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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「そういえば唐突に思い出したんだけど、香里亜がここ来る前は、時々クロに手伝ってもらってたよなー」
 昼の蒼月亭。
 まだ開店直後で店の中には従業員である立花 香里亜(たちばな・かりあ)と、常連客のジェームズ・ブラックマンの三人しかいない。香里亜は本当なら今日は休みなのだが、「今日はお客様風をぴゅーぴゅー吹かせます」などと言い、カウンターでジェームズと仲良くコーヒーなど飲んでいる。
 その本当に唐突な言葉にジェームズはカップを置き、ふっと笑いながらクッキーをつまむ。
「そんなこともありましたね…」
「俺が『ランチメニューやるから試食頼む』とか言ってさ、人が来なくて来てもらったりしたっけ。あの時ちょっとふざけたメニュー作ったら、クロが『私がランチに適した料理を作る』って、カウンター入ってきたんだよな」
 まだ客がジェームズしかいないせいで、店の中の空気はかなりゆったりとしていた。ナイトホークも煙草をゆっくりと吸う余裕がある。
 最近は昼間もかなり客が増えているが、香里亜が来る前は開店しているのが勿体ないほど昼の時間帯は閑散としていた。それこそジェームズに来てもらって、暇でも潰さないと退屈で死にそうなぐらいに。
 それが最近では、ちょっと客が増えればいいか…ぐらいに思って始めてみた『マスターの気まぐれランチ』が人気になったり、コーヒーや紅茶などを飲みに来る客も増え、今度はナイトホークがさぼる暇がないぐらいだ。
 香里亜はそんな様子が珍しいとでもいうように、コーヒーを飲みながらくすくす笑う。
「ジェームズさんって、お料理上手なんですか?」
「これでも料理はかなり得意なんですよ。そう言えば香里亜君には作ったことがありませんでしたね」
 あまり自炊をすることはないが、ジェームズは手先が器用だ。確か昼間に一度だけカウンターに乱入したことがあったし、かなり繊細な料理を作る。ジェームズが料理を作っている様子が想像出来ないのか、それを聞き香里亜が目を輝かせた。
「私、ジェームズさんの作ったお料理食べてみたいです。今日は、いつもと逆でジェームズさんがカウンターで、私がお客様〜」
「ちょっと待て。何でそういう事になってるんだ?俺が飯作るでいいじゃねぇか」
 呆れたように溜息と共に煙を吐くナイトホークに反し、ジェームズは既に立ち上がってカウンターに入る準備をしており、香里亜はナイトホークに向かって指をさす。
「えーと…なんかこういう時に使える言葉が…あ、チェンジ」
 多分言葉の元の意味は、全く分かっていないのだろう。
 苦笑するジェームズを見て、ナイトホークが更に深い溜息をつく。
「チェンジいいけど、お前それ絶っっ対、外で言うなよ…」
「そうですね。お嫁に行く前のお嬢さんが使っちゃいけません…誰からその言葉聞いたんですか?」
 スーツの上着をハンガーに掛け、慣れた手つきでエプロンを付けるジェームズを見ながら、香里亜がきょとんとしたようにこう言う。
「え?ナイトホークさんがお客様と一緒に、何か雑誌見ながら『チェンジ!チェンジ!』って言ってましたよ。私が見せてもらおうとすると、隠して見せてくれなかったんで、何の本か分からなかったんですけど、ひどいですよね」
 ……そんな事もあったかも知れない。
 心当たりがありすぎるので、二人と目を合わせないようにナイトホークはキッチンに下がろうとした。だが、その肩にジェームズがポンと手を置く。
「…何の雑誌を見てたんですか?」
「ノーコメントで。それより、クロが夜にカウンター入ったとき時の話でもしようか。そっちの方が雑誌の内容より絶対面白いから」
 何だか親に怒られるのをごまかそうとする子供のようだ。香里亜はそんな二人の様子を見ながら、コーヒーカップを両手で持ったままニコニコと笑った。
「その話も聞きたいです。お説教は私が帰ってからでお願いしますね、ジェームズさん」

「クロ…今、暇?」
 夜の営業というのは時々風向きが読めない。雨の日なのに客の入りが多いこともあれば、イベント事があるのに客が入らないこともある。その日も全くそんな感じで、カウンターの九席と、四人がけテーブル席が二つとも埋まっていた。
 一人でさばききれなくもないのだが、フードメニューが入った時が怖い。それにカクテルの注文が重なった時に客を待たせたくない。ナイトホークはちょっとした隙をうかがって、ジェームズに電話で助けを求めた。
「今日も混雑しているのか?いい加減人を雇ったらどうだ?」
「今は猫の手も借りたいんで、その話は後で。つか、暇なら手伝いにきて」
「…仕方がないな」
 ついつい手伝いに行ってしまうのは、蒼月亭の評判を落としたくない事だけではなかった。カウンターに立って手伝いをするのは、ジェームズにとってかなりいい暇つぶしなのだ。ナイトホークもそれをよく知っている。
「サンキュー、クロ」
 ちゃんと黒のベストにシャツでやって来たジェームズがカウンターに入ると、それだけで店の流れが変わった。お互いの性格や動き方などが分かっているので、ナイトホークが一人でやっている時よりもかなり楽だ。
 そうやって注文などをこなしていると、カウンターから声が上がる。
「すいません、カクテルをお任せで」
「ベースは何がよろしいですか?」
 ジェームズはふっと微笑みながら、まずそれを聞いた。
 カクテルのお任せを注文された時は、まずベースや味の好みを聞く。それはナイトホークから言われていることだ。他にも『エンジェル・キッス』を頼まれたときは、クレーム・ド・カカオに生クリームだけの物を指すのか、それとも世界的に一般化されている『プース・カフェ・スタイル(材料の比重を利用して、層になるように作るカクテル)』を指すのかなど、結構細かい注文がある。
「ベース…うーん、どうしよう」
 それを聞かれたカウンターの女性は、少し困ったように考えている。もしかしたらあまりカクテルには詳しくないのかも知れない…そんな時は一言助け船を出せばいい。
「甘口と辛口、どちらがお好きですか?」
 ジェームズにそれを聞かれ、ちょっとホッとしたように彼女は微笑んだ。
「ごめんなさい、カクテルにあまり詳しくなくて…たくさん飲めないので、甘めのをお願いします」
「かしこまりました」
 注文を聞き、ジェームズは「甘めで量の少ないカクテル」というリクエストをそっとナイトホークに告げた。それを聞くとすぐにシェーカーに氷を入れ始める。
「クロ、『ベイリーズ』」
 メジャー・カップにアイリッシュウイスキーを入れ、手際よく材料をシェーカーに注いでいく。ジェームズが手渡した『ベイリーズ』も、さっと計り入れまた元のように手渡す。
 シェーカーで作るカクテルは、出来上がるまでの緊張感がなかなか心地よい。ただシェーカーを闇雲に振っているように見えても、中の氷を極力溶かさずに材料を攪拌し急冷させるのはなかなか難しい。その音が店に響き渡るだけで、客の期待感が伝わってくる。
 調子のいいリズムが止まり、カクテルが注がれた。
「『クローバー・ナイト』…キリスト教の三位一体と、アイルランドの象徴のクローバーをあしらったカクテル」
 それだけを言うと、ナイトホークは注文待ちの客などがいないかと、別の方に目を向けながら、カウンター下に置いてあった煙草を一服した。ジェームズはカクテルをそっと差し出しながらこう言う。
「お待たせいたしました。『クローバー・ナイト』、キリスト教の三位一体とアイルランドの象徴であるクローバーをあしらったカクテルです。幸運を呼ぶと言うことで、こちらにいたしましたが如何ですか?」
「………!」
 確かにその通りだが一言多い。ナイトホークは咳き込まないように煙草の煙をそっと吐き、ジェームズの方を見た。別に幸運願ったりするためにそれを作ったわけではなく、甘めと言うことで『ベイリーズ』を使ったこのカクテルを選んだだけなのだ。
 それを差し出された客は一口『クローバー・ナイト』を飲んで、にっこりと微笑む。
「美味しい。何か本当に幸運がやってきそう」
「きっと来ますよ、貴女のように素敵な方なら」
 聞いているだけで恥ずかしい。ナイトホークはジェームズの側にそっと近づき、小声でそっと囁いた。
「クロ、店でナンパはやめて…」
 ジェームズとしては別にナンパをしているつもりはなかった。ただアイルランドではクローバーが幸運のシンボルだと一言付け足しただけで他意はない。それに、女性はすべからく素敵であるというのが持論だ。
「ごゆっくりどうぞ」
 そっと頭を下げて二人で離れると、ナイトホークは小声のままジェームズを叱る。
「俺が恥ずかしいから、余計な事言うな」
「私は嘘は言ってませんが」
「本当でも、後から面倒だからやめて」
 そう言っているナイトホークは本当に困った顔をしていた。言ってしまうと何だが、ナイトホークにはミステリアスな印象がある。長身で色黒という所だけでなく、余計なことをあまり話さないのが興味をそそるのだろう。
 客商売というのもなかなか難しいものだ。贔屓しすぎれば余計な誤解を招き、離れすぎれば対応が悪いと言われる。知らない所でナイトホークは案外苦労しているのかも知れない。
 そんな事を思っている間にも、カウンターから声が上がる。
「マスター『ホワイト・リリー』お願い」
「かしこまりました」
 仕事に戻ろうとするナイトホークに、ジェームズはそっと呟いた。
「純白の百合ですか…大天使ガブリエルが聖母マリアに差し出した花ですね」
「クロ、それ以上言うと『レインボー』飲ませる」

 ジェームズが作った、サラダ代わりのジャガイモのヴィシソワーズに、鶏肉のマスタード焼きの温野菜添えを食べていた香里亜はそこまで聞いてふと顔を上げた。
「『レインボー』って、ジェームズさん嫌いなんですか?」
 カウンターの中でコーヒーを飲んでいたジェームズが微妙な表情になる。ナイトホークはそれを見てふっと笑い、足下にある冷蔵庫からリキュールを何種類か取り出した。
「『レインボー』はちょっと…ナイトホーク、もしかして香里亜君に作ってみせる気ですか?」
「見たことないだろうから、見せてやろうと思って。未成年だから飲ませないけどな」
 七種類の材料が香里亜の目の前に置かれ、それをナイトホークは少しずつバー・スプーンの背を使って虹のように綺麗な層にしていく。
「うわぁ、綺麗…」
 グラスの中には美しい虹が出来ていた。だが、作ったナイトホークもジェームズもその見た目と裏腹に複雑な表情をしている。
「で、これどうやって飲むんですか?普通に飲んだら色混ざっちゃいますよね」
「香里亜君は洞察力がありますね。問題はそこなんですよ…」
 ジェームズは溜息をつきながらそっとストローを差し出した。
 色々な材料を使うが、基本的に『プース・カフェ・スタイル』のカクテルは、ほとんどがリキュールだ。そしてこうやって作られたカクテルは層を崩さないようにそっとストローで飲むことが多い。リキュールグラスで食後にリキュールを飲むのとはちょっと訳が違う。一番下に入っているグレナデンシロップを生で飲むことを考えると、ジェームズは寒気がする。
 それはナイトホークも同じだった。珍しがったり、ちょっと意地の悪い客がナイトホークの腕を見るためにプース・カフェスタイルのカクテルを頼むことがあるのだが、労力に見合った味がするとは思えないのだ。かといって「作れない」とは言えないし、注文がある以上は何とかするのだが…。
 香里亜が二人の話を聞きながら感心する。
「なるほどー。で、これは誰が飲むんですか?」
「………」
 ジェームズとナイトホークが顔を見合わせた。
 見せるために作ったのはいいのだが、誰が飲むかは全く考えてなかった。グラスをチラリと見るナイトホークに、ジェームズが意地悪そうに笑う。
「取引をしましょう。私はさっきの『雑誌』の話を忘れる代わりに、ナイトホークがそれを飲むというのはどうしょう」
「えっ?クロ、ずるい!これからランチの客入るのに、リキュール飲んだら甘くて舌が馬鹿になるから嫌だ」
 香里亜は二人のやりとりを、ニコニコしながら聞いている。おそらく自分がまだ東京に来ていなかった頃はこんな会話が繰り広げられていたのだろう。たまには客になって、こういうのを見るのも楽しいかも知れない。
「大丈夫ですよ、ナイトホークさん。今日はジェームズさんがいますから」
 ナイトホークはそれを聞き、何か言いたげに一瞬眉間に皺を寄せたが、二人の期待に満ちた視線に大きく溜息をつく。
「はい、俺が飲ませて頂きます。わーい、マスターのおごりうーれしーい、昼から酒なんて太っ腹ー」
 心底嬉しくなさそうにそう言って、ナイトホークはそのままレインボーを一気飲みした。本当はこう言う飲み方はしたくないのだが、ストローで飲んでるうちに客が来ても困るし、一番下に入っているグレナデンシロップを最後に飲むのは嫌だ。
「ちょっとうがいしてくる…このまま煙草吸ったらちょっと倒れる」
 そう言いながらキッチンの方に引っ込むナイトホークに、ジェームズが皿を下げながらくすっと笑う。このままナイトホークが一人なら流石にこんな事はしないが、香里亜の言う通り今日は自分がいるから大丈夫だ。それにコーヒーを入れたりするのなら、味見をしなくても何とかなる。
「早めに帰ってきてください。さて、香里亜君には何か飲み物でもお作りしましょうか」
「お願いしまーす」
 ジェームズはレモンを冷蔵庫から取り出し。その皮を螺旋状に剥いた。それをタンブラーの端に引っかけるように飾り、氷を入れグレナデンシロップを注ぐ。あとはジンジャーエールを入れ、少しステアしたら…。
「お待たせいたしました。香里亜君でも飲めるカクテル『シャーリー・テンプル』です」
 その、日に透けるような美しい赤を見て、香里亜は嬉しそうに微笑んだ。
 いつもカクテルの話をしても飲めなくてつまらないだろうが、これから未成年の香里亜でも飲めるだろう。そこにうがいから帰ってきたナイトホークが、エプロンのポケットからシガレットケースを出しながらこう言った。
「ハリウッドで活躍した名子役の名がついた、国際バーテンダー協会のオフィシャルカクテルです。ごゆっくりどうぞ…あー、甘かった。口直しするわ」
 ナイトホークがくわえた煙草に、ジェームズがライターを出し火を付ける。それと同時に入り口のドアベルが鳴り、二人は揃ってこう言った。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
最初の『「マスターの気まぐれ」始めました』からの繋がりで、香里亜が来るまでは時々カウンターに入っていたということで、夜の営業時のエピソードなどを語らせて頂きました。
前の話とは違ってかなりコミカルで、ちょっとボケツッコミなど入れさせて頂きました。
『レインボー』は綺麗ですが、二人とも何だか苦手そうです。辛口好きのイメージがあります。
リテイクなどはご遠慮なくお願いします。
また蒼月亭に来てやってくださいませ。