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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


おかえり

「……ここは、ゴミ屋敷か?」
 夏休みのある一日、俺がとっとと宿題を終わらせるべく友達の家に一泊して帰ってくると、部屋の中は大変な惨状だった。
 この家には元々両親と俺が住んでいたのだが、両親が事故で死んでからは叔父にあたる灯と二人暮らしだ。周囲を緑に囲まれ、大きな公園もある閑静な住宅地にある低層マンションは静かでとても暮らしやすい…はずなのだが、今のここは物が無造作にある、ゴミ屋敷寸前だ。
「出かける前に掃除したはずなんだけどな」
 俺が作っていった夕食は食ったらしいが、食器は出しっぱなしで汚れがこびりついて乾ききっている。多分しばらくお湯につけないと、汚れが取れないだろう。冷蔵庫に入れてあった麦茶も飲んだら飲んだで出しっぱなし、しかも飲むたびに新しいコップを出したのか、昨日の夜は家に灯しかいなかったはずなのに、何のパーティーをしたのかと聞きたくなるぐらい散らかっている。新聞は読みたい所だけ抜いて、広告とかは床に無造作に散らかっている。
「………」
 そして腹の立つことに、部屋を散らかした当人の灯は、ソファーの上に猫のように丸まって幸せそうに寝ていた。食べこぼしたシャツを着替えたのか、汚れの付いたシャツがその脇に丸まっていて……。
「だーっ!」
 部屋の惨状と、これからの苦労を考え無性に腹が立った俺は、思わず叫びながらソファーで眠っていた灯を突き落とした。それに吃驚して飛び起きた灯が、寝ぼけた顔で俺を見上げる。
「はい…?あ、大地。おかえりなさい」
「おかえりなさいじゃねぇ!」
 俺は灯をひょいと肩に担ぎ上げ、玄関に連れ出した。ひょろっとしている灯を担ぎ上げるのに苦労はしないし、そもそも慣れている。無論途中で灯の財布を持つことも忘れない。
「大地、帰ってきていきなり何の仕打ちを!非行化ですか?」
「うるさい。どうやったら部屋が一日でゴミ屋敷化するんだ!」
 何かぺしぺしと背中を叩かれているが、力がないので全然痛くない。足はジタバタされると面倒なので、俺が押さえつけている。
「家主は俺なのに…たーすーけーてー」
 ……子供か。
 俺は溜息をつきながら丁寧に灯を玄関から出し、靴を置き、大急ぎでドアを閉め鍵を掛けた。その背中に、ドンドンとドアを叩く音と何か言ってる声がする。
「大地!開けなさい!」
「掃除するのに邪魔だから、どっか行ってろ!」
「おーなーかーすーいーたー」
 ……だから子供か。
「財布は持たせたから、それで何か食ってこい。部屋が片づくまで帰ってくるな、帰ってきたら夕飯抜きな」
 夕飯抜き、という言葉が効いたのか、灯は何かぶつぶつ言っていたがそのままマンションの外に出て行ったようだ。居間の大きな窓から、灯が公園を横切っていくのが見える。
「さて…と」
 まずどこから手を付けようか。
 そんな事を考えながら、俺は散らばっていた新聞紙を手に取った。

 まず掃除の前に、動かせる物をとにかくどこかに避難させることにした。クッションや座椅子などをとりあえず俺の部屋に放り込む。部屋の壁は、全体的にベージュとグリーンで統一されていて暖かい雰囲気だが、何処にも植物がない。だからだろうか…暖かい印象なのに、どことなく無機質な気がする。
 灯は観葉植物を家の中に置こうとしない。それは植物が窮屈そうだとか言っていたが、果たしてそれだけなんだろうか。俺には、何か他に理由があるように思えてならない。
「灯は『母さん』に似てるよな…」
 ついそんな言葉が口をついて出た。
 誰も聞いてないのに、つい何かを呟きたくなる。ここには俺以外の生き物がいないのに。
 灯と初めて会ったのは、父さんと母さんが事故で亡くなった時だった。その時まで自分に叔父がいるなんて、母さんは一つも教えてくれなかった。
 思えば不思議な家族だったような気がする。世帯主は父さんだったのに、筆頭主は母さんだった。名字の「烏有」は母さん側の名字だ。子供の頃はそんな事気にもしていなかったのに、今となってはそれが妙に気にかかる。
 本当に灯と母さんは似ていた。
 顔なんて出会った頃はまるで姉妹のようで、最初「叔父」ではなく「叔母」だと思ったぐらいだ。性格も…灯は否定するが、感情の起伏が激しく、すぐ怒るしすぐ泣く所も似ている。
 そして一番、何よりもだらしなさが血の繋がりを感じさせた。
「俺は几帳面だったお父さん似だからな」
 そんな事を呟きながら、俺は床に散らばっていたゴミを分別しながらゴミ箱に放り込み、溜まっていた食器を台所のシンクに張った洗剤入りの水に浸けた。そういえば、子供の頃もこうやってよく掃除をしていた気がする。その時は父さんが隣にいたけれど。
 母さんも家事が苦手だった。掃除、洗濯、料理…そういう名の付くものは全く手を付けようとせず、お手伝いさん任せで自分は遊び歩いていた。お手伝いさんが休みの時は、俺と父さんが料理をして…父さんも灯のように文筆業をしていた。だから学校から帰ると、迎えてくれるのは父さんとお手伝いさんだった。父さんと公園でキャッチボールをしたりした記憶はあるのに、家族三人で夕食を食べた記憶がほとんどない。
「………」
 床のゴミがあらかた片づいたので、掃除機をかけることにした。菓子くずでもこぼしたのか、掃除機のスイッチを入れて動かすとチリチリと小さい物がぶつかる音がする。
 母さんのことを思い出すと、いつも考えることがある。
『母さんは俺のことを愛していたんだろうか?』
 三人で夕食を食べた記憶がないぐらい、母さんは滅多に俺に構わなかった。
 その癖に、誰かと比べては俺に『負けちゃ駄目』とよく言っていた。それが誰なのか俺には全然分からなかったし、それを言われるのが嫌だった。
 いったい母さんは何に対して『負けちゃ駄目』と言っていたのだろう。
 自分になのか、学校の誰かなのか、それとも灯のことなのか。子供心に聞いちゃいけないことのような気がしていたので、面と向かって聞いたことはなかったが、今思えばなんて嫌な母親だったんだろう。
「その辺は灯と似てないな…」
 あらかた掃除機をかけ終わったので、今度は粘着テープを転がして細かい髪の毛などを取る。一度これを灯にやらせたら、面白がってベロアのジャケットにテープをくっつけて服を駄目にしていた。普通にブラシをかければゴミは取れるのに、横着しようとしたんだろう。一体どうやって暮らしていたのか分からないほど、灯は時々物を知らない。
 そして、誰かと争えなんて絶対押し付けて来ない。
「学校決める時もそうだったっけか」
 高校を決める時、三者面談に来てもらった時「誰かを蹴り落として行かなきゃならない学校はないですから、大地が行きたい所に行けばいいと思ってます」って言って、担任の先生を吃驚させていた。自由な校風の神聖都学園を選んだ時も「大地が行きたいなら好きな所に行きなさい。お金のこととか子供は考えなくていいから」って言ってくれた。
 あの時なんて返したのかもう覚えてはいないけど、その言葉で嬉しくなった。
 灯は人に何かを押しつけるようなことはしない。ただ一つだけ何かを言うとしたら「人に優しくしなさい」だけだ。そして灯は実際優しい。その眼差しが母さんと灯は違うのだ。
 俺のことを暖かい眼差しで見る灯。
 俺のことを冷たい眼差しで見ていた母さん。
 その辺りは陰と陽なのかも知れない。灯が春のような雰囲気を感じさせるなら、母さんは冬を思わせるような女だった。俺のことを時々冷酷な目で見て、何も言わずに玄関を出て行くのを黙って見送ったことが何度もある。
 だから余計に思うのだ。母さんは俺のことを愛していたんだろうか…と。
「それでも俺は、母さんが好きだった…」
 片づいた居間の中にクッションなどを運び入れながら、そう呟く。
 他の誰かから見たら、冷たい母親だったかも知れない。
 子供を放って遊び歩く、だらしない母親だったかも知れない。
 黙って去っていくその背中を何度も何度も見送っても、それでも俺は母さんが好きだった。たまに気まぐれのように、朝起きると部屋の机に土産が置いてあるのを見ると、それだけで嬉しかった。
 他の家族と、俺の家族は多分何かが違っているのだろう。
 だけど上手くやっていた。大事な家族だった。
「………」
 そっと灯の部屋に入ると、書き物をする机の上にコーヒーを飲んだままのカップが置かれていた。壁一面に書棚があり、多種多様な本が押し込められているが、私室の本には基本的に触らないことにしている。だが、たまに部屋を覗かないと、共同で使うバスタオルや食器などをため込んでいることがある。一度似たような形のシャツが五着出てきた時は、流石に俺もキレた。それ以来服と下着は洗濯機に入れるようになったが。
 カップを台所に持って行きながら、俺はもう一つ灯と母さんが似ている所があったことを思い出した。
 俺が悪夢にうなされた時、二人とも蜂蜜を入れたホットミルクを持って来てくれたこと。
 その時だけは、縦のものを横にもしない母さんや灯が何かを作ってくれる。そして全部ミルクを飲み干して、眠りにつくまで側にいてくれる…どんな恐ろしい夢を見ても、そうしてくれると安心できた。それが本当に嬉しくて…。
 そう思うと、何だか自然に顔が笑った。
 多分俺はずっと母さんのことを好きだろうし、小言を言いつつも灯のことを世話してしまうんだと思う。
 母さんに言っていたように、今度は灯に「おかえり」を言うために。
 灯がどこに行こうが、帰ってくるのは「ここ」なのだから。
「さて、灯を迎えに行くか」
 きっと灯は蒼月亭にいるのだろう。俺が知ってる限り、この東京の中で灯が迷わずに行ける場所はそこしかない。

「いらっしゃいませ。蒼月亭へようこそ」
 店のドアを開けると、マスターのナイトホークが笑いながらカウンターに突っ伏している灯を指さした。俺はその隣にどかっと座る。
「コーヒーをホットでお願いします」
 そう言うと気配に気付いたのか灯が顔を上げ、俺の顔を見て一瞬嬉しそうな顔をした後慌てて顔をそらせて、また突っ伏した。俺に追い出されたのが相当気に入らなかったらしい。
 マスターが小皿に入ったクッキーを差し出し、コーヒーを挽き始める。
「ここ来てから烏有さん『嫌われた…どうしよう…』って何度も言ってたよ」
 それを聞き灯はがばっと顔を上げた。心なし赤面しているような気がする。しかも泣いていたのか目の端が赤い。
「ちょっ…どうして言っちゃうんですか」
「だって『内緒』って言われなかったし。コーヒーお代わり入れるけど、他の飲み物の方がいい?」
「お手洗いに行ってきます」
 そう言って立ち上がり、つかつかと歩いていく灯を見て、ナイトホークが笑う。
「大地が迎えに来てくれて良かったよ」
 その言葉の意味が分からず、俺は首をかしげた。目の前に入れ立てのコーヒーが出され、その香りが辺りに漂う。
「良かったって、どうして?」
 エプロンのポケットからシガレットケースを出し、パチンと開ける音が響く。
「烏有さん、『大地が怒ってるだろうから帰りたくない、泊めてくれ』って言ってたけど、ここは烏有さんにとって『宿り木』であって、巣じゃないから。『いらっしゃいませ』は言うけど『おかえり』は言わない」
 もしかしたら、この人は色んなことを知っているのではないだろうか…何故か分からないけどそんな気がした。俺が蒼月亭に持っているちょっとした嫉妬感や、灯が持っている不安感などを全部知っていてカウンターに立っているのかも知れない…俺はコーヒーを一口飲んで息をつく。
「何か悔しい」
 全てを見透かされた気がして顔をそらすと、灯がお手洗いから出てきた。顔でも洗っていたのか袖をまくっているが、胸元とかあちこち濡れている。そしてナイトホークの方を見て一言こう言った。
「何か悔しいです。本当は謝るまで帰らないって言ってやるつもりだったのに…」
 何か悔しい。
 たった一言の言葉なのに、俺と灯はナイトホークに対して同じ事を言っている。それが無性に可笑しくて嬉しかった。ナイトホークは、煙草を吸いながらふふっと笑う。
「それはどういたしまして。烏有さんのぶんもコーヒー入れといたよ。ごゆっくりどうぞ」
 そう言って頭を下げると、ナイトホークは灰皿を持ったままスッと遠くに行った。俺は溜息をつきながら灯に話しかける。 
「ここに居座ると迷惑だから、コーヒー飲んだら途中で買い物して帰ろうぜ」
 灯は俺の皿に乗っているクッキーを勝手につまんで、ぼそっと呟く。
「夕飯がシチューだったら帰ります」
 ……子供か。
 仕方ない、今日はシチューにしてやるか。
 俺はコーヒーを飲みながら黙って頷く。
「はいはい、シチューでも肉じゃがでも何でも作るよ」
 ゆっくり落ち着くまでコーヒーを飲んでからここでケーキを買って、夕飯の買い物をして、先に家に入ってやろう。そして玄関で振り返ってこう言ってやる。

「おかえり」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5597 /烏有・灯/男性/28歳/童話作家
5598/烏有・大地/男性/17歳/高校生

◆ライター通信◆
ご指名ありがとうございます、水月小織です。
大地君の一人称で、過去を思い出しつつ二人の絆みたいなのを感じられるようにしてみました。「おかえり」をお互い言い合えるのは結局自分の家しかないので、その辺りが強く出ていたらいいなと思っています。
きっと二人で買い物をして、色々言い合いながら帰るのでしょう。帰る場所があるのは素敵なことです。
リテイクはご遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします