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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


□ 抱かれる魂 Heaven+Hell 〜天獄〜 □



+opening+

『私だけのあの人を手に入れる為なら、何をしてもいいわ』

「ねぇ、やめようよ」
 学生服に身を包んだ少女は、不安げな表情を浮かべ、友人の手を引く。
「何いってるのよ、ここまで来てやめられる訳ないじゃない。ブログにも書いたのよ?」
 いつになく強気な友人が口に出したことを撤回しない強情さを持っていたのを思いだし、松前美月(まさき・みつき)は、諦め半分でついていくことを決めた。

 始まりは一通のメール。
 スパムメールだろうと判断し、削除ボタンを押そうと何気なく目をやると、心惹かれる言葉が書かれていた。
『あなたの手に入れたいものは何?』
 欲望に忠実な人間が多い世の中だ。
 危機感を持たずに、すぐ下にあるアドレスにカーソルを合わせクリックする。
 現れたのは黒一色の画面。
 映っているのは自分の顔。
 真っ黒に塗りつぶされ、まるでブラックボックスのような得体の知れない何かを感じた。
 本能的に危険だと訴えて居たが、既に遅く。
 捕らえられた。


「草間さん? そんな嫌な顔しないで下さい。依頼しに来たんですから、お客ですよ、一応」
 草間興信所に現れたソフィア・ヴァレリーが、差し入れのティーゼリーをローテーブルの上に置くと苦笑した。
「で?」
 早速、箱の中からゼリーを取りだし、付属のスプーンで食べ始める。
「消える人間の調査をお願いしたいのです」
「それは何だ、消息不明の人間を捜せということか?」
「そうです。最近あちこちで人が消えて居るんです。消えただけですから、行方不明者リストに載る位ですね。言い方悪いですが、人が見つからなければ事件には発展しないんですから」
「そりゃ、消えるだけじゃ何もな……」
「姿を消すのを誰かが誘導しているとしたら? 始まりは一通のメールからだそうですよ」
 そういって、ソフィアは草間に判明している現在の状況を説明し始めた。

 メールはパソコンのメールだけではなく携帯メールでもあること。
 消えた人間はそれなりに年齢幅があり、悩みは大小あれど悩んでいた。
 場所は自宅の室内、アミューズメントパークのアトラクションの一つ、廃校、旅行先など、場所も疎らだ。
 姿を消す前まで一緒に居た、松前美月という少女がいる。

「なぁ、ソフィア。消えた人間は戻ってくるのか?」
「どれだけ強い思いをもっているか、だと思いますよ」



+interval1+

 常に茜色の空を見せている天獄の世界。
 それは互いの世界でも不変の空。
 天が属、獄が属の緩衝地帯にある天秤は緩やかに変化しようとしていた。
 鐘楼の上階に設置され、変化があれば両陣営に伝えられるが、今は微かに発光するのみ。
 ……未だ、世界は眠りについている。



「暑いわね」
 そういって、草間興信所の扉を開いて入って来たのはシュライン・エマだ。
 草間が見目涼しそうなスイーツを手にしているのを見て、来客があったのだと判断する。
「依頼でもあったの?」
 荷物を冷蔵庫に収納し、アイスコーヒーの入ったグラスをお盆に乗せて戻ってきた。
 草間が煙草のかわりなのか、手持ちぶさたに口に銜えたままのプラスチックスプーンをシュラインが引っ張る。そして、買ってきた煙草を手渡した。
(甘いのよね、私。こういう子どもっぽい仕草をする武彦さんの姿って)
「スイーツと依頼人といえば、ソフィアだ」
 草間としては、既にスイーツとソフィアにイコールが成立しているらしく、持ってきた依頼内容を一通り説明した。
「んー、そうねぇ、手に入れたいモノ……、モノじゃないものね。今後ともよろしくお願いします、なんてね」
 シュラインは、スプーンを持っていない方の手で、分かっているのか分かっていないのか、とぼけた表情を浮かべている草間の頬をむにっと引っ張った。
「さて、と。聞き込みの前に下調べね。表に出ていなくとも情報は色々出ていると思うもの」
 シュラインは仕事用に持参している、小型のノートパソコンを鞄から引っ張り出し、机の上に開いた。
「武彦さんは麗香さんにメール情報の確認お願いできるかしら。オカルトに関しての情報はアトラス編集部にも入っていると思うの。ネタになるかどうか判別されていない雑多な情報の中に紛れているかも知れないけれども、聞いてみて何か新しい情報が手に入れば御の字よ。そのかわり、解決した後はネタ提供お願いされそうだけど。その辺はソフィアさんと麗香さんの交渉次第ね」
「了解」
 草間は古き良き黒電話の受話器を持ち上げ、アトラス編集部の電話番号を回した。
「その間に私はゴーストネットOFFの掲示板や日記、ブログなどで上がっている情報を集めることにするわ」
 メールが送られて来ても、直ぐにはクリックしなかった者も何人かいたらしく、メールを貰って直ぐにクリックした人達が行方不明になった情報を入手して、クリックしなくて良かった、などと日記に書いてあったりするものもあった。
 シュラインは、会ったことのない人ごとながら、無事で良かったと胸をなで下ろした。
 調べている途中で、行方不明になって書き込みが途絶えたブログも何件かあり、レスコメントでは心配するコメントが書かれているのを見ると、ブックマークしてフォルダに纏めていく。
 ……救い出せると良いなと思いながら。
 草間が碇と話す声をBGMにしていたシュラインは、草間が自分のアドレスを口頭で教えているのに気付き、受話器を置いた草間にどうだった? とたずねた。
「あぁ、気になるのが何通かメールで届いていたらしいから、ひとまずシュラインのメールアドレス教えておいた。俺のノートパソコン、中古なのがいけなかったのか、うんともすんともいわなくなったんだよな。詳しい知り合いに修理頼んでいるんだが、そろそろ直る頃か」
「そういえば、数日見ないと思ったら、壊れていたのね……」
 修理代金どれくらいかかるのかしら、とちょっと心配になったシュラインだ。
(知り合いっていってたから、タダなのかしら。……貧乏性な思考が染みついちゃったわね)
「来たわ」
 碇からのメール着信を確認すると、シュラインは送られて来た内容に目を通した。


 興信所の扉についたガラスに人影が映り、暫くして扉をノックする音が響いた。
 入ってきたのは、天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)だった。折りたたんだ日傘と御神刀『神薙』が収められた刀袋を手にしている。
「祖父のお遣いの帰りで近くを通ったものですから。……何かお仕事が入ったご様子ですが、わたくしでお力になれるのでしたら、ご協力させて頂きます」
「この暑い中、着物着ているっていうのに、汗ひとつかいてないのはさすがだよな」
「慣れだと思います。和服ほど日本の気候に合ったものは無いと思いますから」
 珍しい草藤の柄が夏らしさを演出している。藤といえば、枝垂れ藤がよくモチーフにされているが、草藤と珍しい柄を使っていることから一点ものなのかも知れなかった。
「はい、撫子さん」
 シュラインがアイスコーヒーをローテーブルの上に置く。
「シュライン様、ありがとうございます」
「依頼人に貰ったんだが、美味しかったぞ」
 草間のすすめるスイーツに依頼人の予想がついたのか、撫子はゼリーを受け取りながらいった。
「もしかすると、依頼人はソフィア・ヴァレリー様ですか?」
「よく分かったな」
「甘い物がお好きだと以前、いっておられましたから。ソフィア様のご依頼、お久しぶりですね。今回はどのようなご依頼ですか」
 草間がシュラインに話した同じ内容を説明すると、撫子は数瞬思考したのち、考えを口にした。
「まずは何か知っていると思われる松前美月(まさき・みつき)様に事情をお伺いしてまいりましょう。姿を消した方々が直前まで会っていた人物が松前様であることから、手がかりが手にはいると思いますから」
(どうも、それだけではないと思うのですが)
 撫子は内心、思っている予想と違っていればいいと、微かに目を伏せた。
 外れることのない予感は、全てを見極める撫子の神眼『龍晶眼』によってさらけ出されるのも時間の問題だった。
「私も撫子さんに同行してもいいかしら? 関係者で接触できる松前さんには一度会っておきたいの」
「わたくしは構いません」
 撫子はシュラインを見上げ、宜しくお願いしますといった。


「暑いですね」
 そういって現れたのは秋穂敬介(あいお・けいすけ)だ。夏物の落ち着いた色合いのスーツに身を包み、ゆっくりとした足取りで入ってきた。
「こんにちは」
 シュラインは見慣れた草間のノートパソコンを取り出したのを見て、この人が修理をお願いしていた人ね、と思った。
「おぉ、直ったか!」
 草間は自分のノートパソコンを受け取ると、頬ずりせんばかりに喜ぶ。
「えぇ、それは。……ただ、もう少しマメにウィルスワクチンソフトの更新してくださいね。ファイル救出にちょっと手間取りましたよ。お預かりした時、そんなに急がれていなかったですけれど、急な使用予定でもありましたか?」
「依頼人がメールに纏わる依頼をしてきたもんだからさ。依頼で、私用のパソコンでダメージ受けさせちゃ悪いだろ、早めに修理終わってよかったよ」
「僕で良ければお力になりますよ」
「そうか、なら、シュライン、ノートパソコンに送って貰ったメール俺の方に転送してくれ。二人が聞き込みに行っている間に調べておいてもらうわ」
「わかったわ、武彦さん」
 シュラインと撫子は、同じ依頼を受けてくれることになった敬介に改めて自己紹介をしたあと、美月が良く出入りしている図書館へ向かう為に、興信所を後にした。


 草間はノートパソコンを敬介に手渡すと、転送されたメールと依頼内容を説明した。
「このメールも気になりますが、実際にそのメールアドレスに書かれているアドレスをクリックして行方不明になった人物のメールについては、依頼人のヴァレリーさんはお持ちでないですか?」
「そういえば、帰る時に手渡されたCD−Rに入っているといってたな」
 草間は書類の山になったデスクの上からCD−Rを取り上げた。手渡されて間もないために行方不明にならずにいたようだ。
「早速、辿っていってみましょう」
 敬介はシュラインが入れたアイスコーヒーを口に含んでから、キーボードに指を走らせた。
「まだ何個か残ってるな、秋穂、置いておくから後で食べろよ。なかなか旨かった」
「ありがとうございます。あとで頂きます」
 草間が煙草に火をつけ、紫煙を燻らせ一息ついていると、興信所の扉が開いた。
 法条風槻(のりなが・ふつき)だった。
「草間、頼まれていたの整理できたから持ってきた……あ、秋穂じゃない。こんなところで珍しいね」
 風槻は手近なところにあった団扇を手にして扇ぐ。
「こんなところとはなんだ」
 思わず返す草間に、
「だって、秋穂って普段、会社に籠もってるか、大学院にいるかだからね」
「たまには、こういうところにも足を伸ばしているんですよ」
 優しく口元に笑みを浮かべた敬介は画面から眼を離さずに、風槻に言葉を返す。
「依頼? まぁ、とりあえず、コレね。ため込んでいたスパムメールの整理しておいたのをMOに入れておいたよ。もちろん、ウィルスは除去済だから。見てると面白いのもあるから、暇なお留守番の時にでも見ておいたら? 膨大な数だから、時間潰すのにちょうど良いと思うし。あたしに依頼する? 秋穂は発信源とか特定するのは専門だから任せておけばいいけど、あたしは情報収集して解析するのが専門だから、ちょっと分野違うし、今回はロハにしてあげ……」
「頼む」
 ロハという言葉を聞いた途端、草間は即座に答えた。
 現金だねー、と風槻は笑うと、草間の前に置かれている箱が有名パティシエがいるケーキ屋のものだと気付いた。
「その中身、まだあるの?」
「おぉ、あるぞ。なかなか旨かったから、法条も食べるか」
「もちろん。スイーツって、一人分だけだと、わざわざ買いに行く気分にならないんだよね」
「依頼人のヴァレリーが甘味大王でな、依頼の時ごとに何かしら持ってくるんだ。その時のマイブームなスイーツらしい」
 そういうと、草間は依頼内容を風槻に説明した。
 風槻はティーゼリーを食べながら、自分の役割を考える。
「じゃ、あたしは行方不明者のデータから、居なくなった地点と日時、年齢性別、職業も。あと、メールを貰ってから行方不明になるまでの時間だね。秋穂、そのCD−R、こっちにも貸して。コピーする」
「わかりました」
 敬介から、CD−Rを受け取り、風槻は鞄の中から自分のノートパソコンを取りだした。メタリックレッドの薄型だ。職業柄、出来るだけ軽いものを選んでいるらしい。
「さて、と。かかりますか。携帯に来ている分は……」
 携帯会社が偏っていないかもみてみるが、どうやらそういったことはなさそうだった。
(他力本願で手に入れても、満足することはないと思うのにね)
「そういえば、あの子、名前どうしようかな。オスかメスか分からないし、ピンク色だし、色に纏わるのがいいんだけど。ふわふわだから、コットン……なんかしっくり来ない。ミルキー……甘過ぎかな」
 小さな声で、あれでもないこれでもないと呟いていたが、やがて言葉少なになった。
 風槻が集中し始めたのを見ると、草間は敬介の進行具合がどうなのか覗き込んだ。
「何かわかったか」
「えぇ」
 敬介は草間に見えるように画面を向けて、落ち着いた声で説明を始めた。
「メールのReceivedヘッダ情報を確認すれば、メールの発信源は辿れますから。それで調べてみたところ、メールマガジンのメール配布サーバを利用していますね。偽造ヘッダが付け加えられていると思ったんですが、どうも情報メーリングリストを入手して、送っているようです。送る相手が全員でないのは、そのメールマガジンを送っている相談サイトで相談内容を書き込み、相談を持ちかけている人物に絞っているからだと思います。メールを貰って、アクセスしなかった人は、その時には悩みは解決していて、その文面に惹かれなかったんでしょうね」
 家族や友人に相談しようとしても、気軽に話せない内容だと不特定多数のネットでの相談の方が、気楽に出来るのだろう。
「そうか」
「それでですが、この相談サイトの方、見てみたんですが、少し前に閉鎖していますね。閉鎖案内をサイトにアナウンスしてはいますが、サーバにはデータが残っていますから、そこを利用されたんですね。突然、頼りにしていた相談サイトが閉鎖されて、悩みを解決できていない人は不安な日々を送っていたんでしょう、そこをつけ込まれたのではと思います」
「ねぇ、その相談サイトって、『お月様の祠』?」
 風槻が顔を上げ、敬介を見た。
「そうです」
「ここってさ、あの……」
 風槻が続けていおうと思った時、メールの着信メロディが流れた。
「秋穂の?」
「えぇ」
 敬介は特定の着信音に指定してある相手だったので、それが誰からのメールなのか直ぐに分かった。
 特別な思いを抱いている相手だけに、微かに口元が緩む。
『今、自宅に居ます。用事が終わったら、会いたいな……』
 こわれれば嬉しくないはずがない。
 敬介は直ぐに返信すると、一転、不吉な予感が走った。
(まさか、それはないでしょう)
 即座に不安を拭い去ると、興味津々な風槻を見て苦笑した。
「何ですか、そんなに嬉しそうな顔をしなくてもいいじゃないですか」
「すっごく嬉しそうな顔してたんだもの、ふーん、そうかぁ」
「そんなことより。風槻さんは調べもの終わったんですか」
「うん、終わったよ。メールを見た人の一番の最新情報はお嬢様学校の子だね。昨日のだ」
「どこのお嬢様学校ですか」
「どこって、都内のここ」
 説明が面倒なのか、風槻は敬介にノートパソコンの画面を向けた。
「この学校は……」
 携帯電話を開き、千里の携帯にコールする。
 5回呼び出し音が鳴っても出ない。
 7回、8回……10回、留守番電話サービスに繋がる。
「今から千里さんのもとに行きます、待っていて下さい」
 敬介はいつになく真剣な表情で立ち上がると、風槻にいった。
「僕は千里さんのもとに向かいます」
「千里って……、ちょっとまって、女の子の家に男一人行くの!? あたしもついていくわよ!」
 慌てて、風槻はノートパソコンを掴むと、敬介を追いかけた。
「草間、あとはよろしく!」
「おう」
 草間は敬介が慌てて出て行くのを、珍しいモノでもみたという風に目を瞬かせた。


「やっぱり、飛び込んでみないと分からないもんね」
 敬介がメールを受け取る少し前、月見里千里(やまなし・ちさと)は、行方不明になった親友の携帯電話を見せて貰う為に、親友の家から出てきた所だった。
 昨日から行方が分からないと電話がかかってきてから、千里は共通の友人や知人の連絡先に連絡を取り、親友の行方を捜していた。
 学校では表沙汰にはなっていないが、生徒が数名行方不明になっていた。情報は直ぐに流れてくる。千里も友人から、行方不明になった人間について少しは聞いていた。
 でも、まさか親友まで行方不明になるなんて。
 何も進展しないまま一晩が過ぎた。
 このままでは、拉致があかないと千里は親友が持っていた携帯電話に目をつけたのだ。
 親友の両親とは面識があったため、直ぐに貸して貰うことができた。
 後一晩待って戻ってこなかったら、捜索願を出すといっていたので、それまで返す約束だった。
 マンションに戻り、リビングのソファに荷物を置いて、
「怪しいのって、これかな」
 千里は良くある迷惑メールが一通だけ残っているのに気がついた。
 メールが入ってきたら、迷惑メールは直ぐに削除するものだが、わざわざ一通だけ置いてあるあたり、これが件のメールに違いないと、躊躇うことなく開いた。
「あとは、と……」
 URLにアクセスしたかどうか履歴を確認すべく、ブラウザを開く。
「アクセスしてるんだ、やっぱり。虎穴に入らずんば虎児を得ず、っていうしね〜」
 千里はメールの方に画面を戻し、URLと文面に目をやる。
『あなたの手に入れたいものは何?』
(手に入れたいもの……)
 つきん、と千里の胸が痛んだ。
 会いたいのに会いに行けない恋人のことを思う。
 どれくらい会ってないだろう。
 ……本当は甘えたいのに。
 恋人の胸に飛び込んで抱きしめて貰いたい……!
 そう思ったら、自然とURLにアクセスしようと指が動いていた。
「駄目っ」
 だが、不意に一人の男性の顔が思い出され、ギリギリで回避する。
 携帯電話から離して、千里は言い聞かせる。
(今って、あの人、敬介さん仕事中かな)
 思いとどまらせてくれた敬介のことが気になり、千里は携帯電話を開いた。
「こういうとき、何ていったらいいんだろ……」
 携帯電話番号を電話帳から呼び出し、千里は考え込む。
「いきなりありがとうって、ヘンだよね……、うん、これで出そう」
 そういって千里はメールを送信した。
『今、自宅に居ます。用事が終わったら、会いたいな……』
 送った文章が千里の中で何回もこだまする。
 音のない部屋に一人でいると、余計に恋しく思う。
 そして、一度は手放した親友の携帯電話が千里の手に握られていた。
「会いたい」
 虚ろな目をした千里は、躊躇うことなくURLにアクセスをした。
 千里の身体は、糸の切れた操り人形のように、ぱたりとソファの上に倒れ込んだ。
『あなたの手に入れたいものは何?』
「………」
 微かに口元が動き、千里の閉じられた目から涙が流れた。


「ここね」
 シュラインと撫子は美月が図書館に出入りしているというので、やってきたのだった。
 ソフィアから提供された情報には美月の写真は無かったが、長い黒髪が印象的な少女だと書かれていた。
「美月様、おられると良いですね」
 撫子は日傘を折りたたむと、洗練された仕草で図書館の石階段を上った。
 一番暑い時間帯のせいか、図書館の中には人はあまり居なかった。
 隅々を見渡して、人目につかない読書スペースに綺麗な黒髪をした少女の後ろ姿を見つける。
 シュラインは、撫子に小さな声でいう。
「彼女かしら」
 シュラインにいわれ、撫子は振り返ると、美月らしき少女を視界に入れた。
「そのようですわ」
 撫子は美月が後ろを向いているのをちょうど良い機会だと、龍晶眼で見通す。
「やはり、美月様は加害者でもあり、被害者なのですね……」
 考えていたことが外れなかったのを、撫子は声に悲痛さを込めていった。
「関係者が加害者っていうパターンなのね」
 ソフィアは美月が怪しいと踏んでいたに違いない。
 だが、依頼してきた以上は思うところがあるのだろう。
 いつも飄々としているが、いざというときは冷酷に対処できるタイプだ。
 自分とは違う結末を作り出す、草間興信所の面々に期待したのかも知れなかった。
 二人の声に気がついたのか、美月はうっそりとした笑みを浮かべて、振り返った。
「初めまして、何かわたしにご用ですか?」
 あくまで知らぬ存ぜぬを通すつもりなのか、ごく普通の挨拶をしてきた。
「ええ、あなたが関わっている全ての人達、行方不明になっている人達を帰して欲しいの」
「どうして? あの人達、望みが叶ってとても幸せなのよ、夢の中だけど」
 美月は大事そうに胸の辺りを、自分で自分を抱きしめる。
「その場所に皆様はいらっしゃるのですね。返して頂きます」
 ぴん、と張りつめた空気が撫子と美月の間に走った。
「取引は成立しているのよ?」
「美月様はそれがどのような結末を迎えるのか、ご存じですか」
 全てを見通した撫子は、出来れば美月も救いたいと思っていた。
「無くしたものが戻ってくるのなら、構わないわ」
「自然の摂理に逆らった命は戻ってきたとしても、それはもう歪んでしまった命です。同じものは一つとしてありません」
 美月が失ったものがかえってくることがないのだと、撫子は諭す。
「美月さんと一緒に居る人達も、本当は分かっていると思うの。ただ、少し弱くなっていただけ。弱気な時は誰にだってあるわ、でも、いつかはその弱さを強さに変えて、前に進むことが出来るようになるの。美月さんも、強くなれるわ」
 シュラインは一歩、美月に近づく。
「駄目」
 美月がシュラインを制止する。
「何もしないわ」
「いいえ、するわ。あなたはわたしの決意を溶かしてしまうもの……」
 心が揺らぐ。
 誰かに聞いて欲しかった。
「いいじゃない、誰もあなたを責めないわ」
 シュラインは美月を抱きしめる。
 美月は安心したのか、ゆっくりと目を閉じた。
 何もかも受け入れる用意が出来たのだろう。
「撫子さん」
「はい、美月様もお救いしましょう」
 慈悲の聖母のような優しさをもって撫子は、行方不明になった人達全てに、美月にも道を照らし、出口を示す。
 美月に大切に抱かれていた魂は、自分の身体へと迷うことなく戻っていった。
 小さな煌めきが美月の胸からこぼれた。
「美月さんが目覚めたら、みんなが無事だったこと伝えてあげましょ」
「そうですわね」
 シュラインと撫子は間に合ったことを互いに喜んだ。


「ねぇ、千里さんって、一人暮らしでしょ。合い鍵持ってるの?」
「え……」
 千里が住んでいるマンションに辿り着いた風槻と敬介は、マンションの入り口で中に入れずにいた。
「……というか、ここ随分と良いマンションじゃない? 中から招待されないと入れないわよ?」
「そうですよね……、でも、千里さんが助けを必要としているんです」
 沈んだ口調の敬介に風槻は内心、溜息をつくといった。
「分かったわ、仕方ない、一肌脱ぐか。千里さんの部屋の番号教えて」
 敬介が千里の部屋番号をいうと、風槻は持っているノートパソコンを使うべく、階段に座り込んだ。
「まさか」
「いわないの。緊急事態なんだから、仕方ないでしょ。秋穂、今回は目をつぶってなさいよ」
「……はい」
 慌てて何も持ってこなかった敬介は、風槻の力を借りるしかなかった。
 セキュリティの確かなマンションだったが、風槻の腕前では遊戯に等しかった。
「はい、完了」
 一分も経たないうちに、風槻は画面から顔を上げた。
「行くんでしょ?」
「えぇ」
 立ち上がった風槻に敬介は頷くと、二人はマンションへと入っていった。


「千里さん!」
 敬介は真っ直ぐ、リビングに向かう。
 そこでソファの上で倒れ込んでいる千里を見つけた。
「千里さん、千里さん」
 敬介は千里を抱き上げ、呼びかける。
「ん……っ」
 千里は微かに身じろぎをした。覚醒に向かっているのだろう。
 敬介は千里の目元に涙の跡を見つけ、心が締め付けられた。
(自分が居ないところで、千里さんは泣いているんですね)
「良かったわね」
 風槻が、千里が大丈夫なのを見て取ると、敬介に声をかけた。
 手には携帯電話が握られている。
「草間に電話したら、もう大丈夫だって」
(気になるのは草間に聞けばいいか)
 風槻は、美月が誰と接触して今回の事件を起こしたのか気になっていたのだ。
「あれ? 敬介さん、どうしたの?」
 目を覚ました千里がいう。
「千里さんに会いに来たんです」
「……メール、見てくれたんだ」
「はい。返事もしました。でも今は、僕を見てください」
 以前に会ったときより積極的な敬介に、千里は可愛い面を見せて貰った感じがして、悪戯っぽく笑った。
「敬介さんもあたしのこと見ていて」
「……はい、もちろんです」
(熱いわ)
 風槻は千里と敬介の作り出すラヴい空間から追い出されるようにして、壁に凭れ、遠くから眺めていた。
(はー、秋穂って、好きな人ちゃんと居たんだ)
「先に草間のところに戻るわ」
 風槻は、ひらひらと手を振って、部屋を出た。
 二人に聞こえているのかは分からなかったが。



+interval2+

 鐘楼に設置された天秤が微かに傾く。
 目に見えないくらいの微かな傾きだが、天秤に変化をもたらした。
 天が属、獄が属、両陣営に変化が現れるのは先のことだが、着実に変化をもたらそうとしていた。



+ending+

「草間、今回は大成功ってトコ?」
「あぁ、そうだな」
 風槻は興信所に戻り、草間に聞く。
 シュラインと撫子は美月を念の為に病院に連れていっており、まだ戻っていなかった。
 千里と敬介はマンションに置いてきたので、いわずもがな、だ。
「気になるのは、まぁ、ソフィアを質問攻めにすれば、ぺらぺら喋ると思うぞ」
 どうも知的好奇心を刺激された風槻を見て、草間がいう。
「じゃ、ソフィアが来る時にでも、また来ようかな。美味しいスイーツにありつけるらしいし」
「了解。報告書出来たら、連絡する」
 草間は少し眠そうな風槻に、家に帰って寝た方がいいと思うぞと忠告する。
「そうする」
 風槻が帰るのを見送ると、草間はローテーブルの上のものを片づけ始めた。
 そういうことをすると、どことなく哀愁の漂う草間だった。



End

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【受注順】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【親和値:天が属+0・中立+2・獄が属+1】

【5426/秋穂・敬介/男性/24歳/ネットワークエンジニア・大学院生】
【親和値:天が属+0・中立+1・獄が属+0】

【6235/法条・風槻/女性/25歳/情報請負人】
【親和値:天が属+0・中立+1・獄が属+0】

【0165/月見里・千里/女性/16歳/女子高生】
【親和値:天が属+1・中立+3・獄が属+1】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【親和値:天が属+0・中立+3・獄が属+0】

【公式NPC】
【草間・武彦】
【碇・麗香】

【NPC】
【ソフィア・ヴァレリー/男性/記述者】
【ブラッド・フルースヴェルグ/男性/獄が属領域侵攻司令官代理・領域術師】
【クラーク・マージナル/男性/天が属領域侵攻司令官・占術師】


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■         ライター通信          ■
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初めましてのPC様、再び再会できたPC様、こんばんは。
竜城英理と申します。
文章は皆様共通になっています。
今回は犠牲者が出ていない珍しいお話になりました。
救おうと頑張って下さった皆様のおかげです。
ありがとうございます。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。

>シュライン・エマさま
再びのご参加ありがとう御座いました。
その後、美月が興信所の方にお邪魔するときは宜しくお願いします。
お気に召したら、幸いです。