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<東京怪談・PCゲームノベル>


 『逢魔封印〜参の章・前編〜』


 終業のチャイムが鳴る。
 担任の教師が、まだ何か言っていたが、それを聞いている生徒は少なかった。もう既に、帰り支度をし始めている。皆、いつもこのような感じではあるが、今が夏休み中で、登校日ともなれば、だれるのは仕方がないかもしれない。櫻紫桜は、一応教師の言葉を真面目に聞いていたのだが、大した内容ではなかったので、皆と同じく、支度をすることにした。やがて、教師も教室から出て行き、それを合図にしたかのように、生徒たちもドアへと向かう。中には、教室に残って喋っている者もいたが、紫桜はそれを横目に見ながら、教室を出た。
 その途端、ズボンの後ろポケットに入れていた携帯電話が震える。画面を見ると、『瑪瑙庵』と表示されていた。一度だけ行ったことがある店だ。
 何故、突然連絡が来たのかを不思議に思いながらも、紫桜は通話ボタンを押し、電話を耳に当てた。


「しーたん!」
 紫桜が校門を出ると、突然、声がかかる。そちらを見ると、弓削森羅の姿があった。彼はTシャツにジーンズというラフな格好だ。神聖都学園は、普通に夏休みなのだろう。
「ああ……」
「なぁ、ゲーセン行こうぜ!」
 紫桜が言葉を発するよりも早く、森羅の陽気な声が届く。紫桜はゲームセンターなどには、森羅から誘われた時くらいしか足を運ばない。普段ならついていっても良かったのだが、今日は先約がある。
「悪い。ちょっと仕事を頼まれたから、今日は行けない」
 それを聞き、森羅は目を瞬かせる。
「仕事って?」
「俺にも、まだ良く理解出来ていない。ただ、何だか急いでいるみたいだった」
「ふーん……」
 森羅は、あごに手を当てて、暫し考えてから、笑みを浮かべると、口を開いた。
「じゃあ、俺も行く!」
 今度は、紫桜が目を瞬かせた。
「いや……頼まれたのは俺ですし……」
「敬語禁止! タメ口推奨! ついでに、俺がついてくの決定!」
 つい、いつもの癖で丁寧な言葉を使ってしまった紫桜に、森羅は指を突きつけて文句を言い、どさくさに紛れて、自分を同行させることを勝手に決定してしまう。
 紫桜は小さく溜息をつくと、仕方なく頷いた。


「へぇ。ここがねぇ……何か、フツーの家じゃん」
「まあな」
 『瑪瑙庵』と筆文字で書かれた看板のかかった日本家屋を観察している森羅にそう言うと、紫桜は磨り硝子が嵌め込まれた、木の引き戸を開ける。
「こんにちは」
 すると、店内にいた二人の人物が、こちらへと顔を向ける。ひとりは店主の瑪瑙亨、もうひとりは、知らない少女だった。歳は、紫桜たちと同じくらいに見える。
「ああ紫桜君。突然すまなかった」
「いえ。あと、すみません。こいつもついてきたいって言うんで……」
「弓削森羅でーす! ヨロシク!」
 紫桜が隣を見ながらおずおずと言うと、当人は全く悪ぶれた素振りも見せず、自己紹介をする。亨はそれを見て、軽く頷いた。
「問題ない。助っ人は多いほど助かる」
「あの……私、四方神結って言います。宜しくお願いします」
 そこで、亨の隣にいた少女が、こちらに頭を下げてくる。
「結ちゃんかぁ。ヨロシクね! で、こっちはしーたん」
「いえ。櫻紫桜です。宜しくお願いします」
 森羅に勝手に中途半端な紹介をされたので、紫桜は慌てて、自己紹介をし直した。
「それで、詳しいお話を伺いたいのですが……」


「ふーん。なるほどねぇ……その葉月さんってひと、泣いちゃったかもね」
「おい、森羅。失礼だろ」
 森羅の呟きに、紫桜が小声で注意するが、彼は肩を竦めただけだった。
「瑪瑙さんは悪気があったわけじゃなくて、瑪瑙さんなりの考えがあったんだと思います。だから……」
 結がおずおずと口を開くと、森羅は彼女に片目を瞑ってみせる。
「解ってるって。人の事情はそれぞれ。想いもそれぞれ。ただ、もうちょっとやりようがあったんじゃないかなーって思っただけ。……なぁ亨さん、葉月さんには俺たちみたいな助っ人いんの?」
 そう問われ、亨は静かに首を振った。
「分からない」
「そっか……」
 そう言って森羅は、結と紫桜を交互に見ると、少し考えてから、また口を開く。
「結ちゃんの能力は分かんないけど、しーたんがいるし、俺が抜けても大丈夫か……。亨さん、葉月さんの連絡先教えてよ。俺、葉月さんをサポートする」
「それはありがたい。ちょっと待っててくれ」
 亨はそう言うと、一旦店の奥に向かい、すぐに戻ってきた。そして、手に持った名刺を、森羅へと渡す。
「これを」
「ふーん。フリーライター……か。じゃあ俺、行ってくる!」
「ああ。葉月君を宜しく頼む」
「OK! 任しといて」
 そう言って、森羅は皆に手を振りながら、店を出て行く。それを見送った三人は、葉月が書いたという謎の文章を再び見つめた。

 死を求めよ、されば与えられん
 呪縛から逃れるがごとく
 課せられた重みに耐えて鳥は飛ぶ
 希望という名の日々は冗長

「櫻さん、解ります? 私、こういうの苦手で、さっきから考えてるんですけど、全然わからなくて。今回は、瑪瑙さんの占いも使えないみたいですし……」
 結にそう言われ、紫桜は考え込む。この文章を見た時から、何かが引っかかっている。頭の中を、信号がフルスピードで駆け抜けた。
 そして、暫しの後、答えが出る。
「……解りました。これ、暗号になってるんですよ」
「暗号?」
 結の言葉に、紫桜は頷く。
「この文章自体には意味がないんです。最初と最後の文字を拾って行く。『死』、『ん』、『呪』、『く』……」
「……あ! 『新宿歌舞伎町』!」
「そうです」
 結が声を上げると、紫桜は笑顔で頷いた。


 暗くなってきた空に、ネオンの輝きが映える。
 三人は、電車に乗り、新宿歌舞伎町までやってきていた。この時間になっても、人通りは途絶えることはない。
「とりあえず、どうやって捜しましょうか?」
 紫桜が亨に向かって言うと、彼も考え込む。とりあえず、来てはみたものの、あの文章にも、歌舞伎町のどこだという指定はなかった。ふと、結の方を見ると、彼女はどこか辛そうにしている。
「結さん、大丈夫ですか?」
 それを聞き、彼女は笑顔を形作って見せてから、ゆっくりと答えた。
「大丈夫です。ただ、何か変……変な感じがします」
「その、変な感じのする方向は判るか?」
 亨が尋ねると、結は頷いた。
「はい。多分……ついて来てください」
 そう言って駆け出した結の後を、紫桜たちは追った。

 人込みの間を、縫うように駆ける。
 結は、時々立ち止まって、何かを確認するかのような仕草をすると、また駆け出す、ということを繰り返していた。
 そうしているうちに、周囲から段々と人気がなくなっていく。ネオンの明かりも失われていく。そして、辺りの空気は、どんどんと湿り、重たくなっていった。
 そして、目の前に黒い人影が見えた。
 三人の足が、自然と止まる。
『お久しぶりデスネ。ムシュー・メノウ』
 たどたどしい日本語で、『影』は言う。
「オンブル伯爵……何故だ」
 亨は、どこか信じられないような声音で、呟いた。
「亨さん、知っているんですか?」
 紫桜が問うと、亨は頷く。
「去年、フランスに呼ばれて『封印』した相手だ」
 それを聞き、紫桜は少し考えてから、また口を開く。
「俺は良く分からないんですが……その『封印』って、簡単に解けるものなんでしょうか?」
 亨は、静かにかぶりを振った。
「いや。解けるのは、その『封印』を施した『封印師』だけだ」
「じゃあ、何で……?」
「元々、『封印師』の手に負えないような強力な相手は、『封印』出来ない。だから、『封印』出来たということは、その者は、自力では中から出られない。何か、外からの手助けがあったとしか……」
『オハナシは終わりマシタカ? ムシュー』
 オンブル伯爵は、ニタリ、と笑った――ように思えた。
 彼の全身は、影のように真っ黒だからだ。
「結さん、大丈夫ですか?」
 結が静かだったので、紫桜がそちらを見ると、彼女は手で耳を押さえ、苦しげにしている。
「大丈夫……です。ここの辺りにいる霊が、やたらと騒いでいるから、少し辛くて」
「ああ。確かに」
 紫桜にもそれは分かったが、特に気になるほどではなかった。能力者によって、チャンネルの合わせ方は異なる。結は、また自分とは違った感じ方をしているのだろう。
『マァ、このワタシガ、アナタごときに「封印」されたのも屈辱デシタガ、このワタシヲ「封印」したカードが、たったの200万ユーロで落札されたと知ったトキには、さらなる屈辱デシタネ』
「に――二百万ユーロ!?」
 二百万ユーロといえば、日本円にして約三億円。
 亨の『封印』したカードが、そんなに高値で取引されているとは夢にも思わなかった紫桜は、思わず驚きの声を上げた。調子が悪かった結も、流石に驚いた顔をしている。
「俺は妥当な価格だと思うがね……紫桜君、結君、オンブルとは、フランス語で『影』のことだ。彼はその名の通り、影を操る。気をつけてくれ」
「はい」
 紫桜は返事をしたが、結は軽く頷いただけだった。どうやら、何かに集中しているらしい。
『アノトキは不覚をトリマシタガ、今度はそうはイキマセンヨ。カワイらしいマドモワゼルとギャルソンには、荷がオモスギマス』
「さて。それはどうかな? 見かけで判断すると、痛い目を見るぞ」
 亨が不敵に笑った時、結が動いた。
「さぁ、鎮まって……」
 彼女は穏やかにそう言うと、両手を空へと掲げる。
 彼女を中心に、波紋のように光が拡がり、そして収束した。
「このひとに力を吸い取られていた霊たちは、『魂鎮め』で鎮めました。これで大分楽になるはずです」
 そう言ってニッコリと微笑んだ彼女に、オンブル伯爵は、怒りのこもった声で言った。
『――このコムスメガァ!』
 それと同時に、影が伸びて幾本もの触手のようになり、結に襲い掛かる。
「甘く見ないでください。――はぁっ!」
 彼女の気合と共に、手のひらから光が飛び出し、触手を次々と粉々にする。その度に、耳障りな悲鳴が上がった。
 しかし。
「結さんっ!」
 紫桜が結の後方に向かって飛ぶ。そして、彼女を後ろから襲おうとしていた触手を素手で握り潰した。また、悲鳴が闇に轟く。
「ありがとうございます! 危なかったぁ……」
「いえいえ。――行きますよ」
「はい!」
 頷き合うと、二人は亨を庇うように前に出、オンブル伯爵と対峙する。
 すると、オンブル伯爵の『色』が薄まった。周囲に、放射線状の影が幾つも出来る。
「ふん。お得意のトカゲの尻尾切りか。芸がないな」
『アナタに言われたくナイデスネ、ムシュー。自分は攻撃もデキズニ、見てイルダケノクセニ』
 声が、反響して幾重にも重なる。その間にも、紫桜と結は、攻撃の手を休めない。
 紫桜は右へ左へと跳躍し、素手で影を次々と屠っていく。そして、結は後方から『魂裂きの矢』で別の影を狙う。その度に、耳障りな悲鳴が上がる。
「櫻さん、『本体』、判りますか?」
 またひとつの影を葬ってから、結が紫桜に尋ねる。
「いえ……『力』が均等に配分されていますから、判別が難しいです。悲鳴も、それを隠してる」
「瑪瑙さん、前に『封印』した時は、どうやったんですか?」
 結が前を見たまま尋ねると、亨は素っ気無く言い放つ。
「手当たり次第にやった」
「ええ〜っ!?」
「そんないい加減な……」
 二人は、それを聞き、げんなりとする。その間にも、影は次々と生まれてくる。骨の折れる作業だった。
「占いで何とかならないんですか?」
「なるわけがないだろう」
 結が駄目で元々で聞いてみるが、やはり駄目らしい。その間にも、触手はこちらへと襲い掛かってくる。
(何か方法は……)
 紫桜はそれを握り潰しながら、考えを巡らせる。このままでは、キリがない。目の前で、結が『魂裂きの矢』を放ち続けている。その顔には、疲労の色が濃かった。
(……そうだ)
 紫桜は、結に向かってきた触手を手で払いながら、出来るだけ自然に、彼女と顔が向き合うようにした。目と目が合う。彼は、唇の動きだけで、意思を伝えようと試みる。

 た・お・れ・て・く・だ・さ・い

 結は、一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに意図を悟ったのか、片目を瞑った。それを確認すると、紫桜はその場を離れ、次の影へと向かう。
 後ろから、『魂裂きの矢』の光が幾筋か迸ったあと、結は、地面に膝をつき、荒い息を吐く。
「結君!」
 何も知らない亨が、結のもとへと近寄る。
「ごめんなさい……大丈夫です」
 彼女はそう言って立ち上がりかけ、立ちくらみを起こしたかのように上体を揺らし、亨の服を掴んだ。中々の役者ぶりだ。
 紫桜は、次の影に向かいながら、『力』の分配を確かめる。現在は均等。しかし――
『ハハハハハァッ! ムシュー。ワタシの勝ちデスネ。マドモワゼルは、やはりか弱い』
 『力』の均衡が崩れていく。集まっていく方向は――左後方。
 紫桜は、地面を蹴って思い切り跳躍し、その影へと、拳を叩き込んだ。
 悲鳴が、轟く。
 それは今までのものとは違い、地を這うような声だった。
「――はぁっ!」
 そこに、結の『魂裂きの矢』も飛んでくる。それは、影の一部を消滅させた。
「瑪瑙さん! 『封印』を!」
「――え?」
 呆然としている亨に、結がけしかけるように繰り返す。
「早く! 『封印』です!」
「あ――ああ」
 ようやく事態が飲み込めたのか、亨は懐からカードを取り出すと、オンブル伯爵へと向ける。
「我が言葉は鎖なり! 彼の者を捕らえる檻と化す! ――逢魔封印!」
 カードから眩い光が発せられ、触手のようにオンブル伯爵を絡め取ったかと思うと、中へと引きずり込んだ。
 そして、周囲に静寂が訪れる。
 亨は、二人に背を向けたまま、大きく咳払いをしてから、言葉を発した。
「……二人とも、見事な作戦だった」
 紫桜と結は、顔を見合わせると、堪えきれずに吹き出してしまう。亨は、よほど恥ずかしかったのか、こちらを振り向きもしない。
 その時。
「亨ちゃーん!」
「しーたーん!」
 女性の声と、聞き慣れた声が聞こえてきた。森羅だ。
 そちらを見ると、森羅と一緒に、赤毛の女性と、メイド服を着た女性が、こちらへと向かってくるところだった。普通に考えると、赤毛の女性が葉月だろう。
「亨ちゃん! 何かね、カードが光って、化け物がカードに吸い込まれたんだけど、これでいいの?」
 亨は、赤毛の女性から渡されたカードを見て、驚いたような声を上げる。
「……見事な『封印』が施されている。君は、本当に初めてなのか?」
「当たり前じゃん! あたし、こんなのやったコトないもん」
「しーたんも結ちゃんもお疲れ! そんで、あの亨さんと話してるのが葉月さんで、このメイドさんは、美沙姫さん」
「ご紹介に与りました、わたくし、篠原美沙姫と申します。どうぞ、宜しくお願い致します」
「あ、俺は、櫻紫桜です。森羅がお世話になりました。宜しくお願いします」
「私は、四方神結です。宜しくお願いします」
 丁寧な美沙姫の物腰に、紫桜も結も、やや緊張しながら挨拶をする。
「ところで……津久乃様は見つかりましたでしょうか?」
 美沙姫がそう言うと、皆が顔を見合わせた。
「そう……そうだ。津久乃ちゃんは?」
 葉月が辺りを見回しながら言うと、亨は首を振る。
「こちらにもいなかった。だが……」
『ふふっ』
 唐突に。
『ふふふふっ……』
 笑い声が、聞こえた。
「この声……」
「津久乃様のお声です」
 葉月の言葉を、美沙姫が引き継ぐ。
「津久乃ちゃん! どこにいるの!? 無事なの!?」
 葉月が首を巡らせながら大声を出した時。
『あははははははははっ!』
 笑い声は弾け、辺りは闇に閉ざされた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17歳/学生兼退魔師】
【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/メイド長/『使い人』 】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳/高校生】
【6608/弓削・森羅(ゆげ・しんら)/男性/16歳/高校生】

※発注順

■NPC
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/封印師】
【堂本・葉月(どうもと・はづき)/女性/25歳/フリーライター】
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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■櫻・紫桜さま

こんにちは。またのご発注ありがとうございます! 鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

今回、紫桜さんには、亨チームの頭脳となっていただいています。ありがとうございます。

そして今回は、かなり個別視点が多くなっています。なので、ご一緒に参加いただいた方々のノベルを併せてお読みいただけると、話の全体像が見えてくるのではないかと思います。

それでは、読んでくださってありがとうございました!
もし宜しければ、後編もご参加いただけると嬉しいです。