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闇ケーキを試作しましょう
「……何しに来たんだこのヤロウ」
「あれ? いえ、田辺クンが新作のケーキ作りで四苦八苦しているとか聞きましたんでね。ほら、新しい風を入れれば、新しいアイディアが浮かぶかもしれませんでしょう?」
黒衣のパティシエ・田辺聖人の別邸を訪れたのは、田辺にとっては馴染みの深い顔である和装の壮年・侘助だった。
確かに、侘助の言葉通り。田辺はもうすぐ催される予定の、とあるパーティで振る舞う『夏の新作ケーキ』をどうするかを決めかねていた。否、大まかなデザインなどはもうメモしてあるのだが、どうにもあと一歩の部分が掴めない。
「それで、手伝いに来てくれたってわけか」
「ええ、そうなんですよ。――ほら、皆さんも田辺クンのお手伝いを、ぜひとも請け負いたいと」
引き開けられた扉の向こう、侘助について来た面々が顔を揃えて並んでいる。
「……なんか実験でもすんのか、これ」
「新しいケーキを生み出すためには、やはり、相応の研究も必要でしょう。ならば外観から入っていくのも大事だろうと思うのですよ、田辺クン」
「研究=白衣ってなわけか!? ああ? 意味わかんねえよ」
「まあまあ。ほら、田辺クンの分の白衣も持参してきましたよ!」
数分後。
田辺邸のキッチンには、侘助の手で半ば無理矢理に着せられた白衣を身につけた田辺の姿があった。(しかし、トレードマークでもある黒いカフェエプロンは譲れなかったらしい。それがかえってチグハグな印象をかもし出す結果になろうとも)
見るからに不機嫌な田辺の周りには、しかし、田辺の機嫌などどこ吹く風といった風の人間達が集っている。
「いやあ、白衣、懐かしいなぁ!」
ほくほく顔で笑っているのはエキゾチックな風貌をもった少年。名はアイン・ダーウンという。アインはスタンダードな白衣を身につけ、その裾をひらひらと翻してはニヘニヘと笑っている。
「あら。前に着てた事があるの? お医者様……?」
アインの言葉に首を傾げたのは、これまたスタンダードな白衣を身につけているシュライン・エマだ。しかし、今日のシュラインは、○い巨塔もかくやといった風ないでたちをしている。すなわち、髪はびしっとアップにまとめ、白衣は隙なく纏い、あまつさえ眼鏡などもかけているのだ。
きっちりとした印象の女医然とした風体のシュラインに、しかし、対するアインはニヘッと笑ってかぶりを振った。
「俺は、今回初めて白衣を着ますよ」
「あら、そうなの」
アインの応えに脱力したのか、シュラインの肩ががくりと落ちた。
「あのね、僕ね、ここにいけばおいしいケーキがたっくさん食べられるってきいたの!」
不機嫌な田辺の裾を引き、藤井蘭が銀色の双眸をキラキラと輝かせる。
「……あぁ、そうかい」
対する田辺はケーキを作る器具をがしょがしょと並べながら、蘭の真っ直ぐな視線にため息を吐く。
「おじさん、お腹痛い? なの?」
田辺の機嫌が斜めなのを察してか、蘭はふと心配そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「違うよ、蘭。このオヤジはな」
ぬっと顔を突き出して口を挟みこんできたのは、コンビニの袋を片手にぶら提げた守崎北斗。その後ろにはむっつり顔の守崎啓斗が立っている。
蘭は二人の顔を順に確かめ、満面の笑顔を浮かべて目を輝かせた。
「北斗さんに啓斗さんっていうのーなのー」
「うんうん。でな、蘭。このオヤジは、こんなナリをして、実は結構な照れ屋さんなんだぜ。だから、ぶすっとしてるように見えて、内心結構バクバクいってんだ」
「心臓バクバクーなの」
北斗の言葉に、蘭はにぱっと頬を緩める。
「……どうでもいいが、なぜ白衣なんだ」
はしゃぐ蘭と北斗の後ろで、啓斗がぼそりとそうごちる。
「おまえらの考える事なんざ、俺が知るかよ」
白衣にカフェエプロンの田辺が、ばりぼりとあごひげを掻きむしった。
不機嫌を全開に押し出して器具を並べている田辺の横には、なぜかイタチとイズナがいて、しかも、それぞれ青とピンクの給食当番ルックを身につけている。
「ケーキの試作をするってんでな、俺も来てやったわけだよ、ヒゲパティシエくん!」
青の給食当番ルックに身を包んだイタチ――鈴森鎮が、威勢も高らかに声をあげる。その手には銀のフォークが握り締められていた。
「……」
鎮と、鎮の横にいるイズナのくーちゃんを横目に睨みやりながら、ヒゲパティシエこと田辺は大仰なため息を一つ吐く。
「む、何だ、そのため息は。さてはこの俺、またの名をケーキリスト鎮を知らないな!?」「きゅう、きゅうー!」
手にしているフォークの柄でテーブルをどんと突き、田辺を威嚇している鎮の横で、くーちゃんまでもが胸を張っている。
「なんだそりゃ」
「心配するな、若者よ。口元を覆うためのガーゼマスクも持参しているぞ! 衛生面はカンペキだ!」「きゅうきゅうー!」
「いや、完璧っつうかなんつうか」
胸を張りすぎて後ろに転げる二人を見遣っていた田辺は、そのまま視線を移した。
そこには、漆黒のコックコートに漆黒のコックエプロン、漆黒のコックパンツ、首もとには漆黒色のチーフも忘れずに巻いてみました、という、完全たる漆黒のコック姿を呈したジェームズ・ブラックマンの姿があった。
ジェームズは己のコックコート姿を見ているのがなかなかに楽しいらしく、壁掛けの鏡の己の姿を映しては、なにやらニヤリニヤリと笑みを浮かべているのだ。
「……おい、こらクロスケ」
と、ジェームズの体が、かくんと前のめりにつんのめる。
思わず壁に額をぶつけてしまったジェームズが、恨めしげな目で振り向く。と、そこには苛立たしげに腕を組んでジェームズを睨みつけている田辺の姿があった。
「なんの断りもなしに膝カックンなんて。あんまりではないですか、聖人」
ぶつけた額を軽く撫でながら不平を述べる。が、その不平はあえなく却下された。
「うるせえ。おま、一人だけ黒一色って、どういう事だこのやろう」
「私に純白は似合わないでしょう? そうは思いませんか?」
「俺だって今日は白衣とか着せられてんだ。おまえも着ろよ、このやろ」
「いや、聖人にはなかなかどうして、そのちぐはぐな服装もよく似合ってますよ、いや、色男はなにを着ても似合うのだから羨ましい。……ん? ちょ、聖人、こんなところで……!」
「黙ってこの割烹着に着替えろクロスケぇぇ!」
しばしの後、フリフリのついた白いエプロンをつけた蘭が、とてとてとジェームズの前を通りかかった。
「わ、おじさん、可愛いかっぽーぎなのー♪」
割烹着に着替えさせられたジェームズがシクシクとすすり泣いている頃、田辺のいる辺りから離れた場所で、威伏神羅が、質素な白いエプロンを腰に巻きつけながら、皆とはしゃぐ(そう見える)田辺をじと目で睨みつけていた。
「……全く、必ず白を身につけるなぞ。けったいな条件を編み出したものよ」
小さな舌打ちを一つ吐く神羅に、田辺同様に白衣をまとった侘助が歩み寄る。
「神羅クンは、今日は田辺クンのところには行かないんで?」
「な、な、なな、なにを申しておる。なぜ私があやつのところへ行かねばならぬのだ」
侘助の言葉に動じてか、エプロンの結び目がなかなかうまくまとまらない。
「おや、そうですか? 俺はまた、神羅クンは田辺クンと」
「そそそそんな事より、今日は洋菓子を作るのじゃろう? 本来ならば食す方が得意なのじゃが、たまには作る側に回ってみても良かろうと思うての」
焦りを見せる神羅の後ろで、割烹着をまとった少女が一人、神羅の顔を見上げていた。
「あのね、ななおもお菓子だいすきなのよ」
にこりと笑ってちょこんと首をかしげる少女の割烹着には、パールホワイトであしらったコサージュやリボンがふんだんに飾り付けられている。覗く襟首から察するに、下には可愛らしい花柄が施されたピンクの着物を着ているらしい。
「この子は七緒クンっていうんですよ」
侘助によって紹介をうけた少女は、両腕で大事そうに抱えているテディベア(少女とお揃いの割烹着を着せられている)共々にぺこりと頭を下げ、
「音羽七緒っていうの。今日はね、ホントはパパもさそってこようかなって思ってたんだけど、パパ、お仕事いそがしいんだって」
「七緒さんっていうんですか。そのテディベア、とっても可愛いですね」
名乗りをあげた七緒の横で、マリオン・バーガンディがにこりと頬を緩ませる。
マリオンは、ぱりっとのりづけのされた白衣をまとい、なぜか聴診器を首からさげて、何やら小箱を大事そうに抱え持っていた。
「かわいいでしょ!? ななおのお友達なの!」
笑顔満開。七緒はちりめん細工のテディベアをマリオンの前に差し伸べて、えへへと小首をかしげて笑う。
「ちりめんで作られたクマなのじゃな。随分と珍しい――。そなたのパパとやらがくれたのかの?」
神羅がそう訊ねると、七緒はふるふるとかぶりを振って、テディベアを再びぎゅっと抱きしめた。
「ちがうの。この子はね、ななおのだいじなおともだちなのよ」
「ほう。しかし、そなたの父はなかなかに多忙な男なのじゃな。まあ、日本男児は割合仕事を率先してしまう傾向にあるようじゃがのう」
「? ちがうよ。ななおのパパはパパだけどお父さんじゃないのよ。ななおのおともだちなの」
「……?」
「なるほど、七緒さんには”パパ”が数人いるんですね」
首をかしげて思案している神羅の横で、なにやら理解を示したマリオンがぽんと手を打っている。
と、その時。
どうにも会話がかみ合わない七緒と神羅とを横目に、侘助がパンパンと手を叩く。
「皆さん、準備は出来ましたか? 白衣、エプロン、割烹着。――ああ、それに、給食当番さんもいましたね。手洗いまで済んだら、田辺クンか俺の方か、どちらでもお好きなテーブルに寄ってください」
「お二人、それぞれに違う点とかあるのかしら? 作るものの違いとか」
「田辺さんパテシィエさんで、侘助さんは和菓子職人さんなのです。お二人の傾向から、やはり、作るものも違ってくると思うのです」
「いや、マリオンくん。俺は和菓子職人っていうわけでも」
「まあ、あれだ。俺は真っ当な洋菓子を作って、侘助の方は和風スイーツを作るって感じで考えりゃいいんじゃねえの」
シュラインとマリオンの言葉に、田辺が面倒くさげに言い捨てる。
「ってか、てめえの好きな方に行きゃいいんじゃん? ヒゲに縁のあるヤツはヒゲんとこ行けばいいし、侘助に縁のあるヤツは侘助んとこ行けばいいんだしさ」
「……北斗、田辺をヒゲというあだ名で呼ぶのは失礼だぞ」
「あ、じゃ、俺、侘助んとこに行〜こうっと」「きゅ、きゅう〜!」
「……やはり、私に白は似合わないと思うんですよ……聖人〜黒を……私に黒いコックコートを……」
啓斗と北斗、それに鎮が侘助のテーブルへと寄っていく傍らで、眩いばかりの白い割烹着に、なぜかお玉を手にしたジェームズがよろよろと田辺の傍に寄っていく。
「僕はおいしいものが食べられれば、どっちでもいいの〜」
「ななおはヒゲのケーキがいい〜! ヒゲじょりじょりたのしそう〜」
「俺も田辺さんの方がいいな。プロの腕前を間近で見られる機会なんか、そうそうあるわけでもないだろうし」
言いながら、アインも田辺の方へと歩み寄る。それに続き、七緒も田辺のテーブルへ。蘭はしばしの間田辺と侘助とを見比べていたが、やがてとことこと足を進め、侘助の白衣の裾を掴んでにっこりと微笑んだ。
「おまえはどうすんだ、神羅」
自分のテーブルを囲むゲスト達のわちゃわちゃという話し声に眉を寄せながら、田辺は神羅に目を向ける。
神羅は仁王立ちで田辺を睨みやっていたが、やがて大仰なため息を吐き、
「そなたの腕前、しかと見届けさせてもらうとするかの」
そう告げて、片眉を跳ねあげながらも、田辺のテーブルに向かい、歩き出したのだった。
「さて、では、皆さん、班分けも出来た事ですし。今日は皆さんに食材となるものを一品づつお持ちいただいているはずですね。そちらの確認をとらせていただいても?」
侘助の言葉に、一同はそれぞれが持ち寄ってきたものをテーブルの上に並べ、置いた。
それらを確認しつつ、田辺がメモ帳に食材リストを書き出していく。
<田辺>
・シュライン……自家製壷入り梅干し(紫蘇入りだから中性)
・マリオン……クマさん型のグミ(問題はその個数。尋常じゃない数!)
・ジェームズ……スイカ(その影に、こっそりと潜むキュウリの姿)
・アイン……ひまわりとガーベラ(食用花にあらず)
・神羅……甘夏(ジューシーで美味!)
・七緒……桜の花の塩漬けとクマさん型マジパン(やはり、その個数たるや尋常じゃない……!)
<侘助>
・啓斗……ところてん(塊の状態で)
・北斗……コンビニアイスセット(ちょっとお値段高めのやつ)
・蘭……梅シロップ(自家製らしい。風味バツグン)
・鎮……乾燥センブリ(胃痛腹痛に! むしろ薬膳!)
「……まともな食材は甘夏とスイカ……マジパンとグミは飾りに使えるとしても、……この数はいったい」
「いっそ全部混ぜてみたらどうでしょうかねぇ」
あっけにとられて呆けている田辺に、侘助がにこにこと満面の笑顔で声をかける。
そもそも、ひまわりとガーベラは食材じゃないだろうとか、ところてんは、おま、ちょ、これどうすんだ、これ、とか。いやいや、っていうか、このキュウリ、すごい新鮮だとか――
そういったあらゆるツッコミの言葉を、センブリが放つ独特の香りがさらっていく。
「まあ、ともかくも、試作を始めましょう」
センブリの香りにめげる事もなく、侘助が試作会の開会を宣言した。
こうして、ようやく、この試作会の幕は切って落とされたのだった。
「ええと、そうですねぇ。食材は来てくださった皆さんが共通で使える事として、……まずはやはりケーキですかね」
白衣姿で、腰に両手をあてがって、侘助がふむとうなずいた。
「俺のアイスは冷凍庫ん中にいれといた。あれはつけ合わせとかかな」
「つけ合わせって……漬け物か」
揚々とした面持ちの北斗に対し、啓斗の方はどこか重たげな表情だ。
「おう、どうした、若いの。そんな顔してちゃあ、食えるもんも食えなくなるぜ!」
イタチ姿の鎮が、啓斗の肩に飛び乗ってペチペチと頬を叩く。
「啓斗さんは甘いのがにがてなのー」
どんよりとしたままの啓斗に代わり、蘭が鎮を見上げて応えた。
「鎮クンが持ってきたセンブリは格別に苦いですし、これでケーキを作れば、あるいはお好みの味になるかもしれませんよ」
にこにこと笑う侘助の手には乾燥センブリがある。侘助はその内の二茎ほどを折り、ティーポットの中に投入した。これに熱湯を注ぎ、冷めたら上澄みを掬うのだ。
「センブリって、テレビとかでよく見るけど、実際見るのは初めてだよ」
辺りに、独特の風味をもった湯気が広がっていく。
立ち込める湯気の匂いに眉を寄せ、気のせいか、北斗の表情までもがどんよりとし始めた。
「千回振り出してもなお苦い、というのが語源であったか」
対し、啓斗の目にはわずかな好奇心が満ちている。
「おなかのぐあいがわるい人がのむといいんだって、前にテレビのひとが言ってたなの〜」
啓斗の横で、蘭がにこにことした笑みを崩す事なくそう告げる。
「飲みにくいセンブリ茶をスイーツとして摂取できるようになれば、これはえらい発明になるかもしれませんねえ」
ポットの中に広がる薄緑色の茶を眺めつつ、侘助がのんびりとした口調でそう告げた。
「だろ? だろ? 前にテレビでセンブリケーキっていうのやっててさ、俺、あれをどうにかして美味く作れないもんかって、結構真剣に考えてみたりしてさ」
侘助の肩の上で鎮が大きくうなずきながら口を挟む。
「紅茶とかでもあるじゃん。煮出しとか葉っぱを刻んでみたりとかさ。煮詰めたのとクリームと混ぜてみたりとかさ」
「なるほど。確かにやってみる価値はある」
応えたのは啓斗だった。
「クリームをいっぱいつけたらおいしくなると思うなの」
蘭が、やはり目を輝かせて賛同する。
北斗ばかりが、しばしの間、微妙そうな面持ちを崩す事なく黙していた。
甘夏のいくつかはシフォンケーキに、残った甘夏とスイカは果汁でゼリーを作り、レアチーズの上に乗せて三層にする。
手順は田辺の指導のためか、あるいはシュラインとジェームズが段取りよく運んでいくためか。この二種のケーキは手際よく形を整えた。
「甘夏の皮でピールを作るのね。柑橘系はわりとなんでもピールに出来るのかしら?」
スイカを漉しながら、シュラインが田辺に訊ねかける。
シュラインの出で立ちは、白衣から割烹着へと変容していた。
シュラインは、キッチンへ立つと同時に、それまでまとっていた白衣を颯爽と脱ぎ去ったのだ。なぜか白衣の下には割烹着を着こんでおり、いそいそと支度に取り掛かったのだ。
舞台女優さんの、一瞬で着替えるやつみたいです。――アインが述べた褒め言葉に、七緒もまた目を輝かせていた、のは、もう随分前の出来事だ。
「まあ、そうだな。わりとイケるな」
うなずきを返す田辺に、マリオンが感心したように目をしばたかせる。
「ピールを作るには、それなりの時間を要するものだと思っていたのです」
「冬場は二日ぐらいはかかるかな。さっきやったやり方は覚えたか?」
「オーブンを低温に温めて、ドアをちょっとだけ開けて乾燥させるっていうやり方ですね」
「シュラインやジェームズは帰った後にも出来そうだな。ピールをいれたケーキは上手いから、草間にでも試してやればいい」
「ねえねえ、ヒゲパパ。ななおにもおてつだいさせて?」
「誰がヒゲパパだ」
七緒が裾を引いたのに気付き、田辺はげんなりとした目で七緒を見遣る。
「田辺さんは小さい子は苦手ですか?」
アインが問うと、田辺は少しばかり思案した後にかぶりを振った。
「苦手というか……あんまり慣れないな」
「田辺は子供との接触が少ないからのう」
キッチンの棚から要り様な材料などを運び持ってきた神羅が、ふふぅと小さな笑いを漏らして口を挟みこむ。
「なるほど。……ところで、俺の持ってきたひまわりとガーベラ、出来上がったケーキの上に散らしてみたらどうかと思うんですが」
にこにこと笑いながら相槌をうち、自分が持ってきたガーベラの一輪をふらふらとまわしながらアインが問うと、
「いいか、アイン。食用花――まあエディブルフラワーってんだが、ガーベラもひまわりも食用には不向きだ。せめて今の時期ならペチュニアとかダイアンサスを持ってこい」
人差し指を突き出し、それでアインの額を小突きながら、田辺は一息にそうまくしたてる。
と、その横で、シュラインとマリオンが怪しげな動きを見せていた。
「このクマさんグミを、甘夏のシフォンケーキに混ぜ込むのです」
「溶けちゃわないかしら?」
「きっと大丈夫なのです。……シュラインさんは、その梅干しをいれるのですか?」
「んー、梅干しは焼き菓子とかにいいかしらって思ったんだけど、……スポンジに混ぜ込んだら、どんな風になるのか、興味はあるわよね」
「こらこらこらこら、おまえら、なにしようとしてんだ、こら」
「うわ、見つかったのです!」
「見つかったのです、じゃねえだろ。グミとかはこの次にまた違う使い方をするから、取っとけよ。混ぜ込むな。――クロスケ!」
「あ、はいはい、何かご用命ですか?」
「このシフォン、オーブンに突っ込んどけ。さっさと焼いちまおう」
「はいはい〜」
ルンルンと弾むような足取りでオーブンへと向かうジェームズの背中を、七緒がこっそりと見つめていた。
その手には、梅干しとグミとが握られていた。
一方、侘助のテーブルの方では。
ところてんは、梅シロップと梅干しを得て、見目にも涼やかな和風甘味へと姿を変えていた。
「アイスはケーキにつけあわせて、その上に梅シロップをかけてやってもいいかもですね」
白衣のポケットに手を突っ込みながら、侘助はオーブンの中でくるくると回り続けているケーキ(センブリケーキ)を見つめている。
その横で、蘭が、懸命にボールの中のものを泡立てていた。
「大丈夫か、蘭。俺が代わろうか?」
覗きこむ北斗に、蘭はふるふるとかぶりを振る。
「僕、がんばってみるのなのー」
そう返し、ボールの中身を確かめる。
ボールの中には生クリームと粒餡とが入っていた。
「焼きあがってくるケーキは、多分、ちぃとばかり苦めに出来てくると思うんですよ。だから合わせるクリームはうんと甘くしてやって、その上でアイスをつけてやれば、苦味も緩和されるんじゃないかってね」
侘助は、蘭の頑張りを、穏やかな笑みをもって見つめる。
「桜は? あれも飾ったりしようぜ」
その侘助の肩の上で、鎮が声を弾ませる。
――と、その時、オーブンがケーキの焼き上がりを知らせた。
「おや、焼けましたね。では、味見をしてみるとしましょうか」
「いろいろ試してみて、これはっつう茶を使ったんだから、きっとイケるって、絶対」
言いながら、侘助の肩を降りて、ほくほくのケーキを覗き込む、青い給食着をまとったイタチ。その傍らで、ピンクの給食着をまとったイズナが心配そうに顔を並べている。
ケーキの端をつまんで口に放り込んだのは侘助だった。
「……どうよ」
訝しく思いながらも、しかし、侘助が見せるであろうリアクションを期待しているのは北斗だ。
しばしの沈黙が場に訪れる。
が、
「……うん、茶として飲むよりは随分といいかもしれませんよ。甘み付けにいれた蜂蜜なんかが功を奏しましたかね」
侘助が見せたリアクションは、思っていたものとは異なるものだった。
なんという事もなくケーキを咀嚼している侘助に安堵を覚えたのか、北斗もまたケーキの試食に手を伸ばす。続き、啓斗が大きめなかけらを拾い、それを蘭と鎮、それにくーちゃんの手へと、それぞれに分割して渡した。
「……苦!」
北斗の顔に、何とも例え難い表情が浮かぶ。
「でも、お茶よりはにがくないと思うなの」
「……むしろ、俺的にはこのぐらいの方が」
「だーかーらー言ったじゃん! これにクリームつけて食えば、もっと食いやすくなるって、絶対!」
鎮が得意げに胸を張った。
そんなこんなの騒動の後に、完成をみたスイーツのメニューはというと、
<田辺>
・甘夏とスイカのレアチーズケーキ(層になっている甘夏とスイカのゼリー部分には、それぞれカットされた果実が姿を見せている)
・甘夏のシフォンケーキ(塗られたクリームの上に、これでもかという数のクマさんマジパンとクマさんグミが! むしろクリーム地が見えないほどに)
・梅干しを混ぜ込んだチップクッキー(梅干しを刻み、チョコチップさながらに混ぜ込んで焼いてみた)
・甘夏のゼリーとスイカのゼリー、それに梅のゼリー(それぞれの中で、果実がぷるぷると揺れている)
・きゅうりのアイスクリーム
<侘助>
・センブリケーキ(センブリ茶を混ぜ込んだ生クリームと塩漬けの桜でデコレーションされている。スポンジの間には粒餡を混ぜ込んだクリームが挟み込まれてある)
・ところてん(梅シロップと刻んだ梅干しがかけられてある)
さらに、出来上がったシフォンケーキとセンブリケーキの横にはアイスが添えられた。
「……ほう、あの食材で、どうにかなるもんじゃのう」
器具の片付けを終えた神羅が、エプロンで手を拭きながらキッチンへと戻ってくる。
「神羅さんって、この家の中の事に詳しいんですね」
戻ってきた神羅に、まったく悪意のない笑みを浮べたアインが言葉をかけた。
神羅の、緋色に光る双眸がぎゅるりとアインを睨めつける。
シュラインがアインの言葉を止めようとするが、間に合わず、
「食器棚とか、調味料のしまってある棚とか、そういえばトイレの場所とかも教えてくれましたもんね。……あれ、ここって田辺さんのお家ですよね」
空気を読まぬままにアインはさらにそう述べた。
「私がどの家の構造を把握していようがいまいが私の勝手じゃ」
吐き捨てるようにそう返し、神羅は視線を泳がせている。
と、ぎくしゃくとし始めた空気を、侘助の声が一蹴した。
「そんな事よりも、皆さん、それでは試食会を始める事にしましょう」
「わーい! なの!」
「ななお、シフォンケーキが食べたい!」
弾かれたように動き出した蘭と七緒が皿とフォークを取り出した。
「私はこちらのゼリーを。……そういえば聖人、私が持ってきたキュウリはどうしたんです?」
ようやく割烹着から解放されたジェームズが、再びいそいそと漆黒色のコックコートへ袖を通す。
田辺がテーブルに出したのは、いつの間にしこんでいたのか、きゅうりのアイスクリームだった。
「きゅうりのアイスクリーム? 珍しいわね。ヘルシーそう」
「これって、やっぱりきゅうり味なんですか?」
シュラインとアインとが言葉を交わしながら覗き込む。
それは、薄緑色のアイスクリームだった。
「僕、アイスもだいすきなの!」
「ななおも! ななおもそれ食べてみたい!」
早々に、きゅうりのアイスが売れていく。
「私が持ってきた、あのきゅうりが、こんな素晴らしいスイーツに変わるとは……! 今度私の店の方でもメニューに並べてみますよ!」
ジェームズは感激を満面にたたえ、滂沱せんばかりの勢いで頬を緩めている。
「っていうか、兄貴の持ってきたところてん。これ美味いね! 今度家でも食おうぜ」
「……それはいいが、おまえ、あんな高いアイスを買い込んできていたが、……まさか」
「ち、違うって、兄貴。あれは俺の小遣いで買ってきた分! ナイショの貯金箱からはたいてきたんだぜ〜」
「俺が持ってきた特製センブリで作ったケーキも食ってくれよ! イケるんだぜ〜!」
「どれ、私が一つ味見をしてやろう。……ふむ、すぽんじは苦めだが、クリームがなかなかに甘めじゃのう」
北斗を睨み遣っている啓斗の後ろで、鎮が差し出した皿を受け取り、神羅が舌鼓をうつ。
「私も食べてみるのです。センブリケーキというのは、お屋敷の方でもなかなかお目にかからないものですし」
「私もいただくわ。美味しかったらレシピをメモして武彦さんにも作ってあげなくちゃ。絶対タバコで胃が荒れてるもの、あのひと」
マリオンとシュラインとが顔を見合わせつつ、センブリケーキを口にする。
小豆のはいったホイップが、苦めのスポンジをほどよくカバーしている。
「……へえ、これならお茶よりはすんなりとイケそうね。上に散らした桜もきれい」
目をしばたかせ、シュラインが小さくうなずいた。
と、桜と聞いて思い出したのか、ゼリーをつついていたアインが並べられたスイーツの数々を見渡した。
「ところで、俺が持ってきたひまわりとガーベラは? あれはどうしたんです?」
「ああ。あれは、さっきも言ったが、食用花じゃないからな」
一仕事を終えた後の一服か、換気扇の下でタバコを吸っていた田辺がこちらを向く。
「えええー! じゃあ、俺のだけ使ってもらえなかったって事なんですか〜!?」
「いいえ、そうじゃないんですよ、アインくん」
不平を述べるアインの横から、侘助がにゅっと顔を覗かせた。手には、アインが持ってきたひまわりとガーベラがある。
「これをね、ケーキの皿に添えてやるんです。口にする事は出来ないでしょうが、目で食す事は出来ますでしょう?」
そう続けつつ、侘助は長さを揃えたひまわりとガーベラをケーキの皿へと乗せていく。
見た目の涼やかなレアチーズには、夏の太陽を思わせるひまわりを。そしてシフォンとセンブリケーキの皿には、色とりどりのガーベラを。
「おおおお、なるほど! なんかこう、皿が派手になった感じがするな!」「きゅ、きゅう〜!」
鎮とくーちゃんが目を輝かせ、
「目で楽しんだ後は、花瓶に活けてやれば、数日は余韻を楽しめるのです」
「シャレた演出ですね。こういうのも真似させていただきますよ」
マリオンとジェームズとが笑みを交わす。
こうして、試作と試食は滞りなく流れ、終わった。
残ったケーキやゼリーはお土産用にと包まれ、それぞれに一輪づつの花が添えられた。
そして、以下、余談。
「なぜ私が皿洗いなぞせねばならぬのだ」
「あれ、神羅さん、不満ですか? 俺はこういう雑用って結構得意なんで、気になりませんけど」
「私も、片付けは嫌いじゃないですよ。ほら、きゅっきゅっていうでしょ? この音を聞くと、ゾクゾク〜ってしませんか?」
キッチンの洗い場では、神羅とアイン、そしてジェームズとが並んで皿を洗っている。
「ところで、神羅さん。なんでメイド服なんです?」
「聖人の趣味でしょう!? 聖人はああ見えて浪漫を求める男なんですよ。メイド服は男の浪漫って言いますしね!」
アインとジェームズとが神羅に訊ねかける。
神羅は、なぜか、フリフリのついたメイド服に着替えていたのだ。
と、神羅が持っていた洗いたての皿が一枚、ぱりんと割れた。
「あら、似合ってるんだもの、いいと思うわよ。ふふ、私も着ちゃおうかしら、メイド服」
「シュラ姐も着るってさ、兄貴。兄貴も着てみなよ」
「ななおもー! ななおもふりふりのお洋服好きー!」
「ふりふりのおようふく、かわいいと思うなの〜」
テーブルの上に残っている皿やグラスを洗い場まで運びつつ、シュラインと北斗、七緒と蘭とが口を挟む。
「ぶばっ! ……阿呆か、おまえは!」
「うわ、啓斗、おま、茶噴いてるぞ!」
「田辺さーん! タオルかティッシュ、タオルかティッシュをくださいなのです!」
グラスの中のセンブリ茶を噴き出している啓斗に、ソファに座ったままでいたマリオンと鎮とがわちゃわちゃと動き出す。
「けど、本当、メイド服って男の浪漫ですよ」
「コックコートもイイですよ!」
「ということで、田辺さん。どうでしょう、今度はメイド服。執事やメイドに扮して騒ぎをするのです」
「あら、それもいいわね。……ああ、でも、そうなったら、私はどっちを着ようかしら」
「意味わかんねえな、おまえら! またこの家に集まる気かー!」
「おや、いいじゃないですか、田辺クン。どうせ休日はヒマなのでしょう?」
「ななおもー! ななおもまた遊びにきたいー!」
「またたっくさんケーキ食べるなの〜」
「そしたら兄貴はメイド服な」
「ばっ、おまえは! さっきから阿呆か!」
「くーちゃんはメイドな! きっとすっごくかわいいぜ〜!」
「ちょ、ちょっと待て! そなたら、私がこの服を着せられた理由なんぞお構いなしか!」
ぱりーんと甲高い音を立て、皿が再び真っ二つに割れる。
この喧騒は、まだまだお開きにはなりそうにない。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【2163 / 藤井・蘭 / 男性 / 1歳 / 藤井家の居候】
【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】
【2525 / アイン・ダーウン / 男性 / 18歳 / フリーター】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】
【4790 / 威伏・神羅 / 女性 / 623歳 / 流しの演奏家】
【5128 / ジェームズ・ブラックマン / 男性 / 666歳 / 交渉人 & ??】
【5689 / 音羽・七緒 / 女性 / 7歳 / あまえる】
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ライター通信
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このたびは闇ケーキ作りに足をお運びくださり、まことにありがとうございました。
思っていた以上の方々にご参加いただき、書き手としましては心の底から感謝の念にたえません。
ただ、人数が多かったため、皆さんからお預かりしましたプレイングの全部を反映する事が出来ずに終わっているかもしれません。なるべくならば詰め込んで、と思いながら書かせていただきましたが…ううむ。
>シュライン様
本当は着替えシーンをもっと華々しい演出をもって描写したかったのですが(笑)、泣く泣く省かせていただきました。
よろしければ草間さんにもセンブリケーキを作って差し上げてください。
>啓斗様
今回のノベル執筆中、どうしてか、お兄さんのメイド服姿がちらつき、想像に悶えておりました。
今回の試作品は割りとすっきりしたメニューが多く出来たかと思います。堪能していただけましたら幸いです。
>北斗様
アイスは真っ直ぐ冷凍庫に保管させていただきました(笑)。
しかし、お兄さんがメイド服なら弟さんはやはりフットマンあたりでしょうか。もしくはいっそご主人様ですよね、うふふ。
>蘭様
初めまして!
蘭さんは無邪気に走り回っていらっしゃるイメージが強かったので、そのイメージを反映させてみました。
口調やイメージが違うといった場合には、遠慮なくお申し付けくださいませ。
きっと口の周りがクリームだらけなんだと思います。(想像して悶えてみる)
>鎮様
っていうか、おそろいの給食着って(笑)。他にどういったレパートリーをお持ちなのか、一度クローゼットを覗かせていただきたく思います。
わたしのノベル中では、侘の肩が鎮さんの定位置になりつつあります(笑)
>アイン様
初めまして!
ひまわりとガーベラは、結局、飾りとして使用させていただきました。いえ、田辺あたりに無理矢理食べさせてもいいかなとも思ったのですが。
余談ですが、初めの設定ではひまわりは身の丈をゆうに超えるもの(2Mくらいあるやつ)にしようかとか、いろいろ妄想しておりました(笑)。
口調やイメージが違うといった場合には、遠慮なくお申し付けくださいませ。
>マリオン様
グミと梅干しが入った部分は田辺にあたっています。
ところで、グミって加熱したらとけちゃうんでしょうかね。チョコチップは加熱してもOKみたいなんで、グミもイケるんでしょうか。興味津々。
>神羅様
神羅さんのメイド服は、やはり外せないポイントだと思いました。意外性にとんだ組み合わせのようで、ツンデレ(!)な神羅さんには結構お似合いなセレクトかもとかあれこれ。
田辺は萌え転がっていると思います、きっと。
>ジェームズ様
初めまして!
お言葉に甘え、思う様いじらせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。わりと天然なのほほんキャラになったような気がします。
設定を拝見する限り、シリアスもOKな方なんですよね。シリアスなジェームズさん、機会があればお目にかかりたいな〜なんて言ってみたり。
口調やイメージが違うといった場合には、遠慮なくお申し付けくださいませ。
>七緒様
初めまして!
ちょっとばかり遊ばせていただいた箇所もありますが、お気に召していただければと思います。
七緒さんがこっそりと投入したグミと梅干しは、見事、田辺が引き当てています。
よろしければまた遊びにいらしてくださいませ。かわいいお嬢さんで、田辺の子供嫌い?を癒していただければと思います。
口調やイメージが違うといった場合には、遠慮なくお申し付けくださいませ。
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