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アナタの『心』が聞こえます
「はぅ〜、どうやったらお金が儲かりますかねえ」
はぐはぐと、買ってもらったアンパンを齧りながらしがないサンタ娘のステラは呟く。
アンパンを買ってくれた友人は、腰に片手を当てた。
「そうだな。バイトでもすればどうだろ？」
「でもぉ……わたし、ドジですぐにクビになってしまいますぅ」
「…………否定できないな」
相手は納得したように呟いた。ステラの瞳が潤み、泣く準備に入った。
「じゃあさ、露店でもすれば？ ほら、よく珍しい物をあげてるし。それを売れば？」
「で、でもせっかく貰ってるのにそんな……」
「構わないから。それでステラが助かるなら、どんどん色んなのあげるよ？」
なんて優しい言葉……！
ステラは感動してアンパンをまた齧る。
「ありがとうございますぅ〜」
「いえいえ。これくらい、どうってことないよ」
＊
「これはね。『ホムネ』。製作中止になっちゃったんだけど、在庫は全部ウチが押収したんだよね。
どうせ役に立たないからって倉庫にあったから、これを売ってみたら？」
「ラムネジュースに似てますねぇ〜。ほら、昔の、ビー玉が中に入ってるあんな感じに」
「見た目はね。ただ、飲むとちょっとした作用があるからそれはお客さんに説明しないと」
「作用？ どんなですか？
はっ――！ まさか、痺れちゃうとか、そういうのですか？」
「そんな危ないものをステラにあげるわけないだろ。
これは飲むと、人の心の中の声が聞こえるようになる。勿論、効果は一日しかもたないけどね」
「ええっ、こ、心の声ですかぁ〜!?」
瞳を輝かせるステラだった。
「すごいですぅ！ 超能力者になれますぅ！」
「残念だけど、そんな万能なものじゃないんだよね。
これは飲んだ人に好意を持ってる人じゃないと、聞こえない仕組みなんだ」
「じゃ、じゃあ……自分を好きな人がすぐにわかるってことですか？」
「恋愛も、ただの好意もね。どう？ これ、とあるところでバレンタイン用にって作られたんだけど、あまり売れなくてさ」
「す、すごいですぅ！ これなら浮気してる人とかもすぐにわかるです！ 優れものですよ！」
「ふふっ。そうだね。これなら売りやすいから、露店で売ってみれば？」
「や、やってみますぅ！ ちょうど夏祭りのお手伝いを頼まれてますから、そこで売ってもいいか訊いてみますぅ！」
目の前を行き交う浴衣姿の少女、少年たち。
小さな夏祭りだったが、ステラは意気込んでいた。地面に風呂敷を広げて、ダンボールの看板を出している。
「せっかくのお祭りですし、恋人さんたちにもいい雰囲気になって欲しいですぅ」
なんてことをニコニコ笑顔で言っていたが……果たしてどうなるか。
看板には大きく黒マジックで、
『本音が聞けます。お試しください。一本、１００円』
と、書かれていた。
＊＊＊
夏祭りに来ていた神崎美桜は、ステラが居るのに気づいて不思議そうにした。
祭りの屋台が並ぶ中、一ヶ所だけ地面に風呂敷を敷いてジュースを販売しているところがあったのだ。
売っているのは一昔前のラムネジュースに似ているものだ。風呂敷の上に適当に並べられている。
「どうした？」
一緒に来ていた遠逆和彦の声にハッとして、美桜は戸惑う。
「いえ、知り合いの方がいて」
「知り合い？」
「ええ。あそこの……」
あふ、と欠伸をしていたステラは目の前に下駄とスニーカーが見えて怪訝そうにする。
顔をあげたそこに、美桜と和彦が立っていた。
「あれぇ？」
「こんばんわ。こんなところでお店ですか？」
「はいですぅ」
眠気をなんとかしようと瞼を擦って、ステラは美桜と和彦を見比べた。和彦に対して驚く。
「ふわぁ〜。美形のお兄さんですぅ。レイみたいな軽薄な感じがしません〜」
「こ、こんばんは」
和彦はちょっと困ったように小さく言った。
「こんばんわですぅ。あ！ 前に一度お会いしましたね、そういえば」
「あ……あぁ、バレンタインの時に……」
「その節はどうもですぅ」
ぺこ、とステラが頭をさげた。そして何かを察したらしく、にたにたと笑う。
「神崎さん、このお兄さんとデートですかぁ？」
ステラの言葉に美桜が耳まで赤くして「えっ」と声をあげた。実際その通りなのだが、指摘されると恥ずかしいものだ。
「は、え、えっと……」
「そうだ」
横の和彦が肯定してしまい、「ひえっ」と美桜が声をあげる。
ステラはにこ〜っと微笑む。
「お似合いのカップルさんですぅ。あ、神崎さん、浴衣とっても似合ってますよ？」
「そ、そうですか？ えっと、ありがとうございます」
深々と頭をさげる美桜は、ちら、と和彦に視線を走らせる。彼はいつもと変わらず真面目な表情で、動揺した様子もない。
（……そういえば……浴衣、何も言ってくれてないですね……）
美桜は少し残念そうにする。本当はお揃いで浴衣姿で来たかったのだが、和彦は動き易さを重視するために私服を選んだのだ。
ぷく、と頬を軽く膨らませた。
（それもこれも、兄さんが普段から和彦さんに脅すようなことを言うからです！）
美桜は今も狙われていると散々、それこそ耳にタコが出来るくらい義理の兄は和彦に言い聞かせているのだ。
和彦自身も「わかっている」「承知している」と何度も辛抱強く返事をしているのだが、兄はそれでも納得していない。
浴衣を用意していたというのに、和彦は断った。
「何かあった時にその姿だと動き難いから」
なんてことだ、と美桜は落胆したものだ。
彼はいつも先を見越して考えるのだから、外に行きましょう、お祭りに行きましょうと誘えばこうなることは目に見えていたはずだ。
美桜はステラのほうへ視線を戻した。
「ラムネジュースを売っているんですか？」
「え？ 違いますよぅ？」
ステラの答えに美桜はきょとんとした。
風呂敷の上にあるのはどう見てもラムネジュースだ。
出されている看板に目がいく。
本音が聞けます。
（……は？）
不審そうにした美桜にステラが説明した。
「このジュースを飲むと、飲んだ人は一時的に他人の心の声が聞こえるんですぅ」
「え……」
どきり、と反応するしかなかった。
美桜にはそもそも他人の心を読める能力が備わっている。こんなジュースの力などなくとも、聞こえてしまうのだ。
それを忌まわしいと感じていたし、必要ないとも思っていた。
人の心を聞くということは、聞きたくないこともこちらに聞こえるものだ。
「…………」
飲むような気分ではないし、和彦にも飲んで欲しくなかった。
自分の弱い心や、怯えていることを気づかれたくなかった。いいや、彼はとっくに気づいているだろうが、気づかないフリをしてくれているに違いない。
いつかこの幸せがなくなったら。美桜は常にその恐怖に怯えているのだ。
「安心してください〜。これ、飲んだ人に好意のある人からしか聞こえない仕組みになってますぅ。
悪意が発生した時点でその声は遮断されますから……あのぉ、なんでそんなにビクビクしてるんですかぁ？」
元気よく説明していたステラが、次第に不安そうに声を萎ませた。
そんなつもりはないのだが、美桜の姿はステラからはそういうふうに見えたらしい。
美桜は慌てて笑顔を浮かべる。ぎこちないものだ。
「気にしないでください。ちょっと考えていただけです。……聞きたくないものも聞こえてしまうのって、辛いなって」
「そうですねぇ」
ステラは同感だとばかりに頷いたが、それだけだった。当然だろう。彼女は美桜の事情など知らないのだから。
目の前で平然としているステラを見ていると、美桜は徐々に気分が落ち込んできた。
どうして自分はいつもこう……考え方が後ろ向きなんだろう。
「……買っていきたいところだが、生憎と今は持ち合わせがない」
唐突に横から和彦が言った。彼はステラに微笑した。
「すまない」
「あ！ いえ、気にしないでください〜。神崎さん、なんか気分悪そうですからどこかで休ませてあげてください〜」
＊
手頃な場所に座らせてもらい、美桜は息を吐き出した。
「大丈夫か？」
「は、はい。すみません、心配かけて」
「気にするな。美桜のことだ。余計なことを深く考えたんだろう？」
余計なこと……そうかもしれない。
美桜は深みにハマるとマイナス方向へばかり考えてしまうのだ。
「私……聞きたくない声を色々聞いていたので、それを思い出してしまって」
「…………美桜。その能力、不要というなら……」
眉間に少し皺を寄せて言いかけた和彦が、口を閉じた。
「？ 和彦さん？」
「……なんでもない。それより気分はどうだ？ 冷たい飲み物でも買って来ようか？」
「大丈夫です。せっかく来たんですから、一緒にお店を回りましょう？」
「わかった」
彼が手を差し伸べた。
こういう時、そう、デートで憧れるのは意中の彼と手を――――。
美桜は彼の手を掴んだ。少しだけ冷たい、彼の手を。
（手を繋いでしまいました……！ 浴衣はダメでしたけど、目的の一つはこれで達成です！）
嬉しそうにする美桜を見て、彼は不思議そうにした。乙女心は、彼にはわからないだろう。
輪投げ屋で可愛いぬいぐるみを見つけた美桜は、ついつい欲しくなってしまう。
ど、どうしよう。
横を歩く和彦とぬいぐるみを交互に見ていた美桜は、勇気を出して彼の手をぐいっと引っ張った。
「っ、ど、どうした!?」
びっくりした和彦が訊いてくる。
「あ、あのあの！ あそこの輪投げがしたいですっ」
「……輪投げ？」
和彦は美桜の指先が示す先を見遣り、頷いた。
お金を払って輪を三つもらう。美桜は意気込んで投げたが、どれも商品までは届かない。
輪投げ屋の主人が嘆息した。
「ありゃ〜。お嬢ちゃん、力ないねえ」
「う……」
横に居た小学生も呆れているようだ。これでも力一杯投げているというのに。
「も、もう一回！」
「あいよっ」
もう一度チャレンジするものの、結果は惨敗。小学生の男の子たちはびっくりしていた。
「姉ちゃんよえーな〜」
「いくらなんでもヒリキすぎるぜ」
「うぅ……」
がっくりして和彦を見遣る。彼は手伝う気はないらしく、途中で購入したたこ焼きを食べていた。
お願いしたらきっとやってくれるだろうが……それは反則のような気もした。
和彦ほどの人物ならば、確実に輪を投げてあのぬいぐるみをくぐらせることができる。「確実」に、だ。
だから和彦は先ほどから輪投げや射的をやろうとする素振りは見せない。
「ほんと……腕力ないんですねぇ、私」
「腕力だけが問題じゃない。美桜はコントロールもない」
はっきり言われてがくー、と美桜は項垂れた。
「の、ノーコン、ですか」
「そうだ」
うむ、と頷く彼は嫌味で言った様子はない。
彼は今度はカキ氷を食べている。レモンだ。美桜のように気軽に遊べないので、食べることに専念しているようにも見えた。
「あ」
子供向けのオモチャが売っている屋台まで来て、美桜はもぞもぞした。
オモチャの指輪がある。可愛い。
（で、でもあれ……どう見ても小学生向けというか……。うぅ）
先ほど輪投げでぬいぐるみは手に入れられなかった。これは、輪投げの時のような努力はいらない。
どうしよう。欲しい。でも。
美桜はもう１７歳で、高校生だ。
高校生がこんなオモチャの指輪を欲しがるなんて……おかしいと思う。おかしく見えるはずだ。
（せ、せっかく和彦さんとのお祭り記念……。何か、そういうものが欲しいっていう理由なら、変じゃないです……よね？）
誰に言い訳をしているのか不明だが、美桜は巾着袋の中にある財布を取り出そうとした。
だが和彦がひょいと屋台の主人に百円硬貨を渡していた。
「これ、一つください」
美桜が見ていた指輪をサッ、と指差して、彼は言う。
主人は仰天している美桜と彼を見比べ、指輪をとって彼に渡した。
受け取った和彦はそれをポケットに入れるとスタスタと歩き始める。ワケがわからなかった。
たっぷり屋台を回って堪能し、美桜は少し疲れていた。
履きなれない下駄のせいもあって、足が痛い。人込みから離れてやっと一息ついた。
「そういえば、花火が上がる時間だな」
和彦の声と同時に上空に花火が咲いた。
祭りに来ていた人たちが一斉に空を見上げる。
「……綺麗ですね」
「そうだな」
うん、と和彦は噛み締めるように頷いた。
美桜は小さく笑う。
「そういえばさっき、なんでオモチャの指輪を買ったんですか？」
「え？ あー……」
彼は視線を少し逸らし、ポケットから取り出す。
「あそこでは目立つから渡し難くて。ほら」
「え？ 私に？」
「だって、もの欲しそうに見ていたじゃないか」
まるで水を掬おうとするように両手を出すと、和彦は美桜の手に指輪を落とした。
「……あ、ありがとうございます」
「祭りの記念に」
にっこり微笑んだ和彦の声は、花火の音に掻き消された。
ああそうだ、と彼は付け加えた。
「その浴衣似合ってるぞ」
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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ＰＣ
【0413／神崎・美桜（かんざき・みお）／女／17／高校生】
ＮＰＣ
【遠逆・和彦（とおさか・かずひこ）／男／17／退魔士】
【ステラ＝エルフ（すてら＝えるふ）／女／16／サンタクロース】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、神崎様。ライターのともやいずみです。
和彦とのお祭りデートでしたが、いかがでしたでしょうか？
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました！ 書かせていただき、大感謝です！
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