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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


藍玉 + 変化 +



☆ ★


 今日も、彼女の周りには人が集まってきている。
 元々頭の回転が速いのだろう。彼女の話しは華やかで、話題性に富み、いつだって笑い声を響かせている。
 暗い表情なんて何もなく、幸せな1人の高校生として、彼女は話の中心で笑っている。

「ねー、鏡花、昨日のテレビ見たー?」
「見た見た!面白かったよねー!!」
「鏡花ー!教科書貸してくれる?」
「あ、うん、いーよー」
「そう言えばさ、前にどっかで航空機事故あったって言ってたじゃん?まだ行方不明の人が居るって」
「あー、そんなニュースやってたね」
「見つかったらしいね・・・遺体で」
「そりゃね、絶望的って言われてたんだからー!」
「でもさぁ、可哀想だよねぇ。姫宮さんって、夫婦ででしょ〜?」
「そうだね、可哀想だね」

 沖坂 鏡花。
 それは、従兄妹の苗字を借りただけの名前。
 彼女の本名は、姫宮 鏡花―――――
 日本人での唯一の犠牲者である姫宮夫婦の1人娘・・・
 けれど、周囲はソレを知らない。
 彼女は沖坂鏡花であって、姫宮鏡花ではないからだ。
 彼女はあくまで沖坂鏡花として神聖都学園に通い、たくさんの友達に囲まれて楽しそうに笑っている。
 今日も明日も明後日も、彼女の身には、悲しいことなんて起こらなくて・・・


 ――――それが、本当に幸せだと言うのなら、幸せなのかも知れないけれども・・・


★ ☆


 手に持っていた新聞紙を畳むと、沖田 奏は天井を見詰めため息をついた。
「・・・みつかったんだ、飛行機事故で行方不明だった夫婦」
 新聞に小さく載っていた顔写真を思い出す。
 父親の方は鏡花に良く似た面差しで、どこか危うい儚さがあった。母親の方は鏡花にはあまり似ておらず、凛とした強さを感じる美しい女性だった。
 そう言えば、鏡花は“新婚旅行に行って事故に遭った”と言っていた。
 恐らく、再婚なのだろう・・・。
 再婚に至るまでに鏡花が歩んで来た道筋は分からない。けれど、きっと・・・新しい母親に対する抵抗が薄らぎ、この人ならば一緒に歩んで行けると思ったのだろう。
 それが一瞬にして崩れてしまった、その時の鏡花の心境は容易に想像できる。
 そっと目を閉じ、この間見たばかりの彼女の姿を思い描く。
 沢山の友人に囲まれて楽しそうに微笑む鏡花。
 ・・・それが作り笑顔だと言う事は遠目にだって分かった。
「んー、鏡花ちゃんがあれで幸せならいっかと思ってたんだけど・・・」
 そっと目を開ける。
 今度はまた違う場面が目の前に蘇る。
 あの、夜の屋上で・・・鏡花と話した場面・・・。
 最後の言葉が、表情が、手を伸ばせば触れられそうなほど近くに浮かび上がる。
「・・・あの顔を見るとね〜」
 放っておくことは出来なかった。
 あんなに脆い表情をする人を、そのままにしておくことなんて奏には出来なかった。
「・・・完全に嫌われちゃうかなぁ」
 苦笑しながらそう呟き、それが意外に言葉にすると深刻な響きを持っているようで・・・奏は思わず唇を噛むと目を伏せた。
 嫌われたくはないけれど、それでも・・・進まなければ何も変わらない。
 変化を恐れて前に進まないために、何も変わらないのは悲しいと・・・思うから・・・。
 どう変わるのかは分からないけれど、それでも ―――――
 奏は机の引き出しからレターセットを取り出した。
 勿論これは、奏が買って置いたものではない。仲の良い女の子がくれたものだ。
 淡い水色の紙には等間隔に横線が引かれており、右隅には繊細な花が描かれている。
 “初めて会ったときに連れて行った桜の木で待つよ”
 綺麗な文字でそう書くと、同じ色の封筒に入れる。
 そこにも右隅に繊細な花が描かれており、そちらには黄色い蝶々が楽しそうに舞っている。
 裏に自分の名前を書き、表に・・・鏡花の名前を書く。
 “沖坂 鏡花”ではなく“姫宮 鏡花”宛てに・・・。
「来なかったら来なかったで待てばいいや☆」
 明るく言って、手紙を鞄に押し込める。
 使っていたペンにキャップをし、ペン立てに戻すとふっと再び溜息をつく。
 そう、来なければ来るまで待てば良い。
 ・・・何日でも・・・


 既に外は夕陽に染め上げられており、綺麗なグラデーションをした空はどこか儚かった。
 薄い窓越しに入ってくる光を背に、下駄箱の蓋を開ける。
 四角い小さな空間の中、茶色のローファーの上に淡い水色の封筒が入っていた。
「あれ・・・?」
「どしたの鏡花〜?」
 水色の封筒を取り上げ、表を見る。
 “姫宮 鏡花ちゃん”
 ペラリと裏に返せばそこにはあの人の名前・・・
「あれ?鏡花、ラブレター?」
「そんなんじゃないよ」
 苦笑しながらそっと封筒を開き、中の便箋を取り出す。
 あの人らしい文字の上に視線を滑らせる。
「ちょっとごめん、私、用事が出来ちゃった」
「えぇ〜!?なになに、やっぱラブレター?」
「全然、そんなんじゃないよ」
「えー!あっやしー!」
「違うってば」
 困ったような笑顔を見せながら、はしゃぐ彼女達に別れを告げる。
 オレンジ色に染まる世界の中に吸い込まれていく背を見送ると、鏡花は踵を返した。
 ・・・別に、行く必要はない。
 だって、あれだけ嫌いになると言っていたのだ。
 あの人だって、素直に来るとは思ってないだろう。
 でも・・・きっと、あの人はずっと待っている。私が行くまで、ずっとずっと・・・


☆ ★


 ザっと言う砂を蹴る音とともに、銀色の髪を靡かせながら鏡花がやって来たのは既に空の大半が色を失いかけていた頃だった。
 圧倒的な夜の気配を前に、昼は地平へと沈まなければならない、そんな時間帯だった。
「鏡花ちゃん、来てくれて有難う」
「別に、来たいと思って来たわけじゃないです。でも、来なければ貴方はずっと待ってるんでしょう?私のせいで時間を無駄にしてしまうのがイヤだっただけです」
「うん・・・でも、有難う」
「それで、何か用でもあるんですか?」
「・・・隣、座らない?」
 奏の言葉に鏡花が少しだけ迷う素振りを見せて、すっと近づくと隣に腰を下ろした。
 長い髪は地面につくほどだったが、鏡花は微塵も気にしていないようだった。
 オレンジ色の光が真正面から鏡花の顔を照らし出し、影の部分を濃く見せる。
 淡い青色の瞳に映る夕陽を暫く見詰めた後で、奏はそっと話し始めた。
「俺さ、両親に疎まれててね・・・一時期昔の鏡花ちゃんより酷いことになってたんだ。でもさ、ほら、俺毎日を楽しんでる。何でだか分かる?」
 鏡花の視線が真っ直ぐに奏の瞳を捕らえる。
 暫く無言で見詰め合った後で、鏡花はゆっくりと首を振った。
「だって俺は一人じゃないもん。俺を支えてくれる人達が沢山いる」
 寂しそうに、悲しそうに、鏡花の視線が下がる。
 自分にもそう言う人がいれば良かったとでも言っているようで、奏は思わず鏡花の細い肩に触れようと手を伸ばしかけ・・・ギュっと拳を握ると手を下ろした。
「鏡花ちゃんの言うとおり全部を一人で持って行こうとすれば確かに潰れちゃう」
 今現在の鏡花がそうであるように・・・
 人は、意外と脆く、儚く、弱い存在なのだから・・・。
「だから・・・俺にも鏡花ちゃんを支えさせてよ。もっと頼って欲しい」
「え?」
 驚いたようにか細い声を発した鏡花。
 青い瞳を大きく見開き、淡い色の唇を薄く開けている。白い歯が少しだけ覗き、弱くなっていくオレンジ色の光を反射する。
「コンクールの時覚えてる?あの時だって俺達で乗り越えられたじゃん☆」
「そう・・・ですけど・・・」
 困惑したように伏せる鏡花の瞳を覗きこむようにして、奏は今まで浮かべていた柔らかい笑顔を掻き消した。
「俺、キミの笑顔が・・・そしてキミが好きだ」
 真剣な言葉に、鏡花の瞳が揺れる。
 思ってもみなかった言葉に動揺している姿が可愛らしくて・・・触れたいと思う気持ちをなんとか押し込める。
「気持ち誤魔化してちゃダメだね。だから俺、正直に言ってみた」
 苦笑を向けたのは、少し照れ臭かったからと言うのもある。
 けれど大部分は、困ったように眉根を寄せて口元に手を当てている鏡花のその仕草に対しての苦笑だった。
 触れたいと言う気持ちにブレーキをかけるための、苦笑だった。
「私・・・。だって、私、何にもないじゃないですか。暗くって、引っ込み思案で、無理にでも自分を作っていないと・・・」
「そんなことないよ」
「・・・でも・・・だって、私なんて・・・奏さんに好かれるような、そんな・・・」
 頬に朱が差し、恥ずかしがるように両手で頬を押さえる。
 “奏さん”と言う呼び名が、甘い音を伴って奏の耳に優しく響く。
「きっと、奏さん・・・私が可哀想で、そう言っているだけなんじゃないですか?だって、私・・・なんの取り得もないし・・・」
 これだけ自分に自信の持てない子も珍しいと思いながら、奏は首を振った。
「可哀想だなんて思って言ってるんじゃないよ」
「・・・でも・・・」
「それじゃぁ、分かった。もし1週間経っても気持ちが変わらなければ、認めてくれる?」
「え?」
「俺が本気だって、認めてくれる?」
「・・・はい・・・」
 コクリと頷くと、鏡花の肩から髪がさらさらと零れ落ち、柔らかく吹いた風に乗って後方へと流されて行く。
「1週間後の放課後、もし気持ちが変わっていなければ一緒にお昼を食べたあの中庭で・・・」
「うん、分かった」
「待ってますから」
「それはこっちの台詞だよ」
「・・・もし、1週間経っても変わっていなければ・・・」
 鏡花が立ち上がり、恥ずかしそうに奏に背を向ける。
「私の事、呼び捨てで・・・呼んで、欲しい・・・です」
 途切れ途切れに聞こえて来た言葉に顔を上げ ―――――
「私の気持ち、ちゃんとした言葉にして伝えます。1週間後までに、きちんとした言葉を考えてきます」
 鏡花はそれだけ言うと、パタパタと音を立てて走り去って行ってしまった。
 ・・・まだ鏡花の返事は聞いていないけれども・・・
 真っ赤になりながらうろたえる鏡花の表情を思い出し、奏はふっと優しい笑みを浮かべた・・・。



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6078 / 沖田 奏  / 男性 / 16歳 / 新撰組隊士・神聖都学園生徒


  NPC / 沖坂 鏡花


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『藍玉 + 変化 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 今回はカッコ良い奏君を描けていればと思います!
 ビシっとしていてカッコ良い奏君に対し、うろたえてオロオロとする鏡花・・・
 なんだかすごーくイメージし易かったです(苦笑)
 鏡花の気持ちはバレバレですが、本人はバレていないと思い込んでおります。
 さて、とうとう藍玉も残すところあと1話となりました。
 もし1週間経ってもお気持ちが変わっていなければ、中庭へとお越し下さい。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。