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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


映さぬ鏡


 ―カタン……。
「ん?」
 店の整理をしていた蓮の足元に転がる、一つの鏡。
 手にとって見てみれば、その鏡は汚れているわけでもないのに何ひとつ映さなくて。
 まじまじと鏡を見つめながら、蓮は小さな声でポツリと呟く。
「また珍しいものが出てきたもんだね」
 白銅の表面に水銀に錫(すず)をまぜたものを塗って磨いて作られた鏡。現代、鏡はガラス板の裏面に水銀を塗って作るものだ。現代ではあり得ないその鏡の作りから見て、相当古いものだとわかる。
 彫られている装飾は細かく……それは、まるで人を魅了するような美しさ。
「あんたは、何の因縁を抱えてるんだい?」
 蓮の言葉に答えるかのように、一瞬ふわりと熱を帯びる鏡。ふっと鏡に向かって微笑んで、蓮はそれを店に入ってきてすぐ目に入る場所に置いた。
 途端、店にやってきた客。
「おや、いらっしゃい」
 涼やかに鳴ったドアにつけられた鈴の音をどこか心地よく感じながら、入ってくるなり鏡に目を奪われたその客を見て蓮はクスリと微笑んだ。



 開かれた扉の向こうからゆっくりと店に入ってきたのは、酷く落ち着いた雰囲気を持つ男性だった。白い着物に青色の羽織。履いているのは靴ではなく草履で、しかしそれがまた彼の持つ優しげな雰囲気に合っている。
 そんな「和」を纏う彼、紫東・慶一郎(しとう・けいいちろう)は店に入るなり目に入った一枚の鏡に強く惹かれ、ゆっくりとそれに歩み寄った。
 明らかに鏡に興味を持っている慶一郎を眺め、蓮は彼に声を掛ける。
「ソレが気に入ったのかい?」
「えぇ……不思議な雰囲気を持つ鏡ですね」
 珍しいものや古くからあるであろう骨董品が所狭しと並ぶ中、何故かその鏡だけ一際異様な雰囲気を放っていて。
 ―呼ばれているような感覚さえ、覚える。
 感じた事のない感覚に戸惑いながらも、何故か足を止める気にはならない。半ば魅入られるように鏡に歩み寄った慶一郎は、キセルを吸いながらこちらの様子を見ていた蓮と正面から視線を合わせて首をかしげた。
「ここは普通のアンティークショップではないのですか?」
「普通の品も無いわけではないが……因縁を抱えた物も多いのさ」
「……それでは、この鏡も?」
 鏡に視線を戻しながら慶一郎が尋ねる。その問いに蓮はクスリと妖艶に微笑んでみせた。
「あぁ、そうさ。それは何も映さないだろう?」
「……鏡の持つ因縁のせいで?」
「ああ……おそらくね。あんた、どうやらこの鏡に呼ばれたようだ」
 物の怪に懐かれやすい性質でも持っているのだろうか。彼なら何とかできると思ったのか、それとも気づかないうちに波長が合ったのかは分からないが−。
 面白い。蓮は自分の顔に浮かぶ笑みが更に深くなったのを感じた。品物に呼ばれて来る客など滅多にいないのだ。
「鏡に触れさせていただいても?」
「何をする気だい?」
「これは私の考えなのですが……鏡は自分の感じたことを映像としてリアルタイムに周りに伝えているのではないかと思うのです。伝え終わったらもう同じ内容を映す事は出来ないし、或いは忘れてしまっているのかもしれません」
 カン!と音を立ててキセルの灰を落としながら、蓮はへぇ……とどこか感心したように呟いた。
 本当に、この客なら鏡の持つ因縁を解いてくれるかもしれない。
「忘れたくない、或いは忘れられない出来事があったのでは、と。大丈夫です、鏡を傷つけたりはしません」
「……好きにするといい。その鏡の事はあんたに任せたよ」
「ありがとうございます」
 そういいながら鏡を手に取った慶一郎は、その鏡の記憶を読むべく静かに意識を集中させた。
 ゆっくりと、でも鮮明に頭の中に流れ込んでくる過去と言う名の鏡の記憶。それは、悲しくもどこか暖かいもので……。
 鏡の過去を見終わった慶一郎は、その表面を撫でながら思わずポツリと呟いていた。
「ずっと彼女の願いを叶え続けてきたのですね……」
 −と。
 途端、グニャリと不自然に歪む視界。誰かに引っ張られるような感覚と共に脳裏に響いたのは己を呼ぶ幼い声で。
 その声が先ほど自分が"見た"鏡の記憶と一致することに気づく間もなく、慶一郎の意識は深い闇へと引きずられていく。
「……核に、触れたみたいだね」
 ゆっくりと宙に消えるようにして姿を消した慶一郎を視界に映し、蓮はポツリと呟いた。



 ふわりと意識が浮上する。
 しばし考え込んで、意識を失う前に聞こえた自分を呼ぶ声が自分が見た過去の人物のそれだと言う事に気づいた慶一郎は、ふむ、と何かを考えるようにゆっくりと辺りを見渡した。
 どうやらそこは日本家屋の一室らしく古人が用いた脇息などが置いてあって、それらの調度や屋敷の作りから見て平安時代の貴族の屋敷なのだろうと言う事が分かる。
 貴族のそれとしては狭い部屋を見渡してみれば、置かれている几帳などにはあまり使われた様子が無く綺麗なまま。人が住んでいたとは思えないほど生活感の薄いその部屋は、よくよく見てみれば過去を見たときに見えたそれとは若干違うように思えた。
 慶一郎は下りていた御簾を上げて縁側へと足を進める。
『無理やりお呼びして申し訳ありません……。貴方の、お名前は?』
 縁側へ降りた慶一郎の背後に突如現れた気配。そのどこか幼さの残る声に優しい笑みを浮かべ、慶一郎はゆっくりと振り返って声の主と視線を合わせた。
「紫東慶一郎です。あなたは……鏡姫(きょうひめ)?」
『えぇ。私の名までご存知だなんて……流石ですわ、慶一郎さま』
 静かに吹く風がさわさわと庭の木々を揺らし、優しく二人の頬を撫ぜていく。桃色の綺麗な衣を纏った少女は、慶一郎を見上げてふわりと綺麗に微笑んだ。
『私の過去を、ご覧になられたのですね』
「……ええ」
『ならばお分かりになりましょう。……忘れたく、ないのです。あの方の面影を』
 部屋の中に入ってきた慶一郎に円座に座るよう勧めながら鏡姫とよばれた少女はそう小さな声でポツリと呟き、表情を曇らせて俯いた。
『慶一郎さまのお考え通り、私たち鏡は全く同じものを二度映すことは出来ません。そして、一度映し終わったものの大半は忘れてしまいます』
「…………」
『あの方は……私の持ち主であったあの方は、亡くなる直前に願われました。"誰かに自分の存在を覚えていて欲しい"と。理由あって、あの方の事を覚えていられるのは私だけでしたのに』
 −鏡であるが故に、私にはそれが出来なかった……。
 ポタリ、悲しみのカケラが鏡姫の頬を伝って握りしめられた拳の上へと零れ落ちる。
「だから、忘れてしまわないように他の物を映す事を止めてしまったのですね……。私では、いけませんか?」
 彼女の頬を流れる涙をそっと指で拭い、慶一郎は酷く優しい声色で彼女にそう声をかけた。
 その問いの真意がよく分からなかったのか、キョトンと自分を見上げてくる鏡姫の頭を優しく撫でて慶一郎は更に言葉を続けていく。
「私はあなたの過去を見ました。つまり、私は今あなたと同じ記憶を共有していることになります」
『……はい』
「鏡姫。例えあなたが前の持ち主の事を忘れてしまっても、私があなたの代わりに憶えていることが出来る」
 その言葉に鏡姫が目を見開いた。
「あなたが望むのならば、私は文章として彼女の存在を残しましょう」
 ほんの少しでも自分の正面に座っている少女の役に立てればいいと思いながら、慶一郎は見るだけで安心するような穏やかな笑みを浮かべる。
 その笑みを見て鏡姫はきゅっと慶一郎の着物の裾を掴んで俯いた。
『本当に……?』
「鏡姫?」
『本当に、覚えていてくれますか?』
 ―彼女が、確かに存在したと言う事を。
 音にされなかった言葉は、しかしはっきりと慶一郎に伝わっていて。彼は"もちろん"と頷いた。それを聞いた鏡姫はパッと慶一郎を見上げて満面の笑みを浮かべる。
『ありがとうございます慶一郎さま。どうか、よろしくお願いいたします……』
「どういたしまして。えぇ、必ず約束は果たしましょう」
 音も無く鏡姫の体が透け始め、辺りの景色がゆっくりと変わっていく。
『慶一郎さま……心優しいその御身に、どうか神のご加護がありますよう……』
 その言葉を最後に鏡姫の姿は消え去り、気が付けば慶一郎はアンティークショップの中へと戻っていた。
「おや、帰ってきたのかい?」
「……えぇ、どうやらそのようです」
 店の奥から何やら分厚いファイルを抱えて姿を現した蓮に声をかけられ、慶一郎はそう苦笑する。
 手に持っていた鏡を見てみれば確かに自分の顔が映し出されていて、慶一郎は鏡に向かってふっと優しく微笑んだ。それは、いつも彼が浮かべている暖かい笑みよりもっと優しく柔らかいもので−……。
「鏡姫を、私に譲ってくれませんか?」
「鏡姫?」
「あぁ……前の持ち主がつけた、この鏡の名です」
 財布を取り出しつつカウンターまで歩み寄ってきた慶一郎に向かって笑みを浮かべた蓮は、彼の手から鏡を受け取りその表面を数回撫ぜた。
「いい持ち主に出会えたようじゃないか。大切にしてもらいな」
 そして、割れてしまう事のないように丁寧に鏡を包み始める。
「あの……?」
「これはもうあんたのものだよ。どちらにしろあのままの状態では売れなかったからね。この鏡も、あんたに持たれたほうが嬉しいだろう」
 丁寧に包装された鏡姫を受け取り、蓮に向かって慶一郎はスッと優雅な動きで一礼した。
「それでは……」
「おや、もう行くのかい?」
「えぇ。鏡姫と、約束をしたものですから」
 開かれたドアにつけられた鈴が、彼が来た時と同じく涼やかになり響く。
「また、いつでも来るといい」
 去っていく慶一郎の背を見、蓮は静かに微笑んだ。


fin




  + 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

6464/紫東・慶一郎(しとう・けいいちろう)/男性/56歳/大学教授




   +   ライター通信   +

初めまして、紫東さま。ライターの真神ルナと申します。
この度は発注ありがとうございました。ギリギリのお届けになってしまい、申し訳ありません。
私にとってこのシナリオが初仕事で、とても緊張しながら書かせていただいたのですが…如何でしたでしょうか?
紫東さまは優しく包容力のある方、と言う印象がありましたのでこのような展開にさせていただきました。
少しでも気に入っていただければ幸いです。
もっと書きたいエピソードがあったのにそれを文中に表せなかった事、紫東さまの足の速さが活かせなかった事がとても心残りで……!
また機会がありましたらその時は是非書かせていただきたく思います。
鏡姫は紫東さまの手に渡りました。是非、大切にしてやってください。
リテイクや感想等、何かありましたら遠慮なくお寄せくださいませ^^
それでは失礼致します。

またどこかでお会いできる事を願って―。


真神ルナ 拝