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<東京怪談・PCゲームノベル>


記録採集者

 少女がいつからそこにいるのかは、誰にも分からない。
 決まって夜に現れ、一つの場所で他人を傷付けてはその記録を奪うと言う行為以外は何も伝わっていない。
 少女が一体どんな人なのかは誰も知らない。
 けれども、少女の所業については誰もが知っている。
 相反する矛盾が存在するのは、記録を奪われずに尚接触し続ける人間がいるのだという証。
 事実が存在する以上、それは噂となって多くの耳へと伝わっていく。
 今日もいるのだろうか。
 そう思ったのでは定かではないが、少女の待つ地へと歩く女性の人影が一つ。ゆっくりとした足取りで、杖をつきながら歩く。

 少女はその姿を月影にちらりと見て、表情を変えずに小さく微笑んだ。

 思わず差し出したのは、何も持っていない方の手だということに気付いて、少女は戸惑いを隠せなかった。盲人のように見えたのだからとか、杖を持っていたのだからとか。そんな即席の理由を自身に与えながら、改めて逆の手を侵入者へと向けた。侵入者と言っても公共の場を勝手に縄張りとした少女の言い分だからして、あまり認められたものではないのは事実である。実は女性は盲人はないのだが、それは少女の与り知れぬことである。
 刃の少し錆びたカッターをちきちきと音を出しながら、格好付けに近い形で前方へと向けた。
「初めまして、名乗るのも面倒なので呼称は自由に。――それで貴方は、美味しい『記録』はお持ちですか?」
 今は特に誰かの記録を奪うという仕事もないから、通りたいのなら構わないけど、と。存外投げやりな口調に、女性はおかしそうに笑った。
「パティ・ガントレット」
 それが少女自身を示す呼称かと一瞬思うも、
「ああ、それが貴方の名前ね」
「そうです。名乗っておくのも、一興かと思いましてね」
 視線はどこを見つめているのかは分からない。或いは、どこも見てはいないのか。好戦的な相手なら四の五の言わずに戦闘へと持ち込むのだが、近頃はそうも行かないらしい。攻撃方法を特定する手段は幾らでもあったが、少なくともカッターによる直接攻撃と記憶奪取以外の力を持たない少女に取っては、武器を持たずに恐怖を持たない相手に真っ向から立ち向かうだけの確証は抱けない。それ故にこうして武器を下ろして路肩に座っている。
「私の方は名乗らないわよ?」
「構いません」
「そう。有り難いわ」
 会話はそれで一時停止する。
 それきりで少女はてっきりパティが去ったものかと思ったのだが、
「何か用?」
 顔を上げても佇んでいることに奇異な顔をする。
「用と言うことはないのですが、情報を売るということはなさっているのですか?」
「一応は。でもストックがあって成り立つ商売じゃないから、時間はかかるってことは予めお知らせしとくけど?」
「構わないわ」
 構わないというよりは興味を抱いていないかのような物言いに、少女は首を小さく捻った。情報を真剣に欲しているのは、その後のパティの説明で理解したが、その欲する情報の内容は要領を得ない。
「生き馬の目を抜くと申しますが、あなたは正に、目を抜いて生きているのですね」
 唐突に発せられたその言葉に、少女は意味を問う代わりに口元を小さく歪ませる。
「目を抜けなければ鼻を引き抜かれてしまう世界だから、仕方ないでしょ」
「それもそうですね」
 会話は再度途切れ、パティは路地の出口へと歩みを再開した。その背を見送りながら、会話がどれもこれも成り立っていないのだということに、故に真意が全く読み取れなかったことに戸惑いを憶える。成立しない会話なら存在しなかったことと同義。しかし目的もなくやってきたとは到底思えず、幾つもの矛盾にもやもやとした感情が残ってしまう。
「それでも一つだけ確かなことがあります」
 いつの間にか足を止めたパティの声は、不思議な程に遠くまで響き渡る。軽く振り返って指を一本だけ立てる仕草に、少女は目を細める。
「確かなこと? この世界で確かなことなんて、二つとしてないわ」
「いえ――あなたが持つ魔性は、いずれ。このわたしが滅ぼすべき、世にあってはならぬ屑の一つだということです」
 その全てを見知ってきたのような笑みに、「そうかもね」と少女は笑った。
「でも、簡単には滅ぼされてはやらないから」
 行為の全てに理由を与えそうになっていたのも莫迦らしくなる。滅ぼそうと刃向かってくる奴を返り討ちにすればいい。それ以外には元より存在意義などなかったのだから、考える必要などない。
 結論のあまりの単純さに笑いがこみ上げたのか、少女の笑いが路地裏にこだまする。
 やがてその笑みは闇に消え、誰の声も存在しない静寂が訪れた。

 ――まだ何者も目覚めていない世界を喜ぶかのように、女性の口元が綺麗な弧を描いた。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4538/パティ・ガントレット/女性/28歳/魔人マフィアの頭目】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

月夜に佇む女性という構図が好きです。
文章という道具を使っているため、その光景は想像するだけしか出来ませんが。
この物語は夜を場景にすることが多く、その点では思いをカタチにする機会が与えられ嬉しく思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝