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<東京怪談・PCゲームノベル>


記録採集者

 ――欲しいモノは何か、とあの人は訊いた。

 それに何と答えて、どんな表情をされたのか、そんなことは憶えていない。
 だから、興味なんて端からなかったのだと思うことにした。
 仕方ないのだと、思うことにした。
 そうすれば、少しはマシになるような気がした。

 その時に見た背中に似ていたから、思わず声を掛けてしまったのかもしれない。

 あの日は、梅雨が明けてから丁度二週間経った夜。
 夜なのにとても暑くて、柄にもなくファミレスに逃げようかと思った日。
 私は彼に出会った。

 多分、その反応は少女の中では奇異な部類に位置する。期待した通りの反応をしても、額に流れてくる汗には余計な鬱陶しさを感じるだけに終わるかもしれない。妙な冷静さに腹の中でイラつきながら、「何か用でも?」と少女は言った。
 都市伝説の一部にもなれない少女は、カッターを手に他人の記憶を異能を用いて強奪しているという噂。その最中を目の当たりにしても表情一つ変えないままに、九条宗介は歩幅をゆっくりと小さくしていき、やがて静止した。
「別に用はない。帰り道なだけだ」
 少女には何の帰り道かと問うだけの気力もない。暑さにこれだけ弱いのも困りものだなとぶつくさ呟きながら、足元に転がっている物体を蹴って端っこに寄せた。そのあまりにも乱雑な扱いに、思わず宗介は眉根を寄せる。その視線に先程と同様の質問を孕んだ視線をやると、今度は肯定が返ってきた。それは少しだけ、少女に取っては意外な反応だった。何ものにも興味がないかとの第一印象は、どうやらハズレらしい。
「そういう蹴り方だと、痣が残る」
 根本的な問題として何かが間違っていることは、もはや突っ込まないでおこう。
「いいじゃない、痣くらい。治らないもんでもないだろうし」
「痣のカタチによっては人の一生を左右するから、そうそう甘く見ない方がいい」
「大丈夫。力の調節くらいはしてるし、一生残るような痣は付ける気ないから」
「一生残る痣と、一生を左右する痣とは別物だけど」
「だけど、……いや、もうこれ以上話すとどんどん変な方向に行きそうだから、もう行っていいよ」
「そうか? それならお言葉に甘えて――『記憶採集者』さん」
 言って、宗介は少女の横を通る。背を見せ、全くの無防備状態で。

 ――その背中に、少しだけ見覚えがあった。

 光景に、少女は思わず声を漏らす。その意は狙ったものであったのか、宗介はすぐに立ち止まった。
「何か?」
「私のことを『記録採集者』なんて呼ぶなんて、ね。てっきり知らないと思ってたから」
「『記録採集』という事象は知っているけれども、僕は知らない」
「? 知ってるんじゃないの?」
「知らない」
「えっと……深く追求するのは止めておきます。学習したから」
 会話を自分から切り出すのは得策ではないと察したのか、刃先を行く当てもなくぐるぐると空中で弧を描かせてみる。殺意も殺傷目的もない。出来ることなら関わりたくないというのが本音なのだろうが、引き止めてしまった手前、無碍に追いやることも出来ないらしい。
「言っておくけど、僕はキミの記録には全くもって興味はない。だから生憎と、記録は分けてあげられない」
 宣戦布告か何かかとカッターの刃先を少しだけ大目に出してみるも、反応は薄い。宣戦布告と言うよりは、むしろ忠告か、その類の言葉だったのだろう。少女は宗介の顔をまじまじと見て、暑さから目的などどうでも良くなってしまい、「今度でいい」と返す。
「今度も何もないだろうがな」
「縁があった以上、またどこかで繋がるかもしれないわ。それだけの話」
 納得したのか、宗介は一つ頷く。と、「それにしても奇異だな、キミも」と語尾に付け加える。
「純然たる記録など有り得るものではないし、適当な時代考証に基づいた風俗・倫理によるあくまで公正な主観の入った記録でなければ、そもそも使い道がない。何故そんなモノを集めたがるのか。……興味を覚える」
「あー……別に大したモノじゃないわよ。自分史の補間って言うのかな、そういうの。基本的には自分本意。で、いらない分はそこそこ高くして他に転売したり、ってカタチ」
「詐欺に近いな」
「詐欺言うな。ま、これも恐喝に近い行為だけど」
 そこまで言うと少女はコンクリの地面に直接腰を下ろし、視線で宗介を行くように促す。自身の疑問を或る程度は解決出来たのか、その足はまっすぐと進行方向へと進む。
「それで――いつもここに?」
「大体は」
「時間も?」
「陽が落ちてからが基本。それまでは、色々なところをふらふらしてる」
 そうか、と。それだけを確かめるように宗介は、振り返ることなく帰路へとついてしまった。呆気ない立ち去り具合に面くらいながらも、少女はその背中にどこか郷愁を憶えて仕方がない。
 振り払うかのように二、三度首を振って思考から追い払い、少女は宗介とは真逆の闇の中へと消えた。

 ――暑いから、と。
 その理由で全てを片付けられる自分が、少しだけ可笑しかった。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6585/九条宗介/男性/27歳/三流作家】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

夏到来です。
寒さも天敵ですが、暑い中の『記録採集』は難儀だなと思いながら、現在の環境に合ったものにしてみました。
実は夏到来というよりは台風到来シーズンとなってきましたが、これはスルーということで。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝