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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


満たされる花


◆花は不機嫌

「ただいまー」
「おかえりなさい兄さ――」
 ん、と言い終えかけた草間・零は、草間・武彦が片手に抱えている妙な植木鉢にたじろいだ。
 否、植木鉢自体はごく普通の茶色い円筒形なのだ。妙なのはそこに植わっているものである。
 一見白百合にも似たその花は、しかし武彦の顔を包み込みそうなほど巨大な頭をブンブン振って自己主張しており、左右に広がった長い緑の葉もビシビシと武彦の身体を叩いている。
「いてっ! コラ、暴れんなって!」
 明らかにこの世のものではない植物である。
 嘆息と共に歩み寄る零。
「兄さん、何ですかそれ」
「通称『夢食花』。ダチからもらった――っつーか押し付けられたんだよ。転売するなり里親募集するなり好きにしろだとよ」
「お嫌いな怪奇を自ら持ち込んでどうするんです」
「しゃーねぇだろ! あの野郎、俺にこいつを渡した途端逃げやがったんだ!」
「……もしや、ご友人はそのためだけに兄さんを呼び出されたとか?」
「昼飯はあいつの奢りでありがたかったがな! なんかやけにそわそわしてやがると思ったら、こういうことだったのかよ畜生!」
「とにかく、どなたかにご相談するしかありませんよね……」
 異形の花は、ギザギザの歯列が輝く大きな口を開け、元気良くシャーと鳴いた。確かにその名の通り食欲旺盛らしい姿と態度ではある。
 ひとまず植木鉢を床に置き、肩を回してほぐす武彦。零は屈んで花を間近に見つめる。
「このお花さん、かなりの量の食事を必要とするのでしょうか」
「だろうな。奴の話じゃ、人間の夢だの希望だのを喰うらしい」
「夢や希望……餌代がかからなくていいですね。節約の心をちゃんと理解されている善いお花さんです」
「や、そういう問題じゃねぇだろ」

 ――さて、花を模した怪生物と興信所の運命や如何に。


◆花は笑う

「夢や希望を食べる花ねぇ……」
 興信所事務員のシュライン・エマは、零につられてしげしげと花を観察した。
「愛嬌あって元気で可愛いし、この子がお腹いっぱいになってこっちも胸痛まないところ、探してあげたいわね」
「そういえば昔こんな花の玩具流行ったよな。音に合わせて身悶えるヤツ。懐かしい……」
 率直な感想を述べたのは、高校生の烏有・大地。
「や、身悶えるのとはちょっと違うだろ。しかしまた七面倒な花拾っちまって……」
 嘆息をこぼしたのは、同じく高校生の環和・基だ。デスクから生温い目で花を見つめている武彦に視線を投げ、
「で、どうすんだよ草間さん。ここに置いとく気ないんだろ?」
「ああ。とりあえず、どっかにやる前に夢や希望喰うかどうか試さねぇとな」
「あら、丁度いいものがあるじゃない」
 シュラインが手に取ったのは、武彦が愛読している競馬新聞だった。途端に当人が酷く焦る。
「あっ! シュライン、それ俺の――」
「はい、あーん」
 花はシュラインの手から新聞を口で取り、がじがじとよく噛んでから飲み込んだ。そしてぷはーと満足気に息を吐く。美味しかったらしい。
「まぁ可愛いっ」
「うわ、ぷはーって言ったぞ」
「意外とオヤジくさいんだな、こいつ」
「よかったですね兄さん、お花さん喜んでますよ」
「あぁぁぁ……俺の競馬新聞……っ!」
 泣き崩れる武彦をよそに、一同は花の今後の動向について話を進める。
「ていうか、夢や希望を喰っちまったら、心の黒い部分しか残らないとか言わないか?」
「そうねぇ。黒い人の黒い夢や希望も食べても平気だといいのだけれど」
「花がおかしな色に染まったりしたらかわいそうだよな。せっかくきれいな純白なのに。今のうちに携帯で撮っておくか」
「とにかく、お花さんには満腹になって頂くのが一番ですよね」
 うーん、と解決策を考え込む4人。最初に口を開いたのは基だった。
「この界隈で夢や希望にあふれてる場所っていったら、秋葉原かな」
「待て基。あそこは人間の夢や希望なんて欠片もないだろ。あるのは妄想と欲望だけだと思うんだが」
「大地、おまえ甘すぎるぞ」
 いいか、と基は淡々と講釈を始める。
「アキバはオタクの聖地だ。奴らは現実から逃避するために萌えを求めてやってくる。あの街にはオタクの夢や希望が腐るほどあり余ってるんだよ。それこそこの花が余裕で満腹になれるくらいにな」
「なるほど、なかなか良い観点ね環和くん」
「どうも。しかもあそこは枯渇に縁がなさ気だし、変なの連れてても目立たないし、花にとっても好都合ってわけ」
「ふぅん……言われてみれば確かに餌場には持ってこいかもな。でもそんなモン喰って腹壊したりしないだろうか」
「ったく、心配症だな大地は。やってみなきゃわかんないだろ。――ってことで草間さん、花の運搬と世話は任した」
 しかし武彦は未だ競馬新聞損失事件から立ち直れず、力無くデスクに突っ伏していた。
「あらあら、武彦さんたら口から魂が出かかってるわ」
「兄さん……」
 零の溜息に花のケタケタとした笑い声が重なった。


◆花は上機嫌

 武彦の車で移動し、一同は秋葉原に到着した。興信所の留守番は零に任せてある。
 花は余程武彦が気に入ったようで、抱えられつつも彼の頬に己の顔をすり寄せている。武彦も半ば諦め顔で花の好きにさせていた。
 くすくすとシュラインが笑みをこぼす。
「よかったわね武彦さん。この子嬉しそうよ」
「あー……なんで俺ばっか……」
 秋葉原は人口密度が高く、かなり蒸し暑い。歩道を進むのにも一苦労だ。
 高校生コンビは周囲を見回しつつ、
「ほら、餌になりそうなオタクがいっぱいだろ」
「ああ。花が嬉しくなるのもわかる気がする」
「しかしここは相変わらず人が多いな……」
 不意に、くらりと基の身体が傾いだ。
「基っ!」
 咄嗟に彼の身体を抱きとめる大地。武彦とシュラインが目を瞠る。
「オイオイ、大丈夫か?」
「こいつ貧血持ちなんですよ」
「暑さにやられちゃったのかしら……ひとまず日陰に移動しましょ」
「――その必要はないわ」
 突如発せられた可憐な女声。大地に支えられた身体は基のものではなくなっていた。
 ふたつに結った長い黒髪がさらりと揺れ、服装もいつの間にかミニスカートに変化している。道行く人々が振り返るほどの美少女が出現した。
 大地が息を呑む。
「元(はじめ)……」
「大地くん、お久し振り♪ もう、基ったら肝心なところで気絶しちゃうんだから」
「えーっと……誰?」
 武彦の問に少女は可愛らしく一礼してみせ、
「初めまして、基の双子の姉の元と申します。基と記憶を共有してますから、事の次第は存じておりますわ、ご安心を♪ あ、でも基は私のことは知りませんので、くれぐれもご内密に」
「はあ……」
「お花さん、おイタすると私の魔法で凍らせちゃうからねっ」
 シャー、と威嚇し返す花。シュラインはにこやかに様子を見守りつつ、
「素敵なお姉さんね。オタクさんたちの反応もいいみたいだし」
『萌えー!!』
 気付けば元の周囲にオタクの人垣が形成されていた。彼女を眺める者、写真撮影する者などさまざまだ。しかし当人は溜息をついて小声でぼやく。
「んー、オタクさんたちに好かれてもあんまり嬉しくないのよねー」
「元、あの花を満腹にさせるためにオタクの夢や希望が必要なんだ。元も協力してくれ、頼む」
 大地が耳打ちすると元は途端に機嫌を直し、
「大地くんのお願いならいいわ、まかせて! ――草間さん、その子を私に貸してくださいます?」
「あ? ああ」
 武彦から花を受け取って胸の前に両腕で抱え、そっと囁く。
「この人たちの夢や希望があなたのごはんよ。たーんとお食べなさい♪」
 すると花は大地が言った玩具のように身悶えて喜びを表現した。
 オタク達に向き直り、元は最大級のプリティースマイルを振りまいた。しかも魔法で色とりどりの花弁を舞わせて。
『萌えー!!』
 湧き上がる歓声、焚かれるフラッシュ。その間、花が掃除機の如く大きく息を吸い込んでいる。
 おぉ、と感嘆する武彦ら3人。
「もしかして、ああやってオタクの夢や希望を喰ってるのか?」
「みたいですね。俺にはただ息を吸ってるようにしか見えませんけど」
「凄いわー。これで満腹になれるかもしれないわね!」
 やがて口を閉じて何かを嚥下した花は、げぷっと息を吐いてひらひらと片方の葉を頭上で振った。
「おっ、満腹の合図か?」
「げっぷしちゃって、可愛いわねぇ」
 夢や希望を奪われたはずのオタク達には、特に何の変化も窺えない。やはり基の言う通り、枯渇とは無縁なのだろう。
 大地が元に駆け寄って報せる。
「元、もういいらしいぞ。花、なんか満足してるし」
「あら、そうなの? じゃあ帰ろっか、お花さん」
 シャー、と同意するように頷く花。
 追いかけてくるオタクの大群を振り切るように、4人と一輪は車を停めた場所へと走り出した。道中それぞれがしみじみと思ったことは。
 ――秋葉原の夢と希望、恐るべし。


◆花は眠る

「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが――」
 帰宅後、零とシュラインが花に絵本を読み聞かせると、花は物語の夢や希望の要素を吸収したのち、すやすやと眠りについた。きゅー、という寝息が何とも愛らしい。
 元から身体を返還された基が、大地と苦笑する。
「きゅーって、普段と鳴き声変わってるよこいつ」
「ま、何にせよ無事に満腹になってよかったな。おとなしいと可愛げも増すし」
「ねぇ武彦さん、この子、ここで育ててあげましょうよ。害はないみたいだし」
「んー、そうだなぁ……」
「兄さん、私からもお願いします。お花さんもここが一番居心地がいいと思うんです」
 妹にまで頭を下げられた武彦は、バツが悪くなったのか明後日の方向を見やり、煙草の煙と共に溜息を吐き出した。
「特にあてもねぇし、暫くはウチで面倒見てやるか」
「ありがとうございます!」
「ふふ、よかったわね零ちゃん」
 一同の笑顔に見守られた花は、うとうとと頭を揺らしてまどろんでいた。


―完―



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6604/環和・基/男/17歳/高校生時々魔法使い
5598/烏有・大地/男/17歳/高校生

■ライター通信■
このたびはご参加有難うございました!
皆様のおかげで花はすくすくと(?)満腹になることが出来ました。
よろしければ、愛と思いやりのあるご感想・ご批評をお聞かせ下さいませ。