コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 夏の夕方は気だるい空気が漂っている。
 湿度も高いし、斜めに降り注ぐ日差しと長い影が人の判断を狂わせる。その独特の雰囲気は、まさに『逢魔が時』の名にふさわしい。
 ヴィヴィアン・ヴィヴィアンが、その店の前を通りがかったのもそんな気だるげな時間だった。
 その店はどうやらカフェとバーが兼用になっている店のようで、『蒼月亭』とと書かれた、木で出来た古い看板が下がっている。だが、ヴィヴィアンが目を留めたのはそれが原因ではなかった。
「あー、いい男がいるの」
 店の前にはちょっと伸びをしながら煙草を吸っている、長身で色黒の男がいた。何となくミステリアスな雰囲気で、ヴィヴィアンは思わずそこに近づいていく。
「こんにちはー」
 そう声を掛けると、男は笑いながら吸っていた煙草を口から離しヴィヴィアンにかからないように煙を吐きながら、ふっと笑って返事をする。
「こんにちは。その白いビスチェ似合ってるな」
 胸元の谷間を強調はしているが、暑苦しくなくスマートに見えるビスチェを褒めてもらったことにヴィヴィアンは嬉しくなった。
 サキュバスであるヴィヴィアンは意識せずとも相手を魅了することが出来る。だがそれではあまりにもつまらないし、色々言い寄られても鬱陶しいので普段は力をコントロールしているのだが、こうやって初対面からスマートに褒められるのも珍しい。
 ヴィヴィアンは微笑みながら、その男の前に立つ。
「ねえ、ここ貴方のお店なの?」
「そうだよ。俺がここのマスターのナイトホーク」
 そう言うと、ナイトホークは煙草を持ったまま入り口からちょっと横に動いた。店のドアには『Open』と書かれた看板が下がっている。そして、空を見上げて困ったように笑った。
「こんなに暑くちゃ、皆外出てこないよな…暇だからちょっと煙草吸いに出てきたんだけど、失敗した…暑い」
 確かに今日は暑い日だった。日が落ちかけているのに風もない。
 店の中をそっと覗き込むようにして、ヴィヴィアンは店のドアを指さす。
「暑いから、ヴィヴィアンも中で休んでいこうかな。何かサービスしてくれる?」
 どうやら店の中には客もいないようだし、ここで休んで話をするのもいいだろう。悪戯っぽく笑いながらそう言うと、ナイトホークはそっと店のドアを開けた。
「完熟マンゴーが旬だから、そのシャーベットでよろしければ。いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」

 店の中はカウンター十席と、四人がけのテーブル席が二つあるなかなか落ち着いた雰囲気の店だった。その一席にナイトホークはヴィヴィアンを案内する。
「いつもはこんなサービスしないけど」
「ふふっ、ありがと」
 かかっている音楽はレコードプレーヤーから流れている。ランプシェードや時計などもアンティークでこだわりがあるらしい。カウンターの中の棚には酒瓶が綺麗に並んでいて、バーとしてもなかなかいい雰囲気のようだ。
 そうやって辺りをきょろきょろと見回している時だった。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 ヴィヴィアンの目の前に、レモンの香りがする冷たい水がそっと置かれた。その声に顔を上げると、そこには茶色い髪の大きな目をした少女が、ニコニコと笑いながら立っている。店の名前が書かれた黒いエプロンと白いブラウス姿が可愛らしい。
「いやーん、可愛いー」
 両指を組みながら思わず声を上げると、少女はちょっと戸惑いながら微笑み、後ろの方にいるナイトホークを見た。その戸惑う姿もヴィヴィアンから見ると、可愛くて仕方がない。
「今、目の前の道でナンパした、お客さんのヴィヴィアン」
 ナイトホークから紹介されて安心したのか、少女はヴィヴィアンに向かってぺこりとお辞儀をした。
「あ、そうなんですね。私、従業員の立花 香里亜です。こんな綺麗な人に可愛いって言われると、何かすごい照れちゃうんですけど…ごゆっくりしてくださいね。こちらメニューになります」
「ヴィヴィアン・ヴィヴィアンよ。よろしくね、香里亜」
 そう言いながらヴィヴィアンは香里亜からメニューを受け取った。偶然通りがかって入ったのだが、ここは結構いい店かも知れない。居心地がいいし、何より店員を見ているだけで目の保養になる。美しいものや可愛いものが好きなヴィヴィアンにとって、この点はかなり重要だ。
 メニューをめくりながら、ヴィヴィアンは香里亜の顔を見る。
「ねぇねぇ香里亜、香里亜が得意なメニューってなあに?」
「えっ、えーと…ここで出してるデザートとかは、私が作ってます」
 デザート…マンゴーシャーベットもおそらく香里亜が作ったものだろう。それを聞き、今度はナイトホークの顔を見る。
「マスターの得意なのは?」
 ナイトホークは灰皿で煙草をもみ消しながら、笑ってシェーカーを指さした。
「コーヒーの味は保証するけど、さっきマンゴーシャーベットサービスするって言ったから、『テキーラ・サンライズ』とかどう?」
 確かにコーヒーとシャーベットはちょっと合わないかもしれない。せっかくなら二人が作った物を一緒に味わいたいので、ヴィヴィアンは悪戯っぽくウインクしながら右手の人差し指を振った。カクテルを勧めたと言うことは、ナイトホークから自分は二十代半ばに見えているのだろう。
「じゃあ、お勧めのそれをお願いね」

 出された『テキーラ・サンライズ』と、マンゴーのシャーベットを味わいながらヴィヴィアンは香里亜と話をしていた。香里亜は仕事が終わりと言うことだが、ヴィヴィアンの隣でシャーベットを食べている。
 ナイトホークはそれをカウンターの中でグラスを拭きながら聞いていた。
「ヴィヴィアンさんって、モデルさんとかですか?」
「違うけど、どうして?」
 香里亜の言葉にヴィヴィアンは目を細めてカクテルを飲む。
「いや…何か背も高いし、スタイル抜群ですし、素敵だなぁ…って。私、背低いから羨ましいです」
 そう言って微笑む香里亜を見て、ヴィヴィアンは思わず隣にいる香里亜に抱きついた。自分が羨ましいと思うことを、嫉妬せずに素直に羨ましいと言えるのは珍しいし、それが可愛くて仕方がない。
「いやーん、香里亜はそのままで可愛いの」
「はわっ!ヴィヴィアンさん苦しいですー」
 その微笑ましい様子を見ながら、ナイトホークはクスクスと笑いながら煙草に火を付けた。店の中に女の子が二人というのはなかなか華やかでいい。ヴィヴィアンは華があるので、カウンターにいるだけで絵になる。
「香里亜、男から見たらそれ羨ましいな」
 ヴィヴィアンから解放された香里亜がそれを聞き、困ったように溜息をつく。
「ナイトホークさん、それセクハラですよっ」
 それを聞き、ヴィヴィアンはナイトホークに向かってくすっと笑った。抱きついたりするのはスキンシップの一環で、ヴィヴィアンにしてみたらさほど抵抗はない。おそらくそれを知っていて言っているのだろうが、ちょっと困らせてみたいという悪戯心がくすぐられる。
「ホークちゃんにも、ぎゅーってしてあげていいわよ」
 その瞬間だった。
 ナイトホークの動きが止まり、微妙な表情になる。香里亜は目を丸くしながらもくすっと笑いをこらえる。
「色んな呼び方されてるけど『ホークちゃん』は初めてだ…」
「ね、ぎゅーってする?」
 どうやらヴィヴィアンの方が一枚上手らしい。困惑するように煙草を吸いながら、ナイトホークが手を振った。確かに大変嬉しい申し出ではあるが、それを普通に受け入れられるほど達観できていない。
「いや、俺が悪かったです。申し訳ありませんでした」
「ヴィヴィアンは別に構わないんだけど…ホークちゃん、ぎゅーとかイヤ?」
「大変魅力的な提案だし嫌いじゃないけど、店の中では無理っす。負けました」
 ヴィヴィアンはちょっと残念そうにナイトホークの顔を見た。でもこれ以上困らせるのも問題がありそうなので、シャーベットをすくってナイトホークの方に差し出す。
「じゃ、ぎゅーって代わりにあーんってしてあげる。はい」
 差し出したスプーンをナイトホークが口にする。それを満足げに見た後、ヴィヴィアンはそのスプーンにキスをした。
「ナイトホークさん、ヴィヴィアンさんにやられっぱなしですね」
 困ったように煙草を吸うナイトホークに香里亜が笑う。
 確かにいつもの調子が出ない。無邪気なヴィヴィアンの仕草や行動は、ナイトホークからちょっと読みにくい。可愛らしく見えたり、妖艶に見えたりするヴィヴィアンはまるで猫のようだ。
 そんな様子を見ながらヴィヴィアンは、ナイトホークの顔を見た。
「ねえ、ここって六年前は違う店だったわよね?」
 それを聞き、ナイトホークがやっといつもの調子で煙を吐く。
 ヴィヴィアンの言う通り、ここは六年前までは別の店だった。ナイトホークは東京都内を転々と移動しながら蒼月亭という店を続けている。それはいつまでも年を取らない自分が、同じ場所で店を続けることに対する限界があるからだ。ただ店の名前は『蒼月亭』と言うことにこだわりがある。
 ヴィヴィアンがこんな事を唐突に聞いたのも、ナイトホークが見かけ通りの年齢ではないことに何となく気付いたからだった。流れている気や辺りの雰囲気からそれが分かっていたし、五年前に新しい店を出したのなら看板も新しいはずだ。それなのに、最初に見上げた看板は木製の古い物だった。
 心配そうに二人を見る香里亜に、ナイトホークがふっと微笑む。
「そうだよ。五年前にここに移転してきた」
「でも看板は古いのね。お店自体がアンティークみたいなの」
 ヴィヴィアンは何か気付いているのかも知れない。ナイトホークは溜息をつきながら、空になったシャーベットのグラスを下げた。
 だがそれを聞いたのは、何かを探ろうとする意図ではなく純粋な好奇心なのだろう。それにピアスが飾られているちょっと尖った耳や、美しい銀髪に赤い瞳から、ヴィヴィアンがただの人間ではないということもナイトホークには分かっている。
 東京とはこういう街だ。人や、人じゃないものを何でも受け入れ許容する街…そんな事を考えながらナイトホークは笑って火のついた煙草をくわえる。
「店と合わせて、俺も付属品のアンティークみたいなもんだから。俺が店継いでから、五十年ぐらい経ってるんじゃないかな」
 すると、それを聞いたヴィヴィアンがにっこりと微笑んだ。
 隠して取り繕うとしないで、真っ直ぐ自分に向かってくるのは素敵なことだ。偶然通りかかった店だが、これはいい出会いだったのかも知れない。それにここに来れば退屈せずにすみそうだ。
「私と同じなの。あ、でも、もしかしたらホークちゃんの方がちょっと年上かも」
「あー…途中から面倒で歳数えてないからなー、でもヴィヴィアンの歳は聞かないどくよ。女性に年を聞くのは失礼だし」
 そう言ってお互いくすっと笑う。
 出会ったばかりなのにここまで話が出来れば充分だ。ヴィヴィアンがそう思っていると、隣で香里亜がじっと羨ましそうに二人を見ている。
「何か同級生の会話みたいで、ちょっと羨ましいです。二人に比べたら、私なんてぴよぴよのヒヨッコですね」
 ナイトホークがクスクスと笑ってコーヒーミルを出す。
「ぴよぴよ、帰る前にコーヒー飲んでくか?」
「あーっ、ぴよぴよって呼ばないでくださいよー」
 ちょっとふくれる香里亜の頬を、ヴィヴィアンが人差し指でちょんとつつく。
「ぴよぴよってなんか可愛いの。ホークちゃん、ヴィヴィアンにもコーヒーお願いね。ミルクたっぷりのカフェオレがいいな」
「かしこまりました」
 気だるい夕方だったはずなのに、何だか月が見える夜のように爽やかだ。
 ヴィヴィアンはコーヒー豆を挽くナイトホークを見ながら、店の名前が書かれたカードをそっとビスチェの胸元に挟み込んだ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4916/ヴィヴィアン・ヴィヴィアン/女性/123歳/サキュバス

◆ライター通信◆
ご来店ありがとうございます、水月小織です。
偶然通りがかってご来店いただくという話ということで、シャーベットをサービスさせていただいたり仲良く話しをする感じになっています。ナイトホークの年齢は127歳になるので、ちょっとだけ年上ですね…本当にちょっとだけですが。
「ホークちゃん」という呼び方は意外だったのですが、ちょっと困惑しつつも嫌ではないようです。
リテイクはご遠慮なく言ってくださいませ。
またのご来店をお待ちしています。