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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


初めての御祓い♪


〜起〜

 季節は夏。梅雨が通り過ぎる八月になると、浜辺は人で賑わうようになる。
 最近ではプールでも海でも物騒な事に変わりはないのだが、それでも俗物は暑さに勝てず、家計に余裕のない者は、クーラーの利いている喫茶店や図書館、そして水の豊富にある海などに来ている訳である。友人とか恋人とか家族とかが、こうして千人を超える規模で遊んでいるのだ。
 ‥‥‥‥それほどの人数がいるのなら、当然浜辺はギッシリで新たな客を迎える事など不可能だろう。だが地上から見ると分かり難いが、上空から見た所、浜辺の一部だけがまるで切り取ったかのようにクッキリと人気無く、マッチョな気配を漂わせていた。

「フッ、何という根性か‥‥‥我々はこの暑い中、こうして厳しいトレーニングに励んでいるというのに!!」
「チーフ‥‥ならそのボールは何ですか?」

 自分達を避けるようにしている群衆に向かって叫ぶジムリーダーに向かって突っ込みながら、呆れたようにしてその腕を引き、待っている仲間の元へと引き戻していく。
 彼は和泉 大和。一応、ジム内では一番の新人にして下っ端、舎弟、下僕、奴隷であったのだが、仲間達からの信頼度が高いため、こうして突っ込みを入れる事が出来るまでになっていた。

「ふん。すぐ隣でギャーギャーと群衆が騒ぎまくって楽しんでいるんだぞ?‥‥‥何故そんな光景を見ながら、全身汗だくになってトレーニングをせねばならんのだ!」
「その為の合宿でしょう!?しかもこの場所を選んだのはチーフです!!」
「去年は静かな所だったんだ‥‥‥本当に穴場だったんだーー!!」

 何やらこの浜辺に思い入れでもあったのか、ジムリーダーは悔しがるようにして砂浜に崩れ落ちる。周りでトレーニング(と称した海水浴を)していたジムの仲間達は慌てて駆け寄り、大声で慟哭さえ上げ始めたリーダーを海の中に放り込んで黙らせていた。

「‥‥‥‥慣れてるんですね」
「みんな、付き合いが長いからな。驚いたか?」
「それはまぁ‥‥いつもなんですか?」
「いや、毎年来てるが、いつもはああじゃないぞ?ただ、時々見かけるカップルに跳び蹴り喰らわしているぐらいで‥‥‥」
「‥‥‥‥なるほど」

 チラッと浜辺で遊んでいる人々を見る。
 友人3・家族2・カップル5‥‥‥‥

「爆弾テロとか起こしませんよね?」
「大丈夫だ。あいつの荷物はチェックしているから」

 しっかりと監視しているジムの先輩方‥‥‥頼もしい限りである。



 さて、微妙に話が進んできていて何だが、何故大和達が唐突にこんな場所でトレーニング(と称した海水浴)をしているのかというと、それは数日前、突然ジムに張り出された、夏の長期合宿について話が出てきた事から始まった。
 夏の長期合宿は、毎年の恒例行事らしい。八月に入ってすぐの盆休み、ジムには定職に就いている者達もいるため、そうした長期休暇に合わせて行っているらしい。
 ここまでは珍しい事ではない。大和が相撲部に所属していた時だって普通に合宿はあったし、それで海に来る事など良くある事だ。もっとも、弓道部は手近な神社に数日間下宿し(一名だけ実家だったが)、そこのお祖母さんにおちょくられる日々を送ったとか無いとか色々笑い話があったが‥‥‥
 ―――閑話休題―――
 で、合宿先はジムリーダーの選んだ人気のない浜辺で、毎年この場所で行っているらしい。
 小さな離れ島にある小さな民宿‥‥‥何でもこの島出身のプロレスラーが訓練施設を建てたらしく、そこを使わせて貰っているらしい。
 施設も(少し古いが)充実し、優しい寮母付きの民宿(ただし怪しい噂付き)、そして離れた島の御陰か、毎年のようにガランガランで地元民が時折遊んでいるぐらいの寂しい海!!(地元にとっては大問題?)
 これ以上なく練習に集中出来る環境と言う事で、ここ数年間はよく来ていたらしいのだが‥‥‥



「まぁ、今年はこの島も財政的にきつかったんだろうなぁ。そりゃこんな良い場所なら、宣伝の一つでもしておけば客が集まるって」
「そう言えば、雑誌で取り上げて貰ったらしいですね。寮母さんが言ってましたよ」
「ああ。御陰であちこちの民宿が満室だってな‥‥‥てか、この島が載ってる雑誌をあいつ読んでたし、気付っての」

 心底呆れたように腰に手を当て、数人掛かりで押さえ込まれ、海に沈められながらも暴れているジムリーダーを眺めている。周りで泳いでいた海水浴客は、その筋肉マッチョなもみ合いを見て大はしゃぎで騒ぎ立て、喜んでいた。
 ‥‥‥‥なぜ喜ぶ!?

「まぁなんだ。まだ初日なんだから、多少遊んでも構わんだろう。日頃から頑張ってるんだから、たまには、な」
「そういうものですか」
「そーだ。大体お前、彼女まで連れてきておいて、本当に練習だけで帰る気だったのか?」
「え?」

 大和が反射的に間の抜けた返答をすると、先輩はやれやれと肩を竦め、泊まり込む寮の方を指差した。
 そこには、寮母の手伝いと言う事で狩り出された(ジムリーダー権限で引っ張り出された)大和の婚約者、御崎 綾香が歩いていた。
 遠目で小さくしか見えないが、どうやら買い出しに行かされていたらしい。膨らんだ買い物袋を両手で持ち、ヨタヨタとゆっくり歩いている。
 普段は弓道部で鍛えている御陰で買い物をものともしない綾香にしては珍しい。どうやら、向こうは向こうでこき使われているようだ。
 しかし、何というか‥‥‥本人は意識していないのだろうが、買い物袋を手にヨタヨタとしながら歩いている様が何とも――――

「可愛いなぁ、綾香ちゃん。今夜辺り貰っても良いか?」
「ハハハ。先輩、他のみんなに、今の発言バラしても良いですか?」
「すまん。冗談だ。勘弁してくれ。俺は“ああ”なりたくない」

 互いにわら居合いながら言い合うと、先輩はチョイチョイと視線の外を指差した。
 その先を目で追うと、先程まで大乱闘を繰り広げていたリーダーと先輩達が、揃って砂浜に打ち上げられているのが目に映る。
 どうやら勝敗は引き分けで終わったらしい。周りで見学していた客達も、終わった途端に自分達の遊びに戻っている。

「‥‥‥大和。とりあえず、海の家から医者を呼んできてくれないか?確か居たはずだ」
「はい。了解しました」

 大和は海の家に走り出しながら、チラリと寮の方へと目を向ける。すると、向こうもこちらの事に気付いていたのか、走っている大和に向かって小さく手を振っていた。




〜承〜

 ‥‥‥‥‥数時間後。
 日が暮れ、海水客達が帰り始めると、一気に浜辺は静かになる。
 海水浴のために解放はしているが、花火の類は許可していないため、誰も残ろうとはせず、海のすぐ側に交番があるためにこっそりやろうとする者もいない。
 もっとも、目立たない場所で行おうとする者はそこらにいるだろうが、まぁ、それは頼まれでもしない限りは、別に良いだろう。
 日が暮れた事でようやく過ごしやすくなった頃、大和達ジムの者達は寮へと引き上げていた。
 本来ならば涼しくなった夕方頃からこそ特訓するべきなのではと思うが、ジムリーダーは昼間の乱闘で疲れ果て、それを押さえに掛かっていた者達もボロボロだった。無事だったのは大和を含め、乱闘に加わらなかった者達数名のみ‥‥
 初日だった事もあり、今日の所は休暇となったのだ。
 となったのだが‥‥‥‥

「今日一日、お疲れ様でした」
「ああ。そちらこそ“お疲れ様”でした」

 寮に戻り、食事を運ぶのを手伝う綾香と大和。だが今日一日、朝からこき使われていた綾香は相当な重労働だったのか、少々足下がフラフラしている。
 なんでも、到着早々から遠慮無く掃除、洗濯、買い出し、調理、etc.etc.etc.etc.基本から応用まで、幅広く使われてしまっていたらしい。
 そして買い出しの帰り、大和達がトレーニングに励んでいる姿を目撃していたらしいのだが‥‥‥

「大変そうだったな。トレーニング。本当に。大変そうだった」
「‥‥‥‥‥いや、本当に申し訳ない」

 怒ってる。今まで見た事無いぐらいに本格的に怒ってる。
 気持ちは分からなくはない。小さな島だからか、寮は広さもそこそこでしかないが、従業員が何と寮母さん一人しかいなかったのだ。しかも寮母さんはそこそこ体にガタが着始めているらしく、ほとんど全ての仕事を綾香が行ったのだ。それも数日掛かりの仕事を一日で。‥‥‥怒って当然である。
 毎年、ここに大人数で寝泊まりするジムのみんなは、誰かの奥さんを生け贄として連れてくるようにしているらしい。もっとも、今年は他の奥様方に察せられて逃げられてしまい、そこで新人美少女若奥様である綾香を連れてきたのである、
 盆は大忙しの神社の娘である綾香は少々渋っていたが、ジムリーダーの「そうか、仕方ないな‥‥‥‥大和君、向こうの寮母さんに誘惑されなきゃ良いけど」と言う怪しいセリフで落ちたらしい。
 綾香よ‥‥‥‥寮母さんは六十過ぎのお祖母さんだぞ?

「まったく、あの人には毎回してやられているな。お祖母様と良い勝負だぞ」
「あの二人を会わせちゃいけないな‥‥所で綾香、この料理なんだが、綾香が作ったのか?」
「寮母さんが三.七が私といった所だ」
「そうか、見分けられるか?」
「もし万が一にでも、食べても分からなかったら‥‥‥ふふふ」
「‥‥‥‥‥‥」

 やはり怒っている綾香を宥めながら、大和は食卓に膳を置いて台所に引き返していく。(食卓が置いてある客間は、数部屋程の規模の、小さな食堂だった。)

「まったく‥‥‥子供なんだからな」

 フッと、先程の笑みとはまた別の笑みを小さく浮かべ、綾香は大和の後を追って台所へと戻っていく。






 現在、大和以外のジムの者達は風呂へ、寮母は部屋の準備に掛かっている。
 にもかかわらず、誰も居ないはずの食堂には、小さな人影がたたずんでいた‥‥‥







 数分後、もう一度大和と綾香が戻ってきた時、既に他の者達は食堂へと現れていた。
 それぞれ用意してあった浴衣に着替え、いかにも風呂上がりというように肩に手拭いを掛けている。部屋の準備を終えたのか、寮母も二人より先に来ており、皆を席に着かせて話をしていた。

「皆さん。もう来ていましたか」
「おっ。やっとこれで揃ったな。よ〜し座れ大和。ほら綾香ちゃんも!今、面白い話を聞いてたんだ、それを肴に飯にしようか」

 ジムの先輩達がワイワイと騒ぎながら二人に席を勧めてくる。
 当然のようにして二人は隣同士の席になり、どういう訳か両隣を酒癖の荒い先輩に囲まれてしまった。周りの他の先輩達を見合わすと、全員ササッと目を反らす。ハメられたか‥‥

「今日の食事は綾香ちゃんの手料理も混じってるんだよな。どれとどれだい?」
「あら、当ててみてくれませんか?ああ、大和にも答えるように言ってるんで、相談しちゃダメですよ?」

 綾香の体から滲み出るオーラに気圧されたのか、綾香に話し掛けていた先輩は一歩だけ体を引き、コソコソと大和に耳打ちしてきた。

(おい。なんか綾香ちゃん、不機嫌じゃないか?)
(今日ここで働いていた時、こっちが遊び呆けていたのを目撃されたらしく‥‥‥その、ちょっと怒ってます)
(何という意外な‥‥‥綾香ちゃんなら耐えられると思ってたんだが)
(最近本音を出すようになったんですよ)
(まぁ、怒ってる綾香ちゃんも可愛いから良いけどな♪)
(‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥)
(悪い。そんなに睨むな。怖いぞおまえ)

 睨み付けてくる大和の気迫に押され、先輩は笑いながらグラスとビール瓶を取り、大和に勧めてきた。
 大和はまだ未成年だからと丁重に断りながら、綾香に用意しておいたオレンジジュースを勧めて機嫌を取ろうと行動を開始する。
 なんだかんだで許してくれるのだが‥‥‥‥その、許してくれるまでの時間が非常に怖い。伊達にあのお祖母さんの孫ではないのである。
 そんな時、綾香と大和の小さく、ほのぼのと、そしてある意味ただの夫婦ゲンカでしかない冷たいバトルが繰り広げられる中で、その事件は巻き起こった。

「ぎゃああああああああああああ!!!!!!」
「なに!?」
「なんだ?どうした!!」
「うきょえええええええええええええ!!」
「!?!?!こっちでも!」

 突然叫び声を上げるジムリーダーと先輩(A)。驚きながらも、叫びながら椅子からガタ〜んと吹き飛び、身悶える二人を介抱するために荒縄を持って飛び掛かる先輩一同(近所迷惑なので拘束する事にしたらしい)‥‥‥‥
 先輩達から気を遣われ、少しだけ住む世界を帰られていた綾香と大和は、その大捕物劇を、ただ見守る事しかできなかった。

「ど、どうしたんだ?」
「また発作か?」

 ようやく復活した二人は、捕り物を終えた先輩達に話し掛ける(二人とも動転しているらしく、敬語ではなくなっていた)。目や鼻から大量の水を出し始めていたリーダーと先輩(A)の症状を見ていた先輩(B)は、「まさか‥‥‥これは!?」と唸りながら立ち上がり、リーダー達が食べていた物を指で突っつき、(指を)口に運んだ。

「!?‥‥‥‥や、やはりこれは!!」

 カッと目を見開き、鼻を押さえる先輩‥‥‥
 大和はそのリアクションに少々引きながらも、ノリを崩さないように声を上げた。

「な、何なんですか!?」
「ワサビだ!!」
「「はぁ!?」」

 思わず声を上げる一同。それは綾香と大和だけではなく、リーダー達を介抱(拘束。ちなみに拘束されたリーダー達は相変わらず身悶えして、涙を流していた)していた先輩達まで声を上げていた。
 しかし一人、離れた所で場を見守っていた寮母だけは、静かに「やっぱり」と呟いていた。

「何がやっぱりなんですか?」

 それを聞きつけた綾香は、寮母に目を向け、声を掛ける。寮母は静かに首を振り、自分に注目し始めている皆に向かって話し始めた。

「いやね、最近‥‥‥いや昔かね?まぁ、この場所にもちょっとした怪談があったのさ。なんでも昔、この寮は孤児院をやっていたんだけど、そこにとんでも無く悪戯好きの子供が居てね、その子は毎日のように食事に悪戯し、洗濯物を盗み、あろう事か悪魔召還まで試みる始末 (どんなガキだよ)(シッ!静かにしろ) で、それこそ成人していたら速攻で警察に突き出されそうな子供だったのよ。
 しかしその子も、ついに孤児院のみんなをキレさせちゃってね。怒ったみんなに追い回されながらも懸命に応戦したんだけど、結局みんなに捕まり、海に沈められちゃったんだって‥‥‥‥
 だがその子はまだまだ悪戯がしたり無かったのか、それからという物、幽霊として夜な夜な悪戯しに現れてはやりたい放題し、去っていくという‥‥‥以上、この寮に伝わる怪談伝説でした」

 寮母の話が終わると、皆してシーンと静まっていた。幽霊を鵜呑みにした訳ではなかったのだが、それでも料理をした綾香を疑う事はしたくなかったらしく、一応霊の事を信じる事にしたらしい。(寮母は疑われていた)
 しかし綾香と大和だけは顔を見合わせてから食堂の一角を見据え、唸っている。

「その子供の霊が居る‥‥‥と?」
「うむ。まだまだ成仏する気はないらしいけど、どうしたんだい?」
「いや、それってもしかして、青い帽子を被って“悪”って書いてある白いシャツを着ていて灰色の短パンを履いている身長150センチぐらいの男の子ですか?」
「服装は分からないけど、残ってる写真に残ってる子はそれぐらいの子だけど‥‥‥‥え?」
「いえ。そこの椅子に座ってますけど?」

 ガタガタガタガタガタガタッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
 大和が確認を取り、綾香が男の子が座っている一を指差すと、まるで息を合わせたかのようにして全員勢いよく壁際まで後退した。
 まるで二人を異物でも見るような目で見ている。まぁ、そりゃ今まで「霊感あります」なんて宣言していた訳でもないし、当然と言えば当然だったか。
 二人は特にそんな反応をするみんなに目を向けることなく、少年幽霊から視線を外さないようにしている。少年は自分の存在に気付かれた事に驚いたらしく、目を丸くして手に持っているワサビ(台所にあったチューブ状の物)を取り落としていた。

「あの‥‥どうしましょうか?」
「どうするもこうするも‥‥‥二人とも神社の出だろ?祓ってくれよ!」

 誰かが声を上げる。それと同時に、弾かれたようにして少年霊が走り始めた。

「あ!」
「綾香!?ったく。すみません、ちょっと行ってきます」

 少年を慌てて追いかけ始めた綾香に続いて、大和はそれだけ言ってから追いかけ始めた。
 後に残された者達はその後ろ姿を眺めながら‥‥‥‥‥

「良し。再開するか」

 と、まるで最初からなにもなかったかのようにして宴会を再開した。




〜転〜

 逃走劇は、当然のように少年霊の勝利で終わっていた。
 向こうは壁を擦り抜け、一直線に外に駆け出していたのに対し、綾香は壁に阻まれ、遠回りにしか動けなかったのだ。
 霊感と言っても高度な物ではなく、精々“見る”“話が出来る”ぐらいのものである。
 居場所を感知したり祓う事が出来るような能力ではない。が、霊にそんな事が解るはずもなく、“祓ってくれ”という言葉は恐怖でしかなかっただろう。
 まぁ、自我すらなくなった悪霊の類だったらどうしようもなかったが、祓うと聞いて逃げ出す辺り、まだまだ意志が残っているようだ。それなら、まだ綾香流の“払い”も通用する。
 ‥‥‥‥もっとも、それも話を聞いて貰えればの話なのだが‥‥‥

(見失った‥‥‥外に出られるとどうしようもないな)

 この島に来たのは初めてだ。地元みんな上に霊である少年を見付ける事は、あまりにも難しい。
 事が事なだけに応援も望めない。足で探すしかないようだ。

「綾香。そっちじゃない、こっちだ」
「大和?」

 後を追って来た大和は、綾香の手をソッと掴み、引っ張り出した。
 綾香は今まで森に向かって走っていたのだが、大和は少しだけずれた場所‥‥海岸へと足を向ける。

「綾香を追ってる途中で見付けたんだ。たぶん、途中で綾香を隠れてやり過ごしてから向かったんだろ。動転してても、やっぱり悪戯っ子だ。あいつ」

 時間差で追いかけた御陰で霊を見付ける事が出来たのだろう。大和は海岸の岩の上に腰掛け、その上で息をついている霊を指差した。
 普段は見られるような事がないからか、かなり目立つ場所である。霊の体は闇に溶けると霊能者でも見にくいものだが今夜は月がよく見える夜であったため、その光が透き通ってハッキリと目視出来ていた。

「説得するんだろ?」
「‥‥え?」
「そんな顔してるからさ‥‥‥ほら行って来いって。今会っておかないと、後は隠れられて終わりだぞ」

 つまりは今が最後のチャンスである。
 ここで逃げられれば、恐らく綾香と大和の前には、二度と出て来ないだろう。

「‥‥うん。そうだな」
「良し。神社の娘として、仕事を果たして来い」

 大和がトンッと綾香の背を軽く押すと、綾香はその押された感覚を消さないように静かに歩を進め、やがて、少年の背後へと立った‥‥






 ‥‥‥静かな海だが、それでも波の音は立っていた。
 海岸に打ち付け、そして静かに退いていく。
 ザザァァン‥‥‥‥と、昼の喧噪に比べればあまりにも小さすぎる音ではあったが、それでも夜の静寂の中では響き、周りの音を消し去っている。
 加えて砂が音を消してしまったため、少年霊は、綾香が話し掛けるまでその存在に気が付く事が出来なかった。

「こんばんは。良い月だな」
「!?」

 バッと振り向く少年霊。その目は怯えと邪念で満たされていたが、次の瞬間、綾香の指で額を弾かれた事でそんなものは吹き飛ばされてしまった。

「!? !? !?」
「さっき悪戯したお仕置きだ。それぐらいは受け入れろ」

 先程のワサビ事件のお仕置きのつもりだったのだろう。それだけ言うと、綾香は「よっ」と小さく掛け声をかけ、少年の隣に腰を下ろす。
 その動作を混乱しながら見つめていた少年は、不思議な生き物を見るような目で綾香をしげしげと観察した。

『なぁ、俺を祓うんじゃないのかよ』
「私は別に除霊師ではないぞ。そんな能力はない」
『なんだ‥‥‥それなら良いや。あっち行け』
「む。体は子供なのにその口調は‥‥‥」
『うっさい。こっちは何十年も幽霊してるっての』
「そうか、ならばその何十年も年を重ねていい歳している幽霊が‥‥‥何であんな子供じみた悪戯をする。何か恨みでもあったのか?」
『何でそんな事を言わなきゃなんないんだよ!』
「もちろん私が作った料理を台無しにしてくれたからだ。それ以外にどういう理由がある?」

 『は?』と、少年霊が言う。
 大量のワサビが仕込まれている料理を食べさせられたジムリーダーの報復ではなく、むしろ台無しにされた料理のためにここに来たのか?
 もちろん綾香は料理ではなく少年霊のために来たのだが、そんな事を言ったら帰って逃げられるだろう。綾香は不思議とそう感じていた。

「と言う訳でだ。理由を言え。でなければ納得出来ないからな」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥別にないけど‥‥だって、なんか楽しそうだったからさ』
「“楽しそうだったから”?」

 綾香がそう問うと、少年霊は綾香から視線を外して空を見上げた。

『昔っからさ。どうやったらこっちを見て貰えるのかって考えてた。生きてた時からずっと‥‥‥‥‥色々馬鹿やってた』

 恐らくその“色々”には、寮母の言っていた事が入るのだろう。
 『毎日のように食事に悪戯し、洗濯物を盗み、あろう事か悪魔召還まで試みる始末‥‥』
 ‥‥‥‥果たして馬鹿な事だけで済ませてしまって良いのかどうかは疑問だが、そこはあえて追求しなかった。

『まぁ、周りの奴らも親が死んだりしてたから俺だけが特別じゃないって解ってたけど、それでもなんだか、俺の方をみんなに見て欲しくってさ‥‥どうしてもしちゃったんだ。なんだか我慢出来なくて。それでみんなを怒らせて死んじゃってからさ、まだ目立ちたくって‥‥‥こうして残ってるんだ。まぁ、幽霊になっちゃったら、なにやっても俺がやってるって解らないから、意味ないような気がしてたけど』

 少年霊はそう言うと、今までの事を回想しているのか、息を吐いてボーと空を見ていた。
 だが隣で少年霊の話を聞いていた綾香は、頭痛を抑えるように額を指で押してから、やがて少年霊に向き直った。

「おまえ、ちょっとこっちを向きなさい」
『はっ?なんだよいきなり。折角良い気分に――――』
「良いから向け!!」
『は、はいいい!!』

 綾香の怒鳴り声を利いて反射的に背筋を伸ばした少年霊は、ババッと岩の上で正座をし、綾香に向き直った。
 対する綾香は立ち上がり、少年霊を見下ろす形で足踏みしている。
 ‥‥‥‥‥遠目から見ていた大和は顔に手を当て、「あちゃーーっ」と言った感じで項垂れている。そこそこ長い付き合いの大和でさえ一回しか見た事のない、本気モードの綾香であった。
 基本的に芯の弱かった綾香であったが、大和と会ってからと言うもの、急速に心の中身が強くなりつつある。
 それも段々と自分の意見を表に出すという方向で‥‥‥‥それ自体は良い事だし、そう言う女性は大和にとっては好みであるから問題ない。ただ問題なのは、神社育ちで厳格に育てられていた反動か、綾香が本気で怒った時には容赦がない。
 実家の人達曰く“三年に一回ぐらいは見れる”らしいのだが、今日は疲れて居たのと料理を台無しにされ、さらに宴会から抜け出す事になったためにイライラしていたのだろう。自業自得ではあるが、大和はガミガミと叱られている少年霊に少しばかり同情した。

(まぁ、ああして居るのもその人を思っての行動だってのがな‥‥‥怒られてる方も、不思議と解るんだよなぁ。雰囲気で)

 怒られても決して不快には感じられず、雰囲気と言葉での二つを持って反論を防ぎ、相手を納得させてしまう。それは綾香の長所中の長所だった。
 相手に非を認めさせ、どうしてそう行動したのか、そしてどうすればいいのか等々を、しっかりと言い含めるのだ。
 街中で不良に絡まれても敵わない綾香であったが(説得しても逆ギレしてくるタイプに弱い)、大和との時間を過ごすたびに、こうして強くなっていっている。

(こりゃ、結婚する頃には尻に敷かれてるか?)

 ‥‥‥‥しまった。冗談抜きでそうなりそうだ。
 綾香だけでなく自分の方も強くならなければと大和が覚悟を決めていると、綾香はいつの間にか話を終えたのかこちらへと足を向け、戻り始めていた。

「もう良いのか?」
「ああ。もう、この寮では悪戯をしないそうだ」

 ‥‥‥それは寮以外の場所で悪戯をすると言う事だろうか?チラリと少年霊の方へと視線を向けると、岩場の上でグッタリと寝転んでいる少年霊が見えた。

(大丈夫そうだな)

 すっかりと懲りている少年霊を見収めてから、大和は綾香と一緒に寮への道を歩いて帰り始める。
 残された少年霊は、グッタリとしながらも岩の上で寝返りを打ち、雲のない、月の夜空を見上げ‥‥‥

 ニヤリと口を歪ませていた‥‥‥









〜結〜

「‥‥‥‥」
「‥‥‥あ〜、綾香。別にこれは‥‥‥」

 獅子累々。死して屍、片付ける物無し‥‥‥‥
 酒瓶はあちこちに転がり、ビールの缶はあちこちで潰され、ご馳走の盛られていた皿は食い散らかされ、どういう訳かそれを一緒に片付けてくれるはずの寮母でさえ、ジムの皆と一緒に床に倒れ眠っている‥‥‥
 綾香と大和が少年霊と追いかけっこをし、そして綾香が説得(‥‥‥説教?)をしている間に完璧に出来上がり、“終わらせた”らしい。
 二人が戻ってきた時には、完璧に宴会が終わり、二人分の食事も何もかもが無くなっていた。
 後に残っていたのは‥‥‥片付けのみ。

「その‥‥‥‥悪気があった訳じゃないと思うから」
「‥‥‥‥‥」

 綾香からの返事はない。
 今日一日苦労に苦労を重ね、最後には大和と一緒に食事をして今日の疲れを癒そうとしていたというのにこの仕打ち‥‥‥
 つい先程発散したはずの綾香のオーラは、見る見るうちに臨界点へと達しようとしていた。

(まずい!あの少年霊、まさかこれを狙って――――)

 居た訳もないのだが‥‥‥フッと視線を感じて窓の外を見ると、先程まで岩場の上で寝転がっていた少年霊が、大和に向かって思いっきりVサインを送っていた。

「大和に食べて貰おうと思って作ったのに‥‥よくも‥‥‥‥こんな」
「あ、綾香落ち着け!この状況を作り出したのは先輩達じゃあ‥‥!」
「うぅ〜ん、綾香ちゃ〜〜ん。そんなぁ、いやらしいンだぁ‥‥フヘヘヘッヘヘエヘッヘヘ♪」

 床で寝転がっている先輩が一人、妙な寝言を口にした。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!!!!!!」






 次の日、大和は昨夜の事を覚えていなかった。
 しかし合宿の最終日、綾香に「二度とこんな合宿には来ません!」と宣言され、心のどこかでホッとしたのであった‥‥‥





 追伸:それからというもの少年霊は約束通り、“寮での”悪戯は止めたそうである。






good end?





★★参加キャラクター★★

5123 和泉 大和
5124 御崎 綾香

★★WT通信★★

 お久しぶりです。メビオス零です!!
 最近は活動を控えていたのでその分気合いが入りすぎて長くなりましたが‥‥‥どうでしょうか?ぶっちゃけ綾香がすごいことになりすぎてます。これも大和と一緒にいて強くなったって事でしょうか?それともお祖母さんの血が‥‥‥将来、絶対に大和を尻に敷くのでしょう(良いお母さんになりそうで安心ですが)。
 少年霊ですが、その後、約束を律義に守り(決して大和が忘れている夜の真相を一部始終見て、綾香を恐れたわけではありませんよ?)、寮の悪戯はやめました。以降は海岸を荒そうとする者に容赦しなくなったとか‥‥大丈夫かジムリーダー!?
 最終的にハッピーエンドになったのかは分かりませんが、これはこれで良いことだと思います。綾香は苦労ばかり怒ってばかりで可哀想な扱いでしたが(^_^;)
 では、長々と書くのは苦手なので、そろそろお暇を‥‥

 本日のご発注、本当にマジでありがとうございました。
 シナリオの感想、苦情等々は容赦なく送ってきてくだされば、必ずご参照致し、今後の注意点として活用させて頂きます。
 またのご発注が頂ければ気合いを入れますので、どうか、よろしくお願いします(・_・)(._.)