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<東京怪談ノベル(シングル)>


『呪いの物語』


「「「「「「クゥエッッッッー」」」」」」
 ……………それらは一斉に鳴いた。
 錆び付いた蝶番が、死霊の断末魔のような軋みを上げる、
 ホラー小説なんかでは定番の描写、
 それが感じさせる気味悪さなんか、
 まるで問題にもならなかった。
 それらが鳴く光景は、
 悪夢。
 顔の筋肉が恐怖で歪みきっている事を俺は手に取るように認識しながら、それらの眼を、見つめていた。
 知性も、
 理性も、
 何も感じさせない、
 だからこそ、
 凄まじく気持ち悪い、
 その鳥類の成れの果て、肉塊の悪夢………


「「「「「「クゥエッッッッー」」」」」」


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 力が欲しかった。
 自分の身を傷つけても、大切な人だけは守り通せる力。
 だから力を求めた。
 それは呼吸をするように至極当然の思考の末の結果として。
 姉さんがさらわれた。
 護りたかったのに、
 護れなかった人。
 だから、俺は姉さんが生きているとそう信じているから、
 救い出して、
 再会できたら、
 もう、どこにも行ってしまわないように、
 誰にも彼女たちを傷つけさせないように、
 そんな事を可能にする力が欲しかった。
 何にでも手を出した。
 俺を鍛えてくれると想ったモノ、全部。
 その中でもフェンシングは性にあっていた。
 ただ攻撃を、
 相手を足下にひれ伏せさせるだけの剣撃に特化した、
 剣。
 剣は凶器、
 剣気は狂気、
 剣術は殺人術、
 ただ相手を突くためだけの剣技。
 これだと想ったんだ、本能的に。
「タァッ」
 気合一閃。
 先を潰した剣が相手の身体に触れ、わずかなしなりを、手に感じる。
 その瞬間に相手の緊張感は消え、
 そして鋭く張り詰めさせた俺の緊張感――――剣気は、相手の心臓をそのまま貫く。
 そう相手を見据える瞳で幻視し、俺は剣を引っ込める。
「ありがとうございました。照亜先輩」
「ああ」
 俺は剣を右肩に担ぎ、下級生に簡単なアドバイスをした。
 ここは白川郷。
 夏休み期間中に行われるフェンシング部の合宿に俺も同行していた。
 正確には俺はフェンシング部の部員では無い。それでも俺は自らを鍛えるために学校に存在する全ての運動部の助っ人なんかをこなしていて、
 このフェンシング部にも貢献している。
 惜しくも夏のインターハイは県大会決勝で敗れ、その切符を失ったが、既に部員の視線は秋の新人戦に向けられていて、
 そしてフェンシング部は技術向上の為にこの白川郷にレベルアップの強化合宿に来て、それに俺も誘われたという訳。
 どうも顧問や部員たちはそのまま俺をこのフェンシング部に入れてしまおうというつもりらしいが、生憎と俺にはそんなつもりは無い。
 ここに来たのは、俺にとっても都合が良いからだ。
「だけどまあ、ポイントを決められた瞬間に緊張を解いてしまう程度の奴らを相手にしていたって、こっちのレベルは上がらないけど」
 例えばラスボス戦間際のレベルでどれだけスライムを倒しても、ラスボスを倒すレベルに成長するには程遠く、時間の無駄であるように。
「はい。30分の休憩に入ります」
 ストップウォッチのボタンを押して、マネージャーが言った。
 俺は寺の廊下に剣を置くと、代わりにスポーツタオルをその手にとって、汗を拭った。
「暑いな」
 俺は空を見上げる。
 そこには蒼い空。
 だけどその空の蒼は、東京で見る蒼よりも透明度があって、雲の白さも東京よりも白く感じられた。
 何よりもじっとりと絡みつくような、ただただ不愉快なほどにネトネトとした東京の暑さよりも、
 どこかサラサラとした竹林が渡る風に鳴るような白川郷の暑さは、気持ち良かった。
「できたら連れて来てやりたかったな」
 自然と笑みが零れる。
「ひゃぁー、気持ち良い」
「照亜。おまえも、寺の裏の井戸の水浴びて来いよ。めさめさ冷たくって、気持ち良いぜ」
 上半身裸で、濡れた髪を掻きあげながらフェンシング部の部長が言った。
 剥き出しの上半身で、ボディービルの選手がやるように筋肉を見せびらかす部員たちにマネージャーは唇を尖らせながら文句を言っていて、
 明るい笑い声がお寺の境内に響き渡る。
 大気に乗るその笑い声に負けじと蝉たちの鳴く声もひときわ大きくなったように思えた。
 俺はひょいっと肩を竦めて、マネージャーが氷が入ったクーラーボックスから取り出したプラスチック容器に入っていていたレモンの砂糖漬けを口に放り込むと、遅ればせながら俺も井戸の水を浴びに行く事にした。
 俺たちは顧問の祖父が住職を勤めるこの寺へと合宿に来ていた。
 本堂を寝所にして、寺の境内で練習をする。
 東京でだったら昼間の外で練習をするなど軽い自殺行為にも似た行動だが、ここ白川郷ではそれもどこか心地良かった。
 汲み上げた井戸の水を溜めた桶を頭の上に持っていて、一気に水を被る。
 どばぁ、という水が流れる音が耳朶を突き、
 肌が冷たい水の愛撫に若干引き締まった。
 熱を持った身体に冷たい水を被る事で身体からわずかに上がる上気が見える。
「ほほう、やっとられますな」
 そう声をかけてきたのはこの寺の住職だった。
「お世話になっています」
「いやいや。先ほどから見ていたのだがおまえさんはなかなかやりよるな。わしも剣道ならば得意なんじゃが」
 そう笑う住職に、俺も笑いかける。
「だったら剣の異種格闘技なんかはどうですか? それとも俺が剣を竹刀、木刀に持ち替えましょうか?」
 自分ながらに不敵で挑発的な物言い。
 だけどそれは何も天狗になっての事じゃない。
 ただ、強い相手とし合って、自らを高めたい、という純粋な欲求。
 しかしそんな俺の想い等、この齢90の老人は見抜いているかのようにとても綺麗で穏やかな目で俺を見据えて、
 諭すように笑った。
「いや、わしはきっとおまえさんには敵わないから、やらんよ。肉体的な強さならばおまえさんの勝ちじゃ」
 俺は静かに老人を見据える。
 住職はまるで仏の教えを伝える観世音菩薩のような顔で、続けた。
「ほんに強いとは如何なる事か、お若いの、おまえさんはどう想う?」
「相手を完膚無きまでに撃ち砕く力があるという事だと」
「ふむ。ならばそこに理解はあるか?」
「理解?」
 俺は繰り返す。
 老人の眼は優しい。
「そう、理解じゃ。その事をよくお考えになられると良い。さすれば、迷い道も解消するじゃろうて」
 そして住職は時代劇のテーマソングを歌いながらその場を立ち去っていき、俺はその言葉が頭から離れなかった。



 敵を倒す力と、
 理解、
 それにどういう繋がりがあるんだ?



 +++


 耳を澄ませばどこかからかオヤシロさまの声でも聴こえてきそうな神社の下に俺は来ていた。
 村の観光課が行っている貸し自転車を借りて、俺は村を走り回っているのだ。
 観光半分。残り半分は足腰の筋力アップのために。
 合掌造りの家が立ち並ぶ村を抜けて、このまま荘川桜でも見に行こうか、そう思ってペダルを漕いでいたが、さすがに疲労困憊。
 薄暗い神社の階段に腰を下ろし、汗を拭う。
 十五日間の合宿は3日練習して、その次の日は休み、そしてまた3日練習して、次の日は休み、の繰り返しからなっている。
 そして今日は最初の休みだった。
 昼。太陽は高く上って、蝉は短い命を燃やすように謳歌するように歌を唄っている。
 滝のように流れる汗を首にかけていたタオルで拭う。
 額に張り付く髪はぞんざいに掻きあげて、ため息を吐いて、天を仰ぎ見上げた。
 だけどその夏の暑さの全てが心地良い。
 頭上は生い茂る木の枝と葉に覆われて隠されていた。
 そこに透明度の高い夏の蒼い空は見えず、
 でも木漏れ日の眩しさがまるで宝石のように美しい。
 懐かしい感じがした。
 俺は瞼を閉じる。
 するとそれまでは気付けなかった風が渡る音。
 それによって木の枝や葉が揺れて擦れ合う音や、
 野鳥の鳴き声、羽音なんかが聴こえてくる。
 前に本で読んだ事があった。
 この世界に無音は無いと。無音なのは人が作った空間のみ。人工の空間以外で無音な場所は無いと。
 ただ音が流れていく。
 その中で、そのスターカットは乱入した。
「クゥェッー」
 野鳥の鳴き声。だがそれは今までと明らかに聞こえが違っていた。そしてガス銃特有の発射音。
 俺はバネ仕掛けの人形のように立ち上がって、神社の階段を上った。
 木製の鳥居の下を通り抜けて、俺は神社の境内に入る。
 そこでひとりの男の子が土鳩に向かってBB弾を撃っていた。
「やめろ、馬鹿」
 俺はその子からガス銃を取り上げる。
「痛てぇーな。何すんだよぉ??? このご時世に小学生を苛めると警察に連れてかれるぞ!!! 変質者だ、おまえは」
「だったらおまえは野鳥の会の人たちに親の前にしょっぴかれるぞ」
「はぁ? あんなのはただ土鳩だろ? 汚らしい。リョウバトならわかるけどさ」
「リョウバトは絶滅種だ」
「知ってるよ。ばーか。銃、返せよ」
「鳥を撃たない、って誓えるか?」
「だからはぁ? って言ってんだろう。鳥なんかどうでもいいじゃなねーか」
 ―――かちん、と来た。
 彼女の顔が浮かぶ。
「おまえな、鳥だって生きているんだ。魂が、心があるんだ。こんなモノで撃たれれば痛いと感じる。哀しいと想う。それが生きている証拠だ。心があるのが魂があるって証拠で、生きている、って証拠なんだ。俺は生きているモノを軽んずる奴は、認めない。嫌いだ」
「嫌いで結構。誰もあんたなんかに好かれたくないよ」
 小学生は俺を馬鹿を見るような眼で見た。
 その眼を見て、俺は怒りを通り越したもの悲しさを感じて、手を離した。
「ほらよ」
 ガス銃を返してやると、そいつは土鳩に向かって数発これ見よがしに撃って、自転車で逃げていった。
 ぎゅっといつの間にか握り締めていた拳が痛かった。
 ―――おそらくは手の平の皮が破れているのだろう。
 どうして―――





 本当は、
 本当は、想ってはいけない事だけど、
 でも想ってしまう。
 どうしてあんな命を大切に出来ないようなのが生きていて、
 彼女が、
 死ななくっちゃいけなかったのか、って。
 あんな奴こそが…………





 だけどそこで思考が途切れたのは、
 まるで暗い感情が澱を成して、どろり、と俺の中に溜まったかのようなそんな俺の中にあった感情を、
 すくい取るように彼女の顔が思い浮かんで、
 声が聴こえたような気がしたから。



 ――――したから。



 そしてそれで俺は初めてか弱いその声に気付いた。
 すぐそこの木の根元、落ちているすずめの雛に気付く。
 一瞬、どうしようか、迷う。
 もしもそのすずめの雛に俺が触ったとする。
 だけどそしたらその雛には俺の人間の臭いが染み付いて、たとえその雛を巣に返しても、もう親鳥はその巣には、俺が触った雛には、近づかなくなる。
 でもその迷いすら、哀しくなる現実があった。
 雛の横、そこに親鳥らしいすずめの死骸があった。
 近くに転がるBB弾と一緒に。
 ぎりぃ。
 ―――歯を、噛み締めていた。



 +++
 

 すずめの雛を連れ帰ると、他の部員たちが寄ってきて、
 そして実に幸運な事にも獣医の娘で、彼女自身も獣医大を目指しているマネージャーがすずめの雛の世話をかってでてくれた。
 俺は安心する。
 彼女はこれまで何十匹もこうして巣から落ちた雛を拾って巣出たせてきたから大丈夫です、と笑った。
 肩の荷が下りる。
 でも胸にある暗い感情は消えなかった。
 そんなこんなでそのまま。あーぁ。
 深夜。なんとなく寝付けなくって、寺の渡り廊下に寝転がった。
 夜空にはほんの少しだけ欠けた月。
 虫は煩いほどに鳴いている。
 ――――生きているんだ、虫も。
 頭の中ではエンドレスであの男の子が言った言葉が回っていた。
 胸が焼けるような感覚がして、気持ちが悪い。
 彼女の声を聞きたいと想った。
 そしてつくづく想った。あの光景を見たのが彼女ではなくって俺で良かったって。
 風が、流れていく。
 俺は、何をやっているんだろう?
 訳がわからない。
 思考が滅茶苦茶だ。
「あー、くそぉ」
 頭の中のモヤモヤ全部全て吐き出したくって俺は叫んで、立ち上がった。
 そして寝転がっていた渡り廊下から地面に降りて、頭から井戸の水をかぶりたくって、裏へと回ろうとする。
 その瞬間、全身の毛が逆立った。
 頭髪から産毛まで全部ぞわりと逆立って、毛穴が開く。
 心臓が脈打つのが、早い。
 はぁはぁはぁはぁ。
 煩いな。
 誰だ、俺の耳元で荒い息を吐いているのは?
 それを俺は俺自身の呼吸音だと悟る。
 そして目の前から現れる。
 あの、子ども。
 ――――。



 +++


「クゥエー」
 闇を引き裂く奇怪な鳴き声を上げたのは、
 彼の剥き出しの肌、そこに穿たれた傷から這い出した奇怪な鳥の頭が上げた声。
 何の悪い冗談だ、これは?
 ―――彼の剥き出しの傷から生えているのは鳥の頭だったり、足だったり、羽根だったり。
「土鳩…」
 それがわかった。
 せり上がってきた胃液で喉が痛い。
 ダメだ、我慢できずに俺は吐き出す。
 泣いている彼は俺へとすがり付いてきて、
 そして彼が泣き喚きながら俺に抱きついた瞬間に、夜の闇から現れ出た土鳩が俺を襲う。
 それだけじゃない。彼の傷から生えている土鳩の頭も、足も俺へと向かってきて、そして短パン一枚の俺の身体をついばみ始める。
 足の爪が俺の肌を引っかく。
「―――うがぅ」迸り出そうになった悲鳴を俺は飲み込んだ。
 だけどその苦痛の悲鳴が、恐怖の悲鳴に変わるのに数秒とかからなかった。
 穿たれた傷から何かが這いずり出る感触がおぞましい。それは、
「ひぃ」
 空気の塊が俺の喉をせりあがる。
 俺の傷からも土鳩の頭やら羽やら足やらが生え出す。
 それは幻覚ではなかった。確かな痛みとおぞましさを持って俺の身体が知覚しているのだから。
 一気に恐慌状態に陥った俺が、それでもやけに冷静さを取り戻したのは、首に熱い鉄でも当てられたような熱さを感じた後に、その後に首から下でとても冷たい感触を感じたから。
 そう、とても冷たい何かが俺の身体を撫でて、俺の身体はぞくぞくと温度を失っていく。
 俺の手は自然と首を触った。切れていた―――
 …………頚動脈が。
 俺は自分でも知らぬうちに後ずさっていて、そして境内の木の枝に首を引っ掛けて、斬ったのだ。
 ざっくり、と。
 だけどそれに恐怖を感じるよりもさらなる次のおぞましい恐怖が俺を襲う。
 斬れた傷口から何かがぞわぞわと這いずり出てくる。



 這いずり、出てくるんだ、その首の傷から何かが――――



「クウェー」
 それと目が合い、その瞬間、それは奇怪な鳴き声を上げて、
 俺はキレた。
 ぷつん、と頭のどこかで何かが切れて、それで俺は俺の傷口から生える土鳩を掴み、引っこ抜く。
 ぶちぶちと何かがぶちきれて、
 そしてそれを足下に捨てると同時に俺の首の傷からまた血が噴出した。
 じくじくと痛む傷は無視する。
 もう何も感じない。
 俺と同じように土鳩を生やし、そして他の生きている土鳩に襲われている彼を抱え、俺は森に飛び込み、
 走った。
 どこへ?
 知るかよ。
 俺の方が教えてもらいたい。
 ただ走る。
 夜の闇の森を。
 俺の呼吸音と、
 男の子の身体から生える土鳩の奇怪な鳴き声、
 男の子の泣き声だけが響き渡る森を。
 ジャンプして、丘から飛び降りて着地。
 そのままダッシュ。
 いつの間にか森を越えて、県道に出ていた。
 アスファルトの固い感触を靴越しに感じる。
 だがそこで暴れる男の子のせいでバランスを崩して、俺は転ぶ。彼は離さない。
「離せ、この化け物」
 だけど彼は叫んだ。
 化け物?
 俺が?
「何で、何であんた、あんな傷を負って、生きてるんだよ?」
 え?
 俺は自分の手の平を、
 そして次に自分の身体を見た。
 俺の身体の傷は全部消えていた。
 首に、頚動脈がざくりと切れた首に手をやる。
 そこに傷は無い。
 俺は愕然とした。
「どうして?」
 どうして、こんな………
 そして頭の隅にいつもあった様々な疑問が浮かび上がってくる。
 あの時も………俺は……………
 本当は、俺は――――
「ひぃ」
 俺は悲鳴をあげて、頭を両手で抱えた。
 その場に崩れこむ。
 胃液を吐き出す。
 頭の中にある闇。そこから俺を見る、二つの赤く輝く瞳。
 獣の瞳。
 心の奥底の奥底。そこから、気高い野生の狼があげるような雄叫びが、迸り出て、
 でも、それと同時に思い浮かんだ顔が、あったんだ。
 !!!
 ―――そして俺はにやりと笑う。
「ぅぁあー」
 俺は握り締めた拳で顔面を殴った。
 鼻孔はつーんと血の臭いがして、視界が涙で滲む。だけどそれで、俺を支配しつつあった感情を霧散させる事ができたのだ。今はそれで、いい。
 そうさ。この力、今は訳がわからない。
 茫洋とだけど、これのせいでこれまで何回か死ななかった事も思い出した。
 理解不能だ。
 だからこそ怖い。
 でも今は、これを利用するしかねーんだ。
 そうやって生き延びるしか。
 そう。俺は生きなくっちゃならないんだから。
 そのためなら何でも利用する。
 ――――利用してやる。今は生き延びるために。ごちゃごちゃ考えるのはその後だ。
 そして俺は男の子を睨む。
 俺が近づくと彼は悲鳴をあげて、逃げる。
 俺はその子に言う。
「化け物はお互い様だ。何だ、おまえのその様は?」
「お、おまえが昼間に俺に呪いをかけたんじゃねーのかよ」
「違う。罰が、あたったんだろう。おまえが、酷い事をしていたから」
 俺がそう言うと、彼は黙った。
 そして俺はその子の土鳩を引き抜こうとする。
 彼は悲鳴をあげる。
 無理だ、
 ――――この子には
 周りにはまた土鳩たちが集まってきている。闇の中でその眼が光っていた。
 殺る気だ。
 だから俺はその子の前で両手を開く。盾になる。能力はあるんだ。俺には。
 ――――誰だってこの力があれば、護れる。
「どうして?」
「言っただろう? 俺は命を軽んずる事はしたくない」
 だからこいつも護りたい。
「生きているんだ、こいつは!!!」
 それを叫んだ瞬間、確かに闇がざわりとざわめいた。
 そして土鳩たちが俺の方へ一斉に飛んできて、
 だけど俺はその中にあのすずめを見た。雛の、親鳥。
 そしてだから、わかったような気がした。
 昨晩、住職に言われた言葉が。
 そう。灯台下暗しの答えが。
 俺はすずめへと手を伸ばす。昼間、雛が、乗っていた手を。
「大丈夫。おまえの子どもは元気だよ。ごめんな。心残りだよな。だけど大丈夫。おまえの子どもは俺が請け負うから。心配するな」
 そうさ。生きたいに決まっている。
「心残りだったよな」
 自然と眼から涙が零れ落ちて、
 俺はそう、嗚咽混じりに言った。
 そしてその涙がアスファルトに落ちた瞬間、
 鳥たちが一斉に鳴いて、
 羽音があがった。



【ending】


 羽音が消えた時、男の子は血塗れだったが、そこに奇怪な土鳩の頭も足も、羽根も生えてはいなかった。
 許してもらえた、というよりもチャンスをもらったような気がした。
 俺はそれをあの男の子にも言い聞かせ、彼も約束してくれた。もう、やらないと。
「少年よ、強さとは何だ?」
 合宿の最終日、住職がまた、俺にそう質問してきた。
 だから俺は、
「護りたい者を守り、またその護りたい者を攻撃してくる相手にしても、その声を聞き、その心情を理解し、共感してやれる事の出来る心のあり方。それが俺が得たい、強さです」
 そう。そういう力を手に入れてこそ、俺はきっと姉さんも妹も守りきれるのだ。
 俺がそう答えると、住職は微笑み、
 ただひとり、俺は住職から名前を呼んでもらえた。
「また来なさい。照亜龍斗君」
「はい」
 夏の暑さの中で、だけど住職は春の陽だまりの中に居るように笑い、そうして俺は俺に真の強さを教えてくれた住職に、頭を下げた。
 行きたい場所へと続く道は見つかった。
 姉さんは必ず生きていると信じているから。
 そしてこの力も、俺は必ず良い方向に昇華して見せるから。
「あの、兄ちゃん、ごめん」
 真新しい竹刀を持ち、真新しい胴衣を着た彼は俺に頭を下げ、
 だから俺は握った拳を彼の前に突き出す。
「俺も強くなる。今度こそ守れるように。おまえは?」
「俺は、俺は俺みたいに間違ってる奴を正すとか、やっぱり俺もそういう奴らから弱い奴を守れるように強くなる」
 俺たちはにぃっと笑って、そして拳をぶつけ合った。


 →closed


 ++ライターより++


 こんにちは、照亜龍斗さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 ご依頼、ありがとうございます。


 今回は龍斗さんの能力をメインに、という事でこのようなお話にさせていただいたのですが、いかがでしたか?^^
 お気に召していただけていましたら幸いです。^^
 龍斗さんの能力が、あのように設定されていたので、今回の事件はそれに似ているような雰囲気のあるモノにしてみました。
 そして龍斗さんが今の龍斗さんであるその在り様についてのスタンスにも、少し関わるように。^^
 このぐらいの子は本当に道に迷って、あっちへふらふら、こっちへふらふら、でもコツのようなものを見つけると、その時の成長度は早いんですよね。^^
 だから、龍斗さんにも本当にたくさんの事を経験して、たくさんの人に出会い、成長してもらいたいと想いました。
 成長する龍斗さんを書いているのは本当に楽しかったです。
 またもしもよろしかったら、その時はどうぞ書かせてやってください。


 それでは今回はこの辺で失礼します。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。