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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


森と桜と熊さんと。


 弓削・森羅(ゆげ しんら)は見慣れた頭を見つけ、ぶんぶんと大きく手を振りながら「しーたーん!」と叫ぶ。その声に、目の前を歩いていた頭の主、櫻・紫桜(さくら しおう)がくるりと振り返る。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですかーじゃねーよ、しーたん!」
 森羅がびしっと突っ込む。紫桜は「はあ」と言って小首を傾げる。それを見て、森羅がにっと笑う。
「いつも言ってるだろ?敬語禁止、タメ語推奨って」
 森羅の言葉に、紫桜はくすくすと笑いながら「了解」と答える。
「じゃあ、どうした?」
 言い直した紫桜に「うむ」と森羅は頷き、呼び止めた理由を口にする。
「実はだな、明日が休みじゃないか」
「ああ」
「それで、遊びにいかねぇか?と誘っているのだよ、しーたん」
 紫桜は「なるほど」と言い、口元に手を持っていって悩む。そして、大きくため息をつきながら「悪いが」と口を開いた。
「用事があるから、駄目だ」
「そうなんだ」
「申し訳ない。それじゃあ」
 紫桜はそう言い、去って行ってしまった。それにひらひらと手を振りながら応じた後、森羅ははっとする。
「今の、しーたんらしくないな」
 いつもならば、用事がある、といって断る事はない。用事があるというのならば、その用事について簡単ながらも理由を教えてくれるのだ。調べものがあるとか、道場に行くからだとか。今のように「用事がある」としか言わないという事自体が、初めての事なのである。
「怪しい」
 森羅は呟き、うーんと考え込む。何事に対してもきちんとしている紫桜らいからぬ、言葉の濁し方だ。
「これは、何かあるな」
 そう呟きながら、きょろきょろと辺りを見回す。何かヒントになるような事柄はないだろうか、と。
 そこに、丁度いいタイミングでカップルが歩いていく。男女二人で手を繋ぎ、楽しそうに話しながら。
「……さては、デートか?」
 にやりと笑いながら、森羅は言う。自分に言う事が出来ない、それでいて外す事ができない用事。それは、色恋沙汰なのではないだろうか、と。
「よし、明日確かめてやろうっと!」
 森羅はぐっと拳を握り締め、決意する。その力強い決意に、通り過ぎようとしていたカップルが、思わずくるりと振り返っているのであった。


 翌日。
 紫桜の家から出てくるのを確認し、それからずっと後ろをぴったりと森羅はついて歩いていた。本当は、待ち合わせの段階で見張っていたかったのだが、待ち合わせ場所を知らなかったので仕方が無い。一見ストーカーにも見えるだろう。
 紫桜はポケットからメモをだし、何かを確認してから喫茶店に入っていった。そこで待ち合わせをしているのだろう。森羅も紫桜からばれないようにこっそりと喫茶店に入り、紫桜の所からうまく死角になるような席につく。
 オレンジジュースを注文し、紫桜を見る。アイスコーヒーを注文して、ちらちらと何度も入口の方を確認している。待ち合わせの相手を、待ちわびているかのように。
「ったく、しーたんの奴。俺に黙ってデートしようとするなんて水臭いったらありゃ」
 しない、と言おうとして、森羅はぴたりと動きを止めてしまった。喫茶店のドアが開いたかと思うと、紫桜の待ち合わせている相手らしきものがやってきたのだ。
「お待たせしました、さくらん」
「いや、大丈夫ですよ」
「そうですか、それならば良いのですが」
 にこやかに紫桜が出迎えたのは、熊だった。といっても、がおーと叫んだり畑を荒らしたり死んだふりをしないといけないような獰猛さを兼ね備えた熊では、決してない。
 やってきたのは、熊のぬいぐるみ。いわゆる、テディ・ベアである。
 もふもふの身体は見るからに柔らかそうで、つぶらな瞳が愛らしい。
「おや、アイスコーヒーですか」
「ええ。結構美味しいですよ」
「そうですか。それなら、僕もアイスコーヒーにしましょう。あ、すいません」
 至極当然のように、水を持ってきた店員に注文を申し付ける。
「ついでにケーキは如何ですか?さくらん」
「いいですね。ええと、ショートケーキがいいです」
「なら、ショートケーキとチョコレートケーキを一つずつお願いします」
 店員は注文を聞き「かしこまりました」と言ってその場を後にした。丁寧に、頭を下げて。
 熊のぬいぐるみに対して。
「……って、テディ・ベアとデートかよ!」
 森羅が思わず突っ込んだ。もう限界だった。熊のぬいぐるみが堂々と喫茶店に入り、アイスコーヒーを頼み、あまつさえケーキまで頼みやがったのだ。これを落ち着いて見ていろという方が酷な話だ。
 だが、森羅が立ち上がって突っ込んでしまった為、あっという間に喫茶店内の視線を独り占めしてしまった。当然、紫桜の目線までも。
「どうしたんです?」
「あーええと……やっほー、しーたん」
 森羅は思わず手をひらひらと振る。それに対して紫桜は苦笑交じりに手をこまねく。森羅はこっくりと素直に頷き、注文していたオレンジジュースと伝票を持って紫桜たちの席に移動する。
「それで、どうしてここにいるんですか?」
「しーたんしーたん、敬語禁止」
 森羅がすかさず言うと、紫桜は苦笑してから「どうしたんだ?」と尋ねる。
「だってさ、しーたんがデートするみたいだったから。相手が気になっちゃって」
「はっはっは、さくらんも人気者ですね」
 熊はそう言って笑い、ずずずと水をすする。
「熊太郎さん、こっちは友人の弓削・森羅です。森羅、こっちは熊太郎さん」
「熊太郎……ぬいぐるみだよな?」
「ええ。テディ・ベアとも言いますね」
 熊太郎は「始めまして」と言って前足を差し出す。森羅が握り返すと、もふもふした触感が気持ちよかった。
「お待たせしました」
 店員が注文のものを盆に乗せてやってきた。それを見て、熊太郎が「あ」と言う。
「そうそう、ベリーチーズケーキを一つ、追加でお願いします」
「かしこまりました」
 熊太郎がすかさず注文する。テーブルの上にはショートケーキとチョコレートケーキが置いてある。
「どうしたんだ?熊太郎。甘いのが好きなのか?」
 不思議そうに森羅が尋ねると、熊太郎は「ええ」と言って頷く。
「甘いのは全般好きですよ。ああ、因みに今頼んだのは森羅君の分ですよ」
「え、俺の?」
「はい。ケーキ、お嫌いでしたか?」
 熊太郎に尋ねられ、森羅は「別に」と答える。それを聞いてほっとしたように、熊太郎は胸をなでおろす。
「これで、三種類のケーキが食べられます」
「熊太郎さん、まさかその為に……」
 紫桜が突っ込むと、熊太郎は悪びれる様子も無く頷く。
「なぁ、根本的なことを聞くんだけど。熊太郎ってテディ・ベアだよな?」
「はい」
「何で飲み食いできるんだ?中身、綿だろ?」
 森羅はそう言い、紫桜を見る。
「しーたんも気にならないか?だって、テディ・ベアだぜ?」
「確かに気になるんですが、熊太郎さんの説明を聞いたらそれもありかもしれない、と思うんですよ」
「しーたん、敬語……」
「禁止、でしたね。まあ、聞いてみろ」
 苦笑交じりに紫桜に言われ、森羅は熊太郎に向き直る。熊太郎は「こほん」と一つ咳払いをし、口を開く。
「確かに、僕の中身は綿です。ですが、食べ物とは食べるものであり、飲み物とは飲むものです。よって、中身の綿に何ら影響はありません」
 熊太郎の言葉を聞き、森羅はしばし考える。その間にベリーチーズケーキがやってきたが、やっぱり小首をひねってしまう。
「それって、何かがおかしくない?」
「そうですか?」
「おかしいじゃん。普通に考えて、コーヒーを飲んだら表面がコーヒー色になりそうじゃねぇか?」
「はっはっは、面白いですね、森羅君。コーヒーとは飲むものでしょう?決して綿に染み渡るものじゃないですよね」
「え、だって」
 戸惑う森羅に、熊太郎はチョコレートケーキをフォークで器用に切りながら、口を開く。
「もし僕がコーヒーを飲んでコーヒー色になるのなら、さくらんだってそうでしょう?森羅君だったら、橙色になってしまいますよ」
 むむむ、と唸る森羅に、紫桜がぽん、と肩に手を置く。
「諦めろ。無理だから」
「いや、しーたん。何か納得してはいけない部分に、俺はいる気がしてならない」
 もくもくと美味しそうにチョコレートケーキを食べ、ずずず、とストローでコーヒーを飲むテディ・ベア。そんなものが存在して良いのだろうか。
「そういえば、森羅君はさくらんの事をしーたんと呼ぶのですね」
「あ、俺も気になってた。さくらんって、何で?」
 熊太郎と森羅の顔が、同時に紫桜に向けられた。紫桜は「ええと」と言って熊太郎を見る。
「しーたん、はつけられたあだ名で」
 次に、森羅を見る。
「さくらん、は熊太郎さんの派遣事務所によって付けられたコードネーム」
「しーたん、というのも素敵な名前ですね」
 こくこくと頷く熊太郎。
「さくらん、かぁ。ま、それでもいいけど、やっぱり俺はしーたんかなぁ」
 ふむふむと頷く森羅。そして、ふと何かに気づいてはっとする。
「っていうか、事務所って何?」
「熊太郎さんは、派遣所の所長なんだ。人材派遣を執り行っている」
「小さな事務所ですが、一応所長というものを務めさせていただいています」
 紫桜と熊太郎の説明に、森羅は「へぇ」と感心する。
「派遣所といえばですね。うちの所員に、買い物を頼まれたので付き合っていただけませんか?」
 熊太郎はそう言って、胸についているチャックを下ろす。ポケットが現れ、その中に前足をぐっと突っ込み、ごそごそと探している。ぱっと見はちょっとホラーである。
「それ、ポケット?」
 恐る恐る森羅が尋ねると、熊太郎が「ええ」と答える。
「便利ですよ。……ええと、ありました。これです」
 熊太郎がメモを取り出す。そこには、ファイルやらノートやらといった筆記用具や、生活雑貨などが書かれている。
「僕はこの身長でしょう?なかなか見つけられなくて」
 熊太郎が「ははは」と笑う。
「それ以前に、熊太郎が入っていった時点で驚かれると思うな」
 森羅が同じように「ははは」と笑う。
「それは大変です。是非、御一緒しましょう」
 紫桜は真剣な眼差しで頷く。
「宜しくお願いします。じゃあ、ちゃっちゃとケーキを食べてしまいましょう。あ、一口ずつくださいね」
 熊太郎はちゃっかりそう言い、フォークを伸ばしてきた。
「味の違いまで分かるんだな」
 森羅は感心しつつ、自分のチーズケーキを差し出す。
「熊太郎さんは、なかなかグルメなんですよ」
 紫桜はそう言って、自分のショートケーキを差し出す。
「あ、しーたん。また敬語!」
 森羅に指摘され、紫桜は苦笑を交えながら「グルメなんだ」と言い直す。森羅はそれを聞き、満足そうににっこりと笑った。
「ふむ、どれも美味ですね」
 嬉しそうに笑う熊太郎。そして「僕のチョコレートケーキもどうぞ」と言って差し出してきた。
 森羅と紫桜は顔を見合わせて笑いあい、フォークをそっと差し出した。
 これから買い物に行く為の体力を、ケーキによって補うかのように。


<ケーキをつつき、笑いあいつつ・了>