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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


双六! 【 紫の書編 】



◇★


「双六をしましょう!」
 その日、突如草間興信所を訪れた少女はそう言った。
 前回と、それから前々回とまったく同じ登場に、草間 武彦は盛大な溜息をついた。
「何度も言うが、嫌だ。イ・ヤ・だ!!」
「実は最近みょうちきりんなものを購入したんです」
 少女・・紅咲 閏はそう言うと、文庫本サイズほどにたたまれた紙を手渡した。
 ・・双六の紙だ・・・。
 右隅には“ドキドキ☆人生の縮図のようだよ!大双六大会!【紫の書】”と書かれている。
 これも前回と、そして前々回と同じだ。そして、武彦もまったく同じツッコミを入れる。
「紫になっただけじゃねぇか!」
「紫の書って言うのは・・コレが入っていた箱が紫だったからだと思うんですけど・・」
 閏はそう言うと、すっと紫の箱を取り出した。
 そこにも“ドキドキ☆人生の縮図の・・・(以下略)”と書かれている。
 前回と、そして前々回ととまったく同じ説明をされて、武彦は更に脱力した。
 前に二度、双六と言うものをやった事がある。
 今回とまったく同じように閏が持ってきたのだが・・・青の書、そして赤の書も思い出したくもないほどにおぞましい体験をしたのだ。
 特に武彦の中では青の書の悪夢が未だに根付いているらしく、双六を見詰める視線が尋常ではない。
「絶っ対やらないからな」
「まぁまぁ、そう言わずに、これに手を乗っけてください」
「嫌だ!ちなみに、今回は実力行使もきかないからな!!」
 前回の事が頭を過ぎったらしく、武彦は既に臨戦態勢に入っている。
「ンもー、困ったちゃんですねぇ。そんなに双六、嫌いですか?」
「紅咲が持ってくる双六限定で、な」
「そんなに熱烈に愛されると、困ってしまいま・・・」
「人の話を聞け!!まず、紅咲は人の話をきちんと聞くと言う事を覚えろ!」
「もー!じゃぁいーですよっ!草間さんには頼みませんから〜!誰かに入ってもらいますー!」
「・・・ちなみに紅咲、今回はどんな内容なんだ?」
「やりもしないのに内容は聞きたがるんですか?・・・まぁ、いーでしょう。教えてあげます」
 閏はそう言うと、双六を開いた。
 パサリと興信所の机に広がった紙の上には、マスが6つしかない。
「今回はすこーし普通の双六とは違うんです。マスはたったの6つ。つまり、サイコロを振るチャンスは1回だけ」
「どう言う事だ?」
「紫の書は、世界のあらゆる怪を閉じ込めた書なんです。不思議で幻想的で、ちょっぴり怖い怪を6つ」
 閏の細い指がすーっと双六のマスをなぞる。
「このマス1つ1つに閉じ込められた“怪世界”の中で、出口を探すんです。出口にたどり着かなければそのまま双六に飲み込まれ“怪世界”の一員になります。無事出口を見つけられたならばこの世界に戻ってこられます」
「随分と危険じゃねぇか」
「えぇ。しかも、怪はこちらに危害を加える事は出来ますが、こちらから怪に手を出す事はできません」
「やられっぱなし・・・か?」
「いいえ。頭を使うんです」
 悪戯っぽい瞳でそう言うと、閏は自分の頭を指差した。
「逃げるか隠れるかをすれば怪をやり過ごす事が出来ます。頭を使えば・・・もしかしたら怪の攻撃を阻止する事が出来るかもしれません。怪の弱点を知り、怪を避けながら出口を目指す。途中で怪に捕まれば・・・」
 その先を、閏はあえて暈した。
「で?その・・・6つの怪っつーのは?」
「さぁ。入ってからのお楽しみです。・・・だって、運命は全てサイコロの目次第なんですもの」


★◇


 人によってモノの考え方が違うのと同じように、人によって感じる恐怖の度合いも様々だ。
 目に視えぬモノを極端に怖がり、暗がりに浮かんだ壁のシミに一晩中怯える者も居れば、目に見えるものの“視えない部分”を恐れ、対人関係に悩むものもいる。人がどう思っているのか、自分は人からどう思われているのか、それは誰しもが分かり得ぬことであるにも拘わらず、周囲の人間はソレが分かっているように錯覚してしまう。自分だけが世界から浮いているのではないかと妄想してしまい、内に引き篭もりがちになる、そんな人間もいる。
 シュライン エマは怪現象には強かった。
 職業柄と言うのも多少は影響しているのだろうが、しかしそれは大部分が性格によるものだ。
 怪と呼ばれ、肉体が滅び精神だけの浮遊体になってもこの世に存在するモノを怖いとは思わなかった。
 ものにもよるのだろうが、元は人であり、シュラインと同じように日々を過ごしてきた人が・・・いつしか足をつかまれて怪世界へと堕ちてしまう。出口の視えぬ中を漂わなくてはならない怪世界の住人を助けたいと思う気持ちは禁じ得ないが、怖いと感じる事はなかった。
 怪が人の前に現れ、何かしらの接触を持ちたがる場合、それは怪が何かしらの助けを求めている場合が多い。人には視えない怪を幾許か見える力を持ったシュラインに出来ること、それは怪の声に耳を傾け手を差し伸べることだと、そう思っていた。
 だからこそ、草間興信所へと持ち寄られる“不思議な事件”に積極的に拘わってきた。
 ――――― 困っている存在、それが人であろうと怪であろうと、助ける術を持っているならば手を差し出さなくてはならない。
 その心がけを優しいと言う人もいるだろうが、シュラインにとってはソレは当たり前のコトでしかなかった。


 今日も興信所へと続く扉を押し開ける。
 ムっと熱気を帯びた風が全身を包み・・・そう言えば、エアコンが壊れていたんだと思い出す。
 普段ならば武彦が座っているはずの椅子は空で、小さな卓上扇風機が室内に溜まった生ぬるい風をかき回しているのが見える。
 1歩中に入り、後ろ手で扉を閉める。
「・・・シュラインさん?」
 ふと、右手の方から声が聞こえ視線を上げるとそこには見知った顔があった。
 無邪気な笑顔を浮かべ、ピンク色の髪を靡かせながらシュラインの元へと走りよってくる1人の少女。
「閏ちゃん?」
「お久しぶりです」
 にっこり・・・悪意もなにもない表情は、ともすれば酷く天使的にすら見える。
 人であることは、様々な負の感情をもその内側に閉じ込めていると言う事。それなのに、その感情が全て封じ込められてしまったかのように、閏の顔に浮かぶ表情は穏やかなものばかりだった。
 少しだけ悪戯っぽい光を宿した瞳を潤ませると、手に持った四角い箱をシュラインに差し出した。
「・・・双六・・・?」
「えぇ、そうです。紫の書です」
 濃い紫色をした箱が窓の直ぐ近く、真っ白なカップの乗ったテーブルの上に乗せられている。
 開け放たれた窓からは突き刺さるように強い陽の光が床へと落ちている。カーテンがふわりと揺れるたびに生ぬるい風が室内に雪崩れ込み、外と内との温度を同じにしようと奮闘している。
 ・・・蒸された室内では、外からの風すらも心地良い・・・。
「今回はどんな内容なの?」
「それはサイコロを振ってのお楽しみです」
 クスリと小さく声を上げて笑うと、小さな白いサイコロをシュラインの掌に乗せた。
 コロコロと掌の上で回るサイコロは、まるで1つ1つの数字に意味でもあるかのようにどこか異質な雰囲気を放っていた。
「サイコロを振れば、双六の扉が開きます。振るも振らぬも、シュラインさん次第」
 閏がどこか妖しい笑みを浮かべながらそう言った時だった。カタリと背後で物音がして、興信所の扉がゆっくりと開かれた。
「武彦さん」
「来てたのか?」
 手にコンビニの袋を持って佇む武彦。額には薄っすらと汗をかいている。
「ほら、紅咲、アイス・・・あったぞ」
「わーい!有難うございまーす!」
 心底嬉しそうにそう言って、武彦の手から袋を取ると中からカップアイスとスプーンを取り出した。
 少し小さめのアイスの蓋は可愛らしいピンク色をしており、側面にはみずみずしい苺のイラストが描かれている。プラスチックで出来たスプーンをアイスの中にそっと入れ、一口パクリと食べる・・・その表情がふにゃんと蕩けて行くのをシュラインは黙って見詰めていた。
 暑い中で食べるアイスは美味しいだろう。酷く子供的な表情をする閏に、優しい笑顔を向ける。
「あ、シュラインさんも1つどうですか?草間さんに言って、沢山買って来たもらったんです。えぇっと、バニラと抹茶とチョコと・・・あ、シャーベットみたいなのもありますね。棒つきのもありますし」
「そうね、帰って来てから頂こうかしら」
「どこか行くのか?」
 隣に立っていた武彦が眉根を寄せてシュラインの顔を見詰める。
「えぇ。ココまで来たら縁。やるほかないでしょ?」
 シュラインの細い指先が、真っ直ぐに紫色の箱を指し示す。
「行くのか?」
「えぇ。・・・そんなわけで武彦さん、帰還後の労い期待してます」
「アイスはとっておくよ」
 にっこりと笑みを浮かべるシュラインに、武彦が頭を掻きながらそう言う。
 閏の手から袋を取り、冷蔵庫へと歩を向ける。
「それじゃぁ、サイコロを振ってくだサーイ」
 左手にはアイスのカップ、右手にはスプーンを持った閏がトテトテとシュラインの隣まで走ってくると、掌の上に乗ったままのサイコロをジっと見詰める。
 その横顔は真剣そのもので、軽い口調とは似合わないようなモノだった。
「・・・閏ちゃん、大丈夫?」
「ふぇ?」
 ポカンとした顔の閏が小首を傾げる。
 甘いシャンプーの匂いがふわりと広がり、蒸し暑い興信所の中に爽やかな風を巻き起こす。
 クリクリとした瞳が揺れ、シュラインの次の言葉を待つかのようにパチパチと目を瞬かせる。
 ・・・普段と変わらない閏の表情。それでも、その瞳の向こうに見えるのはどこか必死な足掻きだった。
 何か、無理をしているように見える。きっと、双六に対してのモノなのだろう。この双六には確かに何かが隠されており、閏はソレを必死になって暴こうとしている。
 ・・・いや、必死になって双六をあるべき姿へ戻そうとしているのかも知れない。
 対の存在によって変えられてしまった呪いの双六を書き換える術を持っている閏は、たった1人で立ち向かっているようだった。
 ――― 人間、無理をしなければならない時もある。だから、無理をするなとは言えない。けれど、無理をすることによって体を、心を壊してしまうことだけはしてほしくない。
「気をつけてね?」
 そう言って、小さな頭に手を乗せ優しく撫ぜる。
 驚いたような表情がすぐに、嬉しいようなくすぐったいような表情へと変わり・・・はっとしたように目を見開くと、再び普段の表情に戻った。
「だ・・・大丈夫・・・ですよ・・・」
 どこかぎこちないその言葉は、閏の瞳の奥を少しだけ悲しみの色に染めた。
 ほんの刹那、泣き出しそうに顔を歪め・・・ふっと、口元に笑みを作る。
 パっと顔を上げ、シュラインの腰に抱きつくと離れた。
 一連の動きにどう対処してよいのか分からずに固まっていたシュラインの手からサイコロを取り上げると、にっこりと無邪気な笑顔を浮かべた。
「双六をやると決めたのならば、早く行きましょう。それで、美味しいアイスを食べましょう。シュラインさんが帰ってくる前までに、もう1つくらいアイスが食べられるように運動してますから」
「紅咲・・・そんなにアイスばっかり食べてると腹壊すぞ」
 何時の間にか台所から出てきた武彦がそう言って、頭に手をあてる。
「私のお腹は大丈夫なんですー!さ、シュラインさん」
 手渡されたサイコロを転がす。
 積み上げられた書類と書類の間を縫って、コロコロと軽快に転がり・・・6の目を上にするとピタリと止まった。
「6の怪へ行ってらっしゃいませシュラインさん」
「怪・・・?」
「紫の書は、世界のあらゆる怪を閉じ込めたものなんです。6の怪世界への扉を今、シュラインさんは開きました」
 シュラインの視線が閏の顔からサイコロへと落ちる。
 綺麗に並べられた6つの丸が、妖しく光って見える。
「怪世界の中では、怪が全てです。貴方は怪をかわすことは出来ても、傷つけることも殺すことも出来ません。怪を殺すこと、ソレ即ち怪世界の心の臓を破壊すること。怪世界の消滅をもたらすもの、ソレ即ち怪世界とともに命を落とす定め」
 ギィっと、重たい扉が開く音が耳の直ぐ近くで聞こえた気がした。
 ガリガリと石を削るような音が響き ―――――――
「怪世界から脱出せし者、ソレ即ち出口に気付きし者。怪世界の出口は目に視えざる場所にあり。しかしそれは直ぐ近くにあり。それは遠くて近い場所にあり、しかし己の近くに常にありしもの」
 まるで呪文のような言葉だった。
 閏の澄んだ声を聞きながら、シュラインはそっと目を閉じた。
 ドロドロと体に絡みつく空気。
 嫉みに妬み、恨みに狂い、息もつかせぬほどの殺意、憎悪・・・
 狂気の中に落ちていく、その感覚は不思議だった。
 怖いとは思わない。絶望感もない。
 堕ちていく、それは微かな快楽を纏っていた。全ての諦めとともに、全ての感情とともに・・・堕ちていく、どこまでもどこまでも、狂気の海の中を・・・


◆☆


 パチリと目を開ければ、そこはどこかで見たような場所だった。
 確かにシュラインはこの場所をよく知っており、この場所によく訪れている・・・はずだった。しかし、その些細な記憶は曖昧になっており、見たことがある、来たことがあると言う酷く曖昧な感覚となって漂っているだけだった。
 周囲を見渡す。
 薄い靄のかかった町並みは、酷く静かだった。
 片側1車線の道路の真ん中、真っ直ぐに引かれた白い線の上に立っていた。
 道の先には左右ともに落ち着いた色合いのレンガをはめ込んだ歩道が続いており、等間隔に並ぶ街路樹は葉を茂らせている。
 洒落たつくりの街灯には灯りはなく、ボウっとその場に佇んでいるだけだった。
 左手の歩道の先は濃い靄に覆われて何も見えない。ただ、建物らしきものが続いているのは見える。
 右手には巨大な学校があり、鉄製の門は大きく開け放たれている。
 シュラインは学校へと近づいた。
 門の終わりには学校をグルリと一周するように低い囲いが出来ており、クリーム色のソレはザラザラとした手触りだった。
 シュラインの目が、銀色の光るプレートを見つけ、顔を近づけた。
 恐らく校名が書かれていたであろうその場所は、何かで抉り取られたかのように文字の部分だけなかった。
 “学園”と言う金色の文字が浮き上がっており、その前には恐らく2文字の言葉が来るのだろう。抉り取られている部分にそっと触れる。
「学校・・・か・・・」
 シュラインは自分の声が案外大きく響いたことに驚きを隠せなかった。
 人の気配はおろか、風すらも吹かないこの場所では、全てが死んだように静まりかえっていた。
 この場所を支配している乳白色の靄が、まるで恐ろしいもののようにゆっくりとした速度で右から左へと流れている。しかし、それは流れているように見えただけかもしれない。現に、風はわずかばかりも吹いていないのだ。
「ここが、怪世界ね」
 今度は先ほどよりも小さな声で呟いた。
 普通の空間ならばシュラインの耳にすらも届いたか分からない、それほどまでに小さな呟きだった。
 ・・・さて、どうしましょうか。
 周囲を見渡してみるものの、靄は色濃くなるばかり。
 まるで靄は、シュラインをこの学校の中へと誘いたいようだった。
 怪の誘いに従うべきか、否か・・・。
 けれど、グズグズしていたらこの学校すらも靄の中に溶け込んでしまいそうね・・・。
 そうなってしまったならば、シュラインは靄の中に閉じ込められてしまうことになる。
 怪には動じないシュラインだったが、流石に良くわけのわからない世界でただの乳白色の靄の中に閉じ込められてしまうことは快いとは言えなかった。
 一か八か、入ってみるべきかしら。
「・・・っ ―――――― !!!」
 考えていたシュラインの耳に、どこからかか細い悲鳴が聞こえて来た。
 ・・・学校の中からだ・・・!!
 細い悲鳴は少女のもので、切羽詰っているかのような声の合間に獣の唸り声のようなものが聞こえる。
 もしかしたら、シュライン以外にも双六の中に入り込んでしまった人がいるのだろうか!?
 シュラインの体はほとんど反射に近い領域で走り出していた。
 開け放たれた鉄の門から中へと入り込み、広いグラウンドを疾走する。
 途中でいくらか靄が薄れた。
 一寸先は乳白色の闇状態だったものが、ある程度の距離までは見通せるようになった。
 それによってグラウンドの中央、校舎に近い位置に黒い影を確認することが出来た。
 4つ足のそれは低い唸り声を上げて足元を威嚇している。
 まるで狼のようだと思いながら、シュラインは声を張り上げた。
「そこまでよ!!!」
 獣がこちらを振り返る。
「・・・・・・・・・!!!!!!!!」
 シュラインは上げそうになった悲鳴を辛うじて飲み込むと、獣の向こうに見える少女へと視線を移した。
 真っ白な肌、クリクリとした大きな瞳は淡いグリーンだ。オレンジと金色の半ばくらいのきわめて薄い色をした髪は緩やかなウェーブを描いて茶色い地面へと広げられている。
 咄嗟にその華奢な体を確認する。
 どこにも怪我はしていないようだった。それならば・・・獣の口元にべっとりとついている血は誰のものなのだろうか?シュラインが来る前に、誰か犠牲になった人がいるのだろうか?
 シュラインは刹那、巡りそうになる考えを押し込めると獣をまじまじと見詰めた。
 ・・・それは、きわめて異様な光景だった。
 4つ足の獣は体毛が濃く、長い尻尾もあり、狼と寸分違わぬ形をしていた。それなのに、顔は人間のソレとまったく同じだった。
 ただ、発達した2本の牙が上唇を捲って覗いている。
 真っ白な牙は先が鋭く尖っており、鮮血がパタリと足元へと落ちる。
 体は狼、顔は吸血鬼・・・シュラインはそう思った。
 赤い瞳には何の感情も宿っておらず、ただひたすらに血を渇望する、狂気が見え隠れしていた。
 獣が低い唸り声を上げ、意識をシュラインへと集中させる。
 ・・・どうにかしなければ・・・。
 考えようとしたシュラインの頭に、閏の言葉が蘇る。
 “怪世界の中では、怪が全てです”
 “貴方は怪をかわすことは出来ても、傷つけることも殺すことも出来ません”
 “怪を殺すこと、ソレ即ち怪世界の心の臓を破壊すること”
 “怪世界の消滅をもたらすもの、ソレ即ち怪世界とともに命を落とす定め”
 一瞬だけシュラインの注意が自分からそれたのを感じたのか、突然獣が飛びかかってきた。
 慌ててソレを右に避け・・・体勢を整えようとしたところで、どこからともなく甲高い音がその場に響き渡った。
 ・・・犬笛だろうか?いや、それとはまた少し違う・・・
 どこから聞こえてきているのだろうか?
 その音に耳を澄ませようとする前に、音は消え去ってしまった。
 それと同時に、獣が校舎の方へと走って行き、直ぐに靄の中に紛れて見えなくなってしまった。
 ・・・なんとかこの場は乗り越えられたようだ。
 それにしても、今のは何だったのだろうか・・・?
 まるで、獣の体に人間の顔を無理矢理くっつけたような、やけにチグハグな生物だった。
 それでもきっと・・・アレがこの場所の怪なのだろう。
 傷つけることは出来ても、殺すことは出来ない・・・か・・・。
 対抗するどころか、怪から逃れることが精一杯だろう。
「あなた、大丈夫だった?」
 シュラインはふっと、少し離れた位置で未だに倒れこんだままの少女に視線を向けた。
 クリクリとしたグリーンの淡い瞳がシュラインの姿をジっと見詰める。
 ここの制服なのだろうか、膝上のスカートは深い紺色で、半袖のブラウスの胸部分には星のマークが描かれていた。
 足元は先が赤くなった上履きで、スカートと同じ色のハイソックスにはブラウスの胸部分に描かれているのと同じマークがそれぞれつけられていた。
「どこか怪我はない?」
 少女の隣にしゃがむ。
 視線を合わせるように顔を覗き込み・・・少女がにっこりと、可愛らしい笑顔を浮かべた。
「助けてくださって、有難う御座いました」
 鈴を転がすような美しい声に、思わず表情が緩む。
「いいえ、それは良いのよ。それよりも、本当に怪我はない?」
「・・・助けてくださって、有難う御座いました」
 少女は微塵も表情を変える事無く、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「あなた・・・」
「助けてくださって、有難う御座いました」
 まるでテープのように、少女はまったく同じ言葉を繰り返す。
 おかしい・・・
 シュラインはそう思うと、少女の細い肩に触れようと手を伸ばした。
「助けてくださって・・・」
 強く握れば折れてしまいそうだと感じるほどに儚い肩に触れる。
 薄い布越しに伝わる温もりは、確かに彼女が生きた人だと言う事・・・
「たすけ・・・たす・・・」
 少女が壊れたラジオのように、口をパクパクとさせて同じ音のみを繰り返す。
 表情は先ほどから変わらない笑顔のまま ―――――――
 触れたままの肩から、体温が失われ始める。
 ゆっくりと、冷たくなって行く・・・にも拘わらず、少女は笑顔のまま、壊れた言葉を紡ぎ続ける。
 シュラインはあまりのことに咄嗟に手を引いた。
 少女の体がぐらりと揺れる・・・しかし、それは起き上がりこぼしのようにユラユラと左右に揺れるだけで倒れる気配はない。
「たす・・・たす・・・たすたすたすたすたすたすたすたす・・・・!!!!!!」
 笑顔のまま、少女がブレル。声が早くなるにしたがって、揺れも早くなる。
 シュラインは立ち上がり、1歩後退った。
 左右の揺れが大きく早くなり、既にその表情は見えないほどになっていた。
「たすたすたすたすたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!!!!!」
 鮮血が飛び散る。
 少女が揺れるにあわせて、右に左に、広い範囲に小さな赤い点をつけていく。
 シュラインは動けないでいた。勿論、ことの真相を知らなくてはと言う理性があったにしろ、尋常ではない状況にただただ驚いて立ち尽くすしかなかった。
 少女の体が数度地面に当たり、唐突に揺れはとまった。
 左に崩れ落ちるように倒れこんだ少女の周囲は真っ赤に濡れており、その細い首筋には2つの穴が空いていた。そこからゆるゆると流れる血は、あの獣にやられたものとしか思えなかった。
「・・・た・・・」
 苦しげな声が響き、少女が右手をシュラインのほうへと差し出す。
 小刻みに揺れる手にもべっとりと血が付着しており、声は先ほどの可愛らしい声ではなかった。
 苦痛に震える声、手・・・ゆっくりと顔を上げる。血と砂とで汚れたその顔は、お世辞にも美しいとは言えないものだった。恐怖に歪む表情、淡いグリーンの瞳はドロリと力がなくどこを見ているのか分からない。
「た・・・たすけ・・・て・・・」
 バタリと、少女の体から力が抜ける。
 ビクビクと数度体が痙攣し、その後はもう動くことはなかった。
 ・・・いったい今のはどう言う事なの・・・?
 呆然と言った表情で、もう2度と動くことはないであろう少女の姿を見つめた。
 確かにさっきまで生きていたはずなのに。確かに、あの獣は少女を襲わなかったはずなのに・・・。
 手には少女の体温がまだ残っていた。
 そして、それが段々と失われて行く過程も・・・手は生々しくその感触を覚えていた。


☆◆


 校舎の中はガランとしており、先ほどまで確かに人が居たはずの雰囲気があるにも拘わらず、どの部屋も静寂の中に沈んでいた。
 靄は外よりも薄くなっており、それでも廊下の端から端までは見えないほどだった。
 強化ガラスの外は先ほどよりも濃い靄で覆われており、この学校だけが怪世界の全てのようだった。
 耳を澄ませ、周囲に誰か居ないかと細心の注意を向ける。
 あの獣が襲って来た時にも対処できるように・・・
 シュラインは一先ず一番手前にあった教室の中に入ると何か使えそうなものはないかと見渡した。
 数十個の机が綺麗に並べられた教室。机の脇には学校の指定なのだろうか、同じ形の鞄が机の数分並んでいた。
 皮の上品な鞄で、右下の部分には先ほど少女が身に着けていたものと同じマークが描かれている。
 この星のマークが、学校の校章なのだろうか?そう言えば、この学校の名前はまだ知らない・・・。
 手始めにシュラインは、廊下側の一番前の席に掛けられていた鞄を取ると中を開いた。
 何の事はない、教科書とノートが収められている。どこにも変わったものは見られない。
 ためしにノートと教科書をパラパラと捲ってみるものの、どこにでもあるような普通のモノだった。
 真新しいノートには数行の書き込みがしてあるだけで、それすらも黒板の文字を写し取っただけのものに過ぎないようだった。
 何の手がかりもなし・・・。せめて生徒手帳でも入っていれば良いのだが、それらしきものは見当たらない。
 鞄を元通りの位置に戻すと、少し迷った後で次の机に掛かっている鞄へと手を伸ばす。
 ・・・そちらもまったく同じ。次の鞄も、次の鞄も、次の鞄も・・・
 1列目、2列目と過ぎるにしたがって、シュラインは妙なことに気がついた。
 教科書が皆同じなのは当たり前だ。ノートに書き込まれている内容が同じなのも、問題ない。皆一様に綺麗に版書しているのは少し不思議だが、そこはただ単にこの学校が真面目で優秀な子だけを集めた学校だからと言う答えで十分に事足りる。
 問題は、ノートやその他の筆記具だった。
 皆一様に同じノート、同じ筆箱に同じペン・・・
 まさか、学校側がそこまで規則を設けているとは思えない。
 万が一設けていたとして、それが学校側から指定されたものならばわかる。学校の校章のついたペンや筆箱、下敷きならば、異様だと言う念は拭えないものの、納得は出来た。
 しかし、鞄の中に入っているペンはウサギのマークがついているもので、下敷きは見たことのないファンシーなキャラクターが散りばめられたものだった。
 ・・・女の子の鞄・・・それならば、ここは女子校なのだろうか?
 女の子同士、集まって皆で一緒のものを買う・・・無理矢理にそう考えられないこともない。あくまで、今目の前にある事実を無理に納得させようとするならばの話しだが・・・。
 教卓の上に乗っていた名簿を手に取る。
 1−A 出席番号1番、秋野・美晴、2番、秋山・駿二、3番、井上・祐樹・・・
 これはいったい、どう言う事なのだろうか・・・?
 シュラインの耳に、再びあの獣の鳴き声が低く聞こえて来た。
 そして・・・か細い、悲鳴・・・
 これはいったいどう言う事なのだろうか?
 先ほどと同じ事を考えながらも、シュラインは声のするほうへと走った。
 タイル張りの廊下を抜け、階段を上がり・・・両開きの重そうな扉を開く。
 木目の美しい床、高い天井・・・体育館だと、シュラインは思った。勿論体育館で間違ってはいないのだが、そこは第2体育館だった。その下に第1体育館があり、第2体育館の上の階にはプールが広がっている。
 第1体育館、第2体育館、プールと上下連なったその場所は“格技棟”と呼ばれている棟だった。他にも、教室棟、特別教室棟、職員棟呼ばれる場所があるのだが、今のシュラインにはそんなことはあまり関係なかった。
 第1体育館よりも小さい第2体育館の奥、ガラスが正面に張られたその前に、あの獣が低い唸り声を上げて立っていた。そして、その足元には先ほど校庭で見たあの美しい少女が、怯えた表情で震えている・・・。
 これはどう言う事なのだろうか?
 再び同じ質問。しかし、それは答えの返って来ない質問だった。
 その質問を投げる相手は、今現在ではシュラインしかいない。そして、シュラインはその質問に対しての答えを知らなかった。
 獣がこちらを振り返る。けれど、それだけ。動こうともせずにその場でジっとしている。もしかしたら、シュラインの様子を窺っているのかも知れない。
 暫くの沈黙の後で、どこからともなく聞こえて来る甲高い音。獣が床を蹴り、シュラインの脇をすり抜けて去って行く。相変わらず獣の体に人の顔と言うチグハグな異様さだった・・・。
 少女がゆっくりと立ち上がり、にっこりと・・・笑顔を見せる。
 髪は大分長く、ふくらはぎの部分まで伸びていた。
「助けてくださって、有難う御座いました」
 鈴を転がしたような声。甘く可愛らしい声は、凛とした気高さすらも纏っているように聞こえた。
 1歩1歩、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる少女。
「助けてくださって、有難う御座いました」
 ゆらゆらと、左右に揺れる少女。歩きながら、ゆらゆらと・・・大きく早く・・・
 “怪はこの子だ・・・”
 シュラインはそう感じると、少女に背を向けて走り出した。
 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
「たすけ・・・たす・・・たすたすたす・・・」
 背後から少女が走ってくる音がする。ガンガンと鈍い音を響かせながら・・・恐らく、身体が壁にぶつかっているのだろう。
「たすたすたすたたたたたたたたたたたたたたたた・・・・・・」
 足音と、壁にぶつかる音、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す少女の声。
 どこからともなく、獣の唸り声が聞こえる。そして、その合間に少女の叫び声。
 廊下を曲がる。そこには、獣に追い詰められた少女の姿があった。それを無視して走り抜けようとしたとき、あの甲高い音が響き、獣が去って行く。
「助けてくださって、有難う御座いました」
 少女の脇を通り抜ける。
 その少女もまた、シュラインの後をつけてくるのだろうか?
 “怪世界から脱出せし者、ソレ即ち出口に気付きし者”
 “怪世界の出口は目に視えざる場所にあり。しかしそれは直ぐ近くにあり”
 “それは遠くて近い場所にあり、しかし己の近くに常にありしもの”
 閏が言っていた言葉が蘇る。
 遠くて近い場所にある。しかし、己の近くに常にありしもの・・・それはいったい何なのだろうか?それが、怪世界からの脱出するただ1つの手段なのだ。それを見つけない限りは、シュラインはこの世界を彷徨い続けなくてはならない。
 再び、獣の低い唸り声とか細い悲鳴が聞こえて来る。
 シュラインの背後には、狂ったように左右に揺れながら同じ音を発し、追いかけてくる2人の少女の姿があった。
 先ほどのように倒れることはしない。ただただ、シュラインの後ろを同じ様子でついてくる。
 ・・・怪世界の出口・・・もしかして、目なのかしら?
 そう思い、咄嗟に鏡のあるトイレに走りこもうとするが、それはトイレの前にあの気味の悪い獣と美しい少女の姿を見つけたことによってやめざるを得なくなった。
 獣と少女の脇をすり抜ける。その時、あの甲高い音に被さるように獣の唸り声と少女のか細い悲鳴が聞こえて来た。現に今、目の前に2人ともいると言うのに・・・だ。
 少女はおろか、獣も1匹ではないのだろうか?シュラインの背後を追いかけてくる少女が3人に増える。
 階段を上がった先に、再び獣と少女の姿。獣の唸り声と少女の悲鳴、甲高い音、獣の唸り声と少女の悲鳴、甲高い音、角を曲がれば獣と少女の姿、獣の唸り声と少女の悲鳴、角を曲がれば獣と少女の姿、甲高い音、獣の唸り声と少女の悲鳴・・・・・
 この場所には最初から、終わりなんてものはなかった。
 何度も何度も、同じ映像が流されるだけ。そして、この場所には、助けなければならない人間なんて誰1人としていなかったのだ。
 全ては怪の中の出来事であり、全てが怪の意味を帯びており、全てが怪の意に従って動いている。
 怪の正体は、獣でも少女でもない。
 怪の正体は、この場所そのもの。厳密に言えば、この学校だった。
 聖星学園。ここが怪の心の臓であり、怪世界の全てだった。
 ・・・シュラインは確かに、この場所には始めて来たはずだった。似たような場所に訪れた経験もないはずだった。それなのに最初、ここを見た事のある場所、良く知っている場所だと思い込んでいたのは、怪がシュラインをその内に招き入れた最初の段階だった。
 つまりは、怪世界の住人としての潜在意識の注入。出口が見つけられなければ、この世界と同化し・・・恐らくは、少女や獣と同じように何度も何度も1つの場面を繰り返すのだ。
 何度も何度も・・・ふっと、シュラインの頭の中である1つの説が成り立った。
 即ち怪世界の出口は・・・記憶の中なのではないだろうか・・・と。
 きっと、それが正解なのだろう。けれど、どの記憶の中が怪世界の出口なのかは分からない。
 子供の時のもの?それとも、もっと最近のもの?・・・どの記憶を紐解いても、相変わらず廊下は続いており、背後からは軽快な足音がしている。獣の唸り声、甲高い音、少女の悲鳴、全てが同時に聞こえて来る。
 “た”を連呼しながら追ってくる少女達は数え切れないほどに膨れ上がり、互い同士がぶつかり合っているにも拘らず変わらぬ速度で走ってきている。
 一番最初に会った少女のように、倒れるようなことはない。
 目の前には何十人もの少女と獣の姿があり、ズラリと廊下に並んでいる。
 シュラインは今にも倒れこみそうな足を何とか動かし、荒くなっていく呼吸の中で、ギュっと目を瞑った。途端に消え去る少女と獣の姿。それでも、音だけはリアルに周囲の状況を伝えてくる。
 暗闇の中で、閏のあの悪戯っぽい笑顔が脳裏に浮かぶ。続いて零の顔が浮かび、武彦の顔が浮かぶ。
 紫煙を吐き出しながら困ったような笑顔を浮かべる武彦・・・
 あの場所へ帰りたい。いつでも誰かいる、あの場所へ・・・帰りたい・・・。
 シュラインの目の前に、良く見慣れた扉が立ちふさがり ――――――――


◇★


 “怪世界から脱出せし者、ソレ即ち出口に気付きし者”
 “怪世界の出口は目に視えざる場所にあり、しかしそれは直ぐ近くにあり”
 “それは遠くて近い場所にあり、しかし己の近くに常にありしもの”


 シュラインが“視た”扉は興信所の扉だった。
 ゆっくりと押し開ければ、そは光が溢れる場所で・・・
 パチリ、目を覚ませばすぐ近くに閏の顔があった。
「お目覚めですか?」
「閏ちゃん・・・」
「怪世界からの脱出、おめでとうございます」
 にっこりと無邪気な笑顔で手を叩く閏。
 シュラインはゆっくりと体を起すと、見慣れた興信所の中に視線をめぐらせた。
「帰ってこれたのね」
「随分と青い顔をされているようですが、大丈夫ですか?」
「えぇ・・・」
 そうは言うものの、シュラインの耳の中では少女の悲鳴と獣の唸り声、甲高い音と足音、壁にぶつかる体の音、“た”と繰り返す声・・・全てが混じり合って音の渦を作っていた。
「とても怖い怪だったんでしょうね」
「怖い・・・。・・・そう・・・ね」
「怪は・・・種類にもよりますけど、その人の一番痛い部分をついてきます。怪が望むコトは、訪れた者との同化です。つまり、自分の一部にしたがるんです。怪世界の住人は多くて困ると言う事はありませんからね」
「同化・・・」
 少女の顔が、獣の顔が、脳裏に蘇る。
「怪の中でなにがあったのかは分かりませんし、私は聞きません。ただ・・・」
 閏の視線がゆっくりと何もない場所へと向けられる。
 どこか遠くを見詰める瞳に普段の無邪気さは皆無だった。
「双六の中に集められた怪は、負の感情を多く纏っています。嫉みに妬み、恨みに狂い、殺意、憎悪・・・特に、この双六の持つ怪は強い負の感情を抱いているんです」
 閏の指先が紫色の箱に触れる。
「作った人の心が、反映しているんでしょうね」
「・・・閏ちゃんの知ってる人だって、言ってたわね?」
「えぇ。前に言いましたよね?対の存在だって。・・・正式に言うなれば、対ではないのだけれども、近しい存在と言われれば私だけだから」
 ふっと真顔になり、その直ぐ後で笑顔を取り戻す。
 無邪気ですこし悪戯っぽい瞳を輝かせ・・・
「私1人の力じゃ、あの人には・・・あの人達には敵わないから。だから・・・」
「閏ちゃん・・・」
 俯く閏の顔は見えないけれども、震える肩がなにを意味しているのかはよく分かった。
 無邪気で純粋で、悪戯っぽくて元気で・・・そんな閏には似合わない、とても弱い部分だった・・・。
「だから、私は・・・皆さんの力を、借りるしか・・・なかったんです・・・」
 途切れ途切れに聞こえて来る掠れた声に、シュラインは未だに謎の多い少女の頭を撫ぜた。
 双六は6つで1つ。呪われたモノ。
 書き換えられるのは、書いた人物に近しい者のみ。
 閏はその人物とは対・・・厳密に言うなれば対ではない・・・の存在。
 どうやらその人物は1人ではないらしい。
 そして・・・力は閏よりも上であり、書き換えるには他者の力が必要。
 ・・・それ以上の事は分からなかった。
 きっと、閏もそれ以上の事は話せないのだろう。
 テーブルの上に放り投げられた双六の紫色が目に映る。
 その中にあの少女と獣の顔を見そうで、目をそらすと閏の肩をポンと優しく叩いた。
「さ、アイスでも食べましょうか。閏ちゃんも、食べるんでしょう?」
 コクリと頷く閏の向こう、そ知らぬ顔で必死にエアコンを調べている武彦の横顔が見えた。
 視線が部屋の中央で絡まりあい・・・そして、武彦が後ろ頭を掻きながら閏が消えた台所を指し示した。
 恐らく、閏を頼むと言いたいのだろう。
 シュラインはそれに対して右手の人差し指と親指で丸の形を作ると、小さく微笑んで見せた ―――――



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『双六! 【 紫の書編 】』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 6の怪選択と言う事で、シュラインさんはどんな怪を怖がるのだろうかと、頭を捻りました。
 ・・・捻りました・・・が、どうにもこうにもしっくりする恐怖が分からない・・・!
 G関連は恐怖には違いないでしょうが、たいていの人は恐怖に思いますし・・・。
 うーんと唸った結果、自分がやられて嫌な事は人も嫌と言う説に従いました。
 もし自分が怪世界なる場所に飛ばされた場合、このような怪は絶対に嫌と言うものを描きました。
 この怪世界は、人を嫌悪させ、恐怖に陥れるためだけに作り出された怪です。
 少女も獣も、存在の理由は怪世界に紛れ込んだ者の心を壊し、捕らえ、同化することのみです。
 何はともあれ、ぜーったいにあのような怪はイヤです。
 生理的な嫌悪感もありますが、もしそんなモノに追いかけられたらと思うと・・・
 ・・・とっても背後が気になります(苦笑


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。