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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


まよいがツアー

【オープニング】
「まよいがって、知ってるかい?」
 碧摩・蓮(へきま・れん)は、煙管に刻みたばこを詰め込みながら問いかけてくる。
 艶めいた赤に彩られた唇に笑みを刻み、それよりも鮮やかな赤に染まる髪をかきあげ、蓮は組んでいた足を組み直す。
「東北地方の山奥に、まよいがが出るそうなんだよ」
 煙管をくゆらし、細く煙を吐くと、蓮はあでやかに微笑む。
「そこから一つ、ものを持ってきてもらいたいんだよ。ちょっと野暮用があっていけないし、あたし1人じゃ、持ち帰れそうにないものだからね」
 それって、泥棒じゃ……。
 そう思ったのも、蓮には分かったのだろう。煙管盆に煙管を打ち付け、赤い唇に薄く笑みを浮かべる。
 まよいがに迷い込み、休息を与えられたものは、屋敷から一つだけ物を持ち帰ることができる。持ち帰ったものは決して減ることがなく、持つ者に富を与えてくれるといわれている。
「だから、大丈夫なのさ。それに、……これはまよいがの主からの招待だしね」
 差し出されたものは、古式ゆかしい巻き紙の手紙だった。
 開いてみると、手紙の形に相応しい達筆な筆文字が記されていて、読むことができない。どうしようかと思案する目の前で、その文字は形を変え、見慣れた文字の形になる。

『 招待状
 拝啓 皆様には時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 さて、このたび当まよいが内におきまして屋敷探索ツアーを催すことになりましたので、お知らせいたします。
 今回は、当世の社会事情を鑑み、今後のまよいがのあり方を探求すべく、このようなイベントを企画いたしました。このツアーを通じ、現在の社会ニーズについて理解を深め、皆様のご期待に添えるまよいがでありつづけるきっかけとなれば幸いです。
 どうぞお誘い合わせのうえ、ふるって御参加くださるよう御案内いたします。 敬具 』

 呆然と手紙を見続けていると、最後にまた文字が浮かび上がってくる。

『追伸 当まよいがにおいては、お客様が1人で持ち帰れるものを一つ持ち帰ることができます。
    お客様に相応しく、お客様が必要な力を持つ物をお選び下さい。』

「……ということさ。頼まれてくれるかい?」
 蓮は、にっこりと微笑んだ。


【特急列車にて】
 けたたましい発車のベルが鳴る。
 ローカル線を走る特急列車の指定席には、数人の男女が座っている。雰囲気も、年齢層も、全てがバラバラなため、いったいどういう一行かと思われそうだ。
 大部分が十代で、一人年齢が上と思われる知的な面差しの女性がいる。そのため、学校の先生に連れられ、宿泊活動に出かける学生の集団とも見えなくもない。
「おそい……」
 窓の外を見つめていた守崎・啓斗(もりさき・けいと)が、ぽつりと呟く。
「……ほんとですね。もう発車しちゃいますよ」
 樋口・真帆(ひぐち・まほ)も、心配そうに啓斗の視線を追っている。席に着いているメンバーは、男性が3人に女性が2人。実は、この他にもう1人いるのだが、その1人が来ないため、みんなは落ち着きなく外を見ているのだ。
 がたんと一つ大きく揺れ、列車は走り出す。その時、軽快な電子音が車内に響き渡る。みんなはそれぞれ自分の鞄やポケットの中を覗き込むが、その発信元はない。
「ああ……、俺のか。はい、もしもし。……北斗か。今、どこにいる……。何? ……そうか。携帯の電源は切るから、後は知らないぞ。じゃあな」
 一行の凝視を受けながら啓斗は淡々と話を進め、
「後からバイクで、追いかけてくるそうだ」
と短く告げる。
「よかったわね。連絡がついて」
 引率の先生、もといシュライン・エマは安心したように微笑む。
「そうだな。着く駅はわかってるんだし。まあ、これでも食いながらいこうぜ」
 そういいながら烏有・大地(うゆう・だいち)は、みんなの目の前に昔なつかしい冷凍みかんを差し出す。家庭の事情で若いながらも気配り満点の大地は、その他にも駅構内の売店で、同行者の体調や長時間の乗車を見越して、お菓子や酔い止めグッズなどを仕入れてきている。
「私も、お菓子を焼いてきたんです。喉が渇いたら、アイスティーを入れてきたので、一緒に召し上がって下さいね」
 真帆もにっこりと微笑む。
 その中でシュラインは、大きな風呂敷包みを網棚から下ろす。包まれているものは、出てくる前に作ってきた人数分の弁当だ。ゴミの分別と荷物にならないことを考え、紙パック弁当と風呂敷包みというくみあわせにしたのだ。1人頭数が減ったが、育ち盛りの男子が多いので食べきってくれるだろう。
「私も、お弁当を作ってきたのよ。皆さんで、食べてくれるかしら」
「おおっ」
「すごい」
 男子たちは、1人を除いて色めき立つ。
 除かれた1人とは、環和・基(かんなぎ・もとい)であった。窓際の席の基は、真っ青な顔で、窓に力なく凭れかかっている。
「おい、基。大丈夫か? 酔い止めのアンプルでも飲むか? それとも、ガムでも噛むか?」
 大地は、かいがいしく基の世話を焼き始める。
「楽しくなると良いですね」
「本当ね」
 真帆とシュラインは、顔を見合わせて笑い合った。


【北斗合流、また移動】
 ひなびた駅は、駅員もいない無人駅だった。周りはあまりにも牧歌的な雰囲気が漂い、観光化されている気配すらない。
 とにかく周囲は、見渡す限りの緑の田畑と深い森ばかり。駅の周囲には店舗や人家が集まっているが、まっすぐな道はまばらな人家とともに、消失点である山に向かってのびている。
「ボンネットバスとは、珍しいな」
 ヘルメットを脱ぎながら、守崎・北斗(もりさき・ほくと)は呟く。どうにかギリギリ間に合ったようで、見知った人々がバスの運転手に話しかけている所だった。
「遅い。運転手さんに、少し待っていてくれと頼んでいた所だ」
 啓斗が無表情に、駆け寄る北斗に言葉を投げつける。
「あ、ああ……、すまない。俺が遅れたせいで、みんなを待たせて」
 殊勝に謝る北斗に、
「そんな謝ることもねぇべ。今、着いたばっかしだからよ」
という、濁点が多い運転手の言葉が降ってくる。
「何をしている。早く乗れ」
 しれっと窓から声をかけてくる兄に、何か言ってやろうと口を開きかけたが、北斗はあきらめたように深く吐息し、バスに乗り込んだのだった。


【緑の杜を抜けて】
「ええと、このバス停で降りると手紙に書いてあったわよね」
 みんなは、シュラインが広げる巻紙に視線を落とす。蓮から渡された招待状だったものには、今はその文章が消え、現地までの詳細なアクセス方法が記されている。そのため、後から来た北斗も迷わず、途中で合流できたのだ。
「ここに来たら、手紙を広げろと書いてあったが。……何もおこらないな」
 大地が覗き込みながら、手紙をつつく。と、突然手紙が生き物のように蠢き始める。
「きゃっ」
 あまりの気持ち悪さに、シュラインは手紙を取り落とす。手紙は地面の上でもぞもぞと動き続け、やがてその場で立ち上がった。
 白い紙の人形(ひとがた)をとった手紙は、驚いて固まる面々に深く一礼し、方向転換すると、山に向けてぴょこぴょこと歩き始める。やけに可愛らしい歩き方の人形が薮の前に到達すると、その藪自らが左右に開き、奥に続く細い道が姿を現す。
 人形はその場で上体をひねり、立ち尽くすみんなを振り返っているようだった。顔がないので前と後ろがわからないが、歩く向きと仕草から、向けられている方が顔なのだろうと判断できる。
「ついてこいって、言ってるみたいですね」
 人形の仕草を見た真帆は、小首をかしげる。
 梢の間から、その先が見えない上の方まで続く道は、歩きにくそうではないが勾配がきつい。
「ここを登るのか……」
 そろそろ強くなりつつある日差しに閉口していた基は、げんなりした顔で呟く。
「そういうだろうと思って、これを用意してきたんだぜ」
 大地が基の肩を叩きながら、背中に背負ったあるものを揺すり上げる。参加メンバーたちが、それは何のために持ってきたのかと問いかけたくてならなかった竹製の細工物は、背負子(しょいこ)とよばれる古来から使われている運搬道具である。
「そんなので運ばれてたまるか。自分で歩ける」
「けど……、途中で貧血を起こして倒れたら、みんなの迷惑になるだろ。おとなしく、乗ってけって」
 背負った背負子を親指で指差し、笑顔とともに告げられた言葉に、基はぐうの音も出ない。
 日頃から体力をつけようとがんばっているのだが、実際のところ貧血を起こして倒れるのが日常茶飯事なのだ。だからといって、あんなもので運ばれるのは嫌だ。だが、他のツアー参加者に迷惑もかけられない。
 様々な葛藤の末に、基はしぶしぶ承諾の返事をする。
 そんなやり取りとみんなの様子を伺っていた白い人形は、山道にぴょこぴょこと分け入っていく。それに気づいたメンバーたちは、あわててその後を追いかける。
 道は、柔らかな腐葉土の上を覆う下草のおかげで、柔らかく歩きやすい。木漏れ日に淡く照らされる森も、外の熱さとは無縁の、しっとりした涼しさに包まれている。
 どれぐらい歩き続けただろうか。
 人形に案内されるままに森を抜けるたところでは、大きな屋敷が彼らを待ち構えていた。屋敷の周囲を下見板張りの瓦葺き土塀が取り囲み、正面の長屋門は訪れる者を圧倒するように聳えている。門の向こうに、茅葺き屋根がわずかに覗いて見える。
 門扉の前に到着した人形は、クシャリとその姿をなくし、地に落ちる一枚の紙片と化す。
「いらっしゃいませ。遠い所を、ようこそお越し下さいました」
 どこから掛けられたとも知れない柔らかな声とともに、扉が開く。その声に招かれるように彼らは、邸内に足を踏み入れた。


【シュライン・エマの場合】
 庭に足を踏み入れたシュラインの目の前には、立派な入母屋造の母屋が姿を表す。茅で葺かれた屋根も見事な、趣ある姿に思わずため息をつく。
「すてきね……」
 庭も美しく手入れされ、いくつもの蔵と離れまでがあるのが見える。白い玉砂利の中に島のように浮かぶ黒い敷石を踏みながら、母屋の玄関に至る。
「こんにちは」
 そういいながら扉を引くと、そこには広い三和土(たたき)が広がっている。そこの作りや作り付けられた竃、炊事場などを見回しているシュラインに、
「いらっしゃいませ」
と、先ほど門の所で聞こえたものと、同じ音色を持った声がかけられる。
 あわててその声が聞こえた方に視線を向けると、緋色の振り袖を纏った少女が三つ指をついていた。肩で切りそろえられた黒髪と白い顔。振り袖は乱菊と牡丹、手鞠が総模様で描かれた豪華な品で、少女によく似合っていた。
「私が、お客様をご案内させていただきます」
 そういうと少女は、ニッコリ笑った。

 音もなく滑るように歩く少女に、邸内を案内される。長い年月を感じさせる飴色の廊下やすす色の梁。美麗な欄間やふすま絵。それらを見ながら、カメラでも持ってくれば良かったかしらと思う。
「お腹はすいていませんか?」
「そうね。そういわれれば」
 列車の中で食べてきたが、ブランチのようなものだったので、空いてきている。
「こちらにお食事をご用意していますので、どうぞ」
 通されたのは、囲炉裏が切られた広い部屋だった。その傍らでは、先に来ていた北斗や大地がすでに食事をとっている。
 自在鉤にかけられた鉄鍋からは、味噌の良い香りが漂ってくる。炉端に置かれた膳には、数々の料理が、さまざまな小鉢に品よくもられている。
「おいしそうね。気に入った料理の作り方なんかも、教えてもらえるのかしら」
 コゴミの胡麻和えに箸をつけながら、かたわらの少女に問いかける。少女は微笑み、お教え致しましょうと答える。
 料理は、四季の素材をふんだんに使ったものだった。中には、今の季節にはとれない、山菜を使ったものまである。例を挙げるなら、蕗の薹や餅タラの天ぷら、松茸の土瓶蒸し、ウドの酢みそ和え、ワカサギの唐揚げ、柿の白和えなどなど。季節感を無視しているが、不思議な屋敷のことだから、そういうこともあるのかとも思う。
「そういえば。お客さんが来ないことを気にしていたようだけど」
「はい。招待する人を選んでいるせいかも、と思うのですが」
「選んでるって?」
「欲が深かったり、疑い深かったり、そういう人は、この屋敷に招けないことになっているのです。今の時代、そういう人も少なくて」
「だったら、不思議なものに理解があって、欲が深くない人をよべればいいのね。……とっても、いい案があるのだけれど」
 鍋で煮えていた芋煮の味に舌鼓を打ちながら、シュラインはいたずらっぽく少女を見つめた。


【樋口・真帆の場合】
 長い髪をポニーテールにし、活動的な服装の真帆は、額の汗を拭きながら、足を踏み入れた屋敷を見回す。
 屋敷の庭には、様々な花が咲き乱れ、美しく整えられている。しかし、こちらで芍薬が咲いていると思えば、その脇に芙蓉が咲き、遠くには椿が花をつけ、海棠が重たげに枝を揺らしているのまで見える。
「変な庭ですね。四季の花が全部咲いてるなんて」
 独り言ちながら庭を見ていると、みんなが先に行ってしまったことに気づき、あわてて後を追う。息を切らし、開け放たれた玄関をくぐる。
「ようこそお越し下さいました」
 真帆の前には、濃紺のちりめんに小花が散らされた振り袖を纏う、1人の少女が三つ指をついていた。
「あ、お世話になります」
 少女に元気よく挨拶すると、少女はニコリと微笑む。
「……真帆様がしたいことをすることができますよ。まずは、ご飯でも炊いてみましょうか? 西瓜もご用意してありますよ」
「え……、したいことって、言ってありましたか?」
 その問いに少女は、どこか意味深な、可愛らしい笑顔だけで答えたのだった。

 ポンプ式井戸でくみ上げられる、手が切れそうに冷たい水で、白米と餅米を研いでいく。それをざるに開け、再び中に戻ると少女が蒸籠と歯釜を用意して待っていた。さらにその脇には、山菜や木の実なまでが、下ごしらえ済みで準備されている。
「普通のご飯とおこわを作りましょうか。おこわは、山菜おこわと栗おこわの材料を、用意しておきましたよ」
「わぁ……、おいしそうですね。でも……今って栗とか、山菜とかが採れる時期じゃないですよね」
「外ではそうですけど、この屋敷では、どんなものでも季節を問わずに採れるのです。ついでに、……西瓜用に氷も用意しました。もちろん天然物で、たった今切り出したばかりです」
 透明な氷には、青い紅葉が枝ごと凍りつけられていて、見ているだけで涼しげだ。
「凄いですね」
 感心しながら、歯釜に白米を入れて水加減を確認する。また餅米を水に浸し、蒸籠で蒸す前の準備にとりかかりながら、ふとあることを思いつく。きれいな着物姿のままで、くるくると真帆の周りで手伝いをしている少女に、声をかける。
「お客さんをよびたいって、言っていましたよね」
「はい」
 少女はその言葉に、西瓜を冷やすための氷を削っていた手を止め、真帆を見上げる。
「この庭を紹介すれば、来たがる人が一杯いるんじゃないですか?」
 台所の窓から覗く庭は、様々な花で溢れている。
 花好きの真帆でなくても、この庭の美しさにはうっとりするだろう。
「それに、採れるものも、天然物で、採り立てですし。今って、グリーンツーリズムとか、隠れ家的なお宿とか、そういうのがはやってますから、人気が出ると思いますよ」
 真帆の言葉に、少女は目を見開く。
「そんなもので、お客様を呼べるのでしょうか?」
「呼べますよ。凄いセールスポイントですもの。ね、やってみましょうよ」
 真帆の言葉に、少女はこくりとうなずいた。


【環和・基の場合】
 まったく、こんな格好は恥ずかしくてたまらないというのに。
 おぶわれたまま門をくぐりながら、自分を背負う大地の頭に揺れる犬耳を見つめて、ちょっと和んでしまう。
 いや、だからこれがいけないんだ。いつも、大地の耳で和まされてしまうからなんだから。第一、なんで強面の高校生男子に、あんなかわいらしいものが……。
 などと自分に言い聞かせるが、ピコピコ揺れる犬耳は本当に可愛らしくて、犬好きの自分にはたまらない。触りたくなる衝動を抑えるのに、精一杯だ。
「ついたぞ」
と言う声とともに、やっと玄関先で下ろしてもらえる。
 ため息をつきながら中を覗き込むと、御所車と流水、そこに舞い散る紅葉が描かれた、鬱金色の振り袖を纏った少女が深く頭を下げていた。
「ようこそ、お越し下さいました」
 肩口で切りそろえられた髪が、さらさらと音をたてて流れ落ちる。
「……おじゃまします。君が、招待状の差出人なのかな?」
「そうとも言えますが、違うとも言えます」
 曖昧に答え微笑む少女の頭に白い耳が、その背後に揺れるいく筋もの尾が見えた気がして、基は目をこする。いや、気のせいではない、やはり見える。
 ははあ、大地と同じ系統か。犬というより、狐っぽいけど。
「わたくしをこの屋敷の主自身と思っていただいて、けっこうです。わたくしに話したことは主に通じますし、また、わたくしの言葉も主のものと受け取っていただいてかまいません」
「そう……」
 上框に腰を下ろすと、涼しい風が吹き込んでくる。それに目を細め、しばらく外を眺めていると、いつの間にか大地が消えていることに気づく。
「あれ、大地は」
「お連れ様は、屋敷の中をご覧になって、今はお食事を召し上がっています」
 すばやい。
 連れの行動力に舌を巻いていると、傍らにいつの間にか冷茶が置かれているのに気づく。
「ありがとう、いただきます」
 乾いた喉に染み渡る味に、大事なことを思い出す。
「そういえば、お客さんが来なくて困ってるんだって」
「そうなんです」
「来ないと困るよな、お客さんは……。そうだな……、やっぱり、お客さんを呼ぶには、接客サービスがよくないと。まずは、おいしい食事と気の利いたサービス。その他に、選べるサイズ別浴衣を用意したり、風呂場にはオリジナルアメニティを置くとか……」
 基は「読者が選ぶ温泉宿特集」などで、上位を独占するような温泉宿に求められるものを列挙していく。
「そして最後に、露天風呂は欠かせないだろ」
 きっぱり断言した基の勢いに気圧されたように、少女は目を瞬かせていた。


【烏有・大地の場合】
 基を下ろすと大地は、背中に負っていた背負子を下ろす。
 これは、蓮さんが欲しいものが俺に持てそうだったら、使えるよな。
 そう思いながら、一応邪魔にならないようにと、玄関の外に立てかけておく。そして、
「お邪魔します」
と声をかけながら、屋敷の中に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
 大地の前には、いつの間に現れたのか1人の少女が膝を突き、深く頭を垂れていた。白い振り袖には、金糸銀糸で、あでやかな花鳥紋が刺繍されている。
「お屋敷をご案内致しましょう」
 そういうなり少女は、足音もなく、廊下を滑るように進んでいく。基のことを心配して振り返ると、大地を先導する少女によく似た少女が、親しげに話しかけている所だった。
 こうなったら、しようがない。基はあの子に任せるか。
 脱いだ靴をきちんとそろえ、屋敷にあがる。
 少女は、幼いながら、たいした案内役だった。大地が問いかければ的を射た答えが返ってくるし、古来の建築法や庭の造形についても詳しかった。
 掃除も隅から隅まで行き届いていて、客を招きたいというだけはある。
 歩きながら障子に指を滑らせて、姑のようなチェックを入れながら、そう思う。やがて大地は、囲炉裏が切られた座敷に案内される。そこではすでに、同行した北斗が先に食事をとっていた。
「お食事の用意をしてありますので、ご賞味下さいませ」
 その言葉とともに、目の前に野趣溢れる料理が出される。
「見た目は味が濃そうですが、食べてみればそれほどでもないです。煮付けなどは、少し濃いめかもしれません。お口に合えばよろしいのですが」
 茶色の煮しめを見て思ったことが顔に出たのかと、大地は焦る。おそるおそる箸を付けると、確かに色ほどに味は濃くない。
「……っと、和んでて忘れる所だった。蓮さんの欲しいものってなんだ。持てるものだったら、俺が持って帰ろうと思うんだけど」
「はぁ……、持って、ですか?」
 少女は戸惑い気味に、言葉を続ける。
「蓮様がご所望されているのは、当家に輿入れなされた、妖狐の姫君の嫁入り道具でして。かなりかさ張るのです……」
「嫁入り道具。まさか……、一式とか言わないよな」
 妖狐の姫君とかいう、なんだか怪しい単語を聴いたが、大地はスルーすることにする。そんなのにいちいち突っ込みを入れていたら、自分自身も突っ込まれる存在になってしまうではないか。
「そのまさかなのです。わたくしどもも、蓮様には大変お世話になっているので、どうしてもお渡ししたいのですが」
「一部だけでもとか、そういうわけにはいかないか……」
 さすがにタンス一竿は無理だと、大地はあきらめかける。その時、炊きたてのご飯入りのおひつを運んできた真帆が、ある提案をする。
「あの……一部を持ち帰って、それをたよりに道を繋ぐというか。こちらの力で、残りを送ることはできませんか?」
「ああ……、そういう手もありましたね。確かに、屋敷を出現させる力を使えば、雑作もないことです。なんで考えつかなかったのでしょう」
 盲点、というヤツだな。と、大地は芋煮をすすりながら思う。
「話は決まったみたいだな。で、俺が蓮さんのとこに持って帰るものを、その一式の中から選んでいいのかな」
「はい。お願い致します」
 少女は明るく答えた。


【守崎・北斗の場合】
「ハラ減った」
 ぽつりと北斗は呟く。
 それに応えるように腹が、ぐぐーっと鳴った。
 兄貴やみんなから、食い物のいいにおいするし。遅れた俺も悪いけど、ちょっとぐらい残してくれたって。シュラインさんと真帆さん手作りの、弁当とか、お菓子とか、……食いたかったなぁ……。ああ……、なんだか意識が遠くなる……。
「北斗様、大丈夫ですか?」
 山を登ることで体力を使ったため、かなり限界になった北斗の目に、深い緑の鼻緒の草履を履いた、小さな足袋に包まれた足が映る。目を上げると心配そうに、若草色の振り袖を纏った少女が自分を覗き込んでいた。
「大丈夫。ちょっと、ハラ減っただけだから……」
 その言葉とともに、また盛大に腹が鳴る。
「では、早速お食事に致しますか?」
「え……、しょ、食事!? ありがとうございます!!」
 北斗は感激のあまり、地べたに座り込んだまま礼をする。それに困ったように首を傾げ、少女は北斗に手を差し出す。
「お立ち下さい。ご案内致します」
 少女は楚々と微笑んだ。

 案内された所は、中央に囲炉裏が切られた、畳敷きの座敷だった。庭に面した障子は全て開け放たれている。どうやら、手入れの行き届いた庭を観賞しながら、おいしい料理に舌鼓を打つという趣向になっているらしい。
 囲炉裏端に腰を下ろすと、目の前にお膳が運ばれてくる。気づかないうちに囲炉裏の鉤には鉄鍋がかけられ、味噌が煮える良いにおいをあたりに振りまいている。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「いただきます」
 この世の全ての食べ物へ深い感謝の念を送りながら、両手を併せ終えると、早速箸を料理へと延ばす。
 さくさくする天ぷらをじっくり味わい、よく味のしみた身欠きニシンの煮付けに幸福感を覚え、啜った芋煮の熱さが体に染み渡る。
 北斗の食べ方は流れるように素早い動きだが、行儀が悪いと感じさせるような食べ方ではない。箸の使い方や椀の持ち方、座り方に至るまで、きちんとしつけが行き届いていることがわかる。それもこれも全ては、鬼のような双子の兄によるしつけの賜である。
「美味いなぁ……」
 椀によそわれた芋煮の汁を飲み下し、ため息とともに心からの感想を述べる。
 その言葉に、傍らの少女が嬉しそうに微笑む。
「お気に召していただけて、わたくしも嬉しいです」
「気に入ったよ。おかわり自由だし。味は良いし。結構、珍しい食材も使ってあるよな。おっ、この里芋、口の中で溶ける……」
 芋煮の中の里芋は、噛まなくても口の中でとろりととろける。
 ほくほくした芋の甘みとしみ込んだ味噌の香ばしい香り、遅れてやってくるほんのりした塩味。隠し味に使ってある酒も、随分いいものを使っているようだ。
「ご飯が炊きあがったようですね。そのままでも食べられますが、焼きおにぎりに致しましょうか? 柚子味噌や大葉味噌など、いろいろ変わり味噌もご用意致しております。ほかに、田楽の用意もしておりますよ。……胡桃味噌を塗って、味噌田楽に致しますね」
「焼きおにぎりか、いいねぇ」
 このままだと、全ての食材が北斗の胃の中へ消えてしまいそうな勢いだ。
「あと、水菓子にはよく冷えた西瓜もございます」
 少女の言葉に、北斗は相好を崩した。


【守崎・啓斗の場合】
「邪魔するぞ」
 啓斗は、背後で腹を鳴らしてへたっている弟の存在を認識しながら、玄関をくぐる。
 待ち合わせに遅れるのが悪い。そう思っているため、けっして甘い顔はしない。それが啓斗の、北斗への兄としての深い愛なのである。
「あの……、お待ち下さい」
 屋敷にあがり、廊下をずんずんと歩いていると、後ろから声がかけられる。眉を寄せて振り返ると、黒地に牡丹と胡蝶を散らした振り袖を纏ったおかっぱ頭の少女が、息を切らして走り寄ってくる所だった。
「あんたは?」
「屋敷の、主の……、代理のものです。屋敷を……ご案内させて、いただきます……」
 ふむ。まよいがというのは勝手に歩き回れるものと思っていたのだが。
 啓斗は、息を整えようと深呼吸する少女を見下ろしながら、首をひねる。そんなことを考えている啓斗の眼差しと、不意に上げられた漆黒の瞳が絡み合う。全てを見透かすような瞳にぎくりとすると、
「……普段は、お一人でご自由に歩いていただけるのですが、今日は、蓮様からのご提案とご紹介ということで、お客樣方をご案内させていただいております」
などという、まるで啓斗の心の内を呼んだような言葉が、少女の唇から零れる。
 そのことに、こいつは妖怪悟りかなどという感想を抱きつつ、少女をじっと見つめたまま、一番今したいと思っていたことを口にする。
「そうだな……、では、風呂にでも案内してもらおうか。汗をかいたせいで、気持ち悪いからな」
「はい。ご案内致します」
 少女は嬉しそうに笑うと、啓斗の先に立つ。
「こちらです」
 少女に案内された風呂場は、素晴らしく広いものだった。脱衣所も高級旅館並みに広い上に、扉を開けて覗いて見ると、定番の檜風呂はもちろんのことながら、外には紅葉が散りかかる露天風呂までがある。
「それではわたくしは、ここで失礼致します。ごゆっくりお楽しみ下さい」
 深く礼をしながら少女が扉を閉めたのを確認すると、啓斗は服を脱ぎ始める。もちろん、脱衣かごに脱いだ服をきちんとたたんで入れてゆく。
 用意されていた檜の湯桶と手ぬぐいを手に、風呂場に足を踏み入れる。白い石が貼られた洗い場は広く、さっき見ただけではわからなかったが、様々な風呂が奥の方に広がっている。
「五右衛門風呂。まあ、定番だよな。……なぜにリンゴが。柚子とか菖蒲ならわかるが。薔薇の花とか、いったいどういう趣味だ。ん……これは、いったい何の匂いだ」
 掛け湯をして体の汚れを流し、風呂の物色を始めた啓斗は、一つの風呂の前で足を止める。リンゴが一面に浮かんでいたり、薔薇の花びらが浮かんでいたりした風呂は素通りしたのだが、あまり広くない円形の風呂からは良い香りが漂っている。
「これは……、酒か!!」
 アルコールがすっかり飛んでいるので気づくのに時間がかかったが、確かに日本酒だ。ふと視線をさまよわせると、風呂の傍らに片付け忘れたと思しき一升瓶が置いてあるのが見える。
「おいおい、ずいぶん豪勢だな……。まあ、日本酒風呂は、美肌に効果ありというからな」
 そう口にしながら瓶を持ち上げると、愕然とする。未成年の啓斗でも知っている、かなりな高級銘柄のラベルを目にしたのだ。
 もったいない、これを売ればいったいいくらぐらいに……。
 啓斗はあきれて首を振る。
「北斗は食事を楽しんでいるだろうし、まあ、俺は風呂三昧といこうか」
 そう独り言ちながら啓斗は、まず日本酒風呂に身を沈めたのだった。


【エピローグ】
 シュラインは自作の飛竜頭を手みやげに、蓮のもとを訪れていた。
「……ということで、まよいがには、電気を作れる妖怪がいるという話だったし、ネットに生息している妖怪にも知り合いがいるということだったから、ゴーストネットに屋敷の広告を出すことにしたのよ」
 パソコンとホームページ作成ソフトは使いやすいものを選んで送ったし、マニュアルもわかりやすく翻訳してあげたので、大丈夫だろうと話すと、蓮があでやかに微笑む。
「ほんとに、ありがたいね。まよいがの主からも、お礼を言われたよ。ぽつぽつだけど、お客も来てくれているそうだしね」
 シュラインが屋敷の主に提案したのは、ネットに広告を流し、主が呼びたい特定の人間のみを呼び寄せるというものだった。
 ゴーストネットなら、不思議なものを否定しない、純粋な心の持主が広告を見る機会も多いだろう。そのうえ広告はネットに住む妖怪によって、招きたい種類の人間以外が広告を見ると、『404 Not Found』というエラーページが見えるように細工してあるということだった。
「まよいがの主は、もてなした人間の陽の気を吸って生きているらしいからねぇ。だから、どうしても負の要素を持った人間は招けないから、今度のことはとてもありがいと感謝しているそうだよ」
「そうだったの……」
 微笑む蓮の唇からもれる言葉に驚きながら、ふとあることを思い出す。
「そういえば、蓮さんが欲しいものって、届いたのかしら?」
「ああ、届いたよ。とても欲しいものだったからね、解決策を思いついた人に感謝したいほどさ」
「良かったわ、ちょっと気になっていたの。じゃ、私もそろそろおいとまするわね」
 シュラインは、重そうなふろしき包みを持ち上げながら席を立つ。
「それは、なんだい?」
「ふふ……、とても欲しかったものなの。これで、そのお土産も作ったのよ。とても便利で助かったわ。今から、武彦さんと零ちゃんにも、胡麻和えとか、つみれとか、いろいろ作ってあげようと思っていた所なの」
「そうかい。ほんとにありがとうね。また、何かあったらよろしく頼むよ」
 蓮のお礼の言葉を背に、シュラインはアンティークショップを後にする。そして、風呂敷に包まれたものを落とさないようにと持ち直しながら、草間興信所へと足を向けたのだった。

 ─Fin─

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0554/守崎・啓斗(もりさき・けいと)/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗(もりさき・ほくと)/男性/17歳/高校生(忍)】
【5598/烏有・大地(うゆう・だいち)/男性/17歳/高校生】
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生・見習い魔女】
【6604/環和・基(かんなぎ・もとい)/男性/17歳/高校生、時々魔法使い】

【公式NPC/碧摩・蓮(へきま・れん)/女性/26歳/アンティークショップ・レンの店主】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
 再びのご依頼ありがとうございました。ライターの縞させらです。
 シュライン様には、お屋敷探索の後、お食事を召し上がっていただきました。お楽しみいただけましたら、幸いです。
 実は、お渡ししたアイテムには、それぞれ隠し能力があります。また参加された方達は、エンディングだけが固有のものとなっております。他の参加者の後日談も、あわせてお楽しみ下さいませ。
 また機会がありましたら、宜しくお願い致します。