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<東京怪談・PCゲームノベル>


彼女はアイドル! 〜ないしょのかんけい?〜



 安藤浩樹は、ぼんやりとテレビを観ていた。
 そこに映っているのは最近よくテレビに出るようになった、一人の少女。グラビアアイドルだ。
 頬杖をついてそれを眺めている。
 画面を飛び交う小さな星。夜空の星を眺めて、ベランダでペットボトルから一口飲む、チャイナドレスを着た彼女。
 テレビからは「ミッドナイト・ティー」がどうとか言っている声が聞こえた。
 浩樹はテーブルの上に投げていた携帯電話を取ると、早速メールを打ち始めた。
「浩樹ー、早くお風呂入りなさーい」
 台所から響いた間延びした母親の声に「はーい」と声を返すが、浩樹は動く気配がない。
 彼はメールを打ち終えて、送信、した。
 そんな彼の表情は緩み、小さく微笑んでいた。



 風呂からあがって部屋に戻ると、コンコンと音がして浩樹はそちらに顔を向けた。
 窓を軽く叩いている人物がいるのだ。
 ぎょっとして彼は窓に駆け寄り、すぐさま開ける。
「く、くるみちゃん! 危ないよっ」
「だって浩樹くんメールくれたでしょ?」
 にっこり微笑む少女は、風呂に入る前に浩樹がテレビで観ていたあの紅茶のCMに出演中の……。
 窓から入ってきた少女は笑顔で尋ねてくる。
「今回のCMどうだった? チャイナドレス、似合ってた? 靴とか可愛かったでしょ?」
 彼女は早口で喋らない。これでも彼女には精一杯の早さなのだろうが、浩樹からしてみれば通常の会話と同じだ。急いで喋っているように感じるだけ。
「うん、かわいい」
 こくこくと頷いて返事をすると、彼女は安堵したように大きく長い息を吐き出した。彼女の大きな胸が穏やかに上下する。
「良かったぁ。今回2パターンのCMなんだけど、一つは何も喋らないから心配してたの」
「あれ? そうなの? じゃあ僕が見たのは何も喋らなかったほうだ」
「そうなんだー。もう一つはいつもと同じタイプのだよ。今回キャンペーンやるとか……えと、どうだっけ……?」
 首を軽く傾げてみせる。こんな仕種も、計算でやっていたらどうかと思うがそうではない。
 彼女はマネージャーに説明されたことをどうやらほとんど忘れてしまっているらしかった。忘れっぽいわけではないが、一度聞いただけでは曖昧に憶えてしまい、忘れてしまうことが多い。
「最近よく売れてるからね、あの紅茶」
「浩樹君も飲んでくれてる? おすすめはアップルだよ?」
「…………」
 と、言われても。
 苦笑する浩樹は頷いた。
「飲んでるけど、僕はストレート派だから」
「甘いほうがいいのに〜」
 少しだけ唇を尖らせた彼女は、浩樹のベッドの上に腰掛けた。
 浩樹はその様子を眺める。
 普通ならありえない話だ。芸能人が平然として自分の部屋に存在しているなんて。
 彼女の名は七種くるみ。現在人気急上昇のアイドルだ。
 そんな彼女とは幼馴染。家も近い……いや、窓から入ってきた様子を見れば一目瞭然ではあるが、隣が彼女の家である。
 家族ぐるみの付き合いをしてもう10年だ。月日は早いものである。
 10年という歳月の中で、昔から可愛かった彼女はますます可愛くなり、胸も大きく育ってしまった。スカウトされてアイドルになって、今に至る。
 だが、浩樹はそんなくるみとお付き合いをしている状態である。彼氏彼女の関係、というわけだ。
 真っ赤になって「す、好きだ、くるみちゃんのこと!」と告白したあの一世一代の場面を思い出し、浩樹はかぁ、と頬を赤く染めた。思い出すだけで恥ずかしい。
 彼女は少しだけ頬を赤くして、にこ〜、と可愛らしく笑った。
「私も浩樹君のこと、好きだよ〜」
 そうやって付き合い始めたわけだが……浩樹はこの交際のことを公言することができなかった。
 この告白の後、彼女が出演した「真夜中の紅茶」のCMが、一気に人気になったのだ。それに伴い、くるみの人気もあがった。
 売り出し中のアイドルに、男の影は不要だ。浩樹は彼女のマネージャーからもきつく言われている。
 絶対に、交際していることを世間に知られてはならないと。
 そのため、デートも満足にしたことはないが……それでも浩樹は満足していた。彼女の頑張っている姿を、公共の電波からうかがうことができるのだから。
 誰にも知られることのない関係だが、幸せなことだ。
 毎日会うことができない恋人や、遠距離の交際をしている人だって世の中にいる。だが自分は。
(直に会えなくても、テレビで彼女の姿が見れたり……声が聞けたりできる)
 本当に時々だが……こうして会うこともできる、し。
 と、そこまで考えて浩樹はハッと我に返った。
「ダメだよくるみちゃん! 誰かに見つかったらどうするの!?」
 慌ててしまい、いつもつけている厚いメガネがズレたので押し上げる。
「誰かって?」
 首を傾げるくるみを立たせた。
「決まってるだろ? マスコミとか、記者とか、そういうのだよ!」
「うちに張り込んでたりするわけないよ。私、そこまで有名人じゃないもの」
「だーめ。面白いネタがない時は、どんなものでも使う記者もいるんだから。気をつけないと」
 ほらほら、とベランダに押し遣る。背中を押すと彼女はむぅ、と眉をひそめた。
「……なんか浩樹君、私がここに居るの、嫌がってるみたい〜」
「そ、そうじゃないよ」
「じゃあどうして〜?」
「あのね、マネージャーさんからきつく言われてるでしょう? 僕たちが付き合ってることは、世間には内緒なんだよ?」
「付き合ってるけど……今までとあんまり変わってないよ?」
 小動物のような目で言うくるみに、浩樹は渋い顔をする。
 付き合ってはいるけれども……確かに今までと関係は全く変わっていない。
 幼い頃と同じような感覚でいるくるみに、浩樹は言う。
「じゃあくるみちゃんは、僕以外の人と付き合えって言われて……付き合うの?」
「それはないなぁ。私が好きなのは浩樹君だもの」
「それだよ、それ! 好きな人がいるってことも言っちゃダメだって、わかってる?」
「………………」
 しばし考えていたくるみは、「ああ」と、やっと納得したような声を出した。
「そっかぁ。だから浩樹君のこと知られちゃいけないのね?」
「そうだよ」
「わかった」
 にこ、と微笑むとくるみはベランダの手摺りを登ろうとする。浩樹は自分でやっておいて、今さら気づいた。
 彼女はスカート姿だ。いくらなんでもこの姿で、幼い頃と同じように帰らせるわけにはいかない。
「よ、いしょ」
「じゃないよ! ダメダメ! 玄関から戻って!」
「ええ? めんどうだよぉ」
「面倒じゃないよ! くるみちゃんはもう高校生なんだから!」
 必死に言ってくるみの腰にしがみつくと、彼女は「うーん」と首を傾げた。
「昔ほど身軽じゃないけど、これくらいは大丈夫よ?」
「危ないってこともあるけど、それだけじゃないの!」
「えー……わかった。浩樹君がそう言うなら……」
 渋々というようにくるみがベランダから離れた。安堵した浩樹は微笑む。
 昔からそうだ。くるみは天然なところがあるので、浩樹はこうして冷や冷やすることが多い。
 浩樹もだいたいはぼやっとしていることが多いのだが、くるみのほうが酷いのだ。
 時々思う。
(くるみちゃんて……僕の何が、ううん、どこが好きなんだろう……?)
 じゃあ帰るね、と彼女は浩樹の部屋のドアを開けた。
 浩樹が彼女の部屋にベランダから行かなくなったのはいつからだろう? 彼女は今もその頃と変わらないのに。
(僕だけ何かが変わってるのかな……成長してるから? でも僕は……小さな頃からくるみちゃんが好きだった……今も好きだ)
 彼女の後ろ姿を見つめていて、浩樹は不安になることもある。
 芸能界は華やかで、浩樹の居る世界とは違うものだ。あの華やかなところで頑張っている彼女は、なぜ平凡な自分を好きでいてくれるのだろう? いつか……。
(……くるみちゃんが僕を嫌っても、僕はずっと好きでいるような気がする……)
 彼女の幸福が、僕の幸福。
 ぼんやりと考えていると、くるみが自分を呼んでいる声に我に返った。
「ねえ浩樹君てば」
「あ、ご、ごめん。なに?」
 振り向いてこちらを見ていたくるみは、小さく微笑んだ。
「今度写真集出るんだー。ねえねえ、一冊いるならあげるよ?」
「写真集って、水着の?」
「水着もあるよ」
 それはそうだろう。彼女はグラビアアイドルなのだ。今はCMによく出ているだけ。
 浩樹は少し困ったような、それでいて笑っているような、曖昧な表情を浮かべる。
「そう。でも、僕は自分で買うから。売り上げに協力するよ」
「……浩樹君て、水着の写真の話になると無口になるよね」
「えっ、そ、そう?」
「うん」
 肌の露出が多くて困る、とは言えない。自分一人ならまだしも、多くの人が見るものだ。男心としては複雑になってしまう。
「き、気にしないで。ほら早く帰らないと」
「近いけど送ってよぅ」
「……くるみちゃん、僕の言ってたこと、ちゃんと聞いてた?」
 もしも見つかったら、と思うと冷汗ものだ。だが浩樹はくるみに向けて微笑む。
「いいよ。じゃあ今回だけね」
「うんっ」
「あと、ベランダから来たらダメだよ? いい?」
「どうして?」
「……ここは二階だから危ないの」
「大丈夫だよー」
「大丈夫じゃないよ、僕の心臓が」



 ひらひらと手を振って帰るくるみを、家の前で見送る。とは言っても、すぐそこなので、彼女が家に入るまできっちり見ることができた。
 ああ、こんなところ誰かに見つかったら……。
 どきどきと高鳴る胸。
「くるみちゃん」
 声をかけると彼女はこちらを振り向いた。辺りは暗いので、あまりはっきりと顔が見えはしない。
「明日お仕事なんでしょ? わざわざ来てくれてありがとう」
 そう言うと、彼女は少し息を呑んだ。そして……どうやら微笑んだらしい。明るい太陽の下でなら、きっと見えるだろうに。残念だ。
「うん。浩樹君は学校でしょ? 頑張ってね」
「くるみちゃんもね」
「もちろん」
 明るくそう言って彼女は自分の家に入って行く。姿が見えなくなってから浩樹は空を見上げた。丸い月が、見えていた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6612/安藤・浩樹(あんどう・ひろき)/男/17/高校二年生】

NPC
【七種・くるみ(さいくさ・くるみ)/女/17/アイドル】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、安藤様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 幼馴染ということで、ベランダからくるみを侵入させてみました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!