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<東京怪談ノベル(シングル)>


現実との境界線


 時に、自分にとって当たり前のものが他者にとって当たり前で無い事も、当然ながら、あるもので。
 現実主義。
 その瞳に見えるものしか信じない。
 とは言え、現実主義者の境界は柔軟性に満ち、瞳に映るものならば信じられる。受け入れる事が出来るのだ。

 だが、それは現実としての認識が出来る自分の意識や思考、その他諸々があっての話。
 無い時に受け入れる事も出来ない。
 夢と現実の境界も似たようなもの。
 醒めていれば、夢を見れない。
 眠っていれば、現を見れない。
 交われない、交わろうともしないし、何処かで違うと否定さえする境界の危うさ。

 果たして、今、此処に居る自分が本当の自分かさえ――……証明出来うるものは何も無い訳で。

 さて、今日も夢へと遊ぶ意識は何処へと旅立つのだろう?




 ごろん、と寝返りを打つ。
 薄く瞳を開ければ、年頃の少年にしては多少殺風景な部屋が映る。
 パイプベッドにスチールラック、機能性に惚れこんだパソコンデスクが勉強机の代わりで、そのパソコンデスク同様に存在を知らしめるパソコンとオーディオ関連は最新機種で統一されている。
 何処か無機質な雰囲気の中、カーペットさえ敷いていない、むきだしのフローリングの床に無造作に置かれたパソコン雑誌は購入したばかりなのか、本屋の紙袋と一緒に置かれていて。

 先日、ネットギャザリングにて安価で購入できた電波時計がベッドの隅、デジタルの光を放つ。
 時刻を見れば深夜0時半をまわった所で、いつもより多少、早起きかもしれないが……、散歩の時間には丁度良い時間だ。
(……散歩……?)
 むくリ、と音を立て起きあがると基は、欠伸をしながら――明らかに眠りと現の境界を彷徨っている自分を遠い所で思いながら――、起きあがった筈なのに、何故か意識が遠くなったのを感じていた。
 きっとこれは、いつもの貧血だ。
 その証拠に、やたら頭の一部分がぐらつくし、眠れといっているかのように瞳を開けていられなくなっている。

 ……今日の夕飯は、母さんに頼んでレバーや牛乳を多めに……と、基が思ったかどうかは定かではないが、くらくらする思考の中で、いやに自分の声が響いた、気がした。

「……いやだ、夕飯食べすぎ!」――、と。

 いまどきの少年にしては、基は細すぎ、余りに背が伸びなさ過ぎなのだが……女体に変身すると、逆にこういう所が気になるらしい。
 いつもなら、余裕のあるウェスト周りが、ぽっこり…いやいや、食べすぎでお腹がぽこんと出ているような感じではあるのだが……そんな風になっていて。
 これは宜しくない、自分で見ていても宜しくないのだから、周りにも身体に宜しいはずも無い。

 ところで…先ほどまで確かに基は男性だったが……女体? 変身? 不思議っ子?

 話せば長くなるので要所要所は割愛するが……、魔女っ子体質と言うか、母が魔女と言う事もあり、基はこう言う変身も難なく出来てしまう、らしい。
 とは言え、変身であるので元々の身体を変換すると言うのが、今の能力の限界ではあるのだが。

 ぺったりぺたぺた。
 自分の身体を丹念にチェック。
 少しでも贅肉がついたところは無いか、自分の線を損なっている所は無いか、プロ(?)の瞳でくまなく見る。だが、僅かに増えただろう体重とぽっこり膨らんだお腹以外は問題ないようで、息を、ひとつつく。

「……私がどれだけ努力に努力を重ねて、この体型を維持してるか知らないのね、きっと。んもう……まだまだ、私の魔法は万能じゃないってのに!」

 そう、先ほども言ったが、あるものからあるものしか生み出せないように――、今の能力で出来るのは、それが限界であり、無から有を生み出せない。有から無へと帰す事は出来ても、影響あるものから影響を与える、相互交換しか出来ないのだ。

「筋肉つかない様に、身長伸びないように、私、すっごく、すっっっごく頑張ってるのに……ボーイッシュな服より可愛い服をまだまだ着たいのよ、私は!」

「まだまだ万能ではない」だけに、悩みは尽きない。
 例えば、女体に変身すると172センチと言う身長は高すぎて、可愛い服が着れなくなってしまうと言う悩みが出来てしまう。
 無論、男性の時であれば、全然伸びない身長と言う悩みも発生するけれど、性別が変わると(変えられると?)こう言うジレンマが発生しやすいのが困り物である。

 だが、こう言う事を何時までも考えているのも、性格上、あわない。
 醜い身体にならぬよう、自分で納得できるボディラインを保つ事が出来るよう、精進すればいいだけの話だ。
 何と言っても時間は限られているのだし――、寝室に居るだろう両親に、おはようとおやすみの挨拶をすべく、ベッドから降り、部屋を出ると両親の寝室へと向かい扉を二度、ノックした。
 ややあって「入ってらっしゃい」と母親の声がし、基は扉を開ける。
 ドレッサーの前、髪を丁寧に梳かしている母親と、ベッドで静かに本を読む父親の姿が視界に飛び込み、にっこり、花の咲くように笑んだ。

「パパ、ママ、おはよう。そしておやすみなさい♪」
「あら、今日は早いのね。そうそう、部屋に良いものが届いてるわよ?」
「良いもの……何だろう?」
「それは見てのお楽しみ」

 にこやかに笑顔を浮かべる母と、落ち着いた物腰で本を読んでいる父の「おやすみ」を聞きながら、先ほどの部屋に戻る事無く、いつもなら行かないだろう部屋へと足を運ぶ。

その部屋は基の部屋とはまた対照的な部屋で、淡い色合いで統一された家具や、勉強机などはなく、小難しい本も皆無である本と言えばファッション系の雑誌やコミック、ライトノベルが数冊ある程度。
そして壁には両親と撮った写真が、綺麗にデコラージュされ、飾られている。

「はあ、やっぱこっちの部屋の方がいいわよね…落ち着く。無機質なのもいいけど、見てると目が痛くなっちゃうんだもの」

 ふと、ベッドを見ると、そこに小さなダンボールが置かれている。先ほど母親が言っていた「良いもの」はこれかもしれない、と開けると――、
「わあ……、ネットで注文してたワンピが届いてたんだ!」
 画像を見た瞬間、欲しくて欲しくてたまらずに注文した一品だ。
 ブルーの色は何処までも深く、袖口や胸元、スカートの裾に丁寧にレースが飾られ、バストからウェスト周りをシェイプするように絞られたラインは、横からも正面から見ても身体のラインがとても美しく見えるという説明文にもときめきを覚えたりして………いたのだが。自らのぽっこりお腹を思い出して、少しだけ、鬱が入る。
(ううん、ウェスト周りはまだまだ取り返せる筈!!)
 折角届いたのだし、着ないのも勿体無い――と、着がえ始める。
 鏡の前には勝気そうな瞳の美少女が一人、笑みを浮かべて。
 値段と縫製と購入できた幸せに満足しながら、ダイエット代わりに夜の散歩へと出かける事にした。

 玄関ではなく、部屋の窓から。
 自らの身体を魔法で浮遊させ、夜の世界へ飛び出していく。






 散歩コースは、いつも気まぐれ。正面からそのまま飛んでいくこともあれば、右カーブ、左カーブ、その他諸々に、飛んでいっては夜にしか見えない光景を見るのが好きだ。
 本日のコースは正面から、夾竹桃や月下美人を枯らす事無く咲かせている老人がいる家の上を通りぬけ、ずっと使われておらず、けれど掃除には誰かが来ているらしい公民館を見ながら、コンビニと言うものがなく、この時間帯は販売禁止になるにもかかわらず、仄かなあかりを放っている煙草と酒類専用の自販機を見ながら、公園へと辿り着いた。
 最初に通り過ぎる老人の家とは違い、公園の花畑は管理が杜撰なのだろう、所々に枯れかけている花、死に絶えた花があり、むぅ、と基は眉間に皺を寄せた。

「駄目駄目、こんなんじゃ。夏に自分達が干上がる事さえ知っていて、管理できないなんて」
 全くもって何してるのかしら。
 呆れた口調で言いながら、次に微笑み「えーい♪」と指をぱちんと鳴らす。

 すると。
 何処からか。

 ふよふよーんと、固形…いやいや、ジェル上になった水が盛大に花畑一面に降り注ぐ……んじゃなくて、降り落ちた。
 ざばあっ! 何て言う音より、ばっしゃーん! みたいな音も聞こえたけれど……まあ、無問題?
 ほら、水はどのような生き物でも必要だし!
 無いよりあった方が良いと言うくらいだし!

 今回、召還し呼び寄せたのは学校のプールの水だ。ご近所からの召還、取り出しなのでほんの僅かの魔法力で出来たりする……普段は滅多にやらないけれど。
 けれど、区立の公園であり、区立の学校であるのなら、区が水をやるのは当然!
 なので、
「私は全然気にしなーい♪」
 と、鼻歌交じりに水を沢山貰え、潤っただろう地面と――、許容量オーバーで、少々ぐったりとなった花をみながら楽しげに次の場所へと向かう。

 ――尚、翌朝、近所の学校のプールの水が何者かの悪戯により抜かれたとか、かんとか、ニュースになってしまったが、これは誰も知らない話。
 証言が無ければ、やがて誰のうちからも忘れられてしまう事件である……うん。






 楽しかった夢も終わりに近づく。
 ゆっくりと闇の色が、白い光を思い出し、空が明るく輝きだす。





 新聞屋も、牛乳屋も配達を終える、時刻。
 空は既に青さを取り戻し、朝陽が静かに室内へと差し込んでいる。
 そーーーっと、静かに気配を知られないように、ふわふわ浮いたまま部屋へと戻る。
 どうにも今日は無機質な部屋の方へ帰る気がせず……可愛らしい部屋のベッドへ腰掛ける。
 そして、そのまま――、横になった。

 無論、身体の変換も忘れなかったが。

 意識のあるままに、瞳を閉じ、気持ちの良いスプリングに身を任せ、くす、と静かに微笑うと悪戯っ子のように呟く。

「此処で寝て――、起きたら基ちゃん、吃驚するかしら?」

 それも、また良いかもしれない。
 夢遊病の気があるのかと思うかも知れないけれど。

 夢は夢。
 現は現。

 交わる事は無いけれど、それでも境界線は曖昧だ。
 どちらにとっての夢で、どちらにとっての現か。
 現も夢も語りはしない。


 さあ、また明日は何をして遊び、どのような悪戯をしようか。







―End―