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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


imitation

 その日、ゴーストネットOFFに珍しいスレッドが立った。
投稿者:名無し :200X/07/20(土) 14:15:09
 私を助けて
 助けてください。私は今、変な人達に追われています。死にたくありません。
 私はみなとみらいにいます。私は白の患者服を着ています。
 どうか、私を助けてください。

 スレの内容自体はよくあるモノだ。得てしてこの手のものはガセが多い。しかし、そのスレッドの持つ不可思議な魔力というものであろうか。妙に引っかかる。何かあるとカンが告げる。しかし一方で所詮はガセと経験が告げる。夏休みを迎えたばかりの瀬名・雫 (せな・しずく)は、直感を信じるべきか経験を信じるべきか、オレンジジュースを飲みながら悩んだ後。
「という訳で、調査してきてくれないかな」
 ネットカフェに入ってきた人物に、にっこりと微笑んだ。


 追跡者らしき男を発見した魏・幇禍は、何の躊躇も無く男ににこやかに手を差し出した。
「私は魏幇禍。貴方に協力する者です」
 男は暫し幇禍を見つめていたが、やがて背を向けると付いて来い、と小さく促した。

 捜査を開始してすぐに、応仁守・瑠璃子の小型通信機が軽く震えた。鬼神党の仲間達からの連絡だ。
 この捜索を開始するにあたり、瑠璃子は仲間達に付近の研究所、病院施設の調査を行わせていた。
 報告によると、とある病院から数名の脱走者が出たと言う。
 そこのことは瑠璃子も聞いたことがある。裏では全くいい噂を聞かない場所だ。
 報告を聞き終えると、瑠璃子はシュライン・エマと共に捜索を開始した。

 MM地区のネットカフェは少ない。片っ端から当たっていけば自然と正解に突き当たるものと思っていた。
 だがどの店の従業員も、客もそんな少女の姿を見たものはいないという。
 調査を続ければ続けるほど、あのスレの真実味が失われていく。愉快犯の仕業ではないか。そんな感情が二人の心に芽生えた頃。
 野毛へ続く大通りを歩いていたシュライン・エマの耳は、異音を捕らえた。
 足を止め、耳を澄ましてみる。路地裏からだ。
 風が鳴いた。全神経を集中させて、闇を凝視してみる。
 いた。
 闇に隠れるように小さく蹲った白い何かが、静かに背中を上下させていた。
 瑠璃子にここで待つよう言い、シュラインは路地裏に足を踏み入れる。
 白い何かが動いた。紫の瞳がシュラインを見つめる。
「書き込みを見て、私を助けに来てくれた人?」
 頷いてみせると、少女の顔に安堵が浮かんだ。少女は立ち上がると、手を差し出した。
「待っていたわ」
「…そんなに簡単に信用していいのかしら?」
「あなたは怖い人じゃない」
 そう言う少女は、逃亡者とは思えぬ気品に満ちていた。
「何故そう言えるの?」
 返事は、その全身だった。答える代わりに、少女はシュラインに倒れこんできた。
 抱きしめる形となったシュラインの腕の中から、静かな呼吸が聞こえてきた。

 瑠璃子は、最初シュラインの連れてきた少女を認識できなかった。あまりに存在感が希薄だったからだ。
 泥に汚れた白い患者服。白というより透明に近い肌。肩口で切り揃えられた黒髪。釣り目がちな瞳。印象的なのが紫の瞳だ。一切の不純物が交ざっていない透明で純粋な瞳。非常に希薄な存在感と相まって、神秘的な印象を受ける。
「この娘が、ですか?」
 シュラインは頷いた。
「とりあえず、どこか落ち着ける場所で話しをしましょう。その服も着替えて、ね」
 首を傾げる少女。髪をかき上げ、シュラインは紙袋を持ち上げた。

「中々反応してくれないから、少し手間取ってしまったけど」
 少女の隣に座ったシュラインが苦笑する。三人は駅前のファミレスのテーブル席に腰を落ち着けていた。少女の服装は患者服から、シュラインが持参したものへと変えられていた。
 コーヒーとケーキの香りが漂う中、二人は少女が口を開くのを待った。暫くすると虚ろであった少女の瞳に、徐々に理性の色が宿り始めた。
「私…」
「名前は?」
「天宮暁美」
「ご両親は? 家はどこ?」
 首を振る暁美。
「助けて欲しいっていう書き込みは、やっぱり暁美ちゃんが?」
 瑠璃子の問いに頷く。余程注意を払わなければ、存在している事すらわからぬのだ。普通の従業員では、彼女がいた事さえわからない筈だ。
 コーヒーの酸味を口の中で味わいながら、シュラインは少女を観察した。紫の瞳と存在感の無さを引けば、どこにでもいる普通の少女だ。出会った時の気品は今の少女からは見られない。今の暁美は、無数の皹が入った人形のようだ。
「その瞳は生れ付き?」
 瑠璃子を見上げ、暁美はこくりと頷いてみせる。
「霊鬼兵って知ってる?」
 沈黙。二人はこの話題はタブーだと理解した。
「どうしてあんな格好でいたの?」
 あんな格好。患者服。シュラインが見た限り、かなりの時間あの服を着用していたに違いない。今は彼女の紙袋の中にある服にこびり付いた乾燥した血と泥が、それを物語っている。
「逃げた。あそこは…怖い場所だから」
「詳しい話、聞かせてもらえない?」
 沈黙。この話題も禁句かと、二人が次の話題に移行しようとしたその時。
「大丈夫。話せる」
 顔を上げ、二人の瞳を射抜く紫の瞳。
「そこは…」

「そこは、病院の名を騙った、ある組織の研究所だ」
 人気の無い臨港パーク内を歩きながら、隣を歩く幇禍に男は言った。
「霊鬼兵を自分達の手で再現し、各国へ売り出すというのがそいつらの目的だ」
 上官には絶対服従、強力な戦闘能力、量産可能。非常に高価なコストを除けば最高の兵士。いい商品にはなるのは間違いない。
「彼女、天宮暁美はその過程で生まれた失敗作の一つ」
「彼女は完全な失敗作だ。霊力者の肉体を繋ぎ合わせているのに、霊能力はゼロ。人格も何個か入り乱れ、統括人格が全く意味を成していない。使用できる能力も一つのみ」
「即座に廃棄処分が決定した。だが、彼女は特殊な能力を目覚めさせた」
「能力の進化。刻一刻と、彼女の能力は進化を続けていくのだ」
「彼女がこれ以上利用されない為に、俺は彼女を脱走させた」
「俺は奴等の放った追っ手から彼女を護りながら、ここまで来た。だが、彼女にとっては俺も敵らしい。話を聞かれる事無く、逃げられてしまった」
「なるほど。事情はよくわかりました」
 男の話を聞き終え、幇禍は頷いた。
「ですが、その言葉をそのまま信じる訳にはいきませんね。貴方の目的が不明瞭すぎる」
「俺は彼女を保護し、政府に引き渡す。アンタの目的はなんだ?」
「私は彼女を捕獲し、友人の医師に引き渡します」
 抜いたのは同時、いや最初に引き抜いたのは男だ。幇禍は男の手が懐に滑り込むのを確認した上で、銃を抜いた。全く同時に、両者の額に銃口が突きつけられる。
「私としては、捕獲対象に敵対する意思がない方に銃を向けるというのは、好みませんが」
「俺としちゃあ彼女に悲しい思いをさせる訳にはいかなくてね」
 互いの指が引鉄に触れる。刹那。
「でしたら、鬼ごっこを楽しみませんか?」
 第三の声。振り向いた二人の先には、目を閉じた一人の女。盲なのだろうか。目薬杖を突き、静かに歩いてくる。
「パティ・ガントレットと申します。以後、お見知りおきを」
 パティは、左手でスカートの裾を持ち上げると恭しく礼をした。
「鬼は私達の敵。逃げるは私と貴方達。時には絶望と共に、時には希望と共に楽しみましょう。永遠に終わらない鬼ごっこを」
 返答は、銃弾だった。
「それは残念」
 頬を通り過ぎていった二つの熱の感触を味わうように撫で、パティはつまらなさそうに吐いた。
「では、小娘を誘いに行くとしますか」
「ならば、行かせる訳にはいかないな」
 男が幇禍へ向けていた銃をパティへ向ける。
「どうしても、という訳ですか。仕方ありませんね」
 パティの顔から色が消えた。

 暁美の話を聞き終えると、二人はこれからについて話し合っていた。
「私としては、一度病院で医者に見せた方がいいと思うけど」
「これじゃあ、ね」
 やはり病院には抵抗があるのだろう。暁美は静かに震えている。今の暁美を連れて行こうとしても、全力で逃げられるのは目に見えている。
「私の家で保護というのは?」
 瑠璃子の提案。暁美には家族も戸籍も存在しないが、応仁守家の養子として迎えればなんとかなるだろう。病院に行かずとも、医者に見てもらうことは可能だ。
「いいの?」
「まぁ彼女の了承を得れば、ですけど」
 瑠璃子は暁美を見やる。いつもの脆弱で無口な少女を。
「私と一緒に暮らさない?」
 暁美は素直に頷いた。
「お姉ちゃんなら、私を護ってくれるから」
「お姉ちゃんって」
 瑠璃子は苦笑した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1472/応仁守・瑠璃子(おにがみ・るりこ)/女性/20歳/大学生・鬼神党幹部】
【3342/魏・幇禍(ぎ・ふうか)/男性/27歳/家庭教師・殺し屋】
【4538/パティ・ガントレット(ぱてぃ・がんとれっと)/女性/28歳/魔人マフィアの頭目】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、檀 しんじと申します。
 今回ご参加頂き誠にありがとうございます。
 保護組、捕獲懐柔組で別個の結末を用意させて頂きました。
 またご縁があればお願いします。