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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


リッパー事件

 クラスター。それは日本の総合コンピュータ企業ターボマグナテック社が満を持して世界に公開した世界最大規模のネットワークRPGである。
 現代社会を模した世界観の中に、魔法や悪魔、亜人種やモンスターなどを配置し、独自の歴史観を登場させることで、なじみのある景色が異世界という、摩訶不思議な世界を築いている。
 この世界にルールは存在しない。剣、銃、魔法などを駆使して悪魔や異形の怪物を退治するもよし、仲間と組織を結成することもできる。だが、ルールをプレイヤーのマナーに依存するあまり、プレイヤーキラー、いわゆるPKが横行していることは大きな問題だ。それゆえに初心者離れが激しいゲームであるともいえる。
 最近はPKを狩るPKKが登場し、一種の自警団のようなものを形成して、システムが運営する警察機構とは別に、街の治安を守るように努めている。PKするのもプレイヤーであり、それを防ぐのも同じプレイヤーというわけだ。すべてはプレイヤーたちのマナーにかかっているところが、このゲームの長所であり短所でもあるといえるだろう。

 いわゆる悪魔使い事件から数週間が過ぎようとしていた。ゲームは落ち着きを取り戻し、かつての賑わいを見せていた。悪魔使い事件以降、プレイヤーたちの間では「悪魔使いに会うと不死身の肉体になるらしい」などという噂が広まり、悪魔使いを探す、あるいは倒すことを目的とした組織が数多く設立された。
 そんな中、再びゲームの住人となった瀬名雫は、自分が所属する民間治安維持団体「レッド・エンジェルス」のホームにいた。渋谷のセンター街にホームを構えるレッド・エンジェルスは、PKをするプレイヤーを狩るPKKを主に行っている団体だ。
 各プレイヤーは所定の手続きを踏むことで独自の組織を結成することができる。ギルド、マフィア、幇と呼び方は様々で、その活動内容も組織運営者の意思に任されている。だが、あまりにも他のプレイヤーに対して迷惑となる犯罪行為などには、ゲーム内の警察機構による取り締まりが行われ、悪質なものにはIDの抹消など厳しい処分が課せられる。
「リッパー?」
 聞きなれない言葉に雫は首をひねった。
「そう。悪魔使い事件以降、この渋谷に現れた切り裂き魔」
 エンジェルスのメンバーが雫の疑問に答えた。
「切り裂き魔だからリッパー? なんだか安直なネーミングだなあ……」
「そう言われてもねえ」
 的違いな雫の指摘にメンバーは苦笑した。
「でも、かなり被害者が出てるんだ。PKされたコもいるし、ウチらとしてはほっとけないってわけ」
「まあ、そりゃそうだよね」
 PKKを業務とするエンジェルスとしては無視することのできない事件というわけである。
「みんな、それを調べてんの?」
「そうだね。ほかのPKもあるから、全員てわけにはいかないけど、団長とかもリッパー探してる」
 エンジェルスは自警団体としては、この渋谷地区最大の人数を誇っている。その団長が先頭に立っているというのだから、かなり酷い事件なのだろう。このところ、悪魔使いのところに入り浸っていた雫には、初耳であったが。
「じゃあ、あたしも探してみよっかな?」
 久しぶりに自警団らしいことでもしよう、と雫は思ったのだった。

「お久しぶりですね」
 レッド・エンジェルスのホームに顔を見せた男性に雫は思わず眉をひそめた。
「誰?」
 全身、黒ずくめの人間。どこかで見たような気もするが、知り合いにはいなかったような気もする。
「おや? わかりませんか?」
 男性が言った。外見は30代前半に見えるが、それはPCボディーであって実際の年齢とは関係ない。
 中には老人の姿をした小学生や、子供の姿をした老人のプレイヤーもいる。
 ちなみに雫はエルフの女性だ。年齢設定は16としているので、実年齢よりも少し上ということになる。ハンドルネームは「雫」となっているが、その名前とPCボディーだけで彼女が瀬名雫であると気づく人間はいない。
「ジェームズ・ブラックマンですよ」
「ええっ!?」
 その名前に雫は驚いた。現実世界では何度となく面識がある人物だったが、ネットワークゲームをやるような人間とは思っていなかったからだ。
「ゲームでも、相変わらず黒ずくめなんだね?」
「最初の感想が、それですか」
 苦笑を漏らしながらジェームズが答えた。
 この「クラスター」というゲームでは、PCボディーの作成は何百万通りのバリエーションから選ぶことができる。そのため、現実の自分に姿形を近づけようとするプレイヤーも少なくない。
「人間にしたんだ。どうせなら、ドワーフとかエルフにすれば良かったのに」
「ガラではないんですよ、亜人種というのは」
 プレイヤーは人間以外にも、ドワーフやエルフなどの亜人種を選択することができる。スキルなどを考慮すれば、それこそ世界に1つだけのオリジナルPCを作り出すことは、そう難しいものではない。
「でも、なんでジェームズがウチのホームにいるわけ?」
「例のリッパーをレッド・エンジェルスが狩るという噂を聞きましてね」
「あー、なるほどね」
 渋谷最大の自警団体であるレッド・エンジェルスの動向は、様々なところで注目されている。
 そのエンジェルスが無差別にPKを行うリッパーを探しているともなれば、その噂が掲示板やチャットを中心に広まっていてもおかしくはない。
「協力してくれるってこと?」
「ええ。ちょうどいい、暇つぶしになりそうですから」
「あっそ……」
 ジェームズの言葉に雫は半眼で呟いた。

「さて、どこから探そっか?」
 センター街に出た2人は、通りを歩くPCたちを眺めながら考えた。
 普段、見慣れたセンター街と同じ造りをしているにも関わらず、2人の目の前に広がっているのは、どこか異次元のような印象を受ける。
 人間に混じり、エルフ、ドワーフ、ワーウルフなどが闊歩し、その姿も思い思いだ。
「なにか情報はないのですか?」
「うーん……一応、ウチのメンバーが調べてるらしいんだけど、今のところ渋谷でしか活動してないってことかなあ? もしかしたら、この中にいるかもね」
 通りを歩くプレイヤーたちを指差して雫が言った。
「ジェームズって、メインスキルはなに?」
「メイジですが?」
「じゃあ、探索系、選択してる?」
「ええ、攻撃系と補助系をメインに伸ばしていますが、探索系もありますよ」
「そっか……」
 それを聞いて雫は考え込むように黙った。
 メインスキルとは、このゲーム内での職業のようなものだ。クラスターは他のゲームとは異なり、厳密な職業という概念が存在しない。
 プレイヤーは何百とあるスキルの中から好きなものを選び、戦闘やクエストなどで得た経験値を付与することで成長して行くことができる。つまり、近接戦闘系のスキルを成長させた後、魔術系のスキルを取得することもできるというわけだ。
 ただし、経験値を得ることは決して容易ではない。そのため、あちこちのスキルに手を出すと、汎用性はあるが戦闘能力の低いキャラクターとなってしまう。
 メイジとは魔術師という意味で、主に魔術系のスキルに特化したプレイヤーをそう呼んでいる。
「あ、でもダメだ。シーカーが使えるかと思ったけど、リッパーのHNがわからないと使えないや」
「それは、私も考えましたよ」
 雫の言葉にジェームズは苦笑した。
 探索系の魔術に方位特定魔術〈シーカー〉というものが存在する。これは特定のプレイヤーを一定時間、追跡するというもので、その使用にはプレイヤーのハンドルネームがわからないと使えない。
「でも、意外だなあ。ジェームズならサムライとか選んでるって思ったんだけどなあ」
「ゲームの中ですからね。せっかくですから、魔法も使ってみたいではありませんか」
「まあ、それもそっか」
 実際、雫も魔法が使いたくて種族をエルフにしたのだった。
 クラスター特有の魔術体系として、魔術は大きく分けて錬金魔術と精霊魔術の2つが存在している。錬金魔術は後天的に取得することができるが、精霊魔術はエルフという種族にのみ与えられた固有スキルである。
 基本的な魔術の内容に差はないが、錬金魔術だけのオリジナルスキル、精霊魔術だけのオリジナルスキルがあり、その辺りはプレイヤーの選択次第で大きく変わる。
 サムライとは、近接戦闘に特化したスキルを保有するプレイヤーの総称である。かつて接近戦では世界有数の実力を誇ったとも言われる侍をもじり、そう呼んでいる。
「地道に探すしかないようですね」
「まあ、団長とかも探してるから、すぐに見つかると思うんだけどね」
 気楽そうに言い、雫はセンター街を歩き出した。

 何人かのプレイヤーに聞き込んでみたところ、リッパーの噂は渋谷地区を中心にかなりの広範囲に広まっているということが判明した。
 現時点では渋谷に被害が限定されているが、いつまで渋谷に留まっているのかはわからない。リッパーがその気になれば、瞬間的に地区を変えて犯行を行うことができるからだ。
「ちなみに、これまでにリッパーに襲われながらもPKされていないプレイヤーからの情報はあるのですか?」
「あると思うよ。ちょっと、待って」
 雫はそう答え、データベースにアクセスした。
 システムによって承認された各組織には、組織のメンバーだけが使用できる共有のデータベースが与えられる。専用の掲示板やチャットルームも内包したデータベースは、メンバーの情報交換に役立てられている。
「うーんとね、吸血鬼のカッコしてたらしいよ?」
「吸血鬼ですか?」
 ジェームズは思わず眉をひそめた。プレイヤーが魔物系のPCボディーを選択することはできない。
「モンスターの暴走ですかね?」
「だとしたら、管理者が放っておかないと思うよ? 前みたいに運営を一時的に停止するって」
 悪魔使い事件を思い出しながら雫が言った。
「だとしたら、チートでしょうね」
「それしか考えられないよね」
 チートとは直訳すれば「騙す」という意味だが、コンピュータ用語ではメモリエリアなどに細工をすることで、プログラムを意図的に誤作動させる行為を指している。
 いうなればプログラムの不正改竄であり、こうしたゲームでは能力値を不正に向上させたり、容姿を改造したりするプレイヤーが後を絶たない。
「容姿をチートしているのなら、いつまでも吸血鬼の格好をしているとは思えませんね」
「あ、そっか。別のカッコに変えるかもしれないね」
「ここまで騒がれているのですから、その可能性は否定できません」
 本当にそうなれば厄介でしかない。変幻自在に容姿を変えるリッパーに対して、各プレイヤーへ注意を促すこともできなくなる。
 しかし、逆説的に言えばリッパーのプレイヤーは少なくともチートを行える程度にはシステムに精通した人間であるということでもある。あるいは、別の人間からチートデータを入手したということも考えられる。そうした場合には、リッパーはそう簡単に容姿を変えることができないともいえる。
 それは、まさしく賭けにも等しいといえた。
「まあ、いざとなったら、裏技を使うけどね」
「裏技ですか?」
「そう、裏技」
 ジェームズの顔を見て、雫はにんまりと笑った。

 雫とジェームズは東京都庁舎の屋上にあるヘリポートにいた。243メートルの高さから新宿や中野区などの景色を一望することができた。いくらゲームの中だとわかっていても、このリアルな風景は現実と大差ない。
「ども、元気にしてた?」
 ヘリポートの中央に立つ男へ雫は気楽そうに声をかけた。
 その男は外見からして明らかに異質だった。首から下は高価そうなスーツを着ているが、顔の左半分がない。右側は中年男性の顔立ちをしているが、左側は黒い塊のようにしか見えない。
「久しぶりというほどでもない。昨日も会ったはずだ」
 男は右半分の顔に微笑を浮かべながら言った。
「まあ、そうかもね」
 そう答え、雫が肩をすくめた。
「雫さん。この方は?」
「ああ、ごめんごめん。紹介するわ。このクラスター最大の怪異、電子生命体、悪魔使いよ」
「電子生命体?」
 雫の説明にジェームズは顔をしかめた。
 生命とは、生物が個の存在として自己を維持、増殖、外界と己を隔てる活動の総称だが、現段階ではっきりとした定義を与えることは困難である。また、ある意味においては自己複製を繰り返し、かつ変化して行く存在であるとも考えられ、その場合は細胞や代謝などは重要な問題ではない。そうした意味では既存の生物だけが生命とは言えなくなり、一般的に抱かれている生命の概念を根本から見直すことも必要となってくる。
 端的に言うなれば現代科学では生命を定義することはできない。また悪魔使いがプログラムであったとしても、自己を維持し、増殖させ、外界と個を隔離することができるとするならば、それは新たな生命であると言えなくもない。
 この「クラスター」には1日に数百万人のアクセスがあり、同時に数十万人の多種多様な人間が行動する一種のコロニーでもある。そうした有象無象の思念を受け、一種の残留思念がデジタルの海で突然変異を起こし、こうした存在が誕生したのだとしても、ジェームズは驚きを感じなかった。科学のすべてが人の手の内にあるとは限らないからだ。
「なるほど。この方が噂の悪魔使いですか」
「そう。でも、悪いヤツじゃないよ」
 以前、悪魔使いによるPK事件というものがあった。悪魔使いにPKされたプレイヤーは昏睡状態に陥り、それが原因でこのゲームは一時的に運営を停止せざるを得なかったほどだ。だが、実際にはPKされたのではなく、悪魔使いが情報を得るために各プレイヤーの脳波を読み取った際、データのフラッシュバックが起きて脳が一時的にフリーズしたために起きた現象であった。
 この「クラスター」が誇る画期的なシステムは2つあり、1つはB‐DASHと呼ばれる脳波感知制御システム。これはヘッドマウントディスプレイに酷似した形状をしており、人間の脳波を感知してゲームの操作を行い、映像を網膜へ投影することでモニターなどを通すのではなく、直接、自分の目で見ているように感じるというものがある。
 もう1つは12ヶ国語に対応している同時翻訳機能。母国語で文字を思い浮かべてもすぐに相手の国の言語へ変換されることから、地域を問わずにプレイヤー同士で会話を楽しむこともできる。他にもクラスターの特徴はあるが、この2点がクラスターを世界最大級のネットワークゲームにした要因と言えるだろう。
 ターボマグナテック社の公式発表では、2年以内に音声による会話を実現するとなっているが、現時点では頭で思い浮かべた言葉がD‐DASHを介して文字に変換され、それでチャットを行うというものでしかない。
「雫。彼は?」
 悪魔使いがジェームズを見ながら訊ねた。
「彼はジェームズ。あたしの友達」
 雫の言葉にジェームズは悪魔使いへ会釈した。
「ところで、リッパーって知ってる?」
 不意に雫が言った。
「渋谷地区に出没している切り裂き魔のことか?」
「そうそう」
「知っている」
「IDやHNも?」
「ああ」
「ちょっと、教えてくれない?」
 その会話を眺めていたジェームズは、まさに裏技だ、と感じた。
 電子の海を自由に泳ぎ回り、システムから自在に情報を引き出すことのできる悪魔使いは、第2の管理者に等しいともいえる。それが自我を持ち、自由にゲーム世界を闊歩しているのだから、ある意味では「タチ」が悪い。
 また、雫から聞いた話では「クラスター」を管理するエンジニアたちには悪魔使いの姿を捉えることができないらしい。どうした仕組みになっているのか、悪魔使いを見ることができるのは、特定の条件を有したプレイヤーに限られているようだ。

「3分前に渋谷地区にログインしたってさ」
 文化村通りにあるオープンカフェの椅子に腰かけながら雫が言った。
「わかりました」
 そう答え、ジェームズは悪魔使いから教えられたハンドルネームを目標に設定して方位特定魔術〈シーカー〉を発動させた。
 視界の隅に光点と、その周辺の地図が表示される。どうやら、光点は渋谷駅からスクランブル交差点を渡り、センター街方面へ向かっているようだ。
「今、センター街へ入りました」
「じゃあ、行こっか」
「そうですね」
 2人は立ち上がり、通りを渡ってセンター街へ入った。
 光点との距離が徐々に縮まる。
「あれじゃない?」
 雫が指差した先には、1人の青年がいた。黒革のジャケット身に着けた10代後半の若者である。青年はなにかを物色するかのように、周囲を見回しながら歩いている。
「吸血鬼ではありませんね」
「そうだね」
 しかし、吸血鬼姿のままログインするほど馬鹿ではないだろう、とジェームズは思っていた。リッパーがそれほどの馬鹿ならば、ここまで被害は拡大しなかったはずだ。
「どうしよっか?」
「私に考えがあります」
 そう言ってジェームズは青年に近づいて行く。
「すみません。ティオさん、ですか?」
 センター街の中ほどでジェームズは青年に声をかけた。青年が驚いたように振り返り、訝しげな表情をしてジェームズを見やる。
「そうだけど、あんた誰?」
「別名リッパーさん、ですよね?」
 青年――ティオの質問には答えず、ジェームズは言い放った。その瞬間、ティオの顔に驚きと怯えの混じった表情が浮かんだ。
 直後、ティオの全身を包み込むかのように外装に変化が生じ、その姿は瞬く間に中世風の吸血鬼へと変わった。
「やれやれ、こうも簡単に正体をさらされては面白くないのですが……」
 ため息混じりに吐き捨て、ジェームズはいくつかの魔術を発動させた。反射神経向上、魔力値向上、抵抗力向上などの魔術だ。
「ぶっ殺す!」
 吸血鬼となったティオが怒りをこめた視線をジェームズへ向けた。
「おやおや、逆ギレですか? これだから、お子様は困るんですよね」
「うるせえ!」
 ティオが瞬時に間合いを詰め、回し蹴りを繰り出した。
 しかし、反射神経を大幅に向上させたジェームズは、難なく攻撃をかわして複数の呪文を圧縮詠唱。
「スペルバインド! ウィークネス! マナボルト!」
 わずかな時間差で3つの魔術が発動する。
 呪縛〈スペルバインド〉で敵の動きを封じ、弱点露出〈ウィークネス〉で魔術耐性を弱め、魔力破〈マナボルト〉で一気に叩くつもりだった。
 しかし、思いのほかティオの魔術耐性が強く、マナボルト以外は通用しない。マナボルトにしても、ティオの体力をわずかに削っただけにしか過ぎない。
「意外と硬いようですね」
「チートで能力値も上げてるんじゃない? この子、本来のレベルはかなり低いよ?」
 戦闘ゾーンに入ってきた雫がジェームズに言った。
 センター街にいた他のプレイヤーたちは、その多くが戦闘の開始と同時に逃げ出していた。戦闘に巻き込まれ、PKされる可能背もあるからだが、中には物珍しそうに遠くから見物しているプレイヤーもいる。
「2人がかりというのは、弱いものいじめをしているようで、嫌なのですけどね」
「そんなこと言ってる場合?」
 呆れたように言いながら雫は2体の精霊を召喚。炎の精霊と光の精霊だ。
 精霊を操れるのは精霊魔術だけである。
「さーて、覚悟しなよ!」
 雫の声で2体の精霊が炎の矢と光の槍を放つ。炎の矢がティオの右腕を焼き、光の槍が胴体を貫いた。
「ぐあっ!」
 大きく体力を削られ、ティオが悲鳴を漏らした。
 ジェームズは呪文を圧縮詠唱。即座に構成を展開する。
「ブレード・ネット!」
 輝く網が飛び出し、ティオに覆いかぶさった。
 すべて刃で作られた投網のような物体は、もがけばもがくほどダメージを与える。
「動かないほうがいいですよ。PKされたくないのでしたらね」
 にっこりと笑みを浮かべ、ジェームズが告げた。
「あなたのレベルでは、そう簡単に解けるものではありません。もがけば、ダメージが増えるだけですよ」
 すでにティオの体力は瀕死状態にまで低下していた。これ以上、ダメージを受ければ確実に死んでしまう。
 死んだところで、すぐに復活できるのだが、復活には様々な制限が設けられており、レベルや能力値などもわずかだが低下する
「てめえ! 覚えてろよ!」
 網に包まれながらティオが吠えた。
「おやおや。まだ吠えるだけの元気があるとはね」
 ジェームズはティオへ近づき、その顔を覗き込みながら冷ややかに言葉を告げる。
「でも、口の利き方には気をつけたほうがいいですよ? 私は、あなたのIDや本名、住所などの個人情報を知っていますからね。いつの日か、あなたの家に怖いお兄さんが行くかもしれませんよ?」
 その言葉でティオは押し黙った。
 当然、ブラフだ。
 悪魔使いから聞いたのはハンドルネームとIDだけである。だが、ジェームズがその気になれば、IDから個人情報を割り出すなど造作もないことも事実であった。
 ジェームズにはティオが何者であるのか、大体の予想はついていた。だからこそ、あまり追い詰めるのもどうか、という気持ちもあった。
「悪戯は、人に迷惑をかけない範囲でやるものですよ」
 まるでティオへ言い聞かせるようにジェームズは呟いた。

 あとから判明したことは、ティオというハンドルネームを持っていたプレイヤーの正体は、中学生ということであった。その点に関してジェームズの予想は当たっていた。あの子供じみた態度など、どう見ても子供としか思えなかった。
 無差別にプレイヤーへ危害を加えた理由としては、ウサ晴らしということであるようだった。現実社会では行えないことを、ゲームの世界で行ったということなのだろう。
「まったく、近頃の中学生はなにを考えているんだか、良くわかりませんね」
「それ、笑えないんだけど」
 レッド・エンジェルスのホームに設けられたバーカウンターで雫は苦笑いを漏らした。
「まあ、人の迷惑を顧みないのは、中学生だけではありませんがね」
 嘲りを含んだ笑みを浮かべ、ジェームズはストゥールから立ち上がった。
「あれ? もう行っちゃうの?」
「ええ、いつまでもゲームで遊んでいられるほど、暇ではありませんので。夏休みに入った学生たちとは違ってね」
「なんか、言葉に棘があるよ?」
「気のせいですよ」
 微笑を浮かべながらジェームズはホームを後にした。
(まあ、暇つぶしにはなりましたね)
 センター街へ出たジェームズは、ゲームからログアウトした。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

 NPC/瀬名雫/女性/14歳/女子中学生兼ホームページ管理人

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■         ライター通信          ■
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 毎度、ご依頼いただきありがとうございます。
 探索・推理系と謳っておりましたが、結果的にはアクション重視になってしまいました。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。