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アルバイトの彼女
「聞きましたか? 編集長」
アルバイトの桂が碇編集長に声をかける。
「何を?」
「この間バイトに入った東海林〔しょうじ〕ですが」
「ああ、あのなかなか使える男の子ね。あの子が?」
「東海林の彼女、幽霊みたいなんですよ」
麗香の手から、書類がばさばさと落ちる。
その手がわなわなと震えて、
「な……なんですって……!」
「たまに見るやつがいるんです。彼女の足がなかったとか、変な目撃をするやつが」
「それは大スクープじゃないの!」
バン! と麗香はデスクを叩いた。瞳がきらきらと輝いた。
「至急、その真相を確かめるのよ、三下!」
「ええええ僕がですかあああ!?」
突然声をかけられた三下忠雄は、震える声を出して、
「何で僕なんですかあ……」
とぽつぽつとつぶやいた。
**********
パティ・ガントレットは、三下をからかう気まんまんだった。
ごく普通の盲人用の杖を持ち、目薬を隠し持ち、普通の服を着た彼女は、三下の前で申し訳なさそうにうつむいてみせた。
「見ての通り、目も見えませんし、篭手も暑いばかりで何の役にも立たなくて……」
そう。パティは名前の通り――両腕に篭手をつけている。
ついでに言えば、目も見える。
三下はおろおろと、
「ええと、パティさんがなぜここに……」
「気にしないでください」
――裏の情報網で、三下をからかえそうなタイミングがやってきたと知り、嬉々としてやってきた、ということは秘密である。
「小さな店を経営してまして、アトラスさんにはお世話になっておりまして」
心の中でべえっと舌を出しながらそう言ってやると、三下が縮み上がった。
「ううううちに世話にっ!?」
――アトラスは怪奇現象を扱う雑誌だ。
その雑誌に世話になるということは――ろくな店ではない。
三下が震えているのを見て、パティはほくそ笑んだ。
「怖いですか? 化物とか、幽霊とか。ごめんなさいね、わたしで」
実のところ東京に巣食う魔人、亜人達によって構成されたマフィアの首領であるパティ。怪奇中の怪奇である。
三下は今にも倒れてしまいそうだった。
「さて、早速ですが――わたしは碇さんに少々教えていただいたのですが、何でも東海林という方の恋人さんが幽霊じゃないかということで……?」
パティは尋ねる。
三下はこくこくとうなずいた。
「しょ、東海林君は、いい子なんですけどねっ」
震える口調で言って、大きく息を吐く。
「わたしとしては、その東海林さんの行動パターンをまず知りたいですね。彼女さんとお会いするのはいつなのか……」
「そ、それなら同じアルバイトの桂君に訊くのがいいかと……」
「ああ、はいはい桂さんですね。では早速聞きにいってみましょう」
「東海林の行動パターン?」
桂は事務所でコーヒーを飲みながら、小首をかしげた。考えるしぐさらしい。
「あーっと……あいつはバイトに来るのが火水木金だから……月曜日に彼女と会ってるんじゃないですか」
「そ、そういえばそうだったね……」
東海林が何曜日に仕事に来るかくらい、三下も知っていて当然である。
「三下さん、うかつですね」
パティはころころと笑い、それから「平日ですか……」とつぶやいた。
「彼女さんが平日勤務ですと、会うのはきっと夕方でしょうね」
「しょ、東海林君の彼女って何歳くらいなんだい」
三下が桂に尋ねる。
「三下さんは見たことないんですか?」
桂はコーヒーをおいしそうに飲みながら訊いて来た。
「ないよ。だから訊いてるんだ」
「実は俺もありません」
桂はそう言って、「古畑さんに訊いてください。あの人が最初に『幽霊だ』って言い出したんです」
と情報を伝えてくれた。
古畑幸次郎。古めかしい名前だがまだ若い、アトラスの社員である。
どんな人物かと言えば……
「そうなんだよ俺見ちまったんだよ!!!」
“東海林の彼女のことなんだけど”と聞いただけで、古畑はがたんと椅子を蹴倒した。
「やつの彼女! 壁すりぬけやがったんだよ……!!!」
そして蹴倒した椅子に片足を乗せ、両手をわらわらさせながら熱弁する。
「お、落ち着いて古畑君――」
「これが落ち着いてられるか! 俺幽霊見ちゃったんだぜ! とうとう見ちゃったんだぜ! しかも白昼堂々!!」
「アトラスの社員さん全員が、霊感強いわけではないのですね」
パティは意外に思ってふうむとうなる。
すると、三下がこそこそと耳元で言ってきた。
「ち、違います。古畑君の場合、霊感が強すぎて霊が見えていても霊だと分からないんですっ」
「おや」
なるほど、とパティはうなずいた。
霊感が強すぎれば、霊が普通の人間のように当たり前に見えてしまう。
――今回のように、“壁をすりぬける”と言った、いかにも霊っぽいことをしてくれないと分からないのだろう。
パティは興奮絶高調の古畑にもしもしと話しかけた。
「古畑さん。東海林さんと彼女はいつ一緒にいらしたんですか」
「おう!? こないだの月曜日に制服の彼女と一緒に喫茶店にいたぜ! あれ校則違反じゃねえのかな」
「え、東海林君の彼女って学生?」
三下が驚いた。古畑はけらけらと笑った。
「東海林はまだ二十歳だぜ。まあいいじゃねえか」
「ふむ」
パティは口元に手をやった。
「そうですね。おおいにお話を聞きたいところです。彼女さんの制服から、学校は割り出せますか?」
「あの制服はなあ……」
古畑は腕をくんで、うーんとうなった。
「あそこだ。赤崎山女子短大付属」
「ありがたい情報です。助かります」
パティは目を閉じたまま微笑んだ。
「あとは、学校の前で待ち伏せですね。ちょうど今日は月曜日ですし」
ひょっとしたら東海林さんがお迎えにいらしてるかもしれません――と、パティは嫌がる三下を赤崎山女子高校へと連れ出した。
時刻は夕暮れ。そろそろ生徒たちがぱらぱらと帰りだす頃だ。
「ん……」
パティの優れた感覚が何かを訴えた。
「どうやら、あちら側に東海林さんらしき人がいるようですよ」
「え? どうして分かるんですか?」
「女の勘です」
大嘘をつきながら、パティは三下を引っ張りながら、感覚が訴える方向へと歩き出した。
――高校の塀の角をひとつ曲がったところ――
そこを曲がらずに、息をひそめて耳を澄ます。
女の子の声がする――
「ごめんね、待った?」
「いや、そんなに」
東海林君、と三下がつぶやいた。
待っていたのは、東海林本人に間違いないらしい。
「じゃ、行こう」
二人が歩いていく。
「尾行しますよ」
パティは怯える三下を引っ張って、足音もさせずにカップルの背後を隠れながら歩く――
やがて、東海林とその恋人は喫茶店に入った。おそらく古畑が見たのと同じ喫茶店だろう。
「わたしたちも入りましょう、三下さん」
パティはこつん、こつんと杖で床を叩きながら喫茶店に入った。
東海林たちはまだ席に迷っていた。
パティは東海林の恋人の横を横切るふりをして――
どん
と派手に東海林の彼女に肩をぶつけた。
よろけて、そして床に転がってみせる。
「パティさん!」
三下が駆け寄ってきた。あれ、と東海林が一瞬ぽかんとする。
「ご、ごめんなさい」
若い東海林の恋人が、慌ててパティの手を引こうとする。
「いえ……大丈夫です、すみません……」
パティはそう言いながら、なかなか起き上がらなかった。
(匂いを……)
パティを起き上がらせようとする東海林の恋人の匂いを、かぎとろうとする。パティは鼻が利く。女性には女性特有の匂いがあるし、幽霊ならばそれはないはずだ。
(というか……この娘、わたしに触っていますね)
起き上がらせようとしている高校生たる少女の気配に、パティはふと思った。
(幽霊なのにものに触れる……?)
壁をすりぬけたというこの娘。
それならばものには触れないのではなかろうか。
「すみませんでした」
東海林がようやく我に返り、パティを抱き起こす。
パティは目を閉じたままにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、お暇がありましたらお礼とお詫びにお茶でも」
ひいいと三下が怯えた声をあげる。彼はまだ東海林の彼女を幽霊だと思い込んでいる。
(おかしな話ですけどね……)
パティは心の中で思いながら、三下の耳元でひっそりと言ってやった。
「このお嬢さんは、普通の人間ですよ」
東海林とその彼女、アキは快くパティたちの同席を許してくれた。
三下もアキが普通の人間と分かって、リラックスできたようだ。
「かわいい彼女だね」
などと東海林に言っている。
東海林は照れて、
「あまり会社には言わないで下さいね」
と――とっくに知られまくっていることも知らず――言った。
色々な話を、パティは持ちかけた。とりとめのない四方山話を話したいのである。
マフィアとは寂しいものなのだ。
途中――
アキには、双子の妹がいたという話になった。
「ハルって言うんです」
しんみりとした声で、アキは言った。
「私の双子の妹で……事故で、死んでしまいました」
「それは……ご愁傷様です」
パティはわざわざ三下に注文したケーキを一口大に切らせながら――自分でできるのだがやらないのがコツである――悲しそうな顔を作って応えた。
アキが懐かしそうな声を出す。
「ハルは私より押しが強くて自立心もあって……凛々しい子でした」
「そうだったね」
東海林も知っているらしい、少し切なそうな声で相づちを打っている。
双子の妹ね、とパティは何となく引っかかるものを感じながらケーキを三下に食べさせてもらった。自分で食べればいいものを、三下がかいがいしく世話してくれるので面白くなったのだ。
とりあえず――
「古畑さんの見間違いでしょうか」
小さな声で、三下に言う。
「そうですよ。きっとそうです!」
三下は嬉しそうな声をあげた。
東海林がびっくりして、
「な、なんですか?」
と三下を見つめる。
「あ、いえ、なんでも」
三下は顔を赤くして椅子におさまった。
パティもひと満足できる程の食べ物と――なぜか三下が支払いをした――四方山話を終わらせた後、四人は同時に席を立った。
と、アキが化粧室に行くと言い出した。
特に反対する理由があるはずもなく、アキには化粧室に行かせ、残りの三人で清算を済ます。
――アキは五分ほどで帰ってきた。
パティの感覚が違和感を訴えた。とっさに、「ああ」と貧血のふりをしてアキによりかかった。
アキは――
倒れるパティを、避けた。
そのまま倒れたパティは感じ取っていた。
――匂いがなくなった――
(アキさんじゃ――ない!)
「ご、ごめんなさい!」
謝りながらも、今度のアキは手を貸そうとはしない。
三下と東海林が慌ててパティの体を起こす。
「だ、大丈夫ですか?」
三下はおろおろと言った。
「大丈夫……です」
パティはひそかにアキの気配をさぐる。
変わっている。気配が、変わっている――
「アキさん」
パティは呼びかける。
はい? とアキが反応する。
「―――」
パティは少し考えてから、
「東海林さん。わたしには、女としてアキさんと話したいことがあるのです。今日はアキさんを貸していただけませんか?」
「はあ?」
東海林がまぬけな声を出す。
「な、何言ってるんですかパティさん!」
「いえ。アキさんともっとお友達になりたいな……と」
とてもよい方ですし――と話を続けていると、
「――分かりました」
アキが、うなずいた。「今日はパティさんとお話します。ごめんねショウちゃん」
「いや……いいけどね」
東海林は何が何だか分からないまま、店を出た後、「気をつけて」と言い残して帰っていった。
「パ、パティさん、いいんですかあ?」
三下が申し訳なさそうに東海林の背中を見送る。
しかし、おそらく三下の予想に反して、口を開いたのはアキのほうだった。
「どうぞ……こちらへ」
すたすたと歩いていくアキ。
その後姿。どことなく――今までとは違っている。パティは気配で感じ取っているだけに、その違いは鮮明だ。
言われるままについていくと、路地裏にたどりついた。
アキは足を止め、くるりと振り向いた。
「……東海林さんから、私を離してくださって、ありがとうございました」
アキは深く頭をさげる。
「おかげで、すべてを話せます」
「そうですね……」
パティは目を閉じたまま、首をかしげて呼びかけた。
「アキさん……? いや、ハルさんでしょうか……」
「はい」
三下はそのやりとりの意味をかなりの時間考えて――
そして、突然ひいっと悲鳴をあげた。
「ははは、ハルさんっ!? たしか亡くなったはずじゃ」
「私は死にました」
アキは――アキの姿をしたハルは、きっぱりとした口調でそう言った。
「でも私も東海林さんを好きだった……未練が残って、この姿です」
「アキさんのほうは――」
「今は眠っています。私の意識が前に出るとものに触れなくなるので……双子の特殊例でしょうね。意識が合体してしまった」
「そうして時々入れ替わって、東海林さんとデートして?」
パティは淡々と尋ねる。
ハルは苦笑した。
「……東海林さんは霊感が強すぎて、私のことを幽霊と気づかないんですよ」
――古畑と同じタイプだ。
でも――と悲しげな顔を見せ、
「私もいっぱい楽しみました。もう……潮時かもしれません」
「そうですね。東海林さんを騙し続けるのはよくない。お姉さんも悲しみますよ」
「はい」
――自立心があって、凛々しい子でした――
アキの言葉が、目の前のハルに重なる。
「姉の体を置いていきます。しばらく目覚めません」
ハルは言った。「姉のことをよろしくお願いします。……東海林さんのことも」
「しかと約束しますよ」
パティはにこりと笑った。
ハルが微笑む。そして――
きらり
きらり きらり
ハルの体が発光し始めた。
逝ってしまうのだ――
パティは目を閉じたまま、その光を瞼の奥で感じる。
きらり
きら きらり
――さよなら――……
ハルの声が余韻を残して消える。
パティはさっと意識を失っているアキの体を支えた。
「三下さん。手伝ってください。――三下さん?」
三下は気絶していた。
**********
「なるほどね。昇天しちゃったのね……」
碇編集長は、話を聞いて大きくため息をついた。
「だめね。記事にはできないわ」
カツン、と転がすペン。美しき編集長は大きく伸びをする。
三下はいつ雷が落ちるかとびくびくしながら、編集長の前にいた。
「双子の、片割れ、かあ……」
どんな気持ちなんでしょうね、と麗香はつぶやいた。
「同じ人を好きになって……片方は死んでしまって……」
「――二人とも、いい子でしたよ」
三下は言った。
そうね、と麗香は応えた。
桂がやってきて、麗香のコーヒーカップにコーヒーを注ぎ足す。
こぽこぽこぽ……
コーヒーのほろ苦い香りが麗香のデスクいっぱいに広がった。
「――次のスクープをさがさなくちゃね」
そう言った編集長の声は、どこかしんみりとしていた。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4538/パティ・ガントレット/女/28歳/魔人マフィアの頭目】
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■ ライター通信 ■
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パティ・ガントレット様
はじめまして、笠城夢斗と申します。
今回は依頼にご参加くださりありがとうございました!
パティさんのプレイング、とっても素敵でした。うまく反映できているといいのですが。
よろしければまたお会いできますよう……
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