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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


向こう側の古着処分

●オープニング
 何処とも知れない場所にある、何やら特別な人間だけが辿り着けるというアンティークショップ・レン。
 普段は曰く付き商品の数々が置いてあるのだが、今日は何かが違う。
 店先には「ブランド品 30パーセント〜80パーセントOFF」と書いてある看板がおいてある。
 店主の碧摩蓮曰く。

「骨董品ばかり売るのも飽きたから」

 …だそうで。

 ひとりの女子高生が、花柄のピンクのワンピースを手に取り、喜んでいた。
「すみませーん、これ、試着してみてもいいですかー?」
「いいよ。店の奥で着替えてみな。姿見もあるから」
 試着し終えた女子高生はルンルン気分で80パーセントOFFのそのワンピースを買った。
 それと入れ違いに、お香専門店『幽玄堂』の店主、香月那智がアンティークショップ・レンに入った。
「ごめんください、先日ご予約してくださった香をお届けに参りました」
「ああ、わざわざ届けてくれてありがようよ」
「先程、私と入れ違いの子が買っていったもの、何やら妙な香りがしたのですが…私の気のせいでしょうか?」
 香りに敏感な那智が何かに気がついたようだ。
 それを察したのか、蓮はしれっとしてこう答えた。
「ちょっとした処分品セールさ、向こう側の…ね」
 向こう側、というのがひっかかるが…。
「なるほど、彼の岸の…ですか。しかし貴女も趣味が悪い。そのようなものを売りつけるとは」
 あたしは悪徳業者かい? と意地悪な目で那智を見つめる蓮。

 そんな二人の遣り取りを見ず、あなたはアンティークショップ・レンに足を踏み入れた。

●お客様ご来店
 来生一義(きすぎ・かずよし)、十四郎(としろう)兄弟は、買い物を終え、家路に向かっていた。
 一義は、最近オープンしたてのブックマーケットに行こうとしたのだが、極度の方向音痴なので一人で帰れないと判断したため弟の十四郎に連れて行ってもらうことにしたのだ。駄々っ子…とまではいかないが、どうしてでも行きたいという兄に根負けした十四郎は渋々誘導役を兼ねての付き添いをすることになった。

 ――付き添い無しじゃとんでもねぇとこに行きかねないからな、こいつは。
 
 誰よりも一義のことを知り尽くしている十四郎は、彼を放っておくことができなった。俺も御人好しだぜと呟きながらも、両手に
本がぎっしり詰まった袋を持って歩いた。
「帰ったら早速読もう。何からにしよう…」
 足取り軽く、誰が見ても幸せそうな表情で何から手をつけようか考えている一義を尻目に、十四郎は早く帰って冷たいビールを一気にぐいーっと、と考えていた。一義は本を読む前に、そろそろ弟に夏服でも買ってやろうかと思った。

 その思いに応えたかのように、アンティークショプ・レンの看板が一義の目に入った。
 丁度良いタイミングだ、ここにしようと一義は店内に入った。
 看板に書かれていたブランド品がかなり安くなっているという点に心惹かれ、いてもたってもいられなくなったのだ。
「どこ行くんだよ?」
 俺がいないとまたでかい迷子になるくせに、とぼやきながらも十四郎は一義の後に続き店内へ入った。
「服でも買うのか?」
「お前の服だ、十四郎。着たきり雀だから、たまには良い服を着ろ」
 そう言いながら、一義は十四郎の服装を上から下までチェックしている。
 薄汚れたシャツ、膝の抜けたジーンズという衣装は良い服とは言えないが、毎日のように徹夜し、取材で現場に張り込むこともあるという雑誌記者では服装のことなど気にしてはいられない。
「早く来い」
「はいはい」
 頭を掻きながら、面倒くさそうに兄の後に続いて入店する十四郎。

●どのような品を
「いらっしゃいませ」
 店主の碧摩蓮がぶっきらぼうに挨拶する。商売する気があるのかないのか…。
「お客様ですか。では、私はこれで」
 蓮と話し込んでいた香月那智は軽く会釈すると帰ろうとしたが、二人に気づくと「いらっしゃいませ」と声をかけた。
「よぉ、今日は客入りが良いようじゃねぇか」
 十四郎は顔馴染みの蓮に話かかけた後、那智によう、と軽く挨拶をし、一義はペコリと頭を下げこんにちはと挨拶をする。
「そちらの方は、蓮さんのお知り合いですか?」
「さぁな。俺も今日初めて会うからわかんねぇ」
 自己紹介を忘れていたことに気づいた那智は、Yシャツの胸ポケットに入っている名刺を十四郎に手渡し、お香専門店の主人をしている那智ですと軽く自己紹介した。
「蓮さん、こいつが買い物したいらしいから適当に見繕ってやってくれ」
「あいよ」
 こいつと呼ぶな、と言っても聞かない弟の性格を知り尽くしている一義はそれを無視し、蓮の後に続き男性向けの夏服コーナーへと向かった…というが、十四郎と那智のすぐ側だ。
「あたしは見繕いはしないよ、自分で選びな。あんたなら思わぬ掘り出し物を見つけられるさ」
 どういうことですかと尋ねる間もなく、蓮は十四郎、那智と話をし始めた。十四郎のことだ、記事のネタになるようなことは無かったかと話しているに違いない。そうなっていては、自分の入る隙間は一寸も無いことを一義はわかっているので服を選ぶことにした。

 一義は男性服のコーナーに着くなり、それらを一通り見た。
「これは有名ブランドのYシャツ! こんな超特価で売られているのなんて信じられません…」
 彼が最初に手にとって見た服は、滅多に目にすることの無い代物である。生前はあまり名が知られていなかったが、数年前に有名の仲間入りになったブランドであった。

「あんたなら思わぬ掘り出し物を見つけられるさ」

 冷静になって考えると、それは幽霊として何かを感じるかもしれないということだと思った。いざとなれば浄化能力で何とか出来ると気にせず、サイズと値段、夏らしい色合いに重点を置き、一義は再び服選びを始めた。
 似合うかどうかと好みは二の次。十四郎に良い服を着せなければならないといけないという使命感が、一義を動かしていた。
「十四郎、ちょっと来い」
 話をしている十四郎を半ば強引ともいえる誘いで呼び出した。
「わり、ちょい失礼」
 邪魔すんなよ、と顔に出しながらも服を手にしてニコニコしている一義の所へ行くと、突然服を当てられた。
「思ったとおり、なかなか似合うな。良し、これを買おう」
 一義が手にしていたのは薄いグリーン地に大きな向日葵が描かれているシャツだった。
「こんなの着れるか! 恥ずかしいだろうが!」
「これはどうだ?」
「気に入らねぇよ! 左手に持っているのは俺には似合わん!」
 兄が選んだ服を見ては何だかんだと文句を垂れる十四郎。それでも更に兄の洋服選びが続くので、

「てめぇの好みを押し付けるようなら、もうどこにも連れて行かんぞ」

 と脅した。
 どこに出かけるのも弟が必要なことになる一義にとって、その一言は効果覿面の脅し文句だった。
「わ、わかった。だが、せめて一着だけでも…!」
 脅されても諦めない一義に対し、死後も面倒をかけている弱みを感じ取った十四郎は結局折れてしまい、兄が選んだ一着を購入することにしたが、涙目で喜びながら会計に向かう一義に待ったをかけ、自分が好きな服を買わせろと無理矢理もう一着買わせるのを忘れなかった。

「ありがとうございました、蓮さん。お陰で良い買い物ができました」
「悪かった、店ん中で騒いだりして」
 帰り際に兄弟揃って挨拶をするが、兄は丁寧なお礼、弟はお詫びと異なっていたが、そろそろ暗くなるから早く帰ろう、という意見は二人とも息が合っている程に同じだった。

●似たもの幽霊
 家につくなり早速試着か、と思われたが…商品は袋にしまわれたままだった。
 夕飯を済ませ後は寝るだけになっても、袋は相変わらずである。
「十四郎、買った服を着ないのか?」
「そっちこそ」
 一義はブックマーケットで購入した推理小説を読みながらそう言った。
 十四郎に至っては買ったんだから何時でも着られる、という感覚である。
 要するに『服は逃げないから何時でも着られる。慌てない、慌てない』という発想である。
「…と、もうこんな時間か。寝るぞ」
 床に置いてある目覚まし時計を見て、既に就寝時間が過ぎていることに気づいた一義は布団を敷き始めた。
「もうこんな時間か、っていうが、まだ十一時半だろうが」
「明日も仕事だろうが。今日の疲れを残さないよう、十分睡眠を取れ。いいな」
「ちっ…わかったよ」
 吸っていた煙草を乱暴に灰皿に押し付けると、十四郎は軽く着替えて床についた。 

 それからどのくらい時間が経っただろうか。
 誰もいないはずの真っ暗な部屋に、誰かの啜り泣きがした…ような空気が辺りを漂う。
「ん…」
 寝返りをうった後、うっすらと目を開けた一義が見たものは…。
「ん?」
 目に映ったのは、買い物帰りに蓮の店で購入した淡い水色の、シンプルで上品なデザインの麻のシャツを着たいかにも気弱そうな男性だった。体が透き通って見えるのは、彼も一義と同じ幽霊だからだ。
 一義は上半身を起こし、枕元にある眼鏡を手に取り、かけた。
「ひょっとして…あなたも幽霊ですか? 実は、私もなんですよ」
「は、はあ…そうなんですか…」
 幽霊はおどおどした口調で話し始めた。
「あなたのこと、話していただけませんか?」
 断ろうとしたが、一義が顔を近づけて興味津々に聞いてくるので幽霊は折れ、ぽつぽつと話し始めた。
 幽霊、名前を牧本真喜男という―は、生前はごく普通のサラリーマンだった。
 子供の頃から気が弱い故、他人に何かを押し付けられるとノーとは言えなかった。上司はそれを利用し、仕事での失敗の後始末を真喜男に押し付け、連日残業をさせた。死因は連日の酷務がたたっての過労死である。
「苦労されたんですね…」
「はい…辛くて辛くて…。このままじゃ死ぬ…と思ったら、本当に死んでしまったんですから…」
 よよよ…と泣き出してしまった真喜男を慰め、自分はですね…と身の上を語る一義。
 その時、人影が近づいてきた。その人物が着ていたのは、十四郎が購入した何の変哲もない黒い半袖のポロシャツだった。

●兄弟同士の対面
「ったく、いつまでも泣いてんじゃねーよ、真喜男」
「に…兄さん…!? どうしてここに…」
「お兄さんなんですか? この人」
 真喜男を呼び捨てにした幽霊、名を牧本登志男という―が鋭い目つきで真喜男を見る。幽霊なのに、何故か銜え煙草をしているが、それに対してのツッコミはご遠慮願う。
「俺が兄で悪ぃかよ」
 ガンを飛ばすような目つきの悪さは「ワル」の一言が似合う。
「い、いえ…。私の弟に似てるなぁと」
 弟そのものかも…と思っていても、声に出せない一義。
「っるせぇなぁ…何時だと思ってるんだよ」
 眠い目を擦りながら、十四郎が体を起こす。良く見ると、兄以外の幽霊が見える。目の錯覚か? と思い瞬きをしたが、錯覚ではなかった。
「誰だ、その二人」
「この人達はですね…」
 一義が自己紹介をするのを遮り、二人がそれぞれの自己紹介をする。
「牧本登志男だ」
「弟の牧本真喜男です、宜しくお願いします」
 こらまた、俺ら兄弟と正反対な…とちょっと面食らった十四郎。兄のほうは俺以上に荒んでいるな、とも思ったが。
「こちらの自己紹介がまだでしたね。私は来生一義といいます。隣にいるのは弟の十四郎です」
「よぉ」

 自己紹介を終えた後、真喜男は一義と、登志男は十四郎と話をすることとなった。
 一義が兄は兄、弟は弟同士で話し合おうと提案したのだが、登志男のほうから断ったのだ。ウマが合わない奴とは話したくない…らしい。
「煙草吸うか? といっても、幽霊じゃ無理か」
 十四郎が煙草を勧めるが、幽霊であることを忘れていた。差し出した煙草は勿体無いからと後で吸うことに。
「俺もなぁ、生前はお前みたいに暇さえありゃあ煙草吸ってたぜ。何度も止められたが、やめられねぇんだよな、これが」
 煙草を吸う仕草をしながら寂しそうに呟く登志男。生前の彼は、十四郎に負けずとも劣らないヘビースモーカーだった。
「吸いすぎがたたっちまって、肺がんになっちまった。病院に行ったときゃ、既に末期状態だった。それでも吸った、やめられねぇから。自分で自分の寿命を縮めているのはわかってたけどよ、どうせ死ぬんだ! と思ってよぉ、死ぬ三日前まで思いっきり吸った。死ぬ間際まで苦しんだが、それまで吸い続けられて幸せだった」
「あんた、相当のヘビースモーカーだったんだな」
「お前は俺みたいになるなよ。マジでやばいから」
 互いの顔を見てククッと同時に、二人は笑った。その様子は、鏡に映った自分自身のような気分であろう。

 一義と真喜男は、互いの苦労話を続けていた。話し出したらキリが無いくらいに、次から次へと話題が出てくる。

●成仏でお別れ
 話し込んでいるうちに、辺りはうっすらと明るくなった。
「そろそろ帰りましょうか、兄さん」
 真喜男がすっくと立ち上がり、登志男の肩をポンと叩く。
「そうだな、あんまし長くいられねぇようだし」
 登志男はしゃあねぇなぁ、とぼやきながらも立ち上がり、真喜男の隣に立つ。
「十四郎、俺愛用のシャツ大事にしろよ? 見た目はイマイチだが、着心地は良いぞ」
「一義さん、僕が着ていたシャツに袖を通してくださいね? でないと…祟りますよ?」
 幽霊の私を祟れるわけないでしょう、と笑って返す一義に、お前ならマジで呪われるとつっこむ十四郎。
「お前ら、長くはいられねぇんだろ? そろそろ行け。それと、もう…」
 もう二度と来るなと十四郎は言おうとしたが、一義は咄嗟に、
「お二人さえ良ければ、また来てくださいね。そして、今日みたいにお話しましょう」
 と返した。
「お言葉は有難いのですが…もう、貴方達に会うことはないと思います。一義さんとお話することで、生前の無念を晴らせましたので」
「俺も真喜男と同じ意見だ。気が合う奴と話をしたら気分がスッキリした。楽しかったぜ、十四郎」
 カーテンの窓からうっすらとした朝日が差し込むと、牧本兄弟はすぅーっと消えた。

『ありがとう』

 二人の心からの感謝の言葉を、来生兄弟は同時に聞こえたような気がした。

「あいつら、成仏しちまったな…。今何時…って、もうこんな時間かよ!」
 テーブルに置かれた目覚まし時計を見て、十四郎は驚いた。時刻は七時半を既に過ぎていた。
「早くしねぇと電車に乗り遅れちまう! 急がねぇと!」
 慌ててハンガーにかけてあるジャケットを手に取ろうとしたが…。
「もう一人の俺、とも言えるあいつのシャツを着ていくか」
 開けずの袋に手をつけ、ポロシャツを取り出すと早速袖を首を通した。初めて着るにも関わらず、着心地は良かった。
「十四郎、朝ご飯を食べていけ」
 今すぐ支度するからという一義の行動は、そんな暇ねぇ! と一蹴された。
「気をつけて行くんだぞ」
 ガキじゃねぇって! とぼやきながら駅まで走る十四郎だったが、足取りはいつもより軽かった。

「さてと…私も真喜男さんの麻のシャツを着てみますか」
 一義は早速袖を通した。サイズはやや大きめであったが、着れないことはない。

 今日一日だけでも、数時間だけの友人であった牧村兄弟幽霊の服を着て、供養してあげようと決めた来生兄弟であった。

<終>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3179 / 来生・一義 / 男性 / 23歳 / 弟の守護霊(?)兼幽霊社員】
【0883 / 来生・十四郎 / 男性 / 28歳 / 五流雑誌「週刊民衆」記者】

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■         ライター通信          ■
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ライターの火村 笙です。
このたびは「向こう側の古着処分」にご兄弟揃ってご参加くださり、ありがとうございました。

十四郎様、草間依頼のほうではお世話になっております。
お兄様の一義様ははじめまして。

ご兄弟でのご参加、ということでしたので、古着の持ち主も兄弟にしてみました。
ほんの数時間の出会いでしたが、お二人にとって良き出会いであることをお祈りしております。

まだまだ暑い日が続きますので、お体にお気をつけてください。
またお会い出来ることを願い、締めくくりとさせていただきます。

火村 笙 拝