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<東京怪談ノベル(シングル)>


The Summer Vacation 〜event in pool〜 



 学校も夏休みに突入し、神崎美桜は意気込んでいた。
 今年こそは10メートルは泳げるようになりたい……!
 いくらなんでもこの年で全く泳げないというのは……やはり恥ずかしいものだ。
「和彦さん、私に泳ぎを教えてください!」
 突然そう言われて、朝食の最中だった和彦は疑問符を浮かべた。
「いきなりなんだ?」
「和彦さんは泳げますよね?」
「……お、泳げることは泳げるが……。俺は水中戦闘の為の泳ぎ方しか知らないぞ」
「それでも泳げることに変わりはありません! 私に泳ぎを教えてくださいっ」
「………………もしかして、美桜は泳げないのか?」
 しー……ん。
 美桜はじわ、と頬を赤く染めて視線を伏せる。
「お……およげ、ません」



 近くのプールで練習することになったため、水着が必要になった。水着を買ってそのままプールに直行することになったので、二人は出かけることにする。
(せっかくだから……)
 美桜は横を歩く和彦のほうをチラチラと見遣り、照れる。
(和彦さんの好みの水着を着て泳ぎたい……です。や、やだぁ、私ったら〜)
 一人で考えて照れている様子に和彦はビクっとし、(美桜はどこかで頭でも打ったか?)と心配していた。まあそれは美桜の知らないことである。
 店まで来ると、美桜は「わあ」と呟く。種類も豊富だし、色や柄も多種。こんなにあるとはちょっと想像していなかった。
 和彦は興味もないようで、スタスタと自分のを買いに行ってしまった。
(あ、あわ……ど、どうすれば……)
 ぐるぐると店内を見回していた美桜は、和彦が戻ってくるのを待っていた。戻ってきた彼は不思議そうにする。
「まだ選んでないのか?」
「え、えっと……和彦さんに選んでもらおうかと……思って」
「俺に?」
 仰天した彼は困ったような顔をする。
 美桜は拳を握りしめ、和彦に詰め寄った。
「ど、どんなのでも着てみせます! び、ビキニでも構いません!」
 どんと来い!
 そんな美桜を眺め、和彦は「うーん」と悩んだ。
「競泳水着のほうがいいかなと思うんだが」
「…………きょ?」
 予想外の言葉に美桜はガーンとショックを受けた。いや、まあ競泳水着は確かにカッコイイとは思う。だがそれは、うら若きカップルが選ぶにはちょっと……どうだろう?
「水の抵抗は少ないほうがいいだろ?」
「……え? いえ、そうではなくて……」
 どうやら見た目よりも機能重視をしているようだ。これではマズイ。
 彼は似合うか似合わないよりも、役に立つかどうかで判断する男である。ここで止めなければ競泳水着になってしまう!
「か、和彦さん! そうじゃなくて、私に似合うのを選んでくださいっ。いえ、和彦さんの好みでもいいですから!」
「? でも、泳ぎの練習に行くんだろ?」
 真っ直ぐに見てくる彼の視線が痛い。どうしてこの人はこう、ニブいんだろうか!
「プールに競泳水着だと、め、目立つかもしれませんし……。なるべく、その……目立たないというか」
「……そういうものか?」
 彼は怪訝そうにしたが美桜を連れて店内を歩く。美桜としては心臓破裂寸前だった。どれを選ぶのだろうかと気が気ではない。
(す、すごいのだったらどうしましょう? でも和彦さんに限ってそんな……。
 あ、あの花柄可愛いです。あっちのチェックも……)
 和彦は美桜と水着を見比べながら歩いていたが、結局店内を一周して「うー……」と唸った。
「美桜に似合えばなんでもいいのか?」
「は、はい」
「うー……ううー……」
 彼は困ったように腕組みしてから……やがて大きな溜息を吐き出した。
「どうしても俺が選ばないとダメなのか?」
「どうしてもです!」
 強気に出ると彼はのけぞり、「あぁ」と弱々しい声を出した。こうでもしなければ彼は選びそうにない。
 つい、と和彦は指差した。
「じ、じゃあ……あれで」



 水着に着替えて更衣室から出てくると、和彦が待ち構えていた。
「お、おま……お待たせしました」
 に、にこ、とぎこちない笑みを浮かべる美桜はホルタービキニ姿だ。下はスカパンである。色はピンクなので可愛らしく、美桜に似合っていた。
「に、似合ってますか?」
 どきどきしながら尋ねると彼はすぅ、と目を逸らした。頬が赤い。
「似合ってますか?」
 じとっと見て言うと、渋々頷いた。
 美桜はそこでやっとにっこり笑う。
「じゃあ、行きましょう」

 威勢がいいのは最初だけだった。
 プールに入ると美桜は硬直し、手摺りにしがみついたまま動けなくなってしまったのだ。
 怖い。
 そう脳が訴えた。
 水を怖がる理由を美桜は知らないが、きちんとあるのだ。それは遠い過去のことで、美桜自身もすっかり憶えていない。
 涙を浮かべる美桜が、プールに入らずに様子を眺めていた和彦を見遣った。
「は、はぅ……っ、か、和彦さぁん……」
「…………」
 呆れたような目をした彼は美桜の両腕を掴むとプールから引っ張り上げた。
「……じゃあ、足のつく子供用のプールで練習だな」
「え、ええ〜?」
 美桜は小学生たちが遊んでいる浅いプールを見て、顔をしかめる。
「あっちは……ちょっと……」
「…………」
「和彦さぁん……」
「わかったわかった。じゃあまずは息を止める練習からな」
 涙目になった美桜に、和彦はやれやれというように嘆息した。先に水に入り、美桜に手を差し伸べる。
「ほら」
「…………」
 恐怖で足がすくむ美桜は、それでも勇気を振り絞って水に入っていく。つま先から入り、和彦の手を掴もうと必死に片手を伸ばした。
 美桜の手を掴むと、和彦は彼女を水に引っ張りこむ。突然のことに美桜は目を見開いた。
「きゃあぁ! いやあ!」
 悲鳴をあげて美桜が和彦に抱きついた。彼の首に手を回して暴れる。
「沈む! 沈んじゃうっ!」
「ちょ、美桜! 暴れる……っ」
 巻き添えを食らって和彦は美桜と一緒に水の中に沈む。和彦から手を放して美桜は水中で両手両足を激しくバタつかせた。
 突然強い力で引っ張られ、急速に浮上して水面に出ると、飲み込んだ水を吐いた。
「うえっ、げほっ、げほっ」
 どうやら水面まで引き上げてくれたのは和彦のようだ。彼も荒い息を吐いている。
「だ、大丈夫か?」
 ハッとしたように和彦が目を見開く。彼はみるみる顔を赤くした。そしてすぐさま視線を周囲に向ける。
 美桜は和彦にしがみついた。泳げないということは、うまく浮くことができないということだ。だからこそ、和彦にしがみついていないとまた沈んでしまう。
 恐怖でパニック状態の美桜は泣きべそをかいて彼にしっかりと抱きついた。しかし、彼はぎくりとしたように体を震わせただけだ。
 周囲の物珍しげな視線を感じつつ、和彦は小さく美桜に囁いた。
「上の水着……外れてるぞ、美桜」
「っ!?」
 今の一言で美桜の頭の中が一瞬で鮮明になる。美桜は恐る恐る自分の胸元に視線を送った。
 ない。水着がない。
 ふくよかな胸を彼の胸板に押し付けている今の状態だからこそ、そして水の中に肩くらいまで浸かっているからこそ周囲には見られていないようだが……。
「っ!」
 真っ赤になってしまう美桜はますます和彦に強くしがみついた。
(いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!)
 涙を浮かべて和彦を見ると、彼は小さく言う。
「探してくるから、少しここで待てるか? そこの手摺りにしがみついてていいから」
 彼の言葉に頷く美桜は、思いっきり泣きたいと……思っていたのだった。



 帰り道。
 プールでの醜態に美桜は物凄い落ち込んでいた。
「美桜……元気を出せ。とりあえず息継ぎは少しできるようになったんだから」
「……うぅ。とっても怖かったです……もうお嫁にいけません……」
 じわ〜っと涙が浮かび、ぼろぼろと零れる。
「ううー、うわぁぁんっ」
 泣きじゃくる美桜の頭を和彦が不器用に撫でたのだった――――。