侵入かもしれんがやむを得ないな」
 冥月がおもむろに呟くと、森羅の腕をつかんだ。と思いきや、2人の姿は影の中へと消えて行く。おそらくは愛実の部屋の中へと移動したのだろう。クミノはそのまま2人の帰りを待つことにした。
 しばしの時間の後、クミノの電話が鳴った。
「こちらササキビクミノ」
 クミノはインカムに向かって低い声で囁いた。
「草間だ。大川愛実に連絡がとれた」
 向こうからはやや上ずった声が返ってくる。
「朱美の携帯電話から愛実にメールがあったらしい。新池公園に呼び出されて、そこに向かっているところだった。愛実には、シュラインが指示して、公園から南西方向250m程にあるコンビニに向かわせている。愛実のいた時点からは西に通り2本入ったところで、朱美が愛実を迎えに行く予定だ」
「ふむ」
 クミノが頷くと、草間も頷き返す。
「シュラインと静は、愛実のいた地点に向かっている。そこから静が愛実の幻を公園に向かって歩かせることになっている。クミノたちも至急向かってくれ」
「わかった」
 クミノは短く返事をして、電話を切る。と、そこへタイミングよく森羅と冥月が戻ってきた。
 早速、クミノは先ほどの内容を2人にも話した。
「犯人は公園で待ち伏せしているか、それとも途中で襲うつもりだったのか……」
 もしも後者なら、愛実の身の安全の確保が何より必要になってくる。うまく静の幻に引っかかってくれれば良いが、いかんせん愛実のいた位置が公園に近すぎる。犯人が愛実本人の方を先に見つけてしまう可能性もまだ捨てられない。
「これだけ位置情報があると、愛実を見つけ出すのは難しくなさそうだな」
 クミノの言わんとすることをすぐに察したらしい冥月が、小さく頷いた。愛実を探すのは、クミノよりも冥月の方が適任であることには間違いない。
「では、私は公園に」
 もし、犯人が公園で待ち伏せしていたなら、さっさと捕縛してしまえばいい。いなければ、そこからシュラインたちに合流すればいい。クミノは短く言い残すと、再び光学迷彩を身にまとった。冥月や森羅の目から見たら、たちまちのうちにクミノの姿は掻き消えたはずだ。
 クミノはそのまま、廊下の窓を開け放ち、障気で自らの身体を持ち上げた。
 夜の街を再び見下ろし、新池公園へと直線で飛ぶ。やがて、寝静まった住宅街の一角に、ぽつんと忘れられたような小さな公園が現れた。余った区画に申し訳程度に遊具を置き、周囲を植え込みで囲って公園にしました、と言わんばかりのこぢんまりさだが、見るからに人通りは少なく、死角が多い。殺すために人を呼び出すにはうってつけだろう。
 クミノは半自動式移動監視装置を公園内に放ち、自分の感覚でも辺りを探り始めた。
 ほどなくして、遊具の陰に身を潜めている男を見つける。帽子を目深にかぶったその男の顔は見えなかったが、かつて裏の世界にいたクミノには匂いでそれとわかる。まちがいなくこの男は、裏の世界に属する者だ。その証拠に、男は自らは死角に身を潜めながら、2つある公園の入り口はその視界に収め、それとなく何度も伺っている。
「人待ちか?」
 クミノはいきなり声をかけた。男の肩がびくりと跳ね上がる。
「貴様、何者だ?」
「人に名を聞く時には自分から名乗るものではないのか?」
「……誰に雇われた?」
 相手は姿の見えないクミノの正体を見極めようというのか、動揺を押し殺したような低い声で問いを重ねる。
「あの雑誌記者の件なら、残念だが既にこちらの仕事は終わったぞ。とんだ無駄足だったな」
 探りを入れているようで、男は自分が人を殺したと白状しているようなものだった。
「顔まで見られておいて何を言う」
 さらにクミノはカマをかける。
「目撃者ならきちんと始末した。後のこともきちんと片付けるさ」
 どうやら男は、クミノが仕事をし損じた自分を片付けにきたと結論づけたらしい。だが、この言葉は決定的だった。この男が朱美を殺害し、愛実を待ち伏せている犯人に違いあるまい。
「お前の戯言など聞く気はないな」
 クミノが冷たく言い放つと同時に、闇に銀色の光が閃いた。それは正確にクミノの首筋を捉えていた。
 腐ってもプロと言うべきか、男も会話の間にクミノの立ち位置を割り出していたらしい。
 が、せっかくの一閃も、クミノの周囲に存在する障壁によってあえなく無力化され、クミノにかすり傷ひとつつけることもかなわない。
「っち……」
 男は舌打ちをすると、さらにナイフを繰り出した。
 が、やはりそれは障壁に阻まれてクミノの身体に届くことはない。
「……」
 無駄に戦闘を長引かせる必要もない。クミノは素早く武器を召喚した。瞬きをするほどの間もなく、クミノの手の中に現れたのはスタンガンだった。
「……ぐっ」
 クミノが素早くそれを押し付けると、男は一声呻いて昏倒した。
 クミノは慣れた手つきで男の両腕を背中に回し、本人の上着で拘束する。
「これで片付いたか……」
 呟きながら男の帽子を払いのけて、クミノは顔をしかめた。帽子の下から出てきた顔は、似顔絵とは似ても似つかぬ顔だった。状況的にここまで一致していながら別人だった、という可能性は低いと思われたが、確認を怠るわけにはいかない。
「おい、起きろ」
 クミノは男の頬を軽くはたいた。
「……う……ん」
 数度目で男は薄く目を開ける。しばしの間もうろうとしているようだったが、すぐに意識がはっきりしたらしい。光学迷彩を解いたクミノを見て、苦々しげに顔をしかめた。
「ふん、鵙(モズ)ともあろうものが、こんな小娘に遅れをとるとはな」
「鵙だと?」
 クミノは軽く眉を寄せた。
 鵙といえば裏の世界でそこそこ名の知れた殺し屋だ。変装の名人とかで、誰も素顔を知らないとされている。他の鳥の鳴きまねが得意な鳥にちなんでこう呼ばれているが、評判は悪い。というのも、仕事の際、必ずといって良い程、ターゲット以外の人間も殺すのだ。むしろ、鵙の名はこの「早贄」にちなむとさえ言われているくらいだ。
「見られたのが素顔でないなら、わざわざ目撃者を殺す必要もあるまい」
 クミノは忌々しげに吐き捨てたが、男は低い声でくくくと笑った。
「必要はなくとも意味はあるのさ」
「……ずいぶんと余裕だな」
 クミノは男を見下ろした。まるで、手足を拘束されていることなど、何とも思っていないようだ。少なくとも、このまま警察に突き出されても逃げ出せることを確信しているようだった。
「まあな」
 男はにやりと笑う。
「お前にはもう1人の鵙を見つけられまい」
「……」
 クミノは無言で再び男にスタンガンを押し当てた。
「それだけ聞けば十分だ」
 呟き、手早く通信を入れる。
「冥月さん? 犯人と交戦、拘束したが、相手はもう1人いるらしい。ちなみに、相手は鵙だ。似顔絵は参考にならない」
「わかった。それはこちらで何とかする」
 冥月からは短い返事が返ってきて、通信は切れた。続いてクミノは草間興信所にも連絡を入れる。
「そうか、ご苦労だったな」
 経過を聞いた草間からねぎらいの言葉が返ってくる。
「まだ終わっていない」
 もう1人はまだ捕まっていないのだ。クミノは表情を緩めることなくそれに答えた。
「あと、犯人はおそらく能力者だ」
「なるほど、IO2に引き取ってもらうか。すぐに連絡する」
 草間との通信を切った後、クミノは男の縛めに能力封じの護符を追加した。
 それでも一応はこの男を見張った方が良いだろう。もう1人が気になるが、冥月なら任せておいても大丈夫だろう。クミノが軽く溜息をついた時、不意に木蔭から冥月が姿を現した。その腕にはもう1人、男が抱えられている。
「片付いたぞ、クミノ」
 その男を昏倒している男の隣に転がして、冥月が手を払った。
「双子の能力者か……」
 冥月の言う通り、転がった2人の男の顔は瓜二つだった。
「持っている能力も同じなのだろうな。……おそらくは、自分が殺した相手の容姿と能力を奪い取る……。こいつは、朱美の姿をして愛実を襲おうとしていた」
 冥月は冷ややかな目つきで男を見下ろし、あごをしゃくった。
「……」
 必要はなくとも意味はある、あの男が言っていたのはそういうことらしい。
 ただ、自分のとれる姿を増やすためだけに人を殺す。裏の世界に身を置き、たくさんの人間を殺害してきたクミノでさえ、この男の行為には眉をひそめたくなる嫌悪感を禁じ得ない。
 前方から足音がして、草間から連絡を受けたのだろう、黒服に身を固めたIO2のエージェントたちが公園に入ってくるのが見えた。
 エージェントたちはクミノと冥月に手短かに礼を述べると、さっさと男たちを連れ去った。
「終わったな」
「そうですね」
 夏の夜は短い。東の空は、早くもうっすらと白んできていた。
「では、私は帰ります。草間によろしく」
 犯人を無事に捕縛、引き渡しした以上、クミノの仕事は終わったはずだ。
「ああ、またな」
 クミノは再び光学迷彩を身にまとった。来た時と同じよう、障気を足下に集めて、自分の身を持ち上げる。眼下に、静かに眠る街が広がった。

<了>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【6608/弓削・森羅/男性/16歳/高校生】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
皆様のおかげで、無事、犯人捕獲、護衛ともに成功しました。本当にありがとうございます。
今回は、事態がかなり差し迫っておりましたので、割と皆様個人個人で動いて頂いています。お暇な時に他の方の分も読んで頂ければ全体像がわかりやすくなってくるかもしれません。
また、当ノベルはシリーズものの第一作となります。お気が向かれましたら、次話以降にもご参加いただければ幸いです。

ササキビ・クミノさま

はじめまして。この度はご参加ありがとうございました。お会いできて非常に嬉しいです。
クミノさんには、経歴から割とドライな(少なくとも人前ではそういう態度をとる)方のような印象を受けました。ので、人情ドラマ的な部分よりも、捕り物劇的な部分に重点を置かせて頂きました。万全の装備と、冷静な状況判断で展開を助けて頂きました。ありがとうございます。
口調は、敬語を使われるという設定だったので、報告、作戦や任務に関わる内容は常体で、人に対して自分の考えを述べる場面では敬語で、という形にさせて頂きましたが、不都合でしたらご遠慮なくおっしゃって下さい。

ご意見、苦情等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。