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<東京怪談・PCゲームノベル>


秋ぞかはる月と空とはむかしにて 弐


 耳に引っ掛けたままのイヤホンが、もう幾度流してきたのかも知れない曲を歌っている。
 灯はテンポの激しい曲――すなわちロックが大好きだ。洋楽や邦楽を問わず、気に入ったものであれば、予算の許す限りは購入してもいる。
 今流れているのは、その中でも特に好き好んで聞いているお気に入りの一枚。有名なバンドとは言い難いグループではあるが、彼らの歌は灯の心臓を見事なまでに鷲掴みにするのだ。
 カバンの中には、同じぐらいに大切なCDが数枚。
 それらを抱え、灯は今、夜の薄闇の中を歩き進んでいる。
 周りを囲むのはしっとりと広がる夜の気配。夏のものではあるのだろうが、それでも東京の街中を巡るものよりは大分涼やかなものとなっている風が、灯の髪を梳いていく。
 二度目の来訪となる大路は、やはり、旧い時代のそれを彷彿とさせる見目をもっていた。その大路の何処からか漂ってくるのは、姿を見せこそしないものの、おそらくは人ならざるものの気配だろう。
 四つの大路が交わる広い辻を越え、歩んで来た大路とは異なる大路へと足を寄せる。
 やがて、水の気配が鼻先をかすめだした頃、灯の視界に、一人の少年が姿を見せた。
「ああ、いたいた。おぉーい、則之君。また来てみたよ〜」
 持ち上げた片腕を大きく左右に振りながら、薄闇の中に佇んでいる学生服姿の少年の名を呼ぶ。
 少年――萩戸則之と名乗る、この薄闇の中の住人は、灯の声に気付くと、ゆっくりと頭を持ち上げて目をしばたかせた。
「……灯さん」
 ぺこりと頭を下げた則之に、灯は満面の笑みで首をかしげる。
「今日はさ、ホラ、この前会ったときに約束したじゃない? CD、私の好きなやつとか結構何枚か持ってきてみたんだけどさ」
 少しばかり小走り気味に則之の傍まで近寄ると、灯はイヤホンを外してウォークマンを取り出した。
「ああ……あの楽曲の」
 前回を思い出すようにして目を細め、則之はゆっくりと頷いてウォークマンへと視線を落とす。
 灯は小さく笑って肩をすくめ、それから則之の顔を覗き見るような姿勢で言葉を続けた。
「則之君がどんなのが好きかとか、まだ分からないしね。今回は私のお薦めって事で」
 言いながら取り出したのは、カバンの中に収めてきた数枚のCD。
 おどろおどろしい画の描かれたジャケットのものもあれば、ごくシンプルなジャケットのものもある。中には綺麗な画が描かれたものなどもあり、則之は、特に、その画に目を惹かれたようだった。
 灯は、則之が見せた好奇の色を見てとると、そのCDを取り出してウォークマンにセットした。
「聞いてみる? これのね、二曲目とか五曲目とか……あ、それに、ボーナストラックもあったりして、それも好きなんだよ〜」
 言いながら則之の顔を見る。則之は灯の説明に興味を示し、差し伸べたイヤホンを不慣れな手つきで受け取った。しかし、受け取ったはいいが、それをどうしたらいいのか分からずじまいでまごまごしている則之を、灯は笑顔をもって手伝った。
「耳にかけるの。……そう、そう」
 そうして、ようやくCDが回転を始める。
 前回と同様に、やはり、どこからともなく響き出した音楽に、則之は驚きを隠せずにいた。――が、それも長くは続かず、流れ出した歌に、目を伏せて聞き入っている。
 灯はジャケットを開いて手渡すと、続き、カバンの中に手を突っ込んで一冊の雑誌を取り出した。
 と、首をかしげ、辺りを包む薄闇に眉根を寄せる。
 夜目に馴染んだ視界ながら、それでもやはり雑誌を読むには適した環境であるとは言い難い。
 手のひらに小さな炎を作り出し、それを宙の中に浮べる。
 則之の視線が、宙に浮かぶ炎の塊へと寄せられた。
 爆ぜる炎が落とす火影が、灯と則之とを浮かび立たせる。
 続き、灯は、同じような大きさの炎を数個ばかり作り出し、同じように宙の中に浮かばせた。
 暗闇ばかりであった四つ辻の一画が、見る間にぼうやりとした明かりを得ていく。
 そこかしこに立つ柳や松の木立ちの影に、ひっそりと身を潜ませる妖達の姿が見えた。
「……とても素晴らしい楽曲だ」
 不意にイヤホンを外した則之が、ぽつりと小さくそう告げる。
「でしょ?」
 頬を緩め、灯はにこりと笑みを浮べた。
「それとね、今回は、今の東京を則之君に知ってもらいたくて、ほら、こんなの持ってきてみたの」
 差し伸べたそれは東京を中心としたタウン情報誌だった。
「則之君、東京って来た事ある?」
 雑誌をめくりながら上目に則之の顔を見遣る。
 則之は灯の問いにかぶりを振って首をかしげ、
「……俺は浅草に住んでいましたから」
 応え、めくられていく雑誌の記事に目を見張っている。
 そこには”おすすめのスイーツが食べられるスポット”が特集された記事が載っていた。高層ビルを写した写真や、デパート地下に並ぶスイーツの店の写真などが大きく取り上げられている。
「浅草なんだ? 浅草もイイよね〜。あ、私、でも、何回かしか浅草って行った事ないや。美味しいお店とか詳しい?」
「……あまり……」
 灯の問いかけに、則之はしばし首をかしげる。
「男の子だもんね。あんまり甘いものとか食べになんか行かないかな。……あ、じゃあさ、則之君って、いつもどの辺で遊んでたの?」
 続けて訊ねた灯に、則之は数度ばかり目をしばたかせ、
「俺は、活動写真とか……あとは……」
 ふと口をつぐんだ則之に、灯は興味津々といった面持ちで頷いた。
 活動写真というものがなんなのかは、後で訊こうと思いながら。
「石合戦は危ないからと言われたけど、あれはよく遊んだかな。……あとはべいごまも流行ったし、三角ベースも」
 言いつつ、眼差しを輝かせる則之に、灯はようやく口を開けた。
「ねえ、則之君っていつ頃の東京に住んでたの? 今の東京じゃないよね」
「俺は明治の生まれだけど……灯さんは違うんですか?」
 訊ねた灯に、則之は逆にそう問い返した。
「明治」
 ぽかんと口を開き、改めて則之の顔を見遣る。
 改めて見てみれば、その出で立ちは明らかに現代のそれとは逸したものだ。――否、それは心のどこかで既に理解出来ていた事でもある。
 灯は小さな頷きを返し、雑誌のページをさらにめくった。
「私は違うよ。私は平成の生まれ……って言っても則之君は知らない時代だよね。ええと、明治時代から数えると、明治、大正、昭和、で、平成。結構時間経ってんだよ」
「……そうなんだ」
 頷き、則之は再び雑誌へと視線を向ける。
「もう随分と変わってしまったんだろうね。……活動写真……電気館はまだあるんですか?」
「んー? それがどんなものか知らないんだけど……」
「銀幕の中で役者が動いたりするものだけど」
「銀幕? ……ああ! 分かった! 映画の事ね! うん、映画は今もあるよ。たまに観に行ったりもするし」
 灯の返事に、則之の顔が輝きを帯びた。
「灯さんが好きな映画の話も聞かせてください……! 俺、幻灯も好きで……でも小遣いが足らなくて、あまり観に行けなくて」
 則之の声が弾みを帯びる。
 灯は満面に笑みを浮かべて大きく頷き、出しっぱなしだったウォークマンをカバンの中にしまいこんだ。
 情報誌には映画の情報も載っている。
「分かった! ちょうどこの前、新しいのを観に行ったばっかりなんだ〜」

 ぱらぱらとページをめくり、新作映画のページを探し当てる。
 見上げると、則之が、灯が話を始めるのを心待ちにしているのが知れた。
 灯は映画の内容を思い出しつつ、どう話したら上手く伝わるものかと思案して、小さな笑みをこぼしてみせた。

 周りを照らす炎が小さく爆ぜた。
 四つ辻での時間は、まだもう少し続きそうだった。

  
  




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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 16歳 / 女子高生&朱雀の巫女】



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          ライター通信          
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いつもお世話様です。
このたびは四つ辻への二度目の訪問、まことにありがとうございました!

灯さんが映画好きかどうかとか、その辺はまったくの想像(妄想とも…)で書かせていただいたのですが、
そういえば灯さんは則之とは同じ年なんだよなーなんて思いながら、会話場面などを展開させていただきました。

CDやタウン誌、ありがとうございます!
則之も興味津々で見聞しているものと思われます。
よろしければこれからも構いにいらしてやってくださいませ(礼)。

それでは、またのご縁をいただけますようにと祈りつつ。