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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【Gangish Boys】

「んでな、俺はきっちり調べ上げた。7日の日曜日! この日なら、凄腕の術師連中は儀式のために一晩中、ちょっとばかり離れたところにある山ん中にこもってるから、騒動があっても帰ってこれねェってわけだ」
 日の傾きかけた教室に、机を挟み椅子に座っている2人の少年がいる。机の上に広げられているのは、市販のガイドブック。開かれているページの1箇所に、赤いサインペンで丸が書かれてある。
 背が低く、色の白いほうの少年――天波・慎霰(あまは・しんざん)は、数日かけて練りに練った計画を、友人である和田・京太郎(わだ・きょうたろう)に聞かせているところだった。得意げな表情の慎霰とは対照的に、慎霰よりは背が高くやや日焼けした肌の京太郎は、苦虫を潰したように表情が優れない。
「……あのよ。分かってんの?」
「何が? んで、集合は20時に駅前ってことで」
 問いを無視して話を進めようとした慎霰に苛立ち、京太郎は机を軽く拳で叩いた。
 反動でガイドブックがわずかに宙へ浮かぶ。
「だ、か、ら! 帰りのホームルームで、8日からテストだって言われたばっかりだろ!? それでなくても前々からテスト期間ぐらい分かってんのに、なんでよりによって、テスト前日の深夜に危険な目にあわなきゃいけねぇんだよ!」
 椅子から腰を浮かせて一気にまくしたてた京太郎は、大きな溜息をつきながら椅子に座り直した。
 京太郎とて、模範的な優等生というわけではない。サボることの楽しさぐらいは知っている。だが、学校というものを完全に無視できるほど、奔放な性格でもなかった。
 対して慎霰は、その生まれのせいもあってか、人間界のルールに縛られないところが多い。よくも悪くも自由なのだ。
「ああ、そういえばそうだっ……」
 自分の計画を練ることに夢中で、テストのことなど言われるまで慎霰思い出せなかった慎霰は、危うく滑りそうになった口を手で塞いで強引に止めた。今、この状況でそんなことを言ってしまったら、京太郎の導火線に火をつけてしまう。
「で、でもよ、今回だけ! 今回だけなんだって! 頼むよ京太郎、学食でカレーうどんセット奢るから!」
 両手を合わせ、仏に拝むようなポーズで慎霰は京太郎を口説きにかかる。
 しかし、その京太郎はといえば、顔を背けて難しい表情を浮かべているだけだ。
「わかった! 1回とは言わず、3回まで何でも奢る! 疲れた時は肩だって揉むし、何なら勉強も教えて……」
「勉強はいい。余計にバカになる」
 友人の頼みを断れない性分は、そう簡単に変えられるものではなかった。慎霰もそれを分かって頼みこんできているというのが悔しくはあったが、京太郎は顔を前に戻すと、慎霰に向かって渋々頷いた。
 途端、慎霰の表情が明るくなる。
「さッすが京太郎、話が分かる! そう言ってくれると信じてたぜェ!」
 今にも抱きつきかねない勢いで、ばしばしと京太郎の肩を叩く。
 再び京太郎のついた大きな溜息は、下校を促すチャイムの音にかき消されてしまった。


 × × ×


 慎霰が京太郎に語った計画というのは、つまりこういう話である。
 古来より、天狗は多くの妖具を所持していた。しかしそれらの効力に目を奪われた人間により、妖具は密かに盗まれ、あるいは暴力的に強奪されて、天狗の手を離れていった。そういった曰くつきの妖具は、やがて『曰くつきの道具』として扱われ、様々な人の手を渡った挙句に、所在が分からなくなっているものが多い。
 慎霰はそれらの妖具を回収する任務を請け負って、人里に紛れて生活をしている。その妖具を探す仕事に一役買っているのが、肌身離さず見につけている数珠だ。今回の件も、数珠が何かを感知したことがきっかけだった。
 早速調査を開始した慎霰は、とある屋敷が発信源であることを突き止める。その屋敷の主は地元の名士であり、過去を遡れば、近くの山に住んでいた天狗と敵対し、長くに渡って争いを続けてきた。その山には既に天狗たちは住んでおらず、駆逐されてしまったか、あるいは他所へ逃亡したのだろう、と慎霰は考えた。
 争う相手こそいなくなったものの、その屋敷の人々は長年の間に培ってきた秘術を無駄にしようとはしなかった。現世にあるまじき存在が多数徘徊する現代、彼らはいわば陰陽師のようなことを生業としていた。
 決して力に自信のないわけではないが、相手の戦力は完全に未知数。真正面からぶつかりあうことを避けたいと考えた慎霰は、持ち前の神通力で抵抗力のなさそうな屋敷の者の心を読み、屋敷にいる強力な術師がほとんど出払ってしまう、妖具奪還には最適の日を発見した。
 しかし、やはり1人では心もとない。そんな経緯から、付き合いの長い京太郎に話を持ちかけたのである。


 × × ×


 笛の音は、あまり綺麗なものではなかった。
 鳶などの猛禽を思わせる、高く鋭い風切り音だ。
 黒紫色の狩衣に身を包んだ慎霰は、屋敷の屋根の上で黒塗りの竹笛を鳴らしていた。
 いくら荘厳な構えだとはいえ、平屋敷はしょせん平屋敷。いくつも修羅場を乗り越えてきている慎霰と京太郎にとって、田畑のど真ん中にある屋敷に忍びこむことなど、コンビニで万引きをするよりも造作のないことだ。入り口に立っていた、警備会社のガードマンらしき男を呼び寄せて、稲の布団の上でちょっと眠ってもらっている間に、塀を乗り越えて中に入っただけである。

 威嚇するような音が敷地内に鳴り響くと、異変を察した屋敷の者が、手に武器を携えてあちこちから姿を現した。
 しかし、まさか屋根の上に人がいるとは誰も考えられないのか、中庭に集合して三々五々にわめき散らしているだけで、誰1人として上を見上げようとはしない。
「現代の人間ってのは、月夜を見上げることもなくなっちまったんだねェ……」
 屋根の上の慎霰は笛を口から離して腰の帯に差しこんでおき、ひとつ大きく息を吸う。
「やいやいやい、この尻尾のなくなった猿どもっ! お前らが俺のご先祖様から奪った、大事な大事な、だァーーーーいじな天狗の宝物、この天波慎霰サマが取り返しに来たぜ! お前らがただの猿じゃねェっていうなら、その長っぽそい刃物で俺のことを止めてみなッ!」
 慎霰の啖呵が夜空に響く。
 眼下にいた屋敷の人間たちは、まるで政治家の演説でも聞いているかのように、ぽかんと屋根の上の少年を見上げていた。驚いたというよりは、現状を飲みこめていないといった表情だ。そのうち、ようやく慎霰が侵入者だという事実に気づいた何人かが、屋根の上の小さな姿を指差して喚き始める。
「どっから入りやがったんだか知らねぇが、あのガキをとりあえず捕まえて来い! 話ィ聞くのはそれからだ! 行け!」
 リーダー格らしき、ハゲ頭の男がダミ声で命令をすると、何人かの人間が一斉に駆け出した。
「おっとっと! 命令していいのはそこのハゲじゃなくて、俺だけなんだよなァ!」
 慎霰は指で印を作ると、体の前で素早く呪の象を描く。
「見えざる眼は眼に在らざる也、回らざる舌は舌に在らざる也……」
 呪を結び終え、綺麗に揃えた2本の指を体の正面に突き出す。
 次の瞬間、中庭に集まっていた男たちの頭部に赤い靄がかかったかと思うと、彼らの顔には大きな天狗の面がこびりついていた。駆け出そうとしていた男たちは視界を失い、ある者は石につまづいて盛大に転び、ある者は屋敷の壁に激突する。
「ほが、ほがほが、ふがあぁあああああああ!!」
 ハゲ頭は面をかきむしって外そうと試みているが、びくともしないどころか、その面に傷がつく様子すらない。
 完全に錯乱状態になっている一同を見渡し、慎霰は満足そうに頷くと、中庭の隅の方へ視線を向けた。


 × × ×


 「……ったく、俺の存在は無視だもんな……」
 京太郎は姿を隠していた木の陰から飛び出すと、屋敷の上で笛を構えている慎霰を見てぼやいた。
 もちろん、さっきの慎霰の口上について、である。
 顔に張り付いている天狗の面を外そうと必死にもがいている男たちの間を擦り抜け、京太郎は慎霰に聞いた通り、中庭の一番奥にある小さな蔵へと向かっていく。
 その途中、慎霰がまた笛を吹き始めた。先ほどのとは違う、どこか愛嬌のあるメロディーが屋敷内に響き始めると、もがいていた男たちは一斉に立ち上がり、その場でドジョウ掬いのような動きを高速でし始めた。
「んが、んが! ほがああ!?」
 それが男たちの意思によるものではなく、天狗の面と笛の音に操られてのことだというのは、火を見るより明らかだった。慎霰はといえば、心底おかしそうに笛を吹き鳴らしている。おそらく京太郎のほうのカタがつくまで、ずっと遊び続けるつもりだろう。
 少しだけ彼らに同情をしながら、京太郎は玉砂利の上を駆けて行った。

 隠密装束は、夜中に闇に溶けこめるよう、闇色に染められている。
 今の京太郎は、まさに闇そのものだった。
 玉砂利の上を走っているというのに、まるで羽が上に乗っただけのごとく音はなく、わずかにへこんだ形跡だけが、そこを何かが通ったという事実を辛うじて伝えている。
 問題の蔵は、屋敷の大きさに比べると、まるでトイレのように小さなものであった。しかし、そこに貴重なものが管理されているということは、樫と金属で作られた重厚な扉を見れば分かる。しかも、鍵は丁寧に上中下の3箇所に取り付けられている。
「これは、開けるのには苦労しそうだな……」
 元より強引にこじ開けるつもりだったとはいえ、頑丈な扉は時間がかかる。しかし時間に追われているでもないし、腰を据えて取り掛かろうとした、その時だった。
「苦労は無用だ。なぜなら小僧、お前の手足はここで無くなる」
 蔵の影が三日月に光った。
 いや、三日月ではない。京太郎が見た三日月は、刀の光だった。
 姿を現したのは、年のころが三十路ほどに見える細身の男。手には抜き身の刀を持ち、 慎霰の着ている狩衣と似たような衣服を身につけている。術師という雰囲気はしないので、おそらく用心棒の類だろう、と京太郎は思った。
「……それは勘弁してくれよ。無くなってもまた生えてくるようなモンなら、喜んでくれてやるけど」
「つまらん」
 間合いを取るために会話で時間を稼ごうとした京太郎の言葉を跳ね除け、男はいきなり突進してきた。正眼の構えから、京太郎の脳天めがけて刀を振り下ろしてくる。速い。全くブレのないその動きは、何かの剣術を学んでいる証拠だろう。京太郎は肘を曲げた左腕を頭の上へ構え、刃が触れた瞬間に腕を振り下ろし、剣撃を受け流す。
 腕に装着しているプロテクターと刀とが、激しく交錯する音が鳴り響く。
 続けざま、隙のできた男の腹へ潜りこみ、腰に溜めていた拳を真っ直ぐに放つ。男は寸前のところで後方に飛びのき、直撃こそ避けたもの、京太郎の拳は内臓にめりこむ感触を確かに捕らえていた。
 体勢を持ち直した男は、再び正眼に構えを直し、わずかに切っ先を上げながら再び突進してくる。
 懲りずに面か。
 そう判断し身構えた京太郎であったが、男は振り上げかけた切っ先の方向を変え、京太郎の顔を狙って刀を突き出す。達人の刀捌きである。このタイミングでは避けきれないと判断した京太郎は、体を後ろに反らし地面に足の裏を滑らせる。重心が背面にかかった体は、玉砂利の上を滑る足に加速され、地面の上へと転がる。一瞬の前までは京太郎の鼻があった位置を、男の刀は的確に貫いた。
 しかしそこには空気しかない。見失った相手が地面に寝転んでいると男が気づいた時には、京太郎は全身のバネを総動員して体を跳ね上げ、男の鳩尾に強烈な踵を突き刺していた。
「がッ……はッ……」
 急所に決まった一撃は男の呼吸を奪う。動きの緩慢になった男の背に回った京太郎は、その首筋に平手を打ちこみ、男を地面へと眠らせた。

「慎霰め、強いのは全部出払ってるとか言いながら、これだ……ホント、信用できねェ」
 思わぬ敵を撃退した京太郎は、最後の敵と向き合う。今度の敵は喋っても動いてもくれない。
「棒切れ振り回してくれてたほうが、どれだけラクだったんだ」
 腰から拳銃を引き抜きながら、扉に向かってぼやいた。


 × × ×


 あちこちの粉砕された半開きの扉から、慎霰がひょっこりと顔を出す。
「京太郎、見つかったか?」
「ああ、これだと思う。……そっちは遊びに飽きたんだな」
「これ……うん、これだな! 間違いねェ!」
 京太郎の皮肉を聞いている様子もなく、慎霰は渡された薄い衣に見入っている。数珠は一際眩しく光り、この羽衣が天狗の妖具であることを示していた。
「なんかただの布切れみてェだけど、本当に探してたものなのか?」
「ちッちッち。これは天狗のための道具なんだから、京太郎に分かるはずねェの」
 その時、それまで静かだった外が、妙に騒がしくなってきた。続いて、大勢の人間が押し寄せてくる足音。玉砂利を踏みしめる音が蔵の内部まで聞こえてくる。
「やべッ、出てった連中が帰って来たかも!
「おい慎霰! お前、今夜中は安心だって言ってたじゃんか!」
「誰も断言してねェって、安心だと思ってただけだ!」
 2人の口論を他所に、半分ほど開いていた扉が一気に内側へと開かれる。そこには儀式用の白い装束を来た男たちを筆頭に、面をつけて踊り続けているはずだった男たちも集まっていた。全員に共通しているのは、怒りで顔が赤くなっているということだ。
「小僧ども、説教程度で済むと思うなよ」
 今にも殺到しそうな男たちを睨みつけ、隙もなく構えている京太郎とは対照的に、慎霰は新しい玩具を与えられた子供のように、羽衣で遊んでいる。
「ふむふむ、へぇへぇ、なるほど。こいつは便利だなァ」
 緊張した空気にそぐわぬ一言に、男たちが激怒した。
「このクソガキ、ナメるなぁあああああああ!!!!」
 男たちが慎霰と京太郎を押しつぶしかねない勢いで突撃した、その直後。雪崩れこんだ男たちの下敷きになっているはずの少年2人の姿は、まるで神隠しにでもあったかのように忽然と消え、周囲には大量の青い楓が舞っていた。


 × × ×


「今朝のテレビじゃ、盗難事件になってなかった」
 翌日、京太郎は登校するなり、慎霰に話しかけた。テスト前ということでわずかな時間も無駄には出来なかったが、心配でテスト勉強に身が入らなかったのも事実だ。
「曰くつきのモンだかんなァ。通報したりしないだろ。そこはダイジョーブ」
 笑いながら応対する慎霰の机の上に教科書はなく、マンガの週刊誌が堂々と広げられている。
「そういえばあれ、どんな効果だったんだよ。助かったのはいいけど」
「天狗の羽衣……もしくは、葉衣って呼ばれてて、姿を隠して、風に舞う葉のように移動できるってわけ。あ、京太郎、あと5分だけど、こんなとこで時間潰してていいわけ?」
「……余計なお世話だ。ちゃんと飯は奢ってもらうからな」
 京太郎の最大の敵は剣客でも扉でもなく、チャイムの音に変わっていた。