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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


目指せ! 炎のスラッガー

「骸骨ジャンキーズと愛嬌キャッツとかいう、謎の野球チームとバッティング勝負をしなきゃいけないことになったんですぅ! お願いします、助けてくださいぃっ!」
 三下からの連絡に、チェリーナ・ライスフェルドは燃えに燃えた。
「面白そう! あたしに任せて!」
 

「…うわあ、壮観」
 バッティング勝負の会場となるグランドに足を踏み入れたチェリーナは、満員の観客席を見て思わず感嘆のため息を漏らした。
 客席には、誰一人として普通の人間は座っていなかった。獣だったり魚だったり、普通の人間かと思えば頭から角が生えていたり。
「どんなバッティング勝負になるのかな。楽しみ!」
 ちなみに一緒に来ていた三下は、球場に着いて二秒で昏倒し、今は医務室にいる。

「それでは試合に先立ちまして、お客様参加のバッティング勝負を開催致します」
 場内アナウンスが流れると、観客たちは一斉にメガホンを打ち鳴らした。
「骸骨ジャンキーズと愛嬌キャッツ、両チームの投手が投げるボールをヒットに出来たら、豪華賞品を差し上げます。ひとり二球ずつ、計四球の勝負となります。ファウルボールはカウントされません」

「それではまず最初に、骸骨ジャンキーズから投げていただきます」
 アナウンスが終わると同時に、三塁側のベンチからユニフォームを着た骸骨が現れた。
 骸骨はきっちり九人出てきて、それぞれ守備位置に付いた。どうやらジャンキーズは、その名のとおりスケルトンのチームであるらしい。
「よろしくお願いします!」
 チェリーナはヘルメットを脱ぎ、審判とキャッチャー、そしてマウンドの骸骨投手に礼をした。
「おう、よろしくな。なんや、元気のいいお姉ちゃんやな」
 どうやって喋っているのかは不明だが、骸骨投手は大阪弁ではっきりそう言った。人のいいお兄ちゃん、という感じの声だった。
「…姉ちゃん、いい思い出作って欲しいとこやけど、俺にもエースのプライドがあるからな。全力投球させてもらうで」
「もちろん、望むところ!」
 チェリーナは打席で足場を慣らし、バットを握り締めた。気分が高揚しているのが分かる。ちょっとばかり人外ではあるが、プロの…しかもエースの全力投球を打てる機会なんて、そうそうない。
(…よし、速球狙いだ!)
 骸骨エースは大きく振りかぶり、ダイナミックなモーションで第一球を投げた。豪放な投球動作とは裏腹に、山なりの遅い球がフワンとやって来る。
「う、わ…!」
 完全にタイミングを狂わされたチェリーナは、反射的にバットを出した。打球は、ボテボテの内野ゴロになってしまった。背後で、審判のアウトコールが聞こえる。
「チェンジアップかあ…。うわあ、完全にやられた!」
 チェリーナは頬を掻いた。
「次は速球で行くでー」
 表情は分からないが、骸骨エースが笑った気がした。チェリーナはバットを握り、気合いを入れ直す。
(…次もチェンジアップ、に賭ける!)
 骸骨エースは振りかぶり、手を下ろす際になんと自分の頭蓋骨を掴み、それを投げて来た。
「ええーっ!」
 チェリーナは叫ぶよりも早く、バットを振っていた。バットから、ゴキンと鈍い音がした。頭蓋骨はピッチャーを強襲する強いライナーになり…、骸骨の首の上に綺麗にはまった。
「アウトーォ!」
 審判の判定に、チェリーナは「うそ!」と眼を見開いた。
「魔球『自己犠牲』や! な、速球やったやろ?」
 骸骨エースは頭蓋骨の角度を調整しながら、誇らしげに胸をそらした。
「あ、あんなのアリなのっ?」
「マ・リーグ規約上、何の問題もない」
 チェリーナが審判を振り返ると、逞しい狼男の審判は厳しい顔で首を横に振った。
「えーっ。それじゃ、二球打ったからもう終わり?」
「そういうことやな。でもな、あの魔球を初見でちゃんと打ち返したんは、お姉ちゃんが初めてやったでー」
 骸骨エースは手を振り、マウンドを降りた。
 さきほどの魔球をもう一度打ってみたかったが、仕方がない。まだ愛嬌キャッツとの勝負が残っているのだ。
 チェリーナは、気持ちを切り替えることにした。

「では、続きまして、愛嬌キャッツの…」
 アナウンスは、大歓声にかき消されてしまった。大地を揺るがすような大音響に、チェリーナは一瞬なにごとかと思った。
 三塁側のベンチから、ひとつの影がゆっくりと出て来る。歓声が、一際大きくなった。観客も人外なので、ガチャガチャやらビービーやら、騒音に近い歓声だった。
「…うふふ、お手柔らかに」
 愛嬌キャッツの投手は、愛嬌というかお色気だった。ネコの耳と尻尾が生えている以外は、人間の女性と全く変わらない。しかも美人で、身体には芸術的な凹凸がついている。およそ野球をする気があるとは思えない、ショートパンツとノースリーブのユニフォームが悩ましかった。
チェリーナは思わず、自分の身体と見比べてしまった。そして慌てて首を振る。
(あたしはまだまだ、これからなんだから! 今は勝負に集中!)
「それじゃ、行きましょうか」
 美女ネコが足を上げると、歓声がもっともと大きくなった。何処からか、ガラスを引っ掻くような不快な音も聞こえる。それらの騒音はチェリーナの耳を、頭を、全身を揺らした。
(集中できない…!)
 美女ネコのボールは真ん中高め。絶好球だ。…にも関わらず、チェリーナの打球はピッチャーフライになった。
「ふふ、ごめんあそばせ?」
 白球が収まったグローブを掲げ、美女ネコは艶然と微笑んだ。
チェリーナは悔しさのあまり、地面を一度踏み鳴らした。
(外野の音に負けるなんて、何やってんの!)
 チェリーナはタイムを取って、ヘルメットをかぶり直した。泣いても笑っても、次が最後の一球だ。
ひとつ大きく息を吐き出し、眼を閉じる。そして頭の中で、自分の最高のスイングをイメージした。
(大丈夫。あたしはやれる。大丈夫…!)
 上がった体温が、すうっと下がっていく。
 チェリーナは再び打席に立った。バットを握って前を見据える。
 美女ネコが、振りかぶって足を上げた。騒音は、チェリーナの耳には届かない。
 外に逃げるスライダー。チェリーナは、ボールをカットした。打球は、一塁側のスタンドに飛び込むファールとなった。
 チェリーナの目つきが変わったことに気付いたのか、美女ネコは一瞬眉根を寄せた。
 次の球もファール。その次も同様に。
 粘りに粘った、八球目のことだった。
 握りはフォーク。ボールが手から離れる。縫い目もくっきり見える。
しかし、ボールは落ちなかった。
(……ここだ!)
 チェリーナは踏み込み、全力でバットを振りぬいた。ベギッという鈍い音がして、バットが真っ二つに折れた。しかしチェリーナには、確かな手応えがあった。
 右中間に大きく上がったボールは、バットを折ったとは思えない勢いで、ぐんぐん距離を伸ばしていく。
「入れ! 入って!」
 チェリーナは拳を握り締め、無意識の内に声を出していた。
 打球は右翼手の頭上を通り過ぎ、スタンドに突き刺さった。
「やったああ! ホームラン!」
 チェリーナは折れたバットを持ったまま、その場で大きく飛び跳ねた。言いようのない歓喜が、体中を駆け巡る。

「あ…あなた。よくもやってくれたわね…!」
 震えた声が耳に入り、ハッと我に返った。
 気が付けば、美女ネコが目の前に立っていた。その眼はらんらんと輝き、口からは鋭い牙が覗いている。
(…あれ? この人、こんな顔だっけ?)
「これが、私に当たったわ!」
 美女ネコは、チェリーナに折れたバットを突きつけた。ぽかんとしながらも、チェリーナは「ごめんなさい」と謝った。
「許さない!」
 チェリーナの言葉が終わらない内に、美女ネコは絶叫した。そして四つん這いになったかと思うと、みるみるうちに一匹の化け猫へと姿を変えた。ユニフォームを引き裂き、完全に獣の姿になった彼女は、甲高い鳴き声をあげた。
「な…!」
 チェリーナは絶句し、後ずさった。化け猫の眼が、殺気を帯びて光る。
「うわあ。さっきまで、あんなにキレイだったのに」
 そんな言葉が思わずこぼれたが、どうやらそういう問題ではなさそうだ。
 観客席からは歓声が聞こえる。何を言っているのかは分からないが、恐らく「やれー! やっちまえー!」というようなことを言っているのだと思う。
 応戦しなきゃ、とチェリーナは折れたバットを構えなおした。化け猫に対峙するための武器が折れたバットとは、いささか頼りない気がするが、これしかないのだからしょうがない。
 そのとき、何か白いものが凄いスピードで視界の端をかすめた。
「ギニャアッ!」
白いものは、化け猫の頭に命中した。よくみると、それは頭蓋骨だった。
「エースさん!」
 三塁側ベンチから、骸骨エースが走って来ていた。続いて、ジャンキーズの他のメンバーもどんどん出て来る。
「お姉ちゃん、助太刀するで!」
「ありがとう! でも、何で…」
「いやあ、バットが折れながらのホームランに感動してんよ。見事なスイングやったで。ナイバッチ!」
「えへ、それほどでも」
 チェリーナはテレ笑いをしながら、頭を掻いた。
そうしている内にキャッツのベンチからも選手たちが飛び出してきて、両軍入り乱れての大乱闘になった。
「ほら、お姉ちゃんは今の内に帰り。」
「え、でも…。あたしが原因なのに」
「お姉ちゃん、生身やろ? 命に関わるで。おれらは慣れてるし、大丈夫やから早よ帰り」
 骸骨エースは、チェリーナをぐいぐいと乱闘の輪から遠ざけていく。
「…すみません、ありがとうございます!」
 チェリーナは一礼してグランドを後にし、球場内の通路を駆け抜けた。
「そうだ、三下くん!」
 急ブレーキをかけて立ち止まり、医務室に向かった。
 医務室のベッドで、三下はまだ夢の世界から帰って来ていなかった。チェリーナは三下を背負い、ふたたび走り出した。
 走りながらチェリーナは、大事なことを思い出した。
「ホームラン打ったのに、賞品もらってない!」
 思わず、グラウンドの方を振り返る。乱闘はまだ続いているようで、賞品をもらえるような雰囲気ではない。
「…しょうがない、よね。あーあ、折角打ったのに」
 当の三下は、チェリーナの背中で何やらうなされているいるようだった。
「まあ、いいか」
 チェリーナは掌の、木の感触を確かめた。折れたバットの柄を、そのまま持って来てしまったのだった。
 このバットと、ホームランを打てたことが、何よりの賞品だ。
(…でも欲を言えば、ホームランボールも欲しかったな)
 チェリーナは心の中で呟いて、思わず微笑んだ。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2903/ チェリーナ・ライスフェルド/女性/17歳/高校生


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、水野ツグミと申します。
この度は、ご依頼有難うございました。
夏は野球の季節ですね。
溌剌としていてとても魅力的なチェリーナさんは、
書いていて非常に楽しかったです。
またご縁がございましたら、よろしくお願い致します。