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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


こんな時でも

 …いつもの事、である事に変わりはない。

 そう、事件事故は年がら年中あるもので、特捜が動く事も多い。
 そして今回もまた厄介な事件が――それも裏で人外が絡んでいると思われる事件が連続して発生していた。人外、そう来る時点で色々と面倒になる。まだまだそちら関連が絡んだ場合の案件についての法整備は遅れている――そちら関連の事象を理解し本気で取り組んでいる警察組織の人員も、増えて来てはいるが組織全体から見ればまだまだ少ない。
 結果、余程確り様々な可能性を広く捜査しておかないと、事件の真実そのものに蓋をされてしまう確率も高くなる。人外が超常の異能を利用して事件を起こした場合、法の理屈ではその異能を考えに入れなくとも説明は付いてしまう事があるから――そして世間一般にはその方が説明し易く、納得され易くもあるから。
 だから、そんな安易で罪深い道に流されてしまわないよう、真実を見逃さない為に俺――近衛誠司が今ここで捜査や資料集めに奔走していると言う訳になる。…疎まれようとキャリアの警視正。警察組織と言う権力社会に於いては充分上流に居る自分。発言権はそれなりに大きく持つ。…その為に学生時代に散々勉強してここまで昇ったとも言うのだが。まぁ、それは都合の良い手段であると言うだけでもあり。階級自体が目的ではない。
 同期はキャリアがそんな汗水垂らしてせずとも下に任せばおけば良いと言う。…然り。キャリアは初めから『指揮官』の役割を求められている立場な訳で『兵隊』の役割は求められていない。そして現場の刑事から見ればキャリアに手を出して欲しくない出させたくないと言う話も大多数。…それは確かにその通り、任せてしまった方が捜査が上手く行く事も確かに多かろう。そうやって下に任せるのが事件の速やかなる解決の為に最適で最上の手段となる――自分の頭で考えてそう判断できるならば、俺でも素直にそうする。…その「判断」をする事こそが『指揮官』の役目であるから。
 だが、全ての事件に関して等しく下に任せてしまった方がいいとは限らない、のも当然で。
 そして今回もまたそんな「任せてしまった方がいいとは限らない」方の事件。下に全て任せてしまうには――少々躊躇いを覚えてしまう類の事件になる。人外が絡んでいる可能性…がその最たる理由なのだが。
 同期の連中は…そもそもその辺の判断をする事すらろくにない。真実であろうと無かろうと話の辻褄合わせが出来れば文句はない。それが良かろうと悪かろうと自分では手を出さない。捜査の方での努力はしない。ただ階級に胡座をかいているだけで出世にしか興味がない。…努力の方向は総じてそちら側。
 それでいていざここぞと言う見せ場が出来るとそれこそ出さなくても良い余計な色気を出す。当然のようにしゃしゃり出て来てわかりもしない現場に頓珍漢な指示を出す。…実際見ていなくとも予測は付く。何故なら他の先達は大抵そうなのだから。
 これでは現場とキャリアに意識の隔たりが出来るのは当たり前。警察として本来第一としなければならない捜査にこそ支障が出てしまうだろうに。何故誰もわからないのか――否、わかろうとしないだけか。
 親切めかして俺に声を掛けてくる同期とて何も変わりはしない。…まぁ、俺のような者が側に居る以上、そんな考え方がある事も少しは頭の片隅に残っているだろうが…それでも彼らの頭の中の分類上では俺の考えは「変」である、と分けられていて精々だろう。影では俺の努力を鼻で笑っている事など先刻承知の上。
 …まともに取り合う事はない。だから掛けられる声に自然と返してしまうのも生返事。同期もそれ以上強く言う気はない。それで流れて話は終わる。これもまたいつもの事。
 結果、皆が姿を消し誰も居ない部屋の中、俺は居残り一人で捜査を続けている事になる。



 …何やら、近衛兄さんからの依頼が一族に持ち込まれていたそうです。

 詳しい事については私――久良木アゲハは一切触れていないのですが…それはそうですよね、近衛兄さんのお仕事も一族のお仕事も機密事項は多いお仕事なんですし、秘密は確り守り通さなければならないのですから。そんなところで私のようなただの『使い』が余計な事を知る必要はありません。余計な詮索などをしない事こそが、使いとしての私の立場では重要になります。
 私に詳しい事を知らせないのは、私を一族の稼業の剣呑な部分に極力巻き込まないように、と言う一族の皆さんの思いやりでもある事なんですし。…そう、私はアルビノと言う目立つ体質からしても性格からしても…他にも色々理由はありますが、とにかく一族の稼業には向きません。
 それでも、出来る事くらいは一族のお手伝いはしたい、ここまで育ててくれた御恩返しをしたい――と思っている私の為に、私でも何とかお手伝い出来るようなお仕事を回してくれるのですから、一族の皆さんは本当に細やかな気配りをしてくれる人たちなのです。本来、一族の稼業と関わりない道を歩むと決めた私などただ突き放しておけば良いところを、私の気持ちまで汲んで、見合った仕事をわざわざ選んでお手伝いをさせてくれるんですから。
 …ちなみに私がお手伝いする一族のお仕事としては、近衛兄さんへの使いである事が多いんですけれど。これもまた一族の皆さんが私を気遣ってくれているからなのだと思います。近衛兄さんなら私にとっても元々仲良しな知り合いの人になりますから。見知らぬ人相手に使いに出されるよりも、とても気は楽に持てるのです。近衛兄さんへの使いなら、一族のお仕事が絡んでいても怖かったり危険だったりする心配はあまり無いですし。
 近衛兄さんに届ける物、として渡されたのはたくさん書類が入っているらしい分厚い封筒でした。確りと承ります。が、封筒を私に託した一族のその人は、あ、そうそう、と突然思い出したように中身の入って膨らんだ大きな紙袋も続けて私に託して来ました。

 ?

 で、これもついでに持って行ってくれないかと言われました。
 何やら口振りや態度からしてこの紙袋はお仕事とは直接関係無さそうです。中身は布地――服のようですよね? 少し疑問に思いましたが、それでも訊く事はしません。使いに詮索は無用です。
 と、そう思ったのが顔に出ていたのか――着替えだよ、あいつ、多分ここ二、三日帰ってないと思うから――と笑いながら言われました。使いのついでに持ってってやってくれ、と。
 ならば勿論否やはありません。そんな理由なのでしたら、一族のお仕事そのものに関わる事でなくとも確り近衛兄さんにお持ちします。

 …でも本当に一族の皆さんは暗殺業などと言うこんな剣呑な稼業をしているのに、心遣いが細やかな優しい人たちばかりなのです。しみじみ思います。



 …夏だと言うのに風呂に入る時間も惜しんでいる自分が時々嫌になる。
 ここ二、三日は自ら泊まり込みまでして資料集めをしているのだが――本来管轄外になる場所まで含めた広範囲の情報が欲しい、となると中々思うように行かないもので。ただひたすら時間ばかりが掛かってしまう。
 資料集めの最中、ふと我に返ると己の身が気になる。幾ら空調完備の部屋であろうとまともな人間である以上それなりに汗はかく。シャツに皺が寄ったり袖や襟が少し垢染みてくるのは仕方無い。風呂に入りたい着替えをしたいと思う欲求は少なからずあって普通だ。が、今の俺は実家を出て都内での独身生活である故、洗濯をするのも新しい物を取りに行くのも自分でしなければならない。…別のその事自体に文句はない。承知で自分が決めた事。
 けれど。
 今はその時間さえ惜しい――そしてそう思う自分が、それら日常の雑事を切り捨てて捜査を最優先にする自分が――ふと嫌になる事もある。
 まぁ、何を思っても詮無い事なのだが。
 思ったところで今更変わる事でも無い。

 と、そんな折に連絡を受けた。俺への使いである人間がロビーに来ていると。連絡を入れてくれた者は何やら奥歯に物が挟まったような挙動不審な口振りだったが…まぁそれはいい。『使い』と聞いただけでこちらが何の使いだかすぐにわかった以上、必要な用は足りている。
 来たと言うのはこの件の裏の資料を頼んであった、とある一族の使いだろう。今回の事件は少々複雑で、単純な事件として処理された中にも犠牲者が含まれている可能性があった為――最近の管轄外の出来事、それも警察サイドでは探り難い視点からの調査をそちらに依頼しておいたのだ。

 勿論、天敵の巣窟とも言えるこんな場所に身一つで直接来る以上、一族の事は隠して、表向きはただの使いになっているのだが。
 …全く、大胆な事だ。



 庁舎の受付まで来ました。
 そこで使いである旨を告げ、近衛兄さんへと伝えてもらうように頼みます。が、受付の人は私が近衛兄さんの名を出した途端、何故かきょとんと目を瞬かせ特別捜査隊の近衛誠司警視正の事ですかと強く再確認されてしまいました。…私の声が良く聞き取れなかったのでしょうか。…それとも私のこの髪と瞳の色に驚かれてしまったのでしょうか。それともまさかまさか、近衛兄さんに何か良くない事でもあったのでしょうか! 受付の人の反応に、私の方も思わず動揺してしまいます。
 が、そんな反応だった割には、受付の人は連絡そのものは普通にして下さったようです。つまり近衛兄さんはこの庁舎の何処かの部屋で普通に元気にしてらっしゃると言う事で、近衛兄さんに何かあったのかと言う心配だけは消えました。本当に良かったです。
 連絡をして下さってから、受付の人は私に対してもすぐ来ますよと声を掛けてくれたのですが…どうもその人の私に対する態度と視線に違和感を感じます。私がどうかしたのでしょうか? やはり私の思った通りにアルビノである容姿が目立つんでしょうか。それとも…私が高校生、学生のようだから夜出歩く事にあまり感心されないと言う事もあるかもしれません。私の格好が何かおかしかったりするんでしょうか。時々、変わった趣味の服や小物だとは言われがちなのですが…それが関係しているのでしょうか。どうなのでしょう。
 何だか落ち着きません。
 …受付の人に観察されているらしい事に困惑しながらも、私は暫くその場で待ちました。
 と、少しして、近衛兄さんの姿がロビーに現れました。見えました。
 漸くこれで、一族の使いのお仕事が果たせそうです。
 ほっとしました。



 …捜査資料と孤軍奮闘していた部屋からロビーまで降りてくる。使いの者と会う為――それだけの行動でも気分転換になるくらい、自分は部屋にこもりっぱなしだったらしい。外に出て気付いた。…根を詰め過ぎてもいた訳だろうか。気を付けねば。まともに頭が働かなくなっては元も子もない。
 ロビーに到着するまでの道程、一族からの使い、と聞いた時点でいったい誰がここまで来るのだろうとふと思考する――詮無い事とすぐに止める。

 …初めからよくよく考えてみれば充分過ぎるくらいありそうな事だったのだが、実際ロビーに到着してすぐに誰が一族の使いとして来たのかはわかった。
 大きな紙袋を両手に抱えた白い髪の少女が所在なげに佇んでいる。
 彼女は――件のあの一族の者とは到底思えない性格の少女、久良木アゲハ。
 ごくごく僅かな刹那の間、思考停止。良く考えれば受付の人間は使いが来たと連絡はして来たが、尋ねて来た者の名前すら伝えられていない。それで本来用が足りるのか――?――まぁ、今の俺の場合はこちらが誰か来る事を承知していたから良いようなものだが。
 何にしろ、一拍置いて、ああ、またかと思考が戻る。
 彼女が一族の使いとして来るのなら、何か裏があるのだろうなと即座に察しが付く。ロビーを歩く俺の足音に気付いたか、アゲハはくるりと振り返る。俺を見る。こちらに気付いて安堵したように微笑む。
 その瞬間、少し肩が軽くなった。お互い、軽く挨拶を交わす。それから書類の封筒をまず渡される。その中身を俺が確認したのを見てから、アゲハは抱えていた紙袋も俺にはいと差し出してきた。
 曰く、頼まれた物のついでに着替えも届けに来たと言う。お仕事大変でしょうから、と労いの声と共に。

 …。

 着替え。
 俺の。

 …。

 …まぁ、この子を俺の部屋に入らせたとは思えんが。
 恐らく他の誰かが勝手に部屋に入って見繕ったのだろう。
 …かの一族とて、この子にそこまではやらせまい。
 幾ら俺に対して嫌がらせ混じりの悪戯を飽きもせず仕掛けて来る一族の人間だろうと、稼業柄そのくらいの節度は持っている筈だ。
 …そう信じたい。

 だが助かった。元々、ちょうど着替えが欲しいと思っていたところ。これにばかりは有難うと素直に礼が出る。…かの一族もたまには良いサービスをしてくれるものだ。
 それから…そこまでこの一族の連中が考えたかはわからんが、こんな時に一族の他の奴のむさ苦しい顔を見せ付けられるより、この少女の笑顔を向けられる方が――比べるべくもなくマシなのも確かだ。

 どうせこの子もまた、あの一族の連中に無理を言って引きずり込まれたのだろう。
 …捜査が一段落したら届けてくれたこの子個人にも、お礼をしなければ、な。



 と。
 …今の近衛警視正、そこまでしか『余計な事』に頭は回らず。
 極力、捜査の方に思考能力を回しておきたいらしい。
 そうで無ければ恐らく気付く事が出来たのだが。

 ――…アゲハから誠司へ連絡を取り次ぎ、今もまだロビーで話している二人の様子をその目で確りと見ている受付の人間の、その頭の中に渦巻いているだろうとんでもない疑惑と誤解の内容を。

【了】