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<東京怪談・PCゲームノベル>


おいでませ、ハザマ海岸 〜海開き〜


 草間興信所‥‥灯京・池袋の片隅にひっそりと存在しているそこを知る者はそう多くない。それは、愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビルの一室に居を構えていた。しがない探偵・草間武彦と、探偵見習いである妹の草間零が細々と経営している興信所である。興信所という看板を掲げながら、扱う内容は千差万別。来るもの拒まず。否、慢性的な経営難から拒むことなどできないのだ。尤も、最近は所長も観念したようで一様に「何でも屋」と化しているようだが。

「兄さん、ハザマ海岸に遊びに行きませんか? 潮干狩りの件で、ハザマ漁業組合のほうから無料宿泊券が届いているんですけれど」
 麦茶の入ったグラスを草間に差し出しながら、零はその宿泊券とやらをデスクに置く。
「‥‥無料、なんだな。じゃぁ、適当に面子を揃えておいてくれ」
 草間は新聞を読みながら、適当に相槌を打つ。グラスの中の氷がカラン‥と音を立てて揺れた。
―― この暑さから開放されるんだったら‥‥正直、どこだっていいんだよ俺は!
 クーラーの調子が悪い、この夏を持ち堪えることができるだろうか。室内はじっとりと湿気を帯びた熱気に包まれていた。
 潮干狩りの件 ―― 遡ること数ヶ月前。
 草間興信所の面々は、無料潮干狩り大会という名目でハザマ海岸を訪れた。しかし、実際には「海岸で起こっている怪奇現象を調査・解決して欲しい」という大いなる陰謀と漁業組合の思惑があったのだ。
 潮干狩り ―― 否、調査の結果、それはハザマ海岸の守り神・来流海(くるみ)が見習い中ゆえ統率力が弱いために起こっていたことが確認されたのである。漁業組合のチラシの触れ込みから、解決の糸口を掴んだ草間興信所の元には毎月魚介類が無料で提供されていた。その中には時折、ハザマ海岸近辺のホテルや民宿の無料宿泊券が入っているのだという。
 そこにまた陰謀が隠されていることに、草間武彦は未だ気付いていないようだ。否、気付いてはいるのだが目先の避暑に心奪われ、気付かぬ振りを決め込んだのだった。

「えっ ハザマ海岸?」
 零から、ハザマ海岸行きを聞かされたシュライン・エマは思わず聞き直した。
―― 武彦さん、そろそろ『無料』に対して学習すればいいのに‥‥。
 5月の潮干狩りといい、6月の温泉といい。零から誘われる無料ツアーには、なにかウラがあるような気がする。しかも、翌月の月刊アトラスに関連記事が出ていたりするのだ。いつ取材に行ったのかと碇麗香を問い質(ただ)しても「特派員が居るのよ」の一点張りであった。
(まぁ、そういうことなんだろうけど‥‥麗香さんも人が悪いわね)
 草間兄妹が行くと云うのなら止めはしないが、そろそろ気が付いてはくれぬものか。行く先々で怪異逃避の深酒をし、その度に所長の世話をする身にもなって欲しい。尤も、その攻防は連敗中ではあるのだが。
「来流海さんが海の家を経営していて、そのお手伝いをして欲しいそうです」
「あら、今回は最初からギブ・アンド・テイクなのね」
「‥‥オイ。そんなの聞いてないぞ、零!」
 それまでデスクで黙って聞いていた草間が、異議アリ!と零を指差した。
「ちゃんと云いましたよ、わたし。ね、ブラックマンさん」
「‥‥いいえ。いつからそこに」
「居ましたよ、さっきから」
 夏も相変わらず黒衣のジェームズ・ブラックマンが、零の隣に立っていた。手には珈琲カップとソーサーを持っている。この暑さでもホットらしい。シュラインはこめかみ辺りに手をやって、軽く頭を振った。
「ジェームズ‥‥あなたのそのスーツ精神には感服するわ。申し訳ないけど、暑苦しいから脱いでくれない?」
「‥‥仕方ありませんね。そんなに見たいですか、高いですよ?」
『一生、着てろ!!』
 三人の激しいツッコミが入る。
「なんだか、こういうノリは久々な気がしますね」
「誰に云ってんだ、お前?」
「まぁ、お気になさらず。ところで、来流海さんからのご招待と聞きましたが。彼女一応、神様ですよね?」
「そうよね。守り神自ら、海の家を経営‥‥」
「あー‥‥周辺の治安や美化を維持するためには、結構コレが掛かるそうですよ」
 電話口で来流海さん、泣いていました。そう云って零は親指と人差し指で輪を作ってみせた。
――(見習いとはいえ)神様なのに‥‥。
 チリー‥‥ン。
 窓際に飾ってあった風鈴が、都会の熱風に揺れていた。

 海開き前日、一行はハザマ海岸へやってきた。
 ハザマ海岸は、県境に近い海洋遊戯スポットの集まった一帯である。河川の河口付近には干潟、数キロ先には砂浜と岩場、そして岬のほうには水族館を中心とした遊園地もある。
 怪奇騒ぎも夏の暑さには負けるのか、春頃と比べると人出は上々のようだ。
 そのハザマ海岸に足を踏み入れたのは、シュラインを含んだ草間興信所の面々、ブラックマン、そして菊坂・静(きっさか・しずか)である。
 来流海の店『来流海ノ茶屋』は、岩場に近い海岸の端の方にある。来流海曰く「新規参入なのでぇ、いい場所が取れないんですぅー」らしい。
 店を訪れると、そこには来流海以外の者が居た。着崩した和服姿の二十代と思しき女性と、来流海と同じ年ぐらいで黒い半纏姿の少年だ。それぞれ、先代守り神・深波(みわ)と、海坊主・海翔(かいと)というらしい。深波はすでに隠居の身であるが、今回の海の家の様子が気になって出てきたのだという。それに伴って、深波の眷属である海翔も借り出されのだ。
 それぞれ挨拶をし、雑談を交わす。
「静、聞きそびれたんだが‥‥クロスケと面識あったんだな、お前」
「ええ、彼は僕のパパなんです」
 そんな草間の問いに、天使の微笑み(ちなみに、草間には堕天使の微笑みに見える)で返す静。来流海がポンと手を叩いた。
「そうなんですかぁー! 年の離れてる二人がどういう知り合いなのかなぁって、不思議だったんですぅ。親子なんですね!」
 その瞬間、草間は来流海(一応神様)の後頭部をスパーン!と叩いた。
「んなワケねーだろが!しかもパパ違いだ」
「海の家を手伝ってほしいって聞いてきたんだけど、現状を教えてもらえるかしら?」
 草間を制しながらそう云い、シュラインは厨房の中を覗く。下準備されている食材や鍋の中がどうも気になるのだ。先程から漂う海の家には程遠い香りが、静も気になっていた。
「美味しそうではありますけど‥‥結構、重たそうですよね」
 静とシュラインは一緒に鍋を覗き込んだ。鍋の中身が、どう考えてもビーフシチューに見えるは二人の気のせいだろうか。
「それは、わらわが食したいと申したのじゃ。なにか問題が?」
 座敷の奥で寛いだ深波が、しれっと云う。二人は顔を見合わせて溜め息を付いた。
「これは、なにを煮ているのですか?」
 続いて厨房に入ってきたブラックマンは、ビーフシチューの隣の鍋を覗き込む。中でぐつぐつと煮えている、緑色の謎の液体。
「それは、心太を作ろうかと思ってぇ。天草を煮てますぅー」
 そう云って、来流海がにっこり笑って小首を傾げた。来流海が天草と云い張る物体がワカメに見えるのは、ブラックマンの気のせいだろうか。
―― なんというか‥‥ゴーイング・マイ・ウェイ?
―― 海翔って子が、とっても不憫に思えてきたわ‥‥。
―― どうぞ。このハンカチを使ってください。
 それは、三人の心が繋がった瞬間だった。どうやら、作戦会議が必要のようだ。

 その日の午後、一行は海岸近くのホテルの一室に集まっていた。海側に面した上層階で眺めもいい、ここから望む日の入はきっと見物であろう。ちなみに今回の宿泊費や飲食代等諸経費は、ホテルと漁業組合により負担されている。
「海の家でがっつり食事する人は少ないだろうから‥‥今からでも仕込んでおける、おつまみ系家庭料理とかどうかしら?」
「主食はスタンダードに冷やし中華やカレーなどどうでしょう? 海に浸かると意外に身体は冷えますし、温かい物も揃えておきたいですね。心太も好いでしょうが、作り方が間違っていましたね」
「そうですねー‥‥。海の守り神さんなのに、ある意味凄いですよね。ワカメを使うんなら、せめて海藻サラダとか‥‥」
「串物とか良さげだな、揚げでも焼きでも。立ち喰いもできそうだし」
「たまには良いこと云いますね、兄さん」
「‥‥‥‥‥‥」
 ウェルカム・フルーツを頬張りながら、それぞれ、海の家でやりたいこと、改善したいことを話し合う。
 シュラインは、剥き出しの店内メニューが気になった。場所柄、濡れ手で触ることが多いだろう。ラミネート加工やビニールをかける必要がありそうだ。座敷の座布団も良い物を使っているようだが、水着姿でも躊躇することなく座ってもらうには藁の座布団などが必要かもしれない。
 ブラックマンは、来流海が作りたがっていた心太中心に厨房の手伝いをするという。呼び込みは拒否するという。何故かと聞けば「暑いのが‥‥というか、強い陽射しが苦手なので」と宣(のたま)うた。皆一斉に『じゃあ、なんで来たんだよ!』とツッコミ。この気候でも全くと云っていいほど汗はかいていない様だが、海の家で接客するという他者への精神衛生上、スーツは如何なものか。一人我慢大会のように見えなくもない。深波からも「暑苦しい、寄るな」と云われ、結局、渋々(タダで)背広を脱いだブラックマンであった。
 静は、案内は苦手なので厨房の手伝いをしたいという。メニューに関してはブラックマンやシュラインと同意見で、先程聞いてきた限り、胃に重いものが多いようなので、あっさりさっぱりした軽食系を充実させるべきだと語った。
「零ちゃんは何かやってみたいこと、ある?」
 買い出し用のメモを書き付け、シュラインは顔を上げた。
 来流海の料理が(失礼ながら)アレな以上、彼女には呼び込みや接客に回ってもらったほうがいいだろう。零なら、厨房から接客までそつなくこなしそうだが、まずは本人の意思を聞いてみたい。
「そうですねー。厨房は定員オーバー気味のようですから、接客や呼び込みのほうがお役に立てますか?」
 それを聞くと、シュラインはにっこり微笑んで零を見た。気の回る子だ。それに、可愛らしい風貌の少女達に表を任せるのも、いいかもしれない。
「シュラインさんは、どうしますか?」
 遣り取りを眺めていた静が、シュラインに尋ねる。
「うーん、そうね‥‥。注文いろいろ聞いても忘れない自信があるから、店内の接客かしら。まぁ、臨機応変に、ね」
「はい!外国の方がいらしてもシュラインさんならお任せできますし、お店に出てくれていたほうが、わたしも安心です」
 リボンを揺らしながら零が頷く。シュラインは「ありがと」と云いながら零の頭を撫でた。

 翌日、ハザマ海岸の海開きである。
「それでは、今日一日頑張ってくださぁーい!」
「いえ、来流海さんも一緒にお願いしますね」
 海翔と揃いの半纏姿(帯や紐は白)になった静は、爽やかにツッコミを入れる。店の奥では、半纏と長い股引き(もちろん黒)を穿いたブラックマンが、前日仕込んだ料理を温めていた。零と一緒に看板を出したり、各所を確認しながらフンフンと頷いて店の中に戻ってきたシュラインも長い股引き姿だ。ブラックマンとは若干異なり、白で身体にフィットしたものである。
「天気予報でも云ってたけど、今日は暑くなりそうね」
「そうですね。日焼け対策は万全にしたいものです、シュラインもお気を付けて」
 冷やし中華・チャーシュー飯用に作った自作チャーシューを切り分けながら、ブラックマンは晴れやかな笑顔を向けた。
 まず、静と来流海が呼び込みをするために砂浜へ出て行く。人員は決して多くはないので、仕事はローテーションで行うことになっていた。
 貝殻で作ったコインを配りながら、静は砂浜を歩いていた。このコインは、深波が海辺の物の怪たちに徹夜で作らせた特製で『おいでませ 来流海ノ茶屋』と書かれている。席代代わりのお通しかデザートを無料にするものだ。当初はチラシを配ろうとしていたのだが「来て頂けなかったら、紙はただのゴミになってしまいますから」とブラックマンが提案したものだった。貝殻であれば、仮に浜辺に捨てられてしまっても自然のものなので、さほど迷惑にならないだろう。
 視線に気付きふと静が視線を上げると、日焼けをしているのかパラソルの下でうつ伏せになっている妙齢の女性と瞳が合う。女性は身体を軽く起こして静に話しかけてきた。
「こんにちは、おひとり?」
「こんにちは、暑いですね。僕、あそこの『来流海ノ茶屋』で働いている者です。コレ、よろしければ。お通しかデザートを無料でお出ししていますので、いらっしゃってください」
 穏やかな笑みを浮かべて、静は女性にコインを差し出す。女性はビキニの胸を押さえて起き上がり、そのコインを受け取った。
「そう‥‥ちょうど咽喉も渇いてるし、伺おうかしら。後ろ、留めてもらえる?」
 女性は静に目配せする。「失礼」と云いながら静はビキニの留め具を留めた。
「あ、静さん、お帰りなさい。いらっしゃいませー、来流海ノ茶屋へようこそ!」
 静が女性を連れ立って戻ってくると、店の前では零が串刺しフルーツを売っていた。今朝、静と零が一緒に用意したものだったが、どうやら盛況らしい。女性を席へ案内する通り際、草間は「年上の女ばっかだな‥‥」と呟いていた。
「こちらへどうぞ。ほかのご注文がお決まりになったら、声を掛けてくださいね」
 店に戻るまでに会話を交わし、頼まれていたアイス珈琲を取りに行くため、静は女性の席を離れる。メニューを受け取り目を通していた女性が、近くにいたシュラインに話し掛けた。
「あの、これ‥‥」
 怪訝そうな顔をし女性はメニューを指差している。その反応を見、シュラインは満面の笑みを湛えつつほくそ笑んだ。
 それというのも ――。
・ぅわぁ〜の晩餐(チャーシュー飯)
・遥か彼方からの使者(カレーライス)
・ハザマ海岸の秘宝(おつまみ盛り合わせ)
・緑の誘惑(茹で枝豆)
・海の妖精(心太)
 ‥‥などなど、大仰しいメニュー名が並んでいるのだった。
 そのせいもあり、メニュー看板をチラチラと見て店を覗き込んでいる通行人で、来流海ノ茶屋の前は少々ごった返していたりする。
「そう‥‥じゃ『ぅわぁ〜の晩餐』をお願い」
「かしこまりました。『ぅわぁ〜の晩餐』お願いしまーす」
 厨房に向かってシュラインは声を上げた。それを確認すると、ブラックマンは慣れた手付きで炊いた米を流水で洗い始める。
「おぅ、ネェちゃん。こっちにもチャーシュー飯3つ、くれ」
 シュラインの後ろを、ドヤドヤと男たちが入ってきて席を陣取る。その男たちの顔を見て、厨房にいた海翔は「あ!」と小さく声を上げた。隣りで3皿分の米を追加して洗おうとしているブラックマンが、海翔の顔を覗き込む。
「どうしたんですか、海翔くん?」
「あいつら地元の奴らなんだけど、海の家を冷やかしに来るんで有名なんだよ。ジェームズ、あいつらの分のオーダー、作んなくていいぞ」
「そういう訳にも‥‥まだ迷惑がかかった訳でもありませんし」
「いいって。そのうちシュラインや零にちょっかい出し始めるぞ?」
「じゃあ、コレを出しましょう」
 アイス珈琲を出そうと冷蔵庫の前に立っていた静が微笑む。一瞬きょとんとしていたブラックマンだが、静が手に持ったステンレスバットを見て、合点がいったように「そうですね」と意味深な笑みを浮かべた。
 バットから中身を掬い、黒蜜をかける。見た目は緑色の美しいゼリー、のように見える。その光景に、海翔はごくっ‥と喉を鳴らす。
 3皿用意すると、静は来流海を呼び寄せ、
「来流海さん。コレ、あちらのお客さんに出してもらっていいですか」
「わっ 綺麗ですねぇ。でも、お通しってコレでしたっけ?」
「ええ、あの人たちには特別に」
「でもー、そんな贔屓したら、ほかのお客さんに失礼ですぅ」
「ふふふ。それをあの人たちに云ってあげてください。きっと喜びますから」
 来流海の背を軽く押して、静は接客を促す。その様子を見ていた海翔はブラックマンを見上げた。
「なぁ、アレってさ‥‥」
「崩す前のジュレです、変なモノではないですよ。しかし、あの組み合わせはどうでしょうか? 人が悪いですね、静」
「ドレッシング用に調整しましたからね。でも、どう頑張ってもあれは心太にはできないから、有効活用できて良かったんじゃないですか?」
 海翔が顔を向けるとそこには、腕を背中側で組んで肩を竦ませ微笑んでいる静が立っていた。
―― わかめゼリー、黒蜜がけ。
 味を想像したのか、海翔は苦々しい表情をする。チャーシュー飯のトッピングをしながら「お前ら、悪魔だ」とブツブツ云っていた。
 店内では、先程案内した女性とシュラインが男たちから絡まれていた。草間は零と一緒に串刺しフルーツを売っていたが、騒がしい声に気付いて振り返る。シュラインの目配せに気付き店内に入ろうとするが、奥でブラックマンが制するのが見え立ち止まった。
「いらっしゃいませーっ! こんにちは、若衆さんたち!! お通しでぇーす」
 男たちのテーブルへ、ゼリーを持った来流海がやって来た。それぞれの前へ皿とスプーンを置く。
「おお、気が利くな嬢ちゃん」
 来流海は自分が作ったモノがメニューとして出されたので、ニコニコしながらゼリーを食べる様子を見ていた。男たちの興味が目の前に出されたものを食す方へいった隙に、シュラインは女性と席から離れる。心の中で「ご愁傷様」とシュラインは呟いた。
 男たちがゼリーへ手を付ける。そして皆一斉に吹き出した。
「な、なんだこりゃー!」
「えっ ゼリーですよぉ?」
「だから『なに』のゼリーなんだよ!!」
「わかめですぅ。緑色が綺麗ですよねぇ〜」
 トレイを胸に抱きながら、来流海は満面の笑みを男たちに向ける。この味に恐れをなしたのか、一人また一人と若衆が席を立った。入り口に立っていた草間が「毎度ー、席代は要らないよ」と見送った。
「だ、大丈夫かしら、あんな追い出し方して。変な噂を立てられないかしら‥‥」
「うむ、大丈夫じゃシュライン。あ奴らは、この辺りでは誰も相手にしない馬鹿次男三人衆じゃ。いや、別に次男坊が皆馬鹿だと云っておる訳ではないぞ。たまたまあ奴らが、できの悪い次男の集まりだというだけじゃ。ほれ、ご婦人の料理が出来たようじゃぞ。席にご案内せい」
 一番奥の座敷で、やっぱりビーフシチューを食べている深波がスパッと云った。

 午後2時過ぎ。昼食のピークもようやく過ぎ、そろそろ順番で休憩をとる事にした。
 水着にパーカーを羽織ったシュラインが茶屋の外へ出ると、日陰に草間が座り込んでいる。
「武彦さん、お疲れ様。フルーツ売りでずっと日当りだったから、喉渇いたでしょ?」
 手に缶ビールと枝豆、煙草と灰皿を持ったシュラインは、草間の隣りへ腰掛けた。
「そうだな、一時はどうなることかと思ったが。泳ぐか?」
 受け取った缶ビールを開けようとしたが、シュラインの格好を見て手を止める。さすがの草間でも、酒を飲んで海に入るなどという狂酔はしないつもりだ。
「うーん、暑いから海に浸かりたいけど‥‥どうも、お店のことが気になっちゃうのよね」
 肩を竦ませ、苦笑いする。その言葉を聞き、草間はプルタブを引いて缶ビールを開けた。
「まぁ、その、なんというか。悪いな、付き合わせて」
「どうしたの? 変なモノ、食べた?」
「‥‥喰うか、犬じゃあるまいし。せっかく海に来たのに、楽しめなくて悪かった」
「そう? まぁ、準備は慌しかったし、思ったよりお店も盛況で忙しいのは確かだけど。来流海ちゃんも喜んでくれているみたいだし、お手伝いは嫌いじゃないから、これでも楽しんでるんだけど?」
「そうか。ならいいけどな」
 頭をワシワシ掻きながら草間は缶ビールを呷る。その様子を見たシュラインは微笑み、ミニサイズの缶ビールを開け口を付けた。

 夕刻、陽も傾き人も疎らになってきたハザマ海岸。
 面々はゴミ袋を持ち、海岸のゴミ拾いをしている。草間の串ものの提案は良かったのだが、その場で食べず持ち帰った客の分の串の行方が気になっていたのだ。しかし、皆が懸念するよりゴミはあまり落ちていないようだった。
「今日は、本っ当にありがとうございましたー!」
 来流海が深々と一同に頭を下げる。
 正直、来流海は「とにかく海開きの日に店が開店できれば良い」程度にしか考えていなかったのだ。突貫工事ではあるが皆の助言があり盛況で、最初は遠巻きに見ていた近隣の海の家の人間たちも様子を見に来てくれた。
「お役に立てて、なによりです。今後は海翔くんも手伝ってくれるようですから、厨房は安心ですね」
 スーツに着替えた(深波が嫌がるので背広は着ていない)ブラックマンは、穏やかな表情で来流海を見た。
「‥‥ですね。ジェームズさんの料理の腕もそうですけど、海翔さんの包丁捌きが凄かったです。もし時間があれば、遊びに来ますね」
「来流海ちゃん、接客は向いているみたいだから海翔くんと二人で仲良くね。大丈夫、前に会ったときより堂々としてるわ」
「はいー、自信がつきました。頑張っていけそうですぅ。アルバイトさんはいつでも歓迎なので、よかったらお知り合いの方に宣伝してください。お宿の心配はありませんので、いつでもどうぞー」
「フフッ しっかりしてるのね」

 今日も時間があるのなら宿の手配はできる、とのことだった。静の後見人と連絡を取り承諾を得たので、一行はもう一泊ハザマ海岸へ宿泊することにした。
 昼間人手が多かったせいか、陽の沈んだ海岸は少々ひっそりとしているように感じる。が、来流海ノ茶屋は遅くまで光りが点り、笑い声が絶えなかったという。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC番号順

【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 5128 】 ジェームズ・ブラックマン | 男性 | 666歳 | 交渉人 & ??
【 5566 】 菊坂・静(きっさか・しずか)| 男性 | 666歳 | 高校生、「気狂い屋」
【 NPC 】  来流海、深波、海翔、草間武彦、草間零

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
ハザマ海岸シリーズ第2弾となりました。ハザマNPCズも弄っていただけて嬉しい限りです。
皆さまにご協力いただいた新メニューは、来流海ノ茶屋レギュラーメニューとして店頭へ引き続き出されるようです。
なお、来流海が秋口に海の家を手伝っていただいた皆様へ労いのもてなしを考えているようです。機会がございましたら、ぜひ覗いてやってください。

後日、らめるIL異界「おいでませ、ハザマ海岸inモノクロリウム」にて、ハザマ海岸連動の異界ピンナップが募集予定です。
今年の夏の思い出に、記念のピンナップなどいかがでしょうか? ご参加お待ちしております!

2006-08-15 四月一日。