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<東京怪談ノベル(シングル)>


桜霞と 空の使い


■種■

「ぼーうけーん、ぼーうけーん、だぁいぼぉうけーん♪」

きっと大の大人ならば暑さに参っているであろう、真夏の昼下がり。

しかし、その暑さも吹き飛ばすぐらいの笑顔で、弾むような歌声を響かせながら一人の少女が歩いていた。
いや、スキップしているようにも見える。
緩やかなウェーブのかかった、銀髪のツインテール。結び目には真っ白なリボン。背中には、うさぎのぬいぐるみ型リュック。
年齢は3歳位だろうか?
きっと大きくなったら大層な美女になる!と誰が見ても思うであろう、美幼女。
もっとも、実際に大きくなったら美人になるわけだが…それについてはまたいつか☆

「きょおはどーこにいこぅかなぁ〜♪」

愛くるしい笑顔を振りまきながら楽しそうに歩く少女。
すれ違う人々も、自然と笑顔になる。
暑さに気だるそうに歩くサラリーマンさえ、その姿に目を細めていた。

少女が跳ね歩くたびに、つややかな銀髪と、うさぬいリュックの耳がふんわりと揺れる。

「うさとおーかは いっしんどーたいー♪」

そこまで歌う(?)と、少女は立ち止まった。

「……そいえば……『いっしんどーたい』てなんだろぉ…?」

少女は道の真ん中で悩みだす。

「いし…どうたい?」
「一心同体、でしょ?」

突然、少女が黒い影に覆われた。
少女が声と影に気づき「はにゃ?」と見上げると、そこにはニッコリとした笑顔の青年。
年齢は20代の半ばくらいだろうか?こ洒落たハンティング帽に、Tシャツとジーンズ。
長身のため、少女はめいっぱいに上を向いている。

「いっしんどうたい?」
「一心同体。そうだね…わかりやすく言うと、『いつも一緒』てことかな?」
「………! そぉ、おーかとうさぬいはいつもいっしょなのー!」
「そうなんだ、仲良しさんなんだね」
青年は、少女が一生懸命見上げていることに気づき、膝を曲げ彼女の目線に合わせる。
「そぉ、うさぬいはおーかのすきなおかしもいっぱいもってゆのー!ほら!」
そう言うと、少女…桜霞(おうか)はうさぬいリュックを肩からはずし、チャックを開け、お菓子を取り出す。
そして、青年に次々と見せる。よく見る駄菓子から、見たことのない外国製のお菓子まで多種多様だ。
「凄いね、おーかちゃん。これ全部一人で食べるの?」
名を覚えた青年が、桜霞に問いかける。桜霞は「んーん」と首を横に振る。
「おーかもおかしだいすきだけど、おかし、すきなひとにもあげゆなのー!いっしんどーたいでたべると、もっとおいしなのー!」
ニッコニコに、意味を覚えたての言葉を若干間違えて使いつつ、青年にその愛くるしい笑顔を向ける。
青年も、ツっこむことなどせず、可愛い笑顔につられて笑顔になる。
すると、桜霞はお菓子の一つを手に取り、空いた方の手で青年の手を掴み、お菓子を持った小さな手を、青年の大きな手へ。

「はい、おにーちゃにもあげゆ!」
「え?僕にもくれるのかい?」
「うんっ。おいしいおかしはたべゆとしあわせなの。おにーちゃもしあわせなってなの」
ニッコニコの笑顔。
青年が悩みつつ、「いいの?」と聞くと、桜霞は大きく首を縦に振る。
「そうだね、受け取らなかったらバチが当たるね」
「ばちがあたゆ?」
「えっと……そうだな、神様におこられちゃう、ってことかな?」
「んーーー…?」
考えだす桜霞に青年は「あぁ、ごめんごめん。いただくよ、ありがとうね、桜霞ちゃん」と、少女の髪を撫でる。

「でも、貰うだけじゃ悪いしなぁ…あ、そうだ。」
そう言うと青年は、空いた方の手でジーンズのポケットに手を入れる。
そして、小さな黒い粒を取り出した。
「じゃあ、おーかちゃんに、お菓子のお返し。はい」
桜霞の小さな手のひらに、今度は青年がその黒い粒を載せた。
「おにーちゃ、これ、なぁに?おいし?」
「おいし…美味しいか、って?いやいや、お菓子じゃないんだ。これは『種』だよ。おーかちゃんの家にはお庭あるかな?」
「にわ?」
「そう、お庭、花壇でもいいかな…えっとね、お花咲いてるところ」
「あー!あるー!」
「そっか、よかった。それじゃあ、その種を土に埋めて、毎日お水をあげてごらん。」
青年がニッコリと微笑む。
「うん、わかったなの。おはな、さく?」
「…そうだね…おーかちゃんが頑張れば、きっと綺麗なお花が咲くよ」
「わかったなの、これ、おにわにうめゆー!おにーちゃ、ありがとー!」
「こちらこそ、お菓子ありがとうね。」
「どういたしてー!おーか、おうちかえゆ!たね、たのしみなのー!おにーちゃ、またねー」
ブンブンと手を振り、桜霞は来た道を引き返す。
しばし歩いてから一度振り向くと、青年はまだ、笑顔のまま桜霞に向けて手を振っていた。
桜霞はハッと気がつく。そして、大声で叫んだ。
「おにーちゃは、だれーーーーーーーーーー???」

青年も叫んだ。銀髪の美幼女は笑顔でまた手を振り、テトテトと走って行った。
青年はやや心配そうに呟く
「転ばないかな、大丈夫かな…。聞こえたかな?わかったかな?……お空の使い、って。」
青年は、お菓子を貰った手のひらを開いた。
「おーかちゃん、チョコ、溶けてるよ…」
クスリ、と笑うと空の使いは真っ白い羽を背中から広げ、溶けかけのチョコレートを舐め、飛んだ。


■えにっき■

8月○日、はれ

桜霞は、早速家の裏にある庭の一角に種を植えた。
「おーかのたね、どんなおはな、さくかなぁ?」
と、ニコニコしながら、おもちゃのジョウロで水をあげる。
「じょうろたん、がんばえー」
そう言いながら水をあげた後、桜霞は買ってもらったばかりのスケッチブックとクレヨンを持ってきた。
そして、グリグリと描き始める。
まだ種を植えたばかりだから、当たり前だが何もない。桜霞は花壇の土を描いた。

(数種類の茶色、黒色をメインにグリグリ塗られている。形はない、と言っても過言ではない)

8月×日、はれ

絵を最初に描いてから4日後。
種から芽が出てきた。毎日のように「まだかなーまだかなー??」と水をあげながら土を覗き込む桜霞。
無邪気な彼女は勿論「種から何も出ない」なんて可能性は頭にない。
笑顔でニコニコジョウロで水をあげていた。
そして、この日、芽を発見する。
「おー!め、でたー。ちっちゃいけどかわいいなのー」
水をあげるのを忘れずに、それが終わるとウッキウキで早速スケッチブックとクレヨン片手に絵を描き始める。
桜霞は熱中し渾身の作品を描き上げると、満足そうに立ち上がった。
「めーさん、もっとおーきくなってなの♪」
そう声をかけ、桜霞は今日もお散歩に出かけたのだった。

(まだ茶色がメインだが、緑、なぜか白がだいぶ幅を利かせてきた。
 しかし、相変わらずのグリグリ状態である)

8月●日、くもり

晴れの日でも薄曇な日でも、桜霞は太陽の如く輝く笑顔で庭の一角に毎日足を運び、お気に入りのジョウロで水をあげては、スケッチブックに成長を描いていた。
小さかった芽も大きくなっており……
「めーさん、おおきくなってるなのー」
と桜霞自身もビックリしていた。
そう、この種には異常があった。普通ならば、双葉が成長し、本葉が生まれ、茎が出来…といった段階を踏むのだろうが…
双葉を持った芽だけが、そのまま大きくなっていたのだ。
もうすでに桜霞の身長を超えるほどの大きな芽。しかも、尋常じゃない速さで成長(?)している。
「まえははっぱさんにもおみずかけられたのに、こんなにのっぽさんじゃはっぱさんにおみずあげられないねー」
桜霞は勿論、こんな異常には気づかず、水の心配をしている。
そして、クレヨンを手に取り、今日も描き始めた。

(大半が緑色を占めるようになったが、やはり形を持っていない。白と肌色が交ざっている。)

余談ではあるが、桜霞が心配をしたせいか、次の日はしとしとと雨が振った。
「はっぱさんもおみずのめるなのー」と桜霞は喜び、窓から芽の様子をスケッチしていた。

8月■日、晴れ

雨が降ってから、更に数日が経過した。
双葉を持った芽は、更に更に大きくなっていた。
形はまだ「芽」なのだが、やはりそのままの大きさで成長している。
丈はすでに桜霞の身長を遥かに超え、もう桜霞も葉っぱに水をかけるのは困難、と理解したのか、毎日根元に水をかけている。
桜霞は双葉の傍でスケッチブックを持ち、座りこんでいた。


そこに、突然一つの大きな影が現れ、桜霞を包んだ。


「久しぶり、おーかちゃん」
その言葉に、桜霞は見上げる。あの日と同じように…
「あ。そらにちかいおにーちゃ!!」
桜霞は満面の笑みで青年を迎えた。空の使いと自称する青年は、羽を広げたまま立っていた。
「空に近い、か…まぁ確かに間違ってはいないね」
そう言って青年は微笑んだ後、桜霞の頭を撫でた。くすぐったそうな、嬉しそうな表情の桜霞。
「おーかちゃん、元気そうだね。まさかあの種がこんなに大きくなっるなんて…正直、ビックリしたよ」
青年は、自分の背の高さと変わらない芽を見やる。
「そうなの、おっきぃなのー!…でも、おはなさかないの…」
それを受けて、若干寂しそうに桜霞が言った。
青年は「そうかぁ…」と呟きながら、傍らにあった桜霞のスケッチブックをパラパラとめくる。
様々な色が混じり、きっと何を描いているのかはわからない人がほとんどだろう。
しかし青年には、スケッチブックに描かれているのがこの芽である、と理解した。
しばし考え込んだ後、青年は口を開いた。
「よしっ。それじゃあ、どんな花が咲くか、特別におーかちゃんに見せてあげようっ」
「ほんとっ?」
桜霞が可愛らしく小首をかしげる。
その動作に青年はニッコリと、大きく首を縦に振る。そして、背に持つ翼をバサリと更に大きく羽ばたかせると、桜霞の手を取った。
桜霞の小さな手が青年に触れる。青年は桜霞の手を取り、抱っこする。そしてそのまま上空へと飛び上がった。
「わぁぁ…おうちがどんどんちいさくなってゆくのー」
太陽に近づいているはずなのに、暑くはない。涼しい風のせいだろうか。
「怖くない?大丈夫?」と声をかけながら、青年は進路を変えた。スピードを上げ、鳥のように飛んでいく。
桜霞はキャッキャとその空中ドライブを楽しんでいた。
「そろそろ…かな?」
「へ?」

気づくと、物凄く大きい…桜霞の身体と同じくらいの黄色い花びらが目の前にあった。
桜霞が驚きに目を丸くしていると、青年はその花びらから徐々に遠ざかる。

距離をとって、ようやくわかってきた。
黒い種を持つ中心点に、周りを覆う黄色い花びら。
この花は、ヒマワリ。
とてつもなく大きい、ヒマワリの花。

地上を見やると、建物の屋根は桜霞の爪ほどの大きさ。相当上空にまで上ってきていたのであろう。
根元がどこなのか、桜霞には特定できなかった。
桜霞はただただ、大きなヒマワリの花に口をポカンと開け、見入っていた。

「おーかちゃん、おーかちゃんが毎日水をあげれば、こんな立派な花が咲くんだよ」
青年は楽しそうに桜霞に声をかける。

「…すごい。すごいなのー!」
桜霞は目を輝かせた。
「頑張ってね、おーかちゃん。おーかちゃんならきっと、この花よりもっと大きな花を咲かせられるよ」
「うん!おーか、がんばるー!」
ニッコリと、満面の笑みを浮かべる桜霞の表情を確認すると、青年は元の桜霞の家へと戻った。
変わらずに待っている、大きな芽。

青年は「それじゃあ、またね。おーかちゃん」と微笑むと、また羽を広げ上空へ。
桜霞は、その姿にずっと手を振っていた。

青年の姿が見えなくなると、桜霞はスケッチブックとクレヨンを急いで取り出した。


(真ん中に黒がグリグリと塗られている。そして、周りは黄色。ページを埋め尽くすぐらいの黄色。)


■それから■

青年と空のデートを楽しんだ日からも、毎日桜霞は芽に水をあげていた。
さらに芽は大きくなり…もう桜霞の家を裕に越す高さとなっていた。
しかし、家が影に隠れることはなかった。

桜霞はそれを不思議と感じもせず、今日も水をやり、スケッチブックに描く。

きっとあと数年たてばわかるだろう。
この芽が、桜霞にしか見えないものだ、ということを。
青年と、桜霞だけの秘密の花。
大輪のヒマワリの花が咲くのは、もう少し先のお話…


「きれーなヒマワリさん、たのしみなのー♪」


今日も桜霞はニコニコと、ヒマワリのように元気溢れ、愛らしい笑顔を周りに振りまくのであった。




■END■





*桜霞ちゃんPL様*

この度は、御発注まことにありがとうございました!
ワタクシにとって、初めてのシチュエーションノベルのご指名…ものすっっっごく嬉しかったです!
しかもこんなに愛らしい女の子っ!光栄でございますっ!!!
口調など、イメージを損ねていないか…凄く不安でもありますが、とにかく楽しんで書かせていただきましたっ☆

また桜霞ちゃんにお会いできれないいな♪と心から願わせていただきつつ…
猛暑がまだまだ続きそうですが、どうかお体にお気をつけて素敵な夏をお過ごしくださいませ!

本当に、ありがとうございました!
それでは、失礼いたします。

2006-08-11
千野千智