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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蒼天恋歌 3 穏やかなる幕間

 レノアがあなたの家に匿われてからしばらくたった。これといって大きな事件もなく平和に過ぎ去る日々。
 彼女は徐々に明るくなる。元からの性格がそうだったのだろうか。
 美しい顔立ちが、明るくなった性格に相まってきて、どきりとする時がある。
 其れだけに美しい女性である。
 ある日のことだ。彼女は歌を歌っていた。ハミングを口ずさむ。
 名前以外知らなかったはずなのだが、調べていくと、歌が好きだと言うことを思い出したという。気持ちよい歌。しかし、其れだけでは手がかりにならない。
 また、ある日のこと。
「いつも、いつも、あなたにお世話になりっぱなしです。出来れば恩返しをさせてください」
 と、申し出るレノア。
 あなたは、申し出を断るかどうか?
「たまには外に出かけてみようか?」
 と、あなたは言う。
 うち解けてきた彼女は、にこりと笑って付いていく。まるで子犬のように。

 色々探さなければならないことはある。しかし早急にするべきではなく、非日常から日常へ少し戻ることも……必要なのであった。

 様々な彼女とのふれあいで、心惹かれ合い、そしてその日々を楽しいと感じることになるだろう。

〈シュラインお姉さんと〉
 あたしは、レノアちゃんを捜していた。あの子は気がつくとどこかにふらふらする。一人では外には出ないようにと言っているし、言うことを聞く賢い子だから、多分この事務所ビルのどこかだわ。
「零ちゃん、レノアちゃんは?」
「お姉さん、レノアさんは屋上に。一緒にお洗濯を干していました」
「あら、そうだったの」
 零ちゃんと、仲が良いから安心できる。
「お洗濯ご苦労様」
「はい♪」
 あたしは、零ちゃんに言葉をかけてから、屋上に向かう。
 屋上の扉まで近づくと、レノアちゃんの声が聞こえた。
「歌?」
 不思議な歌。
 曲も、言葉も全く聞いたことがない。しかし、心が落ち着く感じのとても良い歌が聞こえてくる。とても良い歌なので、じっと聴いていた。
 そう、歌を歌っているときの彼女の姿は、本当に天使のようで、その美しさをじっと見ていたくなるのね。うん、周りが色々雑多な洗濯物があるのだけど、何故か絵になるから凄い。
「レノアちゃんご苦労様」
 歌が終わって、レノアちゃん一息ついたあとに、あたしはそう声をかけて、拍手を送った。
「あ、シュラインさん」
 彼女はあたしに気づいてから、パタパタと駆けてきた。
「お洗濯やってくれたのね。ありがと」
「いえ、お世話になっているから……。それぐらいしないと悪いと……」
「ううん。気持ちだけ以上の物があるわ。ホント」
「あ、ありがとうございます」
 満面の笑みで彼女の頭を撫でる。
 彼女は気持ちの良い笑顔になった。
「今度、その歌教えてね?」
「はい!」
 レノアちゃんはこの数日で元気になったからうれしいわ。


 実のところ、興信所の事務室はそれほど片づいていない。あの謎の男との戦いによって結構散らかったままなのよね……。零ちゃんが黙々掃除をしているとしても、かなり時間がかかるほど。レノアちゃんも少しはやってくれていたけど、何となく危険な予感がしたので手伝い程度にしてもらい、無理はさせなかった。でも、彼女がとてもしたいというわけで、一度任せてみると……。
「うわー! 俺の部屋がー!」
 武彦さんの私室周辺がゴミの山が……。あと、デスクも。
 詰め込んだだけなのかしらと思うけど……うーん。苦手なのかしらね?
「レノアちゃん……えっと、掃除苦手?」
「え、あ、はい。……す、すみません」
 悄気るレノアちゃん。
 気持ちだけが勢い余って居る感じで、面白いように、散らかる。これも才能かしら? と思うほど。
 それからという物、あたしと零ちゃんでレノアちゃんに色々アドバイスをした結果、ある程度の家事は自分で出来るようになったのでした。はなまるあげちゃいたいぐらい。
 今日みたいな普通で穏やかな日が、彼女の心を癒しているとすればどれだけ良いかしら、と思うわ。


〈草間家族のお出かけ〉
 零ちゃんの服だけじゃダメだから、彼女の服も買わなきゃ行けないわね。
「レノアちゃん、一緒に服買いに行きましょ?」
「は、はい!」
 本当にレノアちゃんは、元気よく返事するから、可愛くて仕方ないわ。
「荷物持ちなど手伝ってね。興信所の備品も買い出しあるから」
「はい、がんばります」
「おうぅ、行ってこい」
 デスクで垂れている、興信所の大黒柱、武彦さんは手をひらひらさせている。
 思わず、ため息が出て、
「何言っているの? 皆で買い物に出かけるのよ?」
 と、言う。
「な、何!? 俺にあの長い時間、全館禁煙エリアにいさせるのか!? 其れは拷問だ!」
 彼は大仰に騒いだ。
 まったく、こっち側にいるとずぼらで、子供っぽくなるのだから……。
 近くにいた焔ちゃんがびっくりして、外に逃げちゃった。
「はいはい、だから。それ以外でも手伝って欲しいの」
「むむむー」
 仕方なさそうな顔をしている武彦さん。しばらくすると、ため息ついて「わかった」と、頭を掻いて立ち上がってくれた。


 レノアちゃんには又変装して貰って……髪をとめてバンダナで隠して……化粧も少し雰囲気を変えてから出かける。
 彼女の性格からして、興味があったら思わずそっちに向かうので、しっかり手を握って上げよう。そうしていると、彼女はあたしに笑って握り替えしてくれる。とても信頼されている、という気持ちが手から伝わってくるの。それはとても気持ちが良いことね。
 ショッピングモールに着いたとき、武彦さんにメモを渡した。
「16時に、ここに集合で良いかしら?」
「ああ、かまわんさ」
 武彦さんはメモを見る。
 少し反応した。
 やっぱり、煙草1箱が効いているかしら? ちなみに、煙草はおまけだったりする。
「お洋服〜」
「レノアちゃんにはこういうのが似合いそうね」
 と、女性陣だけで、あれこれ洋服の試着。
「シュラインさん、これってどうでしょうか?」
「いいわねぇ。似合うかも」
「うーん、これも、気に入っているのですが……」
 と、もう一着の服と比べて悩んでいる。
 こうしてみると、彼女も又、普通の女の子なのよね、と思う。ただ、今、彼女は狙われているから……、この平穏な姿はなかなか見られないだろう。
 人に対しても未だ怖がっている所もある。多分、あたしや武彦さんと零ちゃんにしかこういう笑顔や、様々な表情を見せることは出来ないかもしれない。早く、彼女の不安を解決してあげたいと思った。
「悩みますね」
「はい、たくさんあってどれが、良いか分からなくなります」
「そうよね〜」
 と、本当に女友達で普通の買い物の雰囲気。彼女にとって大切な時間だ。
 レノアちゃんも零ちゃんもそして私も、服を買い、そして、時間が余っていたので、色々回ってみる。レノアちゃんが迷子にならないようにしっかり手をつないで。彼女一人になると、途方に暮れることが分かっているから……。しっかり守ってあげなきゃ……。


〈夕日と歌〉
 そして、夕日が綺麗な夕方に、4つの影法師をつくって興信所に戻っていく。
 武彦さんはずっと黙って、あたし達の姿を見ているけど、悪い感じじゃない。彼も又何かレノアちゃんとあたし達に感じているのだと思う。
「又姉妹が出来たような感じだな」
 と、ぽつり言ったみたい。
 あたしは耳が良いのに。独り言なんて。
「なんだよ? 何かおかしいか?」
 気がついたのか武彦さんは難しい顔に戻っていた。
「ん、何でもない」
 色々手伝って貰ったから、色々言うのは止めましょう。
「綺麗な夕日です」
「はい、綺麗です」
 どっちかというと、零ちゃんの方がお姉さん気分になっている感がするけど。彼女の表情が又明るくなった気もする。
 色々、事件があると思うけど、レノアちゃんが居ることで興信所も何かしら感じが変わったかもしれない。それは、あたしにも言えることだと思う。
 レノアちゃんが歌い出した。
 前に聴いていた歌よりテンポは遅め。別の歌なのかしら?
「発音は難しいので、気をつけてください」
「え?」
 あ、教えてくれる約束……。
「大丈夫よ」
 あたしは、レノアちゃんに微笑んだ。
 

 3つの影法師。リズムに乗って歌い出す。
 ただ、彼女は完全に思い出しているわけではなく、この歌の意味を彼女は知らないけれど。とても良い歌と思う。
 そう、今、茜色の空に響く歌が、絶望の闇を切り裂くような光の歌になるかのよう、そんな気になった。

4話に続く

■登場人物
【0086 シュライン・エマ 26 女 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


■ライター通信
滝照直樹です
「蒼天恋歌 3 穏やかなる幕間」に参加して頂きましてありがとうございます。
 お姉さんとして、また、友達としてレノアと関わる風に仕上げてみました。一人称形式でぜんぶかいておりますがいかがでしたでしょうか? レノアがシュラインさんに、本当に懐いていると感じ取って頂けると幸いです。
 4話から、この平穏さから一変してシリアスになります。上手く立ち回ると、戦闘の回避が出来るかもしれません。

では、次回に又あえることをお祈りして。

滝照直樹拝
20060803