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<東京怪談・PCゲームノベル>


あまやどり ― けぶる視界 ―




先程まで気配もみせなかった水の気が、
空気の中に満ちてくる。

見上げる空には白い雲。
降りそうには思えない。


気のせいか。


暫く持ち歩きに慣れていた傘を今は持っていない。
だから敏感になっているのかもしれない。
ひとりごちて鼻の辺りをこする、
と人差し指に感触。


ぽつり。


見上げる瞳に落ちる水滴。
慌てて走り出し其れから避ける。
然し軒のある家など最近はそうはない。
どこかないものか、
走りながら視線を彷徨わす。

ふと飛び込んだ視界の中に、
まるで空間が違うかの如く静かに建つ家屋。
柴垣に柳格子の風流な佇まいに一瞬思考も止まる。


こんな家あっただろうか。


だがそれも降り落ちる雨雫に現実に引き戻される。
とりあえず軒下を借りよう。
あなたは手を顔上にかざすとその軒目指して走り出した。











追われる様にその家に辿りついた。
普段は気にもした事のない軒下の存在。
それがこれほど有難いものか、とあらためて思う。
軒下のある家というのは、
得てしてそれは優しさだ、
そんな風にも思う。
雨に濡れてそれから避けられた今、
少しの事が感謝の対象となる。


ひとつ、
大きな溜息。


息をはくと周囲の状況が目に入ってくる。
今立っているのは柳格子の戸の前。
その色は年季を感じさせる深く濃い色合いである。
この家の敷地をぐるりと囲むは柴垣。
今は田舎でしか見られない光景が珍しい。


「はあっ、……たーすかった、」


あらためて深い溜息をはくと、法条風槻は左手に下げたバックを見やる。
防水加工された四角くかっちりしたタイプ。
そこには風槻が「伯爵」と呼ぶノート型パソコンが入っている。
然し防水加工はされていても、
愛しんでいる伯爵を敢えて危険に晒す様な真似は避けたい。
其れが理由の溜息だった。

ジャケットより大判のハンカチを取り出し、
濡れた箇所を拭く。
まずパソコンの鞄を選ぶあたり風槻らしい。
それから自分の身を叩いて水気を取った。
黒っぽいシャツの為目立たないが、それなりに濡れたようだ。


「まぁ、いっか」


この陽気ならそのうち乾くだろう、
そう思いハンカチをしまう。


しまう際、視界の端に隣の家の庭先が目に入った。
なんとなく見えた赤っぽい何か。


風槻は仕事の帰りに雨に降られた。
一応仕事を終えた後だった為、気持ち的には多少楽である。
これが逆に取引先へと赴く途中であれば、
例え雨であろうと走って駅へ向かうか、タクシーを呼んだだろう。
風槻の仕事とは信用が何より大事にされるものの為、
時間については自分でも厳しく戒めている。

だから今は雨宿りをした。
あとは帰るだけ。
それ故に少し時間を自分の為に作った、
そう言ってもいいかもしれない。

軒下とはいえ、他人の家の敷地内。
少し遠慮を込めた声で、


「すみません、少し軒下をお借りします」


そう言って一応の礼儀をつくす。
濡れない様ぎりぎりまで壁に近づく。
そして上を見た。



天から降る雨。
軒下から落ちる雨粒。
同じ雨でも様子が変わる。

(ああ、そうか……軒下に落ちて溜まったのが落ちるから粒になるんだ)

どうでもいい様な事を思いつき、
ひとり納得する。
そしてその事に気づき苦笑した。


雨は嫌いじゃない。
雷を伴った雨は別として、だ。
雷は風槻の大切な子達の天敵でもあるからである。
大切な子……伯爵を始めとする翁、お婆、お局、そして王子と銘打つパソコン。
全て風槻が手を入れて愛しんでいる。

そう、
雨は嫌いじゃない。

背中はもう濡れていない事を確認し、
そっと壁にもたれる。

無意識に見やる正面の風景。
連なる家々。
続く道。
その向こうに黒々とした木々。
けぶる視界の先は淡いパステルの点描か滲んだ墨絵の如く、
その姿を鮮明にする事を嫌っている。

けれど、それは風槻にとってはそう悪い事ではなく
寧ろほっとする事かもしれない。
普段見えなくてもいいものまで見えてしまう、異能。
疎ましいものではないが、暴走するのには閉口する。

「見る」ならば自分の意思で見たいと思う。
いい景色、美味しい食べ物、いい男、いいマシン。
そして時には見たくないもの、目に入れたくないものもある。
見る見ないは自分で選択し、そして見たい。
強制的に見えるのは悪趣味だ、そう思う。

もともと「見る」というのは色々な意味合いを持つ。
視覚としての「見る」から感覚としての「見る」まで様々である。
だが得てして風槻にとり「見る」とは切っても切れない繋がりがあった。

異能・遠見として。
仕事・情報請負人として。

一見何の繋がりもなさそうではあるが、
「見る」という事で共通している。
遠見としては言わずもがな、遠くを見る能力である。
では情報請負人としては。
主に風槻の能力としては情報収集能力と情報解析能力、
その中でもアンケートを利用しての収集解析を得意としている。
情報収集に必要なものは、
正確で必要な情報を集める能力である。
つまり情報を正しく「見る」事が必須といえる。
誤った情報は混乱を呼び、見当違いな結果を導く事になる。
それ故に情報請負人としては、
その能力は常に高水準で保たなくてはならないのである。

またアンケートという雑多な意見の中から、
必要とされる情報を見つけ出すのは生半可な事ではない。
大多数の意見が正しいと思いがちなところを、
冷静な判断力で大勢を見なければならないからだ。
知識、そして豊富な経験と正確な分析能力、
つまり「見る」能力によって形成されるのである。

そういう事からも、
風槻にとり「見る」事は好むと好まざる事に関係なく密接な関係にあるのである。



「こういうの、久しぶりかもな……、」


顔にかかった前髪を、
無造作にかき上げて呟いた。
長い黒髪の合間から、
シルバーのピアスが微かに光る。

特に何をするでもなく、
とりとめのない事を思い浮かべる時間。
映し出される情報ではなく、
映し出される景色。
焦点をあわす見方ではなく、絞りを緩めるようにすると
動くものはなく、雨の静かにふる音だけになる。


視界の端にはぼんやりとした赤い色が見える。
時折動いている、ああ、子供の傘だ。
意識の片隅で、そう、思う。



色といえば。
柴垣の傍の紫陽花が、重そうに花をつけている。
薄い水色から青、そして紫。
大きな葉の深い緑に映えている。
こんなにたくさんの花がよくついたものだ。

どちらかと言えば、
青い紫陽花の方が好きかもしれない、
さっぱりしているから。
けれど紫陽花は小花というわけではないので、
ちょっと小瓶に挿しておこう、というわけにはいかない。
花瓶などでは倒した時にパソコン達が被害を受けてしまうので、
身の回りにはできれば置きたくない。
鉢植えにするにも紫陽花は大きすぎる。
だからいつもよその家の庭に咲いているのを、
見るくらいでしかない。

近くで見るのは久しぶりかもしれない。
一見色がついて花に見える萼(がく)も、
知識としてはわかっていてもどうしても花に見えてしまう。
あまりにも鮮やかな青なので、
青空を切り取って庭に置いたみたいだ、と思う。

(確か、花の色が青だと……地質が酸性だったっけ)

逆に赤い色だとアルカリ性。
紫陽花の花の色は土の質によって変化する。
リトマス試験紙のあれとは確か逆、
そう、記憶している。
小学校の理科の時間覚えた知識。
案外忘れないものである。


視界の端の赤い傘から、
小さな黄色い長靴とスカートが見えた。
女の子なんだ。
意識の片隅で、そう、思う。



(ん、っかしいなあ……、)

先程から何か風槻の鼻にくすぐる匂いがある。
眉間に少ししわを寄せ、
指をあてて考える。
はっきり何かとわかるものではなく、
ぼんやりとしているものだ。
それでいて水分を多く含んだような……


「あ、そっか」


風槻の脳裏に急にそれが閃いた。
指をぱちんと鳴らす。


「海だ」


潮っぽいというわけではないが、
空気中に漂うこの感じは海の感じがする。
呼吸をしながら海中にいる様な。
目前に広がる視界がけぶっているのもそれらしく見える。
でも、と
風槻は思う。

雨は海。
それは巡り巡ってそうなのだと思う。
雨が降って地面に滲み、
地下水から川、そして海へと流れ出でる。
海から蒸発した水分が雲をつくり、
山にぶつかって雨となる。
ほおら、そうじゃない、
自分で納得し満足する。

だから水はひとつなんだな、
形を変えても元は同じで水、水、水。

(凄いよね、地球を一周してるよ)

単純な事であるのに、何故だかとても凄いと思える。
素直な真っ白な子供の心の様に、
今はなんでもない事がすんなり受入れられる。


多分、それは雨のせいなのだろう。
静かに降りしきる雨は、
淡い雫のカーテンとなってはいるが全てを閉ざしているわけではない。
身体こそは動けないでいるが、
反対に意識は無限大に広がっていく。
幾重の分岐点から更に道は伸びて行き、
果てる事のない意識の旅へと歩みだしていくのだ。

そういえば、と
口元に手をあて、
風槻は思い出してみる。

最後にこれだけ色々なとりとめのない事を考えたのはいつだったろう。
考える事は常にしている。
だがそうではなく、一見どうでもいいような雑学の類、
そういうものが考える事の連鎖反応の様に次から次へと現れる。

仕事は多忙を極めている。
それはそれでよい事ではあるのだが、
休暇をとって身体を休めていても頭はどうだったか。
常に情報が入ってきていた。
不満はない。
風槻はそんな日々を楽しんでいたのだから。

だが思ってもいないところで、
ぽっかりと穴があいた。
身体は雨を避ける為に動けず、
伯爵は雨の為開く事はしたくないので情報は入らない。
風槻に時間と言う名のプレゼントがあったようなものだ。



水たまりの小さくはねる音がした。
視線を向けると、
赤い傘を背負った少女がこちらを向いている。
先程から見えていた子なのだろう、
黄色い長靴をはいている。


「おねえさん、ずっとそこにいるね」


少女の問いに面食らったものの、
言わんとするところがわかり風槻は小さく笑った。


「うん、そうだね」
「怒られちゃったの?」
「え?……う、ううん違う違う、
 おねえさんはね、あまやどりしてるんだ」
「“あまやどり”?」
「うん、そう」


そして軒下を、これ、と指差した。


「これがおねえさんの傘のかわり」
「そうなんだー、」
「その傘、いいね」


風槻が傘を褒めると、
少女は顔中嬉しそうに笑顔でいっぱいにした。
その赤い傘はとても大切な自慢のものなのだろう。
くるくると回すその様子は、
見ている風槻の表情をもほころばせた。


なんだろう、
くすぐったいようなこの気持ち。
思い出した、昔の自分。


雨の中に赤い傘の花が咲く。
その花はくるくると舞って、
視界と心の中にも花を咲かせる。



雨。
記憶と知識の旅。
そして小さな出会い。



だから、やっぱりこんな雨は好きだ。
全てを覆い、やさしく包み込んでるような雨。


軒下という傘の下で、
風槻はもう少しあまやどりをしている。












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 6235 / 法条・風槻 / 女 / 25歳 / 情報請負人 】

【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1721 / 藤野・咲月 / 女 / 15歳 / 中学生/御巫 】


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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです、そして、はじめまして。
ライターの伊織です。
この度はゲームノベル「あまやどり」にご参加頂き、有難う御座いました。

今回はあまやどりの間のほんのひとときを皆様には過ごして頂きました。
選んで頂きました鍵言葉から其々の物語が生まれ、
結果的には独立した3つの物語となっております。

この時代、雨がふっても「あまやどり」をすることは滅多になくなりました。
昔は「あまやどり」から色々な出会いや出来事があったものです。
歌にもそういうのがありましたね。
このノベルを読んでたまには良いかな、と思って頂ければ幸いです。

またお目にかかれましたら宜しくお願い申し上げます。



>法条風槻様

はじめまして。
パソコンに全て名をつけてらっしゃるとは、
風槻様はよほどに愛情深い方なのですね。

かなり多忙な方であるようですので、
今回のあまやどりは全てにおいてリラックスして頂きました。
ちょうど選ばれた鍵言葉も「しっとり」でしたし、
頂いたプレイングも特に行動をおこされておりませんでしたので、
ただひたすらにぼーっと。
そういう時間はとろうと思ってもとれるものではありませんし、
贅沢な時間、なのかもしれませんね。

ご参加、有難う御座いました。