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<東京怪談・PCゲームノベル>


迷える御霊


 迷い込んだ鎮守の森で、出口を探してふらつき始めてからどのくらいの時間が経ったのだろう。
 −もう、方向さえわからない。
 クスクス…クスクス…。
 木々のざわめきが人の笑い声にさえ聞こえてきて、否、そんなことはありえないのだ。と何度も気を持ち直す。幻聴であるはずだ。こんな森の奥地に人間がいるはずは無い。そう何度思い込もうとしたか−。
 不思議と体力の限界は感じないものの、何時間も迷い続けて気がおかしくなりそうだった。
「幻聴などではないぞ。クスクス……珍しい客人よのぅ」
「!?」
 ガサリと不自然に木々が揺れ、突如聞こえた声と共にフワリと目の前に降り立ったのは黒い着物を酷く着くずして着ている妖艶とも言える雰囲気を纏った女。
 優しく吹く風に白銀の髪を靡かせながら、女は口元に妖しい笑みを浮かべてみせた。
「本当に珍しい。このような奥地にまで入り込める輩がいようとは、我でさえ予想できなんだ」
 女の後ろの空間が歪んで見えるのは気のせいだろうか。嫌な、予感がする−……。
「さて……ちょうど良いところへ来たのぅ、客人。ちょいと頼みごとをされてくれ。どうやら異界で霊や妖怪が暴れておるらしくての。詳細はこの男に聞くと良かろう」
 女の言葉と共に、ゆっくりと彼女の背後に現れた怪しい男。
 バチッ…いう音と共に空間の歪みが広がり、そして−
「じゃぁ、達者での」
 意味もよく分からないまま空間の歪みに飲み込まれて、意識は深く沈んでいった。




 風に吹かれて木々がザワザワと歌っている。頬を撫でていく風は生暖かく、体にまとわり付いてくるようで気持ちが悪い。
 言い表せない不快感を覚えて、みなもはゆっくりと目を覚ました。
「んぅ……。……あれ?」
 彼女は何故か一本の大木にもたれかかって座っていた。もちろん、そんな場所に自分の意思で座った覚えなど無い。
 きょろきょろと辺りを見渡してみれば、視界に入るのは何処までも続く薄暗い森。空はうっすらと明るいのに森には全く光が入って来ておらず、また空気もどんよりと濁っているように感じる。
 自分の前に真っ直ぐと伸びている森の奥へと続いているであろう砂利道は舗装されておらず、人が通ったような形跡もない。それどころか、道の両脇に高く伸びる草木のせいで獣道と化していた。
 その光景に言い表せぬ恐怖を感じ、みなもは思わず息を呑む。
「やっと起きたか。随分と遅いお目覚めじゃのぅ」
「ッ!!」
 突然自分の背後から聞こえた声に驚いて振り返ってみれば、そこにはどこかで見たことのある女性が立っていて。
 彼女が自分をこの場所へ飛ばした人物だと言う事に気づいたみなもは、まるで何かに弾かれたように慌てて立ち上がった。
「あの、貴女は……」
「そう慌てるでない。我が名は蒼月(そうげつ)。お主、名はなんと言う?」
 が、蒼月と名乗った女性はまったく慌てた様子も無く、落ち着いた声色でそう尋ねる。取り乱してしまった事が恥ずかしくなったのか、みなもは少しだけ赤くなりながら小さな声で海原・みなも(うなばら・みなも)です、と呟いた。
「みなも……いい名じゃのぅ。では行こうか、みなも」
「……え?」
 名乗ったみなもに対して優しく微笑み、蒼月はゆっくりと歩き出す。
「あの……蒼月さん!」
「……ん?あぁ、この世界に飛ばす前に言わなんだか?"霊や妖怪が暴れておる"と」
「……霊や妖怪が……?」
 立ち止まり振り返った蒼月が手招きしてみなもを呼ぶ。自分の傍に歩み寄ってきたみなもの頭をポンと軽く撫で、蒼月は再び歩き出した。今度はみなもも置いていかれないよう隣に並ぶ。
「その暴れている妖怪さんを倒しにいくんですか?」
「そうじゃ。怪我をする可能性もある故、十分に気をつけるのじゃぞ」
「……はい」
 優しく言葉をかけてくれた蒼月を見、みなもはふわりと微笑んだ。その嬉しそうな笑みを見て、蒼月が不思議そうに首をかしげる。
「……どうしたのじゃ?」
「ふふっ……何でもないです」
 首をかしげたまま蒼月が不思議そうに問いかけるが、みなもは微笑むだけで答えなかった。
 たいした理由ではない。ただ純粋に、蒼月が自分を心配してくれた事が嬉しかったのだ。
「今向かっているのは、その妖怪さんのいる所なんですね?」
「あぁ、そうじゃ。段々と空気の濁りが酷くなっている故、この近くに居ると思うのだがのぅ……」
 ふむ。と唸る蒼月とは対照的に、みなもは軽く拳を握って蒼月を見つめる。
「頑張りましょうね、蒼月さん!」
「…………?」
 その言葉と握られた拳を見、みなもと視線を合わせたまま蒼月は軽く固まってしまった。
「……あれ?あの、あたし何か変なこと言っちゃいましたか……?」
「否……詳しい事を聞いておらぬのに、手伝うと言うてくれるのか?」
「確かに分からない事が多いですけど……その為にあたしを連れて来たんじゃないんですか?」
 当たり前、と言うように返事をしたみなもを見てしばらく沈黙。オロオロしながら自分の顔を覗き込んでくるみなもにハッと我に返った蒼月は、ポン、とみなもの頭を撫でてクツクツと笑った。
 とても優しく、そしてどこか嬉しそうに−。
「無理やり連れて来たと言うに……優しいのぅ、みなもは」
「えっ、あの、そんなことないですよ!」
 照れた様に少しだけ頬を染めて慌てるみなもを優しく見つめ、蒼月は何も言わず静かに微笑む。
 その蒼月の笑みと共に、ふっと二人の間の雰囲気が和やかになった。
 −途端、ザワリと辺りに漂い始めた殺気。それを敏感に感じ取ったみなもの表情が少しだけ険しくなる。
「蒼月さん……」
「気をつけよ、みなも。思った通り、目的にかなり近いらしいぞ」
 森の奥へと進むにつれて重くなっていく空気が酷く不快だった。途中から段々と細くなってきていた獣道は、草木に覆われてほとんど見えなくなっている。
「……岩……?」
 ふと、辺りを警戒するように見回していたみなもの視界に映った巨大な岩。何故こんな森の中に岩があるのか、とみなもは不思議そうに近づいていく。
 そして、みなもがそっと岩に触れようとした瞬間−。
「みなも!」
「きゃぁ!」
 ぐわっと岩が動き出し、突然みなもに襲いかかった。反応が遅れたみなもはぎゅっと固く目を瞑ることしか出来ない。
 が、衝撃は来ず、痛みの代わりに感じたのは思い切り後ろへ引っ張られるような感覚と浮遊感。
「え……?」
 恐る恐る目を開けてみれば目の前には人のような形をした岩があり、振り返ればすぐそこに蒼月がいて。どうやら、蒼月がみなもの腰に腕を回して攻撃を避けるように後ろへ飛んだらしかった。
「危ないのぅ。大丈夫か?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
 助けてくれた蒼月に礼を言い、彼女から離れたみなもは岩へと向かい直る。酷くゆっくりとした動作ではあったが、確かに岩が動いていた。
「ガーゴイル……?」
「そのようじゃの」
 蒼月の言う、最近暴れている妖怪とはこのガーゴイルの事だろうか。だとしても、理由を聞かずにいきなり攻撃する事は出来ない。例え、不意打ちで攻撃されていたとしても。
 みなもは一歩前へ進み出てガーゴイルに声を掛けた。
「ガーゴイルさん、どうして暴れて−!!」
 が、みなもの声に反応するどころかガーゴイルはチャンスとばかりにみなもに向かって岩を投げつける。慌てて横に飛んだみなもの頬を掠って岩は木へとぶつかり、その途端木はすごい音を立ててへし折れた。
 驚いて言葉を失うみなもの傍へやってきた蒼月が、心なしか険しい顔をして呟く。
「……話し合いは無理そうじゃの」
 と。そしてその言葉通り、ガーゴイルにみなもの声は聞こえていないらしかった。振り下ろされる岩でできた腕は地を抉り、容易く木をへし折ってしまう。
 紙一重でガーゴイルの攻撃を避けながら、みなもは素早くあたりに視線をさ迷わせた。
「っ……!」
 見つけた。ここよりも少し森の奥に、小さな湖を。蒼月によって吹っ飛ばされたガーゴイルを視界に映し、みなもは蒼月の傍へと駆け寄っていく。
「蒼月さん!」
「大丈夫か、みなも」
「はい。……あの、少しだけ時間を稼げますか?」
 ゆっくりと起き上がったガーゴイルは、辺りの木々をなぎ倒しながら二人の方へと近づいてくる。ひどく優雅な動きで構えながら、蒼月はみなもと正面から視線を合わせた。
「何か、策があるのか?」
「はい。あの湖まで行ければー……」
 勝機が、掴めるかもしれない。そのみなもの言葉に頷き、蒼月はガーゴイルへと視線を戻した。
「……任せたぞ、みなも。あれは酷く馬鹿力故、そう長く持つとは思えぬ」
 そう呟くのと駆け出すのと、どちらが早かっただろうか。蒼月がガーゴイルに向かって駆け出したと共に、みなもも蒼月が向かった方向とは逆−湖の方向へと走り出した。
 ドゴォッ!!という凄まじい音と共に、振り下ろされたガーゴイルの腕と蒼月の持つ「拒絶」の力が反発する。辛うじて自分へと振り下ろされている腕を「拒絶」しているものの、ギリギリと込められる力の強さに耐え切れず蒼月の足がだんだんと地にめり込み始めた。
「馬鹿力よのぅ……ッ!」
 みしみしと蒼月の腕から嫌な音がし始める。これ以上は無理だと判断し、蒼月は力を振り絞ってガーゴイルを弾き飛ばした
「蒼月さん、避けてください!!」
「!」
 そこへタイミングよく聞こえたみなもの声。声に従い、思い切り横へ飛んだ蒼月の真横を大量の水が飛んでいく。ハッと驚いたようにみなもを見れば、彼女は湖に片手をつけてガーゴイルに鋭い視線を向けていた。
 凄まじい水圧に負け、ガーゴイルがボロボロと崩れだす。立っていられなくなったガーゴイルが地に倒れると共に、その場に大量の砂埃が舞った。
「た、倒しましたか……?」
「どうやら、そのようじゃ。よくやってくれたの……感謝するぞ、みなも」
 パタパタと駆けてきたみなもに向かってフワリと優しく笑ってみせ、蒼月は満足そうにみなもの頭を撫で回す。
「しかし、驚きじゃの。みなもは水を操れるのか」
「はい。あたし、南洋系列の人魚の末裔なんです」
「ほぅ……みなもの人魚姿は、さぞかし美しいのであろうな」
 さらりと爆弾発言をし、蒼月はガーゴイルが倒れている方向へと歩き出した。砂埃が晴れた向こうに見えたのは、倒れている人らしき影と石の破片。そして、黒い靄。
 それが何かを考える時間すら与えず、黒い靄が蒼月を素通りしてみなもへと襲い掛かる。
「やっ……!」
 みなもはとっさに靄を避けるように横へ飛ぶが、靄はみなもの後を追う。靄が意思を持って自分を追ってくるとは思ってもいなかったみなもは、その靄に取り付かれてしまった。
 蒼月は己の失態に眉を顰め、突如ピタリと動きを止めたみなもへと向き直る。
「……付喪神じゃったか」
 恐らく、宝か何かを守らせるために誰かが作ったのだろう。己の後ろに倒れている人影が本当に人間だとすれば、ガーゴイルは本体を失った後も霊としてこの場にとどまり人間に乗り移って命令を守っていた事になる。
 −高々付喪神の分際で小賢しい。蒼月の顔に抑えきれない怒気の表情が浮かんだ。
「貴様の受けた命など知らぬが……我が気に入った者に手を出すとは、何と愚かな事よ」
 その呟きと共に、蒼月の瞳が鋭い光をもって細められる。
 意識を乗っ取られているのだろうみなもは蒼月の怒りに気づかないまま、どこかぎこちない動作で蒼月めがけて水を放った。と同時に、蒼月もみなもに向かって走り出す 。
「実に不快じゃ。その体から離れ、遠く去ね。出来ぬと言うなら、我が直々に浄化してくれる!」
 襲ってきた水を余裕で避け、蒼月はみなもに向かって片手を突き出した。そして、突き出したその手をぎゅっと握る。
 ―ドオォン!
 途端、凄まじい地響きと共にみなもを中心として天まで届くかと思われるほど巨大な火柱が上がった。一瞬にして上がった火柱は、一瞬にして消えていく。消えた火柱の後に残ったのは無傷のみなもだけ。
「……ふぅ」
 ゆっくりと崩れ落ちるみなもの体を受け止め、蒼月はどこか安心したように微笑んだ。みなも自身に傷は無い。ただ、彼女の着ている制服は所々焦げていたけれども−。
 蒼月が使ったのは、生き物を傷つけず妖怪や霊といったものだけを浄化する聖なる炎。自然のものを操るよりもずっと力を消費する故に、蒼月が使いたがらないもの。それでも、何故かみなもの為なら使っても良いと思ったのだ。
「さて、帰るとするかのぅ」
 ひょいっとみなもを抱きかかえ、蒼月は残った力で元の世界へと続く歪を作り出す。
 本当ならば、自分ではなく陰陽師である友人がみなもとこの世界に来るはずだった。みなもに着物の袖を掴まれたせいで友人の変わりに自分がこの世界に来てしまった時は酷く腹が立ったものの、今では来て良かったとさえ思うのだ。
「う……ん…………」
 色々な事があって疲れきったのだろう。安心したように眠るみなもの頭を優しく撫でて、蒼月はゆっくりと歪の向こうへ消えていく。
 自分の頭に誰かの暖かい手が触れている気がして、みなもは夢見心地のままふわりと安心したように微笑んだ。



fin




  + 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13歳/中学生

+ NPC +
4078/蒼月(そうげつ)/女性/?/鎮守の森・守人




   +   ライター通信   +

初めまして。ライターの真神ルナと申します。
この度はご依頼ありがとうございました。お届けが遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。
みなもさんには素敵な魅力や能力があり、とても楽しみながら書かせていただきました。
色々と設定や戦闘シーンを盛り込んだつもりなのですが如何でしたでしょうか?
少しでもご満足して頂ける作品になっていれば幸いです。

そして作品中にもありましたが、みなもさんは蒼月に酷く気に入られてしまったようです。
私自身、強い力を持ちながらも素直で真っ直ぐな所がみなもさんの魅力なのだろうなぁ、と思いながら書かせて頂いていました。
そしてそんなみなもさんだからこそ、蒼月に気に入られたのでしょう。
リテイクや感想等、何かありましたら遠慮なくお寄せくださいませ^^
それでは失礼致します。

またどこかでお会いできる事を願って―。


真神ルナ 拝