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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜イレギュラーの少女〜

 それは満月の夜。別荘地の庭園で葛織紫鶴[くずおり・しづる]が満月の儀式のために剣舞を舞っていたときのこと――

「あれ? なんでボク、こんなところにいるの?」

 気がつくとひとりの少女が、庭園に降り立っていた。

          **********

 葛織家。退魔の名門。
 その退魔形式は少々変わっていて、「魔寄せの剣舞」を舞える者がまず舞を舞う。
 そしてその舞に寄せられた魔たちを、待機していた退魔師たちが処分するのだ。

 剣舞の力は満月に最高潮となる。
 満月の夜には、儀式として魔を滅するために紫鶴が剣舞を舞うことが決まっていた。

 そこへ、脈絡もなく現れた少女――

 黒檀のように闇色の黒髪、対照的に雪のように白い肌。
 血のように赤い瞳――

 誰だ、と周囲の退魔師たちが騒ぎだした。
「魔の気配がするぞ!」
「うるさいなあ、もう」
 外見年齢十三歳ほどの少女は、いったんぴょんと飛び――それからすっと姿を消した。
 血が、舞った。
 紫鶴が呆然とそのさまを見つめる。
 ――目の前で次々と退魔師たちが死んでいく――
 そして、
 気づくと紫鶴の目の前に、少女は、いた。
「ねえ、キミからは不思議な匂いがするね」
「あ……」
「ねえ、そんなに怯えないでよ」
「誰だ、お前は!」
 紫鶴は剣舞の剣を構えた。
 びっくりしたように、相手の少女が一歩ぴょんと退く。
「ボク? ボクはね、ロルフィーネ・ヒルデブラントだよ」
 キミはだぁれ? とロルフィーネが無邪気な笑顔で尋ねてくる。
「私は……葛織紫鶴」
 紫鶴は慎重な声で応える。とっさに周囲を見渡していた。
 いつもいる世話役が、今日はたまたま他の用事でいない――
「紫鶴。紫鶴かあ」
 ロルフィーネは嬉しそうに微笑んだ。
「お前は……魔の匂いがする。ロルフィーネ殿」
 紫鶴は剣呑な視線でロルフィーネをけん制した。
「うん。だってボク吸血鬼だもん♪」
「吸血……」
「ねえ、紫鶴は何をしてたの? ボクのお屋敷も大きいけどこのお屋敷も大きいね。ここに住んでるの?」
「う……ま、まあ……」
 ロルフィーネがあまりにも無邪気に話しかけてくるから、紫鶴はうまくあしらうことができずにいた。
 周囲には退魔師たちの死体が転がっているというのに――
 ロルフィーネは上空を見上げてぽつりとつぶやいた。
「薄い結界が張ってあるね、ここ」
 ねえ、なんで? と再び視線を紫鶴に戻してにこりと訊いてくる。
「それは……」
「あ、待って。ボクが当てる! キミの気配面白いから――キミの気配を消すため!」
「あ……う、うん……」
 それは事実だったので、紫鶴は気まずくうなずく。
 そう、紫鶴は剣舞を舞わずともその存在自体が魔寄せの体質を持つ。結界を張っておかなくては四六時中魔が寄ってきてしまう。
 んー、とロルフィーネは難しい顔をした。
「ってことはぁ、キミ、ひょっとして外に出るの禁じられてない? 気配を消すの大変でしょ?」
「………」
 紫鶴は剣を構えなおした。ロルフィーネはそれを肯定と受け取ったらしい。
「そっか、キミも昔のボクとおんなじなんだ♪」
 嬉しそうに微笑み、「じゃあさ、ボクと一緒に外に出ようよ♪ 楽しんだよ、外の世界って☆ ね?」
「む――無理だ!」
「大丈夫だよ。ボクがついてるから♪」
 ロルフィーネが消えた。
 と思ったら、眼前にロルフィーネの顔があった。
 逃げる前に抱きしめられ、紫鶴は一瞬動きをとめた。
 ロルフィーネの牙がキラリと光る。それが紫鶴の首筋をかすめた。
「―――!」
 紫鶴は思い切りロルフィーネを突き飛ばした。
「な、何をする!」
 牙を突き立てられそうになった首筋に触れながら、紫鶴は激昂した。
 ロルフィーネはにこにこと言ってきた。
「外に出るためにはボクの仲間にならなきゃ。イ・ニ・シ・エー・ション♪」
 ――イニシエーション。通過儀礼。
 外に出るためには――ロルフィーネの仲間、つまり吸血鬼になれということだ。
 紫鶴は呆然とロルフィーネを見る。
 ロルフィーネはかわいらしい微笑みをこぼした。
「やっと見つけた……ボクの仲間」
 再びロルフィーネの姿が消えた。と思ったら次の瞬間には抱きしめられている。
 牙を向けられ、紫鶴は必死に抵抗した。
 ロルフィーネが不満そうな声をあげる。
「痛いのはちょっとだけだよ? もう、少し大人しくしてよ〜」
「誰が……っ」
「外に出られないよ? ボクの仲間にしてあげないよ?」
「ならなくていい!」
 紫鶴は怒鳴った。ちょうどロルフィーネの耳元で声をあげる形となり、ロルフィーネが耳をふさぐ。
 その隙に紫鶴はロルフィーネと距離を取り、抱きしめられていたおかげで使えなかった剣を再び構えた。
 ロルフィーネは――不機嫌な顔になった。
「もうっ! せっかくボクが外に出してあげるって言ってるのに!」
 子供のようなロルフィーネは声をあげ、その手にレイピアを取り出した。
「仲間になってくれないなら、殺しちゃうからねっ!」
 ひゅっ――
 ロルフィーネの姿が消えた。
 眼前にくるロルフィーネの刃。目玉を狙っている――
 顔をそらしてよけた紫鶴は、剣を突き出した。ロルフィーネは返す剣でそれを受け止める。
 キィン
 高い金属音が夜闇を震わせた。
 一歩退いて剣を放す。ロルフィーネは次々を剣を繰り出してきた。紫鶴はそれを必死で弾き返した。
「すごいすごい!」
 ロルフィーネが嬉しそうな声をあげた。
「こんなにボクの攻撃を受け止められた人、初めてだ!」
 キン キン キィン
 紫鶴はロルフィーネのレイピアをするりと避けて、剣でロルフィーネの腹を狙う。
 ――殺したくはなかった。
 たとえ、退魔師たちを全滅させた魔性でも。
 ロルフィーネは――あまりに無邪気すぎて。
「ねえ、楽しいねっ♪」
 ロルフィーネは紫鶴の剣を弾きながら言ってきた。
「もっと遊ぼ?」
 さん
 ロルフィーネのレイピアが、軽い音を立てて上から下へと振りおろされる。
 紫鶴の衣装が破れた。満月の儀式用の白い服が、裂ける。
「紫鶴にはもっと短いスカートが似合うよ♪」
 しゅっ――
 今度は横薙ぎに。レイピアが紫鶴のスカートを短く裂いていく。
「うーん、後ろがうまく切れないなあ」
 ロルフィーネは困ったように眉根を寄せて、「ねえねえ紫鶴、後ろ向いて?」
 無邪気に頼んでくる。
 どうやらロルフィーネは、すでにこの戦いさえも遊びと認識したようだ。
 紫鶴は前側だけを裂かれて動きづらくなったスカートに苛立った。自分でスカートの後ろ側をつかみ、剣で破り裂く。
「あっ!」
 ロルフィーネが大声をあげた。
「それ、ボクがやるはずだったのにぃ!」
 きーっとわめくロルフィーネは無視して、紫鶴は手元に残ったスカートの残骸をロルフィーネへと放った。
 白い布がロルフィーネの視界を埋める。
 紫鶴はロルフィーネの腹に剣を突き出す。
「だめだよ、紫鶴」
 あと一センチというところで、ロルフィーネのレイピアは紫鶴の剣を弾き返した。
「遊びは長くなくっちゃ。ね☆」
 ロルフィーネのレイピアが踊る。
 空中を舞っていた紫鶴のスカートの残骸が見る間に細かく刻まれていく。
「ほらほら、雪みたい☆」
 ひら ひら
 スカートの破片が二人の少女の上空を舞う。
 紫鶴はそれに構ってなどいられなかった。何度ロルフィーネの腹を狙っても剣が弾かれてしまう。
 力ではロルフィーネのほうが上だ――
 ロルフィーネが遊んでいる気分だから、かろうじて紫鶴は生きている。
「紫鶴。もっと服綺麗にしてあげる♪」
 ロルフィーネのレイピアさばきは、肉眼でとらえられないほど早かった。
 紫鶴の儀式用の、何重にも重ねられていた衣装がどんどん薄くなっていく。袖がなくなり、裾も短くなってお腹が見えた。
「寒いだろうが!」
 紫鶴は少々場違いな文句を言った。
 ロルフィーネはけらけらと笑った。
「すっごくかわいいよ、紫鶴♪」
 キィン キィン キィン
 刃を交える音。金属音が鳴るたびにロルフィーネは恍惚の表情を浮かべる。
「楽しいね……っ」
 ロルフィーネの攻撃はまるでおとろえを知らない。
 対する紫鶴は、だんだん疲れが見え始めていた。
 ロルフィーネの、遊ぶようなレイピアの剣筋が露出した紫鶴の腹にかすった。
 血がにじむ。ロルフィーネが、笑った。
「――血の色、似合うね。紫鶴」
 しゃっ しゃっ
 気に入ってしまったらしい。ロルフィーネは紫鶴の腹を次々と傷つけ始める。
「う……あ……っ」
 紫鶴はうめいた。その紫鶴の腕に、レイピアの剣先。
 突き刺され、紫鶴は一段階高いうめき声をあげた。
「ボクの牙より痛かったかなあ? ごめんねっ」
 次は足。
 両足にレイピアの先端が突き刺さり、紫鶴は立っているのもつらくなった。
 紫鶴の動きがとまる。剣を地面に突き刺し、もたれかかった。
「あ、やっとおとなしくなったー」
 ロルフィーネは嬉しそうに笑った。そのまま、ゆっくりと歩いてくる。
「今度こそ、仲間にしてあげるからね♪」
 ロルフィーネのひんやりとした手が、紫鶴の乱れた髪を払う。
 紫鶴の首筋に――
 ロルフィーネの顔がうずめられて――
 牙が、肌に到達しようとした、そのとき。

 ロルフィーネははっと顔をあげた。

 東の空が白み始めている。

 ロルフィーネは青ざめた。
「もうこんな時間っ!」
 帰らなきゃ、とロルフィーネは声をあげた。
 ロルフィーネは陽光が何より苦手だった。
 お兄ちゃんのところに帰らなきゃ――とロルフィーネはきょろきょろし始め、
「紫鶴、またねっ! 今度こそボクの仲間にしてあげるから!」
 そして身をひるがえし――
 すっと姿を消した。
「……っ……っ」
 紫鶴は肩で息をする。体中のあちこちが傷だらけだ。
「あんな……吸血鬼も……いるのか……」
 大きく深呼吸をして、それから周囲を見やる。
 死んでしまった退魔師たち――
「……私も生きているだけ、奇跡……か」
 遊んでいるようだったロルフィーネ。もし彼女に本気の殺意があったなら――自分は終わっていただろう。
「皆を……手厚く埋葬してやらなければ……な……」
 姫! と声が聞こえた。
 東からさす陽光とともに、紫鶴の絶対的に大切な人物が帰ってきた。
「――姫! 大丈夫ですか――!」
 その声に、心底安堵感を感じながら紫鶴は目を閉じる。
 ひとつだけ、幸運を喜んだ。
 今夜この場所に、彼がいなくてよかった、と……


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント/女性/183歳/吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】

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■         ライター通信          ■
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ロルフィーネ・ヒルデブラント様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
なかなか難しいプレイングで悩みましたが、勉強になりました。いい経験です。楽しんでいただければよいのですが……。
よろしければ、また会える日を願って。