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<東京怪談ノベル(シングル)>


幸せへの鍵


――……人生はドラマだ。
よく耳にする決め台詞みたいな物。


バイトを終え、あても無く、人であふれかえる街を彷徨う男が一人。
その男の名は、三葉トヨミチ。
人生はドラマ。
この言葉を三葉に言わせるとすれば、恐らくこう言うだろう。


"人生は最高の晴れ舞台だ"と……――





彷徨い歩く街は舞台。
男も女も、路地裏を駆け抜けていく猫さえも、全て自分の人生を演じている。
出会い、別れ、そしてまた出会い別れていく。
「……まいったな……」
誰の耳のも届かない小さな声で、三葉はつぶやいた。
軽く辺りを見回し、今流行りのカフェテリアを見つけると足早に店内へと入る。
適当に飲み物を注文し、一席だけ空いていた窓際の席に腰を落ち着けた。
意味も無くストローで、氷とアイスコーヒーをかき混ぜ、頬杖を突きながら窓の外を眺める。
ガラス張りなので、外の街の様子がよく見える。
いや、三葉的に言えばよく"観察"出来ると言った方が合っているだろう。

最初に目に止まったのは、華やかに自らを飾りつけた幼さの残る女性。
木陰で誰かが来るのを待っている様だ。
何度と無く携帯を開いては時間を気にしている。
(恋人と待ち合わせだろうか……)
三葉はしばらく彼女の様子を見守った。
――10分程経っただろうか、小走りに彼女がその場から離れた。
走り向かう先にはスーツを決めた今時の男性。
一目で見て分かるが、男性は表家業の者ではないだろう。
(……彼女の人生……か)
視線を横に動かしてみれば、道行く人に必死にビラを配っている年老いた女性。
その後ろには大きな旗。若い青年の顔写真と探していますの文字。
行方不明になった息子を探しているのだろう。
そんな年老いた女性に見向きもせず、颯爽と通り過ぎていくサラリーマン。
両手一杯に手土産を抱え、取引先にでも向かっているのだろう。
サラリーマンと反対方向へ向かっていくのは、5人もの子供を連れている若い女性。
無邪気に走り回る子供達を叱りながらも、どこか笑顔を浮かべている。
路地の入り口には、汚れた服を身にまとい、ダンボールの上に横たわる年老いた男性。
道行く人々を見ているのか見ていないのか、その視線が何を映しているのかは分からない。
(……それぞれの人生、それぞれの舞台……)
自分と自分に関わりのある人以外は全てエキストラ。
舞台に彩を添える為の存在に過ぎないのかもしれない。

「特製シフォンケーキ、お待たせ致しました」
「……ありがとう」
机に置かれた美味しそうなケーキ。
皿に鮮やかに描かれているのはクローバーの飾り絵。
「周りを三葉……中央には……」
そっとケーキを退かすと、皿の中央には大きな四葉のクローバー。
「……やはりね」
小さく息を吐き、三葉は満足げに一口ケーキを口に放り込む。
そして、次の一口を放り込もうとし、手が止まった。
いや、正確には手に持っていたフォークを皿に落としたのだ。

――カチャンッ

小さく音が鳴ったが、店内に流れる音楽に紛れ、気にされる事は無かった。
三葉自身も気にする事はなく、少し慌てた様子で鞄から一枚のメモ用紙を取り出し机に広げた。
必死に何か文字を書き込み、ぐちゃぐちゃと消しては、また書き込む。
文字書きに行き詰ると、また少し外の様子に視線を移す。
相変わらず、どの人も忙しそうに自分自身の舞台に立っている。
ハッピーエンドが待っているのか、バッドエンドが待っているのか。
それは演じている自分自身にも、周りのエキストラにも、誰にも分からない。
人生の舞台には、いくつもの分岐点がある。
良い方向へ行くのか、悪い方向へ行くのか、どちらでも無いのか。
一度失敗したとしても、何度だって分岐点は生まれる。
何度だって、方向を変える事が出来る。


――良い方向へ向かう為の切符、三葉を四葉にするの最後の一枚の葉を見つける鍵になれば。





気持ちよく晴れ渡った日。
団員達が忙しなく走り回る控え室。
劇団HAPPY-1代表の三葉は窓の外に広がる青空へ向けてフッとタバコの煙を吹いた。
白い煙はゆっくりと空に昇り儚く消えていく。
今日とゆう日も、数多くある日々の中で消えていく物なのかもしれない。
けれど、今日と覚えていなくとも、確実に今日あった何か……今日の舞台の何かを覚えていて欲しい。
そして、いつかその何かが、四葉のクローバーを生む鍵となれば、それ以上に嬉しい事は無い。
片手に持っていた公演のチラシをチラリと見て、三葉は満足そうに微笑む。
「残ってたビラ、全部配り終わりましたよ」
「あぁ、ありがとう」
報告に来た団員に笑顔でお礼を告げる。
「見ましたか?もう、すごい人ですよ!大盛況ですよ!!」
「そんなにすごいのかい?」
「自分の目で見てきて下さいよ!次の公演はもっと大きな会場を借りないと駄目ですよっ」
「そうか……。それじゃ、時間もある事だし少しだけ覗いてくるかな」
控え室に残っている団員達にそう告げ、三葉は静かに部屋を後にした。
向かった先は、観客のいるホール。
ざっと見回した感じ、老若男女幅広い層の人が集まってきてくれている様だ。
手作りの公演パンフを見ながら、あれやこれやと語っている学生達。
暇つぶしに来たとでも言わんばかりに、大声で喋っている奥様方。
静かに読書をしている、純粋に演劇が好きそうな少女。
それぞれの過ごし方を見ながら、三葉は会場の入り口へと向かう。
入り口には、大きく引き伸ばしてポスターとして張られている第一回公演チラシ。
そのポスターの前で、女の子達が楽しそうに笑い合っている。
「うわぁ〜、めっちゃこのポスター欲しいぃ〜」
「売ってないのかなぁ。自分でこのチラシを引き伸ばしてカラーコピーするしか無くない?」
三葉は黙って女の子達に近づき、会話に耳を澄ました。
「この挨拶文、すっごいいいよね〜!」
「うんうん。印象に残るし、舞台を見て見たいなって思わせるし!」
「なんか、不思議と元気が出てくるよね」
「きっと舞台見たら――……」
そこまで三葉は話を聞き、静かにその場を離れた。
綺麗に整った口元を、小さく緩ませながら。

きっと今日は上手くいく。
今日だけじゃない、きっとずっと上手くいかせてみせる。


――……いつか全ての人に、クローバーの最後の一枚を見つける鍵を届けられる様に……――



―fin―