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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間即席無料相談会

「俺は久し振りに暇だ。よって、何でも相談を聞いてやろうと思う」

 久しく訪れた平穏な日、或いは仕事がなく手持ち無沙汰な日、或いは気紛れ。そう遜色しても全く違わない日。草間武彦の言葉に零は手にしていた年代物のルービックキューブを弄るのを止め、
「特に相談したいこともないです」
 再び手元の遊戯に夢中になる。
 これも一種の暇潰しなんだろうな、と思ってはいるものの、武彦の気紛れによって腹の内を曝すのも笑顔一つの拒否で済むなら安いものだ。悩みはある。だからと言って、暇潰しの材料にされるのも困り者だ。
 最近の不可解且つ厄介な依頼と事件に比べれば、それは大したことでもないのは事実。でも暇過ぎる、というのも問題だ。
「なら折角ですし、今日は無料相談会にしたらどうです? そうすれば、少しは人も来ますし、暇も潰せると思いますし」
「名案だ。よし、零。宣伝してこい」
 ……前言撤回。暇に越したことはない。
 零は渋々と初期状態になりかけの遊具をソファの端に置き、近くにあったチラシの裏にマジックで<本日無料相談会〜お気軽にどうぞ〜>と書く。興信所の入り口にテープで貼り、良しと小さく頷く。
 この程度なら暇さ加減が変わることも然してないだろう。
 知り合いでも構わないが、このノリに付き合ってくれるオトナが来ればいいな、と。零は自分のお人好しさを少しだけ呪って、部屋の中に戻っていった。

 この光景は光景で面白いな、と。
 滴る汗を腕で拭いながら、夏バテ気味の頭で零はそんなことを考えていた。
「ハードボイルドってのは、ナイスバディで危険な匂いのする女性が不可欠だよな」
 恐らく某漫画の影響から来るその台詞は、時折武彦が口にするものだ。ハードボイルドなのは主人公ではなくその相棒であったのだという零の記憶は彼女の口をつくことなく、心に留めておいているのもまた事実である。
 さて、問題は現状。零は放置を決め込んで眺めているだけであり、その彼女の前に広がる光景こそが問題である。武彦はと言えば、自分が招いた暇潰し行為に対する報いにげんなりし始めているのか、口数は少ない。
「すんません、俺が何かしたっつーなら謝るんで……即刻帰ってください」
「あら、折角来たのに早々に追い返されるんなんて、草間さんも酷い方なのねえ」
「そう言われると少ない良心が痛むんで訂正しますが、何しに来たんですか?」
 見ての通りと言わんばかりの笑みで、桜塚詩文は苺に刺していたフォークを口元に運んだ。目を細めて武彦を見、口端を綺麗に上げさせる。苺なしのショートケーキに詩文はフォークを伸ばし、美味しそうに食べ続ける。傍らには、生クリームの跡の残った皿が何枚も積み重なっている。
「糖分を摂取したら、今度は背中の方の獣化が進みましたわ」
「分かった分かった。次は何食えば直るんだ?」
「ええと……カツ丼?」
「『ええと』って何だよ、『ええと』って。しかも最後の疑問系って――いや、もういい。このやり取りさっきもしたし」
 目線だけで零に合図をし、零もこくりと頷く。一度見て理解したのか、受話器の先にいるであろうカツ丼屋に三人が食べるには明らかに多過ぎるだけの量を注文していた。しかも大盛りで。仲が良いのだろうか、カツ丼屋の店員とその後十分程会話を交わし、そこでようやく受話器を置いた。
 過去を振り返って何が悪かったのだと問えば、誰しもが口を揃えて同じ名前を言うだろう。それでも、と最後の悪足掻きの如く「で、相談内容は何だ?」と口を開く。
「相談内容って、『小さい頃に獣に咬まれてから半獣化が進んでるんだけど、止めてくださらない?』ですわよ? 知ってるくせに何度も言わせるなんて、そんなに私を困らせたいのかしらん?」
「止める方法が『右手の半獣化は甘い物の摂取』だっけ?」
 それならと零の作り置きしていたホールケーキを十六等分したものを出したのだが、すぐになくなっていくのでわんこそばの如く出し続ける結果となる。半獣化に効く云々の話よりも、自分の出したケーキがとても美味しそうに食べられるのが嬉しくて、零は出しているだけとも言える。何せ、無言で食べられるのよりは、「美味しい」を連呼されて食べられる方が気持ち良い。
 それを知ってか知らずか、詩文はにっこりと笑って最後の一口を食べて見せた。
「ええ。この中途半端な獣化には甘いものが最適なのよね」
「……で、甘いもん食べて、そんで背中に生えた毛を抜くために、今度はカツ丼って話か」
「背中に生えた毛を抜く、なんて表現は生々しいけど、嫌いじゃなくてよ」
「そりゃ、どうも」
 話している最中も詩文は武彦曰くの所長デスクの上に腰を下ろし、事あるごとに艶かしく彼の顎を撫でている。最初はその積極的な仕草に内心ガッツポーズを取って見せたものの、ここまで積極的だと対処に困るというのが本心らしい。根っからの部分でそういう行為を好いていれば別ではあるのだが、零曰くの根っ子が真面目人間にはそこまでのポジティブシンキングは持ち合わせてはいないようだ。心のどこかで懺悔でもしているのかと内心愉しみながら、零は鳴ったチャイムに反応して玄関へと駆けていった。
「一応アヤカシの類から浮気調査までしてるんで一通りの知識はあるんですけど、嘘はいけないと思います」
 何故、敬語。
「本当はただ飯食らいに来たってことくらい、ばれてますよ」
 何故、視線を逸らせる。
 手の中の丼を二つ詩文に渡しながら、零は無言でツッコミを入れる。
「そうですわね。私の場合は、くしゃみをしたら直りますから」
 おどけて言いながら、詩文は割り箸を受け取った。
「それでは、お腹も膨れたことですし、失礼致しますね」
 カツ丼が余って仕方が無いと文句を言おうとした武彦は、食器同士のぶつかる音に視線をやり、思わず息を呑む。ものの一、二分もしない内に丼が軽く二つ、詩文の胃に収まっていたという事実は、俄かには信じがたい。割り箸も先の方しか汚れてなく、箸使いにも驚嘆させられる。
「それでは♪」
 やっと嵐が去るのかと安堵したのも束の間、詩文の顔が突然近付いて頬に生暖かい感覚と僅かに痛み。詩文が甘噛みしたのだという事実を認識し、顔が赤くなっていくも、
「あら、感染しちゃったかも」
 そう一言を残して詩文は興信所を去っていった。
 どこまでも詩文に勝てないことを自覚しつつ、頬の感触をどう拭うべきか考えあぐねながら。
「…………」
 まずは即刻ドアの張り紙を撤収するように、零に言うことにした。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6625/桜塚詩文/女性/348歳/不動産王(ヤクザ)の愛人】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

一歩離れた視点から書かせていただきました。
当事者としての内心は大変なことになっているのでしょうが、その光景に第三者的立場として参加するのは、(不謹慎であるのは承知ですが)愉しいものではないか、と。
そんなことを思いながら、愉しくキーを叩かせていただいてました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝